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召還された召喚師  作者: 星々導々
第四章 父親の影と夢物語
189/275

189話 山奥の集落戦 間隙

「くっ――」


 迫りくるダグロンに対し、マナヤは身構えた。

 が、その時。


「っ!?」


 黄色く輝く光の筋が飛来する。

 それは、一直線にダグロンの顔に突き立った。彼は思わずといった様子でたたらを踏み、凍った地面を抉りながら停止。


 止まったあと、ダグロンがおもむろに手を退ける。ぽろりと突き立ったものがこぼれおちた。

 矢だ。


「……貴女でしたか、弓術士の騎士」


 と、鼻白んだ様子でレヴィラを見つめるダグロン。

 彼女はマナヤ後方やや側面から、ダグロンの目を狙って狙撃したのだ。黄色く光っていたということは、おそらく敵を吹き飛ばす技能『ブレイクアロー』だ。


「しかし残念でしたね。目を撃たれて、つい足を止めてしまいましたが。蚊に刺されたほどの衝撃すらありませんでしたよ」

「……」


 レヴィラは、再度矢をつがえながら黙している。

 ダグロンは鼻で笑った。


「くしくも、この力の強靭さも確認できました。もう同じ手は食いません。黙って見ていなさい、弓術士。貴女がどうあがいたところで私を止めることは――」

「【蹴機POLE-8(ポールエイト)】召喚、【光学迷彩(オプティカルクローク)】!」

「なに!?」


 が、マナヤの声にダグロンは鋭く振り返った。

 人型の機械モンスターが召喚され、即透明化する。それをアシュリーがつかみ取り、そのままダグロンへと突進していった。


「ちっ、目的は目くらましでしたか! しかし無駄です!」


 ダグロンは舌打ちしつつも、すぐに同じく突進を再開した。

 アシュリーが、透明な蹴機POLE-8(ポールエイト)を振り上げる。それを軽く払いのけようと、ダグロンも腕を上げた。


 が、その瞬間、マナヤはさらに呪文を唱える。


「【電撃獣与(ブリッツ・ブースト)】【精神獣与(ブルータル・ブースト)】!」

「【バニッシュブロウ】!」


 タイミングを合わせ、アシュリーも技能を発動した。

 蹴機POLE-8(ポールエイト)が黒い電撃を纏う。『精雷コンボ』により、強烈な精神攻撃力が付加されたのだ。


「ぐうッ!?」


 払いのけようとした腕が弾かれ、ダグロンはそのまま衝撃に吹き飛ばされていく。

 驚愕の表情だ。受け止めた腕を覆っている瘴気バリアが一部、霧散した。


(よしッ! ジェルクとやらの時と同じで、精神攻撃なら通じる!)


 マナヤは、ぐっと拳を握った。

 相手のマナにダメージを与える、『精神攻撃』。これならば『あの時』と同様、瘴気のバリアを剝がしていくことができる。

 が、瘴気が揺らぐ自分の腕を見下ろしていたダグロンが、顔を上げた。


「……なるほど」


 と呟き、嗤いながら拳を握ったり開いたりを繰り返していている。


「精神攻撃ですか、これは盲点でした。この能力にそんな弱点があったとはね。ジェルクが貴方を仕留めそこなうわけです、マナヤ」

「はあああっ!」


 そこへ、隙を逃さずアシュリーが突撃していく。

 だがダグロンは手をかざした。


「しかし、わかっていれば対処もたやすい! 【ドゥルガー】召喚!」


 大きな召喚紋。

 アシュリーの直線状に、白虎に跨った女戦士が再び姿を現した。


(ドゥルガーも二体目かよ!?)


