229話 テオvs剣士&弓術士
テオは、ヴァルキリーへと手をかざした。
「【魔獣治癒】、【時流加速】!」
戦乙女の傷が塞がっていく。
直後、一気に加速。瘴気を纏った剣士へと疾風のように翔け、槍を突き出した。
「【ライジング・アサルト】」
剣士のポールアックスが光る。
一瞬で跳び上がり、崖の上に着地した。先ほどまで立っていた谷底をうろつくヴァルキリーを見下ろし、ほくそ笑んでいる。
(だめだ!)
歯噛みするテオ。
崖の上へヴァルキリーを送り込みたいが、できない。ヴァルキリーは浮遊移動するため、跳躍爆風では跳ばすことはできないのだ。
(さっきからこの人たち、召喚獣と戦おうとしない!)
モンスターは適当にあしらい、召喚師だけを徹底的に狙う。当然といえば当然の戦術だ。
「あぐッ」
また、テオの肩に矢が突き立った。
別の崖に身を隠した弓術士が、相変わらず矢を撃ちこんできている。『治療の香水』と『増命の双月』効果でなんとか耐えきることができているが、治癒速度が足りない。このままではジリ貧だ。
とにかく、弓術士の攻撃だけでも防がねば。
「【レン・スパイダー】召喚! 【竜巻防御】!」
オレンジ色の巨大な蜘蛛を召喚し、射撃攻撃を逸らす魔法をかけた。が……
「――【ドロップ・エアレイド】」
すぐに剣士がこちらへ飛び込み、レン・スパイダーを一刀両断にしてしまった。
さらにポールアックスが翻る。
「【スワローフラップ】」
「【スカルガード】召喚!」
テオはを狙ってきたその一撃を、召喚紋を盾にしてなんとかしのいだ。
が、そこへまた風切り音が降ってくる。
無数の矢だ。スカルガードを一瞬で消し飛ばし、さらにテオにまで降り注いできた。
「くうっ」
なんとか身をよじってかわした。矢が太ももを掠め、血がにじむ。
だがその間、ヴァルキリーが気付いてくれた。すぐに高速でこちらへと突撃し、槍を剣士へと振りかぶりはじめる。
「【ラクシャーサ】」
剣士は振り向き、ポールアックスを一閃。
ヴァルキリーの槍が、ポールアックスの斧と激突した。衝撃波が広がる。ヴァルキリーと剣士は、それぞれ逆方向に吹き飛ばされた。
「【ブレイクアロー】」
「!」
崖の上から声。
ヴァルキリーの脇腹に、黄色い矢が突き刺さった。ヴァルキリーはさらに大きく押し込められ、崖肌に叩きつけられる。
(まただ!)
やはり彼らは、召喚獣をあしらうことだけを考えている。まともに正面からぶつかろうとしない。
――ヴォンッ
鈍い音が響く。
魔紋から、二体の骸骨剣士が浮かび出てきた。倒されたテオの『スカルガード』二体が、三十秒経過で復活してきてくれたのだ。
「ふん」
しかし剣士は鼻で笑い、一瞥すらくれずに後方へと飛び退く。
「【アローバラージ】」
直後、無数の矢が空から降ってきた。
弓術士の乱射技だ。スカルガードに矢が二本ずつ撃ち込まれ、双方とも一瞬で破壊されてしまう。
「あうっ」
テオの肩と脇腹に熱さが走り、膝から崩れ落ちてしまう。
アローバラージの矢がこちらにも飛んできたのだ。テオは歯を食いしばりながら、突き立ったその矢を無視して立ち上がる。
「【ライジング・アサルト】」
その間に剣士は、崖上へと避難していった。
ヴァルキリーが目標を失う。まともに反撃することができない。
(それなら!)
