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召還された召喚師  作者: 星々導々
最終章 世界に願いを
244/275

244話 人材集合

 その四日後、バルハイス村。


「シャラさんすみません、また失敗です! まだ素材はありますか!」

「はい、こちらに! 慌てずに、落ち着いて作業してください!」


 村で一番大きな集会所内で、シャラ含め村所属の錬金術師らが慌ただしく作業を続けていた。

 聖都の錬金術師も混ざっている。皆して、バルハイス村近郊で採れる素材やランシックが運んできてくれた素材を取り、既に加工を始めていた。


(思った以上に難しい。なかなか安定して結晶化できない)


 今シャラが行っているのは、複数の素材から成分を抽出し、合成して結晶化する工程だ。


 錬金術とは、物質の構成を変化させるもの。

 その必要素材は場合による。晶石からガラスを作る場合などのように、素材一つだけから完成品を作ることができることも多い。

 ただ、複雑な物質だとそうはいかない。

 一つの素材だけでは、完成品を作るには足りない場合もあるのだ。そういう時は複数の素材を用意し、足りない物質を補ったうえで変成し、最終完成品を作ると言う工程が必要になってくる。


 シャラは、新たに素材を器の中へと入れた。

 幸い、素材にはまだ余裕がある。昨日、ランシックが岩の波に乗せて大量に運んできてくれたおかげだ。


 緊張に唾を飲み込みながら、器の上に手をかざした。

 指で光の記号を描いていく。素材からそれぞれ特定の物質だけを指定し、それを基にして必要な結晶化を行っていくのだ。

 素材が光り、紫と青の粉が残った。ここからが本番だ。


(少しずつ違う物質を、一つの容器の中で均一に混ぜる。そうすることで反応が生まれ、新たな成分を創り出す)


 それがセメイト村で孤児院長からも教わった、錬金術の基本である。

 慎重に指を躍らせるシャラ。鍵盤でも叩くかのように指先で空を弾くと、その度に二種類の粉がサラサラと動き、混ざり合っていった。煙を上げたり、色がころころと変わっていきながら、粉は徐々に粘り気を帯びる。

 慎重に。

 ここで少しでも反応を過剰にさせたり、不純物を混じらせてしまったりすれば、アウトだ。先ほどからシャラも他の錬金術師も、それで何度も爆発させてしまっていた。


(!)


 やがて、器の中が真っ白に光った。

 シャラが指を止めて覗き込む。器の中に、八角の棒状に結晶化した無色透明の石が残っていた。


「……ひとつ、できた!」


 思わずそれに手に取り、立ち上がったシャラ。

 わっと完成が上がる。周りの錬金術師たちも歓喜の表情で立ち上がり、シャラの元へと駆け寄ってきた。


「やりましたね!」

「すごい純度です! これなら!」


 皆、惚れ惚れと結晶を見つめながら色めき立っている。

 シャラは頬を染めていたが、すぐに真顔に戻った。皆を見回しながら声をかける。


「みなさん、まだ気を引き締めてください! この先の工程が失敗する可能性もあるので、一つでも多く結晶が必要です!」


 錬金術師たち慌てて頷き、即座に作業に戻っていった。

 最初の素材でこれなのだ。この先の工程も考えれば、まだまだ喜ぶのは早すぎる。


「――シャラさん、大変です!」


 その時、作業室の扉が乱暴に開かれた。


「ど、どうしたんですか」


 駆けこんできた、息を荒らした男性へと訊ねるシャラ。

 皆も驚いて注目している。男は少しだけ息を整えたのち、シャラを見上げて言った。


「最上級モンスターが! 二体の飛竜が、こっちに飛んできてるんだ!」

「竜? マナヤさんたちが帰ってきたんですか!?」


 シャラは男性の両肩を掴みながら詰め寄った。

 が、男性は首を横に振る。


「い、いや。それが、東の空からこちらに飛んできてるんだよ!」

「東? 南じゃなくて?」


 シャラの表情が強張る。

 マナヤがやってくるのであれば、南からであるはずだ。なぜ東の方から飛竜が飛んでくるのだろう。それも、二体も。


「と、とにかく、様子を見にいきます!」


 シャラは自分の席にいったん戻り、鞄を手に取った。

 それを肩に担いで飛び出す。外へ出ると、村の者たちが東の空を見上げて騒いでいた。


「お、おい、あれはマナヤさんも使ってたサンダードラゴンだけど……」

「なんだありゃ、空飛ぶヘビ!?」

「ま、まっすぐこっちに近づいてくるわ!」


 彼らの言う通り、蒼い飛竜と、翼の生えた緑のヘビが東の空から飛来してくる。ヘビの方は、蒼い竜に比べまだやや距離が遠い。


(どっちも瘴気がない……召喚獣、なんだろうけど)


