21話 召喚師達の成長 ジェシカ
森の入り口。
今、おかっぱ緑髪の召喚師の女性『ジェシカ』は、緊張に体が震えていた。
「よし、それでは出発する」
班リーダーである剣士の騎士が、皆を見回してそう宣言する。
各『クラス』の者たちが一人ずつ揃っている。彼らがいっせいに頷き、ジェシカも慌ててそれに続いた。
(ついに、始まっちゃった。『間引き』の実戦)
ぎゅ、と思わず緑ローブの端を握りしめる。
十日間の指導が終わった翌日である今日。ついに、マナヤの指導が成果を出したか確かめる日が来たのだ。
(これで成果が出なかったらマナヤさんが連れていかれちゃうなんて、聞いてなかったよ!)
いろいろと責任重大だ。
剣士の騎士を先頭に、ジェシカ含む六人が並んで森の中へと入り込んでいく。その時、ジェシカはハッと気づいて慌てて声をかけた。
「あ、あの!」
「ん? どうした召喚師」
剣士の騎士が振り向き、他の四名も胡乱げにこちらを見つめ返してきた。
皆の視線が集まり、思わずびくりと全身が硬直。
(だめ、気をしっかり持たなきゃ! じゃないと、マナヤさんが)
失敗するわけにはいかない。
マナヤに言われた通り、ぐっと腹に力を入れて顔を上げた。
「その。事前に召喚獣を喚びたいんですけど、いいですか?」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げたのは、建築士の男性。
「何言ってんだ。まだ戦いが始まってもいねえのに召喚すんのかよ」
「……っ」
「ただでさえモンスターと召喚獣はそっくりだってのに、そいつと仲良く連れ歩こうってのか? 気分悪ぃな」
不快感を隠そうともせず、地面に唾を吐き捨てる建築士。
やっぱりだめか、とジェシカは唇を噛んで俯く。
「いいじゃない、やらせてあげましょ」
が、隣から快活そうな声。
顔をあげてみれば、弓術士の女性が自分の横に並び立っていた。
「お、おいエメル、何のつもりだお前」
「この子、村を救ってくれたマナヤさんって人の指導を受けたのよ。なら、ちゃんと意味があるかもしれないじゃない」
「てめっ、ふざけんな!」
カッとなって大声を上げる建築士。対峙している弓術士の女性は平然としているものの、ジェシカは思わず身がすくんでしまった。
「もしそれでそいつが何かしくじったらどうする! カバーしなきゃいけねえのは、防御を任されてる俺たち建築士なんだぜ!」
「その時はわたしもちゃんとサポートするわ。それならいいでしょ?」
「弓術士に守りの何がわかるってんだ! おい騎士サマ、あんたもなんとか言ってくれよ」
建築士の男性は、付き合ってはいられないとばかりに騎士へと話をふる。
が。
「召喚師の好きにやらせてやれ」
「は!? 騎士サマ、正気か!?」
「隊長からのご命令だ。召喚師の新戦術に妥当性があるかどうか、確認せよと」
「……チッ。くそ、今日くらいマナは温存しときたかったってのに」
建築士は、ブツブツと悪態をつきながら目を逸らしてしまった。
「あ、あの。ありがとうございます弓術士さん。庇ってくださって」
ようやく落ち着いたとみて、ジェシカは改めて弓術士の女性へと向き直る。彼女はニッと明るい笑顔を返した。
「エメル、よ。気にしないで、マナヤさんには借りがあるから」
「借り?」
「前の襲撃の時、結果的には打ち上げる救難信号をミスっちゃって。たまたま彼が来てくれたから、なんとかなったのよ」
頬を掻きながら、そう言って肩を落とす弓術士。
「それにね、ちょっと安心したわ。あんたたち召喚師も、ちゃんと人間なんだなって」
「え?」
「今までのあんたたちって、人の言うことに従うだけの人形みたいだったからさ」
そして、弓術士は再び明るい笑顔を向ける。
「そんなあんたたちが、やっと『自分の意思』を見せたのよ。なら応援してあげたくなるじゃない?」
「……弓術士さん」
照れ隠しのように、弓術士はスタスタと先に進んでいった。
(でも、確かに私は試してみたい)
マナヤから教えてもらった戦い方。もし、本当にこんな戦い方が実現できるのだとしたら、実戦で確かめたい。こんな戦い方をして、野良モンスター達を翻弄してみたい。
討論を進めれば進めるほど、その思いは募る一方だったのだ。
「――召喚師。召喚獣を喚ぶのか、喚ばないのか」
騎士隊の剣士の声。ジェシカはハッと我に返る。
「あ、は、はい喚びます! 【ケンタウロス】召喚」
ジェシカが前に手をかざす。召喚紋から現れたのは、半人半馬の伝承系中級モンスター。馬の下半身を持ち、人の上半身は弓矢を携えるこのモンスターは、遠距離攻撃モンスターでありながら機動力や耐久力も高い。
「【狩人眼光】【待て】」
直後、ジェシカはケンタウロスに補助魔法を使用。
「じゅ、準備できました」
「……うむ。では、改めて出発する」
騎士を先頭に、六人は森の中へと入っていく。
(視点変更)
ジェシカはいったん目を閉じる。一気に視界が高くなり、ケンタウロスが見下ろす景色が広がった。
モンスターの視界。
それを、自分が見ていることに怖気立ちそうになる。が、ぐっとこらえて指示を。
(待機位置を、進行方向のその先へ……こう、かな?)
