31話 それぞれの想い THEO
――怖い。
「【スカルガード】召喚! 【行け】!」
僕が呼びだした、骸骨戦士。
六体そろったそれが、目の前でモンスター達に立ちふさがる。
でも対峙しているのは、もっとおびただしい数の怪物たち。
「うぐっ」
足首が、痛い。
この斜面を転がり落ちちゃった時、捻ったみたいだ。
これじゃ、逃げることすらできない。
「【スカルガード】召か……く、もうダメだ」
しまった。
召喚師が一度に出せる召喚獣は、八体まで。
スカルガードがこの場に六体。
そしてこの斜面の上では、まだヴァルキリーとスカルガード一体が。
これ以上は、呼び出せない。
『――召喚戦っていうのは、量より質だぞ――』
――自分ではない誰かの記憶が、怖い。
「あぐっ!?」
息が、詰まる。
お腹に何かが突進してきたんだ。
黄色い甲虫……イス・ビートル。
――でも、僕が一番怖いのは、そんなことじゃない。
「う、ぐ……【ミノタウロス】、召、喚……!」
今度は、出せた。
たぶん、僕のスカルガードが一体倒れたんだ。
スカルガードが死ねば、復活するまでは召喚枠が一つ空く。
ミノタウロスが、大きな斧を振り下ろす。
イス・ボートルを一撃で叩き潰していた。
でも、これだけじゃ太刀打ちできない。
その証拠に、ミノタウロスの体にどんどん矢が突き立つ。
敵の数が、多すぎる。
――死ぬこと、別人になること。そんなちっぽけな怖さじゃない。
「僕が、守るんだ……!」
こんな数のモンスター、放っておくわけにはいかない。
村は、すぐ近くにあるんだ。
僕が、ここで抑え込まないと。
――僕が本当に、怖いのは――
◆◆◆
十歳の、ある日の夕食後。
僕は、意を決して母さんに提案をした。
「母さん……ぼく、シャラのところに、いきたい」
僕の幼馴染の、シャラ。
二つ年上で、昔はよく僕の面倒を見てくれた。
僕にとっては姉のような人だった。
そんなシャラだったけど。
数日前……彼女は両親を、モンスターに殺されて。
僕は、初めて見た。
シャラが、あんなに泣くところを。
両親が、シャラを引き取った。
シャラは、僕達と一緒にご飯を食べるようになった。
そんなシャラは、僕たちの前ではいつも笑顔。
でも。
僕はすぐに、それが空元気だとわかった。
だって……シャラは、心の中で泣いていたから。
僕は、昔から人の感情がよくわかった。
母さんは、片腕がない。
だから僕が支えなきゃって、母さんが何をしたいか理解しなきゃって。
そんなふうに考えてたら、いつの間にかわかるようになっていた。
誰かが、悲しいのに無理に笑おうとしている時。
怖がっているのに、それを隠し通そうとしている時。
僕には、全部わかる。
だから、あの日。
僕は母さんに言って、夜だけどシャラの家に行きたいとお願いした。
母さんは快く送り出してくれた。
シャラの家で、扉をノックする。
シャラが出てきたら、その顔でわかった。
もう、シャラは泣きそうになっているって。
それでもシャラは誤魔化そうとしてきた。
大丈夫だよ、気のせいだよって。
だから、僕は。
思わずシャラに、ぎゅっと抱き着いた。
シャラにはもう、抱きしめてくれる両親がいない。
なのに、僕にだけ抱きしめてくれる両親がいる。
それでシャラが独りぼっちになってしまうのが、悲しくて。
僕はシャラをぎゅ、と抱き締めた。
シャラの両親の分まで。
「ひとりで、泣かないで」
気づけば、シャラの顔を見上げてそう言っていた。
「ぼくが、そばにいるから」
僕は、シャラの両親にはなれないけれど。
せめて、ずっと傍にいることはできるから。
シャラの目が、見る見る涙を溜めていった。
僕はシャラの背中をさすりながら、シャラを支えた。
僕の両親がやってくれたように。
その後。
僕は両親に、今日はシャラの家に泊まると申し出た。
二人は、快く了解してくれた。
◆◆◆
それからというもの。
僕は、シャラが寂しそうにしているのを見つけた時。
すぐに、シャラの傍に寄り添うことにした。
意識してみれば、シャラはずっと、寂しそうにしていた。
だから僕は、そういう気配を察した時。
所かまわず、シャラにスキンシップをした。
未来の夫婦、だなんてからかわれたりもしたけど。
それでも良い、と僕は思っていた。
僕が傍に居るって、約束したんだから。
シャラを僕のお嫁さんにするのも良いと思った。
それが、シャラにとって迷惑じゃないなら。
だって。
最近のシャラは、寂しそうにすることが減った。
それでも、シャラの方から寄り添ってくることもあった。
それで、抱きしめ返した時。
とても……可愛らしくて、愛おしい顔をするようになった。
きっと、僕がシャラのことが大好きだから。
だからこんなにも、シャラの力になってあげたいと思っていたんだ。
