4話 答え合わせ 2
「自爆魔法!? もう間に合いませんよお!」
女性召喚師の悲痛な声。
そうこうしている間に、バチバチと見るからに危険そうな火花を放ち始める機械の猫。しかしそれを無視し、こちらに突撃してくるモンスターの群れ。
「落ち着け! 【猫機FEL-9】召喚、【跳躍爆風】!」
マナヤの前に、新たに二体目の猫機FEL-9が出現。
直後、それが前方へジャンプ。
猫ロボットは流線をえがいてモンスターの群れを跳び越し、その奥へと落下していく。
「!?」
女性召喚師が、目を白黒させながらそれを目で追う。
とたん、モンスターの群れがくるりと背を向けた。
逆走し始めたのだ。
そのまま群れは二体目の猫機FEL-9に群がり、タコ殴りに。
猫ロボットはあっさりと破壊され、金色の紋章だけを地面に残した。
(ま、FEL-9は囮としちゃ優秀だが、攻撃も耐久も大した事はねえしな。一瞬でやられるのは当然だ……が)
突如モンスター群の目の前、足元あたりに強い赤い光が広がる。
「タイミングは、ぴったりだ!」
すぐ倒されてしまった二体目の猫機FEL-9、その役目は一瞬の『時間稼ぎ』のみ。
光を発しているのは、先ほどマナヤが無敵化させた最初の猫機FEL-9だ。
赤い光が満ちた、次の瞬間……
――轟音と共に、大爆発。
「うお!?」
「えっ!?」
「何だ!?」
少し離れた場所で戦っていた衛兵たちが、爆音に振り向く。
ビリビリと振動が伝わってくる。マナヤたちのすぐ隣にある防壁のヒビが広がった。
補助魔法『自爆指令』。自分の機械モンスター……すなわちロボットのモンスターに対してのみ使用できる魔法。機械モンスターの動力を暴走させ、五秒後に自爆させることができる。
轟音と煙が去ったあと、モンスターの群れは大きく数を減らしていた。大量の瘴気紋が地面に残されている。
ほうっ、と安堵のような感心のようなため息。緑髪の女性召喚師のものだ。
「……実戦で、自爆指令を成功させるなんて」
「なんだ、意外か?」
「だ、だって、あの魔法って爆発まで五秒のタイムラグがありますし、爆発前にその機械モンスターが倒されちゃったら意味がありませんし。そのくせマナ消費は無駄に多くて使い物にならないって、私はそう教えられましたから」
「あー」
ゲーム初心者が陥りがちな思考だ、とマナヤは鼻をかく。
召喚モンスターを囮にできなくなる『次元固化』。扱いが危険な『自爆指令』。実際どちらも、単体では扱いにくい。
が、こうやって組み合わせて利用すれば大いに役に立つ。
(視点変更!)
今のうちにマナヤは素早く眼を閉じる。
瞬間、救難信号の紅い光に照らされる森の中が視界いっぱいに広がった。
防壁上にいる砲機WH-33Lに、自分の視点を移したのだ。召喚師ができることの一つである。
(ん、〝アレ〟が来たか)
防壁の上からの観察で、普通なら厄介そうなモンスターがこちらにやってくるのを確認。
マナヤはすぐに視点変更を解除し、目を開く。ちょうどその時、耳元で焦る女性召喚師の声が。
「わわっ、ま、まだモンスターが残ってますよ!」
「あーまあ、自爆指令の爆発は火炎属性だしな」
狼狽える女性召喚師を前に、マナヤは冷静だ。
爆発でかなり数を減らしたものの、生き残ったモンスターが迫ってくる。予想通り、そのいずれも火炎に耐性を持つものたち。
マナヤは手のひらを前にかざした。
「【ナイト・クラブ】召喚」
大きな召喚紋。
人間より一回り大きな、巨大な銀色の蟹のような中級モンスター『夜襲の大蟹』が現れる。緑髪の女性召喚師の顔がパッと明るくなった。
「いいですよ! もっとたくさん召喚してください!」
「いやコイツ一体で十分だ」
「そ、そんな! どうして、私たち召喚師は最大八体まで同時に制御できるじゃないですか!」
そういえば、とマナヤはこの世界で召喚師が教わっていることを思い出す。
『戦いは質より量です。大軍なら多少の相性は無視して敵を圧倒できますし、仲間や召喚師自身の〝盾〟が増えて安全を確保できます』