ケンタウロスが駆けはじめ、自身を追い越していく。
ジェシカはすぐに視点変更を解除し、自分も後を追った。弓術士が首を傾げ、こちらを見つめてくる。
「ちょっと。今そいつにかけた魔法って、なに?」
「あ、狩人眼光のことですか?」
「ええ、なんのために、あれを――っ!?」
ジェシカへ向けたセリフは途中で途切れ、女性弓術士は突然バッと森の奥の方へと目をやった。
――ドヒュゥッ
直後、同じ方向へ、女性弓術士の頭上を風を切って飛んでいく矢。
彼女が射ったものではない。
「あの方向から、モンスターが来ます!」
召喚獣ケンタウロスが射ったものだ。ジェシカがすぐさま、矢が飛んでいった方向へと指さした。
一瞬驚いたのち、皆あわてて臨戦態勢に。
「弓術士。召喚師の言っていることは確かか?」
「は、はい。でもあのケンタウロス、わたしの感知とほぼ同時に? そりゃケンタウロスはモンスターの中じゃ最長射程でしょうけど、感知範囲ならわたし達弓術士の方が広いはずなのに」
騎士が弓術士の女性に確認すれば、彼女も矢をつがえながら驚きの表情。
「あれが狩人眼光の効果です。射程が伸びて、弓術士さんと同等になったんでしょうね」
ジェシカがそう説明している間にも、ケンタウロスは次々と矢を放っていた。
「と、とりあえず近づいてくるのは『ヘルハウンド』一匹よ! 今ならこいつだけおびき寄せて倒せるわ!」
自身もさっそく矢を放ちながら、弓術士が報告。
みな頷いて、待ち構えるよう正面を見据える。
(ヘルハウンドはたしか、系統『伝承系』の種族『生物』なモンスター。生物に効くのは、『感電』!)
ジェシカはそこですぐに思い出した。モンスターに三十秒間、電撃の攻撃力と『感電』の特殊効果を付与するあの魔法の存在を。
「【電撃獣与】」
自身のケンタウロスに手をかざす。
ケンタウロスの弓矢が電撃を宿し、バリバリとスパークする矢が放たれる。
「……?」
「どうしたんだよ、エメル」
直後に弓術士が、矢を放ち続けながら首を傾げていた。気づいた建築士の男性が、地面に手を着きながら問いかけている。
「急に、ヘルハウンドが近づいてくる速度が遅くなったわ」
「なんだと?」
「なんだかわからないけど、チャンスよ。接敵する前に、削れるだけ削る!」
意気込んだ弓術士は、続けさまに矢を連射。同時にちらりと、黒魔導師の方へ視線を送る。
頷いた黒魔導師の女性は、手のひらを前方へと構えた。
(そうだ。討論でやった、敵を誘導する戦術)
と、ジェシカは一つ思い出して、提案を出す。
「みなさん! 敵をこちらに真っすぐではなく、囮の召喚獣へ誘導します! いいですか!」
「は!? なに言ってんだ、どうせすぐ崩されるクセに――」
またも、難癖をつけんと声を上げる建築士。
だが騎士がそれを手で押さえ、ジェシカの方へ向く。
「その囮は、持ちこたえられるのか?」
「は、はい!」
「ならば、やってみろ」
緊張の面持ちでジェシカは頷き、左へと少し駆ける。
皆から離れた位置で、ジェシカは手をかざした。
「召喚、【牛機VID-60】」
召喚紋から現れたのは、紫色の金属で造られた牛の機械人形。
(VID-60は、こういう荒地では動きにくい。でも、ただ囮になるだけなら)
続けてジェシカは視点変更し、牛機VID-60の待機位置を指定。ズン、と重厚な足音を立て、やや前方へと進み出る牛型機械獣。
その瞬間、弓術士がぴくりと眉を動かす。
「ヘルハウンドの向きが変わったわ。その召喚獣の方へ向かっていく」
「うむ」
剣を構えた騎士が頷き、牛機VID-60のやや右後方へと陣取る。召喚獣を盾代わりにして、側面から攻撃する準備だ。