 一瞬にしてマナヤの背筋が冷える。

 ドゥルガーは攻撃の出が早い。出現するやいなや、目の前に迫ったアシュリーへと無数の剣を振りかざした。


「アシュリー避けろォォッ!」

「【リミットブレイク】!」


 マナヤの怒号とほぼ同時に、ダグロンがキーワードを発する。

 直後、紫色の光が爆発した。ドゥルガーを中心として球状に広がる衝撃波が発され、アシュリーを呑み込みながら周囲を放散される。凍った地面も削れ、津波のように広がった。


「あ、くぅっ」

「ぐッ!?」


 吹き飛ばされたアシュリーが、マナヤに激突した。

 もつれあつようにゴロゴロと地面を転がっていく二人。その途中で、一撃で破壊された蹴機POLE-8(ポールエイト)の体が霧散し、金色の魔紋を地面に残していく。

 ダグロンが嗤いながら身を屈めた。


「さあ、あとは私とドゥルガー、好きな方の攻撃であの世へ……ッ!?」


 しかし、勝ち誇ったような台詞は、轟音によって途切れる。


 ドゥルガーが、側面へと吹き飛ばされた。

 全身甲冑の一部を大きく陥没させ、跨った白虎ごと吹き飛びながらガリガリと地面を削り取っていく。

 アシュリーの下敷きになった状態ながら、マナヤが顔を上げて前方を見やった。


(……SLOG-333(スロッグデルタ)! ヴァスケスの野郎か!)


 その姿は見えない。だが攻撃後に鳴った、あの空気を振動させるような独特の駆動音は、間違いなく鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)のものだ。

 ダグロンもようやくそれに気付いたようで、忌々しげに顔を歪めた。


「おのれ、また貴方ですか! ならば」


 直後、ダグロンが地を蹴る。

 強化された身体能力により、一瞬にして吹き飛ばされたドゥルガーの背後へと移動していた。すぐさま手をかざす。


「【跳躍爆風(バーストホッパー)】」


 起き上がりかけたドゥルガーが、宙を舞った。

 弧を描いて森の奥へと放り込まれていく。ドゥルガーが殴り飛ばされた方向とは逆向き……すなわち、その攻撃が『来た』方角へと。


「【リミットブレイク】」


 さらにダグロンが再度キーワードを呟いた。

 森が爆発する。木々がなぎ倒され、さらに土や石、木々の破片などがショットガンかのように周囲へとまき散らされていく。

 無差別攻撃でヴァスケスを殺すつもりなのだろう。召喚主さえ死んでしまえば、召喚獣は消える。


「ア、アシュリー、大丈夫か!?」


 その隙にマナヤは、アシュリーを助け起こした。

 彼女の上半身は無事だ。しかし脚の膝から下がズタズタに裂かれてしまっており、血が流れ出ていた。幸い、千切れてまではいない。


「う……ごめ、ん。スワローフラップで、とっさにPOLE-8(ポールエイト)を盾にした、んだけど」


 脂汗を滲ませながら、弱々しく呟くアシュリー。

 手にした蹴機POLE-8(ポールエイト)を盾として使い、衝撃波をなんとか防御したようだ。だが、一瞬すぎて脚を隠すのは間に合わなかったのだろう。


「【ディスタントヒール】」


 そこへ、テナイアの呪文が飛んでくる。

 癒しの光がアシュリーの脚を覆っていき、あっという間に傷一つない状態へと仕上げる。

 ほおっと安堵に息を吐いたマナヤ。アシュリーも、すぐに門の方向へ声を張り上げた。


「あ、ありがとうございます、テナイアさん!」

「アシュリー殿、マナヤ殿」


 そこへ冷静な声が降ってきて、マナヤ達の傍らにひらりと人影が舞い降りる。

 レヴィラだ。


「あの男の状態。報告にあった、『核』の力を使った身体能力強化でしょうか」

「そうッス」


 アシュリーと共に身を起こしながら、短く答えた。

 ダグロンは、ヴァスケスをあぶりださんと躍起になっている。作戦を立てるなら今のうちだ。


「ただ、それだけじゃねえんスよ。あの野郎、俺の召喚獣とかを一目『見る』だけで、その制御を奪っちまう。透明な召喚獣以外じゃ手の打ちようがねえ」

「……把握しました。となると、対処法は一つですね」


 レヴィラはそう言って、納得顔で頷いた。

 さすがに呑み込みが早い。おそらくは、あの『瘴気バリア』の対処法も報告書とやらを読んで把握していたのだろう。


「そうッス。なんとかしてダグロンのモンスターをまとめて処理する。んで隙ができたところで、透明化した機械モンスターに精神攻撃力を付加して、アシュリーに殴ってもらう」