だが、史也は違うことを言っていた。
『戦いは量より質だ。強力な一体のモンスターを援護して戦えば、質の高い殲滅力を維持できるんだよ』
モンスターの群れの奥から、白い塊がこちらへ飛んでくる。
おそらく、敵レン・スパイダーの糸塊による投射攻撃だ。
(ナイト・クラブは攻撃も防御も強い、優秀なモンスターだ。巨大なハサミで敵を斬り裂き、銀色の甲羅は敵の斬撃攻撃を悉くはね返せる。……だが)
甲殻が止められるのは、あくまで『斬撃』。打撃を止めるには向かない。
レン・スパイダーの糸塊攻撃は、打撃を伴う。そして、その糸が絡まって動きを封じてくる効果は厄介だ。
そこで……
「【竜巻防御】」
マナヤがナイト・クラブに手をかざせば、その巨蟹が旋風に包まれる。
補助魔法『竜巻防御』。三十秒間、対象モンスターに旋風を纏わせ『軽い物理射撃攻撃を自動的に逸らす』という効果を与える魔法だ。
ナイト・クラブへ放たれた敵の射撃攻撃の大半が、命中直前で左右へと勝手に逸れていった。
これで遠距離攻撃モンスターの対処はクリアだ。
続いて突撃してくるのは、先頭の茶色い大型犬『ヘルハウンド』たち。
次々と襲い来る、鉤爪攻撃。
しかし大蟹は堅い甲羅で受け止める。
「【電撃獣与】!」
ナイト・クラブのハサミが電撃を纏った。
スパークを伴ったハサミの一閃。
叩き斬られたヘルハウンドたちはバチバチと火花を散らし、動きも硬直してしまう。
電撃獣与。三十秒間、対象モンスターの攻撃に電撃を付与し、与ダメージ量を増大させることができる魔法だ。
「えっ、また補助魔法を!? マナがもったいないですよ!」
「もったいなくなんかねえよ、これが最善なんだ。ほら、お前はさっさと封印しろ」
またも文句を言う女性召喚師に封印を催促するマナヤ。
今の彼女の意見もまた、この世界で召喚師が教えられている過ちだ。
『召喚師は召喚獣を「補助魔法」で援護できますが、手駒が増えるわけではありませんし時間経過が効果が消えるので、あまり意味がありません。マナは魔法よりも召喚に費やしなさい』
だがそれは、ゲーム初心者の考えだ。史也はこう言っていた。
『召喚師ってのは「魔物使い」じゃない、「魔法使い」なんだ。補助魔法を使い分けることで、変幻自在に戦い続ける。そうすることで、結果的に長期戦でもMPを温存できるのさ』
魔物使いではなく、魔法使い。
それが、兄の史也から教わった召喚師の戦い方である。
「ッ、くそ、防壁が!」
――側面からビシ、という不吉な音。
マナヤの側面にあった防壁が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
ここは最初に破壊された西側の防壁に近く、ヒビがこの辺りにまで広がっていた。先ほどの自爆指令がトドメになってしまったのかもしれない。
「マナヤさん、『ジャックランタン』が!」
崩れた防壁の向こうから、オレンジ色の影がやってくる。
それに気づいた緑髪の女が慌てていた。
「わかってる!」
「こ、こっちに攻撃されたら爆炎に巻き込まれちゃいますよ!」
「わかってるっての!」
見た目は、地面から十数センチほど浮いた一抱えほどのカボチャ。しかしハロウィンの飾りのように目と口にあたる穴が空いており、口の奥には炎が灯っている。
中級モンスター『ジャックランタン』。攻撃方法は、爆発する火炎弾。
そのジャックランタンが口を開いた。
狙われているのは、マナヤのナイト・クラブ。
すぐさまマナヤは、その巨蟹へ手を向ける。
「【火炎防御】」
オレンジ色の防御膜に覆われたナイト・クラブ。
直後、ジャックランタンが拳大の火炎弾を口から発射した。
火炎弾は巨蟹へまっすぐ飛び、直撃。
「きゃっ」
思わず目を瞑って頭を抱える女性召喚師。
が、パンッと乾いた音が鳴る。
着弾した火炎弾が、勢いを損ねずそのまま跳ね返されていた。
百八十度反転したその火炎弾は、発射したジャックランタン自身に命中。
「……え?」
爆音が離れた位置で響いたことに気づいたか、恐る恐る目を開ける女性召喚師。
