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召還された召喚師  作者: 星々導々
最終章 世界に願いを
251/275

251話 邪神の器 突入

「【ペンタクル・ラクシャーサ】!」


 サンダードラゴンの背の上で再度、剣を振るったアシュリー。

 衝撃波が、地上を薙ぎ払う。モンスターたちの大半は一撃で消し飛ばされ、それでもなおも衝撃波は方向を自在に変えながらうねり狂った。


「これで抜けた!?」


 アシュリーは改めて身を乗り出し、眼下を覗き込んだ。

 モンスターの群れが晴れていた。赤い岩が剥きだしになっている大地に、濃い瘴気の霧が地面を這うように帯状に連なっている。その霧の帯を抜けた先はモンスターの影も形も無い。

 あの瘴気の帯が、モンスター発生地点となっているのだろう。


「あれだ」


 その瘴気の帯が後方へ消えていく中、ディロンが前方を指さした。マナヤがそれを仰ぎ見て、思わず唸る。


「マジかよ、どんだけデカくなってんだ!」


 以前も確認した瘴気のドーム。

 しかし今、そのサイズは以前とは比べ物にならないほど膨張していた。

 直径だけでも以前の十倍はある。ここからだと、大地の半分がそのドームに占められているようにすら見えた。富士山を麓から見上げたならば、こんな感覚なのだろうか。縦にも大幅に拡張されていて、ここからではドームの頂上が確認できない。


「シャラさん」


 テナイアが、風になびくプラチナブロンドを押さえながらシャラへと声をかけた。


「今のうちに例の錬金装飾(れんきんそうしょく)を」

「あ、はい!」


 シャラもすぐさま、懐からブレスレットを取り出した。

 自身の右手首に当てる。スルッと手首を通り抜け、そのまま装着された。


 ――【防蝕(ぼうしょく)遺灰(いはい)


 粉状の何かが入った小瓶のチャームが光る。

 シャラの全身が淡い光に包まれた。白魔導師の結界にも似た防御膜だ。


「よかった、ちゃんと機能しているみたいです」


 シャラが安堵しながら言った。

 シェラドの言葉を信じるなら、これでシャラが瘴気の影響を受けることは無いはず。ディロンが顔を引き締める。


「マナヤ、突っ込め!」

「ああ、行くぜ!」


 言われるまでもなく、マナヤはサンダードラゴンを操作する。

 ぐんぐん迫る、荒れ狂う瘴気の渦。嵐の中に突っ込むような気持ちで、マナヤは目をつぶりながら移動先を指定した。


 とうとう、黒い瘴気の中へと飛び込む。


(く……!)


 マナヤは思わず腕で顔を庇った。

 竜巻のように、瘴気の嵐が荒れ狂う。他の四人も、サンダードラゴンの背の上で呻きながら瘴気の奔流に耐えた。瘴気が纏わりついてきそうになるが、それを『共鳴』の燐光が、そしてシャラの錬金装飾(れんきんそうしょく)が弾いている。

 どこまで続くのか。

 ひたすら飛竜を誘導し続け、その中を真っすぐ突き進んでいった。


「抜けた!」


 ズボ、とサンダードラゴンが瘴気の渦から突き抜ける。

 ドームの内側に入り込むことができたようだ。マナヤは目を大きく開け、周囲を見回した。


 真っ黒い大地が広がっている。

 地面の形状は、おそらく以前のままなのだろう。だがオレンジ色のはずの峡谷の岩が、真っ黒に染まっていた。今や禍々しく明滅している地面は、見ているだけで何か背筋を凍らせるような感覚を覚える。

 空もまた、真っ黒だ。

 竜巻の中に入り込んだかのように、渦を巻いている瘴気が頭上に広がっている。かすかに明滅している地面の、紫色の明かりだけが光源だ。


「――よし、見えた! 『邪神の器』はこの奥だ!」


 正面を見据えながら、ディロンが言った。

 瘴気のドームを抜けたことで、『千里眼(クレヤボヤンス)』で奥を見通せるようになったらしい。見ればテナイアも、ディロンと同じく虹色に光る瞳で前方を見据えている。彼女はすっとディロンへ手をかざした。


