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召還された召喚師  作者: 星々導々
最終章 世界に願いを
242/275

242話 聖王の交代

 その頃、聖都クァロキーリ。


「――しかし! 国際法・司法セクション第百三十八条三項が示すとおり、特務外交官権限がなくともレヴィラには所定の自衛権が認められており――」


 聖城の大講堂にてランシックが熱弁を振るっていた。

 傍聴している諸国の重鎮たちも困惑の表情が広がる。ランシックらの主張が法や過去の判例にならっているだけあって、レヴィラを本当に極刑にして良いものか揺れているようだ。

 それをどこか冷めた様子で見つめている聖王ジュカーナが、苛立ち紛れに椅子の手すりを指で叩いていた。


(ずいぶんと粘るものだ。聖国法の古臭い条文まで持ち出してきおって)


 ランシックの弁護が、想像以上に面倒だ。

 聖王としては、レヴィラへの処分をもって『共鳴』覚醒者らをこの国に転属させることさえできればそれで良いのだ。聖騎士らが殺害されたのは悔やむべきことではあるが、諸国へ示しをつけることができれば充分。


 だが、ヴェルノン侯爵家のこの食い下がりぶり。

 このままでは示しをつけるどころか、逆に聖国の早とちりを指摘されかねない。


「しかるに!」


 ランシックは、語彙を強めながら弁護席の机を叩いた。


「聖騎士らが正気を失う可能性が確実に否定できない現状、レヴィラの極刑を判断するには証拠不十分であると主張します!」

「それは悪魔の証明であると我々は主張する。存在しないことを証明することはできない。あくまで正気を失う可能性というものを持ち出すのであれば、それが存在するということを貴殿が証明するのが筋である」

「ワタシがそれを目撃していたとしても、でしょうか?」

「貴殿とレヴィラ嬢は婚約関係にある。被告人と一定期間以上の同居関係か三親等以内の血縁関係、あるいは所定日数以上の婚約関係にあたる証人の証言には信頼性に問題があると見る」


 神官とランシックの討論は、いまや堂々巡りだ。

 しかたがない。


「――ランシック・ヴェルノン侯爵子息」


 神明裁判が開始してから、聖王ジュカーナが初めて声を上げた。

 全員が彼女に注目する。


「そなたの主張は理解した。レヴィラ・エステヴェズ嬢の生来の生真面目さは余も十二分に承知しておるし、悪意をもって聖騎士らを殺めたとは考えておらん。証拠不十分を認めるわけにはいかぬが、我ら聖国とて本件を必要以上に深刻な国際問題へと発展させる意思はない」

「陛下。では――」

「だが」


 ランシックの希望に満ちた声を遮り、冷徹な瞳で聖王は彼を見下ろした。


「我が国の聖騎士らが死している以上、量刑なしというわけにもいかぬ。ゆえに対価として、『聖者』たち……すなわち、ディロン・ブラムス、テナイア・ヘレンブランド、マナヤ・サマースコット、アシュリー。以上四名を、()()()()デルガド聖国へ転属させることを承諾するのであれば、レヴィラ・エステヴェズ嬢の保釈を認める」


 ランシックが凍り付いていた。

 法律において『ただちに』というのは、文字通り今この瞬間に執行するということを意味する。承諾してしまったが最後、一切の言い訳も時間稼ぎも認めないということだ。


「いかがされた、ランシック・ヴェルノン侯爵令息。レヴィラ・エステヴェズ嬢を救いたいのであれば、迷う余地はあるまい」


 ギリ、とランシックの歯ぎしりが聞こえたような気がした。隣のヴェルノン侯爵も難しい顔をしている。

 彼らは、マナヤ達をなんとしてもコリンス王国所属のままにしておきたいのだろう。だがレヴィラが極刑にされることと、マナヤらの転属を認めること。天秤にかければ、彼らとてどちらが有益であるかは自明のはずだ。

 ましてレヴィラはランシックの婚約者。しかも、当のランシック自身が強くレヴィラに心を寄せていることもわかっている。


「……ワタシの意思だけでは、決めかねます」


 ランシックが苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。


「その判断は、本人にゆだねるべき。聖者四名、当人らの意思も伺ってから判断したく存じます」

「聖者たちは、ヴェルノン侯爵家の庇護下にある。であれば、彼らの処遇はヴェルノン侯爵家の判断に委ねられているはずだ。それはコリンス王国の国法でも変わらぬと聞いているが」

