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召還された召喚師  作者: 星々導々
第一章 転生者の降臨・消滅・そして再臨
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27話 それぞれの想い SHARA

 心臓が、凍っちゃうかと思った。


 テオに、マナヤさんの記憶が残っていると聞いて。

 もしかしたら、またテオが……

 マナヤさんに、乗っ取られてしまうんじゃないかって。


 テオと、二つも約束をしたのに。



 ◆◆◆



 シャラ。

 それが、私の名前。

 ……両親からもらった、私の大切な名前。


 白魔導師の父。剣士の母。

 そんな私の両親が亡くなったのは六年前。私が十二歳の頃。


 あの日の光景は、今も目に焼き付いてる。

 突然、村にたくさんのモンスターが押し寄せてきたんだ。

 私の両親が、間引きへ向かった方角から。


 いてもたってもいられなくなって、私はその方角へ向かった。

 辿り着いた門の先で、見たのは……

 両親の背後から突然迫る、黒い瘴気(オーラ)に覆われた牛頭の化け物。

 そして、金属の狼。巨大なコウモリの影。


 それらが、一斉に。

 ――両親の背から、鮮血を舞わせた。


 ニゲテ。


 倒れ込んでいく両親が、口だけでそう私に言っていた。

 でも、二人を置いて逃げることなんてできない。

 泣き叫びながら、お父さんとお母さんの元へ駆け寄ったんだ。

 牛頭の化け物が、私の方を見て。

 私に向かって、斧を振りかぶってきて。


「【ライジング・ラクシャーサ】!!」


 その時。

 黒い影が、私の前に躍り出て。

 化け物たちは、虚空に、消えた。


 ようやく、両親の体へたどり着いた私。

 でも、二人の体はもう、動かなくて……

 二人の体から、温かさが無くなっていくのがわかって。


 私は、二人の体にすがりついて、号泣した。


「……すまない。間に合わなくて……本当にすまない」


 化け物を斬ってくれた黒髪の女剣士さん。

 彼女が私の元で、そう謝る声が聞こえた。



 ◆◆◆



 両親を失った私は、孤児院に入れられそうになった。

 でも私は、泣き叫んでそれに逆らったんだ。

 行きたくない。

 お父さんとお母さんの家を、離れたくない、って。


 だから。

 私の面倒を見てくれるって、提案してくれた人がいた。

 それが、幼馴染のテオの一家。

 お隣さんだったから、食事の時だけでも一緒にいようと。


 幼い頃から、ずっと一緒に遊んでいたテオ。

 あの頃は、私にとっては弟みたいな存在だ。


 だから、私はテオの一家の前では、気丈に振舞った。

 夕食の時は、テオの一家と一緒に笑い合ったりしながら。

 テオの両親……スコットさんと、サマーさんに、心配をかけないように。

 弟のようなテオに、心配をかけないように。


 それでも。

 帰ればいつも、私は堰を切ったように泣いていた。

 涙が枯れ果てるまで、泣いて。

 泣き疲れてから、やっと眠ることができた。



 そんな、ある日。

 自分一人で家に帰った後、ドアがノックされた。

 また流れ出そうな涙を拭いて、開ける。

 すると、テオが一人で私の家の前に立ってたんだ。


 ――泣いてたの?


