20話 違和感
九日目の指導。
「うーん、やっぱり背後からの奇襲も警戒するなら、後方にもFEL-9の囮を?」
「いえ、でもそれじゃFEL-9を戦力にできませんよね。いっそ前方に敵をまとめるように誘導するとか」
「俺たち召喚師自身の身体で、敵の奇襲を受け止めるのはどうだ?」
討論を始めるようになってから、マナヤは指導の時間をひたすら討論に充てていた。
(この指導も、明日が最終日か)
最終日だからといって、何か変わったことをするつもりもない。明日もまた、『討論』に全てを費やすのみだ。
召喚師たちは興も、本日の『お題』を前にあれこれ意見をぶつけている。
「……」
そんな中、妙に黙りこくっている者がひとり。監視にあたっている召喚師長だ。
「どうしました、ザック召喚師長サン」
「――あ。いえ、失礼しましたマナヤ殿」
「別にいいッスよ。それより、何か気になることでも?」
召喚師長の顔は、心なしか青ざめていた。
「いえ。今の戦術を聞いて、何かがひっかかって」
「ひっかかる?」
「ちょっと嫌な思いつきが――」
と、その時。
「おじゃましまーす」
「ん?」
突然入り口が開き、場違いな明るい声が飛び込んできた。
「アシュリー? 何しに来たお前?」
「いやー、どんな指導やってるのかなって気になって、ちょっと見学にね?」
「……間引きとか訓練は?」
「今は久々に空いてるのよ。だから、せっかくだし顔出してみたの」
苦笑するマナヤ。
召喚師用の集会場というのは、召喚師そのものの評判もあって基本的に誰も近づかない。だが彼女はそんなこの場所にやってきた。
ふとアシュリーが、「あ」と何かに気づいたような声を上げる。
「この図。こういうの見たことあるわ」
「あ?」
「ほら、この上面図。戦術討論だっけ、あたし達剣士もよくやるのよ」
アシュリーが、正面のボードに貼り付けてある紙を見て感心している。討論のお題として出している、状況の上面図だ。
お題に出している状況というのは、『サモナーズ・コロセウム』のストーリーモードで出てきた敵の布陣そのもの。マナヤがやっていることは、セメイト村の召喚師達にそれを『討論』という形で体験させているだけだ。
ストーリーモードの戦いには非常にバリエーション豊かな敵布陣があった。これら全てに対処を見出すことができるようになれば、この世界でも大抵の状況に対応できるはず。
(んで、ザックさんは何が気になってたんだ?)
先ほどの会話を思い出し、ザック召喚師長へ視線を戻そうとしたが。
「って、なにコレ。この人たち、ホントに召喚師?」
突然、驚いたようなアシュリーの声。彼女は討論している召喚師達へと視線を移し、呆気にとられている。召喚師らの大半は彼女がやってきたことにすら気づかず、夢中で議論を続けていた。
「どうした?」
「いや、だって……召喚師の人たちって、前まであんなに雰囲気が暗かったじゃない。何があったの?」
「あー」
指導を始めた当初の彼らの顔を思い出す。まるで部屋の中まで暗くなったように感じるほど、どんよりとした雰囲気を醸し出していた彼らの表情を。
それが、どうだ。今、討論に夢中になっている彼らは、各々の意見をぶつけ合い生き生きとし始めている。
「まあ、指導の結果だな。あいつらも、自分の役割に夢を持てるようになったってことだよ」
これまで散々〝適当な囮を出して肉壁を作りつつ、封印だけしていれば良い〟と言われ続けてきていた召喚師達。
だがマナヤに様々な戦術を教えられ、こういった討論の場を設けられた。『召喚師にできること』というものがもっと幅広いものかもしれないと、希望を持ち始めている。
(特に……カルのやつ。急に熱心になったような)
ちらりと、部屋の一角へ目をやる。
マナヤに対し、むしろ敵対的だったカル。しかし彼は昨日から、妙にやる気を見せていた。今も、自分の組を引っ張るように熱心に討論に打ち込んでいる。
「あっ、お前らちょっと待て! そこで無理やり高台を占拠しに行くのは悪手だ! いいか――」
別の一角で、危険がすぎる意見を出した組が。マナヤは慌てて割り込んだ。