「【スペルアンプ】」

「【ブラストナパーム】」


 魔法増幅を、ディロンへ。

 そしてそれを受けたディロンが攻撃呪文を唱えた。『邪神の器』へ既に攻撃を始めているのだろうか。


「マナヤさん、アシュリーさん! あれ!」


 シャラが奥を指さす。

 目で追うマナヤ。シャラの指の先には、巨大な建造物が聳えていた。『黒い神殿』が進化したかのように見えなくもない。

 全体が真っ黒い壁面で作られ、その表面は紫色に明滅する幾何学模様が彫り込まれている。それが何十にも連なり城塞を形成しているその外見は、遠目からはまるで火山。空に渦巻く瘴気の流れからしても、あれがこのドームの中心部で間違いない。


 テナイアが、その岩山を見据えながら叫んだ。


「『邪神の器』はあの中です! 私もディロンも、すでに中への攻撃を開始しています!」

「だが……効いていない!」


 と、ディロンが呻く。


「ジェルクやダグロン同様、瘴気のバリアを張っているようだ! 【エーテルアナイアレーション】!」


 額に汗を浮かべつつ、ディロンは精神攻撃魔法を唱えた。

 精神攻撃でなければ破れない、瘴気バリア。どうやら邪神の器もそれ纏っているらしい。


(邪神の器って、どういう姿してんだ?)


 ディロンらにはもう見えているはずだ。

 マナヤが、二人にそれを問いかけようとした時。


「――わっ!? な、なにアレ!?」


 アシュリーが、戸惑いながら地面を見下ろした。


 黒い大地が、蠢いている。

 じゅくじゅくと暗い青紫色の沼のようなものが発生し、それが生き物かのように鳴動しているのだ。まるで、柔らかい卵から雛が生まれようとしているようにも見える。


 やがて、飛沫を上げながら中から何かが飛び出してきた。

 青白い竜だ。ブラキオサウルスにも似た、首長のドラゴン。全身が白い甲殻に覆われ、背からはクリスタル状の翼も生えている。恐ろしく大量の瘴気を纏っているが、マナヤもよく知っている竜だ。


「……フロストドラゴンだと!? まずい、飛び降りろ!」


 マナヤが焦って皆に指示した。自らひらりとサンダードラゴンから飛び降り、他の四人もすぐさまそれに続く。

 直後、瘴気を纏った氷竜が、氷のブレスを放った。

 マナヤ達が乗っていたサンダードラゴンを呑み込んみ、翼を含めその全身をズタズタに切り裂く。マナヤ達五人は間一髪、そのブレスから逃れることができた。

 サンダードラゴンは、バランスを崩しつつもなんとか体制を立て直し、お返しとばかりに氷竜へ稲妻ブレスで反撃する。


 一方、落下するマナヤ達は……


「【キャスティング】!」


 ――【妖精(ようせい)羽衣(はごろも)】!


 シャラの錬金装飾(れんきんそうしょく)によって、ふわりと減速した。

 全員の胸元に装着された、翅のようなチャームがついたネックレス。その効果を受け、五人は黒い建造物の手前にホバー着地した。


「ディロンさん、テナイアさん!」


 アシュリーが剣を構えつつ、後方の二人へ呼びかけた。

 頷いて応じたテナイアとディロン。テナイアがディロンへ、そしてディロンがアシュリーへと手をかざす。


「【スペルアンプ】」

「【インスティル・ファイア】」


 魔法増幅を受けた、火炎付与魔法。

 それが、アシュリーの剣に青い炎を纏わせる。すぐさまアシュリーは氷竜へと飛び出した。


「【シフト・スマッシュ】【ライジング・ラクシャーサ】!」


 高速突撃しながら、一閃。

 サンダードラゴンに気を取られていた氷竜は、下からすくい上げるような剣撃をモロに食らった。青い炎の剣圧が青白い甲殻を砕き、一撃でフロストドラゴンを縦に叩き斬るように断裂する。

 粉々になった氷竜は、そのまま瘴気紋へと還った。


 一息ついたと思ったのも束の間。

 五人の眼前に広がっている沼から、何かが続々飛び出してくる。沼が盛り上がり、モンスターが次から次へと飛び出してくる。下級モンスターから最上級モンスターまで、その数には際限がない。