 心配そうに言った、テオ。

 どきりとしたけれど、私は気のせいだよってごまかした。

 でも、何故だろう。

 テオは、自分の方が泣きそうな顔になって。


 ぽす、と私に抱き着いてきた。


 久しぶりに感じた、人の体温。

 お父さんとお母さんの体温を、思い出した。

 二人がこうやって、私を抱きしめてくれた時の体温。


「ひとりで、泣かないで」


 テオは、自分の方こそ目に涙を浮かべながら。


「ぼくが、そばにいるから」


 テオの、一つ目の約束。

 ぎゅっと、私を強く抱きしめてきた。


 抑えていた、涙が溢れだして。

 独りで泣いていたのを、悟られたのが恥ずかしくて。

 でも……気づいてくれたのが、嬉しくて。

 人の温もりが、恋しくて。


 いつもだったら、泣き疲れるまで泣いて。

 涙が枯れ果てて、ただそれだけ。

 でも、テオのそばで泣くことは……



 涙が枯れたあとを、暖かいもので埋めてくれた。



 次の日の朝。

 私は、いつもより晴やかな気持ちで朝を迎えることができた。



 ◆◆◆



 そうなってからというもの。

 私は夜、眠る前に泣きはらしてしまうことがなくなった。


 私が、ふと悲しい気分になってしまった時。

 すぐにテオが、私に寄り添ってくれるから。

 どうして、彼にはわかってしまうんだろう。


 それに、周りの人達の反応も変わった。


 私の友達や、村の大人たち。

 両親が亡くなってからみんな、私を腫れ物のように扱うようになっていた。

 私が、知らず知らずのうちに暗くなってしまったからだ。


 でも、テオのもとで泣いた日。

 あの日を境に、みんなが明るく話しかけれくれるようになった。

 友達が自然な感じに遊びに誘ってくれたり。

 近所の大人たちが何かと世話を焼いてくれたり。


 ……あとで、聞いた話なのだけれど。

 テオが、みんなに働きかけてくれたみたい。

 自分だけじゃなくて、みんなが私を支えてくれるようにって。


「僕も、村の他の人たちもみんな、シャラの家族だよ!」


 テオに訊いてみたら、照れくさそうに笑っていた。

 私も……自然と、笑顔になった。




 それから一年。十三歳になった私。

 悲しくなくなっても私は、テオに寄り添うようになった。

 テオの体温が、恋しくて。


 そんな私達の関係を友達にからかわれることもあった。

 未来の夫婦、って。

 恥ずかしかったけれど、満更でもなかった。

 テオと夫婦になれたら、どんなに幸せだろう。

 いつも、悲しい時にはすぐに寄り添ってきてくれて。

 嬉しい時には、一緒に笑ってくれて。

 そんな人が傍にいてくれたら、どんなに心地よいだろう。


 彼の優しさに感謝する気持ち。

 それはもう、恋心に変わっていたんだ。



 でも、私には不安もあった。

 私はテオに、テオの一家に、何を返せるんだろう。


 テオの母であるサマーさんは、片腕がない。

 だから、私が家事を手伝うととても助かるとサマーさんは感謝してくれた。

 でも、私にできるのはそれくらいだ。

 テオはしっかり者だから、私が面倒を見るまでもない。


 そんな私がテオのお嫁さんになって、テオを支えられるだろうか。

 貰ってばっかりの私は、テオに相応しいのだろうか。



 新年のお祭りがあった、次の日。

 私とテオは、成人の儀を迎える子達を乗せた馬車を見送っていた。

 来年には、私も十四歳になって、王都で成人の儀を受けることになる。

 モンスターと、戦う責務を負うことになる。


 両親を殺したモンスター。

 今でも、モンスターのことはとても怖いけれど。


「どんな『クラス』になっても、一緒に支え合って、村を守って行こうね!」


 テオが、そう言ってくれた。


「たとえ私が、〝召喚師〟になっちゃっても?」


 そう、少し冗談まじりに問いかけてみた。

 けれどテオは、満面の笑顔。


「うん、〝召喚師〟になっちゃっても!」

「ふふっ、ありがとう。……私も、もしテオが召喚師になっちゃっても、一緒にいるよ」


 これが、二つ目の約束。



 ◆◆◆



 その一年後、十四歳になった私。

 ついに成人の儀を迎えることになり、王都へ向かう馬車に乗った。

 テオと、テオの両親が見送りに来てくれた。


 王都についた私は成人の儀を受けた。

 そして牧師さんに、『錬金術師』が候補にある、と言われた。


 錬金術師は貴重なクラスで、二百人か三百人に一人しか候補に現れない。

 だから候補が出た人は、ほぼ例外なく成るように命じられる。

 けれど私は命じられるまでもなく、一も二も無く錬金術師を選んだ。


 錬金術師を子に持つ、あるいは錬金術師と結婚する。

 そういうのは、村では一種のステータスだ。

 やっと、テオの一家に恩を返すことができる。

 やっと私は、テオを支えられる人になれる。


 錬金術師のクラスを得て、私は王都の学園で死に物狂いで勉強した。

 その甲斐あって、私は一気に錬金術が上達した。

 私自身の保有マナの総量も、同年代ではトップクラスになれたみたい。

 教官の人もとても驚いて、とても喜んでいた。


 でも。

 錬金術師が戦いで使える、戦闘用の錬金装飾(れんきんそうしょく)