ならば、跳躍爆風で跳ばせるモンスターを使うまでだ。
テオは手をかざした。
「【ショ・ゴス】召喚、【跳躍爆風】!」
醜悪な黒い肉塊のようなモンスターが現れ、跳び上がった。
奉仕種族。凶悪な精神攻撃を周囲に撒き散らす、冒涜系の上級モンスターだ。地上を這って移動するタイプなので、跳躍爆風の対象となる。
そしてショ・ゴスは、精神攻撃を行うモンスター。敵を殺してしまう心配がない。しかも物理攻撃がほぼ効かない粘性の肉体を持っているので、剣士と弓術士を相手にするには最適なはず。
「【ブレイクアロー】」
が、跳躍中のショ・ゴスに、横から黄色い矢が突き立った。
衝撃を伴う矢だ。ダメージこそ無いが、着地前に突き立ったため、ショ・ゴスは峡谷の奥へと吹き飛ばされていってしまう。
(そんな!)
ショ・ゴスは、足が遅い。岩場と砂地が多いこの峡谷内ではなおさらだ。
吹き飛ばされてしまっては、ここまで戻ってくるのに時間がかかりすぎる。
(なんとか、召喚獣がまともに戦える状況を作らないと!)
だが、どうやって。
上級モンスターですら、この二人の動きについていけないというのに。
(こういう時は、確か……地形を利用して)
何度もマナヤやセメイト村所属の召喚師達と討論した内容を思い出す。
地の利を味方につけ、有利な戦線を築く。それが『コウマ流召喚術』の基本にして極意だ。
しかし現状、地の利があるのは敵側の方である。
垂直に切り立った崖が乱立しているここは、ヴァルキリーでは対処できない。モンスターを崖上へ送り込もうにも、その度に弓術士に対処される。
「……【戻れ】!」
テオはそう命じながら、弓術士がいると思しき位置から離れるよう、身をひるがえした。『妖精の羽衣』効果により、地面すれすれを浮いて滑るように翔ける。
眉をひそめる剣士。その間に、翔けながらテオは懐からブレスレットを取り出し、自分の首にかけた。
――【俊足の連環】
テオの翔けるスピードが、一瞬にして加速。
そのまま、谷の奥へ奥へと移動した。峡谷を目隠しにしながら、剣士の視界外へと逃れる。
「チッ、逃がすか」
「待て、深追いするな」
すぐに跳び込もうとした剣士を、弓術士が止めた。
(さすがに、うかつには踏み込んでこなかった)
今、ヴァルキリーはテオの周囲を回るように控えている。
この状態で剣士が近くへ跳び込めば、加速したヴァルキリーに狙い打ってくれる。弓術士はそれを読んだのだろう。
「【マッシヴアロー】」
弓術士が崖の上に姿を見せ、矢を放ってきた。
ヴァルキリーを無視し、テオの背へときりもみ回転しながら飛び込んでくる。
「【待て】」
が、テオはヴァルキリーをその場に停止させた。
すぐさまその背後へ隠れる。矢はヴァルキリーの甲冑にぶつかり、止まった。
「ちっ」
「【戻れ】!」
舌打ちする弓術士に背を向け、テオはすぐに命令を切り替えつつ奥へ奥へと逃走した。ヴァルキリーもついてくる。
聖騎士たちが追いかけてくる。一定の距離を保ちながら、あちらもまた峡谷を障害物代わりに接近してきているようだ。
(『妖精の羽衣』と『俊足の連環』をつけてるのに、引き離せない……いや、追いつかれる)
今のテオは、並みの剣士と同等以上まで足が速くなっているはず。
にも関わらず、振り切れない。剣士どころか、弓術士の方もどんどんテオとの距離を詰めてきているようだ。
必死に駆け抜け、周囲の地形が少しずつ変わり始めた。
先ほどまでの台座のような崖は、もうこの辺りにはない。代わりに、先の尖った山のようなものが乱立している。
(ここなら!)