「まだ出てきやがるか! 【フレアドラゴン】召喚、【時流加速(クロノス・ドライヴ)】!」


 マナヤが火竜を召喚し、即座に補助魔法援護。

 高速化したフレアドラゴンが、現れたモンスター達へブレスを叩きつける。大半を消し飛ばすも、耐火モンスター、そして耐久力が高いモンスターらが生き残った。

 それら撃ち漏らしを、アシュリーやディロンが捌いていく。


 だが、息つく暇もなくまた沼が蠢く。

 再度、大量のモンスターが飛び出してきた。この場で生み出されているのか、先ほど出てきた群れよりもさらに数が多い。


「まだか! 【シルフ】召喚、【小霊召集エレメンタル・ギャザー】、【時流加速(クロノス・ドライヴ)】!」


 負けじと次々と援軍を呼び出すマナヤ。

 落雷で攻撃する四大精霊『シルフ』に、精霊魔法を強化する小霊召集エレメンタル・ギャザーをかけ、さらに倍速化の魔法をも使用。高速化したシルフが、火炎に耐性を持つ敵をピンポイントに撃破していく。


「【魔獣治癒(ビーストヒール)】、【時流加速(クロノス・ドライヴ)】! くそ、なんなんだこいつらキリがねえ!」


 自身の召喚獣を援護しつつも、苛立ち紛れに歯ぎしりした。

 マナヤのみならず、アシュリーやディロンも大技を放っている。そのたびにモンスターの一団を消し飛ばしていくが、それを穴埋めするかのように新手がどんどん出現してくる。


「み、みなさん! 周りからも来ました!」


 と、焦るシャラの声。

 見回せば、わらわらと岩山の陰からもさらにモンスターの群れが集まってくる。どうやらこの場所だけではなく、岩山周辺全域からモンスターが生み出され続けているようだ。


(これじゃ、こっちが消耗するだけだ!)


 もうこの群れは無視して、突撃すべきか。

 自分達の役目は、岩山の中にいるという『邪神の器』を破壊すること。無限湧きするモンスターを抑え込み続けることではない。

 幸い、この岩山の側面にはいくつか、大きな裂け目が存在する。モンスターの群れを突っ切り、その裂け目へと飛び込めば中へ侵入できそうだ。


 だが問題は、挟み撃ちにされた場合。

 この裂け目はそれなりに大きい。そしてこの岩山各所に存在するとなれば、湧いてきたモンスターもマナヤ達を追って中へと侵入してくるだろう。モンスターの群れと、何をしてくるかわからない『邪神の器』、その両方を同時に相手しなければならなくなる。


 どうする。

 強引に先に進むか。リスクを承知で、中に飛び込んで戦うか。

 マナヤが、召喚獣を援護しながら必死に頭を巡らせていたその時。


「――マナヤ、アシュリー、シャラ!」


 叫んだディロンが、最寄りの裂け目へと手をかざした。 


「そこの狭間から中に入れ! 【ウェイブスラスター】」


 彼は範囲魔法を放った。

 敵の一団を後方へ吹き飛ばし、裂け目へと続く道が開ける。


「私とテナイアは、ここでこのモンスター達を食い止める! こやつらに、お前たちの戦いの邪魔はさせん!」

「ちょっ、ディロンさん!? テナイアさん!?」


 アシュリーがギョッと振り返った。

 この大群を、たった二人で引き留めるつもりか。だが、今度はテナイアが険しい表情でアシュリーへと言い放った。


「私とディロンの千里眼(クレヤボヤンス)ならば、ここからでも中で戦う皆さんを援護できます! 貴女たちは『邪神の器』を!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! それなら無尽蔵にマナが使える俺達の方が!」


 慌てて口を挟むマナヤ。

 自分とアシュリーならば、魂の雫(ソウルエッセンス)でマナが超回復する。際限なしに湧く敵の処理には、自分達の方が有効なはずだ。

 だがテナイアは首を横に振った。


「だからこそ貴方たちが行くのです、マナヤさん! 相手は『邪神の器』、どれだけ攻撃を撃ち込めば倒せるかもわかりません!」

「集団の敵を相手にするなら、範囲攻撃を得意とする黒魔導師の専門だ! ここは任せて、君達が一刻も早く『邪神の器』を倒せ! そうすればおそらく、このモンスター達は止まる!」


