43話 受け入れる世界 MANAYA 2
「――マナヤさん! あの時は、すみませんでしたッ!」
カル。
しまった。また、先に謝らせちまった。
「俺、とんでもないこと、マナヤさんに言っちまって……!」
ああ、そうだったな。
確かにあの時の俺に、『さっさと異世界に帰れ』は堪えた。
でもな。
「……いや。それより、俺の方こそ言い過ぎた。すまなかっ――すみませんでした」
立ち上がって彼らに真摯に向き合い、謝罪。
慌てだしたのは、俺の弟子達だ。
「そ、そんな、とんでもないです!」
「マナヤさんが正しかったことは、証明されたんですから!」
「私達の精進が足りなかったんです!」
そう言ってくれるのは、嬉しいがよ。でも、それで済ませていいことじゃねえんだ。
「いや。俺は『元の世界かぶれ』になっちまってたんスよ。この世界の何もかもが劣等だと、勝手に決めつけようとしてた」
だから、ちょっとでも気に入らないことがあったら、この世界のせいだと押し付けようとしてたんだ。劣等な異世界だから、俺の世界の基準に合わせるのが当然。そう思い込んでた。
この世界には、この世界の誇りと文化があることを忘れて。
「何より……あんたがたはこの過酷な世界で長年、必死に生き抜いてきてたんスもんね」
そうだ。
さっきテナイアって白魔導師が言ってたことも、よくわかる。
命の危機があるかもしれない戦いに、救難信号で呼ばれた者以外は出動しない。余所の者の死を悼まない。
だが別に、この世界の倫理観が狂ってるわけじゃねえ。きっと、そうしなきゃ生き残れなかったんだ。
夜中に救難信号が撃ち上がって、その度にいちいち気に病んでいたら心が参っちまう。俺が、そうなったように。
「あんたがたは、立派な戦士です。それを軽視しちまってたのは、俺だ。申し訳、ありませんでした」
だからこいつらは、心を休めることにも必死になってる。この、いつ自分が命を落とすかもしれねえ世界で、ちゃんと生き抜き、戦い抜くために。
召喚師は、なった途端に村人から疎まれる。
俺と同じ。ある日突然、自分のことを拒絶されるような世界に放り込まれちまった。
それでもこいつらは、俺みてえに逃げなかった。周囲にどう扱われようが、自分に与えられた役割をきっちりこなそうと踏ん張り続けてたんだ。自分が置かれた状況に適応しようと、必死に。
『なら、優秀になれ』
そう、だな。
優秀じゃねえのは、俺の方だったよ。史也兄ちゃん。
「や、やめてくださいよマナヤさん」
カル?
なんでそんな、戸惑い顔なんだよ。
「あなたがテオさんになってから、思い知ったんです。マナヤさんに謙虚な態度は、似合いませんよ。ねえ?」
……ったく、カルこの野郎。
苦笑するように言ったこいつは、他の召喚師達にも同意を求める。皆、同じような表情で頷いてやがるし。
「それに、マナヤさんがそういう態度だったおかげで、今の私達があるんです」
緑髪の……たしか、ジェシカか。
「俺が、そういう態度だったおかげ?」
「はい。……マナヤさんは、自分の在り方に誇りを持っていました。確固たる自信を持って、それを貫いていましたよね」
「……まあ、そうッスね」
……こいつ。
最初に見た時とは、見違えるくらい明るい笑顔を見せるようになったな。
「そんなマナヤさんの自信を見せつけられたから、私達は頑張れたんです。私達も、自信を持てるようになるのかなって」
……ジェシカ。
「そういうことなんですよ、マナヤさん。それが、俺たちの知ってるマナヤさんの良いところなんです。真摯でいるなんて、あんたの柄じゃない」
カル、お前まで。
「だから、マナヤさんはマナヤさんらしく、どーんと構えててくださいよ」
……そう、か。
柄にもないことは、俺には似合わねぇか。
「……わかった。ならせっかくだから、コレだけは言わせてもらうぜ!」
だから。
びし、と弟子達に指を突きつけながら、声高に言い放ってやった。