 あの瘴気バリアを、一瞬で完全に剥がせるほどの精神攻撃力。

 それができるのはアシュリーだけだ。先ほどのように『精雷コンボ』で精神攻撃力を高めたモンスターを武器として振るわせ、剣士の火力で叩きつける。それしかない。


「あいつの瘴気が剝がれきったら、その一瞬が勝負ッス。レヴィラさんとディロンさん、二人で攻撃を合わせて、ダグロンを仕留めきってください」


 だが、レヴィラが眉をひそめた。


「ですが。そもそも、アシュリー殿だけで剥がし切れますか?」

「……そこが問題なんスよ」


 マナヤも苦々しい顔で呟いた。

 ダグロンとて無防備ではない。瘴気バリアが消える前に、新たな召喚獣を出すなり自ら反撃するなりしてくるだろう。あの状態で召喚師の腕力がどこまで上がるか、攻撃力はマナヤも身をもって知っている。


「安全を期すなら、一撃で瘴気バリアを剥がしちまいたいんだが……」

「だったら」


 そこへ、アシュリーがマナヤの言葉に割り込んできた。

 不敵な笑みを浮かべている。


「マナヤ。あれ、さっそく使ってみましょうよ」

「『あれ』?」

「ドゥルガー、一体ゲットしたでしょ?」


 そう言って、アシュリーはウインク。

 一瞬なんのことかわからなかったマナヤだが、すぐに把握し息を呑んだ。


「ま、まさかアシュリー、お前」

「そのまさか! 『武器』を持ってる最上級モンスター……テオに聞いた時から、あたしずっと楽しみにしてたんだから」


 こんな状況だというのに、ワクワクしたような笑顔を見せている。

 だが、たしかに『その手』はアリだ。

 その手を使えば、ダグロンの瘴気バリアを一撃で消し飛ばしてしまえるかもしれない。となると、残る問題は……


「目くらましが必要だな」

「そういうことね」


 マナヤとアシュリーが、不敵な笑みで頷きあう。レヴィラもダグロンを見据えながら、無表情で頷いた。

 アシュリーは、ディロンとテナイアの援護をしているシャラへと叫んだ。


「シャラ! 悪いんだけどさ、あたしのマナ、全快にして!」




「――くっ、SLOG-333(スロッグデルタ)はどこへ? ()を殺して、消滅しましたか?」


 苛立ちの表情を浮かべながら周囲を見回し、ひとりごちるダグロン。

 が、ふと思い出したように視線を横に動かす。


「また、貴女がたですか。懲りませんね」


 そう言って呆れるように嘆息した。

 レヴィラが矢をつがえ、ダグロンへと引き絞っていた。矢が黄色く光っている。


「【ブレイクアロー】」


 無表情のまま、淡々と矢を放った。

 ダグロンは余裕の目でそれを待ち構え、拳を握る。


「何度やっても無駄だと言って――」


 しかし、その言葉は途中で途切れた。

 矢は、ダグロン手前の地面に炸裂した。爆音と共に大量の粉塵を巻き上げ、視界を塞いでしまう。


「また煙幕ですか! 同じ手は食いません!」


 そう言ってダグロンは、突撃した。

 剣士にも劣らぬ加速。煙幕に自ら突っ込み、本当に一瞬で抜けだしてしまう。


「これで――」

「【エヴィセレイション】!」

「ちっ」


 が、彼が出てきた途端にアシュリーが剣を振るった。

 地面が抉れ、再び大量の土砂が宙に巻き上がる。土埃が目に入るのを怖れ、ダグロンは顔を腕で庇った。


「今だ! 【ドゥルガー】召喚ッ!」


 後方へ下がったマナヤは、即座に自分の横へ手をかざした。

 金色に光る召喚紋。そこから、虎に跨り無数の手を生やした女戦士が現れ、大地を揺らしながら着地する。

