41話 召喚師解放同盟
森の中。
少し離れた場所に潜んで様子を見ていた人影が、ふたつ。どちらも深緑色のローブをまとい、フードを深く被っている。
「あれは、一体どういうことだ。ヴァスケス」
そのうちの片方。巨漢の男が、怒りを抑えた声を発しつつその深緑色のフードをはぎ取った。フードの下から現れたのは、灰色に近い銀髪を短く逆立たせた青い瞳の壮年の男性。
「私にも、わかりかねます。まさか、リーパー・マンティス単独でフロストドラゴンを倒すなど」
もう一人の男が、冷や汗を流しながら応答した。青い前髪に隠れた、碧の瞳を慄かせている。
「下級モンスターで最上級モンスターを倒すことができるなど、常識では考えられません。相性とて最悪であったはず。なのに、フロストドラゴンが身じろぎ一つできずに倒さるとは」
「感心している場合か。あれに村を滅ぼさせ、しかる後に我々が封印し戦力とする予定が、完全に裏目だ」
逆立てた銀髪が揺れ、怒気が発され始める。
「なぜだ、なぜあの村の連中はこれほどのことができる!?」
ガツンと木の幹を怒り任せに殴りつける、その銀髪の男。
(こういう時のトルーマン様は、本当に恐ろしい)
身震いをする青髪の男が、フードをより一層深く被りなおした。
銀髪の男は、多少勢いは衰えたもののさらに声を低くして唸る。
「村の方角も、せいぜい黄緑の信号が上がった程度。村を襲わせる部隊はどうなった!」
「担当の者からの報告待ちです。もうじき戻ってくると思われますが」
青髪の男が答えた直後、かすかに草むらが揺れた。そこからもう一人、フードを被った男が二人の前に現れ、跪く。
「トルーマン様、ヴァスケス様」
「戻ったか」
ヴァスケスと呼ばれた青髪の男は、跪いた彼に向かって頷いた。
銀髪の巨漢もそちらへちらりと目をやった後、正面へ向き直り低い声で呟く。
「報告を聞こう」
「は。例の谷にモンスターの群れを誘導し溜め込みましたが……余計な邪魔が入りました」
「邪魔だと?」
「哨戒中の者達が現れ、察知されたのです。なのでスカルガードを多く含む一団をその者達へと押しつけ、注意を逸らす策を取りました」
トルーマンと呼ばれた銀髪の巨漢は、なおも街道先にいる騎士と村の者達を見つめるのみ。だが、無言で先を促してくる。
「……問題は、そこからです。召喚師の少年が一人、モンスターを溜めこんだ谷に入り込んできました」
「察知されたのか?」
「いえ、ぐうぜん滑落したようです」
その報告に銀髪の男は怪訝そうに眉をひそめ、振り返る。
「だが、じゅうぶんモンスターを溜めこんだのだろう。村の召喚師一人でどうこうなるものでもあるまい」
「その通りです。ただ、彼を追ってもう二人ほど谷へ降りてきました。その三人で、その」
「なんだ。はっきり言え」
「……溜め込んだモンスターたちが、殲滅されてしまったのです」
目を剥いたのは、トルーマンという銀髪の男だけでもない。
青い前髪で目元を隠した男もだ。跪いた男の肩を掴み、問い詰める。
「ばかな。たった三人であの群れを撃破できるものか。数はもちろんのこと、フェニックスまでいたのだぞ」
「私も、自分の目で見ていなければ信じられません」
「……」
茫然とする青髪の男。
銀髪の巨漢が、低い声で問いかける。
「三人の内訳は」
「召喚師、剣士、そして錬金術師です」
「範囲魔法を扱える黒魔導師のいない三人で、殲滅だと」
ギリ、と歯ぎしりし、怒りの眼差しで跪いた男を睨んだ。
跪いた男はすくみ上ってしまう。だが銀髪の男は少し落ち着いた声に戻り、ふたたび目を正面に戻した。
