30話 迫りくる危機
翌日の昼。
テオとアシュリーは、それぞれ大きな麻袋を抱えて歩いていた。
「あの、すみませんアシュリーさん。食糧の受け取りまで手伝ってもらって」
「いいのいいの。監視も頼まれちゃったし、ついでみたいなもんよ」
中央広場にある食糧保管庫。そこから数日ぶんの食糧を受け取って家に戻る道だ。
気まずいテオだが、アシュリーの方は純粋な笑顔。
「……僕、監視されるような人物になっちゃったんですね」
荷物を抱え歩きながらも、しゅんとしてしまうテオ。
南の方角を意識してしまった。
「まーしょうがないでしょ。あんた……じゃ、ないんでしょうけど、この村をかなり引っ掻き回しちゃってたからね」
「そう、みたいですね」
曖昧に笑うテオ。
会話が途切れそうになってしまったが、アシュリーがまた明るく声を張り上げる。
「今朝、出発していったみんな。何事もなく帰ってこれるといいわね」
「え、えと。そうですね」
今朝。
騎士隊の皆に召集を受けた村人の多くが、騎士に同行し南へと進軍していったのだ。
村に残っているのは、東西南北各方面を担当する最低限の人数。また、パトロールチームが村周りの森を周回し、警戒を強めている。
「まあ、あれだけの数で行ったんだし。騎士隊長さんもかなり腕が立ちそうだから、なんとかなるでしょ」
「……はい」
どうにも返事を言いよどんでしまうテオ。
なぜ、彼女がこんなにもにこやかなのか、わからない。かといって顔を見てしまえば、また勝手に感情を見てしまって、アシュリーから顰蹙を買うかもしれない。
彼女とどう接していいか、わからない。
「……テオ。いい機会だし、はっきり言っとくわ」
「え?」
「あたし、本当にあんたに怒ってるわけじゃないのよ」
アシュリーの笑みが、少し曇った。
「あんたが悪いわけじゃない。そんなことは、わかってる」
「……」
「あたしが怒ってるのは、自分自身に対して」
まただ。
彼女の表情から、ある感情が見える。
マナヤがいなくなったと知った時、そして先日テオに八つ当たりした時の感情と、同じ。
(……〝無力感〟)
テオ自身が抱えている感情と、同じ。荷物を抱える自分の手が強張った。
「だからさ。本当に気にしないで。あんたとあんまりギスギスしたくないわ」
気を取り直すように、アシュリーはさわやかに笑ってみせている。
「わ、わかりました。けど、どうして僕なんかに」
「ほら、そういうとこよ」
「え?」
「召喚師さんたちはみんな、そうやって自分を卑下してたわ。あたしは、そんな召喚師たちの力になりたいの」
息を呑むテオ。
思わず足が止まってしまった。
「それが、今のあたしにできることだから」
沿う言ってアシュリーは軽くウインクし、すたすたと先へ進んでいってしまう。
(アシュリーさんは、どうして)
きっと彼女も、ひどく悲しんだはずだ。自分を呪ったはずだ。それでもなお、彼女は自分を律している。
なぜ、そうも強くなれるのだろう。
「ただいま、みんな」
自宅についたテオは、家の前に食糧の入った麻袋を置いた。
「おかえり、テオ。ごくろうさま」
「テオ! おかえ――」
母とシャラが出迎えてくれる。
しかしシャラは、隣にいるアシュリーに気づいて言葉が途切れた。
「ああテオ、戻ったか。アシュリーさんもすまないね」
「いえ、気にしないでください。さすがにお昼の間まで張り付いたりはしませんよ」
遅れて出てきたスコットが、アシュリーを気遣うように笑顔を見せる。
しかしアシュリーもまた笑顔でひらひらと手を振った。
「じゃあ、急いでお昼の支度するね」
さっそく袋をごそごそとあさるテオ。
だが、アシュリーが驚きに目を丸くした。
「へ? テオ、あんたがご飯作ってるの?」
「あ、は、はい。両親とシャラにはお世話になったので、その恩返しに」
「ふーん……?」
不思議そうに、じっとこちらを見つめてくるアシュリー。
見透かされそうな気がして、思わず目を逸らしてしまった。「まあ、いいわ」とアシュリーは自分のぶんの麻袋を抱え直した。
「それじゃああたし、ちょっと離れた所でお昼食べときますから。あとでまた――」
――ドウッ
轟音とともに、南から立ち昇る光の柱。
「黄緑! テオ、行くわよ!」
いち早く反応したアシュリー。
袋を地面に投げ出し、すぐさま駆け出していく。
「わ、わかりました!」
「テオ、大丈夫なの!?」
