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召還された召喚師  作者: 星々導々
第一章 転生者の降臨・消滅・そして再臨
25/275

25話 テオの怖れ

「……ん、美味しい!」


 家の中。

 テオは、夕食に舌鼓を打っていた。


「テオ、おかわりもあるから」

「ん。ありがとう、シャラ」


 シャラも満面の笑みで、テオに言葉をかけてくる。両親も、感極まったような顔をしていた。


(この、ピナの葉の香ばしさ。本当に懐かしい)


 王都から戻ってきて以来、『間引き』時以外はほとんど召喚師用の宿舎に篭っていたテオ。食事は、シャラが毎日のように手提げに入れて持ってきてくれてはいた。それでも、温かい出来たてを食べるのは実に二年ぶりだ。

 が、ふと食べる手が止まる。


(――あれ?)


 おかしい。

 なぜ、ピナの葉の香りを〝懐かしい〟などと思ったのだろう。


(昨日だって僕、シャラが持ってきてくれたご飯で、ピナの香辛料が入ったエタリアを食べたはず)


 テオの記憶での〝昨日〟、つまりスタンピード前日だ。

 なのに今、なぜか感極まるほど懐かしいと感じている。


「そういえば、『マナヤさん』ってどのくらいの間、僕の中にいたの?」


 父に問いかけてみる。

 もしかしたら、もう何十日も経っているのかもしれない。それで、()()ピナを食べるのが久しぶりだっただけなのか。


「そうだな……丁度スタンピードの日からだから、当日と今日も含めれば十七日間か」

「十七日!? 半月も、僕は別人だったの!?」


 あのスタンピードが起こったのも、もう半月も前ということか。

 だが、思ったよりは短い。


「そうだ、あのスタンピード。死んだ人とかは出なかった?」


 あの凄惨な光景を覚えている身としては、どうしても気にかかる。

 すると……


(え?)


 両親とも一瞬、神妙な顔になった。

 だがすぐふっと意味深な笑みを浮かべ、まず父が口を開く。


「大丈夫だ。重傷者は多かったが死人はいない。……マナヤくんのおかげで、な」

「そういえばマナヤさんも最初に訊いてきたわね。死者は出なかったのか、って」


 母もそう言葉を紡ぎながら、父と揃って少し表情が暗くなった。


「……」


 ずきりと、心が痛む。

 両親の感情が伝わってきたから、だけではない。


(……『マナヤさん』に、戻ってきて欲しいのかな)


 思わず沸き上がってくる、負の感情。

 そんな自分に嫌気がさす。


「スコットさん、サマーさん」


 そこへ、シャラが咎めるような声を。


「大丈夫。テオが、帰ってきてくれた。私は、それでいい」


 そして頭をこてんとテオの肩に乗せてくる。


「……そうだな。マナヤ君には改めて感謝をしたかったが、今は」

「今は、テオが帰ってきてくれたのを祝いましょう」


 と、父と母も互いに寄り添いながら幸せそうに笑いかけてきた。


「テオ。スープのおかわり、いる?」

「うん。ありがとうシャラ」


 シャラが空になったスープの器を取り、立ち上がる。


「そ、そうだ、シャラ!」

「どうしたの? テオ」


 大事なことを言い忘れていた。

 振り返ったシャラを、見上げる。


「その、ごめんね。ありがとう、いつもご飯とか、持ってきてくれてたよね」

「……! ううん、いいの。いいんだよテオ」


 涙声になりかかって前へ向き直るシャラ。彼女の声には、感極まった嬉しさが詰まっている。


(シャラに、すごく心配をかけちゃってたんだな)


 軽く自己嫌悪に陥りつつ、台所へと向かう彼女を目で追う。

 その時、視界の端にあるものが映った。


 ――真っ赤な、かまどの火。

 燃料代わりのピナの葉。


(えっ!?)