 これだけは、どれだけ頑張っても……

 作ることも、マナを充填することもできなかった。

 珍しくないことだ、と教官は気遣ってくれたけれど。



 一年間、学園で勉強して。

 十五歳になった私が、セメイト村に帰る日が来た。



 テオの一家はもちろん、村の人たちが一斉に大喜びしてくれた。

 今まで、この村には三人しか錬金術師がいなかったから。

 四人に増えるのは、大きい。


 テオの両親が、私の頭を撫でながら喜んでくれた。

 テオは満面の笑みで、私に抱き着くように喜んでくれた。


 会えなかった一年で、テオはまた背が伸びて。

 もう、かなり身長が追いつかれてしまった。


 私は、教官から渡された調合書などを読み返しながら、勉強し続けた。

 素材を調合するだけじゃなく、服を織ったり、道具を作ったりもして。

 テオが勉強に励む私に、飲み物や果物を差し入れしたりもしてくれた。

 疲れた時には、昔みたいに寄り添ってくれた。


 彼がいてくれるから、私はがんばれる。



 ◆◆◆



 そしてまた一年がたって。

 もうテオの身長は、私を追い越していて。

 今度はテオが十四歳。成人の儀で王都へ向かう馬車に乗っていった。


 来年、テオが戻ってくれば、私もテオも二人とも成人だ。

 走り去る馬車を見送りながら。

 私は、心に決めた。


 テオが帰ってきたら、求婚しよう。



 けれど、テオが成人の儀に出立して間もなく。

 ここセメイト村は、もう一度大量のモンスター襲撃に遭うことになった。

 以前と同じ、南門が襲われたらしい。


 戦闘用の錬金装飾(れんきんそうしょく)が扱えない私は、戦力には成り得ない。

 だからサマーさんのような、同じく戦闘要員にならない人達と一緒に避難した。

 その日の戦いで、また数人が亡くなったらしい。

 村の中央広場で葬儀が執り行われた。

 あの日の私と同じように、親族や近しい人を亡くして、号泣している人も居た。


 成人の儀を終えて、クラスも得て。

 それでも……私は、いまだに戦えないまんまだ。



 ◆◆◆



 また一年後。

 私が十七歳になって、テオも王都から帰ってくる日だ。


 テオは、どんなクラスになったんだろう。

 この一年で、またどれだけ逞しくなっているんだろう。

 どんな瞳で、私を見つめ返してくれるだろう。


 馬車が村に入り、止まった。

 続々と、成人の儀を終えた人たちが降りてくる。

 一年ぶりに会った仲が良かった子もいて、再開を手を合わせて喜んだ。


 でも、肝心のテオが降りてこない。


 不思議に思っていると、もう一台小さい馬車が村に入ってきた。

 人が一人二人乗るのが精いっぱいくらいの、小さな馬車。

 その馬車から、一人の男の子が降りてきた。


 間違いない。

 テオだ。


 急いでその馬車へと走り寄る。

 けれど、降りてきたテオの顔を見て、思わず足が止まった。


 一年ぶりに会ったテオは、元気いっぱいのテオとは思えない暗い表情で。

 その目は虚ろで、光を宿していなかった。


 テオが、私と目が合う。

 けれどその瞬間テオは、ばっと私から目を逸らしてしまう。


「シャラ、ごめん……僕……『召喚師』に、なっちゃった……」


 掠れるようなその言葉に、私は一瞬息を呑んだけれど。

 ううん、大丈夫。

 たとえ召喚師になっても、テオはテオだ。

 約束、したんだもの。


 ――でも。


「テオ、大丈夫だよ。私――」

「――ごめんっ!」

「て、テオ! 待って!」


 テオは、突然走って逃げだしてしまった。


 私は必死に追いかけた。

 けれど、テオの足に私は追いつけなくて。

 その背中が、どんどん離されてしまって。


 どうして。

 約束、したのに。

 そばに、いてくれるって。

 召喚師になっちゃっても、私は一緒にいるって。


「開けて、テオ! 私、大丈夫だから! テオが召喚師でも、大丈夫だから!」


 召喚師用の宿舎に入って、鍵をかけて閉じこもってしまったテオ。

 私は扉を叩きながら、必死になって彼に呼び掛け続けた。


「シャラ……ごめん。今は……一人に、して欲しいんだ」


 扉の向こうから、小さくそんなテオの声が聞こえた。

 その響きに混じった、絶望の音色。

