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召還された召喚師  作者: 星々導々
最終章 世界に願いを
268/275

268話 世界に願いを

明けましておめでとうございます。

投稿が遅れてしまって申し訳ありません。埋め合わせに、できれば今晩中にもう一話アップします。

「マナヤはわからないの!? 父さんと母さんが願ってたこと!!」


 テオは、まだ頭上に浮かんでいるマナヤへと向かって、駄々っ子のように叫んだ。

 マナヤの表情が凍る。


「二人は、僕たち両方の幸せを願ってたんだ! 僕たち二人に、最後まで生き抜いてほしかったんだ!!」


 振り向き、ゆっくりとテオを見下ろしたマナヤ。

 表情は見えない。黙したまま語らない彼の唇は、堅く引き絞られていた。


「マナヤはずっとそうだったじゃないか! 僕のために、周りのみんなのために、ずっと自分を犠牲にし続けて!」

「てめ、ぇ……ッ」

「やっと自分のために生きられるって時に、どうしてその命を投げ出しちゃうの! どうして、勇気を出して自分で生きようとしないの!?」


 テオの挑発するような言葉に、マナヤはぎりりと歯ぎしりした。


「父さんと母さんのことを思うなら、もっと自分のために生きてみせてよ! マナヤっ!」


 テオは胸から全て絞り出すように、目をきつく瞑ってそう絶叫する。

 今までずっと、自分のことを助けてくれた半身。

 彼が、やっと自分の命を手に入れた。だというのに、もう彼が生きることができなくなるなど、許せそうにない。


「……俺、だって」


 近くに声を感じた。

 おずおずと目を開くと、いつの間にかマナヤが目の前まで降りてきていた。顔を伏せており、目元が見えない。


「俺だってッ、このまま死んじまいたかねえよ!」


 マナヤは涙を流しながら絶叫していた。

 目を閉じて、今度は彼の方が駄々っ子のように喚きたてる。


「やっと魂が手に入ったのに、生きることを諦めたくなんかねえよ! やっと自分の(いかずち)だって、手に入れたってのに、消えちまいたくなんか……ッ」


 だが、徐々に声が掠れはじめた。


「でもッ……アシュリーが死んじまった世界で、どうしろってんだよ……ッ」

「マナ、ヤ……」

「人殺しのビジョンに苦しめられる人生だってのに! 肝心のアシュリーが居ない世界で、どう生きろってんだ! 無責任なこと言ってんじゃねえ!」


 テオにも、彼の感情が直接的に伝わってきていた。

 わかっている。

 今さら、もうどうしようもないのだと。


「テオ、お前に何か手があるってのかよ! 俺がお前の代わりに戻って、どうにかする方法があるって言うのか!?」

「そんなのわかんないよ!!」


 もはや両者とも駄々っ子だ。

 こちらを睨みつけてくるマナヤに、目を閉じつつもただ叫ぶしかできない。


「ただ僕は!」


 それでもテオは、顔を上げた。

 歪んだ顔をした自分の半身目掛けて、ただただ感情のままに言葉を放つ。


「ただ僕は、君に()()()()()()()()()()()()()んだ!!」


 マナヤは、息を呑んだ。


 テオとて、気づいていたのだ。

 先ほどまでずっと、笑顔で諭すように語り掛けてきていたマナヤ。その安らかそうな表情の裏で、彼がずっと泣いていたことに。

 両親を亡くした時、無理に笑おうとしていたシャラと同じだ。


「てめ、ぇ」


 見れば、マナヤの肩が震えていた。


「勝手なこと……ばっかッ、言いやがって……ッ」


 湿った声で呟きながら、歩み寄ってくるマナヤ。

 どん、とぶつかった。テオの胸に、自分の頭を押し付けている。


「人、の、配慮……勝手に、潰しやがって……!」

「マナヤ」

「腑抜けたことばっか言ってんじゃねえよ! もっと現実見ろよ! 勝手に人に変な希望持たせんじゃねえよ!!」


 その体制のまま、マナヤは叫んだ。

 我武者羅な声色。取り繕う余裕も失くしたか、先ほどとは打って変わって本音が駄々洩れになっているのがわかる。


「生きたいんだよ……ッ、俺だって、生きたいんだよ!!」

「だったら生きればいいじゃない!」

「だからふざけてんじゃねえよ!」