 唐突に、寒気が走る。



 ――燃え上がるピナの畑。

 ――炎に包まれたピナの葉に呑み込まれる、シャラの姿。

 かまどの火に、それらの映像が重なった。



「テオ?」


 サマーの声。

 はっと振り向けば、両親が心配そうにこちらを見つめてくる。


「あ、ご、ごめん。なに母さん」

「いえ、テオが固まっちゃったから。大丈夫?」

「う、うん。スタンピードのこと思い出しちゃっただけ、大丈夫」


 慌てて手を振り、すぐに自分の皿に目を落とす。

 燃え盛る、炎包みステーキ。

 ――炎に巻かれる、シャラの幻影。


「っ!」


 気づけば、ステーキの火を思いっきり吹き消していた。

 冷たい汗が、背中を伝う。


「テ、テオ、どうしたの」

「全部吹き消したら、すぐ冷めてしまうぞ」

「あ、えっと。美味しかったから、いっぱい頬張りたくて」


 なんとなく両親へごまかしながら、火の消えたステーキを切り分ける。

 ずいぶんと大きめなその一切れを、少し震える手で口の中に押し込んだ。すでにかなり冷たくなりかかっているそれを、強引に咀嚼する。そして思いっきり飲み込んだとき。


「――あつっ」

「シャラ!?」


 台所から、小さな悲鳴が。

 椅子を蹴立て、疾風のようにテオは台所へと駆け込んだ。手を押さえているシャラの姿が目に入る。


「テ、テオ?」

「シャラ、大丈夫!? たいへんだ、早く――」

「お、おちついてテオ。私なら大丈夫だよ、ちょっと鍋の端に触っちゃっただけ。ほら、指も赤くなってすらないから」


 自身の指先を見せてくるシャラ。

 これといって痕が残っていないその指を見て、テオは大げさに安堵の息を。


「よ、よかっ――」


 が。

 鍋が置かれているかまど。

 その燃え盛る火が、視界に入る。顔が一気に青ざめた。


「え、えっ? テオ?」


 テオがやや乱暴に、シャラからスープの器を奪い取る。シャラが戸惑いの声を上げていた。


「シャ、シャラ。ほら、僕が自分でよそうから、シャラはゆっくりしてて」

「え、テオ、私は大丈夫だよ?」

「わ、わかってるよ。シャラにはずっとお世話になってたからさ、このくらいは自分でやるから」


 自分でスープをよそい、もう片方の手でシャラを引っ張る。

 早く。

 すぐに、彼女を火から遠ざけなければ。


「シャラ、父さんと母さんも。聞いて欲しいことがあるんだ」

「どうした? テオ」


 テーブルの前まで戻ったテオに、父が首を傾げる。

 緊張で唾を飲み込みつつ、テオは口を開いた。


「その。明日から夕飯、僕に作らせてくれないかな」

「テオ?」


 まだ手を掴まれたままのシャラが、不思議そうにこちらの顔を覗き込んでくる。母も同じ表情だ。


「ほ、ほら。僕、王都から帰ってきてから、みんなに心配ばっかりかけちゃったからさ。三人に、恩返しがしたいんだ」


 テオの言葉に、両親が目を見開く。


「……だめ、かな」

「いや。そういうことなら、しばらくはテオに任せようかな」

「テオが料理を手伝ってくれるのも、久しぶりね。考えてみれば」


 少し感極まったような二人の反応に、ほおっと息をつくテオ。


「……テオ」

「シャラ?」

「私は、テオにご飯、作ってあげたいよ?」


 テオの唇に力が篭る。まっすぐ見つめ返してくるシャラの瞳が、揺れていた。


「……うん、わかってる」

「だったら……」

「でもね。シャラが僕にそう思ってくれてるのと同じように、僕もシャラにご飯を作ってあげたいんだ」

「……」


 迷うように視線を泳がせるシャラ。


「……うん、わかった」


 けれども、すぐに目を戻し曖昧にほほえんだ。


(ごめんね、シャラ)


 不安。戸惑い。未練。

 瞳からそんな、彼女が押し殺している感情が流れ込んでくる。


(……でも)


