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召還された召喚師  作者: 星々導々
第四章 父親の影と夢物語
184/275

184話 還

 アシュリーは、暗い領都をとぼとぼと歩いていた。


「……」


 冬の冷たい空気が、彼女のサイドテールをなびかせる。それでも、顔を上げる気にはなれず、地面に視線を合わせたまま、どこへともなくゆっくりと歩き続けた。

 思い起こすのは、先ほどまで聞き込みしていた領民の話。


『ブライトン? ……ええ、あの男は私の従姉妹一家を皆殺しにしたのよ。どうして、あの子達が死になきゃいけなかったのかしら……』

『亡き父は、ブライトンの凶行から私達を救うために、命を落とした。嗤いながら父を惨殺していたあの男の表情……今でも、許せる気がせんよ』

『あの男はかつて、儂の妹を……すまん。お前を守ってやれなくて、本当にすまん……』


 ブライトンのことを、誰に聞いても同じだ。

 出てくる言葉は、その男への恨み言ばかり。


(……言えなかった。まさかその男が、あたしの父親だなんて)


 あからさまな、ブライトンへの嫌悪。

 それを見せつけられたアシュリーは、今さら彼の娘だなどと告白することはできなかった。


(何やってたんだろ、あたし……)


 星が瞬き始めた空を仰いで、目を細める。


(あたしに、マナヤを責める資格、無いじゃない……)


 ずきり、と胸の痛みが増す。

 風でサイドテールが揺れた。視界に、その結び目につけている髪留めが映る。マナヤから貰った、五芒星(ペンタクル)の髪飾りだ。

 その髪飾りを触れようとして……その手前で、手を引っ込めてしまった。


『貴女の夢は、英雄のお父君に追いつくことだった。ならば、貴女をそう育てた()()は殺人鬼ブライトンではなく、「英雄ブライトン」です』


 先程のランシックの言葉を思い出す。


(そんなこと、言ったって)


 けれど、そんなことは無責任ではないのか。

 父のしでかしたことを、自分もどうにか(あがな)わなければならないのではないか。

 責任から目を逸らして、本当にいいのだろうか。


(……あれ)


 ふと、気付いた。

 ランシックの台詞と同じような言葉を、つい最近聞いた覚えがある。



『アシュリーさんは、本当にそれでいいんですか?』

『アシュリーさんのお父さんは、英雄だったはずです』



「!」


 思い出した。

 召喚師の集落を出る前に、シャラが口にした言葉だ。


(……シャラ)


 今さら気付いた。

 あれは、そういう意味だったのだ。マナヤが殺した『ブライトン』と、アシュリーが信じる英雄の父親は、別の存在だと。

 ランシックと同じことを、彼女は言いたかったのではないか。


 英雄の父を目指したいなら、目指してもいいんだと。

 重罪人を父と信じたくないなら、信じなくてもいいんだと。


「……っ」


 俯いたまま、さらに強く髪飾りを握りしめる。

 冷たい風が吹き抜けた。


「――お、おい? あんた、大丈夫か?」


 側面から、男性が声をかけてきた。

 顔を上げれば、ややウェーブがかった金色の短髪を持った男性が、心配そうにこちらを見ている。歳はアシュリーと同じくらいだろうか。背丈も、自分よりもほんの少しだけ高い。


(マナヤと、同じ髪色……)


 茫然と、そんなことを考える。

 が、当のその男性は、アシュリーの顔を見てハッと息を呑んでいた。


「あ、アシュリーさん!? ここ、こんなところで、何を!? 奇遇ですね!」


 と、ほのかに頬を染め、若干裏返り気味な声で話しかけてくる。


(……?)