 私は、言葉を返すことができなくなってしまった。


「……テオ。テオの、新しい服。……ここに、置いとくね」


 そう言って私は、そっと宿舎を後にした。


 ……私が錬金術で編んだ、テオの服。

 素材から全て、一から全部作って織った服。

 練習し続けて、やっと納得できる仕上がりになった、最初の一着。

 この一着は、絶対にテオにあげるんだって、決めていた。


 この服に、テオが初めて袖を通したところを……

 一番に、見たかった。





 それからというもの。

 毎日のように、テオの宿舎へと足を運んだ。

 テオの両親も来て、顔を見せるように説得しようとしてくれた。

 けれど、テオは頑なに私たちと顔を合わせてくれない。


 錬金術師になれた自信が、がらがらと崩れていった。



 テオは、あんなにも簡単に私の心を癒してくれたのに。

 私では、テオの心を癒してあげることが、できない。



 その日から。

 私は毎晩、涙が枯れるまで泣き腫らす日々に戻ってしまった。


 ――神様。

 どうして、テオを召喚師になんてしてしまったのですか。

 今だけは私、あなたを、恨みます――



 ◆◆◆



 王都からテオが帰ってきて、一年たったある日。

 錬金術師として、生活用の錬金装飾(れんきんそうしょく)にマナを込めて回る仕事の最中。


 スコットさんが、血相を変えて私に報告してきた。

 スタンピードが迫ってきたと。


 どうして。

 こうならないようにするために、開拓村を作りにいったはず。

 けれど続くスコットさんの言葉に、私は別の意味で血相を変えた。


 テオが、先にスタンピードの前線へ向かったと。


 私は半狂乱になって、南門へ向かおうとした。

 けれど、テオの両親が二人がかりで私を止めにかかった。


 離して。

 テオが、死んじゃう。

 こんなお別れなんて、嫌だ。


 泣き叫びながら、私は二人を振りほどこうとしたけれど。

 私は引き摺られるように、避難所へと連れていかれてしまった。

 戦えない私は、邪魔になるだけだから。

 テオが死ぬとは限らない、死ぬはずがないと。

 そう、私を説得しながら。


 避難所で、私は震えながら祈った。

 神様。

 お願いします。

 あなたを恨んでしまったことは、謝ります。

 どんな償いでもします。私の命だって、差し出します。


 だから、お願い。

 テオを、連れて行かないで――




 幸いスタンピードは、あっけないくらい早く終わった。


 南門では、重傷者が毛布の上に並べられていた。

 白魔導師さん達が、懸命に治療魔法をかけている。


 そんな重傷者たちの中に……テオがいた。

 赤毛の女剣士さんが、心配そうに彼を見下ろしていた。

 テオが、今回のスタンピード最大の功労者だったらしい。

 私たちは、意識のないテオにすがりついた。


 生きててくれて、良かった。


 けれど、体の中に傷が残っているせいだろうか。

 彼の体は、急に発熱しだした。


 他にも重傷者が多すぎて、白魔導師さんたちは手が回らない。

 私たちは、火を消したピナの葉をテオの額に当てたり。

 汗をかき始めたテオの体を拭いたり。

 懸命に、看病した。

 テオをちゃんと治してもらえたのは、騎士隊が駆け付けてからだった。



 その日の晩。

 私はテオの両親に頼んで、二人の家に泊めてもらった。

 二人は、一も二も無く受け入れてくれた。


 テオが目覚めたのは、明くる日の昼過ぎ。

 けれど、彼の様子がおかしい。


 テオは、こんなに乱暴な口調だっただろうか。

 こんなに、しかめっ面をしていただろうか。

 こんなに……目つきが、鋭かったろうか。


「……聞きたいことがあるの。あなたは、一体だれ?」


 サマーさんの問いに、答えを詰まらせる彼。

 私は、背筋に冷水を浴びせられたような気がした。


 ほどなくして、赤毛の女剣士さん……アシュリーさんが来た。

 その後には、騎士隊の人も。

 騎士隊の人が、彼に色々な質問をしていた。


 ――彼は、テオじゃなかった。

 自分を『マナヤ』と名乗った。

 神様に命じられて、別の世界からテオに転生してきたのだと。

 ……『死んでしまった』テオに、時間を巻き戻して宿ったと。


 なら、本当のテオはどうなっちゃったの。