ある日、成人の儀を受けるために王都へ向かう馬車。
今年で十四歳になる子達をいっぱい乗せた馬車を、見送った。
彼らが来年、この村に戻ってきた時。
彼らは、この村の正式な一員として認められる。
モンスターと戦い、村を守るための力を得て。
シャラの両親は、モンスターに殺されてしまった。
だから、僕も早く成人の儀を迎えたかった。
私達はどんなクラスを得るんだろうね、とシャラが訊いてきた。
僕がこんなクラスになったなら、シャラはあのクラスが良い。
シャラがあんなクラスになったなら、僕がこのクラスならどうだろう。
そんな事を考え合いながら、僕は言った。
「どんな『クラス』になっても、一緒に支え合って、村を守って行こうね!」
どんなクラスだっていいじゃないか。
シャラと一緒に、ずっとこの村を守っていくことができれば。
「たとえ私が、『召喚師』になっちゃっても?」
冗談めかして、シャラが言ってくる。
「『召喚師』になっちゃっても!」
だから僕は、自身たっぷりに言い放った。
「ふふっ、ありがとう。……私も、もしテオが召喚師になっちゃっても、一緒にいるよ」
そう、約束しあって。
◆◆◆
シャラはなんと、錬金術師になって帰ってきた。
錬金術師になれる人は、そうそういない。
この村にも三人しかいなかったから、とても喜ばれた。
シャラ自身も本当に嬉しそうに笑っていた。
だから僕もとても嬉しくなって、目いっぱいの笑顔になった。
それからのシャラは、忙しそうにしていた。
昼間は、担当区画の錬金装飾のマナ補充や、素材の補充。
夜は、応用の錬金術を学ぶために本で勉強するようになった。
王都に居た一年間で、シャラはとても綺麗になった。
だから、そんなシャラにスキンシップしたりする時。
肌から感じる体温や、ふと香ってきた髪の香り。
それらに、思わず心臓が跳ねてしまうことが多くなった。
二つ年下の僕が成人になれるのは、来年。
まだ、シャラに並び立つことができない年の差。
僕はそれが、ちょっと恨めしかった。
そして、とうとう僕が成人の儀を受ける日がやってきた。
シャラが王都へ向かう僕を見送りにきてくれた。
来年には、一緒に並んで村を守れるようになるね、と。
手を振るシャラに、大声でそう約束した。
王都に着いたら、さっそく成人の儀を受けた。
どんなクラスの候補があるのかな、とドキドキしていた時。
突然、文官の人が入ってきて牧師さんに耳打ちした。
そして僕たちのクラス決定は、少し延期されることになった。
数日後。
僕は個別に呼び出され、宣言された。
僕は、『召喚師』に成るよう命じられたと。
その瞬間、僕の目の前が真っ暗になった。
僕が、召喚師に?
シャラの両親を殺したモンスターを、操るクラスに?
「君の出身村で、召喚師の欠員が出た。ゆえに穴埋めとして――」
目の前の文官さんが何か言っていた。
けれど僕の頭の中には、入ってこなかった。
それでも僕は、懸命に頑張ろうとした。
『どんな「クラス」になっても、一緒に支え合って、村を守って行こうね!』
『私も、もしテオが召喚師になっちゃっても、一緒にいるよ』
そう、約束したから。
約束してくれたから。
けれど、召喚師を担当する教官に言われた。
召喚師に選ばれた以上は、他の人とは距離を置くようにしなさいと。
召喚師は周りにいるだけで、嫌われる存在なのだからと。
そう、口酸っぱく言われ続けた。
それでも僕は諦めなかった。
きっと、実力さえつけば大丈夫。
少なくともシャラは、僕を認めてくれる。
そう信じて。
けれど、学園でのある日。
お昼休みに、中庭が騒がしいことに気が付いた。
見ると、複数の女子学生が集まっていた。
一人の女子学生に寄ってたかって、いじめている。
僕は慌ててその間に割って入った。
すると彼女らは、狼を象った僕の校証を見た。
「しょ、召喚師!?」
「や、やだ、近づかないでよ!」
「い、行きましょ……」
そういって、いじめていた女子学生たちはそさくさと去っていった。
大丈夫? といじめられていた女子学生を助け起こそうとすると。
「ち、近づかないで!」
恐怖に満ちた目で、僕を見返してきた。
「え、いや……」
「召喚師なんて来ないで! モンスターが、私の両親を殺したのよ!」
怯えと怒りが入り混じったような、引き攣った表情。
彼女のその言葉と表情が……突然、シャラとダブった。
「助けてくれなんて言ってない! ありがた迷惑だってわからないの!?」
そう言い放つ彼女の言葉。
シャラが、同じ言葉を。
同じ表情で言い放つところを、想像してしまった。
(ありがた、迷惑……)
その女子学生は、ひるんだ僕を置いて走り去る。