ゲームでの経験上、実行したら明らかに自殺行為だとわかっている行動については即座にダメ出しすべきだ。ゲームのように命をベットして気軽に試せない以上、命取りになるような行動を止めなければならない。それをよく知っているマナヤの役割だ。
「――ふう」
「お疲れ様、マナヤ。大変ね」
一通りのダメ出しを終え、一息ついたマナヤ。アシュリーが労いの言葉をかけてくる。
「ま、楽しいもんだよ。こいつらがどんどん成長していってんだしな」
「ずいぶん、手慣れてるのね?」
「そりゃな。元の世界でも、兄ちゃんとよくこうやって討論してたことがあったんだ」
そう言って、思い出す。
兄である史也とも、外出先や食事の時など、ゲームの筐体に触れない状況などでは、しょっちゅうこうやって討論していたものだ。
『優秀な人間ってのは、最初からなんでもできる人のことじゃない。できないことを、できるようになれる人のことをいうんだ』
史也が自分に指導してくれていた時、言っていたことを思い出す。
『成功した経験がなくて失敗ばっかりだと、人は自信をなくしてしまう。そうなると、何をする気もなくなってしまうんだよ』
『真也だって、まずはステータス表を覚えることができたろ? 色々なテクニックや小技なんかも、続々とマスターしていけたろ?』
『最初は基礎からでもいい。〝自分でもできた〟って経験を増やしていけばいいんだ。それが積み重なって、自信へ、そして本当の優秀さへと繋がっていくのさ』
(史也兄ちゃん。兄ちゃんとやったこと、教わったこと……立派に指導で役立ってるぜ)
こんな状況を想定でもしていたのかとも思えるほど、準備の良い兄のやり口。思わず誇らしくなってしまう。
「マナヤ?」
声をかけられ、振り向く。アシュリーが不安げな顔でマナヤの顔を覗き込んできていた。
「な、なんだ?」
「……元の世界に、帰りたくなった?」
ドキリと胸が跳ねる。
「な、なんだよ急に」
「んーん。ただ、ちょっと寂しそうな顔してたから」
(こいつ、なんでこんなに良く見てるんだよ)
真っすぐ見つめてくる美しい瞳。気まずくなって、思わず目を逸らしてしまう。
「別に、そういうわけじゃねーよ」
「そう、なの? 故郷に帰れなくなったのに? あたしだったら耐えられないと思う」
「……え」
不思議そうな彼女の言葉。
その内容を頭で反芻。そして、一瞬でマナヤは背筋が凍りついた。
(そう、だよ。なんで俺、何も感じてなかったんだ? 今のいままで)
地球の家族と離れ離れになった。一緒に住んでいた兄である史也にも、もう会えない。元の世界に帰る手段もない。
なのに、今までそのことが頭をよぎることは無かった。この村の行く末の方が、テオの家族を守ることの方が大切だと、なぜかずっとそう思っていた。
(なんで、もっと悲しまなかった? なんで、勝手に異世界に連れてこられたことに怒らなかったんだ?)
まるで、そういう感覚がすっぽり抜け落ちていたかのようだ。
幼少時の記憶が綺麗さっぱり無くなっていたのと同じように。自分の命を賭けて戦うことへの恐怖が、なぜか消え失せていたように。
「――ナヤ、マナヤ!」
「ッ、あ、すまんアシュリー」
肩が揺すられて、はっと返事をする。背中にじっとりと嫌な汗をかいているのがわかった。
見れば、己自身を責めるように目を伏せている隣のアシュリー。
「その、ごめんね。無神経だったわ」
「い、いや、気にすんなよ」
不安を無理やり押し込め、明るい表情を作ってみせる。
「どうってことねえさ。強いて言えばそうだな、食いもんに物申したいことがあるか」
「食べ物? なんか合わなかった?」
「合わねーってわけじゃねえんだけどな。似たような味とか一種類しか味が無い料理ばっかで、辟易してきてんだ。もっとこう、味が混ざってるモンとかをだな」
「えー、そういうもの? 舌が疲れると思うんだけど、それ」
アシュリーもほっとしたように笑い始める。
軽口を続けながら、しかしマナヤは不安を殺しきれない。
自分がこうなっているのは、神に認識をいじられてしまったからなのか。それとも。
(……俺の記憶とか認識とかが、テオの記憶に押し流されちまってるんじゃねえよな?)
