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召還された召喚師  作者: 星々導々
最終章 世界に願いを
208/275

208話 ヴァスケスとシェラド

「無事か、シェラド」


 オレンジ色の岩肌に囲まれる中、様々な色合いの緑が斑に混ざりあっているローブを纏った二人。


「っ……問題、ありません。ご迷惑をおかけしました、ヴァスケス様」


 黒髪で極めて短い短髪の男が、負傷した脚を押さえながら言った。

 背にもひどい火傷を負っている。青髪の男は彼を仰向けに横たえ、手当てしていた。止血ができる粉薬を脚の傷口にかけ、その上から包帯代わりに布を巻きつけていく。

 背中にも、炎症を抑える薬を塗った。ブライアーウッド王国で町から奪い取った薬の残りだ。


「迷惑なものか。お前が囮になってくれたからこそ、確実にあれらを倒せたのだ」


 青髪の男――ヴァスケスは、安堵のため息を吐きながら言う。


「まさか、模擬戦中にフロストドラゴンとサンダードラゴンに襲われるとはな」


 ここは、デルガド聖国南部の大峡谷。

 ダグロンが所持していた『核』の方角を目指し、たどり着いた先だ。

 赤い岩によって作られた美麗な地形が特徴であるこの地は、周囲にほとんど人影がなく、秘密の特訓をするにも都合がいい。


 だがこの一帯だけ、異様な光景となった。

 赤いはずの大地は、黒い焼け焦げ跡と無数の氷の刃によって覆われてしまっている。先の戦闘の影響だ。


「この地域にモンスターが増えているという話だったが、伊達ではなかったようだ。野良で、最上級モンスターが二体も湧いていたとはな」

「しかし」


 そこへ、横たわっていた男――シェラドが笑顔を見せる。


「やりましたね、ヴァスケス様」

「なんだと?」

「これでヴァスケス様も、最上級モンスターがあらかた揃いました」


 シェラドは、額に脂汗を滲ませながらも、気丈に上半身を起こした。


「ダグロンとマナヤの戦いの最中に、最上級モンスターをいくつか封印し奪ったのでしょう?」

「ああ。フレアドラゴンにサンダードラゴン。ドゥルガー、鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)、ワイアーム、ダーク・ヤング。計六種もの最上級をな。SLOG-333(スロッグデルタ)とサンダードラゴンにいたっては、どちらも二体目をも確保できた」


 ダグロンの最期の時だ。

 アシュリーという女剣士が、物理攻撃型の最上級モンスターを四種、まとめて倒した時。ダグロンが死んでしまう前に封印しておいた。マナヤ達は疲労困憊で封印には手が回らなかったようだ。


「これで、シャドウサーペント以外の最上級が揃いました」


 シェラドは、希望に満ちた目でヴァスケスを見上げた。


「今のヴァスケス様であれば、マナヤとも良い勝負ができるでしょう」

「……」

「マナヤはシャドウサーペントを持っているやもしれませんが、ヴァスケス様は奴には無い鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)をお持ちです。モンスターの質でいえばヴァスケス様の有利には違いありません」

「……そうだな」


 だが手当を終えたヴァスケスは、沈んだ声で一言呟いたのち、目を逸らした。

 長い前髪で目が全て隠され、表情も見えなくなる。シェラドが眉をひそめた。


「ヴァスケス様?」

「……シェラド。ひとつ、訊ねておきたいことがある」

「はい。なんなりと」


 真摯な目で見つめるシェラド。

 ヴァスケスは、顔を上げぬままぽつりと問いを発した。


「なぜ、今なお私に付き従おうとする」

「……おっしゃる意味がわかりません。私はこれでも、ヴァスケス様の右腕を自負しているつもりですが」


 ヴァスケスは、ため息をついた。


「シェラド。お前は以前、マナヤの村を襲撃した部隊を指揮していたな」

「はい。村人ごときに不覚を取り、申し開きの一つもございません」

「そのことを責めているのではない」


 ヴァスケスは、そこでやっと顔を上げた。

 目は相変わらず髪に隠れている。


「あの時、お前は私に言ったな。『誇り高き我らが部隊が、マナヤが指導した村人に敗北するなどあってはならぬこと』と」

「はい」

「その理屈で言えば、私こそマナヤに連戦連敗している。そんな私にお前がついてくる理由はないはずだ」


 シェラドは、心外とばかりに片眉を吊り上げた。


「なにをおっしゃいます。私は今なお、ヴァスケス様ほどの使い手を知りません」

「だが、ダグロンはマナヤに一度は勝った」

「彼についていけというのですか。申し上げたはずです、私は――」


 痛みをこらえながらも、語気を激しくするシェラド。

 が、ヴァスケスは手を掲げて遮った。


「言った通り、私はマナヤに何度も敗北するという失態を犯している。失態を晒す不届き者……お前が、一番嫌う人種であったはずだ。違うか?」


 シェラドは言葉に詰まった。


『――ひいては、これまで以上に厳しく部隊を指導して頂きたいのです。今後二度と、あのような失態を晒すような不届きものを出さぬためにも』


 セメイト村の急襲に失敗した時。ほかならぬ、シェラドが言ったことだ。

 ヴァスケスはさらに沈んだ声になる。


「ダグロンについていけばよかった、とは言わん。だが私についてくる必要もなかった。お前はお前の道を行くこともできたはずだ。私とは違う方法で、マナヤを倒す方法を探ることも」