「……仰るとおりです。しかし! あの四名はたった今陛下が仰られたとおり『神の御使い』! 貴族の庇護を受ける平民と同じ対処をしてよいとは限りません!」

「コリンス王国では、その『神の御使い』らを平民の村で過ごさせていると報告があった。それは確かか?」

「……っ」


 ランシックは追い詰められていた。

 救世主一行を、平民の村に押し込んでいる。それが事実ならば、そんなコリンス王国の『聖者』らへの対応に疑念を抱かざるをえない。諸外国の重鎮らもひそひそと小声で話し合いはじめた。

 このまま、外交官らの心象をこちらに引き込んでしまえばよい。


「ちょうど良い機会だ」


 聖王ジュカーナはさらに畳みかけた。


「ディロン・ブラムスとテナイア・ヘレンブランドはあらゆる場所を観通し、その光景を皆に見せることができる『共鳴』を持っておられる。彼らに依頼し、『聖者』らが普段暮らしているという場所を皆の者にも見せてみると良い」

「な――」

「『聖者』の力は本物だ。我がデルガド聖国王室の名において断言しよう。聖者らの見せる神にも等しい光景は、まさに疑いようのない真実であると」


 聴衆らがざわめき始める。

 ランシック寄りになっていた者達も、疑いの眼差しへと変わっていっているようだ。形勢は完全にこちらへ傾いた。ジュカーナはほくそ笑む。


「その真実をもって、何が『聖者』らのためであるか証明したい。平民の村で貧しい生活をさせているコリンス王国は、果たして聖人らを正当に扱っているかどうか」


 聖王がそう続ければ、ランシックは俯いてしまった、ヴェルノン侯爵も腕組みをする。

 その時。



〈――聖王陛下。諸外国の皆さま方〉



 突然、頭の中に響くような声が流れ込んできた。

 聴衆もざわめきはじめる。皆耳を押さえ、きょろきょろと周囲を見回していた。どうやらこの場の全員に聞こえていたようだ。


「そ、その声! ディロン殿ですね!」


 ランシックが、希望を見出したように虚空へと叫ぶ。

 すぐさま先ほどと同じ声が響いた。


〈ランシック様、遅くなり申し訳ございません〉


 ディロンの声だ。

 聴衆も目を輝かせながら天を見上げた。この現象は、覚醒者らをこの聖都へ招いた時に披露してもらった共鳴(レゾナンス)に違いない。諸国の要人らは動揺しながら不安そうに目を泳がせている。


「これは渡りに船」


 ちょうどいいとばかりに聖王がほくそ笑んだ。


「聖者が一人ディロン・ブラムスだな。余は今、レヴィラ嬢の裁判をしているさなかでな」

〈はい。存じております〉

「では話は早い。ディロン殿、そなたら『聖者』四名がコリンス王国で住居にしているという場所、そこを我々に観せることは可能であろうか?」


 ランシックが、無言のまま顔を強張らせていた。


〈仰せのままに〉


 だが淀みなくディロンが答える。

 ニッと笑う聖王だが、ディロンの言葉は終わらなかった。


〈ですがその前に、至急皆さまに()()()()()()()()をお見せしたい。恐縮ですが皆さまがた、目を瞑ってご覧ください〉


 直後、聖王ジュカーナの視界が別の視界と重なった。先日の聖人認定時と同じ、ディロンの視界を映す『共鳴』だ。

 目を閉じ、そこに映っていたのは――


「な、なんだこれは!?」

「黒い球体、いやドーム……? な、なんだこれは、なんという大きさだ!」


 皆、思わず大きな声を漏らしてしまう。

 巨大な、瘴気がとぐろを巻くドーム。

 赤い大峡谷の景色の中に、それが忽然と広がっていた。ディロンとテナイアがその前で立っているのも見えてくる。視界の隅には、禍々しい文様が刻まれた遺跡の壁らしきものもチラついていた。