「いいか! 今日俺がやったようなことができるヤツは、召喚師としてようやく『スタートライン』なんだ。お前らも、せめて俺が今日やったくらいのことはできるようになってみせろ!」
そうだ。
あんなのは基本テクニックに過ぎない。基本テクニックを使いこなせるようになって、やっと脱初心者。もっと応用テクニックも使いこなせるようにならなきゃ、生き残れねぇ。
苦笑いしながら顔を見合わせた弟子達。
カルが、おずおずと口を開いた。
「自分達は、マナヤさんほど優秀じゃありませんから……」
……そうか。
なら、指導二日目にも言ったあの言葉を、もう一度くれてやろう。
俺も史也兄ちゃんに幾度となく言われた、あの言葉を。
「なら、優秀になれ!」
一瞬、ぽかんとした弟子たち。
みんなしてすぐに顔を引き締め、声を合わせた。
「はいッ!!」
――いい返事だ。
◆◆◆
弟子達が立ち去った、すぐ後。
「……チッ」
ダメだな。
口さみしくて、つい料理を口に入れちまうが。やっぱり何もかもが同じ味すぎて、なんの慰めにもならねえ。
そろそろ、退散するか。
この世界での生活に関しては、『現地人』に任せよう。
交替するのは、簡単だ。あの時みたいに、目を閉じて意識を沈めて――
「――あの、マナヤさん」
なんだよ、人が眠ろうって時に。
しかも、この聞き慣れた声は……
「シャラ?」
振り向くとそこにはやはり、シャラがいた。何か迷うような表情で、俺を見てくる。
……こいつと話すのは、ちょっと気が重いんだが。
「……その、あんまり食べれて、ないんでしょう?」
「……ああ」
「テオの家でお料理、用意してるんです。よろしければどうですか?」
「わかった。今、テオに代わるからよ」
テオと話がしたくなったんだろうな、こいつは。
心配すんな、今ちょうど替わろうとしてたとこだからよ。目を閉じて、意識を――
「ま、待ってください!」
いやだから、なんで止めるんだよ!
目を開ければ、意を決したかのような表情で見つめてくるシャラの顔が。
「……マナヤさんに、食べてもらいたいんです」
「あ、あのスコットさん。サマーさん」
テオの家について、ようやく思い出した。
アシュリー以外にも、ちゃんと謝らなきゃいけねえ二人がいたことを。
「あの時はその、ホントすみま――」
「まあマナヤくん、まずは食べてくれ」
「お話は、後で聞くわ。お腹、すいてるんでしょう?」
遮られちまった、か。
しかし、食べてみろっつっても。
「……」
結局、コレかよ。
いつもと変わらぬ、いつも通りのメニュー。
炎包みステーキ。餡かけのかかったエタリア。何かのスープ。そしてサラダ。これといって変わりない、今まで食べてきたものと同じ料理。
とはいっても目の前には、真剣な顔で俺を見つめてくるテオの両親とシャラがある。さすがに、逃げるわけにゃいかねーか。
しかたねえ。
まずは、炎包みステーキだ。
炎の塊を一口大に切り、ふっと炎を吹き消して、口に入れる。
――舌の上に、ピリッとした刺激。
なんだ?
熱い……いや、辛い?
今までの炎包みステーキに、辛味なんてなかった。
塩の味とステーキ肉の旨み、そしてピナの葉の香り。それ以外の味は無かったはず。
だがこのステーキは、辛味がある。
ちょうど良い塩梅の、唐辛子のような辛味。ちょっとしたピリ辛ステーキになって、俺好みの味じゃねえか!
思わずもう一切れ切り分けて、再び口に入れた。
塩味だけじゃなく、辛味も感じる。ただそれだけでこんなにも旨く感じるもんなのか。
食欲を誘うピナの葉の風味が辛味ともマッチして、今までとは比べ物にならねえ。これなら何口でも食えそうだ。
ならもしかして、他も?
スプーンでエタリアも掬い取り、口に入れてみる。
――甘じょっぱい。
今までは塩味と香辛料の風味しか感じなかったエタリア。
そこに、明らかな甘みが足されていた。
甘味と塩味、そしてエタリアと香辛料の独特の香りが絡まり合う。この豊かな味わい……例えるなら、エビチリ、か?
