32話 雷(いかずち) SHARA
……テオ、大丈夫かな。
外の救難信号の光は、もう消えてる。テオとアシュリーさんが到着したんだ。
「シャラちゃん、こっち盛り付けてくれるかしら?」
「あ、はい、サマーさん」
いけない。
また、ぼーっとしちゃってた。
「大丈夫よ、シャラちゃん。テオは無事に戻ってくるわ」
「……そう、ですね」
「さ、こっちはこっちで頑張りましょ。帰ってきたテオに、美味しいもの用意してあげなきゃ」
「はい!」
うん、そうだよね。
久しぶりに作るご飯だ。テオをびっくりさせてあげなきゃ。
私は、私にできることを。
「サマーさん。そろそろスコットさん、呼んできますね」
「ありがとう」
ええと、たしかスコットさんはユージーンさんの家に行ってたはず。
家を修復する仕事で、きっとスコットさんも疲れてるはず。急ごう。
……外の風が、気持ちいい。
村の南側で襲撃が来てるなんて、嘘みたい。
「……」
だめだ。
どうしても、南の森を意識しちゃう。
落ち着かなきゃ。大丈夫、アシュリーさんだっているんだから。
今はとりあえず、スコットさんを早く――
――ドウッ
「えっ!?」
救難信号!
さっき、テオとアシュリーさんが向かったのと同じ場所だ。
色は……黄。
救難信号の、緊急度レベルが上がってる!
――スコットさんに。
そうだ。スコットさんを呼んで、行ってもらえば……
『父さんは村の最後防衛ラインでしょう! もしモンスターが侵入してきたら、父さんが母さんやシャラを守るために頑張ってくれないと!』
……そうだった。
テオだってああ言ってた。スコットさんには、スコットさんの持ち場がある。
誰か、他には?
だめだ、開拓村へと進軍した後でそもそも人が少ない。ちょうど昼の交代のタイミングだからっていうのもあるのかも。
「テオ……!」
――モンスター。
どうしよう。
誰か、あの信号を見て駆け付けてくれる人はいる?
サマーさんに頼るわけにもいかない。私は戦闘用の錬金装飾が使えず、戦力にならない。
――モンスターに殺された、両親。
深呼吸だ。きっと誰かが向かってくれるはず。
私は、今の私にできることを。
深呼吸。
できることを。
――モンスターに殺された人たちの、葬儀。
……前にも、こんなことがあった。
たしか、スタンピードの日。スコットさんが私を呼びに来て、それで……
テオが、スタンピードに立ち向かいに行ったと。
――モンスターに大怪我を負わされた、テオの体。
空気が冷たい。足が重い。青空がなぜか暗く、歪んでいく。
落ち着け。みんなに任せればいい。
私に、できることはない。
……私には、なにも、できない。
『――無茶をしなきゃ生き残れねえし、間に合わねえ――』
マナヤ、さん?
『――それは、召喚師に限った話じゃねえだろ?』
「――っ!」
急に足が軽くなった。
そうだ。
たしか、私の家に、あれがあったはず。
自分でも信じられないくらい、心が落ち着いてる。
でもきっと、今はそれが必要だ。
はやく、私の家に。
……ついた!
スコットさん、サマーさん、ごめんなさい。
できる限り、早く帰ってきますから。
テオと、一緒に。
まだ両親の匂いが残ってるような気がする、私の家の中。
ええと、確かこの棚の奥に――
あった!
『ここには、戦闘用の錬金装飾が全種類、各一つずつ入っています』
学園を卒業した日、教官から貰った鞄。
肩にかければ、不思議なくらい馴染む。
『作る練習をしたいときには、これを参考になさい』
ここに、全部入ってる。準備はできた。
向かうは、テオたちのいる南の森!
『そしていざという時には、これを使って大切な者を守るのです。良いですね?』
ありがとうございます。
こんな時のために、これを私に託してくれて。
……行ってきます!
私は今まで、何をしていたんだ。
テオが召喚師になってしまって、塞ぎこんでしまった中。マナヤさんは召喚師の立場を上げてくれた。テオがちゃんと出てこれる土台を作ってくれた。テオと私が、堂々と一緒になれる周囲を作ってくれた。
テオが戻ってきたのも、マナヤさんがテオを返してくれただけ。
テオと仲直りできたのも、マナヤさんがこの村を守ってくれたから。
結局、私はテオやマナヤさんに……
ずっと、あの二人に甘えていただけ。
私は――
結局私は、テオの役になんて、一度も立ってなかったじゃないか!
怖がってばかりじゃ、ダメなんだ。
甘えてばっかりじゃ、ダメなんだ。
立ち向かえる勇気を持たなきゃ、ダメなんだ!