ジャックランタンが、自らが放った炎に包まれていた。もっとも、ジャックランタン自身も火炎には耐性がある。ダメージにはなっていないだろう。しかし。
「同士討ちは基本だよな」
ジャックランタンの後ろからさらに侵攻してきていたモンスターらが、その爆炎に巻き込まれていた。
気づかずに二発、三発と火炎弾を発射し続けるジャックランタン。
しかし全てナイト・クラブに反射される。
ジャックランタンの背後にいるモンスターたちだけが爆炎に呑み込まれ、焼け死んでいった。
「そして、そこならWH-33Lの射程圏だ!」
マナヤは、まだ健在な位置の防壁を見上げて叫ぶ。
ちょうどその時、その防壁上にいた砲機WH-33L二体が砲撃した。
二発の着弾音がほぼ同時に鳴り響き、カボチャの化物は霧散。
後に残ったのは瘴気紋だけだ。
(ははっ、こりゃあいい。手札が無限みたいなもんなのか)
内心、マナヤはほくそ笑む。
ゲーム『サモナーズ・コロセウム』では、こんなに色々なモンスターや補助魔法を同時に使うことはできなかった。
ゲーム内ではモンスター全64種、補助魔法全32種の中から、戦闘前に12枚の〝手札〟として選び持ち込んだものしか使用できない。さらに補助魔法は全32種とはいえ、実質的には16種の中からしか選べない。使用するキャラによって習得できる魔法に制限があるからだ。
しかし、この世界では手札を選ぶ必要もなく常に全種使える。キャラによる補助魔法使用制限もない。
つまりは――
(チートモードでプレイしてるようなもんじゃねーか!)
ゲームでは実現できなかった『夢のコンボ』がやりたい放題だ。こんな状況だというのに、思わず胸が躍る。
「――君達、無事か! さっきの爆発は一体!?」
後方から、数名の村人たちがかけつけてきた。
緑髪の召喚師も、おどおどしつつ駆け寄る。
「よ、よかった! あの、えっと、この人の援護をお願いしたいのですけど……」
「あ、ああ。だがまさか君、あの群れを一人で凌ぎ続けていたのか」
マナヤの戦い方を遠目から確認していたのか、駆け付けた者の一人が茫然と呟いていた。
しかし当のマナヤは――
「いや、この場はなんとかなります! あんたがたは、こいつを連れてってください!」
「えっ?」
まず女性召喚師が、続いて村人達も驚いてマナヤへ振り返っていた。
「西の門にも、封印要員が必要でしょう。ここは俺一人でなんとかします!」
「しかし……!」
「俺の戦いぶりを見たでしょう! 大丈夫です、むしろ一人の方が戦いやすい!」
「わ、わかった……行こう、そっちの召喚師さん。あっちも封印が追いついてないんだ」
「え、わ、あの!?」
マナヤの説明に、村人達は女性召喚師を促す。
彼らに引っ張られるように、緑髪の女性召喚師は連れられて行った。
「あ、あの! お気をつけて!」
彼女は後ろ髪を引かれるような様子で、マナヤの背へ声をかける。
安心させるよう、ニッと笑顔を返した。
(よし、こっちをさっさと処理しなきゃな。例のヤツ、もうすぐ俺の方に来るみてえだし)
と、そこで突然――
「うわああああああっ!」
村の中の方がから、子供の悲鳴。
即座に振り向く。家屋のすぐそばの地面に転がった男の子が、ミノタウロスの前で転倒してしまっていた。その少年へ向けて、斧が大きく振りかぶられている。
「あの顔は! クソッ」
少年の顔には見覚えが。テオの記憶の中で、助け起こしたが既にこと切れていた男の子だ。
慌ててマナヤは走り出す。
(召喚を――くそ、MPが足りねえ!)
下級モンスターを召喚するマナは辛うじてあるが、それではミノタウロスには勝てない。中級モンスター分のマナが溜まるまでは――
(――まだ、あと六秒)
ミノタウロスは既に斧を振り下ろさんとしている。
(だめだ、間に合わねえ! アレしかない!)
覚悟を決めたマナヤは、さらに加速。
「だらああああああああッ!!」
一気に飛び出し、風切るミノタウロスの斧の前に――
――自らの身を晒す。
ザシュッ、とどこかで聞いたような音が響いた。