46話 教本
その日の夜遅く。
昨日と同じくシャラの隣で眠りについていたテオが、ぱちっと目を開く。
(……ん)
ベッドを揺らさぬよう、ゆっくりと上体を起こした。
普段穏やかな表情をしている彼は今、やや目つきが鋭くなり、普段の柔和は顔かたちは心なしか険しくなっていた。
(っと、シャラを起こさねぇようにしねーと)
隣で、またしてもはだけたシャラが眠っているのを見て取った彼は、静かにベッドを降りる。
「……ふぁ」
小さくあくび。
(テオのヤツ、もうちょっとちゃんと寝りゃいいのにな)
眠気が収まらずしぱしぱする目を数回瞬きしながら、心の中で独りごちる。が、すぐに気を引き締めた。
(ともかく、だ。今日でとうとう完成させられそうだな)
静かに自室の机に向かって座り、引き出しの中から一冊のノートを取り出す。
ライターに似た着火の魔道具を使い、ピナという木の葉を使った燭台に火を灯した。ロウソクのような縦に伸びた金属の棒の先端に、ピナの葉を突き刺すことができるようになっている燭台だ。
ノートの後ろの方を開き、ペンを手に取る。
この世界のペンは地球のボールペンのように、インクをいちいちつけ直ししなくても長時間書き続けることができる。マナを充填することで使用できる、魔道具のようなものの一つだ。
(随分長引いちまったが、今日でやっと完成か。出来上がるとなると、達成感があるもんだな)
ページの右端に貼り付けてある、箇条書きにされたメモ。そのメモを頼りに、彼は筆を進めていった。
◆◆◆
「……よっしゃ!」
日が登り、そろそろ村人たちも目を覚ます頃。
彼はようやく全てのページを書き切り、小さくガッツポーズを取ってノートを閉じ、上にかざした。
(せっかくだから、今日一日くらいはテオの体を使わせてもらうか)
ここ一ヶ月、昼間はテオにずっと体を使わせていたのだ。こんな時くらいは良いだろう。
まだ寝息を立てているシャラを起こさないよう、静かに椅子を引いて立ち上がる。そして、そろりそろりと居間へと向かった。
居間に入ると、テオの両親が既に起きていた。
「ん? 今日は早いなテオ……いや、マナヤ君、か?」
「え? マナヤさん?」
二人とも彼の表情を見て、テオの体に宿るもう一つの魂『マナヤ』であると見抜いた。
全く同じ顔かたちをしているはずなのに、よくまあ一目で気付くものだと、マナヤは感心する。さすがはテオの親……というほどでもなく、マナヤとテオは表情の作り方が随分と違うためらしい。村人にもすぐに判別がつく者が多かった。
「久しぶりだな、スコットさん、サマーさん」
マナヤにとっては他人のような二人。だが彼は二人に対してもタメ口に近い口調で話していた。
「今まで一体どうしていたんだ?」
「全然顔を見せてくれないから、心配してたのよ」
スコットとサマーが、少し曇った表情で問いかける。
だが、眠気でハイになっているマナヤは気づかない。
「おう、聞いてくれ! やっとな、コレが完成したんだ!」
パン、と先のノートを机の上に叩きつける勢いで置いた。
それを覗き込んだスコットとサマーは、眉をひそめる。
「〝召喚師戦術攻略本〟……なんだ、これは?」
「俺が思い出せる限りの、〝遊戯〟での戦術全てを書き切ったんだよ! これで、今後の召喚師への指導もかなり捗るようになるぜ!」
妙なテンションで力説するマナヤ。
「まだこの村の召喚師達にも教えてねぇ裏技やら、モンスターや補助魔法の変則的な使い方、それからまだ伝えてねぇ討論のお題に、それの模範解答や応用の効きやすい解答なんかも、全部載せてある! これから世界に召喚師のすばらしさを伝えるなら『教本』は絶対必要だろ! いやーこの一ヶ月、手が腱鞘炎になるかと思った」
目の下に隈を作りながらも、晴やかな表情でそう語るマナヤ。テオの両親は困惑して互いの顔を見合わせる。
「いや、まあ、マナヤ君、こういうものが必要なのはわかるが……」
「もしかしてマナヤさん、ここ一ヶ月も夜中の間、ずっと……?」