 シャラは、震える自分の脚を叱咤し、鞄から『衝撃の錫杖』を取り出して展開した。

 最上級モンスターを従える召喚師は、多くない。シャラの知る限りではテオとマナヤ、そして召喚師解放同盟の者たちだけだ。


(召喚師解放同盟には、まだ生き残りがいたの? それとも……)


 王国直属騎士団の召喚師たちならば、最上級モンスターを使える者もいる。

 誰が来たのだろう。

 シャラは、いつでも戦闘になってもいいよう身構えながら、竜を待ち構えた。今はディロンもテナイアも、アシュリーすらもこの村にはいない。自分が頑張らなければ。


「ま、真上にまで来ましたよ!」


 村の女性が慄きながら見上げた。

 蒼い竜の方が、とうとう村の真上に到達。しかし攻撃を仕掛けてくるでもなく、ただそこで旋回し続けているだけだ。攻撃する意思はないのだろうか。

 シャラが訝しみながらそれを見上げていると……


「――あ、いました! シャラさーん!」

「シャラ! お待たせー!」


 突然、竜の上から声。

 聞き覚えのある少女たちの声だ。シャラは思わず息を呑み、目を凝らした。飛竜の背から、こちらを見下ろして手を振っている人影がふたつ、覗いているのが見える。

 赤髪ポニーテールの少女と、シャラと同い年ほどの短い茶髪女性だ。


「ティナちゃん! ケイティ!」


 シャラが叫び返した。

 その時、二人の少女がひらりと飛竜の背から飛びだした。茶髪の少女が、落下しながら呪文を唱える。


「――【キャスティング】」


 彼女の手から光が飛び出した。

 少女ふたりの足首にそれぞれ装着され、両足首から小さな翅が生える。


 ――【妖精(ようせい)羽衣(はごろも)】!


 ふわり、と落下速度が減衰。

 そのまま二人は、どよめきながら後ずさって空いた村の広場中央に舞い降りた。地面の砂が風圧で円状に巻き上がる。すぐにシャラが駆け寄った。


「ケイティ!」

「シャラ、ひさしぶり!」


 茶髪の少女――ケイティは、自身の『妖精の羽衣』を消しながら彼女を抱き留めた。

 赤髪ポニーテールの方は、妹分であるティナだ。スレシス村の錬金術師と召喚師である。


「あのサンダードラゴンって、もしかしてティナちゃんの?」


 シャラが、ティナも抱きしめながら頭上を見上げた。飛竜はいまだ、村の上を旋回している。『待て』命令状態だ。


「はい、シャラさん! サンダードラゴン視点にして誘導してきたんです! 大変でしたけど……」


 ティナもまた、少し困った顔になって上を見上げた。

 シャラは、ケイティへと向き直る。


「それでケイティ、二人ともどうしてここに?」

「あれ? シャラ、お貴族様から聞いてないの?」

「お貴族様?」

「うん。私達、ヴェルノン侯爵家の人から依頼を受けてきたんだけど――」


 だが、ケイティの説明が終わる前に、村人がまた大声を上げた。


「お、おい、ヘビの方も上に来たぞ!」


 影で暗くなった空を指さしていた。

 シャラも上を見上げる。全身が深緑色の巨大ヘビも、村の真上に到達していた。体の中央あたりからコウモリのような翼を一対生やし、それを羽ばたかせて飛竜と同じく旋回している。精霊系の最上級モンスター、ワイアームだ。

 ティナが、そちらを見上げて笑顔を見せた。


「あっ、カルさん達も追いついてきましたね!」

「え? カルさん?」


 シャラもそのワイアームを見上げる。

 やはり、上に誰かが乗っていた。こちらを見下ろしてくる人影の一人がこちらへ声を張り上げてくる。


「――おーいケイティさん! こっちも頼む!」

「俺たちも早く!」


 さらには、蒼い飛竜の上からも人影がこちらへ手を振ってきていた。

 どうやらサンダードラゴンの方も、ケイティ達二人のみならず大量の人が乗っていたようだ。ケイティが上へと叫んだ。


「はいはーい、ちょっと待ってね! 【キャスティング】」


 ケイティがさっそく、色鮮やかな鞄からブレスレットを複数取り出し、投擲した。


 ――【妖精(ようせい)羽衣(はごろも)】!


