39話 心のよりどころ
「シャラ、どうしたの!?」
「……おそらく、マナ切れでしょう」
シャラを助け起こそうとするアシュリーだが、白魔導師がシャラの額に手を当てて言う。
アシュリーは首を傾げた。
「マナ切れ? だって錬金術師って、マナ総量が一番多いクラスじゃ?」
「確かシャラさんは、戦闘用の錬金装飾を先日まで扱えなかったはず。マナが空っぽの錬金装飾に、いちいちマナを込めなおしていたのではありませんか」
「……はい」
青い顔で息をしているシャラが、白魔導師の問いに頷く。かろうじて意識はあったようだ。
アシュリーが驚きに目を見開いた。
「え、うそ。だってシャラが今日使った錬金装飾って、五個や六個じゃすまないのに」
「そう、ですか。戦闘用の錬金装飾は、生活用のものの数倍、マナを必要とすると聞きます。シャラさんは、錬金術師にしてもマナ総量がかなり大きいのですね」
白魔導師も少なからず驚きながら、シャラを見下ろす。
(そうか。ゲームと違って、マナを込め直す必要があったのか)
マナヤもため息をつき、シャラに向かって屈んだ。
「シャラ、アシュリーの言う通り村に戻って待機してろ。マナがないお前じゃ、戦力にならねぇだろ」
「ま、待ってください! 私、まだやれます!」
しかし、シャラは譲らなかった。なんとか立ち上がろうとしながら食い下がる。
「いやお前、なんでそんなに行きたが――」
「錬金術師は、マナの回復速度が速いんです! 辿り着くころには、なんとかします!」
「そうは言ったって、せいぜい二分で全快する俺たち召喚師とは比べ物にならねえだろ。……カラになったマナって、どのくらいで回復するんです?」
白魔導師に訊ねれば、戸惑いつつもすぐ答えが返ってくる。
「多少の個人差、クラス差はありますが。錬金術師であることを加味しても、全快するには一晩。まともに戦える最低限としても、三十分ほどは休まなければ」
「そら見たことか」
シャラが、悔しそうに唇を噛んだ。
が。
「――連れて行きましょ、マナヤ。あたしが抱えていくわ。一人だけなら、そうスピードは落ちないし」
「……アシュリーさん」
アシュリーがシャラを助け起こす。
「は? いやアシュリー、お前までなんで」
「一度マナを充填した錬金装飾は、そのまま使えるんでしょ? 『キャスティング』で錬金装飾を装着させる要員としてだけでも、連れてく価値はあると思うわよ?」
と言って、マナヤにウインクしてみせた。
それを受けて、シャラも勢いづく。
「はい。それに、『魔力の御守』で人のマナを回復できるのは、錬金術師の私だけです! 向こうに着いた頃には、きっと一つ分くらいは充填できるくらい、回復してます!」
額に汗を浮かべながらも、シャラは強い意志を瞳に宿している。
(……まあ、いいか。錬金術師がいるとありがたいのは、確かだしな)
マナヤが一番ゲーム的な感覚で連携を取りやすいのは、錬金装飾を扱える錬金術師だ。それにシャラのこの『やる気』ぶりも、わからないではない。
「わかったよ。とりあえず時間が惜しい。急ぐぞ」
そう言ってマナヤは目を閉じ、ヴァルキリーを操作する。
「シャラ、行けるわね?」
「はいっ……あ、ちょっと待って下さい」
と、シャラが少し顔を赤らめながら、杯のようなチャームのついた錬金装飾を取り出した。崖崩れが起きる直前、マナヤに言われてマナを込めた物だ。
シャラはおもむろに、それを自分の左手首に装着する。
――【減重の聖杯】
「じゃあアシュリーさん、お願いします」
「オッケー……って、すごい軽いわね?」
「体重を減らして、重装備でも動きやすくするのが主体の錬金装飾ですから」
「へー」
シャラを背負って感心しているアシュリー。