そうじゃないと。
私はテオに並べる人になんか、なれない。
村を一緒に守れる一員になんか、なれない!
「はぁ、はぁっ……たとえ、何もできなくたっていい!」
……いざとなったら。
私のこの身を、盾にしてでも!
◆◆◆
ここだ。救難信号の根元。
「……ひっ」
……お父さんとお母さんを殺したモンスター。
こんなに、たくさん。
自分の手先が、冷たい。足元が急にぐらついてくる。
「な……あんた!? なにしに来たの!」
サイドテールを垂らした、赤髪の女剣士さん。
アシュリーさんだ。
そうだ。
私は、なにをしに来たんだ。
役目を果たさなくちゃ! 私達、錬金術師の役割は……
まず、状況確認だ。
倒れてる人が三人。血が流れている様子はないし、息もしてる。気を失っているだけなのかな。まだ立ってる黒魔導師さんが、倒れている彼らを守るように警戒している。
白魔導師さんが倒れているから、治療の手がないんだ。
――あっ!
なにか、きてる。
灰色の狼。ガルウルフだ。
黒魔導師さんの方に向かってる。前線に集中しすぎて、黒魔導師さんは気づいてない!
――お父さん、お母さん。
黒魔導師さん、気づいて。
すぐそこまできてる。
今反応しないと、黒魔導師さんも両親みたいに。
――テオ。
目の前の光景が、スローモーションに。
このままじゃ、また人が死んじゃう。
また、何もできないまま――
「ッ!」
違う、そうじゃない。
自分が、動け!
あれがあったはず。教官から教わった、あの錬金装飾。
必要な錬金装飾を、とっさに出せるようにする。そういう訓練だって、受けてきたじゃないか。
……あった!
手に納まるくらいの、細い金属の棒。
気づけば、黒魔導師さんに向かってくるガルウルフに向かって走る、私の足。
自分の手も、金属棒を強く握りしめていた。
今までは、マナをこめることができなかった。
何度練習しても、手の中のこれはずっと冷たいままだった。
でも、お願い。今度こそは。
守られてばっかりの人で居続けるのは――
人が傷つくのを、黙って見ているだけの人間で居続けるのは――
もう、嫌だ!!
――パチッ
胸の中から、雷みたいなものが。
「――!」
手が、熱い。
金属棒を握りしめている拳に、魔法陣が。私のマナが、手の中にあるものに流れ込んでいくのがわかる。
……いける!
『――これは、錬金術師が使える、武器型の錬金装飾です――』
記憶の中にある、教官の声。
錬金術師の戦い方を教えてくれた時の言葉だ。
『――迫りくる敵を突き飛ばし、仲間を守るための武器――』
目の前まで迫った、ガルウルフ。
私の喉が勝手に、せいいっぱいの雄たけびを。
『――その名も――』
手の中のものに、マナが込もりきった。
今だ!
――【衝撃の錫杖】!
鈍い破裂音。
黒魔導師さんのローブに、鉤爪が届く直前。
ガルウルフが勢いよく吹き飛ばされていく。
「っ……はぁっ……はぁっ……」
自分の息遣いが、うるさい。
黒魔導師さんが驚いたように私を見つめてくる。
でき、たの?
視線を、下ろす。
突き出された私の右手。その中に……
一本の、錫杖があった。
金色の、身の丈ほどの金属棒。先端には六つの金属の輪がついていて、揺れるたびにシャランと爽やかな音を立てる。
――『衝撃の錫杖』。
当てた敵を吹き飛ばし距離を取らせることができる、武器型の錬金装飾。普段は小さな金属の棒だけど、必要に応じてこういった錫杖型に姿を変える。
できた。
私にも、使えたんだ!