 ワイアームの上へとそれらが飛んでいったかと思えば、乗っていた者達が皆、こちらへ飛び降りてくる。

 先ほどのケイティ達と同様、空中で減速。ふわりと広場に舞い降りた。


「カルさん! みなさん!」


 シャラは満面の笑顔になった。

 最初に降りてきたのは、茶髪の男性召喚師。シャラもよく知っている、セメイト村所属の召喚師カルだ。その傍らには、黒いロングヘアをなびかせている彼の妻、白魔導師のサフィアもいる。

 他にもセメイト村所属の召喚師や騎士隊の者達も揃っていた。みな、一抱えほどの袋を背負っている。


「ふふーん」


 と、なぜかケイティが得意顔でカルへと胸を張った。


「こっちの方が早く辿り着きましたし、うちのティナの方が優秀ってコトでいいですね? カルさん」

「ちょっオイ! そりゃティナちゃんのサンダードラゴンの方が早いだろうさ! そっちは稲妻のブレスで遠距離攻撃できるじゃないか!」


 カルは、ムキになってケイティを睨みつけけた。ティナが少し気まずそうに苦笑している。

 シャラは首を傾げた。


「え、あ、あの、ケイティ? カルさん? 一体なにが?」

「ああ、気にしないでシャラさん」


 カルの妻であるサフィアが、苦笑しながらシャラへ歩み寄った。


「カルとケイティさん、どっちが先にここにたどり着けるか勝負してたんですよ」

「勝負、ですか?」

「うん。でもほら、サンダードラゴンもワイアームも、道中に野良モンスターが出るたびにそっちに攻撃しに行っちゃうでしょう? ティナちゃんの飛竜は飛び続けながらブレスで攻撃できるけど、ワイアームは噛みついて攻撃しちゃうので……」

「ああ……そのたびに降下しちゃって、ワイアームはちょっと遅れたんですね」


 シャラも納得顔になり、困ったように笑った。

 モンスターに乗って移動する際の問題は、そこだ。道中で野良モンスターを見つければ、そちらへ勝手に攻撃しにいってしまう。なので地上モンスターに騎乗することを長距離移動手段とするのは難しい。


 しかし、飛行モンスターなら問題はだいぶ緩和される。

 なにせ、道を踏み外して藪だの崖だのに突っ込んでいってしまう心配はしなくて良い。特にサンダードラゴンは、空を飛んだまま稲妻のブレスで道中のモンスターを撃退できる。その点、接近攻撃を仕掛けてしまうワイアームは、モンスターを見つけるたびに全力で地上へ突っ込んでいってしまう難点があるのだが。