 すかさずアシュリーがその背に飛び乗った。


「じゃあ、これで!」


 無数に生えた手がそれぞれに持つ剣、その中からひときわ刀身が大きく、かつ柄も長い剣に目を付ける。

 柄の余った箇所を両手でしっかり握りしめた。


「――バカの一つ覚えも、いい加減になさい!」


 が。

 土煙の中でダグロンが叫び、突進がさらに加速。


(なっ、想定より、速――)


 アシュリーによって張られた二枚目の煙幕もとんでもない速さで抜け出した。

 驚愕に目を見開くマナヤ。にやりと、ダグロンは笑みを漏らし彼を見据えた。


「……!」


 だが直後、ダグロンはその『距離』に瞠目した。

 マナヤとアシュリーの位置が、遠い。先ほど二枚目の煙幕を張った場所からはるか後方まで、彼女はマナヤを引きつれ一瞬でバックステップしていたのだ。

 二人は今、『水地の後方』にいる。


「――【行け】!」


 マナヤがほくそ笑み、命令を下した。

 その途端。



 ――ズオオオオオオオッ



 水面から、極太の黒い渦が噴き出す。

 水中に潜ませたままだったシャドウサーペントが放った、闇撃ブレスだ。


「ぐ……」


 ダグロンはもろに黒いブレスに突っ込んでしまった。

 ダメージは、ない。だが最後の煙幕の代わりにはなってくれた。


「今だ! 【電撃獣与(ブリッツ・ブースト)】【|精神獣与《ブルータル・ブースト】」!」


 マナヤはすかさず手をかざした。

 アシュリーを背負っているドゥルガーが、黒い電撃に包まれる。やがてそれは、アシュリーが掴んでいる一本の剣へと全て集束していった。


「アシュリー殿、()()ですっ!」


 同時にレヴィラが叫び、矢を放った。

 その矢は、虚しく黒い渦の中へと消えていくのみ。だが、アシュリーはキッとその矢が消えた位置を睨みつけた。



 ――1st(ライジング・アサルト)――

 ――2nd(ドロップ・エアレイド)――

 ――3rd(スワローフラップ)――

 ――4th(エヴィセレイション)――

 ――――FINAL(ラクシャーサ)!!



 直後。

 矢が吞み込まれた位置から、ダグロンが飛び出してくる。レヴィラが『教えた』位置だ。

 その瞬間、アシュリーは身を乗り出し……



「【ペンタクル・ラクシャーサ】!!」



 ドゥルガーの巨体もろとも、剣を横なぎに振るった。


 ギザギザに折れ曲がった、巨大な衝撃波が発生。

 黒い雷を伴い、凍った大地を削る。さらなる土埃を巻き上げつつも、ダグロンを呑み込まんとばかりに迫っていった。


 が、その衝撃が折り畳まれはじめる。

 ギザギザの衝撃波が重なりあり、やがて一本の剣圧に集束された。黒い稲妻もそれに重ね合わされ、黒い閃光のビームと化す。


(あの技の全エネルギーを一点集中! それが全部、精神攻撃力にも適応されてるんだ!)


 これで瘴気バリアを貫けなければ、なにをすれば倒せるのかわからない。


「いっけえええええええええっ!」


 アシュリーとマナヤ。

 二人とも、〝これで決まれ〟という思念を全て籠め、声を合わせて叫んだ。



 ――ピチュ……ン



(なん、だ?)


 一瞬、頭の中に雫が落ちたかのような感覚。

 だがそこへ。



「【トリケラザード】召喚」



 無慈悲なダグロンの声。現実に引き戻されたマナヤが見据える中、ダグロンは正面に金色の光壁が作り出した。

 召喚紋だ。


(召喚紋で、防御を!?)


