25話 テオの怖れ
「……ん、美味しい!」
家の中。
テオは、夕食に舌鼓を打っていた。
「テオ、おかわりもあるから」
「ん。ありがとう、シャラ」
シャラも満面の笑みで、テオに言葉をかけてくる。両親も、感極まったような顔をしていた。
(この、ピナの葉の香ばしさ。本当に懐かしい)
王都から戻ってきて以来、『間引き』時以外はほとんど召喚師用の宿舎に篭っていたテオ。食事は、シャラが毎日のように手提げに入れて持ってきてくれてはいた。それでも、温かい出来たてを食べるのは実に二年ぶりだ。
が、ふと食べる手が止まる。
(――あれ?)
おかしい。
なぜ、ピナの葉の香りを〝懐かしい〟などと思ったのだろう。
(昨日だって僕、シャラが持ってきてくれたご飯で、ピナの香辛料が入ったエタリアを食べたはず)
テオの記憶での〝昨日〟、つまりスタンピード前日だ。
なのに今、なぜか感極まるほど懐かしいと感じている。
「そういえば、『マナヤさん』ってどのくらいの間、僕の中にいたの?」
父に問いかけてみる。
もしかしたら、もう何十日も経っているのかもしれない。それで、体はピナを食べるのが久しぶりだっただけなのか。
「そうだな……丁度スタンピードの日からだから、当日と今日も含めれば十七日間か」
「十七日!? 半月も、僕は別人だったの!?」
あのスタンピードが起こったのも、もう半月も前ということか。
だが、思ったよりは短い。
「そうだ、あのスタンピード。死んだ人とかは出なかった?」
あの凄惨な光景を覚えている身としては、どうしても気にかかる。
すると……
(え?)
両親とも一瞬、神妙な顔になった。
だがすぐふっと意味深な笑みを浮かべ、まず父が口を開く。
「大丈夫だ。重傷者は多かったが死人はいない。……マナヤくんのおかげで、な」
「そういえばマナヤさんも最初に訊いてきたわね。死者は出なかったのか、って」
母もそう言葉を紡ぎながら、父と揃って少し表情が暗くなった。
「……」
ずきりと、心が痛む。
両親の感情が伝わってきたから、だけではない。
(……『マナヤさん』に、戻ってきて欲しいのかな)
思わず沸き上がってくる、負の感情。
そんな自分に嫌気がさす。
「スコットさん、サマーさん」
そこへ、シャラが咎めるような声を。
「大丈夫。テオが、帰ってきてくれた。私は、それでいい」
そして頭をこてんとテオの肩に乗せてくる。
「……そうだな。マナヤ君には改めて感謝をしたかったが、今は」
「今は、テオが帰ってきてくれたのを祝いましょう」
と、父と母も互いに寄り添いながら幸せそうに笑いかけてきた。
「テオ。スープのおかわり、いる?」
「うん。ありがとうシャラ」
シャラが空になったスープの器を取り、立ち上がる。
「そ、そうだ、シャラ!」
「どうしたの? テオ」
大事なことを言い忘れていた。
振り返ったシャラを、見上げる。
「その、ごめんね。ありがとう、いつもご飯とか、持ってきてくれてたよね」
「……! ううん、いいの。いいんだよテオ」
涙声になりかかって前へ向き直るシャラ。彼女の声には、感極まった嬉しさが詰まっている。
(シャラに、すごく心配をかけちゃってたんだな)
軽く自己嫌悪に陥りつつ、台所へと向かう彼女を目で追う。
その時、視界の端にあるものが映った。
――真っ赤な、かまどの火。
燃料代わりのピナの葉。
(えっ!?)