「シャラ殿」


 そこへ、騎士が一人進み出てきた。

 カルのワイアームに乗っていた騎士の一人だ。背負っていた袋を降ろし、シャラの目の前に置く。


「ヴェルノン侯爵家からの依頼で、お探しの素材を運んでまいりました」

「あっそうだった! シャラ、こっちも素材を揃えてきたよ!」


 ケイティもまた、思い出したようにシャラへと振り向いて言った。

 同時に、サンダードラゴンに乗っていた者達も頷きあう。彼らもまた持っていた袋を降ろし、次々とシャラの前に置いていった。


「え……こ、これって!」


 袋の中身を確認したシャラが、目を瞬かせた。

 コリンス王国内で採取できる素材が、大量に詰まっている。件の錬金装飾(れんきんそうしょく)の材料となるものだ。


「で、でもどうやって? セメイト村近くだけじゃ採れないものも、たくさん……」

「そのための飛行モンスターだよ、シャラさん」


 今度は、カルが得意顔になって胸を張る。

 ティナもようやく気を取り直し、シャラに笑顔を向けた。


「飛行型最上級モンスターなら、国内のあちこちを短時間で移動できますから。侯爵様の依頼を受けた各地の村で、採取された素材を私達が引き取って回ったんです」

「で、それをぜんぶ集め終わったところで、こうやって飛んでこっちに持ってきたってワケ」


 と、説明を継いだケイティ。

 ニカッと明るい笑顔で、シャラの肩を叩いた。


「聞いたわよ。ずいぶん難しい錬金装飾(れんきんそうしょく)作らないといけないんだって? 私も手伝うわ」

「ありがとう! ケイティ」


 シャラとケイティが共に両手を合わせ、喜び合った。

 今作ろうとしている錬金装飾(れんきんそうしょく)は、素材の加工が桁違いに難しい。量もたくさん作らねばならないので、錬金術師の人手が増えるのは大助かりだ。


「――お、おーい! また岩の波が来たぞ! 開門! 開門ー!!」


 と、今度は北門の衛兵が大声を張り上げる。

 もはや手慣れた様子で、周囲の者達がすぐさま作業へと走っていった。建築士の皆が操作し、重々しい門の扉が開かれる。同時に、北門前広場周辺の人並みが一斉に引いた。

 北門の外から……



「――ぅおぉぉ待たせしましたああああぁぁぁぁーーーー!!」



 飛び込んでくるバリトンボイスの叫び声。

 門をくぐって、巨大な岩の波が突撃してきた。砂ぼこりを上げながらカルコスの木々の隙間を縫い、その岩の波はシャラ達のすぐ近くまで押し寄せ、そこで急停止。もうもうと砂埃が舞う。


 ふう、と、岩波の上に乗っていた男性が息をついた。


「いやー、気兼ねなく思いっきり走らせられるって気持ち良いですね! こう、ストレス解消というか!」

「一応、貴族家の次期当主となられるのです。少しは威厳をお持ちください」


 続いて、その波の上から女性の声も聞こえてくる。

 男の方の声が慌てた。


「いやいや、マナヤ君にだって『〝はんどる〟握らせたらいけないタイプだ』ってお褒めの言葉を頂いたではありませんか!」

「〝はんどる〟が何かは存じませんが、間違いなく誉め言葉ではないと断言いたします」

「なるほど! そういう考え方もありますね!」


 聞きなれたやり取り。

 シャラが、苦笑しながら岩の波へと近寄った。ケイティやティナ、カル達は、その場に立ち尽くしたまま唖然としている。


「ランシック様! レヴィラさん!」

「おっとシャラさん、ちょうどそこにいらっしゃいましたか! 今日もまた追加の素材と、人員もお持ちしました!」


 ランシックがこちらに気づき、見下ろしながら手を振ってきた。

 曖昧にほほ笑むシャラ。


「ありがとうございます。でも、人員って? たしか聖都の錬金術師さん達は、もうみんなこっちに……」

「――えっと、お久しぶりですシャラさん」

「え? パトリシアさん?」


 聞き覚えのある女性の声に、シャラは目を見開いた。

 岩波の上から、ひょこっと別の人影が顔を見せる。緑の長髪を持つ、見目麗しい女性。ブライアーウッド王国に移り住んだ、パトリシアだ。

 さらに……


「どうどう……よ、よし、大丈夫だったかアルゴ」


 岩波の上で、男性が宥めるような声を上げていた。

 直後、馬の(いなな)き声が続く。パトリシアが苦笑しながら、シャラからは見えない岩波の奥を見据えた。


「大丈夫ですか、オウリックさん」

「ああ、アルゴも大丈夫なようだ。まさかこんな移動をするとは思わなかったが、君がやるモンスターを使った川移動と似たようなものと思えば」


 先ほどの男性の声。

 直後、岩波がズズッと地面に埋まっていき、高度が下がった。乗っている皆を降ろすため、ランシックが操作したのだ。


 そこでシャラは、あっと声をあげてしまった。

 騎士たちがまるまる一個小隊、岩波の上に積まれていたのだ。鎧や衣類からすると、ブライアーウッド王国の騎士だろうか。馬ごと連れてきたようで、所狭しと黒い戦馬たちも騎士と一緒に並んでいる。ほぼ完全に岩波が地面に吸収されたことで、皆ようやく人心地ついたといった様子で胸をなでおろしていた。


 シャラは、パトリシアに駆け寄った。


「パトリシアさん、どうしてここに?」

「シャラさん。えっとその、以前はごめんなさい」

「いえ、もう謝らないでください。……ブライアーウッド王国から、わざわざここまで?」

「ええ。ランシック様から依頼を受けてね。わたし達は川を使って国境まで素材と人員を運べるから」


 まだ少し気まずそうにはにかみながら、そう説明するパトリシア。

 シャラは目を見開いた。


「じゃあ、ブライアーウッド王国から素材を持ってきてくださったんですか?」

「ええ。ほら、今のフィルティング領には国内全域の特産品とかが集まるでしょ? だから依頼分を揃えるのも難しくなかったの」


 彼女は以前とは違う、自信と誇りに満ちた目で頷いてきた。

 そのままパトリシアは後方へ振り返る。岩の波に乗ってきた騎士達は、残った袋を次々とシャラの前へと積んできた。シャラが袋を確認すると、ブライアーウッド王国の各地で採れる素材が一通り入っている。