 再び椅子に座りながら、テオはちらりと台所を見やる。

 ――かまどの火にまた、燃えるピナの畑と、死にゆくシャラの幻影が映った。



 ◆◆◆



 翌朝。


「……『マナヤ』がいなくなっただと?」

「は、はい。そうみたいです」


 テオは、ノーラン隊長と面会し報告。一緒についてきてくれたシャラが、少し心配そうに見つめている。

 隊長の後方には、黒髪の黒魔導師とプラチナブロンドの白魔導師の姿もあった。両者とも、見ているこちらが驚くほど大きな反応を示し、互いの顔を見合ってる。


「なぜまた、突然?」


 ノーラン隊長が顔をしかめ、鋭くこちらを睨みつけてくる。


「わ、わかりません」

「あの、隊長さん。テオには、マナヤさんがいた時の意識がなかったみたいなんです」


 見かねたシャラが助け舟を。

 だが、ちらりとそちらを見たノーラン隊長はおおげさにため息を吐く。


「来るのが突然なら、去るのも突然か。まったく、()()の良いことだな」


 こめかみを指で押さえ、そう唸った。


「それで? 召喚師への指導も、もう出来ない、と言いたいのだな?」

「無理、だと思います」


 縮こまってしまうテオ。

 だがノーラン隊長はさらに目つきが鋭くなり、腕組みしてくる。


「……昨日(さくじつ)、召喚師たちと揉め事があったのは聞いている」

「……」

「整合性を取るために、『異世界に帰った』とでも主張したいのかね?」

「そっそんな、つもりは」


 言いながら声が小さくなってしまうテオ。

 隊長からの強い感情が伝わってきていた。疑念、どころではない。警戒、猜疑(さいぎ)、果てには……


(これ、は……『殺意』?)


 思わず体が震えた。

 混じりっけのない、突き刺すような殺気。隊長の視線から無遠慮に伝わってくる。


(……あれ)