唐突に、寒気が走る。
――燃え上がるピナの畑。
――炎に包まれたピナの葉に呑み込まれる、シャラの姿。
かまどの火に、それらの映像が重なった。
「テオ?」
サマーの声。
はっと振り向けば、両親が心配そうにこちらを見つめてくる。
「あ、ご、ごめん。なに母さん」
「いえ、テオが固まっちゃったから。大丈夫?」
「う、うん。スタンピードのこと思い出しちゃっただけ、大丈夫」
慌てて手を振り、すぐに自分の皿に目を落とす。
燃え盛る、炎包みステーキ。
――炎に巻かれる、シャラの幻影。
「っ!」
気づけば、ステーキの火を思いっきり吹き消していた。
冷たい汗が、背中を伝う。
「テ、テオ、どうしたの」
「全部吹き消したら、すぐ冷めてしまうぞ」
「あ、えっと。美味しかったから、いっぱい頬張りたくて」
なんとなく両親へごまかしながら、火の消えたステーキを切り分ける。
ずいぶんと大きめなその一切れを、少し震える手で口の中に押し込んだ。すでにかなり冷たくなりかかっているそれを、強引に咀嚼する。そして思いっきり飲み込んだとき。
「――あつっ」
「シャラ!?」
台所から、小さな悲鳴が。
椅子を蹴立て、疾風のようにテオは台所へと駆け込んだ。手を押さえているシャラの姿が目に入る。
「テ、テオ?」
「シャラ、大丈夫!? たいへんだ、早く――」
「お、おちついてテオ。私なら大丈夫だよ、ちょっと鍋の端に触っちゃっただけ。ほら、指も赤くなってすらないから」
自身の指先を見せてくるシャラ。
これといって痕が残っていないその指を見て、テオは大げさに安堵の息を。
「よ、よかっ――」
が。
鍋が置かれているかまど。
その燃え盛る火が、視界に入る。顔が一気に青ざめた。
「え、えっ? テオ?」
テオがやや乱暴に、シャラからスープの器を奪い取る。シャラが戸惑いの声を上げていた。
「シャ、シャラ。ほら、僕が自分でよそうから、シャラはゆっくりしてて」
「え、テオ、私は大丈夫だよ?」
「わ、わかってるよ。シャラにはずっとお世話になってたからさ、このくらいは自分でやるから」
自分でスープをよそい、もう片方の手でシャラを引っ張る。
早く。
すぐに、彼女を火から遠ざけなければ。
「シャラ、父さんと母さんも。聞いて欲しいことがあるんだ」
「どうした? テオ」
テーブルの前まで戻ったテオに、父が首を傾げる。
緊張で唾を飲み込みつつ、テオは口を開いた。
「その。明日から夕飯、僕に作らせてくれないかな」
「テオ?」
まだ手を掴まれたままのシャラが、不思議そうにこちらの顔を覗き込んでくる。母も同じ表情だ。
「ほ、ほら。僕、王都から帰ってきてから、みんなに心配ばっかりかけちゃったからさ。三人に、恩返しがしたいんだ」
テオの言葉に、両親が目を見開く。
「……だめ、かな」
「いや。そういうことなら、しばらくはテオに任せようかな」
「テオが料理を手伝ってくれるのも、久しぶりね。考えてみれば」
少し感極まったような二人の反応に、ほおっと息をつくテオ。
「……テオ」
「シャラ?」
「私は、テオにご飯、作ってあげたいよ?」
テオの唇に力が篭る。まっすぐ見つめ返してくるシャラの瞳が、揺れていた。
「……うん、わかってる」
「だったら……」
「でもね。シャラが僕にそう思ってくれてるのと同じように、僕もシャラにご飯を作ってあげたいんだ」
「……」
迷うように視線を泳がせるシャラ。
「……うん、わかった」
けれども、すぐに目を戻し曖昧にほほえんだ。
(ごめんね、シャラ)
不安。戸惑い。未練。
瞳からそんな、彼女が押し殺している感情が流れ込んでくる。
(……でも)
再び椅子に座りながら、テオはちらりと台所を見やる。
――かまどの火にまた、燃えるピナの畑と、死にゆくシャラの幻影が映った。
◆◆◆
翌朝。
「……『マナヤ』がいなくなっただと?」
「は、はい。そうみたいです」
テオは、ノーラン隊長と面会し報告。一緒についてきてくれたシャラが、少し心配そうに見つめている。
隊長の後方には、黒髪の黒魔導師とプラチナブロンドの白魔導師の姿もあった。両者とも、見ているこちらが驚くほど大きな反応を示し、互いの顔を見合ってる。
「なぜまた、突然?」
ノーラン隊長が顔をしかめ、鋭くこちらを睨みつけてくる。
「わ、わかりません」
「あの、隊長さん。テオには、マナヤさんがいた時の意識がなかったみたいなんです」
見かねたシャラが助け舟を。
だが、ちらりとそちらを見たノーラン隊長はおおげさにため息を吐く。
「来るのが突然なら、去るのも突然か。まったく、都合の良いことだな」
こめかみを指で押さえ、そう唸った。
「それで? 召喚師への指導も、もう出来ない、と言いたいのだな?」
「無理、だと思います」
縮こまってしまうテオ。
だがノーラン隊長はさらに目つきが鋭くなり、腕組みしてくる。
「……昨日、召喚師たちと揉め事があったのは聞いている」
「……」
「整合性を取るために、『異世界に帰った』とでも主張したいのかね?」
「そっそんな、つもりは」
言いながら声が小さくなってしまうテオ。
隊長からの強い感情が伝わってきていた。疑念、どころではない。警戒、猜疑、果てには……
(これ、は……『殺意』?)