テオもすぐさま立ち上がった。シャラが、心配そうにテオの肩に触れる。
「大丈夫だよシャラ。南に近いのは僕達なんだから、僕が行かないと」
防壁の外ということは、おそらく村の外を哨戒しているチームのものだろう。一時的に村の人数が少なくなった時などに、モンスターの接近をいち早く察知するための処置だ。
「……気を付けて」
きゅ、祈るように手を握りながら、シャラが精いっぱいのエールを。
「ま、待てテオ! それなら私も――」
「父さんは村の最後防衛ラインでしょう! もしモンスターが侵入してきたら、父さんが母さんやシャラを守るために頑張ってくれないと!」
戦えないサマーを守るためにと、父が常日頃から自分で言っていたことだ。スコットにはスコットの持ち場がある。
悔しそうに、父は歯噛みしていた。
「く……本当に、無茶はするんじゃないぞ」
「わかってる」
そう頷き、テオはすぐさまアシュリーの後を追って走った。
◆◆◆
門を出て、森の中を走っている間。
(おかしい)
テオは、前方から誰も来ないことに違和感を覚えていた。
(どうして、パトロールチームの人たちが防壁側に戻ってこないの?)
哨戒の目的は、あくまでもモンスターの接近をいち早く知るため。モンスターを発見したからには、防壁まで引いてそこで戦うのが鉄則だ。
だがテオは誰とも鉢合わせぬまま、もうすぐ救難信号の発射地点に辿り着いてしまう。
「――【ライジング・アサルト】」
少し先から、アシュリーの声。
目を凝らせば、彼女の赤い影が前方の空を舞っていた。
空中を飛ぶ黒い影……飛行モンスターを斬り倒している。
(ライジング・アサルト……跳び上がって空にいる敵を斬る、剣士の技能)
チーム戦なら、飛行モンスターは弓術士や黒魔導師が相手するのが基本のはず。
では、なぜアシュリーが。
「【ドロップ・エアレイド】」
アシュリーは直後、急降下攻撃を放つ技を。
赤い影が、森の中へと落下していくのが見えた。
(あそこで、まだ戦ってるんだ)
なぜ、防壁に引こうとしないのか。
テオは、息を切らしながらもスピードを上げた。
「……これは!」
辿り着いたテオは、周囲の状況に思わず目を見開く。
アシュリーは、パトロールチームの剣士と建築士と共に、必死にモンスターたちを抑えていた。
「【ヴァルキリー】召喚、【行け】!」
すぐさま上級モンスターを召喚し、突撃させる。
そして、チームが後退しない理由も察した。
(そうか。負傷者を抱えては逃げられないからだ)
パトロールチームの者が三人ほど、手前に倒れている。白魔導師、召喚師、そして弓術士。後方から奇襲を受けたのだろうか。死んでいるわけではないようだが、ぐったりしていて意識がない。
(その上、封印要員もいなくなっちゃった)
そして相手は、骸骨戦士の大軍。その中に何体か、別の中級モンスターが混じっているのも見える。
骸骨戦士『スカルガード』は、下級モンスターながら厄介な特性を持つ。倒しても、三十秒ほどで瘴気紋から勝手に復活してしまうのだ。
復活を阻止するためには、三十秒がたつ前に封印するしかない。だが、肝心の封印要員である召喚師がやられてしまった。
「【バニッシュブロウ】」
前線のアシュリーがそう叫ぶ。
彼女の持つ剣の、刀身が光った。
紫色の金属の体を持つ中級モンスター『牛機VID-60』が吹き飛ばされる。威力よりも、敵を突き飛ばして遠方へと押し出すことに重きを置いた技能だ。
「く……アシュリー殿! もはや範囲魔法を使うマナがない!」
「わかってる! とにかくここは数を減らして、それから負傷者を抱えて後退しましょ!」
後方に唯一残った男性黒魔導師の報告に、アシュリーが叫び返す。
テオが追いついてきたことにも気づいたようで、こちらにも目を向けた。
「テオ、聞いたわね! スカルガードの封印、頼んだわよ!」
「は、はい! 【封印】」
すぐさま、スカルガードの瘴気紋へ手をかざす。
黒い瘴気紋が金色に変色し、テオの手へ吸い込まれていった。
「――ぐうッ!」
と、そこへ黒魔導師のうめき声。
振り返れば、人の頭よりも一回り大きいサイズの黄色い甲虫、『イス・ビートル』が。
黒魔導師がなんとか受け止めている。腕につけた、木製の小さな盾で。
が、勢いに負けたのだろう。地面に倒れこんでしまっている。
(まずい、ヴァルキリー……は、呼び戻せない!)