先ほど、落下中に見えた光景の場所だ。
垂直に切り立った崖がないぶん、ヴァルキリーから逃げられる安全地帯はない。弓術士も、高台の上から狙い撃つことができるポジションは限られる。
まだ、敵の姿は見えない。
準備を整えるなら今のうちだ。
「【狼機K-9】召喚、【光学迷彩】【強制隠密】」
テオは、狼型の機械獣を召喚。
その姿がすうっと空気に溶けるように消えていき、残った気配すら希薄になる。
(視点変更)
透明化したその狼機K-9の視界が、テオの瞼の裏に映し出された。
すぐさま狼機K-9の待機位置を指定。近くにある、丈の低い岩山へと密かに登らせる。
「――【ブレイクアロー】」
背後から風切り音が鳴った。
飛んできた黄色い矢が、テオのそばに控えたヴァルキリーに激突。ヴァルキリーは吹き飛ばされ、テオから引き離されていく。
「くっ」
テオはすぐさま動いた。
目の前にある剣山のような岩山を、『妖精の羽衣』効果で滑るように登る。
「もう逃がさんぞ!」
剣士が姿を見せた。
岩山から岩山へと、跳ぶようにこちらへ迫ってきている。あっという間に間合いを詰め、ポールアクスをテオに向かって突き出してきた。
すかさず振り向くテオ。
「【強撃獣与】!」
「グッ!?」
突如、剣士は側面へと弾き飛ばされた。
透明な狼機K-9に、強撃獣与をかけたのだ。敵を押し返す衝撃が狼機K-9に付与され、横から剣士に攻撃したのである。
「ちっ、この――ぐッ」
慌ててポールアックスを横に構える剣士だが、慌てて柄を持ち上げる。
鋭い金属音。突撃してきたヴァルキリーの槍を、柄の盾でギリギリ受け止めていた。
(よし、これなら!)
ダグロンと戦った時と同じだ。
光学迷彩で透明化させ、さらに強制隠密で気配も小さくしておいた。そう簡単に狼機K-9が感知されることはないはず。
さらに、この剣山のように鋭い岩山。
先ほどと違い、頂上に登っても隠れられる場所はない。剣士がいくら跳ぼうが、ヴァルキリーでどこまで追いかけていける。
「――【マッシヴアロー】」
「えっ!?」
が、旋風を纏った矢が飛来してきた。
その矢が、虚空に突き立つ。すると透明化していたはずの狼機K-9が姿を現し、バチバチと火花を散らしながら爆散した。
(透明化したモンスターの位置までわかるの!?)
焦るテオ。
だが、考えてみれば当然だ。弓術士の特徴は、その高い索敵能力にある。姿を消し気配を薄れさせても、優秀な弓術士なら感知することは難しくない。
「ぐっ!?」
上から、テオの右肩にも矢が突き立った。
狼機K-9の対処どころか、追撃まで。テオは歯を食いしばり、すぐさまその場を移動する。
「それならっ、【猫機FEL-9】召喚! 【猫機FEL-9】召喚っ!」
山の上と谷間を縦横無尽に動き回りながら、猫機FEL-9召喚。
続けさまに、計四体。あちこちに召喚しながら逃げ回った。
「無駄なことを」
岩山の向こうから、弓術士の呟きが耳に届いた。
次々と、的確に降ってくる矢。四体の猫型機械獣は、一体ずつ順に破壊されていく。
「【蹴機POLE-8】召喚、【光学迷彩】【強制隠密】」
だがこの隙に、テオも戦力をさらに追加。
人型の機械人形が現れた。即座に透明化し、さらにその気配まですうっと消えていく。
「【行け】」
狙うは、剣士の方だ。
今ならば、剣士はヴァルキリーへの対処に気を取られている。さらに弓術士の方も、四体もの猫機FEL-9を処理するのに追われている。
「【ラクシャーサ】」
剣士が、ポールアックスを大きく振りかぶった。
至近距離の衝撃波。ヴァルキリーの甲冑が砕け、血しぶきを上げながら魔紋へと還った。
だが、順調だ。剣士の側面から、透明な蹴機POLE-8が迫っている。相手は気付いていない。
(よし!)