〈私達は、今〉


 今度は、テナイアの声が響き始めた。


〈大峡谷の奥に発見した、『黒い神殿』がある場所に立っています。見ての通り膨大な瘴気がドームを形成しており、これ以上近づくのは危険であると本能でわかります〉


 聖王は、眉を歪ませた。

 視界の中で、テナイアがこちらをまっすぐに見つめる。聖王自身に話しかけるように、指を額に当てて一礼していた。


〈聖王陛下。貴国の聖騎士さま方は『黒い神殿』の捜索のため、大峡谷を捜索していらっしゃったと伺いました〉

「……さよう」

〈その際にあのドームが発生し、聖騎士さま方はそれに巻き込まれてしまったと推察されます。レヴィラ様が戦った聖騎士さまは、おそらくその影響で狂化してしまったのでしょう〉

「ディロン殿、テナイア殿」


 冷や汗が伝いながらも、聖王はそれをおくびにも出さずに発言した。


「そなたらが同僚を救いたい気持ちは理解できる。が、それはそなたの憶測にすぎぬ。いかに『聖者』殿の言い分であろうと、証拠もなくそのようなことを断言することはできまい」

〈証拠ならば、こちらに〉


 テナイアの声と共に、急に視点が変わった。

 峡谷の岩肌の中、金属ベルトで拘束された聖騎士二名が映った。口元まで金属ベルトでふさがれ簀巻きにされている彼らは、全身から黒い瘴気を立ち昇らせている。


「な、なんだ!?」

「瘴気!? まさか、本当に聖騎士さまが!?」

「で、では、レヴィラ卿が戦ったというのも!」


 傍聴している者達が戸惑い始めた。

 聖王の顔色が変わる中、なおもテナイアの説明は続く。


〈この二名は、こちらのシャラ・サマースコット様に問答無用で襲い掛かってきた者達です。同様に、マナヤ・サマースコット様、ディロン・ブラムス様、アシュリー様、そして私テナイア・ヘレンブランドにもそれぞれ二名ずつ聖騎士さま方が襲ってきました。みな、こちらの聖騎士さまお二人と同じく、瘴気を体にまとっていた状態で〉