 なぜか、内心首を傾げげてしまうアシュリー。

 おかしい。

 なぜ自分は、こんなに落胆したのだろう。

 マナヤと髪が似ていて、けれど別人だったからだろうか。それとも、『マナヤが来てくれた』とぬか喜びしたからだろうか。


(……違う。そういうのじゃない)


 声をかけてきた時と違って、妙に丁寧な口調になってしまった男性を見上げる。

 彼は、不安そうに問いかけてきた。


「あの、大丈夫ですかアシュリーさん? その、何か気分でも?」

「あ……いえ、問題ないわ。心配かけたわね」


 なんとか気丈に笑顔を浮かべてみせる。

 ほおっと安堵の息を吐いた男は、唐突に顔を引き締めてアシュリーに歩み寄ってきた。


「その、アシュリーさん」


 ゆっくりとした動作で、彼はそっとアシュリーの右手を取る。


「先ほどのアシュリーさんの雄姿に……惚れました。俺の、嫁になってはもらえませんか」


 男は緊張の面持ちでアシュリーの手を取り、そっと自身の両手で包み込んできた。

 求婚の作法。こちらの国でも、その作法は同じなようだ。


「……!」


 その時。

 アシュリーは、先ほど落胆した感情の正体に、ようやく気が付いた。


(……マナヤ!)


 ぎゅ、と空いた自身の左手で服の端を握りしめる。


 ――ドウッ


「えっ!?」

「な、なんだ!?」


 その時、突然背後から救難信号の音がした。

 慌ててそちらへと向き直る。目の前の男も、思わず包んでいた両手を解いて同じ方向へ振り返っていた。


(あ、白……何かの合図、か)


 アシュリーはすぐに警戒を解き、踏み出しかけた足を止める。


 ――チャラッ


「?」


 その時、自分の懐から何か音がした。

 防寒具のポケットからだ。ここに何か入れたような記憶はないのだが。


「な、なんだ人騒がせな……あ、あの? アシュリーさん?」

「……」


 安堵し再び手を取ろうとした男を放置し、アシュリーはポケットの中身を探って取り出す。

 そこから出てきたのは……


(……『俊足の連環』に、『跳躍の宝玉』?)


 リングがいくつも連なったチャームがついたブレスレットと、玉を抱えた兎のようなチャームがついたブレスレット。

 足を速くする錬金装飾(れんきんそうしょく)と、ジャンプ力を大きく高める錬金装飾(れんきんそうしょく)だ。


(もしかして、あの時?)


 昨晩、アシュリーが召喚師の集落を飛び出した時。

 去り際に、何かの光が自分の後をついてきたような気がした。あの時は気のせいかと思ったのだが。


 錬金術師の、『キャスティング』。

 錬金装飾(れんきんそうしょく)を離れた場所へと送る、錬金術師(シャラ)の魔法だったのだろう。



 ――いつでも、戻ってきていいんですよ――



 受け入れるように、優しく両腕を広げながら……

 そう、暖かい笑顔で告げるシャラの姿が、見えた気がした。


「……っ!」


 その錬金装飾(れんきんそうしょく)二つを、握りしめる。


「あ、あのアシュリーさん。さきほどの続きですが――」

「ごめんなさい!」


 改めて手を差し出そうとしてきた男を、アシュリーは謝罪して遮った。


「え? へ……?」

「あたし、もう心に決めた人がいるから! あなたの気持ちには応えられないわ!」


 そう言って、アシュリーは彼の傍らを全速力で走り抜ける。


 目指すは、北の門。森を抜けた先にある、召喚師の集落。

 マナヤのいる、あの集落へ。


「ごめんね、ありがとう! 使わせてもらうね、シャラ!」


 アシュリーは、二つの錬金装飾(れんきんそうしょく)を両手の手首に装着した。


 ――【俊足(しゅんそく)連環(れんかん)

 ――【跳躍(ちょうやく)宝玉(ほうぎょく)


 途端に、体が一気に軽くなる。

 思いきり地を蹴ったアシュリーは、門の上をひとっ跳びで飛び越えた。




(そうだったんだ。あたしが、マナヤのことを好きになったのは……!)


