19話 三者三様の思惑
そのころ、夜の森。
騎士達が引きあげていった後、やや深い色の緑ローブですっぽり頭まで覆った人影が、木の上から降りた。
「あの召喚師の少年、どういうことだ。なぜ、ああも戦い慣れている」
着地したそのローブの男は、心底不思議そうに独り言ちる。
突然、その頭上になにかが姿を現した。
機械でできた、鳥だ。
全身はほぼ銀色の金属。翼とクチバシにだけ色がついている。瘴気は纏っていない。それが、男の頭上を旋回している。
機械モンスター『鷲機JOV-3』だ。
「光学迷彩が解けたか。【送還】」
空へ手をかざす。
鷲機JOV-3が黒いカーテンのようなもので包まれ、そのまままるごと虚空へ消えていった。
「――ヴァスケス様、戻りました」
そこへもう一つ、同じ色のローブを纏った人物が駆け寄った。
「無事だったか。あの弓術士の騎士は?」
「開拓村の住人の遺体を置いた場所へと誘導し、なんとか撒いてきました」
駆け寄った方の人影は、待機していた人影へ恭しく跪く。
待機している人影がひとつ頷く。一瞬、ふわりと青い前髪がそのフードの中から覗いた。
「もともと、この襲撃を怪しませないための遺体だったが……騎士を撒くために利用したか。良い機転だ」
「恐縮です。しかし、あの騎士を仕留め損ねたのは本当に誤算でした。村の戦力を減らす、絶好の機会だったのですが」
「仕方があるまい。誘導した野良モンスターどもが、予想より早く片付けられてしまった。あれさえ無ければ、あの騎士をモンスターの群れの只中へ誘導し、事故に見せかけて殺すことができたのだがな」
小さく舌打ちする男。
一方、跪いている方の男はその姿勢のまま顔を上げた。
「村に駐留している騎士どもが、思った以上に野良モンスターを処理していたということですか」
「いや、騎士どもだけではない。ヴァルキリーを従えた村の少年がいた」
「ヴァルキリーを? ヴァスケス様は、それをどうやって?」
「強制隠密と光学迷彩の補助魔法をかけたJOV-3で偵察していた」
間をおいて、跪いた男が頷く。
「なるほど。その少年がヴァルキリーを使って?」
「ああ。想定外にモンスターを減らされた。ヴァルキリーを持っていたということは、おそらく先日誘導したスタンピードの時に封印したのだろう。気になるのは、あやつの戦い方だ」
青い前髪の男が、セメイト村の方へ視線を向ける。
「あの召喚獣の扱い方、我々の戦い方に似ている。いや、より洗練されていたと言っても過言ではない」
「まさか……一介の村の召喚師ですよ。我々よりも優れているなど、考えられますまい」
「だが事実だ。現に、ヴァルキリーを使わずとも多勢を相手に見事立ちまわっていた」
ふと青髪の男は、口元に弧を浮かべる。
「己の召喚獣が傷つくことを嫌い、自ら傷を負ってでも召喚獣を庇う。モンスターを信頼しておらねば、ああいう戦い方はできん」
「では、彼も?」
「そうだ。ぜひとも、我々の同胞として迎え入れたい。トルーマン様にもそう進言するつもりだ」
遠い所を見つめるように、青髪の男は天を仰ぐ。
跪いている男が、こくりと頷いた。その彼へ、青髪の男は命じる。
「いずれにせよ、最低限あの弓術士の騎士を引き留めることには成功した。いったん引き上げるぞ。今はまだ、村の連中に開拓村の状況を知られるわけにはいかん」
「ハッ。……開拓村跡地に集めたモンスターは、まだ増やすのですか?」
「そうだ。先日誘導したあのスタンピード第一波で、村にほとんど被害を与えられなかった。ゆえに、あの状況では第二波は引き戻すしかなかった。あの村を落とすには、もっと大量のモンスターを『創り』出さねばならん」
ローブを翻す、青髪の男。
跪いた男も立ち上がった。
「承知しました。……しかし、その召喚師の少年」
「ああ。村の者どもや国の連中から、一刻も早く救い出してやりたいものだ」
「そうですね。それほどの才能を持っている少年を、同胞として引き入れることができれば……」
青髪の男が振り向く。
フードの端からちらりと覗いた彼の瞳に宿る、冷たい光。
「そう。ようやく我々は、『復讐』を成し遂げることが叶う」
二人の人影は、夜の森に消えた。
◆◆◆
同時刻、セメイト村。
マナヤと黒魔導師の少女を救った弓術士の騎士は、騎士隊長に呼び出されていた。同じ部屋の離れた机に、黒魔導師ディロンと白魔導師テナイアも座っている。
「森の中で、遺体を発見したと?」
「はい。クラスの判別はできませんでしたが、服装からして一般村人でしょう。この村を襲撃しにきたモンスターにたまたま見つかり、殺されたものと思われます」