ぶるりと体を震わせた。
◆◆◆
「――じゃ、また明日ねマナヤ」
指導が終わり、なぜか付き合ってくれていたアシュリーが分かれ道で手を振る。
「明日ってアシュリーお前、明日も来るつもりか?」
「別に指導に付き合うってことじゃないわよ? 明日なにかの時にまた話しましょって意味」
「お前だって暇じゃねえだろ」
「なによ。まあ最近は確かに忙しいけど、いいじゃない。暇じゃないと話もしてくれないの?」
肩をすくめるマナヤ。
悪い気がするわけではない。快活なアシュリーと話をすると、不安がまぎれる。
「わかったわかった、また明日な。つか、なんで最近特に忙しいんだ? 間引きか?」
「あーそれもあるけど。あたしね、ここんとこ南側の衛兵さんとかにも協力してるからさ。南方にスタンピードの兆候がないかどうかの調査」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。アシュリーがこてんと首を傾げてくる。
「なに?」
「いや、兆候ってお前……まさか、信じるのか? スタンピード第二波の話」
「なによ、嘘だったの?」
「い、いや、嘘じゃねえけどよ。だってお前、南からスタンピードが来るはずないって、前に」
「そりゃ普通に考えたらそうだけど。でも、あんたのその真剣ぶり、嘘とは思えないじゃない」
心外とばかりに眉をひそめるアシュリー。
マナヤは言葉にならない。
「だから、ちょっと無理言って調査に混ぜてもらってたの。あんたが第二波のことを言い出した、あの日からね」
「……アシュリー」
「だから安心して。あたしは、ちゃんとあんたを信じてるからさ」
ふわ、とアシュリーが柔らかく笑う。思わず、目元がジンときた。
が、彼女の笑みが一気に黒くなる。
「それに、あんたを頑なに信じ続けたあたしも英雄の仲間入りできそうじゃない? 本当に来たら」
「って目的そっちかよ!」
「もしこれで結局何も来なかったら、あんた責任取りなさいよ?」
「てめっ、お前が勝手に――」
が、ここで言葉を止めるマナヤ。
少し考えたあと、ニヤリと笑う。
「いや。もし何も起きなかったら、俺は駐屯地に連れてかれちまうらしいし? そうなりゃお前に責任取りたくても取れねえなあ」
「……へーえ?」
「よっしゃ。そうとわかりゃ、遠慮なくお前を利用させてもらうぜ」
「最低の発想ね?」
「ほっとけや!」
ジト目でこちらの顔を覗き込んでくるアシュリー。
しかしお互い、ぷっと噴き出した。
「あはは、じゃ、今度こそまた明日ね、マナヤ!」
「おう」
アシュリーは手を振りながら、小走りで駆けていく。
(あいつにゃ、色々と感謝しなきゃな)
しみじみと彼女が去っていく方向を眺めるマナヤ。
「――マ、マナヤ殿!」
と、背後から誰かが声をかけてきた。
振り返れば、息を切らしたザック召喚師長が駆け寄ってくる。
「あれ、ザック召喚師長さん? どうしました」
「い、いえ。やはり気になったので、訊ねておきたいと思いまして」
「あ」
そういえば先ほど、『何かがひっかかる』と言っていた。
「猫機FEL-9や強制誘引ですが。敵モンスターの狙いを引きつけやすくなるということでしたね」
「ええ、そうッスね」
「実際マナヤ殿はそれを使って、先日のスタンピードを分断したと聞きました」
「そうです。それが何か?」
ごくりと、ザック召喚師長が喉を鳴らした。
「では。スタンピードを、人の手で村へ誘導することも可能なのですか」
「――は?」
彼の言葉に、背筋が凍る。
固まったマナヤに向かい、不安に駆られるようにザック召喚師長はまくしたてた。
「ずっと考えておりました。仮にマナヤ殿の言うとおりスタンピード第二波が南から来るとしたら、ひとつ問題があります」
「南の開拓村から、救難信号は特に上がってないこと……ッスか」
それは、マナヤ自身も気になっていたことだ。
もし南の開拓村がとっくに壊滅していた場合。住民の四割が救難信号を上げられるはずなのに、誰一人として上げられないなど。