 ざわめきがさらに大きくなる。

 大陸各国の外交官らも顔を見合わせ、聖王ジュカーナへと疑わしげな視線を向け始めていた。


 形勢が一気に逆転。

 聖王ジュカーナが脂汗をかき始める。何かしら反論しようと彼女が口を開きかけた時――


〈――っぐ、さっさと殺せ! いつまで行き恥を晒させるつもりだ!〉

〈『異の貪神』さまのために、死ね! 【アイススリング】!〉


 異様な喚き声が聞こえた。

 拘束された聖騎士らのものだ。瘴気を纏った聖騎士二人を縛っていた金属ベルト、その口元部分だけが外れ、喚き始めたのである。

 殺意を剥きだしにしている二人。白魔導師の騎士が喚き、黒魔導師の方は容赦なく冷気の攻撃魔法を使おうとしてきた。


 が、生成された小さな氷の刃はあらぬ方向へ吹き飛ぶ。

 旋風によって逸らされたのだ。

 冷ややかにそれを見下ろすディロンが、二人を見下ろしながら問いかけた。


〈答えろ。仮にもデルガド聖国の聖騎士たる者が、なぜこのようなことをする〉

〈ふざけたことを! この国がどうなろうと関係がない! 国民が死んだところで、『異の貪神』さまの糧になるというだけのこと!〉

〈『異の貪神』とは、この世界の神のことか?〉

〈この世界の神などどうでも良い! 『異の貪神』さまは、人間を滅ぼしこの世界の新たな支配者となられるお方なのだ!〉


 聖王は顔面蒼白になる。

 聖騎士らの裏切りが、本人らの口から明朗に語られた。大陸各国の代表らも集うこの法廷で、この国への忠誠も、信奉すべき神さえもどうなっても構わないと。

 しかし、ディロンの尋問はなおも続く。


〈聖王陛下の指示はどうした。黒い神殿の捜索をしていたはずではなかったか〉

〈聖王がどうした! そのような王命、『異の貪神』さまを守ることに比べれば〉

〈どのみち聖王など、召喚師の死亡率上昇を無視し、彼らを使い捨てすることを全く厭わぬ愚王だった! ならばためらう必要などあるまい!〉


 もはや裁判は完全に止まってしまっていた。神官までもが茫然としている。

 そんな中、徐々に聴衆らがざわめきどころか、徐々に大声で騒ぎ始めた。


「どういうことだ!? 封印師の死亡率上昇だって……」

「封印師がどんどん死んでるってこと?」

「使い捨てだって? 封印師も平等に扱われているんじゃないのか!?」


 騒然となる神明裁判。

 レヴィラは状況についていけず、少し不安げな表情で周囲を見回している。


「おそれながら」


 ランシックが、すっくと弁護席で立ち上がった。


「聖王陛下。聖騎士さま方が瘴気に冒され正体を失くす可能性があること、十分に立証できたと存じます」

「ま、待て」


 ジュカーナは、なけなしの希望を振りかざし、なんとか冷静さを保とうとする。

 が、声が震えてしまうのは如何ともしがたい。


「そもそも、この聖騎士らの光景が真実とは限らぬ」


 なんとか明瞭な声を維持し、発言した。

 冗談ではない。

 このままでは、こちらの言い分が考えたらずだったという結論になってしまう。諸国要人の面前で、そのような失態は許されない。


「そ、そうだ。レヴィラ嬢を救わんとして、虚偽の証言をさせようとしている可能性も――」



「――それは筋が通りませぬ、聖王陛下」



 若々しい、しかし威厳の篭った力強い声。

 皆の視線が、それが放たれた法廷の入り口へと集中した。ジュカーナが、目を細める。


「……ラジェーヴ」


 王族の衣を纏った一人の青年。

 この国の王太子、ラジェーヴ・デル・エルウェンの姿が、そこにあった。


「陛下……母上」


 カツカツと靴を鳴らし、神明裁判の只中へと歩み寄ってくる。堂々たる立ち振る舞いだ。

 やがて中央、すなわちレヴィラの隣へとたどり着いた。


「〝聖者らの見せる神にも等しい光景は、まさに疑いようのない真実である〟――ほかならぬ貴女自身が、自らおっしゃったことです。お忘れか」


 まっすぐジュカーナを見据え、そう道破したラジェーヴ。

 ジュカーナは言葉に詰まった。ラジェーヴはそのまま諸国要人を視界の隅に捉えつつ、天を仰いだ。


「聖者ディロン・ブラムス、および聖者テナイア・ヘレンブランド!」


 よく通る声で叫ぶ。


「今がその時だ! ()()()()を、我らに観せていただきたい!」

〈――仰せのままに。こちらです〉


 ディロンの短い返答。

 直後、視界が再び移動した。次に映し出されたのは、無数の緑ローブが灰と共に山積みにされている映像だ。


〈我々が派遣されたバルハイス村近郊にあった、死した封印師達の墓地です。自己防衛手段を断たれた封印師達は、モンスターから身を守る術を失っていた。ゆえに、ここ聖都ではともかく、末端の戦場でこれまでにないほど死亡率が跳ね上がっているのです〉

「な……」


 聖王が息を呑む。

 ばかな。

 そのような報告は聴いていない。いや、届いてはいたが、根も葉もない戯言だったはず。()()()()()()()()()()()

 よろよろとよろめく聖王。諸国の外交官らも、わかりやすく片眉を吊り上げていた。


〈さらに、もう一度このドームをご覧ください〉


 視界は再び、瘴気でできた巨大なドームに移る。


〈この場所にあった『黒い神殿』は、モンスターに殺された人々の魂を吸収する役割があった。このドームはいわば、急速に人死にが増えた結果です。『邪神』の肉体をこの世に顕現するこのドーム……聖国の方針は、結果的にそれを後押ししてしまいました〉


 民衆は不安げに顔を見合わせた。

 急速に死人が増えた。聖国のやり方が、封印師の大量死を招いた。聖王は自分達を騙していたのか。彼らのそんなヒソヒソ声が耳に届いてくる。


「陛下」


 ラジェーヴが、切々とした瞳をジュカーナへと向けた。


「封印師たちから、戦う手段を奪った結果がこれです」

「ばか、な」

「封印師から差別を無くそう、その方針自体には悪意は無かったのでしょう。だが陛下、ならば召喚を封じられた()()()の死亡率が上がったことを、陛下はもっと深刻に捉えるべきだったのだ」