 必死になってそう問いかけても、「わからない」と言われた。


 でも。

 私はもう、確信してしまっていた。


 彼の目つきが違う。

 彼の表情の作り方が違う。

 彼の立ち居振る舞いが、全く違う。


 この人は……テオじゃない。


 そこからの話は、あまり頭に入ってこなかった。

 いくつか彼に質問をして、騎士隊の人たちは帰っていった。


「それから、マナヤをそんな目で見ないであげてくださいよ? 彼が望んでなったわけじゃないって、わかってますよね?」


 そう、アシュリーさんが言ってきた。

 ……わかってる。

 この人が、マナヤさんが、テオを消したわけじゃない。

 でも。

 私は、逃げるようにその場を後にした。




 そのあと、私がどう過ごしたか、よく覚えていない。

 努めて淡々と錬金術師の仕事をしていたのだと思う。


 夕食時になって、またテオの家に。

 サマーさんは、少し吹っ切れた顔をしていた。


 テオの記憶によれば、この村は滅びるはずだったのだと。

 私達に死んでほしくない、というテオの願い。

 それをマナヤさんが、叶えてくれたのだと。


 でも。

 私が、いちばん生きていて欲しかった人は、もう――



 ◆◆◆



 私は、マナヤさんと極力距離を取るようにした。

 テオの顔で、全く違う人が話している。

 それに一向に慣れなくて。


 ある日。

 マナヤさんは、呼ばれもしていないのに夜中に出撃して。

 帰ってきた時、彼のローブはボロボロになっていた。

 テオのために、私が作ったローブなのに。

 なのにへらへらと、テオとは思えない顔つきで笑う彼。


「ああ。まあでもこれで自信がついたぜ。俺が知ってる遊戯(ゲーム)の知識は、ほぼ全部こっちでも通用することが確認できたんだ。これを村の召喚師らに教えてやりゃ――」

「マナヤさんは」


 思わず私は、口を挟んだ。


「マナヤさんは、これからもそんな、無茶な戦い方を続けるつもりですか」


 その体だって、テオのものなのに。

 勝手に、テオの体で無茶しないで。


 そうしたら。

 マナヤさんは、訊かれもしないのに戦いについて語ってきた。

 やめて。

 思い出したくないのに。

 やっと、忘れかけていたのに。


 でも。

 彼は、テオみたいに察してはくれない。


「無茶をしなきゃ生き残れねえし、間に合わねえ。そういうこともあるってこった」

「……」

「それは、召喚師に限った話じゃねえだろ?」


 私は、その場を逃げ出してしまった。

 両親やテオの死のことを思い出したから、だけじゃない。


〝戦場に出たこともない人間が、戦場を語るな〟


 そう、言われている気がしてしまったから。





「――そうか。じゃあ、召喚師たちのイメージも変えられそうなんだな?」

「ああ。思った以上に効果が大きくて助かったよ。この調子でどんどん好印象になってくれりゃ助かる」


 またある日、マナヤさんが言った。

 村人の、召喚師さん達への印象が変わっていくと。


「……どう、して……」


 ぽつりと、そう口からこぼれてしまった。

 とっさに、呑み込んだけれど。


〝どうして、テオがいる間にやってくれなかったの〟


 わかってる。

 テオがいる間になんて、出来たわけがない。

 これは、ただの八つ当たりだ。


 その日の晩。

 私は自室で、また声を殺して泣き通してしまった。

 枯れた涙が、埋まることなく。



 ◆◆◆



 ある晩。

 夕食時に、なかなかマナヤさんが帰ってこなかった。


 しばらくするとアシュリーさんがやってきた。

 彼が、何か思いつめていたようだったと。

 そういえばマナヤさんは、最近様子がおかしかった。


 闇雲に探し回っても仕方がない、と。

 私達は先に、夕食を済ませてしまうことにした。


 その夜遅く。

 突然、スコットさんが泣き腫らした目で、私の家に駆け込んできた。

 テオが、帰ってきたと。


 ……マナヤさん、じゃなくて?

 ……『テオ』が、戻ってきた?


 取るものもとりあえず、スコットさんについて家を飛び出した。

 すると、テオの家から彼が飛び出してくる。

 スコットさんを挟んで、見つめ合って。

 しばらく、固まってしまった。


 本当に、テオなの?