しかし。
「【エヴィセレイション】」
「えっ!」
突然、剣士はポールアックスで虚空を斬った。
金属板がひしゃげるような音。
透明化していた蹴機POLE-8が、頭から股間まで縦に真っ二つとなる。剣士はニィとテオへ笑みを浮かべた。
「剣士なら、気配を察知する訓練をしていないと思ったか」
「く……!」
距離が空いていてなお、テオは後ろに跳び下がった。
剣士でありながら、かなりの気配察知能力があるらしい。聖騎士と言われるだけの訓練は積んでいるということか。
(……こうなったら!)
手加減をして、まともに相手できる敵ではない。
なりふりを構っている場合ではない。決定的な手を打たなければ。
(フロストドラゴンを召喚する! 氷のブレスで、この二人を一気に……!)
広範囲長射程の、氷の刃を含んだ冷気のブレス。これを至近距離から召喚すれば、さしもの聖騎士らもひとたまりもないはず。
テオは、ゆっくり両手を前に差し出した。
……けれども。
(もし、彼らが死んでしまったら……)
これを召喚したら、ほぼ間違いなく相手を殺してしまう。
そうなれば、テオも人殺し。『流血の純潔』を失い、人間ではなくなる。マナヤが守ろうとしてくれた、自分の人間性を捨てることになる。
(……いや)
違う。
もともとは、テオが自分で背負うべきはずだったものだ。
(それを、散々苦しんだマナヤに、全部を押しつけちゃってた。僕自身の責任だ!)
風切り音。
最後の猫機FEL-9が破壊された。その矢が飛んできた方向を、精一杯の気迫を籠めて睨みつける。
剣士が迫ってくる。
弓術士がこちらを狙ってくる気配が伝わってくる。
覚悟を決めろ。自分がやるはずだったことを、マナヤの代わりにやり通せ。
「召喚――」
両手をしっかりと前に伸ばし、テオは口を開いて――
(……あれ、待って……?)
そこで、凍り付いた。
四つの魔紋が、並んで地面に残っている。弓術士によって倒された猫機FEL-9の跡だ。
そうか。
そういうことかもしれない。
もし、この『仮説』が正しければ。
可能かもしれない。この聖騎士達を、殺さずに出し抜き、抑え込むことが。
「……【猫機FEL-9】召喚!」
テオは再び翔け始めた。
再度あちこちに猫機FEL-9を撒き、逃げ回る。
「性懲りも無く!」
それを、今度は剣士が迎え撃った。
一体ずつ一刀両断し続けながら、追いかけてくる。彼の手首には、テオと同じ『俊足の連環』がはまっていた。先ほどテオが追いつかれたのも、おそらくあれの効果だろう。
(〝聖騎士〟ともなれば、やっぱり錬金装飾を持ち歩いてるんだ)
自分達は、マナが豊富なシャラがいるから沢山の錬金装飾を持てている。
けれど、普通はそれほど多くは携帯できない。戦闘用の錬金装飾とはそれだけ貴重であり、それを充填する錬金術師にも負担がかかるのだ。
(とにかく今のうちに!)