「ああアシュリー、ならお前はこいつを使っとけ。もっと早く翔けられるぞ」
と、マナヤがアシュリーに投げ渡したのは『妖精の羽衣』。
受け取ったアシュリーが、左手首についている『防刃の帷子』を外し『妖精の羽衣』に着け替えた。ふわりと、アシュリーの足が地面から浮く。
「うわ、なんか変な感じ。足を動かさなくても移動できそう」
するすると、その状態でゆっくり地上をホバーしてみせるアシュリー。シャラがその背にしっかり捕まっている。
が、すぐにアシュリーは顔を引き締めた。
「――行きましょ!」
「ああ!」
飛ぶように、アシュリーとヴァルキリーが翔けだした。
……かと思えば。
「ってうおおおお!?」
「あっ! ちょっマナヤどこ行くの! そっちじゃないでしょ!」
突然、ヴァルキリーが方向転換。
マナヤを乗せたまま、左方へと爆走していく。
「わ、悪ぃ! こっちに野良モンスターが居やがったみてえだ!」
「そんな場合!? ちゃんと制御しなさいよ!」
「無理だ! 射撃モンスターの射程圏に入っちまったら、もう制御は効かねえ! 【戻れ】――っうおおおやっぱこうなるかああああ!」
突然、その場で独楽のように高速回転し始めるヴァルキリー。『戻る』べきマナヤ自身を背に乗せてしまっている弊害だ。
何かが、回り続けるヴァルキリーの兜にカツンとぶつかって、落ちる。
「……矢? ケンタウロスの?」
シャラをずり落とさないように注意しながら、それを拾うアシュリー。
どうやらヴァルキリーは、野良ケンタウロスに狙われてしまっているらしい。
「い、【行け】! す、すぐ倒して戻る! そこで待ってろ――」
回転をやめたヴァルキリーが、再び森の奥へ突撃。マナヤの声も遠ざかっていく。
アシュリーはしばしその先を見つめ、うなだれた。
「……あいつでも、どうにもならないコトはあるのね。ごめんシャラ、ちょっと寄り道するわよ」
「は、はい」
「ああもうマナヤ! 待ちなさーい!」
彼を追って、アシュリーも翔け出した。
◆◆◆
野良ケンタウロスを処理した後、街道を伝って高速移動中。
マナヤを乗せたヴァルキリー、並走しているアシュリー、そして彼女に背負われているシャラ。
「――二重人格、状態?」
「ああ。こうなるまで俺も全然気が付かなかったんだが」
マナヤは二人に、自分の状態を話していた。
「たぶんこの身体にゃ、二つの魂があるんだ。元々のテオの魂、そして転生してきた俺の魂の二つがな」
記憶は見えるのに、テオとは別人のような感覚。
この奇妙な感覚の正体は、そういうことだったのだろう。いわば自分は、憑依転生していたのだ。
「この世界に嫌気がさしたあの時、自分が『沈める』ことに気づいたんだ。それから、俺はテオの中で眠ってた」
「その間に……テオが、表に戻ってきたんですね」
ヴァルキリーを操るために目を瞑ったままのマナヤの言葉を、シャラが引き継ぐ。
「そういうこった。良く眠れたおかげで、随分とすっきりしたぜ。今は逆に、テオが俺の中で眠ってる。……アイツの必死の懇願が俺に届いて、俺がまた目覚めたんだ」
あの時のテオの、強い思い。
(この世界にはまだ俺が必要、か)
自嘲気味に、マナヤは笑う。
「……マナヤ、ごめんね」
「アシュリー?」
「あたし、あんたを傷つけちゃった。元の世界に戻りたがってた、あんたに」
一旦視点を自らに戻し、アシュリーの横顔を見つめる。
彼女は、翔けながらも目を伏せていた。言っているのは、マナヤが一度引っ込んだあの日の会話のことだろう。
「……お前が謝るんじゃねぇよ。お前は何も悪くない。悪いのは俺だ」
「でも! あたしはあんたに、この世界に慣れろだなんて――」