 教本にも書いた防御法だ。

 正面から放たれた細く衝撃波を真正面から受け止め、黒い稲妻がバチバチと周囲へと散っていってしまう。


 とんでもない貫通力を誇っていたはずの一撃は、すべて受けきられた。

 一点に集束したがゆえに、防がれるのも一瞬。土埃が落ち着き、ぱりぱりと黒い電撃が周囲に小さくスパークしながら散っていくのを背景に、ダグロンとトリケラザードが悠々と立っている。


「惜しかったですね」


 と、実に楽しそうに言った。

 直後、ダグロンはトリケラザードを踏み越え、じろりとアシュリーを睨みつけた。マナヤは反射的に叫ぶ。


「手放せアシュリーッ!」

「くっ」


 アシュリーはすぐさまドゥルガーを投げ飛ばした。

 しかし、ドゥルガーは空中で反転。体勢を立て直しながら虎が華麗に着地し、逆にアシュリーへと向き直っている。虎も女戦士の顔も、敵意をむき出しにして彼女を睨みつけた。


(ドゥルガーを奪われた!)


 まずい。

 そう思いはするものの、もう間に合わない。

 ドゥルガーを乗せた白虎が駆けた。巨体を投げ飛ばし体勢を崩したアシュリーに向かって、無数の剣を振り上げる。大技を出した後で、アシュリーはまともに動けない。


(逃げろ)


 そう頭には浮かぶものの、もはや口が間に合わない。

 ドゥルガーが、迫る。アシュリーはそれを、絶望を顔に張り付かせながら見上げることしかできない。

 刃が、アシュリーの目と鼻の先まで到達。彼女の顔面を叩き割ろうとして……



「【リベレイション】!」



 すんでのところで、吹き飛ばされた。

 不可視の衝撃波が叩きつけられた。アシュリーには影響を与えず、ドゥルガーとダグロンだけが後方へと押しやられ、地面を転がっていく。


「アシュリーさんっ、大丈夫ですか!」

「シャラ!」


 駆け寄ってきたシャラに、マナヤはへたり込みそうになりながらも声をかけた。

 が、すぐに頭を切り替える。


「い、いや、それよりシャラ! アシュリーのマナを!」

「あ、はい!」


 彼女はすぐに『魔力の御守』を取り出した。

 だが、それをアシュリーに着けようとする前に……


「なるほど、貴女がおられましたか」


 と、ダグロンが身を起こした。面倒だと言わんばかりに肩をすくめている。


「この力を使えば無敵になると思っていたのですがね。シャラさんといいましたか、まさか『錬金術師』が最大の障害になろうとは」

「あ……」


 彼に遠慮なく殺気を叩きつけられ、シャラが怯える声を上げた。

 にじり寄ってくるダグロン。シャラはアシュリーの傍らに屈んだまま、身動きが取れなくなった。


「シャラ、離、れて」


 息も絶え絶えのアシュリーがなんとか庇おうとしていた。

 が、彼女も体がうまく動かないようだ。立ち上がるのがやっとといった様子で、膝も笑っている。

 代わりにマナヤが踏み出した。


「この野郎ッ……」

「おっと」


 しかしダグロンがちらりと横目でこちらを見つめてくる。

 直後、後方のドゥルガーが駆けだし始めた。一直線にマナヤへと突撃してくる。


「なっ!? 【コボルド】召喚!」

「【ブレイクアロー】」


 とっさにマナヤは召喚紋を展開し、ドゥルガーの剣を防いだ。

 直後、レヴィラも矢を放つ。脚の止まったドゥルガーはそれによって、後方へと再度押し下げられた。


「終わりです」


 だがその間、ダグロンは既に動いていた。

 一瞬にして、シャラのすぐ目の前へと間を詰める。ドゥルガーを受け止めるべく足が止まってしまったマナヤとレヴィラは、もう間に合わない。

 引きつった顔で見上げるシャラ。

 そんな彼女の腹を目掛け、ダグロンは拳を突き出し――



「――【精神獣与(ブルータル・ブースト)】」

「がッ!?」



 突然、側面の森から声がしたかと思うと、ダグロンが撥ね飛ばされた。

 出てきたのは銀色の金属の塊。鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)が飛び出して、黒いエネルギーを纏った三つの鉄槌でダグロンを殴り飛ばしたのだ。