 だがふと、首を傾げる。

 視線ではない部分。ノーラン隊長の表情の奥に、何か暖かい感情が見え隠れしている。


「ふん」


 しかし、テオを睨みつけていたノーラン隊長が息を吐いた。同時に、殺意もなりを潜める。


「いずれにせよ、今さら『間引き』を辞めるわけにもいかん。テオ君、で良いのだな?」

「は、はい」

「君もセメイト村所属の召喚師なのだろう? 今後も、間引きには参加してもらうぞ」

「も、もちろんです」


 ノーラン隊長が背もたれに上体を預ける。

 どう見ても、納得した顔ではない。だが彼はその表情のままテオに命じた。


「召喚師達への報告は、君自身が行きたまえ。せめて当人の口から説明した方が、多少は説得力があろう」

「了解、しました」

「ただし」


 にわかに、彼の表情が険しくなった。


「君を含め召喚師達は引き続き監視させてもらう。一応の成果は聞いているが、これまで『君』が行った指導が正しいものであると納得はしておらん。少なくとも、私はな」

「……わかりました」

「……とぼけているなら、大したものだ」


 呆れるように一瞬顔を伏せ、ノーラン隊長は掌を翻す。〝退室してよし〟の合図だ。

 テオとシャラは左胸に掌を当てて一礼し、部屋を出ようとして……


「……あの、どなたかを心配されておられるのですか?」

「なに?」


 テオが振り向いて訊ねると、ノーラン隊長が片眉を吊り上げた。


「い、いえ、どなたかの身に危険がおこったのかなと。僕の心配、ではないみたいですから」

「誰かを心配していると、なぜそう思った?」

「な、なぜと言われても。なんとなく、でしょうか」


 隣のシャラが、すこしびっくりしたような目でこちらを見てくる気配が伝わる。


 隊長から先ほど微かに伝わった、焦りにも似た感情。

 それは『心配』だ。おそらくは、近しい人物に対するもの。殺意とは真逆の、とても暖かい感情だった。


「……君が気にすることではない」

「そ、そうですか」

「ノーラン隊長は、伝令を出しにいった騎士の心配をしておられるのです」

「テナイア殿!」


 突然、代わって答えたのはテナイアと呼ばれた白魔導師。隊長が咎めるように彼女を睨みつけるも、白魔導師の説明は続く。


「先日、この村の現状を南の開拓村へ伝えようと、騎士を伝令に出したのです。もう戻ってきても良い頃なのですが、連絡がありません」

「そう、なんですか」


 鈴の音のような、全てを優しく包み込む声色。そんな白魔導師の言葉に少しほっとしながらも、テオは曖昧に頷く。

 ノーラン隊長が「テナイア殿、余計なことを」と彼女を睨んだ。


「彼は、優秀な弓術士です。何ごとかあったならば、救難信号を出してくるでしょう」

「そうですね」


 テナイアはかすかに微笑みながら答えた。

 仏頂面になるノーラン隊長に、テオはそっと声をかける。


「あの。その騎士さん、無事だといいですね」

「……さっさと行け」


 目を逸らした隊長の横顔には、実に人間らしい暖かさがあった。

 ほっと、テオは安堵の息を吐く。大丈夫だ、この人も優しい心を持っている人間だ、と。


(――えっ? な、なに?)


 直後、彼の斜め後方にいた黒魔導師の顔が目に入った。

 隊長の比ではない、強烈なプレッシャー。計り知れない『殺意』が、黒魔導師の瞳に灯っているように見えた。

 一瞬の間ののち、空気が震えるような圧は消え去る。すでに彼は、テオを見てはいない。


(あの黒魔導師さん……本当に、人間なの?)


 逃げるように、テオはシャラを連れて部屋を立ち去った。



 ◆◆◆



「テオ、どうしてわかったの?」


 騎士が宿泊している施設から出た後、シャラが不思議そうに問いかけてきた。


「あ、ああ、えっと。隊長さんの心配のこと?」

「うん」

「どうして、って訊かれても。なんとなくとしか言えないかな」


 目を丸くして見つめてくるシャラ。

 しだいにその表情が、笑顔へと変わっていく。


「えへへ」

「シャ、シャラ?」

「ちゃんと、テオだ。本当にテオが帰ってきてくれた」


 腕に抱き着いてきた。

 昔に戻ったかのような感覚。小さい頃からこうやって、よくくっついていたものだ。


(昔に戻った、のは)


 おそるおそる、周囲を見回す。


(僕を見ても避けようとしてこない、村のみんなもだ)


 恐れだとか嫌悪だとか、そういった感情がほとんど伝わってこない。

 むしろテオを見る目はとても穏やかで、信頼や親しみのようなものを感じる。


「言ったでしょ、テオ」


 腕に掴まったまま、こちらの顔を覗き込んでくるシャラ。満面の笑顔だ。


「もう、召喚師だからってテオを避けるような人は、いないんだよ」

「本当、なんだね」


 今朝は、家を出ることすら怖かった。

 だがこうして外に出ても、嫌な視線がまったく突き刺さらない。まるで、自分が召喚師になる前のようだ。


(でも)