 青い顔で目を逸らす聖王。

 が、そこへ神官が咳払いしつつ、おずおずと訊ねた。


「で、殿下。おそれながら、封印師の死亡率が跳ね上がっていたこと、聖王陛下が知っていたとは限らないのでは」

「であるとしたなら、それは国のトップとしての責任が問われよう」


 しかしラジェーヴは首を横に振る。


「あのような封印師の集団墓地があちこちに作られるほど、封印師の死亡率が上がった。その報告を、陛下は独断で虚言と決めつけたのだ。少なくとも早急な真偽確認だけでもすべき時に、それを怠った……これは、神の意思を記したとされる聖典に背く、重大な背信行為である」


 神官は二の句が継げない。

 聴衆の騒ぎが一気に大きくなり、罵倒が広がっていく。


「どういうことだ、聖王陛下! 封印師が死んでる報告を握りつぶしてるって!」

「すべて巧く行ってるっておっしゃっていたじゃないか!」

「末端で人死にが増えてるって、それじゃああちこちの村で死人が続出してるってこと!?」

「うまくいってるように見えたのは聖都だけってことかよ、ふざけるな! なにが聖王だ!」


 四方八方から、悪意と罵倒が飛んでくる。

 聖王は片腕を横に振りながら叫んだ。


「せ、静粛に! 聖騎士、なにをしている! 早く鎮圧しろ!」

「……」

「聖騎士たち!」


 が、ジュカーナの命に、聖騎士たちは全く動かなかった。

 この場にいるのは、ラジェーヴ側についた聖騎士たちではない。聖王に従っていたはずの騎士たちが、気まずそうに目を逸らし、ただただその場に立ち尽くしていた。


「聖騎士らも、母上に愛想を尽かしたのだ」


 ラジェーヴが、民衆にまでは届かない声で言った。


「これまでも、母上は彼らの報告を幾度となく黙過してきた。ゆえに、そこに歯向かう機会が与えられた今、もはや聖騎士らも貴女を庇う理由がない」

「なにを!」


 ギリ、とジュカーナが歯ぎしりした。


「そもそも私は、封印師の差別を禁じたのだぞ! それに背いたのはあくまでも民衆であって、余ではない! なぜ余の責任になるのだ!」

「人心を理解し、運用する。それこそが王族の責任だと、母上が説いたのだぞ」

「……っ」

「母上。これが、貴女が甘やかした民衆の姿です」


 ラジェーヴは、悲しげに目を伏せた。

 騒ぎ立て、口々に聖王を罵倒する民衆をちらりと見やりつつ、訥々と語り始める。


「悲しみや怖れを捨て、喜びだけを追求しようとした。その考え方が間違っているとは言わぬ。だが、それは母上が、己自身と民衆を甘やかしていただけのこと」

「甘やかしていた、だと」

「そうだ。結果、人々の心は偏った。喜びと、その喜びが満たされなかった際の『怒り』の二極にな」


 怒りにまみれた民衆の怒号。

 聖王を殺せ、死刑にしろ、などといったような物騒な言葉まで飛び交っている。もはや暴徒と化す直前だ。

 ラジェーヴはくるりとそちらへ振り返り、大きく息を吸った。


「静まれ!!」


 気迫のこもった声。

 ほぼ一瞬にして、民衆の声は波のように前から順に静まり返っていく。


「……民よ。そなたらの意思は伝わった。その上で、あえてそなたらにはこう告げたい」


 ラジェーヴは、やや低いトーンで、しかし充分に皆に響き渡る声で言い放った。


「私は、母上が死に値するほどの罪を犯したとは、考えておらん」

「な、なにを言い出すんだ殿下!」


 民衆の一人が叫び返した。


「聖者さまが言ってたじゃないか! 聖王のせいで、今大変なことになってるんだろ!?」

「そうよ! 愚策を立てた陛下には、責任を取ってもらわないと!」

「殿下が時期の聖王陛下になってくださればいいじゃないか!」

「ジュカーナ様は打ち首にしろ!」


 また、少しずつ怒号が広がっていってしまう。

