22話 召喚師達の成長 カル
「次はっ……【竜巻防御】!」
若めの男性召喚師カルは、別の場所で『間引き』に参加していた。
彼らのチームは今、モンスターに囲まれている。遠距離攻撃をしてくるモンスターの数も多く、なかなか身動きが取れない。
「みんな、そこのゲンブの後ろにいれば敵の射撃攻撃は来ない! 移動するんだ!」
リクガメのような中級モンスター『ゲンブ』に、軽い射撃攻撃を逸らす効果を与える魔法『竜巻防御』を使っておいた。カルの叫び声を聞いた前衛のメンバーは、すぐさまゲンブの背面へと位置取りし始める。
「【魔獣治癒】」
さらに、傷ついたそのゲンブを治癒。
これでまたもうしばらく持ちこたえられるはず。
「いいわね、これ! 面倒な射撃型が、勝手に近づいてきてくれるんだもの!」
女性剣士がゲンブに近づいてくる敵を攻撃しつつ、歓喜の声を。
竜巻防御により、ゲンブを狙ったモンスターの射撃攻撃が左右へ逸れていった。それを見て取った敵射撃モンスターたちは、自ら前線へと少しずつ近寄ってくる。
(射撃型のモンスターには、自分の攻撃が命中しなかった時は少しずつ近づいてくる習性がある)
マナヤの指導で学んだことだ。
「普段は我々の射程外から撃ってきて厄介なのだが、これはありがたい。向こうの方から範囲魔法の射程範囲に入り込んできてくれるのだからな。【ブラストナパーム】」
黒魔導師が、距離を詰めてきた射撃モンスターたちを一掃していく。
(ちくしょう。癪だけど、マナヤってやつの言う通りだ)
内心、舌を巻くカル。
先日のモンスター襲撃時を思い出す。あの晩、当番だったカルも出撃したのだ。だがそこに、呼ばれもしないのにマナヤが乱入してきた。
そしてマナヤは、鮮やかに活躍してみせた。
(あいつ、ただヴァルキリーを突っ込ませるだけじゃなかった。自分で、モンスターの攻撃を受け止めたりすらしてた)
マナヤが自分達に教えた知識。それをマナヤはちゃんと自ら実践し、結果を出してみせたのだ。
モンスターの一団を殲滅、封印し、貢献してみせた。騎士からも〝よくやってくれた〟と褒められていた。あまつさえ最後にはヴァルキリーすら放り出し、たった一人で味方の危機を救ってみせた。
召喚師がそのように評価されるなど、今までのカルにとっては考えられないことだったのだ。
(でもあの時、俺は今まで通りの戦いしか、できなかった)
あの時は、討論の初日だった。
いろんな討論を重ねた今なら、わかる。あの時、自分にももっと出来ることがあったはずだと。
そして今、こうやって自分が貢献できてきている。
(あいつの強さを、もっともっと盗んでやる)
ひそかに、そう決心しなおした時。
「ん?」
ふと後ろを見たカルは、白魔導師の女性が少しずつ後退していくのを見て取る。
(あれ、ちょっと待て)
――既視感。
反射的に周囲一帯の地形を確認する。
台地のようになっている小高い地形。一見安全そうではあるが、後方側の斜面は緩い。
(そうか、討論で何度もやった! 後方から奇襲されやすい地形だ!)
カルがばっと白魔導師に向かって顔を上げかけた直後。
「――危ない、後ろから敵が接近してくる! 白魔導師、下がりすぎるな!」
弓術士が一足先にそう叫んだ。
白魔導師の女性は慌ててたたらを踏み、周囲を見回している。
(まずい!)
後衛に居る女性白魔導師の、さらに後方。坂を駆け上がって飛び出したのは、中級モンスター『狼機K-9』。鈍重なものが多い機甲系には珍しい、機動力があるモンスターだ。
「くそっ」
カルの体が勝手に動いた。白魔導師の元へと駆け出す。
(中級モンスター召喚には、マナが足りない)
だが、そういう状況も想定済みだ。
一瞬、身震い。しかしそれでも体だけは『討論』の通りに動く。
白魔導師の前に割り込み……
「ぐあッ」
「召喚師さん!?」
白魔導師の女性が悲痛な声をあげる。
狼機K-9の攻撃を、カルは正面から自身の体で受けたのだ。
「だ、大丈夫だ、俺の後ろに! ぐッ」
カルは更にもう一発、狼機K-9の攻撃をその身に受ける。
(マジで、マナが回復した!)