なら、こっちも。
今度はスープもすくって口に入れる。
――すっぱい。
塩気ベースだったはずのスープ。
こちらには酸味が足されていた。どことなくフルーティな感じもする酸味。トマトスープの味わいに似ている。
サラダも、だ。
今までは酸っぱいドレッシングのようなものだけだったのに。このピリッとした辛さと酸味……まるで、ピクルス。
「……お口に、合いました?」
シャラがおずおずと訊いてくる。
日本で食べていた料理とは、まだ比べ物にはならない。
出汁を使ってないから、味にはまだ深みが足りない。醤油のようなコクも感じられない。まだまだ、味の薄っぺらい料理ではあったけれども。
「うまい」
思わず、口からそう零れた。
味が少し混ざるだけで、これほどまでに変わるもんだったのか。新鮮な味わいになって、でもどことなく馴染みのある味。
気づけば、ガツガツと料理を頬張っていた。
「おかわり、いりますか?」
「頼む」
即答。
シャラが空になった皿を取って、台所で料理を足している。俺はもう何も考えずに、ただ目の前に並べられた料理を貪り続けた。
「……ふぅ」
……満腹だ。
食でこんなに満たされたのなんて、いつぶりだ?
「悪ぃ、スコットさん、サマーさん。わざわざ味付け、変えてくれたんだな」
感謝、しなきゃな。手間暇かけてくれたんだろうから。
って、なんで二人とも首を横に振るんだ。
「お礼なら、シャラちゃんに言うといい」
「……え」
「シャラちゃんが作ってくれたのよ、この料理」
――シャラが?
思わず、視線がシャラへ向かっていた。
もしかして、とは思っていた。
なぜ、シャラが俺を呼びに来たのか。
なぜ、こいつが味の感想を聞きたがったのか。
シャラが、恥ずかしげに口を開いた。
「アシュリーさんから、聞いたんです。マナヤさんが、味が混ざってるものが食べたいと、言っていたって」
……アシュリーが。
確かに、あいつの前でそんな話をした。
「私は錬金術師ですから、いろんな調味料も作れるんです。だから、色々な組み合わせで味を混ぜてみて、調整してみました。マナヤさんの、ために」
……シャラ、が?
テオでなく、俺に?
「どう、して……?」
「マナヤさん」
俯き気味だったシャラが、凛とした表情で俺をまっすぐ見てきた。
「今まであなたを避け続けていて、色々ひどいことを言ってしまって、本当にごめんなさい」
初めて、かもしれない。
こんなに、含みのない目で俺を見てきたのは。
「お、おい」
「それから……お礼を言うのが遅れて、ごめんなさい」
シャラの表情が、緩む。
「この村を、私達を……何より、テオを助けてくださって。ありがとうございました」
――こいつは一番、俺を疎んでいたはずなのに。
「あなたがいなかったら……私達は、死んじゃってました」
――テオがいなくなった原因とすら、思っていたはずなのに。
「何より……テオが堂々と出てこれる環境を、作ってくれて」
――そのこいつが、礼を?
「本当に……本当に、ありがとうございました……!」
少し恥ずかしそうにしながらも、はにかむような心からの笑顔を向けてきた。
初めて、俺に向かって。
「マナヤくん、私たちからも言わせてくれ。謝罪と、お礼を」
「スコット、さん」
「君の世界のことを、君の気持ちをないがしろにするようなことを言って、すまなかった」
「ごめんなさい、マナヤさん。あなたの事情、私達はちゃんと考えてなかったわ」
スコットさんと、サマーさんまで、俺に。
「それから。……テオが、私達とまた笑い合えるようになったのは、君のおかげだ」
「テオの願いを叶えてくれて……テオを、返してくれて……その上、マナヤさんも一緒に戻ってきてくれて、本当にありがとう」
二人だって、テオがいなくなったと思って、悲しんでいたのに。
俺を最初、疎んでいたのに。
「マナヤくん。君が私達の世界に慣れようとしているように、私達にもチャンスをくれないか」
「私達も、あなたに歩み寄りたいの。私達を守ってくれた、恩人のあなたに」
俺はこの世界に拒絶されてるんじゃないか。ずっと、そう思ってた。
なのにスコットさんも、サマーさんも。シャラも。
……そして、テオも。
『――この世界にはまだ、あなたが必要なんです!』
……ちくしょう。
この程度の、ことで……
なんで、目頭が熱くなってきやがるんだよ……!
見ろよ。
テオの両親も、シャラも、俺を見て困惑してんじゃねーか。
こういう時は、そうだな……
引っ込んじまおう。
シャラにも、テオと水入らずの時間を与えてやんねーと、な。
「シャラ。スコットさん、サマーさん」
熱いものが零れそうになる目を、閉じる。
「すまなかった。……それと、ありがとう、な」
そして、意識を深く沈めた。
――今日は、気持ちよく眠れそうだ。
本当に、ひさしぶりに。