まだ、ヴァルキリーは前線で戦っている。
うかつに呼び戻せば、アシュリー達が危ないかもしれない。
「くっ、【スカルガード】召喚! 【行け】っ!」
咄嗟にテオは召喚。
自身が召喚したスカルガードも復活能力を持つため、長期戦で戦線を維持するのに便利。学園の教官からの教えだ。
『――慌てて召喚するんじゃない。相性を考えるんだ――』
(っ! こんな時に!)
またしても、頭に勝手に響く声。
テオはそれを抑え込もうとする、が。
「あっ!」
モンスターの消滅音。
テオのスカルガードは、あっさりと倒されてしまっていた。
敵イス・ビートルにはほとんど傷がついていない。
(しまった!)
甲虫のような体を持つイス・ビートルは、斬撃攻撃がほとんど効かない。
剣で攻撃するスカルガードとの相性が良くなかったのだ。
「まったく、もうっ!」
アシュリーが咄嗟に身を翻していた。
黒魔導師を襲った甲虫のもとへ、一気に駆けこむ。
「【シフト・スマッシュ】」
アシュリーが声を張り上げる。
彼女の剣にオーラがまとわりつき、その光が斧の形状を象った。
斧状のオーラを纏った剣を叩きつけられたイス・ビートル。甲羅をひしゃげさせながら木に激突し、瘴気紋を残し消滅する。
シフト・スマッシュ。
剣士の『技能』の一つで、剣撃を〝打撃〟へと変換する技だ。
「テオ、封印!」
「は、はい! 【封印】」
アシュリーに催促され、すぐにイス・ビートルを封印する。
が、彼女は前方を指さして叫んだ。
「そっちじゃない! スカルガードの方よ!」
「あ、す、すみません! 【封印】」
慌てて、前線の瘴気紋を封印へと走るテオ。
『――目先ばかりじゃなく、自分の立ち位置も確認しないと危ないぞ――』
(だから! こんな時にやめろっ!)
またしても声が頭に浮かび、テオは目を閉じてそれを追い払おうとする。
しかし――
「――うわあああっ!?」
目を瞑っていたため、すぐ近くにあった急斜面に気づかなかった。
足を踏み外してしまい、体が急斜面へと吸い込まれる。
「テオ!? まずい、もう一度救難信号を――」
慌てるアシュリーの声。
それが遠ざかるのを聞きながら、テオはそのまま斜面を転げ落ちていってしまった。
「う、ぐ」
一番下まで転がり落ちたテオが、呻く。
なんとか体を起こし、斜面を見上げた。
(しまった。この場所、この危なっかしい谷があるの、忘れてた)
剣士ならともかく、自分がここを這い上がるのは無理だ。
ここをさらに南下すれば、もっと斜面が緩やかな場所がある。上へ戻るには、そちらへ向かうしかない。
「……え?」
悪寒。
膨大な数の何かが、蠢くような音。
テオは、おそるおそる背後へと振り返った。
がさがさと、何かが森と藪をかきわける。
それが一気に近づいたかと思えば、すぐ姿を現した。
「な――」
おびただしい数のモンスターたち。
黒い瘴気を放ちながら、テオへと近づいてきていた。