それによって『ドMP』の効果が発揮。
最初聞いた時は無謀としか思えなかったこの戦術は、本当に意味があったのか。体の痛みを堪えつつも、高揚感を覚える。
(K-9は斬撃攻撃型、攻撃力30の連撃速度1.5秒! だとすると最適なのは――)
もはや勝手に頭の中に浮かんでくる、ステータス表の内容。
ここで召喚すべきモンスターも、すぐにわかる。
「召喚、【ナイト・クラブ】!」
痛む体を押して、巨大なカニ型モンスターを召喚。
ナイト・クラブはその甲殻によって、狼機K-9の爪を弾く。逆に巨大なハサミを振りかぶり、反撃。
「ちょっと、大丈夫!?」
前線に居た女性剣士が、白魔導師の身を案じて声をかけてきた。
「ああ、こっちは大丈夫だ! そちらは前衛の仕事に集中してくれ!」
「……頼んだわよ!」
それをカルが止めれば、何かを察したように前方へ向き直った女性剣士。
カルも、改めて目の前の戦いに目を戻す。
(ナイト・クラブの斬撃は、攻撃力50の連撃速度2.5秒。K-9の斬撃耐性やHPを加味して、倒すまでにかかる時間は……約27秒!)
戦場における27秒は、長い。
カルはすぐさま、ナイト・クラブに手をかざした。
「【火炎獣与】!」
巨カニのハサミが、業火を纏う。
炎のハサミに斬り裂かれた狼機K-9が、よろめいた。
(K-9は火に弱い。かつ、『過熱』で鈍化させることもできる)
狼機K-9の動きが、目に見えて遅くなった。爪を立てる速度も鈍っている。
そしてその金属の身体を、ナイト・クラブのハサミは一撃で大きく裂く。
二撃。そして三撃。
「よし! 【封印】」
その三撃目で、狼機K-9あっさりは沈んだ。
すぐさま、残った瘴気紋を封印。
(補助魔法のついた中級モンスターを、後方で遊ばせておくのはもったいない)
カルは前方と周囲へ視線を巡らせた。
斜め前方に、野良の射撃モンスター『砲機WH-33L』の一団が見える。黒魔導師も弓術士も近くの敵に手一杯で、そちらには手を回せていないようだ。
「【跳躍爆風】」
カルは、ナイト・クラブを前方へと放り込んだ。
ハサミに炎をまとったままの巨カニは放物線を描き、砲機WH-33Lの一団のただなかに着地。
(射撃モンスターは、攻撃力自体は低い。接近戦型の召喚獣を隣接させれば、圧倒的に有利だ!)
ナイト・クラブの攻撃一発で、砲機WH-33Lの小型戦車のような体が半壊。
あれも機械モンスターゆえ、炎の攻撃には弱い。
(あ……俺のゲンブが戦ってるあれは、エルダー・ワン)
さらに前線へと目を戻すと、カルのゲンブが水色の体をした怪物たちに囲まれている。
(エルダー・ワンは系統『冒涜系』で種族は『亜空』。亜空に効くのは、『聖痕』だ)
すらすらと頭に浮かぶ対処法。
カルは、すぐさまゲンブに手をかざした。
「【秩序獣与】」
ゲンブの頭部が、神聖な青白い光を帯びる。
その頭突きを食らった敵エルダー・ワン。水色の気味悪い胸元に、光の紋様が浮かび上がった。
「な、なに? こいつら、急に弱って」
戦っていた女性剣士が戸惑う。
エルダー・ワンの水色の肉体が煙を吹き始めたのだ。
(秩序獣与についてる『聖痕』の特殊効果は、亜空モンスターの体を断続的に灼きつづける)
体を小刻みに震わせながら、エルダー・ワンがどんどん弱っていく。
剣士の追撃を受け、あっさりと倒れていった。
「よし、【封印】【魔獣治癒】」
カルはすぐさま瘴気紋を封印、さらにゲンブの傷も治療する。
「順調だ! このまま――」
「あ、あの、お怪我を」
カルが喝采を挙げたその時、背後から声が。
白魔導師の女性だ。大きな爪痕が残ったこちらの腕と胸元を見て、手をかざしてくる。白い光、治癒魔法だ。
「あ、ああ、ありがとう」
カルは戸惑いながらも、白魔導師の治療を受け入れる。
彼女のその眼差しに、嫌悪の色はない。カルは照れ臭そうに頬を掻いた。
「ふう。乗り切れたわね」
女性剣士が得物を鞘に納め、一息つく。
かなりの数のモンスターだったが、思った以上にすんなり殲滅できた。
「素晴らしい働きだ、召喚師。少数しか召喚獣を出さないのを見た時には、どうなることかと思ったが」
黒魔導師の騎士が、感心した様子でカルに笑顔を向けてきた。
「むしろ、多数の召喚獣を出していた今までよりも戦いが楽になったとはな。驚いたぞ」
「い、いえ。正直、召喚獣が少ない方が俺もサポートがやりやすかったんです」
しどろもどろになりつつも、カルは本心で語る。
召喚師は、最大八体まで召喚獣を同時に操れる。が、今回カルは多くても五体くらいしか同時に運用しなかった。マナヤからそう教わったからだ。
(今ならわかる。これまでの俺たち、召喚獣を出すだけ出した後、怠けてたんだ)
八体フルに使っていたこれまでは、それを完全に持て余していた。
どの召喚獣が死に際にあるか、八体もいると一々把握などしていられない。だから囮となっていた召喚獣を途中で死なせてしまい、味方を窮地に陥れてしまうこともあった。
だが召喚獣の数を絞れば、把握しやすくなる。補助魔法の援護も同じ。
「それに封印率もすばらしい。この乱戦で、全て封印しきるとは。召喚師の騎士とてこうはいかんぞ」
「ど、どうも」
騎士のほめちぎりに、カルは頬を掻いた。
補助魔法中心で臨機応変に立ち回ることで、逆にマナの消費を抑えることもできた。そのぶん、封印にマナを回す余裕も増える。
「今後もこの調子で頼む。期待しているぞ」
と、黒魔導師の騎士はカルの肩を叩く。
(頼られた、のか? 俺たち召喚師が?)