「それで、その者達はどうした。まさか放置してはおるまいな」
「……計画実行は不可能と断じ、谷を自爆指令で爆破しました」
「爆破?」
疑問の声を挟んだ、ヴァスケスという青髪の男。銀髪の男に代わり、報告してきた者へ問い詰めはじめた。
「谷を爆破するのは、せき止められたモンスターを村へ開放するためだろう。斜面をなだらかにし、モンスターが登っていけるようにするために」
「はい。なので爆破箇所を三か所に増やし、規模を拡大したのです」
「――なるほど。より大規模な崖崩れを起こし、やつらを生き埋めにしたのか」
いち早く察した、銀髪の男トルーマン。報告に来た男はこくりと頷く。
「では、その三名は始末できたのだな」
「我々も避難せねばならなかったので確認はできませんでしたが、おそらくは」
「いいだろう。せめて一矢報いた機転は評価する」
「恐縮です」
胸に手を当て、さらに深々と頭を下げた報告の男。
トルーマンは改めて街道先にいる騎士ら一団を睨みつけ、顔をしかめた。
「気になるのは、あの村の召喚師どもだ。強力なモンスターを足止めする方法を熟知している。なぜ奴ら、我々〝召喚師解放同盟〟の戦術を知っているのだ」
村の召喚師が、フロストドラゴンの足止めをしていた時の話だ。青髪の男はかぶりを振った。
「不明です。間引きの様子を見た限り、いつの間にやら村の者は一通り身につけていた様子ですが」
「……我々の情報を、あの村に漏らしている者がいると?」
「そのような事実は確認されておりません」
青髪の男が淡々と答えると、銀髪の巨漢は舌打ちする。
「ならばやはり、あの小僧のしわざか」
「……村人らの間引きの様子を観察しましたが、口々に『マナヤに教わった』という旨の会話を」
青髪の男のその説明に、銀髪の巨漢は眉を上げる。
「マナヤ……それが、あの小僧か。聞き慣れぬ名だが、他国の者か?」
「仔細は不明ですが、スタンピード後に襲撃をけしかけた際に邪魔をしてきた、あの少年です」
トルーマンがなにか思い出したかのように、青髪の男ヴァスケスへと振り向いた。
「そうか、お前が引き入れたいと言っていた少年か。それが、あの小僧だと」
「はい」
「なるほど、お前が評価するわけだ。……だが」
トルーマンは、街道にいる少年へと目を凝らした。
「あの小僧、素直に我々に与すると思うか」
「……彼のみならず、あの村の召喚師たちは皆、望み薄でしょう」
「だろうな。……やつら、なぜこうも他クラスの者どもとつるんでいられる。召喚師が人間扱いされていなかったことを、忘れたのか」
ゆらりと、空気が揺らぐ。
銀髪の男トルーマンから、より一層はげしく怒気が放たれ始めていた。彼は片腕を持ち上げ、街道方向へ手を差し伸べる。
「――お待ちください、トルーマン様」
青い前髪の男ヴァスケスが、その腕を押しとめた。
「敵にこれだけの兵力が居る中、召喚モンスターで仕掛けるのは得策ではありません。フロストドラゴンを無傷で仕留められるあの召喚師の少年が、あちらにはついているのですよ」
彼の説得を受け、銀髪の男は舌打ち。素直に腕を降ろす。
「わかっている。……結局、我々はあの村を滅ぼし損ねた。あげく、苦労して創り出した上級モンスター二体と最上級モンスターを、みすみすあちらに奪われたということか」
「開拓村は滅ぼせたのです。今はそれで良しとせねば」
「ふん」
青髪の男の説得に、銀髪の男はなおも怒りを収めきれない。
「開拓村の弓術士と黒魔導師らの暗殺に成功し、騎士らに悟られることなく滅ぼせた。そんな今回こそ、駐屯地に隣接するセメイト村を一気に落とす、千載一遇のチャンスだったというのに」