「はい。我々はそもそも、開拓村が先に襲われるという先入観に踊らされていたのかもしれません」
「って、それじゃまさか」
「そうです。もともとスタンピードの第一波は、南西から来た。だとすれば」
「南西から襲ってきた第一波の一部を、誰かが南門の方へ誘導した……!」
まさか。
だがもしそうなら、すべての説明がつく。
初日のスタンピードを一部、猫機FEL-9などを使って分断。そしてその一方を南門の方へ誘導する。そうすれば開拓村には影響なく、スタンピード第二波を南からこの村へ襲わせることが可能だ。
しかし、その場合……
「じゃあ、あのスタンピードは人為的なものだったってことッスか」
自分の声が掠れるのがわかる。ザック召喚師長も無言のまま、肩を震わせていた。
もし、そうだとしたら。
――それができるのは、『召喚師』のみ。
「でも一体、誰が何のために」
マナヤが問いかけたその時。
「きゅ、救難信号!?」
「西の方角ですか!」
響くような音が。
西の防壁から、緑の救難信号が天へ伸びていた。
「くそっ!」
「マ、マナヤ殿! あれは、貴方を呼ぶ信号ではなく――」
「うるせえ!」
慌ててマナヤはそちらへと駆け出す。
迷路のように入り組んでいる道が、今は恨めしい。
(こうなったらどこから第二波が襲ってくるか、わからねえじゃねーか!)
南からだけとは限らない。
誰かにモンスターを誘導されているのだとすれば、全方位を警戒する必要がある。
(でも、誰なんだ)
誰が、なぜこの村を滅ぼそうとしているのだろうか。
歯ぎしりしながら、マナヤは救難信号目掛けて駆けた。
◆◆◆
「――それで結局、たいした襲撃じゃなかったのかい?」
夕食時。
炎包みステーキを噛みしめながら、スコットが苦笑まじりに問いかけてきた。
「そうなんだよ。駆けつけた時にゃほぼ殲滅し終わってたし、救難信号の上げ手にゃ悪態をつかれるし……」
「責められなかったかい?」
「一応不問にして貰えたよ。前の襲撃の件があったからな」
苛立ち紛れに炎包みステーキをかじるマナヤ。
「襲撃がたいしたことなかったのは、いいことよ」
今度はサマーが、諭すように言ってくる。
「それにマナヤさんも、あまり神経質になることはないんじゃないの?」
「そうはいくかよ。どこから第二波が来るかわからなくなった。それに前みたいに突発事態で人が死にかける可能性だってあるんだ」
「それは、そうだけれど」
サマーが困った顔で、こちらを覗き込んでくる。
「マナヤさんも召喚師って立場なんだから、何かあったら一番責められかねないのよ」
「……召喚師が悪いわけじゃ、ねえはずなんだけどな」
この世界のそういう認識には、ついていける気がしない。マナヤは、乱暴にサラダにフォークを突き刺した。
「……どうして、ですか」
と、そこへぽつりとシャラ。
皆がそちらに注目すれば、彼女は虚ろな目でこちらを見つめてくる。
「どうしてマナヤさんは、そこまで自分が戦おうとするんですか」
「ど、どうしてってお前」
「スタンピード第二波が来るなんて、どうしてそこまで言い張るんですか」
思わずカッと頭に血が昇る。
「てめっ、だったら村が滅んでもいいってのかよ!」
「騎士さんたちだって言ってました。スタンピードが残ってる兆候なんて無いって」
「だからそれは――」
「もしスタンピードが来たって、騎士さんたちが対処してくれるはずです。なのに、どうしてマナヤさんが」
押し黙るマナヤ。
テオの両親も、不安そうにお互いを見つめている。
「……救難信号の件だって、そうです。みんな、それを撃ち上げる人の判断を信頼してるんです。なのに」
「シャ、シャラちゃん。そのくらいに」
慌ててスコットが止めに入っていた。が、シャラは止まらない。
「この村は、みんなが〝家族〟なんです。だからみんな、同じ村の住人として信頼してる」
「……!」
マナヤがはっとなった。
みんなが、家族。その言葉に、なぜか聞き覚えがある。
(……違う。聞き覚えじゃねえ、言った覚えがあるんだ)
頭の中に、記憶が浮かぶ。
『――僕も、村の他の人たちもみんな、シャラの家族だよ!』