女性黒魔導師もその意図に気づいたようで、手を左方向へと向けなおした。
「あいつ、速いやつだよね。当てられる、かな」
ぽつりと、黒魔導師がつぶやく。
直後、森の奥から草をかき分けるような音。
「来たぞ! 魔法を!」
騎士が正面を見据えて叫ぶ。
木々の隙間から、茶色い大型犬の姿が躍り出た。
――ズドッ
と、そこへジェシカのケンタウロスが放った矢が突き立つ。
ヘルハウンドを貫き、同時にバチッという電撃の炸裂音。ヘルハウンドは痙攣し、動きを止める。
「!?」
チームがそれに戸惑ったのも束の間。チャンスを逃すまいと黒魔導師が魔法を放った。
「【アイススリング】」
手のひらから放たれた、氷の刃。
動きの止まったヘルハウンドは、それをもろに食らい……
「え?」
倒れ込むヘルハウンド。魔法を放った黒魔導師自身が、呆気にとられていた。
「……【封印】」
消えゆくヘルハウンドに向け、ジェシカは手をかざした。残った瘴気紋が浮かびあがり、彼女の掌の中へと消えていく。
「もう倒した、のか?」
あまりの呆気なさに、騎士も茫然としていた。飛び出そうとした態勢のまま固まっている。
「さっきのケンタウロスの矢は、何です? まるでヘルハウンドを怯ませていたような」
白魔導師の男性が、ジェシカの方を見て言った。とたん、他のメンバーも一斉にジェシカの方を振り向く。
集中する視線。怯えつつも、しどろもどろとジェシカは解説する。
「え、えっと。召喚獣に電撃獣与をかけると、その攻撃で敵の動きを一瞬止められるんです」
へえ、と皆が感心する中。
「お、俺の出番が……」
「いいじゃない。マナを温存しときたかったんでしょ?」
地に手を着いた、いつでも壁を張れる態勢のままうなだれている建築士。弓術士が彼の肩を叩きながら、ニヤニヤとした顔で見下ろしていた。
が、彼女の表情は一瞬にして強張る。あちこちを見回し、ふたたび弓を構えた。
「モンスターが接近してきたわ! 前に六体、後ろから一体!」
彼女の言葉に、みな一瞬で気を引き締める。
ケンタウロスも後方へと振り向いている。後ろの敵へ狙いを定めようとしているようだ。
ジェシカは弓術士へと問いかけた。
「弓術士さん! 後ろからくる一体は何ですか!?」
「POLE-8よ! ケンタウロスだけじゃ太刀打ちできない、わたしが加勢するわ!」
彼女は後方へ向き直り、弓を引き絞りはじめる。
(蹴機POLE-8、系統『機甲系』で種族『機械』。効くのは、『過熱』効果がついてる火炎獣与!)
すぐさま、ステータス表の内容を思い出すジェシカ。気合を入れるように、自ら頷く。
「いえ、こちらは私だけでなんとかします。前方に加勢してください!」
「え? ちょっとあんた、それで大丈夫なの!? だって射撃型の召喚獣じゃ、近接型のモンスターに対抗は……!」
「大丈夫です! 【火炎獣与】」
電撃を帯びていたケンタウロスの弓に、さらに火炎が追加される。
赤い炎と青い稲妻。その双方を纏ったケンタウロスの矢が、後方の森の奥へ吸い込まれていく。
(来た)
ジェシカの目にも、木々の間から覗く銀色の人影が見えた。こちらへ向かってくる人型の機械人形だ。まっすぐケンタウロスの方向へと駆けてくる。
(速い。接敵までには、倒しきれない)
が、そういう状況は『討論』でも想定済み。
ジェシカは先ほど召喚した牛機VID-60へと手を向ける。
「【強制誘引】」
牛機VID-60が、放散するようなオーラを纏う。
直後、向かってくる蹴機POLE-8が進路を変えた。
(よし!)