 テナイアに続き、ディロンも戦いながら叫ぶ。


「け、けど! だったら一緒に中に入ったっていいだろ! この中から外へも攻撃できるんだろ、二人なら!」


 五人全員で、この岩山の中に入ればいい。

 ディロンとテナイアの千里眼(クレヤボヤンス)ならば、そこからでも侵入してくるモンスターを攻撃して抑え込むこととてできるはずだ。なにも二人が外に残る必要はない。

 が。


「マナヤ」


 ディロンはスッと彼の前に手のひらを向けた。


()()()()()()()()、君の方がよく知っているはずだ」


 はっとマナヤは息を呑む。

 直後、歯ぎしりしながら吐き捨てるように呟いた。


「モンスターは……侵入口が限られている場合、一番攻撃しやすい位置にいる敵を狙う……!」

「そうだ」


 こんな状況にもかかわらず、ディロンが微笑みながら頷いた。


「我々二人が外にいれば、モンスターが君たちを追って中に入ってくることはない。【ヘイルキャノン】」


 と、彼は他の裂け目へと手をかざした。

 裂け目が、次々と氷によって塞がれていく。唯一空いているのは、今マナヤ達の一番近くにある裂け目のみとなった。


「今、この場所以外にある裂け目を全て、氷の魔法で埋めた。湧いてくるモンスターどもは全て、この場所に集中してくるはずだ」


 そう告げるディロンを、マナヤは愕然としながら見つめる。

 さらにテナイアが言葉を継いだ。


「私達がこの場に留まれば、敵はディロンの氷を砕くことより、私達を攻撃しにくることを優先するでしょう。そうすれば、私の援護を受けたディロンの範囲魔法で殲滅できます」

「集団の相手は、黒魔導師が最も得意とするものだ。千里眼(クレヤボヤンス)があるとはいえ、敵がひとところに集中している方が、マナの損耗は少なくて済む。我々が適任なのだ」


 こちらを安心させるように頷くディロン。

 マナヤは言葉を失う。アシュリーもまた、茫然と二人を見つめながら目を泳がせていた。反論したいのだろうが、言い訳がみつからないのだろう。


「そ、それなら私も!」


 そこへ、シャラが気付いたように名乗り出た。


「私も残ります! マナの補充をするためにも、錬金術師の私がいた方が!」

「君はマナヤ達にこそ必要だ!」


 が、ディロンが彼女を一蹴。


「相手が何をしてくるかわからん以上、君の錬金装飾(れんきんそうしょく)による柔軟な援護は必須だ! 君がマナヤ達に同行しなくてどうする!」

「でも!」

「勘違いをするなシャラ!」


 魔法を放ちつつも、ディロンが焦れたように険しい顔で叫んだ。


「危険なのは我々ではなく、突入する方なのだ! 誰も死なせたくないのであれば、君がマナヤとアシュリーを守れ!」


 息を呑むシャラ。

 手を震わせながらマナヤとアシュリーへと振り返る。


「――わかりました」


 黙って逡巡していたアシュリーがそう呟き、覚悟を決めたように唇を噛んだ。


「ディロンさん、テナイアさん、ここをお願いします! マナヤ、シャラ、行くわよ!」

「くそ! 二人とも、絶対に無茶すんじゃねえぞ!」


 くるりと、迷いを振り切るように背を向けるアシュリーとマナヤ。

 シャラも唇を引き絞り、ディロンとテナイアへと振り返る。


「それじゃあせめて、これを! 【キャスティング】」


 鞄を漁り、ごっそりと取り出した錬金装飾(れんきんそうしょく)を投げた。

 幾本もの光の筋となり、飛び込む。それらは全て、ディロンとテナイアの懐へとすっぽりと収まっていった。


「『魔力の御守』の半数と、防御用の錬金装飾れんきんそうしょくを一通り渡しました! それで持ちこたえてください!」

「ありがたい! 感謝するぞシャラ!」


 ディロンの礼。

 頷いたシャラは、ついでとばかりに更に二つ、錬金装飾(れんきんそうしょく)を取り出した。


「それから、これも! 【キャスティング】」


 本のようなチャームがついたブレスレットが、ディロンとテナイアの左手首にそれぞれ装着される。


 ――【増幅(ぞうふく)書物(しょもつ)】!


 魔法の効果を高める錬金装飾(れんきんそうしょく)だ。

 テナイアが自身の杖を掲げた。


「ありがとうございます、シャラさん! 行ってください!」


 頼もしげな笑顔を向け、シャラ達を促してくる。

 マナヤもまた、手をかざした。


「なら俺も! 【封印(コンファインメント)】【サンダードラゴン】召喚、【時流加速(クロノス・ドライヴ)】!」


 先ほど倒されたサンダードラゴンを回収し、再召喚する。


「ディロンさんテナイアさん、そいつを残しときますんで、なんとか耐えてください! 二人とも、行くぞ!」


 置き土産とばかりにそう言い残し、すぐアシュリーとシャラへ振り返った。

 真剣な表情で頷いた二人。マナヤが真っ先に裂け目へと翔け込み、二人もその後に続く。


(ディロンとテナイアの二人が死ぬ前に、俺達で『邪神の器』を倒す!)


