3話 答え合わせ 1
サモナーズ・コロセウム。
彼……『マナヤ』が住んでいた現代地球で、プレイヤーが〝召喚師〟となって3Dマップをリアルタイムで歩き回りながら召喚獣を召喚し、敵の召喚師と戦うゲームだ。単純に見えて奥深く、召喚師がリアルタイムで自由度の高い行動を行える。
「世界観はゲームとはずいぶん違うっぽいが、ゲームテクはちゃんと通用するんだな」
この感覚はまさに、VRスタジアムでサモナーズ・コロセウムをプレイしていた時の感覚そのままだ。
「えっちょっと、立ち止まっちゃっていいんですか!」
急に足を止めたマナヤに、緑髪おかっぱの女性召喚師が慌てた。
「大丈夫だ、見ろ」
が、冷静に後ろを指さしたマナヤ。
彼らを追ってきていたモンスターの群れは、立ち往生を起こしている。
「ど、どうして?」
「最前列を見ろ。あいつら、密集しすぎて渋滞を起こしちまってんだ」
マナヤの言う通り、モンスター群の先頭は横がギチギチに詰まり足が止まってしまっていた。後続もそこにぶつかり、全体が立ち往生してしまったのだ。
「モンスターは、進行中に障害物や曲がり角にぶつかると、いったん足を止める習性がある」
「は、はい。だから村の中も、モンスター侵入に備えて曲がり角を多く造られてるんですよね」
「らしいな。あのモンスターどもは全員、俺のFEL-9だけを狙って殺到してきた。だから横も詰まってお互いの体にぶつかっちまったのさ」
モンスターたちがおしくらまんじゅうを起こしている、今がチャンスだ。
「【砲機WH-33L】召喚」
出したのは、中級モンスター『砲機WH-33L』。人間の胴体程度の大きさをした、戦車のようなロボットモンスターだ。
だが、これをこの位置で使うのはもったいない。
(頼む、飛距離もゲーム通りであってくれよ!)
祈りながら、マナヤは右拳で地面を殴りつけて叫ぶ。
「【跳躍爆風】!」
派手な破裂音。
喚んだばかりの砲機WH-33Lが、上方へ大ジャンプした。
大きく放物線を描き、みごと防壁の上に着地。現在モンスターの群れが渋滞を起こしているあたり、そのちょうど真上だ。
(よし! よしッ!)
狙い通りに跳んだ。ゲームで培った技術は、ちゃんと通用するのだ。
補助魔法『跳躍爆風』。効果は『自分のモンスターを前方へ大ジャンプさせる』というだけの単純なもの。マナ消費もごくごく微量だ。
「えっ! ど、どうして召喚獣をわざわざ離しちゃうんですか!?」
「あ?」
「だって召喚獣って、私たち召喚師の身を守る盾にするものでしょう!?」
緑髪の召喚師がまたしても慌てている。
そういえば、とマナヤも思い出した。テオの記憶にあった、教官の言葉を。
『遠距離攻撃モンスターを呼んだら、なるべく召喚師はその傍を離れないように。いざという時に後衛である我々召喚師の盾にもなります』
違う。マナヤの兄、史也はこうも言っていた。
『遠距離攻撃モンスターは、出したらなるべく高台に乗せるのが基本だ。敵の攻撃が届かない場所から一方的に射撃し続けられるからな』
「……【砲機WH-33L】召喚、【跳躍爆風】」
「あ、あの!?」
混乱している女性召喚師を無視し、マナヤは続けて二体目の砲機WH-33Lも召喚。すぐさま同じ魔法で跳ばす。
二体目も防壁上、先ほど跳ばした一体目の隣に着地した。マナヤのコントロールがなせる技だ。
「【待て】」
直後、その二体の砲機WH-33Lに命令を下す。
防壁上に配置された二体の小型戦車は、砲門をマナヤ達後方に屯しているモンスター群に向けた。
「射撃モンスターは攻撃力が低いぶん、接近戦に弱い。真正面からあんなモンスターの群れに突っ込ませるなんざ自殺行為だろ」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
そんな様子を見上げながら、マナヤは再び女性へ説明を。
「射撃モンスターは高台に配置して、下の敵へ一方的に攻撃できるようにする。この世界で弓術士や黒魔導師がやってることと同じさ。それに――」
轟音と共に、防壁上の砲機WH-33Lが砲撃を始める。
その小さい砲弾は、敵モンスター一体に炸裂しその体を貫いた。おかっぱの女性が戸惑ったような声を上げる。
「え? ほ、WH-33Lの攻撃ってあんなに威力ありましたっけ?」
「ああいう矢や実弾型の射撃攻撃モンスターは、高所から低所へ撃ち降ろすと威力が増すんだよ」
砲弾が重力を味方につけるのだから、当然だ。
逆に低所から高所へと射撃する場合は、威力が下がってしまう。だからこそ、射撃モンスターは高台に置くことこそが鉄則。