「いいんだよ。大体俺は、なにも本当に『帰っても良いよ』だなんて言われたかったわけじゃねーんだ」
「え?」
アシュリーが驚きにこちらへ振り向いた。
「あん時の俺は、ただ不貞腐れてたんだ」
「不貞腐れて、た?」
「ああ。テオの中で寝てる間に、気づいたんだよ。史也兄ちゃんの夢を見てな」
「……あんたの、前世のお兄さん?」
頷くマナヤ。
「この世界に嫌気がさしたあの感覚にゃ、覚えがあった。俺がまだ遊戯……召喚師の戦い方が下手くそだった時のな」
「あんたにも、そんな時が?」
「まあな。兄ちゃんどころか、他のプレイヤーにも勝てる気がしねえ。不貞腐れて俺は、『こんなゲーム、どうせやる価値なんかねえんだ』って言い訳して、投げ出しちまった」
いわゆる『すっぱいブドウの論理』というやつだ。
「あれと同じだったんだ。俺は結局、この世界に馴染めねえ自分が情けなくて、悔しかった」
「……マナヤ」
「この世界に〝拒絶〟されそうな気がした。だからあん時の俺は、開き直っちまったんだよ。〝だったら俺の方から先にこの世界を拒絶してやろう〟ってな」
慣れない世界に、無理やり連れてこられて。
知らない文化に、付き合わされて。
馴染みのあるものから、永遠に引き離されて。
ただただ……この世界に、責任をぶつけたかった。
「あん時もし、お前にまで『帰りたかったら、帰っても良い』なんて、本当に言われてたら。――俺は多分、マジで壊れちまってただろうな」
本当は、嬉しかった。彼女が自分を気遣ってくれていたことが。
ただそれを、この世界の〝良いところ〟を、認めたくなかっただけ。
「……だから、ありがとな。アシュリー」
こちらを見つめていたアシュリーが、正面へと向き直る。
「そっか。……そっか」
涙を声に滲ませ、そう笑っていた。
背負われているシャラも、目を伏せる。
「だからアシュリー、お前は変に遠慮すんな」
「え?」
「どうせ、この世界にゃ慣れなきゃいけねーんだ。だから、お前は普通に接してくれ。俺がこの世界の文化的におかしなことをしたら、前みたいに指摘してくれりゃいい」
「で、でも」
アシュリーが振り返る前に、マナヤはヴァルキリーへ視点を移した。
「さっき遊戯に勝てなくて、不貞腐れちまったって話だがな。続きがあるんだ」
「続き?」
「あのあと史也兄ちゃんが俺を見かねて、やり方を教えてくれようとしたんだ。俺がまだ本当は、あの遊戯をやりたくて仕方ねえことに気づいたんだろうな」
あの時のことは、よく覚えている。
「でもよ。素直にゃなれなかった俺は、言っちまったんだ。『俺は史也兄ちゃんみてえに優秀じゃねえんだ』って、皮肉じみた感じでな」
「……」
「そん時、兄ちゃんに言われたんだよ」
「なんて?」
「『なら、優秀になれ』ってな」
アシュリーが絶句しているのがわかった。
「……そ、それはちょっと、乱暴じゃない?」
「まあそう聞こえるよな。でもな、史也兄ちゃんはこう続けたんだ」
「?」
「『優秀な人間ってのは、最初からなんでもできる人のことじゃない。できないことを、できるようになれる人のことをいうんだ』って」
じっと、アシュリーとシャラが聞き入っている気配。
「だから兄ちゃんは、モンスターのステータス表を覚えさせるところから始めてくれた。まずは、『何がわからないのか、わかるようにするために』ってな」
今なら、わかる。
自分は当時、自分のプレイの何がダメなのか、なにがわかっていなかったのかすら、わかっていなかった。
「んで、ステータスを覚えて。その次に、色々なテクニックも教え込んでくれた。……そしたらいつの間にか、自分でも憶えられた、『自分でもできた』って感覚が積もってきて、だんだん自信がついてくるのがわかった」