思わず体が震えた。
混じりっけのない、突き刺すような殺気。隊長の視線から無遠慮に伝わってくる。
(……あれ)
だがふと、首を傾げる。
視線ではない部分。ノーラン隊長の表情の奥に、何か暖かい感情が見え隠れしている。
「ふん」
しかし、テオを睨みつけていたノーラン隊長が息を吐いた。同時に、殺意もなりを潜める。
「いずれにせよ、今さら『間引き』を辞めるわけにもいかん。テオ君、で良いのだな?」
「は、はい」
「君もセメイト村所属の召喚師なのだろう? 今後も、間引きには参加してもらうぞ」
「も、もちろんです」
ノーラン隊長が背もたれに上体を預ける。
どう見ても、納得した顔ではない。だが彼はその表情のままテオに命じた。
「召喚師達への報告は、君自身が行きたまえ。せめて当人の口から説明した方が、多少は説得力があろう」
「了解、しました」
「ただし」
にわかに、彼の表情が険しくなった。
「君を含め召喚師達は引き続き監視させてもらう。一応の成果は聞いているが、これまで『君』が行った指導が正しいものであると納得はしておらん。少なくとも、私はな」
「……わかりました」
「……とぼけているなら、大したものだ」
呆れるように一瞬顔を伏せ、ノーラン隊長は掌を翻す。〝退室してよし〟の合図だ。
テオとシャラは左胸に掌を当てて一礼し、部屋を出ようとして……
「……あの、どなたかを心配されておられるのですか?」
「なに?」
テオが振り向いて訊ねると、ノーラン隊長が片眉を吊り上げた。
「い、いえ、どなたかの身に危険がおこったのかなと。僕の心配、ではないみたいですから」
「誰かを心配していると、なぜそう思った?」
「な、なぜと言われても。なんとなく、でしょうか」
隣のシャラが、すこしびっくりしたような目でこちらを見てくる気配が伝わる。
隊長から先ほど微かに伝わった、焦りにも似た感情。
それは『心配』だ。おそらくは、近しい人物に対するもの。殺意とは真逆の、とても暖かい感情だった。
「……君が気にすることではない」
「そ、そうですか」
「ノーラン隊長は、伝令を出しにいった騎士の心配をしておられるのです」
「テナイア殿!」
突然、代わって答えたのはテナイアと呼ばれた白魔導師。隊長が咎めるように彼女を睨みつけるも、白魔導師の説明は続く。
「先日、この村の現状を南の開拓村へ伝えようと、騎士を伝令に出したのです。もう戻ってきても良い頃なのですが、連絡がありません」
「そう、なんですか」
鈴の音のような、全てを優しく包み込む声色。そんな白魔導師の言葉に少しほっとしながらも、テオは曖昧に頷く。
ノーラン隊長が「テナイア殿、余計なことを」と彼女を睨んだ。
「彼は、優秀な弓術士です。何ごとかあったならば、救難信号を出してくるでしょう」
「そうですね」
テナイアはかすかに微笑みながら答えた。
仏頂面になるノーラン隊長に、テオはそっと声をかける。
「あの。その騎士さん、無事だといいですね」
「……さっさと行け」
目を逸らした隊長の横顔には、実に人間らしい暖かさがあった。
ほっと、テオは安堵の息を吐く。大丈夫だ、この人も優しい心を持っている人間だ、と。
(――えっ? な、なに?)
直後、彼の斜め後方にいた黒魔導師の顔が目に入った。
隊長の比ではない、強烈なプレッシャー。計り知れない『殺意』が、黒魔導師の瞳に灯っているように見えた。
一瞬の間ののち、空気が震えるような圧は消え去る。すでに彼は、テオを見てはいない。
(あの黒魔導師さん……本当に、人間なの?)