彼が離れていった後、カルは叩かれた肩にそっと自分の手をあてがう。
(この感覚、どこかで)
懐かしい感覚。
それが、自分の胸の中にパチパチと弾けていくのがわかる。
「……あ、あの」
「え?」
その時、後ろから女性の声。先ほど助けた白魔導師だ。
「さ、さっきは、ありがとう……ございました」
「あ、ああいや、気にしなくてもいい。先を急ごう」
「あ……」
まだ気まずくて、カルはおざなりに返事をし歩き出し始める。寂しげな白魔導師の声に、少し心が痛みかけたが……
「――カル!」
突然、白魔導師の強い呼び止め。
カルは勢いよく振り返った。
「え……」
「あの、カル。カルだよね」
「え、あ、ああ」
「私のこと、覚えて、ない? 小さい頃はいつも、みんなと一緒に中央広場で遊んでたよね」
「い、いや。ちゃんと覚えてるよ。……サフィア」
こうして名前を呼びあうのは、いつぶりだろうか。
少しもじもじしながら、白魔導師がこちらを見つめてくる。
「カル。その、ごめんね。今まで余所余所しくて」
「い、いや。でもどうして急に?」
問いかけると、女性白魔導師サフィアは悲しげに俯いた。
「だって……召喚師になって帰ってきたカル、すっごく表情が暗くて。話しかけようとしても、そっけなくて」
「あ……」
「なんだかカルが、カルじゃなくなっちゃったような感じで、寂しくて……怖くて」
不安そうに、上目遣いでこちらを見上げる白魔導師。
(召喚師になった俺がイヤだからってわけじゃ、なかったのか)
カルは、そんな彼女をまじまじと凝視してしまった。
「でも、よかった」
「へ?」
急にはにかんだ白魔導師に、カルは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「私の知ってるカルが、帰ってきてくれた」
彼女は、目の端にかすかに涙を溜めていた。
(……そうだ。この感覚、あの時の)
思い出した。
自分がまだ〝成人の儀〟を受ける前。子供のころは、皆の前で同じ感覚を抱いて豪語していたのだ。
『オレは、村一番の戦士になるんだ! そうしてオレが、村の一員としてみんなを守ってみせるさ!』
あのころ胸に灯っていた、希望の雷。
一度は自ら消したそれが今、ふたたびカルの胸の中で弾け始めた。
◆◆◆
「――そうか。じゃあ、召喚師たちのイメージも変えられそうなんだな?」
「ああ。思った以上に効果が大きくて助かったよ。この調子でどんどん好印象になってくれりゃ助かる」
夕食の席。
マナヤは『間引き』での成果を、テオの父スコットに報告していた。
「村人もほぼ全員、間引きに一度は参加するだろうからね。きっと、すぐに召喚師の評判は広まるさ」
と、スコットが明るい顔で指摘。
この分ならば騎士達もきっと、目に見える結果は出たと認識するだろう。自分が駐屯地へ連れていかれることもないはず。
「……して……」
突然、黙っていたシャラが小さくつぶやいた。
「シャラちゃん? 何か言った?」
「……いえ、何でもないです」
テオの母、サマーがシャラに訊き返す。しかしシャラはそのまま有耶無耶にし、押し黙ってしまった。
(!)
突然、妙な既視感に襲われる。
そうだ。
彼女のこの表情を、自分は知っている。
(……テオの記憶だ)
泣きたくなるのを必死に我慢していた時の、シャラの顔。
『ひとりで、泣かないで』
そんな彼女に、自分がそう言っていた。そして――
『ぼくが――』
(って、だから俺なにやってんだ!)
慌てて記憶を振り払う。
(くそ。やっぱ他人の記憶が見えるなんて、ろくでもねえ。だいたい、それがわかったところで)
マナヤは再度、シャラの表情を横目で伺った。
彼女を慰めることが、自分にできるわけでもない。シャラも、『マナヤ』に声をかけられることを求めてはいないだろう。
目を逸らし、黙って料理をかき込む。
(……また、この味かよ)
相変わらず、何一つバリエーションのない味。
前世にあった、数々の複雑な味が懐かしい。照り焼き味が、和風ダシ味が、しょう油味が、ミソ味が。なんならカレー味やケチャップ味、トマトスープ味。
思い出せば思い出すほど、今目の前にある料理が味気ない。今なら、それほど好きでもなかったホウレンソウのお浸しですら、喜んで頬張れそうだ。
(くそ)
空腹を満たすためだけになりつつある料理を、ただかっ食らった。