テオはもう一つ、懐から錬金装飾を取り出した。『妖精の羽衣』と入れ替えで、それを装着。
――【伸長の眼鏡】
補助魔法の射程を伸ばす錬金装飾だ。
「よしっ、召喚――」
テオは地面に降り立ってくるりと振り向き、手をかざす。
聖騎士たちの視界外で、召喚紋が展開された。中から現れたのは――
「ふん、逃げるのは終わりか」
剣士が、姿を現した。
テオは、目の前の岩を盾にするよう回り込み、その後ろから彼をキッと睨みつける。
剣士は嘲笑うように目を細めた。
「……気づかないとでも思ったか?」
ほくそ笑みながらポールアックスを振りかぶってくる。オーラが、斧に充填された。
「【ラクシャーサ】」
テオの手前にある岩に、衝撃波を叩きつける。
火花を放ち、岩が割れた。断面から無数の機械部品が覗く。隠機HIDEL-2、岩に擬態する機械モンスターだ。
「【ブレイクアロー】」
さらに、小山の陰から矢が飛んできた。
黄色い光を纏う矢が、隠機HIDEL-2に突き刺さる。それがトドメとなり、隠機HIDEL-2は爆散した。
「【強制誘引】、【行け】!」
その時、テオは左前方へと手をかざし、呪文を唱えた。
「なに!」
剣士が振り向く。
強烈な敵意。それが、テオが手をかざした先にある岩山から突如にじみ出てきたのだ。剣士は舌打ちした。
「さきほどのショ・ゴスか!」
ぶよぶよとした粘性の肉の塊が、岩山から顔を覗かせていた。
テオの『ショ・ゴス』。場所を変える前、崖上へ跳ばそうとして弓術士に吹き飛ばされた個体だ。それが今、ようやくテオのもとへと追いついたのである。
「ちっ、【ブレイクアロー】」
弓術士も、その強い気配にすぐさま反応。
先ほどと同様、衝撃の矢を放った。ショ・ゴスはダメージこそ受けないものの、また彼方へと吹き飛ばされていく。
剣士がテオに向き直った。
「ふん、これで――」
「――ぐあ!?」
「なっ!?」
が、彼は背後からの悲鳴に再び振り向く。
弓術士が、ピンク色の肉塊に襲われていた。ウツボのような突起が全身あちこちから生えた肉塊、その頭上から二本の触手が生えている。
「スター・ヴァンパイアだと!?」
舌打ちする剣士。
上級モンスター、スター・ヴァンパイア。攻撃時以外は透明化していて目に見えない特殊なモンスターだ。
(やっぱり、そうだ!)
作戦成功だ。
テオは、心の中だけでガッツポーズを作った。
さきほど隠機HIDEL-2を召喚した時、テオは同時にスター・ヴァンパイアも召喚していた。
それを視点変更で密かに回り込ませ、弓術士の位置へと誘導しておいた。弓術士がそのスター・ヴァンパイアに気づかなかったのは、事前にテオが『強制隠密』もかけておいたからだ。元から透明な上、気配も消したので察知しにくい状態になっていた。
が、それだけでは弓術士の探知能力を突破できない。
そこで役に立ったのが、さきほどのショ・ゴス。テオは、あえてショ・ゴスに強制誘引をかけ、猫機FEL-9と同様の『強い気配』を発させた。
その強い気配が、薄められたスター・ヴァンパイアの気配を覆い隠してくれていたのである。
だから、弓術士は気配に気づけなかった。
気配の強い猫機FEL-9四体がが弓術士に撃ち抜かれていった時に、閃いた作戦だ。
「なぜ!? くっ」
剣士は慌てて、弓術士の救助へ向かうべくそちらへと駆ける。
テオに背を見せた。チャンスだ。
「【鶏獣コカトリス】召喚!」
「な――」
剣士は、思わず振り向いた。
その時には既に、人間大のニワトリのようなモンスターが姿を現していた。茶色い羽毛に覆われたそれは、尾からは赤黒いヘビが生えている。
機甲系の中級モンスター、『鶏獣コカトリス』だ。
「【時流加速】、【行け】!」
直後、鶏獣コカトリスが剣士を睨みつけていた。
大きな嘴を開く。剣士は、飛びのく暇もなかった。
――ゴバァッ
黒いガスのようなブレスが、剣士の全身に浴びせられた。
「グッ!?」
剣士は、ガスをもろに吸い込んでしまった。
ガクンと膝だけ崩れ落ちる。全身の力はすぐ戻るが、その時にはすでに次のブレスを浴びせられていた。
鶏獣コカトリスの攻撃方法は、相手を一瞬だけ麻痺させるブレス。
攻撃能力はなく、ほぼ足止めだけのモンスターだ。まともに召喚してもすぐに対処されてしまっていたはず。このタイミングだからこそ、不意を突くことができた。
「【戻れ】」
テオは、スター・ヴァンパイアのみ撤退させた。
これ以上攻撃させれば、弓術士が死んでしまう。
――上から、殺気。
「えっ!」
矢が、小山の上から弧を描いて降ってきた。
弓術士の攻撃だ。まだ動くことができる気力とマナが残っていたか。
「しまっ、【竜巻防――」
慌てて鶏獣コカトリスに手をかざすが、間に合わない。
矢が、コカトリスの脳天を貫いた。白目をむいて倒れこみ、そのまま魔紋へと還ってしまう。
「っ、小癪な真似を!」
剣士がブレスから解放された。
純粋な殺意の籠った目。テオは体をビクつかせながらも、なんとか後方へと駆け出す。
(なら、次だ!)