「――シャラ!!」



 私の名を呼ぶ声。

 その瞬間、私にはわかった。


 彼が、私を見る目が。

 彼が、私を呼ぶ声色が。

 彼が、私に向けるその表情が。

 私の知っている……テオのものだ。


「――テオ!」


 ……本当に、帰ってきた。

 テオが、帰ってきてくれたんだ。


 テオが私に駆け寄って。

 彼の方から、抱きしめてきてくれた。

 思わず、頬が紅潮してしまう。


 マナヤさんだった時には、気づかなかった。

 テオは、また一段と背が伸びていた。

 一段と、逞しくなっていた。


 私はそっと、テオの体を抱き返そうとした。

 でも、その瞬間。

 テオは私を突き飛ばしかねない勢いで、私から離れた。


 見ると、テオの目がまた虚ろになりかかっていた。

 そして私から、不安そうに目を逸らしてしまう。


 ――テオが王都から戻ってきた、一年前のあの日の光景がよぎった。


「ま、待って!」


 今にも、逃げ出してしまいそうなテオ。

 私は必死に、彼の腕を掴んで止めた。


 それでも彼は、目を合わせようともしてくれない。

 いやだ。

 また、テオが離れていっちゃうのは、もういやだ。


「テオ……私、私ね……テオが、顔を見せてくれなくなって……すごく、寂しかったん、だよ……?」


 話しながら、涙声になってしまうのを止められなかった。


「シャラ……ごめんね。でも、僕は『召喚師』だから――」

「そんなの関係ない!!」


 テオの言葉を遮り、叫ぶ。

 気づけば、テオに抱き着いていた。


「約束、したじゃない……!」


 そう。

 二つ目の約束だけじゃ、ない。

『ぼくが、そばにいるから』

 あの時の、一つ目の約束だって。


「お願い、テオ……っ」


 テオが王都から戻ってきたあの日も。

 そして、スタンピードのあの日も、私は……


「私、テオが、いなくなるのはっ……もう、嫌だぁ……っ!」


 ずっと、後悔してた。


『あの時、私は思ったんだ。いつ、サマーがモンスターにやられて居なくなってしまうか、わからないと』

『そう考えたら、居ても立ってもいられなくなってね。後悔する前に、サマーに求婚しなければならないと思ったのさ』


 ……スコットさん。

 今なら私も、貴方の気持ちがわかります。


 私はいったん、そっとテオから離れた。

 彼の右手を取る。

 そして……私の両手で包み込む。


 ――もっと早く、こうすればよかった。


 でも。

 テオは、私の手を包み返してくれない。


 ……テオは、まだ怖がっていた。

 召喚師の自分を、私が嫌うんじゃないか。

 召喚師と結婚なんかして、私に迷惑がかかるんじゃないか。


「テオがいなかった間にね。この村は、変わったんだよ」

「え……?」

「召喚師だからって、テオを避けたり怖がったりする人は、もういないの」


 私は、待つことにした。