 マナヤは森の中へと振り返った。


「ヴァスケス!?」


 木々の間から、荒い息のヴァスケスが姿を見せる。

 ローブがボロボロだ。あちこちに引き裂かれたような、あるいは生地がちぎり飛ばされたかのような跡が残っている。ドゥルガーのリミットブレイクの余波に相当苦しめられたらしい。


「あな、たは」


 振り返ったシャラが、震え声で呟く。

 うろたえているような怒りを押し殺しているような、複雑な声色だ。ちらりとそちらへ目をやったヴァスケスは、すぐに視線を逸らしアシュリーを見下ろす。


「……ふん。無様だな、女剣士」


 アシュリーが顔をしかめた。

 同時にマナヤの頭の奥も、静かな怒りが灯る。なぜかアシュリーの心の声まで聞こえてきた。


(なん、だと)

(なん、ですって)


 ――ピチュ……ン

 

 頭の中で、また雫が滴った。


「我々召喚師と違い、お前たちは一度マナ切れを起こしたらしばらくは使い物にならん」


 しかしヴァスケスはどこ吹く風といった様子で言い、鼻を鳴らした。


「だから言っているのだ。召喚師は、召喚師以外と息を合わせることなど不可能だと。この世に召喚師以外の者など必要ない」

「あんた、黙ってれば好き勝手ばっかり言って!」


 シャラにマナを補充してもらいつつ、アシュリーは牙を剥いた。


「言っとくけど、あたしはあんたを許す気も無ければ、助けてもらったとも思わないわよ! あんたたちに、マナヤは……マナヤとテオの両親は、殺されたんだから!」

「お互い様だ。我々とて、お前たちにトルーマン様を殺されている」

「このっ……!」


 激昂しかけるアシュリー。


(てめえらが先に手出ししてきたんだろうが)

(あんたらが先に手出ししてきたんでしょうが!)


 またアシュリーの心の声。


 ――ピチュン。ピチュン。

 そしてまた、頭の中で雫が何度も水面に滴る感覚だ。立て続けに何度もしたたり落ち、徐々にその間隔も短くなっていく。

 対照的に、ヴァスケスの視線はどんどん冷ややかなものになっていった。


「悔しければ、貴様らだけでなんとかしてみせろ。守るべき者もロクに守れないような体たらくでは、絶望的だがな」

「――ええ、良いことをおっしゃいますねヴァスケス殿」


 が、唐突にダグロンが口を挟んでくる。

 ようやく起き上がってこれたようだ。それに伴い、ダグロンが奪ったドゥルガーもシンクロするかのように身を起こし始める。


「【光学迷彩(オプティカルクローク)】、【行け】」


 ヴァスケスが小さく呟いた。

 とたんに、鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)が透明化し、ドゥルガーを撥ね飛ばす。しかしダグロンは今度はたじろがなかった。


「機械モンスターしか使えない貴方では、勝てません」


 と、一瞬でヴァスケスへと間を詰める。

 拳が、腹めがけて繰り出された。しかしヴァスケスもすぐに手のひらをかざし対応。


「【コボルド】召喚」


 召喚紋が、ダグロンの拳を受け止める。

 先ほどマナヤがやったことと同じ。一番奪われても問題ない『下級モンスター』をとりあえず召喚し、紋章で敵の攻撃を受け止める作戦だ。


「そうくると思いました。【ダーク・ヤング】召喚」


 が、ダグロンは逆の手のひらを真横へと差し出した。

 巨大な召喚紋が出現。中から、身長十メートルはあろう巨大な木の幹のような怪物が姿を現す。枝代わりに生えている巨大な触手が、うねった。


「――ッ!」


 刹那。

 鋭い破裂音がしたかと思うと、ヴァスケスの体は森の方向へと跳ね飛ばされた。

 ダーク・ヤングが触手を小さくしならせ、鞭の要領で先端をスナップさせて殴り飛ばしたのだ。本来ダーク・ヤングが使う攻撃モーションではない。


 同時に、鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)の駆動音も消えた。ヴァスケスが意識を失うか、死ぬかしたのかもしれない。