ギリギリ、予想の範疇だ。
テオは即座に駆け出し、また小山の影に紛れながら逃げ回った。
「ちっ!」
剣士はちらりと後方の弓術士を案じる視線を送る。
しかしすぐに正面に向き直り、テオを追い始めた。優先順位をこちらに定めているようだ。
「先ほどのような奇策は、もう通じな――」
剣士は、小山の裏からテオの前へと飛び出してきた。
だが、テオの準備は既に整っていた。
「ぐァ!?」
一陣の光線が、剣士の足を撃ち抜く。
剣士はその場にもんどりうって倒れてしまった。
「ぐ、こ、これは!?」
剣士は、光線が飛んできた方向を見て驚愕。
彼は慌てて横へ転がった。そのまま受け身の要領で体勢を立て直し、小山の陰に隠れる。
光線を放ったのは、大きな花をかたどった機械モンスターだ。
花機SOL-19。
花弁の中心から灼熱の光線を放つ、機甲系の中級モンスターである。その場から移動することができないのが難点だが、固定砲台として使うには最適の召喚獣だ。
テオは、それを『光学迷彩』で透明化し、配置しておいたのである。
「このッ……ぐあ!?」
別方向から回り込もうとした剣士。
だが、別の小山に配備されたもう一体の花機SOL-19に肩を撃ち抜かれた。
すでにこの岩山の陰、あらゆる位置に配置してある。こう簡単に突破はさせない。
「! 【竜巻防御】!」
上方から、風切り音。
テオは手をかざした。近くの花機SOL-19が旋風をまとう。
岩山の上から、弧を描いて矢が飛来してくる。弓術士の攻撃だ。
が、その矢は命中直前に逸れた。
花機SOL-19のすぐ近くの地面に突き立ち、小さな砂煙を巻き上げる。
軽い射撃攻撃を逸らす竜巻防御の効果だ。射程の短い『ブレイクアロー』でもない限り、矢の攻撃は防げる。そしてあの弓術士はおそらく、スター・ヴァンパイアからの傷が祟って、すぐには近寄ってはこられないはずだ。
テオは、岩山の裏から叫んだ。
「お願いです、引いてください! 僕はあなた達を殺したくありません!」
花機SOL-19を多数配置したここなら、有利に戦える。スター・ヴァンパイアも突撃させればこのまま倒すこともできるだろう。
だが、テオは彼らを殺したいわけではない。
もちろん『流血の純潔』の件もある。が、そもそもは彼らの姿を、ディロンやテナイアに見せることが目的だ。
「断る! 『異の貪神』さまに仇成すものを生かしておくわけにはいかん!」
しかし頑なに殺意をぶつけてくる剣士。
歯噛みするテオの首筋に、冷や汗が流れる。
(ディロンさん、テナイアさん、早く!)