強制誘引は、敵の標的になりやすくなる補助魔法。
敵の蹴機POLE-8は、あえて遠い位置にいる牛機VID-60の方へと向かっていく。
時間稼ぎ、成功だ。
電撃と火炎を纏った矢が、ケンタウロスの弓より発射された。
命中と同時に、電撃の炸裂音。
矢を受けた蹴機POLE-8の動きが一瞬硬直した。その全身が、ややオレンジ色に染まる。
(火炎獣与の『過熱』効果は、機械モンスターの行動速度を鈍らせる)
それに伴い、蹴機POLE-8の走る動きが一気に鈍くなった。
ジェシカの牛機VID-60に、背後から蹴りを叩き込もうとする蹴機POLE-8。が、直後にケンタウロスの矢がもう一発炸裂。蹴りを炸裂させる前に、銀色の人型機械は崩れ落ちていく。
「うまく、いった! 【封印】」
すぐさま、倒した蹴機POLE-8の瘴気紋を封印。
「やるじゃない!」
弓術士が、前方の群れへと矢で援護しながらこちらにウインクを。
が、ジェシカはハッと思い出したように自分の牛機VID-60へと振り返った。
「っとと、忘れちゃダメって言われてたんだった! 【応急修理】」
機械モンスター専用の治癒魔法だ。
牛機VID-60の損傷が、ビキビキと音を立てて塞がっていく。
「ほう、一度も倒されず囮になり続けるか。いつ崩されるかわからん今までの召喚獣とは大違いだな」
そう言って騎士が笑い、牛機VID-60の裏から飛び出て野良モンスターを斬り倒す。
他の者達も感心した表情を浮かべていた。建築士のみ、への字口になっているが。
(戦えてる! 私、ちゃんとみんなに貢献できてるよ!)
ようやく、実感が湧いてくる。
胸の中で何かが弾ける感覚を、ジェシカは味わっていた。
◆◆◆
しばし後。
「今日はここまでだ。皆、ご苦労だった」
門前まで戻ってきたところで、騎士が剣を鞘に納める。
数の割にはそう苦戦することもなく野良モンスターを殲滅し終え、今日の『間引き』が終了したのだ。
「……なあ」
「なによ」
そんな中。
どこか憮然とした表情の建築士が、弓術士へと声をかけた。
「俺、マナがすげえ余ってんだけど」
「わたしもよ。なに、嫌なの? 温存したいって言ってたでしょ」
「いや、そうなんだけどよ」
何かに戸惑いながら、首を傾げている建築士。
ジェシカは慌てて彼へと謝った。
「ご、ごめんなさい。私のせいで、見せ場を」
「いいのいいの。こいつ、素直になれてないだけだから」
が、それを遮ったのは弓術士の女性。笑いながら、裏拳で建築士を小突くような仕草を。
「こいつさ。あのスタンピードの日、自宅を壊されちゃったらしいのよね」
「え?」
「それでまだ家を直しきれてなくて、イライラしてたんでしょ。違う?」
弓術士が視線を向ければ、建築士の男性は頭を掻きながらため息を吐いていた。
彼はジェシカへと向き直る。
「……悪かったよ。スタンピードの日からずっと、俺たち建築士は防壁の修復のために駆り出されてたんだ」
「あ……」
「そんで、毎日マナ切れになるまで働いてて。だから防壁はともかく、俺ん家の修理はぜんぜん進まなかったんだよ」
そこで建築士は自分の両手を見つめ、そしてその手をぐっと握る。
「やっと防壁の修復が終わった次の日に、すぐ『間引き』に駆り出されることになっちまってさ。今日もまたマナ切れになる覚悟をしてたんだ」
「建築士、さん」
「でもよ、こんなにマナが余った。これでやっと家を直せる。カミさんの機嫌も、ようやく直してやれるってもんだ」
と、彼はややバツが悪そうにしながらも、へらりと笑ってみせた。
「だから、ありがとよ」
すぐにくるりと背を向け、門の中へと駆けていく。
ジェシカは、彼の後ろ姿をぽかんと見つめることしかできなかった。
「よかったわね」
ポン、と自分の肩を叩いてくる弓術士の女性。
他の皆も、こちらをみつめてくる。今までのような、奇妙なものを見る目ではない。もっと優しく、暖かい視線。
ジェシカは、笑顔が浮かんでくる自分の顔を止められなかった。