 しかしラジェーヴが腕を一振り。ふたたび、民衆が静まり返っていく。


「私は、この聖国を変えたいのだ! なればこそ、怒りを怒りで制裁することを良しとは思わぬ!」

「でも! それじゃ陛下は――」

「これ以上!!」


 ひときわ大きな声を上げたラジェーヴ。

 一拍の沈黙。そののち、彼は喉から絞り出すかのような、しかしはっきりと声高に宣言した。


「これ以上、人の策略で死人が出ることは、認めぬ。……人死には、モンスターだけでたくさんだ」


 引き裂かれるような感情が籠っていた。

 民衆は一様に顔を伏せてしまう。気まずそうにしている者たちもいれば、はっと自身の口元に手を当てている者たちも見受けられた。



〈聖王陛下〉



 沈黙の中、先ほどまでとは全く違う声が響き渡る。


〈俺――自分達の故郷、居住地を見たいとおおせられましたね〉


 マナヤだ。

 直後、目を閉じた皆の瞼の裏に、ややウェーブがかった金髪の少年が浮かび上がった。


〈ディロンさん、頼む〉

〈わかった。……皆さま方、これが我々がコリンス王国内で滞在している、『セメイト村』です〉


 場面がまた切り替わった。

 そこに映し出されたのは、ほぼ全てが石造のドーム屋根建築の家々。森の中に立っている、素朴で地味な村だ。


「聖者さま方が、王都ではなくみすぼらしい村で……?」

「こ、これでは陛下が仰っていた通りではないか」

「コリンス王国は、ヴェルノン侯爵は一体なにを考えているのか」


 諸国の要人らが、戸惑いの声を上げる。

 ランシックらへ非難の視線を向け始める者達もいた。だが、不安そうに息子を見やるヴェルノン侯爵とは対照的に、ランシックは自信に満ちた笑顔で腕を組んでいる。


 マナヤの声が響き渡った。


〈――自分は、この村に住んでいることを誇りに思っています〉


 皆の戸惑いの声が、一瞬で消え去った。

 また場面が少し移動し、村の集会所を映し出す。その中で、緑ローブを着た召喚師たちが目を輝かせながら戦術討論を行っている様子が見えてきた。皆、観察されていることには気づいていないようだ。


〈この村では、召喚師も自身の能力に誇りを持ちながら、みんな前を向いて生きています。モンスターを召喚することを最大限に利用した戦術を、皆を守るために学び続けています〉


 さらに今度は、場面が外へ。

 村の防壁、そのさらに外側に存在する防衛施設に移った。その施設の裏に作られた待機室らしき部屋、そこに召喚師、そして他『クラス』の者達が、明るく談笑しながら寛いでいる。


〈召喚師だけじゃありません。他『クラス』の人達と、みんな平等に。誰もいがみ合ったり妬みあったりせず、協力し共闘することができる。この村は、そんな夢みてえな暮らしを現実にした場所なんです〉

〈――剣士のわたしから見ても、この村はとても素敵な場所だと思ってます〉


 はきはきとした女性の声が入り込んでくる。

 皆の瞼に、赤毛でサイドテールを垂らした女剣士の姿が映った。アシュリーだ。


〈みんな、召喚獣を自分達の戦闘スタイルに取り入れる研究に夢中になっています。そしてここで広まった知識を、国内の他の村にも伝えていってるんです〉


 場面がまた切り替わり、訓練場。

 並んだ剣士達が、召喚獣を掴み上げながら岩の柱に叩きつける修練をしていた。モンスターを〝武器〟とみなす戦術の訓練指導をしているのだ。村の外から研修に来た者達も、それらの指導を真剣そうに受けている。


〈――人はみんな、自分らしく生きる権利があると私達は思っています〉


 さらに別の女性の声。

 金髪セミロングの錬金術師、シャラだ。


〈召喚師だからって縛られない。周りの皆さんも、相手が召喚師だからって引け腰にならない。お互いの長所を生かして、お互いの特性を使った生き方、戦い方ができると信じているんです〉