そして、やや非難したそうな目でマナヤを見つめてくる。
「ん、どうしたんだ二人とも? ――ぎえッ!?」
訝しむマナヤだが、突然背後から強烈な寒気を感じ、思わず跳び上がった。
ギギギギ、とゆっくりと首を回して頭だけ後ろを振り向く。
「マナヤ、さん……?」
起床したのであろうシャラが、立っていた。
カーディガンを羽織り、テオの両親も初めて見るような怒りの形相で、マナヤを睨みつけている。
「よ、よお、シャラ……」
「もしかして、テオがずっと寝不足だったのって……?」
マナヤは、シャラの背後にドス黒いオーラを幻視した。
「い、いやその、すまん。俺が起きてる間はテオも眠ってるわけだから、休みは取れてるもんだとばっかり……」
「……でも、疲れが溜まってるのは、マナヤさんだって実感してたはずですよね……?」
なんのことはない。結局テオの寝不足は、テオが体を休めるはずの時間をマナヤが使っていたせいだった。
「ほら、あれだ。俺の都合でテオの鍛錬をジャマするわけにゃいかねーだろ? な?」
「……」
「お、落ち着けよ。それにほら、な、なんだ。新婚のお前らの邪魔をするわけにもいかねーし――」
「――ま、まさかマナヤさん!?」
さっとシャラの顔が青くなる。マナヤは慌てて首を振った。
「ち、ちげーよ! テオが拒否ってるから記憶を覗いてねーし、覗けねえよ!」
「で、でも、夜中に起きだしてたってことは、わ、私のっ……」
今度はシャラの顔が赤らみはじめる。
シャラはテオの嫁であり、同じ寝具で寝ていたということは、すなわち寝ていた時のシャラの恰好は……
「お、落ち着け! 大丈夫だ! 体はすっきりしてたから、俺はお前にゃ欲情してねえ!」
……言ってしまってから、色々と失言に気づくマナヤ。
シャラの顔は、羞恥と怒りでぷるぷると震えている。
「――さいてーっ!!」
恨みがましい目でマナヤを睨みつけ、彼女は寝室へと駆け込んでいった。
◆◆◆
マナヤが、召喚師の集会場へと向かう道すがら。
「……マナヤ? あたし達の世界には『セクハラ』って概念があるんだけど?」
鉢合わせた赤毛のサイドテールを垂らした女性が、ジト目でマナヤを睨んでいた。
「言うな……俺の世界にも、そういう概念はあったからよ」
「じゃあなんで言ったのよ!?」
「あ、あん時ぁ焦ってたから、つい口を滑らせちまったんだよ!」
「だからって限度があるでしょ!? それに、なんでいきなりあたしにバラしちゃうワケ!? ちょっとはテオとシャラの気持ちも考えてあげなさいよ!」
「……正直すまん」
「あたしに謝っても意味ないでしょーが!!」
赤毛の女剣士アシュリーの言う事がもっともすぎて、マナヤは色々やらかしてしまったと反省。なんとなく愚痴りたくなってしまっただけだったのだが、世の中には墓場まで持っていった方が良い事もあるということか。
「はぁ……こんなんじゃあ、テオとシャラも苦労するはずだわ」
訓練用の木剣を降ろして、腰に片手を当て大きくため息を吐くアシュリー。
すぐに顔を上げた彼女は、探るような目でマナヤを見つめる。
「で、あんたはホントにシャラに変なことしてないでしょうね?」
「だからしてねぇよ! なんでそんな疑り深いんだ!?」
「そりゃ、そんな話をあたしにベラベラ話しちゃうくらいだもの。妙なテンションで変な行動とってない? 今のアンタ」
「……うぐ」
失言を自覚しているマナヤは、返す言葉がない。
「……お前、ホント容赦なくなったなぁ」
「あんたがそう望んだんじゃないの。だからあたしは、手加減しないわよ?」
と、呆れた表情をしながら大岩に腰掛け、鍛錬での汗をタオルのようなもので拭うアシュリー。
確かにアシュリーに頼んだのは、マナヤ自身だ。自分がこの世界の文化として何かおかしなことをしたら注意してくれ、と。
「で、なんで急にそんなモノ書きだしたの? テオに相談も無しに」