逃げるように、テオはシャラを連れて部屋を立ち去った。
◆◆◆
「テオ、どうしてわかったの?」
騎士が宿泊している施設から出た後、シャラが不思議そうに問いかけてきた。
「あ、ああ、えっと。隊長さんの心配のこと?」
「うん」
「どうして、って訊かれても。なんとなくとしか言えないかな」
目を丸くして見つめてくるシャラ。
しだいにその表情が、笑顔へと変わっていく。
「えへへ」
「シャ、シャラ?」
「ちゃんと、テオだ。本当にテオが帰ってきてくれた」
腕に抱き着いてきた。
昔に戻ったかのような感覚。小さい頃からこうやって、よくくっついていたものだ。
(昔に戻った、のは)
おそるおそる、周囲を見回す。
(僕を見ても避けようとしてこない、村のみんなもだ)
恐れだとか嫌悪だとか、そういった感情がほとんど伝わってこない。
むしろテオを見る目はとても穏やかで、信頼や親しみのようなものを感じる。
「言ったでしょ、テオ」
腕に掴まったまま、こちらの顔を覗き込んでくるシャラ。満面の笑顔だ。
「もう、召喚師だからってテオを避けるような人は、いないんだよ」
「本当、なんだね」
今朝は、家を出ることすら怖かった。
だがこうして外に出ても、嫌な視線がまったく突き刺さらない。まるで、自分が召喚師になる前のようだ。
(でも)
違和感。
なぜだろうか、『これじゃない』といったような何かを村の中に感じる。よく知っているはずの村の中に、奇妙な異物感が。
「――あっ、いた!」
突然、前方から声。
同時に、四人ほどの女性がぱたぱたとこちらへ駆けてくる。
――敵意。
「シャラっ!」
「え?」
反射的に、隣のシャラを背に隠すテオ。戸惑いの声を上げる彼女を庇うように、片腕を横に広げた。
そうこうしている間に、四人の女性はテオたちの前に立ちふさがる。
「見つけたわよマナヤさん! あんた、メロラにもステイシーにもまだ謝ってないんですって!?」
「あんなことしておいて、酷いじゃないですか! 私達、昨日の朝も言いましたよね!?」
「村の英雄なら、何をしてもいいって思ってるの!?」
前方に出てきた三人が、一気にこちらへ捲し立ててきた。
「え、あ、あの」
テオは戸惑うしかない。
マナヤとやらは一体、何をしでかしたのだろうか。
「あの、三人とも。私のことならもういいから……」
「メロラ何言ってるの! あなた、こいつのせいで!」
三人の後ろで涙目になっている女性が、中央の女性の服を引っ張っていた。
「待ってください」
「あ、シャラ!」
そこへ、神妙な顔をしたシャラが前に踏み出した。止めようとするテオだが……
「――マナヤ!!」
叫び声。
見れば横から、赤毛のサイドテールを垂らした女性がこちらに駆け寄ってくる。表情からにじみ出る、焦り。
「マナヤ、ごめんね! スコットさんに聞いたの、昨日の朝のこと!」
「え? あ、あの」
「あたし、あんたの気持ち、全然考えてなくて」
「え、えっと」
「だから――あ、あれ? マナヤ、よね?」
赤毛の女性……アシュリーは、テオの顔を覗き込む。そして、不安そうに顔を歪めた。
「えと、剣士のアシュリーさん、ですよね?」
「ど、どうしたのマナヤ。そんな、喋り方」
震えるアシュリーの声。
最初にやってきた女性四人も、顔を見合わせている。
「……アシュリーさん、みなさん」
シャラがもう一度、五人の前に進み出た。
「もう、マナヤさんはいなくなりました」
「――え」
アシュリーの表情が、凍り付く。
「それ、じゃあ」
「彼は、テオ、です。テオが、戻ってきてくれたんです」
シャラがそう告げた瞬間。
最初に来た女性四人が息を呑む。そして……
「――っ」
アシュリーの、激情を灯した目。そして歯ぎしり。
「シャラ、下がって!」
アシュリーの前に飛び出す。
腕の後ろにシャラを押しやり、立ちふさがった。
(アシュリーさんから、怒気が)
テオ自身も、心臓がばくばくと緊張に脈打つ。
シャラを守らなければ。
自分のせいで、彼女が巻き込まれるようなことがあれば――
「……そう」
しかし、あっさり激情を引っ込めたアシュリー。
小さく呟いたのち、俯く。目元を髪で隠したまま、テオたちとすれ違うように逆方向へ歩き去っていってしまった。
(急に、感情が変わった。あれは……)
思わず、彼女を目で追う。
だが、前方から近づいてきた気配に視線を戻した。
「……うそ」
メロラと呼ばれた女性の、か細い声。
おぼつかない足取りで、こちらに歩み寄ってくる。震えながらこちらに手を差しのべていた。まるで、縋りつきたがっているかのように。
「マナヤさん、うそ、ですよね……?」