弓術士とて、テオがいるこの小山の上に到達すれば、ブレイクアローで花機SOL-19を撃ち抜いてくるはず。
長くはもたない。
今のうちに、ディロンとテナイアの『共鳴』で、この聖騎士の姿を見せなければならないのに。
「……殺すなら、殺せ! 今さら死など恐れるものか!」
覚悟を決めたような剣士の声が届く。
ザッ、と剣士が踏み出してくる足音。
(だめだ。剣士さんも、死を覚悟し飛び込んでくるつもりだ)
このまま飛び出してくれば、花機SOL-19に撃ち抜かれてトドメをさしてしまうだろう。
どうする。
「覚悟ッ!」
剣士がとうとう飛び出してきた。
ポールアックスを振りかぶり、空中からテオへと迫る。
「な――【戻れ】っ!」
テオは、慌てて召喚獣全員に命令を下した。
花弁を剣士へと向けかけた花機SOL-19が、動きを止める。
「あぐッ」
テオは、ポールアックスの一撃で吹き飛ばされた。
逆側の小山に叩きつけられる。全身に衝撃が走り、肺から押し出された息と共に、血が舞った。
(どうしようも、ないのか)
喀血しながら、テオは顔を上げる。
剣士が迫ってきた。
彼の背後には、複数の花機SOL-19。
あれに『行け』命令を下しなおせば、剣士を倒せる。そうしなければ、自分は死ぬだけだ。
(ご、めん)
もう、これしかない。
テオは全身から力を抜く。迫りくる剣士がスローモーションに感じる。視界が反転し、すうっと頭の奥が凍り付いていくかのような感覚を味わった。
(ごめん、シャラ……マナヤ)
妻と、もう一人の自分の姿が浮かぶ。
一度だけ歯を食いしばった。すぐに目を細め、血のたまった胸から声を絞り出す。
「花機SOL-19! 【行――」
――待たせたな、テオ! あとは任せなッ!!
突如、頭の中で声がした。
テオの意識が薄らぎ、もう一人の自分が出てくる。
「――【行け】!」
マナヤが、吠えた。
彼の命令に応じて、花機SOL-19らが一斉に花弁を向けた。こちらへと迫りくる、剣士の背へと。
「がはッ」
無数のビーム。
全身を熱線で蜂の巣にされ、剣士は全身のありとあらゆる場所から血を吹き出した。
そこへ、スター・ヴァンパイアが姿を現す。
頭部から生えた触手の鉤爪を、一閃。ぱっと赤が舞い、その血がスター・ヴァンパイアへ吸収されていく。
マナヤの手前に、剣士の体がドサリと落ちた。
ピクリとも動かず、瘴気のモヤも消え去る。マナヤは恐る恐る近づき、彼の首元に手を当てた。
「やった、か」
ほおっと息を吐く。
――マナヤ!
(悪ぃテオ、すげえ状況だがやっと戻ったぜ。よく粘ったな)
頭の中で語り掛けてくるテオ。
マナヤはニッと微笑み、目の前でサムズアップを作った。
――気をつけて、マナヤ! 弓術士の聖騎士さんもいるんだ!
(ああ、わかってる! 視点変更!)
マナヤは目を閉じ、ショ・ゴスへと視点を変更。
別角度からその場を見渡し、弓術士の位置を捉えた。小山の陰から、体を引きずりジリジリと迫ってきている。
「この位置なら、好都合だ。【シルフ】召喚」
マナヤは、先ほどテオが竜巻防御をかけた花機SOL-19のすぐ隣に召喚紋を展開。
妖精のような姿をしたモンスターが出現する。
「【狩人眼光】、【小霊召集】」
すぐに補助魔法を二連発。シルフの最大射程を延長され、さらに攻撃力も強化される。
シルフは、天を指さした。
直後、弓術士のいる位置に落雷が発生。かすかにうめき声が届く。
「【時流加速】」
さらに追い打ちすべく、時流加速でシルフの攻撃を倍速化。
落雷が、何度も何度も落ちた。シルフのような『四大精霊』に属するモンスターは、攻撃を外すことがない。弓術士が体を捻ろうが転がろうが、落雷は的確にその体を撃ち抜いていった。
「おっと」
ふと上を見たマナヤ。
矢が、シルフへ降ってくる。だがその矢は、すぐ近くにある花機SOL-19を取り巻く旋風によって逸らされ、地面に突き立った。
(竜巻防御をかけたモンスターの周囲も、射撃攻撃から守られる)
先ほどテオがかけていた竜巻防御が、まだ生きていた。
それが、近くに配置したシルフを守ったのだ。もとより、それを狙ってこの位置に召喚したのである。
「……終わったか」
ほどなくして、シルフが攻撃を辞めた。
ショ・ゴスに視点を移すマナヤ。弓術士が倒れ込み、全く動かなくなっている。淡々とそれを眺め、視点を自分自身に戻した。
――マナヤ。
頭の中から、テオの後ろめたそうな声が。
マナヤは表情を緩めた。
(心配すんな、テオ。お前は無事か?)