 いつの間にか、聖王を除く法廷の皆が全員、表情を緩めていた。

 場面がぶれ、大峡谷内でシャラ、マナヤ、アシュリーが並んで立っている姿が映しだされる。中央に立つシャラが、祈るように両手を胸の前で組んだ。


〈本当に平等な世界というのは、そういうものではないでしょうか。皆が、自分の何も禁じられず、それでもなお楽しく調和して過ごせるような世界。……私達の故郷であるセメイト村は、そういう場所なんです〉

〈だから自分たちも、そういう場所で過ごしたい。いつか世界がぜんぶ、この村みたいな場所になれるようにするために〉


 シャラの言葉をマナヤが継ぎ、締めくくった。

 観衆たちはもはや、何も言葉にすることができない。ディロンとテナイアが加わり、五人全員が額に人差し指を当てながら首を垂れたところで、映像は消えた。


「……これが、聖者殿らの意思だ」


 沈黙を破ったのは、ラジェーヴ。

 コツコツと民衆へ歩み寄る。法廷を仕切っている柵の目の前までやってきて、そこで皆を見回した。


「封印師……()()()らと真摯に向き合ってきた者達の、心からの言葉が、これなのだ」


 皆が、神妙に顔を伏せる。

 先ほどのような後悔は、薄らいでいた。その代わりに、隣にいる者たちと目を見合わせ、瞳に力が戻ってきている。

 ラジェーヴは声のトーンを上げ、昂然と胸を張った。


「召喚師にできることを制限し、その上で彼らを迫害する! 私が信じる我が国の民は、そのような腑抜けではない! もっと気高く、人々の思いやりを大切にする! それこそが、私が知っている偉大なる聖国の民だ! そなたらはその素質があるはずだ!」


 演説のように叫び続けるラジェーヴ王太子。

 皆の瞳が澄んでいく。顔を上げ始め、「そうだ」と合いの手を入れる声もちらほらと上がり始めた。ラジェーヴはさらに声を張り上げた。


「聖者らの掲げる理想を追及するためにも、神から頂いた我々の生を尊重するためにも、今こそ変わらねばならんのだ! 聖国民としての誇り高さを思い出せ! 危機が訪れたこの時代、この場面にそなたらが居合わせたことこそ、歴史にそなたらの気高さを証明すべきという天啓である!」