「……すみません。僕、本当にもうマナヤさんじゃないんです」
そう謝っても、メロラの目は何かを求めるように彷徨っている。
しばらくテオを見つめてきていた彼女は、やがて目を大きく見開く。そして力なく、その場に崩れ落ちた。
「ご、ごめんねメロラ!」
「その、私たち、マナヤさんを追い出したりするつもりだったわけじゃ」
嗚咽を上げるメロラを、他三人が必死に慰めている。
ずきりと、テオの胸も痛んだ。
「……行こう、テオ」
立ちすくんでしまったテオの袖を、シャラが引っ張る。
こちらに背を向けていて、表情は見えない。
「え、でも」
「テオ、お願い……っ」
この子たちを放っておけない。
そう思ったが、シャラの声色に唇を引き結ぶ。
テオはシャラに腕を引かれ、その場を後にした。ちらちらと、後方を気にしつつも。
「……テオ」
四人の姿が見えなくなったころ。
背を向けたままテオを引っ張っていたシャラは、唐突に立ち止まった。声が、湿っている。
「私、悔しいよ」
「……シャラ」
「テオが、帰ってきてくれたのに。みんな、マナヤさんマナヤさんって」
振り向いた彼女は、目にいっぱい涙を浮かべていた。
テオはそっと彼女を抱きしめる。
緑ローブ胸元を握ってくるシャラ。震えが伝わり、ローブの肩が湿るのを感じた。
◆◆◆
久々に来た、召喚師用の集会場。
召喚師としてセメイト村に戻ってきた時にも、一度案内された。もっとも当時も特に中を見せられるでもなく、その後にも使うことなく終わったのだが。
「……失礼します」
がちゃり、と扉を開けて中に入る。すると。
「あ、マナヤ、さん」
女性の声が聞こえて、中の者たちからの視線がテオに集中する。
「――え?」
皆を見渡し、テオは目をしばたたかせた。
(この人たち、こんなに明るい表情をする人たちだったの)
顔合わせをした時には、とても暗い顔をしていた召喚師たち。
なのに、この様子はどうだ。
やや戸惑い気味ではあるが、これからに希望を持ったような、力強い目。自信をもって、自分の職務に崇高な誇りを抱いているかのような目。
「あー、その。マナヤ……さん」
そんな中、神妙な表情でテオへと向かってくる男性が。
後悔。そんな感情が彼から伝わってくる。
「マナヤさん。その、昨日のことなんですが」
「……あの、すみません」
「へ?」
「僕は……『マナヤ』じゃないんです」
召喚師たちが、凍りついた。
「マナヤさんが、いなくなった……?」
ジェシカといったか、緑髪の女性召喚師がそう呟いて沈む。
居心地の悪いテオを前に、召喚師達はみな揃って俯いていた。
「……っ」
「な、なんだよ。俺のせいだってのか?」
が、そのうちに彼らの視線が一人の男性に集中する。
その彼は、きょろきょろと周囲の目に慌てていた。若めの男性召喚師。確か、カルという名前だったはず。
「違うって、言うんですか……!」
「い、いやだから……いや、違わないよな。俺の、せいだ」
恨みがましい目でジェシカに睨まれれば、しばし目を泳がせたのち肩を落とすカル。責めるようにカルを見ていた他の召喚師たちが、ため息をついていた。
「……」
なぜだろうか。
テオの胸に、少し前の感覚がよみがえる。殺風景な宿舎にたった一人で佇んでいる時の寂しさと、同じものが。
(どう、して。いま僕は、みんなと一緒にいるのに)
隣にいるシャラが、自分の手を握ってくれている。彼女の手に、少し力が篭った。
「みんな、落ち着くんだ」
そんな中。
セメイト村の召喚師を纏めている中年の召喚師、ジュダが重々しく口を開いた。
「マナヤ君が帰ってしまった。これはもう、どうしようも無いことだ」
その発言に皆が再度うつむく。
だがジュダは、気を取り直すように顔を上げた。
「我々は、我々にできることをしよう。彼がしてくれた指導や討論……あれが無駄ではなかったことは、証明されたはずだ」
続くジュダの言葉に、皆がはっと顔を上げた。
「そう、だな。せめて、しっかりと自分を磨くか」
「せっかく、村の人達からも評価されるようになってきたんですから」
「私達が沈んでいても仕方がないんだからな」
各々の瞳に、少しずつ光が戻る。
そして、てきぱきと机の上に何か紙を広げ始めた。
(みんなをこうしたのは、『マナヤさん』?)
かつてはあれほど暗かった、仲間の召喚師たち。
だが彼らは、ちゃんと動き始めることができている。いつの間にか、自分の何歩も先を行っている。
自分だけが、置いてきぼりだ。
「……あの」
ぎゅ、と自身のローブの胸元を握りしめたテオ。
勇気を出し、召喚師たちに向かって声を上げた。
「僕にも、教えてもらえませんか。……マナヤ、さんが、やっていた指導を」