 森の中を跳び、駆け抜けながらアシュリーは心の中で独り言ちる。


 あの時からずっと、マナヤへの恋心を偽物だと考えようとしていた。

 自分の父親を殺したマナヤのことを、憎もうとする気持ちを捨てられなくて。

 だから、自分に言い訳していた。自分がマナヤのことを好きになったのは、シャラの言葉のせいなのだと。


 けれど、そうではなかった。

 先ほどの求婚で、ようやくそのことに気付いた。


(セメイト村でも、何度か求婚されたことがあった。でも!)


 成人の儀を受け、村に戻ってきたアシュリーは、すでに随一の剣士としての腕前を持っていた。

 無論、それだけで終わるアシュリーではない。本格的にヴィダの指導を受けてからは、さらにそれが伸びていった。

 いつしか、ヴィダ以外にアシュリーに勝てそうな村人は、いなくなっていた。


 そのためか、アシュリーと年代の近い者達は、男女問わずアシュリーを尊敬するようになった。以前はもっと気楽な感じで会話していた者達も含めて。


『おっアシュリー! 今度また、模擬戦やろうぜ!』


 そんな風に話しかけてきていた、アシュリーと同年代の村人。

 それが、アシュリーが力をつけてきた後は……


『凄かったッスね、アシュリーさん! 今度、稽古つけてくれませんか!』


 目上のように扱われて、悪い気がしなかったわけではない。

 頑張った自分の実力が認められたようで、誇らしくすらあった。英雄と呼ばれた父親に近づけたようで嬉しかった。


 けれども……

 そんな男たちに求婚されても、なぜか受け入れる気になれなかった。

 今なら、その理由がわかる。


(海辺の開拓村で出会った、コリィのお兄さんのデレック。彼も、そうだった)


『なんだ、そっちの人達は生魚がダメなんだ? だらしねー』


 最初に会った時は、そんな風に接していた彼。

 けれどアシュリーが召喚獣を投げる指導をするようになった後は……


『は、はい! あのアシュリーさん、ありがとうございました!』

『も、もしよかったら、うちで暮らしませんか!』


 皆、自分に遠慮するように話しかけてくる。

 自分の隣ではなく、後ろをついてくる。

 そんな者達に求婚されても、受ける気になれなかった。生涯を共にできる気がしなかった。


(みんな、みんな……あたしの隣から、離れていく)


 ……そんな中。

 一人だけ、例外が現れた。アシュリーと同じ思いを抱えていた者が。



『お前にまで遠慮されちまったら、俺はどうすりゃいいんだよ?』



 一度この世界から去ってしまったと思っていて、それでも戻ってきてくれた彼。

 そんな彼が、気を遣おうとする自分に対して言ってきた言葉だ。


 どんなにアシュリーが自身の力を見せつけても、軽口を叩き続けられる相手。

 自分よりも年下でありながら、自分よりもスケールの大きなことを平然と行う召喚師。

 それでも、アシュリーの前でも後ろでもなく、『隣』を選び続けてくれた人。


(だから、あたしはマナヤのことが……!)


 自分の気持ちは……シャラに焚きつけられてなど、いなかった。


(ランシック様の言う通りだった。大事なのは、『価値観』なんだ!)


 もう、二度と彼を疑わない。自分の気持ちに嘘などつかない。

 やっと、見つけたのだから。自分の後ろをついてくるのではなく、『隣』を一緒に歩いてくれる人が。


 それが、アシュリーが最も優先する『価値観』だ。

 会ったことすらない実の父親よりも、大切にしてきていたものだ。これまでも、そしてこれからも。



 ――ドウッ



「えっ!?」


 突然、視線の先に橙色の救難信号が上がる。

 ちょうど例の集落がある位置だ。


「まさか、とうとうあいつらが襲撃してきたの!?」


 さらに加速する赤い疾風。丘を一気に跳び越え、太い木の枝を足場に木々の間を駆け抜ける。

 急げ。

 召喚獣のコントロールを奪取できる敵がいる今、対抗することができるのは自分しかいない。



(ごめんね、こんな時に勝手なことしちゃって! 今戻るから!)



 ひたすらに、ひたむきに、アシュリーは集落へと駆け続けた。


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