 そうすれば、大規模スタンピードと戦っている村の者達も救えるのだ。

 後ろ髪を引かれる思いを、振り切る。ただ真っすぐ前だけを見つめ、マナヤは紫色の燐光が続く建物の奥へ奥へと翔け抜けた。




「……歯がゆいものだ」


 呟くディロン。

 彼とテナイアの前には、大量のモンスターが群がってきている。飛行モンスターは、先ほどマナヤが残してくれたサンダードラゴンが受け持ってくれているようだ。


「そう、ですね」


 テナイアもまた、少しだけ目を伏せた


「一番厄介な相手を、まだ年若い彼らに任せることになってしまいました」

「今ほど、『現実を見て』判断せねばならんことを悔やんだことはない。必要なことだと、わかっていても」


 歯噛みしながら、ディロンは顔を上げた。


「だが、我々は我々に充てられた『クラス』の役目を全うするだけだ。モンスターの追撃を食い止め、同時に千里眼(クレヤボヤンス)で彼らを援護する」

「はい。命尽きようとも、あの子たちを守り通します」


 テナイアが微笑み、杖を構えた。

 肩を合わせる二人。ローブ越しに感じる彼女の体温に、ディロンは小さく呟いた。


「……死地に付き合わせてしまって、すまない。テナイア」

「気にしていません」


 寂しげに微笑み合う二人。

 直後、表情を一気に引き締め、モンスターの群れへと突撃していった。



 ◆◆◆



「ここか!?」


 思った以上に中が深かった裂け目の奥。

 ようやく通り抜けたところで、マナヤは周囲を見回した。


 抜けた先には、広大な空間が広がっていた。

 何もない、がらんどうの空間。どうやらこの建造物は、何枚か重なった外壁だけしかなく、中身はほとんど空洞だったらしい。遥か頭上には一応、尖った岩でできた天井も見える。

 光源はやはり、内壁に浮かび上がっている紫色の幾何学模様しかない。まだ微妙に暗闇に慣れない中、何があるのかと目を凝らし続けた。


「マナヤ! 上を見て!」


 アシュリーが斜め上を指さす。

 そちらを目で追うと、かすかに塔のようなものの先端が見えた。


「な、なに、あれ……!」


 シャラが震える声で戦慄している。

 マナヤも必死に目を細めた。暗くて見にくかったが、ようやく慣れてきて、全容が確認できるようになってくる。


 そこにあったのは、化物じみた骨の巨躯だ。


 広間中央に、直径二メートルほどはあろう巨大な『背骨』のようなものが聳え立っている。

 二十階建てのビルほどの高さはあるだろうか。剥きだしのその極太の背骨が、この岩山内部の天井近くまで高く伸びている。


 その先端には、『頭』に見えないこともない塊がついていた。

 見た目はまるで、真紅と銀の二色からなる花弁で作られた薔薇(バラ)だ。だが直径三メートルほどはあろうその塊は、花弁部分も含め金属のような光沢と硬質感がある。見るからに人工物といった雰囲気を纏っているゆえか、美しさは全く感じられず、湧いてくるのは嫌悪感のみ。


 太く長く聳え立つ背骨の両脇からは、翼じみたものが生えていた。

 翼といっても隙間だらけで、肋骨を翼代わりに広げているといった方が正しい。湾曲した骨のようなものが何本も左右に並んでおり、それ自体が呼吸するかのように蠢いている。なびく度にギチギチと不気味な擦れ音を立てるその光景は、悪夢そのものだ。


 頭部、背骨、肋骨。それ以外のパーツは全く存在していない。

 まさに異形の骨格だ。


「こんなのが、『邪神の器』だってのかよ」


 マナヤは顔をしかめた。

 こんなものが、神が地上に顕現した姿だというのか。『邪神』というくらいだから、ある意味ではイメージ通りではあるのかもしれないが。


 アシュリーとシャラも、言葉を失ってただそれを見上げていた。

 その時。



《――やはり貴様が来たか、マナヤ――》



 空間そのものに響くかのような、言葉。


「な、なに!?」


 マナヤはとっさに周囲を見回した。

 なぜだろうか。どこかで聞き覚えのある、重厚な声だ。


「マナヤ!」


 と、アシュリーが背骨の先端あたりを指さした。


「あそこ! なんか、顔みたいのがない!?」

「顔だと!?」


 彼女が指さした先は、ちょうど薔薇のような頭部のすぐ下あたり。

 マナヤは目を細め、じっとそこを睨みつける。たしかにそのあたりに、背骨の隙間から緑色のなにかが覗いている。


(……まさか)