 テオが、村が変わったことを、ちゃんと実感できるまで。


 久しぶりに、顔を見つめ合った。

 いつも私に寄り添ってくれた時の、あの優しい瞳。

 私はようやく、テオの元に戻ってこれた実感がわいた。


 その日、流した涙の後。

 久しぶりに、()()()()()が埋めてくれた。



 ◆◆◆



「……」


 夜中、私はふと目が覚めた。

 開いた目の前には、最愛の人の顔。


(……テオ)


 さっき中央広場で、月を見上げながら……

 テオが、ぽつぽつと話してくれた。

 怖い、って。


 だから、私は言ってあげた。

 テオじゃないなら、私が一番わかるはずだから。

 だから、大丈夫だよ、って。


 そうして、笑顔を見せてくれたテオ。

 私は、少し安心した。

 ちゃんと、私は彼を支えることができているんだって。


 ……でも。

 テオの震えは、止まらなかった。


 だから、私はテオに言った。

 今晩は一緒に眠りたいって。

 小さい頃と同じように。

 テオが、安心して眠れるように。


「……」


 今もまだ少し不安そうに眠る、テオの顔を見上げる。

 ぎゅ、と私は胸の前で両手を握った。



 どうして、本当の不安を隠すの?

 どうして不安を、一人で抱え込んじゃうの?

 どうして……王都から戻ってきた日、約束を忘れちゃったの?



 今、思えば。

 マナヤさんは、すごい人だった。

 召喚師なのに、”英雄”として名を立てて。

 評判の悪い召喚師の印象を、一気に塗り替えて。

 現状を変えるために、凄い奮闘をしていた。


 それなのに。

 私は、どうだろう。


 錬金術師とはいえ、戦うことができない。

 戦えない自分を嘆きながらも、変えることができない。

 ……テオの戦いも、心も、支えてあげることができない。


 本当にテオのそばにいる資格が、あるの?

 こんな、弱い私に。



『無茶をしなきゃ生き残れねえし、間に合わねえ。そういうこともあるってこった』



 ……マナヤさん。

 彼がいなくなったあの日の、朝。

 いったい、何があったんだろう。

 スコットさんとサマーさんには、訊けないけれど。


『マナヤ、ごめんね! スコットさんに聞いたの、()()()()のこと!』

『あたし、あんたの気持ち、全然考えてなくて』


 ……アシュリーさん。

 あの人なら、何か知ってるのかな。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 懐かしい。 そういや最初は目新しい設定への興味でこの作品を開いて、この過去編辺りからキャラへの興味に読む目的が変化したんだった。 [気になる点] 個人的な意見です。 改稿前のラストに「お…
2024/05/11 23:48 退会済み
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