「な……【プラズマハープーン】!」
黒魔導師さんの詠唱。
電撃の槍が放たれ、吹き飛んだガルウルフにトドメを。
「あ、ありがとう、危ないところだったよ」
「い、いえ。無事で、よかったです」
黒魔導師さん。
本当に、無事でよかった。
もう、人を見殺しになんてしたくない。
いや。
まだ、危険な状況には変わりないんだ。
油断するな。状況を見極めるんだ。
敵にはスカルガードが相当数いる。召喚師さんが気を失っているし、白魔導師さんも意識がない。
……まず、治癒魔法が使える白魔導師さんを起こさないと。
「これだ」
鞄に手を入れ、あの感触を探り当てる。
手を引き抜けば、目的のものが手の中にあった。
細長い宝石のような石を多数、紐で連ねるように作られたブレスレット。その中央に、灰色の小瓶のようなチャームが吊り下がっている。
さっきの感覚だ。あの感覚で、マナを込めろ。
つるりとした、小瓶の触感。ここにさっきと同じように、熱を込めるようにすれば。
……すごい。
今までできなかったのが嘘みたい。するすると、私のマナがそこに流れ込んでいくのがわかる。
マナが溜まりきった感覚がきた。
錬金装飾についている小瓶。灰色だったその小瓶が碧色に変化して、淡く光ってる。
「しっかり、これを!」
白魔導師さんの顔色が悪い。
錬金装飾を彼女の右手首に押し当てる。手首をすり抜けるみたいに、するりと彼女の手首にはまった。
――【治療の香水】
小瓶から、碧色の燐光があふれる。
うん、ちゃんと作動してる。
キラキラと瞬きながら白魔導師さんを覆っていって、打撲痕に集まった。少しずつ治していってる。
「う……」
「大丈夫ですか!」
よかった。白魔導師さん、目が覚めた。
「あ……わ、私は……痛っ!」
「無理しないで! ごめんなさい、すぐには治らないんです」
安心してる場合じゃない、助け起こさなきゃ。
「な……シャラ、一体なにをしたの!?」
アシュリーさん?
こっちの様子に気づいたんだ。
「大丈夫、『治療の香水』です! 白魔導師さんが意識を取り戻しました!」
治療の香水。
装着者の負傷を常に少しずつ治癒し続ける、戦闘用の錬金装飾だ。白魔導師以外で唯一使える治癒手段。
「ありがたいね! ジリ貧になってきてるところだったんだよ!」
ハスキーな女性の声。
必死にモンスターを食い止めていた、体格の良い建築士の女の人だ。
「く……動けるようになったら、召喚師さんを、癒します……!」
白魔導師さん?
「大丈夫ですか、無理はしないほうが」
「いえ。シャラさん、あなたのおかげで痛みは和らいできました。私も、私の役目を果たさなければ」
まだ顔色が悪い。それでも白魔導師さんは、踏ん張ろうとしてる。
そうだ。
私もしっかりしないと。
「だが、まずいな。召喚師の目が覚めたとしても、これでは」
黒魔導師さんの声。
そうか、あのスカルガードたちだ。たしか、三十秒で復活してきちゃうとか。
「召喚師さんの封印が、間に合いませんか」
「厳しいな。せめて、私のマナが充分ならば」
「……マナが回復すれば、どうにかなるんですね」
「なに? あ、あぁ。一旦スカルガードどもを足止めできるはずだ」
……うん。
そういうのは、私の役目のはずだ。
「たしか、あれが鞄の中に」
あった、ちょっと表面がざらざらした触感。
引き抜けば、灰色の石がついたブレスレットが。
よし、さっきと同じようにマナをこめて、そして――
「【キャスティング】」
黒魔導師さんに、投げる!
彼の左手首に生き物のように飛んでいった、錬金術師。何の抵抗も無く、手首に通り抜けるように装着された。
――【魔力の御守】!
青い石が、弾けるように光を放出。一瞬にして石の色が灰色に戻ってしまう。
けど放たれた光は、黒魔導師さんの体の中に吸い込まれていった。
「これは! マナの、回復か!」
「はい!」
うん、うまくいった!
魔力の御守。
事前に錬金術師が充填しておいたマナを、装着した他者に譲渡する錬金装飾。他者のマナを瞬時に回復することができる唯一の手段だ。
「これならば、なんとかなる! 皆、下がれ!」
黒魔導師さんの叫び。
アシュリーさんや前衛の人たちが、飛び退いた。
「【ゲイルフィールド】」
紫色の、旋風?
周囲のモンスター達を包み込んで……モンスターの動きが、一気に鈍くなった?
「あとは、少しずつ切り崩していけば良い! ……ありがとう、またしても助かった!」
「はい! 魔力の御守をこちらに! マナを込めなおします!」
彼に手を伸ばす。
黒魔導師さんが、自身の手首を掲げてくれた。
よし、あの錬金装飾を操って……
――ヒュンッ
光に変わった『魔力の御守』。するっと黒魔導師さんの手首からはずれて、飛ぶように私の手に戻る。
教官にも教わった。魔力の御守は、込もっているマナを一瞬で装着者に移し替える。だから他の錬金装飾と違って、使えば即マナが抜けきっちゃうんだっけ。
……よし、マナを込めなおして、と。
「もう一度! 【キャスティング】」
黒魔導師さんに、もう一回。
彼の手首にはまった瞬間、さっきと同じように黒魔導師さんにマナが移った。
「ありがとう! これならば、しばらく大丈夫だ!」
「はい!」
よかった。私もちゃんと、役に立てる。
「く……油断、した。【封印】!」
召喚師さんも起き上がった。治ったんだ。
「――まずい! VANE-7が来てます、黒魔導師さん!」
前線から、切羽詰まったような声。アシュリーさんだ。
「なに!? ど、どこだ!」
「そこからは見えない!? あたし達の上くらいまで来ようとしてます!」
飛行モンスターが来てるってこと?