 顔は上げぬまま、ぐいっとマナヤはテオの肩だけ乱暴に掴んだ。彼の頭が押し付けられているテオの胸元が、濡れ始める。


「俺がお前の代わりに生き返ったって意味ねえんだ! お前だってわかってんだろが!」

「僕だってそんなの関係ないんだよ!!」

「関係ねえとか言うな! 俺だって、お前に死んでほしいわけじゃねえことくらいわかんだろ! なんのためにここまでしたと思ってやがる!」

「そんなの僕だって同じだよ!!」


 互いにぼろぼろと泣きながら、喚き合った。

 方向は、違う。

 ただ二人とも、その根本は同じだ。


「僕はっ、マナヤに――」

「俺はッ、お前に――」


 互いの言葉を被せる。




「――生きててほしいんだっ!!」




 ――ピチュ……ン




 雫が、落ちた。

 二人の心の中に波紋が広がる。なぜか、お互いが全く同じものを感じていることもわかった。


「え!?」

「なっ!?」


 二人が戸惑ったのも束の間。

 突然、虹色の光が満ちた。全方位が雲だらけなこの世界、その上へ上へと伸びる虹色の光の柱が、二人の体から同時に立ち昇っていく。


《――これは――》


 驚いたのは、神も同じだった。

 茫然と光を見上げる。二本の虹の柱は、このだだ広い空間すら揺るがすほど、ビリビリとエネルギーを解き放っていた。


「マ、マナヤ」

「お、おいテオ、これって」


 顔を見合わせるテオとマナヤ。

 この感覚は、よく知っている。

 互いの心が、完全に一致したようなこの一体感。テオはシャラと、そしてマナヤはアシュリーと感じたことがある、あの感覚だ。

 テオとマナヤは互いの顔を見合わせ、同時に頷いた。



「――【共鳴(レゾナンス)】!」



 声を合わせ、高々に叫んだ。

 光が膨れ上がる。立ち昇る虹色の柱二本がサイズを増し、一本の極太の閃光となって空間に満ち溢れた。


《――莫迦な。互いに別々の(つがい)を持つ魂同士で、共鳴だと? それも、片方は壊れかけの魂だというのに――》


 神は、その閃光に圧倒されながら呟いた。

 すでに涙は痕だけしか残していないテオとマナヤ。虹の柱が立ち昇る先を二人して見上げ、叫ぶ。能力名は自然と浮かんできた。




「【世界に願いをウィッシュ・アポン・ア・ワールド】!!」




 光の渦が荒れ狂った。

 これまでの比ではない、膨大すぎる『共鳴』の力。この神界そのものを壊さんばかりの勢いで揺るがし、台風さながらの勢いで広がっていった。


《――人間の『共鳴』で、これほどの力が……まさか――》


 神が何かに気づき、瞠目する。


《――()()()()()などという、有り得ぬはずの存在が引き起こした、奇蹟(バグ)か――》


 光の奔流の中で、テオとマナヤは目を開けた。ぱたぱたと二人の衣服がはためくも、構わず凛とした表情でじっと上を見つめている。

 徐々に、光が安定しはじめた。

 少し間を空け、テオとマナヤはお互いの顔を見合わせた。両者とも困惑に首を傾げている。


「お、おいテオ……」

「うん……これ、なんだろ」


 以前に目覚めた時は、違った。

 覚醒した瞬間、どのような力であるかなんとなく理解できたはずなのだ。しかし今回、二人とも能力名こそわかっても、なぜか詳細が読めない。


《――見事だ、テオ、マナヤ。其方らは今、『世界の中心』に接続している――》


 そこへ、落ち着いた声で神が語り掛けてきた。

 マナヤとテオが振り返る。


「へ?」

「せ、世界の中心、ですか?」


 疑問符を浮かべた二人へ、神は頷いた。


《――我々神は、管理世界に干渉する際に『世界の中心』を媒介する。我々の次元の感覚を地上の感覚に翻訳し、世界を正しくコントロールするために――》

「そ、そういえば聞いたことがあります」


 以前、神自身が語っていたことだ。


《――知っての通り、この世界の『世界の中心』は今、邪神が植え付けた『瘴気の核』に冒されている。そのため、今は私ですら其の力を完全には使えぬ――》

「え……んじゃ、まさか」


 マナヤは思わず目を見開いた。

 再び、ゆっくり頷いた神。優雅に片腕を上げ、すっと二人を指さす。


《――そう。其方らは今、『世界の中心』を完全に掌握している。一時的にだが、『瘴気の核』の支配すらも上回るほどのコントロール能力……この私ですら、不可能なことだ――》