 じっと黙りこくるシェラド。

 風が吹き抜ける音だけが響く。ヴァスケスは、耐えかねたように顔を完全に背けた。


「……実際、不思議なものです」


 ぽつりと、シェラドが独り言のように呟く。


「たしかに、言われてみればその通りです。私は、ヴァスケス様に付き従う必要はなかった」

「……」

「ですが、おかげで一つ気付いたことがあります」


 思わず振り向くヴァスケス。

 シェラドは、まっすぐに彼を見つめ返していた。


「私は今、これまでの人生で一番、充実している実感があります」

「なんだと?」

「これまで私の心には、たった二つのものしかありませんでした。召喚師ならぬ者たちが大きな顔をしている怒り。そして、そんな連中をモンスターで滅ぼしてやる喜び。それだけです」


 ふ、とシェラドは穏やかに笑った。

 ヴァスケスは瞠目する。これまで、自身の右腕がこれほど爽やかな笑顔を浮かべたところを、見たことがない。


「なのに、あのガントレットの日。ヴァスケス様が死してしまったかと、悲しみに暮れました」

「……シェラド」

「そして正直、今は怖れてすらいます。我々二人だけになってしまった今、召喚師のためになにもできることは無くなったのではないかと」


 ヴァスケスはふと、語り続けるシェラドの手元に気がついた。

 震えている。

 だというのに、彼は穏やかな笑顔を(たた)えている。無理に作った笑顔には見えない。


「不愉快な感情であるはず、だというのに。なのに私は今、生きている実感がわいています」

「……」

「そして、気付きました。いかに私が心を失っていたかと」

「心を失っていた?」


 頷いたシェラド。


「私は、セメイト村襲撃に失敗した彼らに厳しすぎた。同盟のために懸命に戦った彼らを、もっと悼んでやるべきだったのでしょう」

「!」

「今なおヴァスケス様に付き従いたい理由も、まさにそれです。私は、功績や失態などを越えて、ヴァスケス様個人のことが気に入っているのでしょう」


 ヴァスケスの前髪から、瞳が覗く。

 驚きに見開かれていた。だがその後、その目元が神妙そうに細められる。


「シェラド。マナヤが……いや、もう一つの人格、テオといったか」

「はい」

「奴が言った言葉を覚えているか」


 シェラドもまた、顔を引き締めた。



『――夢を見て、何が悪いんだ!!』

『夢こそが、人の心を救う! 夢っていう理想や目標があるからこそ、人々は希望を持って生きていける!』

『だから、僕達はあがき続けているんだ! ゆっくりでも、一歩ずつでも! 夢物語を、現実にするために!!』



 ダグロンとテオらが対峙した際、テオが叫んでいた言葉だ。


「シェラド、今のお前に訊きたい。我々の理想は、我々が願っていた夢は、正しいのか?」

「……それは」

「召喚師と他『クラス』の者達が共存などできない。だからこそ、召喚師だけの理想的な世の中を作る。それこそが我々の目指すべき理想であると、そのトルーマン様の信念をずっと信じてきた」


 テオのあの言葉。

 あれを聞いて、ヴァスケスは内心、衝撃を受けた。

 テオは、諦めていなかった。召喚師と他『クラス』の共存。トルーマンやヴァスケスらが棄てたその大前提を、あの少年は諦めずに拘り続けたのだ。


(そういう思想を持っていた者は、召喚師でない者にもいた)


 以前の出来事に、思いを馳せる。

 コリンス王国の海辺の開拓村のこと。

 そこに住んでいた剣士の少年に、ヴァスケスは手厚く看護された。その少年にこう言われたのだ。


『だからさ、オレは召喚師だからって無条件に悪い奴だなんて、思わない。召喚師だって報われるべきなんだ、って信じてるんだ』


 ヴァスケスは、また顔を伏せた。


「我々は理想をはき違えていたのではないか。我々の信念は、ただの『逃げ』だったのではないか。そんな思いが、頭から離れん」

「……」

「それに、あの『核』だ」


 シェラドを見上げたのち、目線を上に向ける。

 空が、どこまでも青い。地上に見渡す限り広がる赤い岩肌とは正反対だ。


「トルーマン様は、仰っていた。『核』に人の魂を吸わせることで、召喚師は自らも戦う力を得る。完全な存在になれると」

「はい」

「だがシェラド。あの『核』に頼ることは、本当に……召喚師のために、世界のためになると思うか?」


 今までもずっと、心のどこかで引っ掛かっていたことだ。

 あの結晶の禍々しさ。人の魂を吸うという特性。人に瘴気を纏わせ、凶悪な戦闘能力を与える力。

 しかも『核』の力を、通常以上に引き出すことができる者達もいた。だが、そんな者達のことを思い返せば……


(瘴気を纏う戦闘能力を通常以上に引き出した、ジェルク)