 ダグロンは余裕の笑みを取り戻し、マナヤを見据える。


「モンスターを自在に操るこの力と、召喚師自身の戦闘能力を引き上げる力……両立すればヴァスケス殿はもちろん、貴方がたでも適いますまい?」


 拳を握りしめながら一歩ずつこちらに近づいてくる。その両脇を、ドゥルガーとダーク・ヤングがぴったりと固めて。


「貴方がたはもう、死ぬしかない。私をここまで追い詰めたこと、せいぜい後悔なさい」

「……死んで、たまるもんかよ」


 しかしマナヤはまっすぐと睨み返した。


 もう、自分だけの命ではない。

 両親は、自分の代わりに命を落とした。これ以上の犠牲は出さない。両親の死を無駄にはしない。


「マナヤは、二度と死なせない」


 アシュリーも同じように、剣を構えながら宣言した。

 その横顔は、いつだかの時の後悔。そして、確かな決意を宿している。


「俺はもう誰も、自分も――」

「あたしはもう、目の前で誰も――」


 気づけば、自然と同じように口を開いて……



「絶対に、死なせない!」



 マナヤとアシュリーの声が、重なった。



 ――その瞬間、二人の身体が閃光を放った。



 ◆◆◆



 周囲の全てが、スローモーションになったような……

 いや、むしろ時間が止まったかのような感覚の中。マナヤとアシュリーは、お互いの存在だけを感じていた。


 ――マナヤ。これって、もしかして?

 ――ああ。もしかするかも、しれねえな。


 心地よい感覚。

 互いの心が一体になったかのような、不思議な万能感に身を委ねながら、空間内で顔を見合わせた。


 ――ね、どんな能力がいい? やっぱり、あんたの補助魔法をあたしも受けられるようにするとか?

 ――バカ言え。俺はお前を『召喚獣』扱いなんかしたくねえぞ。


 朗らかに笑うアシュリーの提案を、マナヤも小さく笑いながら蹴る。


 ――そう? あんたから離れていっちゃった罪滅ぼしに、ちょうどいいと思ったんだけどな。


 やや自嘲を含んだような、けれどもからかうような表情で、アシュリーが笑った。

 だがマナヤはかぶりを振る。


 ――第一、今の俺達にそんな力は必要()えだろ。


 アシュリーも、自然とそれに頷いた。


 ――そうね。今のあたし達に、そんな能力は必要ない。


 考えることは、同じだ。


 ――その程度のことなら、俺達はもう……

 ――あたし達はもう、できてる。


 先刻までの戦いを思い出した。


 アシュリーにモンスターを投げ渡し、そのモンスターに補助魔法をかける。

 アシュリーがモンスターを武器として使い、マナヤの獣与(ブースト)魔法を受け取る。

 モンスターを掴んだ状態でいることで、跳躍爆風(バーストホッパー)の効果を受け取る。

 モンスターに防御魔法をかけ、アシュリーがそれを盾として用いる。


 ――俺達はすでに、俺達の……

 ――あたし達の百パーセントを、出し切れてる。


 特別な力になど頼らずとも、自分達は全力を出せている。

 最高の連携を取ることができている。



「【共鳴(レゾナンス)】――」



 ならば願う力はもう、一つしかない。


 ――今のあたし達に、必要なのは……

 ――ああ。俺たちの、この百パーセントを……



「――【魂の雫(ソウルエッセンス)】!!」



 ――常に、()()()()()()()能力!


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