 法廷内が歓声に包まれる。

 諸国の外交官らも、目覚めるような瞳でラジェーヴを見据えている。


 ランシックが立ち上がると、神官は無言でレヴィラの手錠を外し、解放した。

 駆け寄るランシックとレヴィラ。瞳の端に涙を浮かべながら手を取り合い、こつんと額をぶつけあっていた。



 ◆◆◆



「……よかった」


 ほおっとアシュリーが息を吐いた。

 ディロンとテナイアの『千里眼』で、レヴィラの解放を確認したのだ。マナヤもまた、大きく伸びをしながら胸をなでおろした。


「あーくそ、緊張した。けど、間に合って良かったよ」

「ホント。……ヴァスケスたちのことにかまけて、聖騎士さんたちを捕えたのに全然報告してなかったもの。間に合ってなかったら、一生自分を許せなかったわね」


 そう言ってアシュリーが額に手を当てる。

 ディロンとテナイアもほっとした表情だ。互いに仄かな笑顔を浮かべながら見つめあい、だがすぐ同時に顔を引き締めた。


「マナヤ」


 ディロンが声をかけると、マナヤも心得ているとばかりに頷く。


「ええ、サンダードラゴンを召喚します。急いで村に帰って、これからの準備をしなきゃなんねえ」

「……私も、準備します」


 シャラが力なく呟いた。

 マナヤが振り返ると、彼女はいまだ目を伏せたままだ。覗き込もうとするとふっと避け、そのまますれ違うように歩き出してしまう。


「お、おいシャラ、テオとは」


 その背に声をかけるも、彼女は答えない。

 再び猿轡をした聖騎士の元へと歩み寄っていってしまった。ディロンとテナイアがそちらを見つめ、心配そうに眉を下げる。


「マナヤ」


 アシュリーの神妙な声。

 振り向くと、彼女もまたシャラの方を見つめながら、顔を曇らせていた。


「ごめん。今回ばかりは、あんたが正しかったのかも」

「あ?」

「あたしたち、テオとシャラのこと、甘やかしてたのかもしれない」


 悔やむように、唇を引き絞っている。

 マナヤは鼻で嘆息しつつ、そっとそんなアシュリーの肩を抱き寄せた。



 ◆◆◆



 半刻後、聖都の広場から城内へと繋がる回廊。


「なんのつもりだ、ラジェーヴ」

「……母上」


 ラジェーヴ付きの聖騎士に連行される聖王ジュカーナが、ラジェーヴに話しかけてきた。

 ジュカーナは、力無く拘束されている。完全に諦めきった瞳でラジェーヴを見つめ、しかし非難の言葉を投げかけていた。


「余を王座から蹴り落とすのならば、なぜ生ぬるい方法を取った」

「……我が王族の歴史ですね?」

「そうだ」


 デルガド聖国は、暴虐の限りを尽くした『帝国』を大量の血を流してまで打倒した。

 ゆえに、その尊い犠牲を無駄にしないためにも、道を外れた王族は無慈悲に処断されなければならない。それがデルガド聖国の王族に課せられた使命だと、そう伝わってきていたのだ。


「余が真に国を脅かしていると信じているならば、なぜ余を殺さぬ。先人たちの血と汗を忘れたか」


 もはや受け入れる、とばかりに目を逸らしたジュカーナ。聖騎士もバツが悪そうにしている。


「ゼシュア。レルヴァール。下がれ」


 ラジェーヴがそう言って腕を振った。

 聖騎士二人が目を剥く。だがラジェーヴは鋭い視線で二人を睨み返し、くいっと顎で回廊の奥を示した。やや怯えた表情で、聖騎士二人はジュカーナを解放し、一礼ののちに去っていく。

 ジュカーナは、床に突っ伏していた。


「母上」


 聖騎士が視界から消えたところで、ラジェーヴはあくまでも悲しげに母親を見下ろした。


「今回の件、息子である私にも非があったのだ」

「……な、に」

「父上が亡くなった日」


 顔を伏せるラジェーヴ。

 ジュカーナも口を噤む。沈痛な雰囲気が漂う中、ラジェーヴはやや戸惑いがちに言葉を続けた。


「……あの日、私は父の死に嘆き悲しむことしかできなかった。ほかならぬ、母上の前で」

「……」

「もし、あの時」


 ギリ、とラジェーヴが歯ぎしりする。


「悲しみに暮れてばかりではなく、母上を……私よりもずっと辛い思いをしたであろう母上を、気遣うことができていれば」

「……ラジェーヴ」

「息子として、母上をしっかりと支えることができていれば。そうすれば、母上は『悲しみ』や『怖れ』を過剰に避けるようにはならなかったはずだ」


 ジュカーナは、俯いた。

 あの日のことは、何度も忘れようとしても忘れられなかった。最愛の伴侶が死に、そして息子も遺体の前で嗚咽を上げている、あの光景が目に焼き付いている。


 あの息子の後ろ姿に、ジュカーナはすべてを呪った。

 悲しみなど、必要ない。

 人を失う恐れなど、今後必要ない。

 自分を、そして息子を傷つけるこのような感情、もう二度と認めてやるものか、と。


「私が」


 ラジェーヴの声に震えが混じりだした。

 その背に、あの日の息子の姿が、被る。


「私が、人の感情に関する勉学に、もっと早く取り組んでさえいれば……ッ」


 ダン、と回廊の柱を殴りつけていた。

 ジュカーナの瞳に、涙が浮かぶ。これまでずっと拒絶し続けていたそれが、どんどん胸の中から広がり、目から溢れ出してきてしまった。


「……ゆえ、に」


 一度鼻をすすったラジェーヴ。

 ぐい、と乱暴に目を拭い、そしてスッと姿勢を正し表情を引き締めた。


「ゆえに、()はそなたの命までは取りはしない。……そなたが、私の母上が、戻ってきてくれるまでは」


 ジュカーナが目を見開く。

 しかしラジェーヴはくるりと彼女へ背を向けた。そして、聖騎士が消えた回廊の奥へと声を張り上げた。



「――聖騎士団を全軍召集せよ! 大峡谷からいつあふれ出るかも知れぬスタンピードに備え、南方全域へ配備する!」


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