「……村に襲撃してきたモンスターどもが、森の奥へと不自然に引き返したと聞いた。つまり」
「おそらく、森の奥に迷い込んでしまったあの村人へ殺到していったものではないかと」
痛ましい顔で報告する弓術士騎士。
机に向かって腰掛けた騎士隊長ノーランは唸り、腕組みをする。
「しかしこの村の者が、夜中に門の外を出歩くとは考えにくいが」
「はい、外出した者はいないことも確認済みです」
「ふむ……となれば、他所の村で『間引き』中にはぐれてしまい、この村方面に迷い込んだ者だったのやもしれんな。そう珍しいことでもない」
ノーラン隊長が、顎に手をあて考え込む。
しかしすぐに顔を上げ、部屋の中央に立っている弓術士の騎士を見据えた。悔やんでいるような表情をしているその騎士へ、安心させるように声をかける。
「その者を救えなかったのは心苦しいが、お前は充分よくやってくれた。お前が救難信号を見て引き返してきたからこそ、件の黒魔導師の少女は死なずに済んだのだ。誇れ」
「恐縮です。ですがあの少女の命を救えたのは、あのマナヤという少年の功績も大きいかと」
騎士のその報告に、ノーラン隊長は胡乱げな表情になる。
「どういうことだ?」
「彼が即座に駆けつけなれば、自分も間に合いませんでした。黒魔導師の少女を救ったのは、間違いなくあの少年です」
「お前は、あのマナヤという少年をどう見る?」
「身体能力に乏しい召喚師という身で、少女を守るために自らの体を盾にする。並大抵の覚悟でできることではありません。村人らを守ろうとする意思は本物ではないかと考えます」
じっと騎士を見つめるノーラン隊長。騎士もまっすぐ隊長の目を見つめ返す。
わかった、と一言呟くと隊長は背もたれに寄りかかった。
「ご苦労だった。今晩はゆっくり体を休めるといい。再び開拓村へと伝令に向かうのは、後日とする」
「ハッ」
ノーラン隊長が机の上で手のひらを返す。『解散』の合図だ。
弓術士の騎士は胸に手を当てて一礼し、退室していった。
「ディロン殿、テナイア殿。貴方がたは、マナヤのことをどうお思いです」
離れた机に座っていた二人へ、ノーラン隊長が問いかける。
「私が見たのは初日ですが、以後の報告も受けています。今のところ、以前彼が語った戦術と矛盾するところは見つかっていません」
白魔導師テナイアが微笑みながら言った。
「だから途中から、あえて私の部下であるザック召喚師長に?」
「はい。その方が、ノーラン隊長も納得しやすいかと」
「正直、召喚師長も悩んでいる様子でしたがね。彼の指導が本当に正しいものかどうか」
鼻を鳴らし、ノーラン隊長は憮然と正面へ向き直り、報告書に筆を走らせ始める。
「……妙だとは思われぬか、ノーラン殿」
「ディロン殿?」
ノーラン隊長が声の方へ目を向けると、黒魔導師ディロンが考え込んでいた。
「遺体の『クラス』は判別できなかった。つまりは、クラスごとに色分けされている既定の判別防具を纏っていなかったということだ」
「そうでしょうな。それがなにか?」
「その者がノーラン殿の言うとおり『間引き』の際にはぐれたならば、判別防具を身に着けていないのはおかしい」
ノーラン隊長が言葉に詰まる。
戦いの際には、戦闘員はクラス判別の防具やローブを纏うことが厳格に義務づけられている。『間引き』時も例外ではない。
「……南の森で発見されたということは、南の開拓村からやってきた一般人である可能性があります」
半ば理由を絞り出すかのように、ノーランはそう語った。
「では、やってきた理由は?」
「セメイト村の状況が気になって様子見に来たのでしょう。なにせ先日、この村から赤の救難信号が上がったのです。被害状況を知りたがるのは当然のこと。単なる伝令としてやってきたならば、判別防具を纏っていなかったことも説明できます」
「騎士ではなく一般村人が、徒歩でか?」
「!」
「あの開拓村は、まだ安定していないと聞いている。ゆえに騎士が規定数、常駐することが義務づけられているはずだが」
ディロンのその言葉に、ノーラン隊長は心外だと言わんばかりに顔をしかめる。
「もちろん、規定通りに騎士を配備しております」
「であれば、やはりおかしい。開拓村とこの村とは、それなりに距離がある。一般村人が徒歩で来るのは危険だ。様子見に来るというなら、常駐騎士が騎馬に乗って来るのが筋ではないか?」
「……あの開拓村は、危険地帯に拓かれたのです。モンスターの処理に追われ、騎士達は村を出る余裕がないのやもしれません」