 これで、錬金装飾(れんきんそうしょく)の材料は全て揃った。


「そして!」


 ランシックが、むねをはりながらドヤ顔で語る。


「それを、ワタシの能力で運んできたというわけです! 今後に備えた戦力補充も兼ねて!」

「戦力補充、というのは?」


 シャラが訊ねると、ランシックは南の大峡谷へと目をやった。


「話によれば、時期が来たら大峡谷から大規模スタンピードが発生するのでしょう? であれば、今のうちに戦力をここに集結させねばなりません」

「あ……それで、セメイト村に詰めていた騎士さん達も?」


 シャラは振り返った。

 カルとティナが連れてきた騎士達もシャラを見つめ返し、力強く頷いてくる。どうやらランシックは、素材のみならず戦力もここに集めるよう指示していたらしい。


「君が、噂のシャラ・サマースコット殿か」


 と、パトリシアのそばで控えていた騎士が歩み寄ってきた。

 黒を基調とした騎士服。黒魔導師だろうか。


「お初にお目にかかる。ブライアーウッド王国フィルティング男爵領騎士団所属、黒魔導師のオウリック・フィンスターだ」

「あ、フィルティング男爵領の……」

「ああ。貴女がたが領に滞在していた頃はご挨拶できず、申し訳なかった。我が主たるフィルティング男爵様と領民たちをお助けいただき、今さらながら感謝したい」


 かくん、と頭を大きく下げるお辞儀をしてくる。ブライアーウッド王国流の敬礼だ。

 シャラは手を振った。


「い、いえ、とんでもありません。お手伝いできて光栄です」

「モンスターを使った流通業、貴女がたが編み出したものと聞いている。パトリシアの手腕には、我々もすいぶんと助かっているのだ」


 とても親しげに、隣のパトリシアを見つめるオウリック。そのまなざしは、ずいぶんと親愛が篭っている。

 そのような視線を向けられたパトリシアも、ごく自然にそれを受け止めていた。


(もしかして)


 二人の様子に、シャラもピンときた。

 男性からの視線に怯えていたかつてのパトリシアは、マナヤとの交流を通して随分と改善していた。だが今の彼女は改善どころか、この黒魔導師騎士とずいぶんと打ち解けているように見える。

 パトリシアの手紙に書いてあった黒魔導師の騎士が、この人物なのだろう。シャラは顔を綻ばせた。


「それで、シャラ殿」


 騎士オウリックが、シャラに訊ねてきた。


「テオ・サマースコット殿やマナヤ・サマースコット殿はどちらに? あの方々にも、改めてお礼の言葉を告げたいのだが」

「あっそうだ! シャラ、テオさんとマナヤさんはどこにいるの?」


 ケイティも思い出したように笑顔で問いかけてくる。

 が、シャラは急に表情を曇らせた。


「……マナヤさん達は今、瘴気ドームに見張りをつけに行ってます」

「見張りをつけに?」


 首を傾げるケイティ。

 シャラは、やや浮かない顔のまま答えた。


「うん。『邪神の器』がいつ完成するかわからないから、HIDEL-2(ハイデルツー)を見張り代わりに設置するんだって」

「召喚獣に見張らせるってこと?」

「そう。召喚師は、召喚獣に視点を変更していつでも瘴気ドームの様子を観察できるから」


 マナヤは、アシュリーとディロン、テナイアを連れて、サンダードラゴンで瘴気ドームの近くへと向かった。

 瘴気ドーム近くに、中級モンスター『隠機HIDEL-2(ハイデルツー)』を配置しにいくためだ。岩の塊に擬態する隠機HIDEL-2は、攻撃モーションを取らない限り敵モンスターの標的にならない。なので、『戻れ』命令で設置しておけば見張りとして最適なのだ。

 だが召喚獣は、召喚師が眠ってしまうと自動的に消えてしまう。なので、起床するたびに隠機HIDEL-2を再配置しに行かなければならない。


「それで?」


 が、ケイティが眉をひそめながら問いかけてきた。


「え?」

「なんでシャラは、そんなに浮かない顔なの?」


 やや俯き気味なシャラの顔を、覗き込んでくる。

 一瞬ためらったシャラ。だが、諦めたようにため息をつき、やや震える口を開いた。



「……この四日間、テオが全然出て来ないの」


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