 まず、スレシス村で工作させていた『ジェルク』という男。

 召喚師自身の身体能力を高め、瘴気のバリアを張るという『核』の能力。彼はその能力に才覚があった。普通よりも遥かに高い出力で発揮することができていて、その際にこれまでの実験ではありえない速度で『核』の力を消費していたことも判明した。


(モンスターを意のままに操る能力を発揮した、ダグロン)


 そして、ダグロン。

 彼は、『核』を通してあらゆるモンスターを手足のように使役する能力を得ていた。トルーマンからは聞いたことがない能力。未知の『核』の能力をダグロンは引き出し、自在に操っていたようだ。


「『核』の力を、通常以上に引き出せる者達は……()()ばかりだ」


 ジェルクは使命よりも苛立ちを他者にぶつけることを優先し、他者をねじ伏せようとすることを好む男だった。

 その点では、ダグロンも同じ。他者を精神的にいたぶることを好み、村人を必要以上に苦しめ、救いに来た騎士団を陥れることを是としていた。マナヤらとの戦いでも、彼らの仲を引っ掻き回しアシュリーが離反することを促していたほどだ。


「そんな『核』の力に頼って、我々は本当に世界を正すことなどできるのか?」


 理想的な世の中。野良モンスターを確実に封印し、平和な世界を作る。

 だが、あの禍々しい『核』に、その未来を託すというのか。


 ヴァスケスは、空を見上げたままこぶしを握り締めた。


「しかし、ヴァスケス様」


 しばし考え込んでいたシェラドが、口を開く。


「トルーマン様は、我々にとって……」

「わかっている」


 シェラドの声が震えている。

 ヴァスケスも視線を落とし、彼と同じ表情になった。


 トルーマンは、自分達にとって父親も同然だった。

 親に捨てられ、家族に捨てられ、村に捨てられた。ヴァスケスもシェラドも、そしてかつての召喚師解放同盟の中心人物らも、ほとんどがそういう境遇の者達。そんなヴァスケスらを、皆を救ってきたのは、まぎれもなくトルーマンだったのだ。

 そのトルーマンを、マナヤは殺した。


「トルーマン様の仇を討つ。そのために、マナヤを殺す。それは変わらん」

「……ヴァスケス様」

「だが、我々は真実を知りたい。我々がやってきたこととは、何だったのか。『核』に頼って力をつけることは正しかったのか。それを突き止めたい」


 それを伝えると、シェラドも力強い瞳を向けてくる。


「それは私も同じです、ヴァスケス様」

「シェラド?」

「今でもトルーマン様には感謝しておりますし、マナヤのことは憎い。ですが、考え方を偏らせ、『核』の力に溺れていく危険性に、最近気づきました」


 自分達が、召喚師解放同盟を追われた際の話をしているのだろう。

 ぎり、とシェラドは右拳を強く握りしめていた。その拳に掴まれているヴァスケスの服も、わずかに引っ張られる。


「私達は見極めねばなりません。これまでの行いの、どこまでが正しかったのか。これまで為してきたことに、どのような意味があったのか」

「そう。それが我々の責任だ。我々がやってきたことの行く末を、見届けねばならん」


 ヴァスケスは、自身の服を掴んでいるシェラドの拳にそっと手を当てる。


「そのために――」


 自然と、二人の言葉が重なっていた。


「――真実を知りたい」



 ――ピチュ……ン



 突如、頭の中に波紋が広がった。


「!」


 その感覚にヴァスケスは震える。

 心の中の静かな池に、雫が一つ滴り落ちたかのような感覚。

 それが波紋を広げ、その波紋をシェラドと共有していることが、ありありとわかる。見れば、シェラドも同様に頭を押さえ震えていた。


「これ、は……ヴァスケス様」

「まさか」


 二人は、自分の両手を見つめる。

 その両腕に、自分達の体に、虹色のオーラが揺らめいていた。


(まさか、私達が……)


 シェラドと目を合わせる。

 互いに頷き合い、心の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。


「【共鳴(レゾナンス)】」


 二人の虹色のオーラが、輝きを増す。




 ――【真実の瞳アイ・オブ・ヴェラシティ



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