といってアシュリーが目を向けたのは、マナヤの手の中。彼が今朝がた書き上げた、召喚師の教本だ。
「ああ……まあ、今後この知識をこの世界に広めるために、必要だってのも大きいんだが」
「他にもなにかあるの?」
「テオの鍛錬にも良いかってよ」
「テオの鍛錬?」
訝しげな表情をする彼女に、マナヤはニッと笑う。
「俺はあいつとだけは直接話したり、教えたりできねぇからな。なら、こういう形で教えてやるくらいしかないだろ」
別々の人格扱いとなっているテオとマナヤは、互いに会話することができない。一方が表に出ている間、もう一方の意識は眠っているか、起きていたとしても意思疎通らしいことはほとんどできないからだ。
「テオは、俺の依り代でもあるからな。そのテオが俺の教えを直接受けれなくて、俺の弟子達に一歩劣っちまってるのは可哀そうだろ?」
「……ふーん?」
「なんだよ、反応薄いな?」
寝不足と教本完成のテンションでハイになっているからだろうか。妙にオーバーアクションで、マナヤがアシュリーの顔を覗き込むように近寄った。
「別に? たださ、まあ……」
「あ?」
「テオを気遣うのは、いいわよ。でもさ」
ごく至近距離にいるマナヤの目を、アシュリーが真剣な表情で見つめ返す。
「あんた、ここ三週間、誰かと喋った?」
「……いや」
「あんたの人生、それでいいわけ? テオに生活を譲って引きこもって、表に出た時も誰とも話すらしないなんて」
「……」
「前にも言ったけどさ。テオに遠慮ばっかしてないで、あんたはあんた自身の幸せをちゃんと見つけなさいよ?」
「……無茶言うな」
急にテンションが下がり、頭を掻くマナヤ。
うーん、とアシュリーが片手で頭を押さえながら唸る。
「あんたさ、せめてなんか自分自身がやりたいこととか、欲しいものとかないの?」
「い、いやだから召喚師の戦術を広めることが――」
「それって、あんたの使命ってだけでしょ? あんた自身がやりたいこととかは? 本当に召喚師の戦術を広めることがやりたいんだっていうならいいけどさ」
「……」
なぜかマナヤは、即答できない。
少し前までは、実際召喚師の戦術を教えることが楽しかった。
だが、この村にいる弟子たちはだいぶ育ってきている。そのうえ教本まで完成してしまい、端的に言って以前ほどの情熱が持てなくなってきているのも事実だ。
(俺が、やりたいこと? 欲しいもの?)
元の世界に戻りたい、という気持ちがなくなったわけではない。が、本当に今さら戻りたいとも思っていない。
わからない。
今の自分は、何が欲しいのだろう。
マナヤが考え込んでいるの様子を浮かない顔で見つめていたアシュリーだが、彼女は急にポンと手を叩いた。
「そうだ。あんたさ、いっそのこと引っ越さない?」
「は?」
「あんたが表に出てる間は、テオの家じゃなくて別の家に住んどくってのはどう? そうすれば、あんたも過度にテオの家族に気を遣うこともなくなるでしょ」
「……あ……?」
名案とばかりに嬉々として語るアシュリーを、マナヤは虚ろになりかかった目で見つめる。
「テオの家族と一緒にいるから、テオのことばっかり気になっちゃうんでしょ。いっそ、あんたが出てる時は距離を置いてみたら?」
「……」
「今あたしが住んでるとこの隣が、ちょうど空き家のまんまなのよ。そこに、あんた個人の荷物とか運び込んどいたら――」
「――嫌だッ!!」
思った以上に大きな声が出た。
ハッと顔を上げれば、アシュリーが目を真ん丸にしてこちらを見つめている。ちらほら見える通行人も、みな驚きの形相で足を止めていた。
「あ、わ、悪ぃ。けどよ、俺もあの家にゃいろいろ世話になったからさ。いきなりテオの家族らとバイバイってのは違うと思うんだ」
「……マナヤ」
「ほ、ほら。シャラのおかげで、俺でも食える飯が出てくるし。それがなくなっちまうのも寂しいよなって」
言い訳するマナヤだったが、アシュリーはまだ驚きの顔。
(あ、あれ。なんで俺、あの家から離れたくないんだ?)