「ならばなおさら、開拓村の状況を早急に確認する必要がある。騎士が手を離せないほど襲撃が激しいというのであれば、常駐騎士を追加で派遣することも考慮せねばならん」
ディロンの物言いに、ノーラン隊長は憮然と腕組みした。
「断っておきますが、先の騎士を今すぐ伝令へ舞い戻させるというわけにもいきませんぞ。騎士達は皆しっかり休ませてやりたい。今回の襲撃があった以上、しばらくは村の警戒も強化せねばなりません」
「承知している。だが、発見された遺体が仮に南の開拓村から来た者であったならば、急がねばならん。同じ悲劇を繰り返させぬためにも」
「可能な限りは急がせましょう。ですがまずはこの村の安全が最優先事項、そこは譲れませんな。人員を減らしこの村が滅びてしまっては、元も子もない」
じっとディロンを睨みつけるノーラン隊長。
しばし睨み合った後、ディロンの方から視線を逸らした。
「いいだろう。任せる」
「ご理解いただけて何より。……まだ、第二波の可能性を考えておられるのですかな」
「言ったはずだ。警戒はしておくに越したことは無い」
ディロンが立ち上がり、テナイアも続く。
二人はそのまま、部屋から立ち去っていった。
◆◆◆
「それは……大変だったね、マナヤ君」
同じ晩、テオの家。
マナヤから一通りの話を聞いたスコットが、驚いたような心配しているような、複雑な表情で相槌を打っていた。同じようにテーブルに向かって座っているサマーも同様だ。
「ああ。まあでもこれで自信がついたぜ。俺が知ってる遊戯の知識は、ほぼ全部こっちでも通用することが確認できたんだ。これを村の召喚師らに教えてやりゃ――」
「マナヤさんは」
マナヤの話に、シャラが割り込んでくる。
彼女は今までずっと、緑ローブを黙々と修復していたのだ。
「マナヤさんは、これからもそんな、無茶な戦い方を続けるつもりですか」
ローブへ視線を落としたまま、そう問いかけてくる。まだ手は細かく動かし続けてはいるが、先日ガラスを作っていた時のような笑顔は、ない。
マナヤは気まずさを誤魔化すように、ため息を。
「逆だよ。無茶したからこそ、生きて帰ってこれたんだ」
「どういう、意味ですか」
シャラの手が止まった。
凛とした表情で、マナヤを見つめ返してくる。
「……テオの最期の記憶にあった。あいつが、死んじまった時」
「……っ」
「あいつは、屋根の上にいた敵レン・スパイダー二体相手に、低い位置から同じレン・スパイダーを四体召喚して対処しようとしてた」
スタンピードの最中。倒れていたスコットとサマーを、助けようとしていた時だ。
「いくら数で勝ってたって、敵に高台を取られてる以上、あれは悪手だ。にも関わらず、あいつは自分の召喚獣の後ろに隠れた」
「何も、悪くないじゃないですか」
「いや。ほっといたら負ける状況で、テオは自分の保身だけ考えちまった。トドメみてえに野良ガルウルフの横やりまで入って、あいつは負けた」
シャラが顔を歪め、俯く。
だがマナヤは構わず話を続けた。
「あの状況なら、あいつはむしろ自分のレン・スパイダーより前に出るべきだった。自分自身である程度、敵レン・スパイダーの攻撃を受けるべきだった」
「え……」
「そうすりゃ、レン・スパイダーのHPを温存できる。『ドMP』で自分のマナを補充できる。それならさらなる援軍を召喚できたし、ガルウルフの横やりが入っても充分対処できた」
テオの敗因。
それは、状況を打開するためにリスクを取ることができなかったことだ。
「無茶をしなきゃ生き残れねえし、間に合わねえ。そういうこともあるってこった」
「……」
「それは、召喚師に限った話じゃねえだろ?」
と、スコットとサマーに話を振る。
二人は顔を見合わせ、そして気まずそうに目を伏せていた。
「……そうですか」
そう呟いたきり、シャラは黙ってローブの修復に戻ってしまう。
気まずい沈黙だ。
テオの両親とは、まだなんとかなりそうに思える。だが、シャラとは打ち解けられそうにない。
「……終わりました」
と、腕を降ろすや否や、シャラは顔を伏せて立ち上がった。心配そうにサマーも立ち、彼女の肩にそっと手を置く。
「シャラちゃん、帰るの?」
「はい。仕事は、すみましたので」
そさくさとストールを羽織りなおし、出ていってしまうシャラ。
ぱたん、と玄関が閉じられる音が虚しく響いた。
「……」
マナヤは、テーブルに置かれたままの緑ローブへ目をやる。
手を伸ばして掴み、それを広げた。
(……いろんな意味で、寝付けるかわからねえな。今日は)
テオのローブは、新品同然に直っていた。