――う、うん。ありがとう。僕あやうく……
(いや、俺の方こそこんな時に失神しちまっててすまねえ。それに)
マナヤは、死んだ剣士の遺体を見下ろした。
もはやただの遺体だ。瘴気の欠片すらも残ってはいない。これでは、レヴィラの無実を証明する証拠にはならない。
(結局、殺しちまった。レヴィラさんを救う手立てだったのによ)
――気にしないで。『殺しのビジョン』でしょ?
(……ああ。止めようって考える前に、体が動いてた)
今さら、後悔の念に囚われる。
だがくよくよしている場合ではない。マナヤは一度深呼吸し、ほほ笑んだ。
(それにしても。……強くなったな、テオ)
テオの、戸惑うように首を振る思念が伝わる。
――ううん。僕は結局、何もできなかった。
(んなこたねえよ。お前は、たぶん俺にゃできねえことをやってのけたんだ)
――え?
テオの困惑声を無視し、マナヤは目を閉じて苦笑した。
(俺はもはや、トドメのためだけに出てきたようなモンだ。決着は、お前が既につけてたんだよ)
――そ、そんなことは。
(光学迷彩と強制隠密を重ね掛けしたモンスターすら狙い撃ちにできるヤツを相手に、見事に出し抜いてみせたろ?)
強制誘引をかけたショ・ゴスを使い、それを隠れ蓑にしてスター・ヴァンパイアを忍ばせた。
自分ですら戦い慣れていない『召喚師以外との対人戦』を、テオは見事にこなしてみせたのだ。ゲーム外での作戦立案に関しては、もしかしたらもうマナヤより上かもしれない。
マナヤは感慨深くなり、鼻をすすった。
――そうだ! マナヤ、みんなを探さないと!
(ん? そういや、他の連中はどうした?)
――みんなはぐれちゃったんだ! 他の人達も、どこかで戦ってる!
慌てて見回すと、どこかから轟音や破裂音が聴こえてくる。どうやら、バラバラに散ってしまったアシュリーらも瘴気を纏った聖騎士らと交戦しているらしい。
(そういうことか! よし、急ぐぞ!)
――うん、お願い! 早くしないと、シャラが!
とりあえずマナヤは、最寄の戦闘音の位置を把握。
手首に『俊足の連環』がはまっていることを確認し、疾風のように駆けだした。
(それにしてもよ)
――え?
気がはやるような雰囲気のテオを前に、マナヤは冷静に呟いた。
(あの聖騎士、なんでこっちに襲い掛かってきたんだ? 確かに瘴気はまとってたが、聞いた話と違って意思はちゃんと持ってそうだぞ?)
――そう、なんだよね。一応話も通じてはいたし。よくわからないこと言ってたけど。
あの聖騎士たちは言っていた。『異の貪神』とやらのために戦っている、と。
異の貪神。
――貪欲。
(……もしかして、邪神のことじゃねえか?)
――え?
(ほら。神のやつが言ってたろ)
この世界を蝕んでいる、瘴気。
それは、この世界の人間たちを貪欲に食らおうとした『邪神』によるものらしい。一度自分達が死んでしまった時、神からそう聞いた。
――で、でも。その邪神って、倒されちゃったはずじゃ?
(そこなんだよな)
翔けながら、マナヤは首をひねる。
神は言っていたのだ。この世界が瘴気に蝕まれた後、他の世界の神たちと協力し、邪神を打ち滅ぼしたと。
(……いや、考えててもしかたねえ。とにかく、他の奴らを)
――そ、そうだね。はやくシャラたちを助けに行こう!
テオの声に、焦りが戻った。
マナヤも顔を引き締める。シャラやテナイアのことも確かに心配だが、一番怖いのは……
(アシュリー!)
心なしか、マナヤが翔ける速度が速まった。