 違和感。

 なぜだろうか、『これじゃない』といったような何かを村の中に感じる。よく知っているはずの村の中に、奇妙な異物感が。


「――あっ、いた!」


 突然、前方から声。

 同時に、四人ほどの女性がぱたぱたとこちらへ駆けてくる。


 ――敵意。


「シャラっ!」

「え?」


 反射的に、隣のシャラを背に隠すテオ。戸惑いの声を上げる彼女を庇うように、片腕を横に広げた。

 そうこうしている間に、四人の女性はテオたちの前に立ちふさがる。


「見つけたわよマナヤさん! あんた、メロラにもステイシーにもまだ謝ってないんですって!?」

「あんなことしておいて、酷いじゃないですか! 私達、昨日の朝も言いましたよね!?」

「村の英雄なら、何をしてもいいって思ってるの!?」


 前方に出てきた三人が、一気にこちらへ捲し立ててきた。


「え、あ、あの」


 テオは戸惑うしかない。

 マナヤとやらは一体、何をしでかしたのだろうか。


「あの、三人とも。私のことならもういいから……」

「メロラ何言ってるの! あなた、こいつのせいで!」


 三人の後ろで涙目になっている女性が、中央の女性の服を引っ張っていた。


「待ってください」

「あ、シャラ!」


 そこへ、神妙な顔をしたシャラが前に踏み出した。止めようとするテオだが……



「――マナヤ!!」



 叫び声。

 見れば横から、赤毛のサイドテールを垂らした女性がこちらに駆け寄ってくる。表情からにじみ出る、焦り。


「マナヤ、ごめんね! スコットさんに聞いたの、昨日の朝のこと!」

「え? あ、あの」

「あたし、あんたの気持ち、全然考えてなくて」

「え、えっと」

「だから――あ、あれ? マナヤ、よね?」


 赤毛の女性……アシュリーは、テオの顔を覗き込む。そして、不安そうに顔を歪めた。


「えと、剣士のアシュリーさん、ですよね?」

「ど、どうしたのマナヤ。そんな、喋り方」


 震えるアシュリーの声。

 最初にやってきた女性四人も、顔を見合わせている。


「……アシュリーさん、みなさん」


 シャラがもう一度、五人の前に進み出た。


「もう、マナヤさんはいなくなりました」

「――え」


 アシュリーの表情が、凍り付く。


「それ、じゃあ」

「彼は、テオ、です。テオが、戻ってきてくれたんです」


 シャラがそう告げた瞬間。

 最初に来た女性四人が息を呑む。そして……



「――っ」



 アシュリーの、激情を灯した目。そして歯ぎしり。


「シャラ、下がって!」


 アシュリーの前に飛び出す。

 腕の後ろにシャラを押しやり、立ちふさがった。


(アシュリーさんから、怒気が)


 テオ自身も、心臓がばくばくと緊張に脈打つ。

 シャラを守らなければ。

 自分のせいで、彼女が巻き込まれるようなことがあれば――


「……そう」


 しかし、あっさり激情を引っ込めたアシュリー。

 小さく呟いたのち、俯く。目元を髪で隠したまま、テオたちとすれ違うように逆方向へ歩き去っていってしまった。


(急に、感情が変わった。あれは……)