そしてマナヤ自身、あの家を離れることへの妙な拒絶反応に困惑していた。
シャラが作ってくれる料理自体は、実際悪くない。だが本当にそれだけかというと、違う。
なぜかマナヤは、スコットとサマーから離れることに妙な不安を覚えていた。もうスタンピード第二波が来ることはなくなったというのに。
「……ごめんマナヤ、無神経だった」
「あ、ああいや。気にすんな」
気づけば、やたらと申し訳なさそうに目を伏せているアシュリー。
「その。聞いても、いい?」
「な、なんだ?」
「その。……あんたの前世の家族って、どんな人たちだったの? お兄さんのことは聞いたけど」
アシュリーがまだやや後ろめたそうな顔で、上目遣いで問いかけてきた。
マナヤ自身が、家族に飢えている。アシュリーは、マナヤの気持ちをそう解釈したのだろうか。そして気遣ってくれているのだろうか。
「あー、その、なんだ。実を言うとな」
ぽりぽりとまた頭を掻きながら、マナヤは意を決して答える。
「俺、史也兄ちゃんのことはともかく、前世の両親のことはぜんっぜん覚えてねえんだ」
「え。そ、そうなの?」
「ああ。ほら俺、子供の頃の記憶は残ってないって言ったろ? だから俺が寂しいのは兄ちゃんのことだけなんだ」
どういうわけか、この世界に来た時からそうだった。記憶が、最初から無かったように不自然に抜け落ちている部分がある。
だからよく覚えている兄のことはともかく、前世の両親に会えなくて寂しいという気持ちは欠片も持っていなかった。
「まーアレだ。俺は別に親のことをそこまで引きずるほど、ガキじゃねえってこったな」
「……へーえ?」
ニヤリと笑って答えてみれば、アシュリーの表情がゆるむ。同じようにニヤニヤとした笑みを浮かべてきた。
「じゃあ聞くけど、あんた前世じゃ何歳だったの?」
「……何歳だったんだろうな?」
「って覚えてないんじゃない!」
ジト目でアシュリーが突っ込んできて、お互いに笑い合う。
先ほどまでの、妙に気づかわしげな重苦しい雰囲気が崩れた。やはりアシュリーには、あまり過度に自分を気遣ってほしくない。このくらいがちょうどいいのだ。
「おっと、そろそろ急がねえとな。んじゃ、俺はとりあえず弟子達にコレを渡してくる」
と、マナヤは教本を掲げて軽く言った。
「んー、頑張ってね。……あ、それとマナヤ」
「なんだ?」
「これからは、もっと顔を出しなさいよ? しばらく出てこなくて心配してたんだから」
アシュリーが木剣を再び手に取り、ひらひらともう片方の手を振った。
彼女もおそらく、先ほどまでやっていた基礎鍛錬を再開するのだろう。
(……でもまあ、そうだな。顔は、ちゃんと出すようにするか)
ひさびさの、人との会話。スコットとサマーとのものもそうだったが、心に活力がみなぎってくるような感覚があった。あまり引きこもるのも考え物なのだろう。
少し晴やかな気分になって、マナヤは歩を進めた。
「あ、テオさん……じゃなくて、マナヤさんですね。えっと、お久しぶりです」
「おう、おはようさん」
と、時々この道ですれ違う母子と鉢合わせた。
母親は比較的穏やかに接してくれるが、十歳ほどの娘の方はささっと母の足元に隠れてしまう。
「こ、こらリナ……もう。すみません、この子が」
「いや、気にしないでくれ。……あんただって、俺を恨みたいだろうに」
母親がマナヤを気遣ってくれる。が、正直この娘の態度もわからないではない。
この娘は、かつてのモンスター襲撃で父親を失っているのだという。つまりは、この母親の夫でもある人を。マナヤにも普通に接してきてくれているこの母親が、人間ができすぎているのだ。
マナヤがすぐに、すれ違って立ち去ろうとするが……
「……ねえ、お兄ちゃん」
「あ?」
リナとかいう娘が、珍しくマナヤに声をかけてきた。母親の方も、驚いている。娘は、複雑そうな表情でマナヤを見上げてきた。
「どうしてお兄ちゃんたちは、そんなにモンスターを信じられるの?」
その問いに、マナヤは一瞬驚く。
(……モンスターを信じる、ねえ)
今までも似たような質問を受けたことは、あった。