僕は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
◆◆◆
学園で一年が経過。
僕は、セメイト村に帰ることになった。
……召喚師が着ける、緑のローブを渡されて。
召喚師と近づきたがらない人は多い。
僕は他の子達とは別の、一人用の馬車に乗って帰ることになった。
召喚師になってしまったこと。
両親とシャラに、なんて報告すれば。
やがて、セメイト村に辿り着いてしまう。
最後にセメイト村へと入った、小さい馬車から……
僕は久しぶりに、故郷の土を踏んだ。
「……テ、テオ?」
その時。
懐かしい、愛しい人の声が聞こえた。
少し戸惑ったような表情。
僕を、見つめ返してくる。
「っ!!」
慌てて、目を逸らした。
僕には、シャラの感情が見えてしまう。
もしシャラの目に、拒絶の色が見えたら。
あの女子学生のような、怯えと怒りが混じった表情が見えたら――
「て、テオ? どうしたの、大丈夫?」
気遣うような声で、シャラが。
「シャラ、ごめん……僕……『召喚師』に、なっちゃった……」
シャラが息を呑む音が聞こえた。
『ありがた迷惑だって、わからないの!?』
あの言葉が、頭の中で繰り返される。
……シャラの声で。
「テオ、大丈夫だよ、私――」
「――ごめんっ!!」
「て、テオっ! 待って!!」
僕は、シャラから逃げるように、その場を立ち去った。
召喚師用の宿舎があることは、知っていた。
だからその宿舎へ、一直線に。
「開けて、テオ! 私、大丈夫だから! テオが召喚師でも、大丈夫だから!」
シャラが、鍵のかかった宿舎の扉を叩きながら言ってくる。
ありがとう、シャラ。
でも。
「シャラ……ごめん。今は、一人に……して欲しいんだ」
きっと、召喚師として僕を見たら。
モンスターと共に戦う、僕の姿を見たら。
きっと、君は――
「……テオ。テオの、新しい服。……ここに、置いとくね」
そう言って、シャラの足音が遠ざかるのを待った。
恐る恐る、扉を開ける。
扉の脇に、手提げ袋が立てかけてあった。
「……っ、シャラ……っ!」
袋の中には、綺麗な服が上下一着分ずつ。
シャラが作ったらしい、服が入っていた。
きっと、成長した僕の身長に合わせたサイズの。
「ありがとう、シャラ……ごめんね」
僕は、それを大切に手提げに戻して……
洋服棚の奥に、仕舞い込んだ。
◆◆◆
スタンピードがあった、あの日。
突然、村が滅びて。
父さんと母さんが、死んで。
……シャラが、死んで。
それでも、みんなは助かった。
いつの間にか時間が巻き戻ったんだ。
そして、誰かがみんなを助けてくれた。
僕じゃない誰かが、僕の体を使って。
嬉しかった。
父さんと母さんから、嫌悪の感情が伝わってこなかった。
シャラは、僕が想像したような感情を抱かなかった。
彼女が求婚してくれて、嬉しかった。
……でも。
あれから毎日、ずっと悪夢を見る。
自分が死んでしまう夢じゃない。
自分が別人になってしまう夢でもない。
僕が、一番怖い夢。
僕の体が、燃えている夢。
自分の体を見下ろせば、人間の肌じゃない。
ピナの葉だ。
全身が、火がついたピナの葉でできている。
そんな、ごうごうと燃え盛っている僕。
シャラが、僕に駆け寄ってこようとしている。
すがりつくように、必死に。
来ちゃだめだ。
そう言おうとしても、声が出ない。
彼女から離れようにも、足が動かない。
そのままシャラは、僕に抱き着いてきて……
僕の体についた火が燃え移って……
僕の腕の中で、シャラが焼け死んでしまう夢だ。
◆◆◆
そして、いま。
「僕が、守るんだ」
自分に言い聞かせる。
目の前には、奥からどんどん出てくるモンスターたち。
僕の召喚獣で、ぜんぜん数が減らせてる気がしない。
「僕が守れなきゃ、僕は……」
ずっと、気になってたことがある。
マナヤさんに鍛えられた、この村の召喚師。
彼らが討論していた内容。
僕よりも遥か『上』の話をしていた。
おそらくは、マナヤさんの指導によって。
あの『マナヤさん』がいなくなった後。
僕はシャラを炎に、ピナの葉に近づけたくなかった。
シャラは僕を庇って死んだ。
僕の代わりに、燃えるピナの葉に呑み込まれて、死んだ。
でも。
シャラにとって一番危ないのは、ピナの葉なんかじゃない。
僕は、弱い。
スタンピードで、僕を庇って死んだシャラ。
夢の中で、燃える僕の体に近づいたせいで死んだシャラ。
僕は、シャラに近づくべきじゃないんじゃないか?
――僕自身が、シャラを殺すピナの葉なんじゃないか?
「だから僕は、守るんだ……!」
このモンスターたちを、みんなに近づけさせない。
父さんと母さんを、守る。
シャラを、守る。
たとえ僕が、みんなから離れなければならないとしても。