 その緑のなにかを(あらた)め、マナヤは血の気が引いた。

 たしかにそれは、緑色の『顔』のようなものだ。肌色こそ緑なものの、逆立った銀髪に威圧感を感じる顔かたち、そして先ほどの重厚感漂う声質には、覚えがある。


「トルーマン!?」


 叫ぶマナヤ。

 アシュリーとシャラも、ハッと気づいたように目を見張った。


《――そうだ。貴様に殺された私は、栄えある『異の貪神』殿の意思として選ばれたのだ――》


 その緑色の顔が、妙によく響く声を発した。

 たしかにその顔も声も、マナヤが散々戦った、召喚師解放同盟の元々の首領トルーマンのものだ。


「邪神の意思に選ばれた、だと!?」


 マナヤが叫び上げる。

 トルーマンの顔が、こちらを見下すように醜く歪んだ。


《――この体は、『異の貪神』殿が顕現するためのもの。だが既にこの世界の神に滅ぼされたゆえ、この身体に宿るべき本体は既に存在しておらん――》

「じゃあ何か!? 代わりにお前が、抜け殻のその体を動かすための意識として成り立ってるってことかよ!」

《――その通り。貴様に殺されたあの日、『核』に私の魂が取り込まれ、この地に送り込まれた――》


 マナヤは、後ずさりした。


(そういや、俺がトルーマンを殺した時……)


 海辺の開拓村での戦いだ。

 あの時、ヴァルキリーの槍で胸を貫かれたトルーマンの遺体から『核』が浮かび、しばらくその場で静止していた。さらにその後、『核』から伸びた瘴気の触手が、トルーマンを食らうかのように取りつき、しばらく蠢いていたのだ。


(まさかあの時、『核』にトルーマンの魂が取り込まれてたってのか)


 その後『核』は、飛んでいった。あれはおそらく、この神殿にトルーマンの魂を送り届けるためでもあったのだろう。


「……はっ」


 マナヤは、冷や汗を隠しつつも鼻を鳴らしてみせた。


「それでお前は、邪神の身代わりに成り下がったってことかよ。堕ちるとこまで堕ちたな」

《――邪神? おかしなことを言う。このような狂った価値観を作ったこの世界の神こそ、『邪神』の名に相応しかろう!――》


 トルーマンの激情に呼応するように、肋骨のような部位が大きく動いた。

 地鳴りが響き渡る。地面がガタガタと揺れながら、肋骨の部位はさらに大きく横に広がっていった。まるで、マナヤ達を呑み込もうとするかのように。


《――予想のとおり、貴様が私の前に現れた。貴様に殺された雪辱、今ここで晴らしてくれる――》

「そんなことのために、世界を滅ぼすつもりかよ!」

《――知ったことではない。このような狂った世界、滅んだところで誰が困るものか。我々召喚師解放同盟も、そうすべきだったのだ――》


 背骨に張り付いたトルーマンの顔が、醜く歪む。


(召喚師解放同盟……?)


 ハッとマナヤは顔を上げた。



 ――私やヴァスケス様では、おそらく『邪神の器』と戦えなかっただろう――



 一騎討ちを急いだことを問い詰めた時。たしかにシェラドは、そう言っていた。


(あれはそういう意味かよ! くそっ)


 マナヤは舌打ちした。


 ヴァスケスとシェラドは、知っていたのだ。

 共鳴(レゾナンス)の力で、『邪神の器』にトルーマンの意志が宿っている。あの二人ならば、真実の瞳アイ・オブ・ヴェラシティとやらでそれを掴んでいてもおかしくない。

 だから彼らは、戦えないと言ったのだろう。

 ヴァスケスも一騎討ちの直前に言っていた。彼にとってトルーマンとは、実の父よりも父親らしい存在であったと。


「マナヤ、来るわよ!」


 剣を構えたアシュリーの警告。

 マナヤ達の前で、『邪神の器』が動き出す。もはやトルーマンの新たな身体と化したそれが、全身から瘴気を発しはじめた。

 鳴動。

 肋骨のような部位も広間の端まで広がる。そして――


《――我が同胞も、みな貴様に殺された。彼らの死を弔うためにも、この場でくたばれ、マナヤ!!――》


 そのまま、マナヤ達を左右から挟み潰さん勢いで、迫ってきた。


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