自分の声だ。
いったいいつの記憶なのだろうか。今よりずいぶんと幼いシャラが、嬉しそうに微笑んでいる。
「――なのにマナヤさんは、騎士さんどころか村の人すら信頼してませんよね」
現実のシャラの声に、はっと我に返るマナヤ。彼女の苦言は、なおも続いていたのだ。
今、自分の目の前にいるシャラは、記憶の中のような笑顔ではない。厳しいような、けれどどこか悲しげな表情だ。視界の端で、テオの両親もオロオロとしているのが見える。
マナヤは、がしがしと頭を掻きむしった。
(くそ、何やってんだ俺は。人の思い出を覗き見してるみたいじゃねーか)
――自分自身の記憶は、出てこないというのに。
深呼吸して気持ちを落ち着け、彼女をまっすぐ見つめ返した。
「わかった。悪かったよ」
と、マナヤはぺこりと頭を下げる。
「……何ですか、それ」
「は?」
が、シャラはむしろ顔をしかめていた。
マナヤが茫然としていたところで、「ちょっと待って」とサマーが割り込んでくる。
「マ、マナヤさん。謝る時に敬礼しなくてもいいのよ」
「へ? 敬礼?」
「それに、するんだったら胸に手を当てないと。じゃないと、かえって失礼だわ」
サマーから説明を受けて、思わず息を呑んだ。
(マジか。そういやこの村の奴ら、謝る時に頭を下げてなかった)
思い返せば、先日スコットとサマーから謝られた時も、二人は頭を下げてはいなかった。
どうやらこちらの世界では、頭を下げる行為はあくまで『敬い』であり『謝罪』の意味はないらしい。それどころか、誤用すれば不作法とすら見なされるということだ。
(くそ、こっちは身に沁みついちまってるんだぞ。反射的にやっちまったら厄介だ)
救難信号の件といい、またひとつ面倒ごとが増える。
「シャラちゃん。とりあえず落ち着こう。マナヤくんも悪気があってやっていたわけじゃないんだ」
「……わかり、ました」
スコットの説得で、シャラはようやく矛を収める。そんな彼女の頭を、サマーが優しく撫でていた。
「さ、食事の続きにしよう。マナヤくんだって、まだほとんど食べれてないだろう?」
「あ、ああ」
場を和ませようとしている、スコット。シャラも大人しく食事に戻っている。
ほおっとため息をつき、マナヤは再度炎包みステーキに歯を立てた。
(……味に飽きがきたな。七味か何かを)
つい目でテーブルの上を見回し、すぐにはっと気づく。
この世界に、七味など存在しない。当然、醤油や唐辛子なども。
「……」
せめて口直しにと啜ったスープも、ステーキとさほど変わらない味だ。サラダにかかっているのも、肉汁と似た風味のドレッシング。エタリアという穀物にかかっているとろみソースも同じ。
(美味かった、はずだったんだけどな。この料理)
調味料を要求するのも気が引ける。要求すること自体がまた、こちらの世界で何か不作法になる可能性も捨てきれない。
奇妙な空気の中、黙って料理をかきこむことにした。
◆◆◆
(……眠れねえ)
夜半。
マナヤは寝具に潜り込んだまま、何度も寝返りを繰り返していた。自然と窓の外へ目がいく。
(前みたいに、寝てる間に襲撃が来たっておかしくねえ)
先日の襲撃でも鳴った、夜空に響く救難信号の音。
あの時の緊張感が、胸にこびりついて離れない。
こうしている間にも、森の中で誰かが危機に陥っているかもしれない。どこかで人が殺されているかもしれない。
(くそ。元の世界じゃ、んなこと気にならなかったのに)
夜、家で眠るというのは、一番安心できる時であるはず。
しかし今、ようやく実感した。この世界では眠る時も一切油断ができない。村の中とて、襲撃やスタンピードがいつ起きるかわかったものではない。命の危険はいつどんなときも迫りうる。
とはいえ、眠るべき時に眠れないのも困りものだ。
(しかたねえ、スマホでもいじって気を紛らわ――)
クセで枕元に手を伸ばし、そしてすぐに気づく。
スマホなど、あるはずがない。
行き場をなくした手で、枕を殴った。
――結局。
寝付くことができたのは、二時間後だった。