 思わず、彼女を目で追う。

 だが、前方から近づいてきた気配に視線を戻した。


「……うそ」


 メロラと呼ばれた女性の、か細い声。

 おぼつかない足取りで、こちらに歩み寄ってくる。震えながらこちらに手を差しのべていた。まるで、縋りつきたがっているかのように。


「マナヤさん、うそ、ですよね……?」

「……すみません。僕、本当にもうマナヤさんじゃないんです」


 そう謝っても、メロラの目は何かを求めるように彷徨っている。

 しばらくテオを見つめてきていた彼女は、やがて目を大きく見開く。そして力なく、その場に崩れ落ちた。


「ご、ごめんねメロラ!」

「その、私たち、マナヤさんを追い出したりするつもりだったわけじゃ」


 嗚咽を上げるメロラを、他三人が必死に慰めている。

 ずきりと、テオの胸も痛んだ。


「……行こう、テオ」


 立ちすくんでしまったテオの袖を、シャラが引っ張る。

 こちらに背を向けていて、表情は見えない。


「え、でも」

「テオ、お願い……っ」


 この子たちを放っておけない。

 そう思ったが、シャラの声色に唇を引き結ぶ。

 テオはシャラに腕を引かれ、その場を後にした。ちらちらと、後方を気にしつつも。





「……テオ」


 四人の姿が見えなくなったころ。

 背を向けたままテオを引っ張っていたシャラは、唐突に立ち止まった。声が、湿っている。


「私、悔しいよ」

「……シャラ」

「テオが、帰ってきてくれたのに。みんな、マナヤさんマナヤさんって」


 振り向いた彼女は、目にいっぱい涙を浮かべていた。

 テオはそっと彼女を抱きしめる。

 緑ローブ胸元を握ってくるシャラ。震えが伝わり、ローブの肩が湿るのを感じた。



 ◆◆◆



 久々に来た、召喚師用の集会場。

 召喚師としてセメイト村に戻ってきた時にも、一度案内された。もっとも当時も特に中を見せられるでもなく、その後にも使うことなく終わったのだが。


「……失礼します」


 がちゃり、と扉を開けて中に入る。すると。


「あ、マナヤ、さん」


 女性の声が聞こえて、中の者たちからの視線がテオに集中する。


「――え?」


 皆を見渡し、テオは目をしばたたかせた。


(この人たち、こんなに明るい表情をする人たちだったの)


 顔合わせをした時には、とても暗い顔をしていた召喚師たち。

 なのに、この様子はどうだ。

 やや戸惑い気味ではあるが、これからに希望を持ったような、力強い目。自信をもって、自分の職務に崇高な誇りを抱いているかのような目。


「あー、その。マナヤ……さん」


 そんな中、神妙な表情でテオへと向かってくる男性が。

 後悔。そんな感情が彼から伝わってくる。


「マナヤさん。その、昨日のことなんですが」

「……あの、すみません」

「へ?」

「僕は……『マナヤ』じゃないんです」


 召喚師たちが、凍りついた。





「マナヤさんが、いなくなった……?」


 ジェシカといったか、緑髪の女性召喚師がそう呟いて沈む。

 居心地の悪いテオを前に、召喚師達はみな揃って俯いていた。


「……っ」

「な、なんだよ。俺のせいだってのか?」


 が、そのうちに彼らの視線が一人の男性に集中する。

 その彼は、きょろきょろと周囲の目に慌てていた。若めの男性召喚師。確か、カルという名前だったはず。


「違うって、言うんですか……!」

「い、いやだから……いや、違わないよな。俺の、せいだ」


 恨みがましい目でジェシカに睨まれれば、しばし目を泳がせたのち肩を落とすカル。責めるようにカルを見ていた他の召喚師たちが、ため息をついていた。


「……」


 なぜだろうか。

 テオの胸に、少し前の感覚がよみがえる。殺風景な宿舎に()()()()()()佇んでいる時の寂しさと、同じものが。


(どう、して。いま僕は、みんなと一緒にいるのに)


 隣にいるシャラが、自分の手を握ってくれている。彼女の手に、少し力が篭った。


「みんな、落ち着くんだ」


 そんな中。

 セメイト村の召喚師を纏めている中年の召喚師、ジュダが重々しく口を開いた。


「マナヤ君が帰ってしまった。これはもう、どうしようも無いことだ」


 その発言に皆が再度うつむく。

 だがジュダは、気を取り直すように顔を上げた。


「我々は、我々にできることをしよう。彼がしてくれた指導や討論……あれが無駄ではなかったことは、証明されたはずだ」


 続くジュダの言葉に、皆がはっと顔を上げた。


「そう、だな。せめて、しっかりと自分を磨くか」

「せっかく、村の人達からも評価されるようになってきたんですから」

「私達が沈んでいても仕方がないんだからな」


 各々の瞳に、少しずつ光が戻る。

 そして、てきぱきと机の上に何か紙を広げ始めた。


(みんなをこうしたのは、『マナヤさん』?)


 かつてはあれほど暗かった、仲間の召喚師たち。

 だが彼らは、ちゃんと動き始めることができている。いつの間にか、自分の何歩も先を行っている。

 自分だけが、置いてきぼりだ。


「……あの」


 ぎゅ、と自身のローブの胸元を握りしめたテオ。

 勇気を出し、召喚師たちに向かって声を上げた。



「僕にも、教えてもらえませんか。……マナヤ、さんが、やっていた指導を」


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