 テオとマナヤは、思わず自身の両手を見つめた。


「じゃ、じゃあ、僕たちは」

「神サマと同じ力を使える、ってのか? 世界をコントロールできる力を」

《――いや――》


 神は、意味深に目を細めた。


《――その共鳴(レゾナンス)、一時的なものだ。『世界の中心』の力をフルに使うことで、テオとマナヤでそれぞれ『一つずつ』願いを叶えることができよう――》

「願いを叶える……」

「俺達が、一つずつ……?」


 二人は困惑しつつ、またお互いの顔を見合わせた。

 なんの気なしに、テオが呟く。


「えっと、じゃあ。『世界の中心』に巣くっているっていう『瘴気の核』というのを取り除く……っていうのは?」


 その途端。


【――不可。処理領域そのものと化しかけている『瘴気の核』に干渉する機能は存在しない――】


 突然、異様な声がこの空間に響き渡った。


「えっ!?」

「な、なんだこりゃ!?」


 テオもシャラも慌てて周囲を見回した。

 やけに無機質な声だった。神のものとも違う、自らの意思を持ち合わせていなさそうな冷淡さを含んでいたように思える。

 神が答えた。


《――今のは、『世界の中心』による応答だ――》

「あ……こ、これが、ですか?」

「そう、か。こうやって、叶う願いと叶えられない願いが判別できんだな」


 おどおどしながら首を傾げるテオに対し、マナヤは仕組みを早くも理解したようだ。

 すぐに顔を跳ね上げ、名案とばかりに虚空に問いかける。


「だったら! 世界中の人間に、召喚師の認識を改めさせることはできるか!?」

【――可――】

「よっしゃ! だったら――」

《――待て、マナヤ――》


 勢いづくマナヤに、神が釘を刺した。


《――其方は、全人類を洗脳する覚悟はあるか?――》

「は? せ、洗脳?」

《――今なら其方も承知しておろう。人はそれぞれ、個性豊かな異なる認識と感性を持つ。召喚師の認識に関して、其方の願う通り()()()()()()を書き込む行為……それはすなわち〝洗脳〟だ――》

「あ……」


 マナヤは愕然と口を開けた。


《――人々がみな心の中に抱えていた、各々の重要な概念。ある日突然、それが書き換わる。どうなるかわかるか――》

「……」

《――場合によっては、人々は心を壊されるだろう。特定の認識だけが大きく書き換わった矛盾に、苛まれてな――》


 マナヤは完全に押し黙り、俯いてしまった。

 彼自身、その身で学んだことだ。異世界の異なる文化に突然放り込まれ、何もかもが違う価値観に押し込まれる。頭の中で理解はしていても、感情が追いついてこない。この世界を訪れた時、マナヤもそれに散々苦しめられてきた。

 だからこそ、自身の感性を人に強制しないテオのやり方が、スレシス村などでは効果を発揮した。


 各地の人々が持つ文化、感性。

 マナヤもテオも、それに合わせて手管を変えて、臨機応変にここまでやってきたのだ。すべては、各地の人々に心から納得してもらうために。


「……そ、それだったら」


 と、一応立ち直ったマナヤが恐る恐る上を見上げる。


「世界のみんなに、召喚獣の知識や召喚師の戦術を伝える、ってのは?」

【――可――】

「そう、か」


 マナヤがほおっとため息。神も今度は何も言わない。ただ目を細め、マナヤが顔を綻ばせるところをじっと見つめているだけだ。


「……よし、決めました」


 唐突に、テオが顔を上げた。

 決意を込めた瞳だ。マナヤが怪訝そうに振り返る中、テオは天を見上げ高らかに叫んだ。



「アシュリーさんの、蘇生を!」



【――可――】

「お、おいテオ!?」


 マナヤが目を剥いて、テオの肩を掴む。

 テオは彼の目を見つめ返し、ふわりと笑顔を浮かべた。


「これなら……マナヤも、自分が生き返る選択肢を取れるでしょう?」

「テオ、お前」

「僕はね。やっぱりマナヤにも、生きて欲しいんだ」


 自分の我がままかもしれない。

 ありがた迷惑かもしれない。マナヤにまた、窮屈な思いをさせるだけになるかもしれない。


「マナヤのことだから……世界の人たちのために、召喚師の知識を一斉に与えたいって考えてるのは、わかってる」

「……」

「そうすれば、今この瞬間に召喚師のみんなが全員救われるかもしれないからね。だから、君がそうしたい気持ちも僕は理解できるんだ」


 けれど、それでも。


「だからマナヤの願いは、マナヤの判断に任せるよ。マナヤが生き返ることを望まないなら、こっちでアシュリーさんと一緒にいたいっていうなら、さっきの僕の願いも撤回する。……ただ」

「ただ……?」

「マナヤにも自分自身の幸せを、ちゃんと望んで欲しい。僕は、そう願ってる」


 マナヤの瞳が揺れていた。

 彼がこれまで生きてきたのは、他の皆を守るため。『流血の純潔』を失ったことで、テオやシャラ、アシュリーの代わりに〝殺さねばならぬ者達を殺す〟役目を引き受ける。それが彼の役割だと信じていたからこそ、今までわざわざ生き永らえてきた。


 アシュリーと結ばれたのも、そうだ。

 彼を繋ぎとめるために彼女の存在が必要だったから。『幸福』を享受することが、彼が正気を保つために必要だったというだけだった。

 彼は一度たりとも、自分のためだけに何かを求めたことは無い。


(だから今回は、ちゃんと自分から望んで。マナヤ)


 マナヤに、義務以外の選択肢を与えたい。

 理由なく自分から幸せを望んで欲しい。これまで苦しんできた彼への、せめてもの救いとして。


「……」


 唇を引き絞って俯いているマナヤ。

 テオはただじっと見つめた。弟が、迷っている様子がはっきりと伝わってくる。


 ――世界中の人々に、召喚師の戦術を伝えるか。

 ――彼自身の魂を、取り戻しに行くか。


「……ッ」


 やがて、マナヤはすべての覚悟を決めたような目で、顔を上げた。


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