マナヤはできるだけ優しい顔を作る努力をしながら、彼女の目線に屈む。
「嬢ちゃん。俺たち召喚師はな、モンスターを信じてるわけじゃねーんだ」
「え?」
「俺たちにとって、モンスターは『道具』だ。モンスターを、利用してやってるんだよ」
その後、召喚師の集会所にて。
「こ、こら押すな! 書き写せないだろ!」
「あっ、ずるいですよ! みんな見たいんですから!」
「ま、待ちたまえ! せめて私がもうちょっと先まで書き写せてから――」
マナヤの教本に対し、十一人の召喚師全員が群がって写本しようとしていた。
「お、お前らもっと慎ましくやれ! テオに読ませてやるのがメインで書いた本なんだからな!?」
その大騒ぎっぷりに、本を持ち込んだマナヤ自身が狼狽える。
だが、それで召喚師たちがどうにかなるわけでもない。
「あっ、ちょっこら引っ張ってんじゃねえ! 破れる、破れるっての! 俺がどんだけ苦労して書いたと思ってんだあああッ!」
……辛うじて、本を死守することはできた。
◆◆◆
その晩。
「う……」
寝床につきながら、マナヤは顔をしかめていた。
『――史也の、弟さん? 似てない兄弟だね?』
誰かの言葉を思い出した。
前世の記憶だ。兄の史也と外出した時、兄の友人に自分を紹介された際に、相手に言われた言葉である。
『ま、まあまあ。ちょっとこっちも色々あってさ、複雑なんだ』
と、史也が何かを誤魔化すように返していた。
焦ったような表情だ。話し相手も、納得がいかないといった様子で首を傾げつつも、素直に頷いていた。
さらに、場面が移った。
今度は自宅だ。どうやら自分は、いつもの居間でテレビを観ているらしい。アナウンサーがとある事件の概要を説明している。
〝去年八月、○○区にて四十一歳の夫婦が殺害された事件。犯人はその一人息子である〇〇〇とされており、虐待が原因で身を守るために両親を殺害したのではないかと疑われています。〇〇〇には親戚がおらず、生前の両親の知り合いであった人物の元に養子として迎え入れられたと報じられ――〟
自分は、そのニュースを食い入るように見つめていた。
両親。
アナウンサーのその言葉に、かくんと首をかしげる。
『なあ、史也兄ちゃん』
夕食の支度をしていた史也に振り向き、訊ねた。
『俺の父さんと母さんって――』
『ま、真也!』
突如、兄は慌てたように駆け寄り、リモコンを取り上げてテレビを切った。
『ほ、ほら、もうすぐ夕飯できるぞ。テレビばっかり観てないで、皿並べるのを手伝ってくれ』
『あ、う、うん』
兄に両肩を掴まれ、押しやられるように台所へと連れられる。
やはり兄は、何かを焦っていた。知ってはならないことを自分に知られてしまったような、そんな戸惑いのようなものを感じる。
だがマナヤは特に追及もせず、台所のテーブルについた。
「――っはあっ、はぁっ、はぁっ……!」
マナヤは、跳ね起きた。
きょろきょろと辺りを見回す。夢に出てきた、日本の家ではない。もはや見慣れ始めてしまったテオの部屋だ。今日はシャラが隣には眠っていない。
「……夢、か? 俺の、前世の記憶……?」
今では断片的にしか思い出せない、あの頃の記憶だ。
なぜ今さら見たのだろう。昼間に、アシュリーに自分の両親について尋ねられたからだろうか。
だが、寒気が走る。
似ていない兄弟。
ある子供が両親を殺害し、それが別の家の子として引き取られたニュース。
そして、それらについて妙に誤魔化そうとしていたかのような、兄の不自然な態度。
(今の、ほんとに俺の記憶なのか?)
ばくばくと心臓が跳ねている。
嫌な汗も流れていた。べっとりと濡れた首元を素手で拭い、マナヤは舌打ちする。
(くそっ、たまには俺のまま寝てみようとしてみれば、これかよ。やっぱロクでもねえ)
ぽすん、と寝具に背中を沈めた。
そのまま目を閉じる。今度は眠るのではなく、自分の意識だけを選択的に沈めるような感覚だ。
(……どうせ、今日一日だけってつもりだったんだ。あとはお前の人生だぜ、テオ)
心の中だけでそう呟き、マナヤは自分の意識を閉ざした。