だからこそマナヤは、この世界の召喚師たちにも同じ教え方をした。
『最初は基礎からでもいい。〝自分でもできた〟って経験を増やしていけばいいんだ。それが積み重なって、自信へ、そして本当の優秀さへと繋がっていくのさ』
まずは、簡単なことから成功体験を積む。
そうすることで、おのずと自身というものはついてくるのだと、自分の経験を基にして。
「――だからよ。俺もまず『この世界のステータス表』を覚えることにする」
「この世界の?」
アシュリーの、戸惑うような問い。
マナヤは苦笑し、再度自分へ視点を戻して振り返った。
「この世界にどんな風習があるのか。どんな価値観や倫理観があるのか。まずは、それを覚える。この世界で自信も実績もなかった召喚師たちに、ステータス表を覚えさせたのと同じようにな」
この世界に馴染めなかった理由。
それは、前世の世界をばかにされたことにいら立っていただけではない。そもそも『何がわからないのか』すら、わかっていなかったからだ。
「だからアシュリー、お前にも手伝ってもらいたいんだ。お前のお墨付きがもらえりゃ、俺は自信を取り戻せる」
まっすぐ、彼女を見つめる。
しかしアシュリーは、目を伏せてしまった。
「で、でも。あたしは、あんたの世界に合わせた接し方なんて、何も」
「勘違いすんなよ」
「え?」
「感謝してるって言ったろ。軽口叩けて、気軽に接せる関係ってのは、俺の世界でも大事なモンなんだ」
底抜けに明るい笑みを、アシュリーに向けてみせる。
「お前にまで遠慮されちまったら、俺はどうすりゃいいんだよ?」
「……!」
アシュリーの顔に、喜色が浮かぶ。が、すぐにまた曇って。
「……あんたは、それでいいの?」
「あ?」
「だって。この世界の勝手な都合で、勝手に呼び込まれて、その、記憶まで」
怯えに震えながらも、尋ねるアシュリー。
それに対し、マナヤは目を瞑ってふっと笑ってみせた。
「いいんだよ。俺が腐ってたって、どうせ俺とテオが死ぬだけだ。だったら、あがいてやるさ」
「……っ」
それを聞いて、はっと顔を上げるシャラ。
アシュリーも、嬉しそうな表情が戻る。
「……ありがと、マナヤ」
そう、震え声で小さく呟いていた。
「それにな」
「……それに?」
「いざとなりゃ、テオの中で不貞寝するって逃げ道だってできたしなァ?」
などと、目を開き揶揄うような笑みを作ってみせたマナヤ。
真ん丸の目をこちらへ向けたアシュリー。
しばし、風を切って翔ける音だけが響く。
そしてアシュリーは、ぷはっと噴き出す。
「――最低の発想ね!」
「ほっとけや!」
マナヤとアシュリーが、不敵な笑みを交わし合った。
「……」
そんな二人の会話を聞きながら、少し考え込むシャラ。そして、意を決したように口を開く。
「あの、マナヤさ――」
「おっ、見えてきたぞ!」
しかしマナヤの言葉に遮られる。
前方に、ようやく部隊のようなものが見えてきた。
「……えっ? ちょ、何アレ!?」
アシュリーが素っ頓狂な声を上げ、その先を見つめる。
部隊のさらに奥。
何か白い巨体が、蠢いていた。
見た目はまるで、青みがかった白いブラキオサウルス。しかしその全身は見るからに頑丈そうな甲殻に覆われている。さらにその背から生えているのは巨大な、結晶のように硬質な一対の〝翼〟。
「マジかよ。まさか、いきなりアレに出くわすか」
「え、アンタあれ知ってるの? マナヤ」
アシュリーが驚いて問いかける。
「ああ。あれがこの世界じゃ中々出会えないっていう、レアモンスター」
前方の白いモンスターが咆哮を発し、巨体に比してやけに小さい頭から――
「最上級モンスター。『フロストドラゴン』だ」
――猛烈な氷のブレスを吐き出した。