(そう、だから記憶の中で、テオはレン・スパイダー二体にあれほど苦戦した)
テオの最期の記憶で、彼は両親を守ろうと懸命に戦っていた。
しかしあの時、敵側は屋根の上から撃ち降ろし、テオ側は低所から撃ち上げる形。だからこそ、数で勝っていたはずのテオ側がダメージレースに負けた。
「――よし。モンスターどもも、そろそろまた動き出すぞ。走れ!」
「あ、は、はい、ってええっ!?」
女性召喚師の手を引き、再度駆け出す。が、女性召喚師はそこで驚愕。
マナヤは来た道を戻り始めたのだ。
渋滞を起こしていたモンスター群の横を駆け抜ける。すれ違い様にモンスター達が攻撃してくるが、次々と空を切った。いまだグルグルとマナヤの足元を周っている猫機FEL-9を、捉えきれていない。
「ど、どうしてわざわざ突っ込むんですかぁ!」
「砲機WH-33Lの射程圏内で、俺達が囮になるんだよ!」
「お、囮!?」
「猫バリアがありゃ、俺たちゃノーダメージであいつらを引き付け続けられるからな!」
ゲームでの定番戦術だ。
マナヤは猫機FEL-9を引き連れたまま、敵陣全体の周囲をグルグルと大きく回るように走り続けた。
女性召喚師も息を切らしながら、走り回るマナヤについていく。
猫機FEL-9に殺到するモンスターたち。
だがお互いの体に衝突しあい、その都度動きが止まる。
(この戦術を取るなら、むしろ敵の数が多い方が楽だ。モンスターどもの体躯がお互い、足を引っ張り合う)
敵からの射撃攻撃が来れば、絶妙なタイミングでマナヤがサイドステップ。
猫機FEL-9がそれに反応し、結果的に射撃を避けていく。
その間にもモンスター達は、防壁上にいるマナヤの砲機WH-33Lに撃ち抜かれ続けている。
徐々に、大軍中のモンスターが一体、また一体と死に始めた。死んだモンスターは地面に倒れこんだ後、溶けるように体が消える。後には地面に黒い瘴気で描かれた紋様が残った。『瘴気紋』だ。
「【封印】」
マナヤは、すでに何体か倒れ始めているモンスター達の瘴気紋へ手を向けた。
モンスターの黒い瘴気紋がふわりと浮かび上がり、金色に変化。そして粉々に分解され、突き出したマナヤの手の中へと吸い込まれていく。
(たしかこうしないと、倒したモンスターが数日くらいで復活しちまうんだっけか)
倒したモンスターを封印の魔法で封じ込め、復活を防ぐ。それが、この世界における召喚師の主な役割。
(けどまずいな、モタモタしてると第二波が来ちまう)
マナヤは走り周りながら、どんどん暗くなってくる空を仰ぐ。テオの記憶の限り、南門からスタンピード第二波が来るのももうすぐだ。
足を止めぬまま、ついてくる女性へ声をかけた。
「よしあんた、出番だ!」
「えっ?」
「さっさと片付けなきゃならねえし、俺はマナを全部攻撃に使う! 封印はあんたに任せたぞ!」
「は、はい! 【封印】」
ようやく自分の役目を思い出したか、女性召喚師も同じく封印の魔法を使い始める。瘴気紋がどんどん、彼女の手のひらへと吸い込まれていった。
召喚師は、この世界に存在する『クラス』の中でも飛びぬけてマナの回復力が高い。十秒もあれば封印一回分、もしくは下級モンスター一体召喚できるだけのマナが回復する。二十秒あれば、中級モンスター一体分のマナすら確保できる。
この継戦力こそが召喚師の持ち味だ。
もっともマナヤは、ただ召喚獣を増やすだけの戦いをするつもりはない。
「さて、そろそろ本気で行きますかね! FEL-9、【行け】!」
マナヤは立ち止まり、猫機FEL-9だけ命令を切り替える。猫ロボットが方向転換し、向かってくるモンスター集団へと特攻していった。
「えっ! ね、猫バリアは!?」
「大丈夫だ、【次元固化】」
敵が一斉に猫機FEL-9に群がっていった直後。マナヤがその猫ロボットに補助魔法をかける。
猫機FEL-9に振り下ろされた攻撃が、全て弾かれた。
代わりに、猫機FEL-9自身もピタッとその場で停止。まるでそこだけ時間が止まったかのように。
「な、なにを!? たしか次元固化って……!」
「ああ。三十秒間、指定した召喚モンスターを無敵化する魔法だ」
「で、でも! 無敵化するから、敵モンスターからも狙われなくなるんですよ! このままじゃ、私達が!」
声が裏返ってしまう女性召喚師。
彼女の言葉通り、モンスターの群れは一斉に向きを変えた。猫機FEL-9を素通りし、マナヤ達の方へと突撃してくる。
(大丈夫だ、追加でこの魔法をかけりゃいい)
だがマナヤは慌てず、その猫機FEL-9にもう一度手を差し伸べた。
「――【自爆指令】」