「……っ」
「おまけに、あの開拓村の召喚師も勧誘できずじまい。そのため結局――」
そこで一旦言葉を切った、銀髪の男。
しかし、すぐに淡々と告げる。
「――召喚師らも、皆殺しにするしかなかった」
無慈悲な一言。
銀髪の男の声に後悔の色は、一切ない。あるのは、侮蔑と怒りだけ。
「あれだけの手間暇をかけておいて、我々は今回なにも得られなかったことになる。忌々しい」
青髪の男は、彼の気迫にただ圧倒されるのみ。
だがすぐにその銀松の男はローブを翻し、森の奥へと向き直る。
「……あのマナヤという少年について、探れ。勧誘するかどうかは別として、あやつを野放しにしておけば我々に損害をもたらす可能性がある」
「はい。しかし、探るとなると」
青髪の男が訊ねれば、銀髪の男は振り向いて淡々と告げる。
「そうだ。ジェルクに、あの村へ潜入させる」
「……やはり、あの男ですか」
青髪の男がそう呟き、顔を伏せる。
が、銀髪の男は意外にも怒気を収め、諫めるように静かな声で語り掛けた。
「しかたがあるまい。召喚師以外を演じることができるのは、現状あやつしかおらんのだ」
「あの男に任せるのは、気が進みません」
青髪の男の苦言に、銀髪の男が苦笑してみせる。
「そう言ってやるな。そもそも奴がいなければ、弓術士と黒魔導師を暗殺することは叶わなかった」
「しかしそのために、『核』の力を大幅に損耗しました」
と、青髪の男が懐から何かを取り出す。
黒い結晶だ。
拳大の多面体。ゆらゆらと瘴気に似た黒いオーラを纏っている。
「そう腐るな。『核』の二つ目の力を確認する良い機会だったのだ。ジェルクの、それを扱う才能もな」
そう語る銀髪の男だが、青髪の男は黒い結晶を握りしめる。
「あの力を確認することに、意味はあったのでしょうか。〝モンスターを創り出す〟本来の力だけで充分だったのでは――」
「ヴァスケス」
急に、銀髪の男の声に怒気が戻る。
青髪の男ヴァスケスは、身震いし硬直してしまった。
「あの二つ目の力は、我々召喚師自身に直接的な戦闘力を与えるもの。ゆえに、モンスターを利用した戦いに拘りたいお前の気持ちも、わからんではない」
「……トルーマン様」
「だが」
一層、怒気が強まった。
炎すら灯っているように見える眼光で、青髪の男を射抜く。
「我々の最終目標。忘れたとは言わせん」
「……申し訳ございません」
弱々しく呟き、青髪の男は膝立ちになる。両手を顔の前で組み、深く首を垂れた。
銀髪の巨漢は、すぐに落ち着きを取り戻す。
「……ともかく、騎士どもに悟られる前に撤退するぞ。召喚師が他クラスの者どもと仲良くつるむ姿など、これ以上見るに堪えん」
「……」
急に押し黙った、青髪の男。
報告に来た男と共に歩き出すトルーマンが、いまだ膝立ちのままの彼に声をかける。
「ヴァスケス。遅れるな」
「は、はい」
慌てて、青髪の男が立ち上がった。
(召喚師達が、他クラスの者どもと仲良くつるむ……)
彼は最後に、ちらりとまた街道の方向を見やる。召喚師たちが、他クラスの者達に笑顔で声をかけられている姿を。
(召喚師は、召喚師としか通じ合えないのではなかったのか?)
青髪の男の身体と表情が、硬直。
しかし、すぐに小さく首を振って思考を祓う。
(ばかばかしい。この世界の人間たちが我々にした仕打ちを思い出せ。甘い考えは捨てろ。――もはや我々は、人間ではないのだから)
彼は先行した二人の後を追い、深奥の闇に姿を消した。