黒魔導師さんも上空へ視線を巡らせてる。
「あいつは、剣士のあたしじゃ迎撃するのはリスキーすぎる! 黒魔導師さん、早く!」
「く……」
アシュリーさんの声の焦りは強くなっていく。黒魔導師さんも、必死に空を見回していた。
撃機VANE-7……そうか、確か空から急激に落下して攻撃してくるっていう飛行モンスター。枝葉が邪魔で、私や黒魔導師さんの位置からは見えないんだ。
そうだ、学園で習った。こういう時のためのものが……
「黒魔導師さん、これを!」
「なに!?」
「【キャスティング】」
すぐさま鞄から引き抜いて、マナを込めるや投げつける。
葉のようなチャームがついたブレスレットが、首飾り状になって黒魔導師さんの首元に装着された。
――【森林の守手】!
「!? こ、これは、モンスターの気配が?」
「弓術士と同じような索敵能力を与える錬金装飾です!」
これなら、黒魔導師さんもここから狙えるはず。
キッと黒魔導師さんが枝葉の隙間を睨み上げて……
「そこだ! 【ブリッツバラージ】」
空へ手をかざしていた。
直後、無数の落雷が。空で何かを撃墜するような音と、さらに森の奥で次々と炸裂するような音も響いてくる。一緒に地上のモンスターも攻撃してるんだ。
「っ、オッケーです! ありがとうございました!」
アシュリーさんの、安堵するような声が。
よかった、これならなんとかなる。このまま、テオも助けて――
あれ。
テオが、いない。
テオのヴァルキリーはここで戦ってるのに。
「テオは!? テオはどこですか!?」
「あいつ、そこの斜面から落ちちゃったのよ!」
アシュリーさん……
テオが、落ちた?
「――ええっ!」
「こっちは手が離せないから、どうにもできなかったし……!」
そういえば、ここにはあの深い谷があるんだった。
それで、救難信号が二度上がったんだ。
「そ、それじゃあテオは、まさか……」
「安心しなさい、あいつは無事よ!」
「え?」
「少なくとも、意識はあるわ。見なさい!」
アシュリーさんが指さしたのは……ヴァルキリー。
――そうか。
召喚師が呼んだモンスターは、召喚師の支配下にある。召喚師自身が死ぬか気を失うかした場合、その召喚師が呼んだモンスターは消滅する。
そのヴァルキリーが今なお戦い続けている。つまりテオは、まだちゃんと意識があるということ。
「どう、しよう」
テオを助けに行くことは、できる。
あの錬金装飾を使えば、私でも安全にあの急斜面を降りられるはず。そして、また登ってここに戻る方法だって、ある。
でもそれは、まだ戦ってるこの人たちを放っていくことに。
「……シャラさん、なんとかできるのでしょう? 行って下さい。ここは任せて」
白魔導師さんが、弓術士さんを治療しながら私に。
「で、でも」
「私が起きたからには、もう大丈夫です。絶対に、立て直します」
勇気づけるように、私に微笑みかけてくれる。
「私も、ここを凌いでみせるさ!」
起き上がった男性召喚師さんが、『封印』を使いながら口に弧を。
「君のおかげで、私もマナはじゅうぶんだ。……がんばれ、錬金術師どの」
黒魔導師さんも、笑顔で。
「で、でもシャラ! あんた、本当に大丈夫なの!?」
アシュリーさんは、さすがに止めてくるよね。
……でも。
「――ごめんなさい、皆さん! テオを、助けに行ってきます!」
「シャラ!?」
本当にごめんなさい、アシュリーさん。
テオを連れて、すぐここに戻ってきますから。
件の斜面。
見下ろすと、本当に崖みたい。すごく深くて、木々も視界を遮って底が見えない。
でも、ここを降りる方法が、私にはある。
「……これだ」
妖精の羽のようなチャームがついた錬金装飾。
マナを充填し、私の左足首に。
――【妖精の羽衣】
……浮いた。
私の両足が、地面から少しだけ浮き上がってるのがわかる。その状態でも、私の意のままに移動できそうだというのも。
これならいける。
「えいっ!」
すごい。
滑るみたいに、斜面を翔け降りていける。
木々を避けながら、風を切るように風景が流れていく。
――待ってて、テオ。
今、助けに行くから!




