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召還された召喚師  作者: 星々導々
第四章 父親の影と夢物語
182/275

182話 領都 ランシックの追及

 アシュリーが、ランシックの部屋を飛び出していった後。

 その夜のうちに、ランシックは領主の応接間に一人で訪れた。レヴィラもダナも、地割れの監視に回っていて今はいない。


「このような夜分遅くに、申し訳ございません。領主様」

「いや、構わぬ。なにぶんそなたは、我が領の民を救ってくれたのだからな」


 ぺこりとブライアーウッド王国流の一礼。

 対面のソファに腰掛けた領主ことクライグ・フィルティング男爵は、鷹揚に頷いた。ソファの背後には、側近のカノイも控えている。


「それで、危急のご用向きとは?」


 領主がさっそくとばかりに切り出した。

 愛想笑いを消したランシックは、正面から彼の目を見据える。


「今回の用件は、他でもありません。この領地を危機に陥れんとした『不届き者』を摘発しに参りました」


 そう告げると、領主の表情に緊張が走る。


「ま、待て! 私の采配ミスで、この領を危険に陥れたことは認めよう! しかし、摘発などと!」

「お考え直しくださいランシック様。領主様はこれでも、領民たちのことを案じてらっしゃるのです」


 大慌てな領主に対し、側近は諭すような言い分。

 が、ランシックはすっと手のひらを向け、二人を遮った。


「まあ、落ち着いてください。ワタシが摘発したいのは、領主様ではございません」

「な、なに?」


 男爵が狼狽えながらどもる。

 考える時間を与えず、ランシックは微笑を浮かべながら畳みかけた。


「領主、クライグ・フィルティング男爵様。貴方を陰で操っている本当の黒幕……ワタシが摘発したいのは、まさにその黒幕です」

「陰で、操っている……? 召喚師解放同盟とやらのことか?」


 首を傾げながら問いかける領主。

 が、ランシックは彼から視線を外し、斜め上へと流した。


「――そうでございましょう? 側近の、カノイ殿」

「なんだと!?」


 男爵が弾けるように振り返った。

 彼の左斜め後方に控えたカノイは、堅い表情で唇を引き結ぶ。が、すぐに冷ややかな目でゆっくりと口を開いた。


「私が男爵様を操った、と?」

「ええ、その通りです。それは、貴方の態度からも明らかでございました」


 その冷淡な視線を真っ向から受け止め、なおも微笑を維持したままランシックは平然と語る。


「ちょ、ちょっと待てランシック殿!」

「何でしょう? 領主様」

「よりによってカノイが、私を操っただと!? カノイはあくまで相談役、私は操られてなどおらん!」

「本当にそうでしょうか?」


 ただ淡々と問い返すランシックを前に、領主はなおもしどろもどろに反論してきた。


「だ、第一、私をどう操るというのだ! 彼は常々、私が迷った時に選択肢を助言している!」

「ほう、選択肢を……」

「そうだ! 私はその選択肢から、自らの意志で選んできた! 最終的な決断は常に私が下してきたのだぞ!」


 僅かな希望と、なけなしのプライドが見て取れる瞳。ランシックは内心嘆息する。


(自分が男爵として、責任者としての行動をとっている。そう信じたいのでしょうね)


 まさにそこを付け入られたのだ。

 ランシックは、表情を変えぬまま領主へ目を戻した。


「たしかにカノイ殿が男爵様に二択を提示したところを、ワタシも何度か拝見しました」

「そ、そうであろう! ならば――」

「しかし、それこそが疑問だったのですよ。なぜ、()()()()()()だったのでしょう?」

「な、なに?」


 男爵の声が裏返った。

 完全に黙したままのカノイへと視線を移したランシックは、なおも追及を続けた。どこか目つきも、鋭い。


「我々がこの領に訪れた日のこと、ワタシもよく覚えております。領境で、馬車がモンスターに襲撃された件を報告した時のことです」


 鋭いその視線を、側近のカノイへと戻した。


「カノイ殿、貴方は男爵様に『素直に謝罪をされるか、お詫びとして情報提供を申し出るかすべき』という選択肢を提示しておりました」

「……」

「本来、あの状況で真っ先に為すべき事とは、早急な事実確認です。本当に馬車が襲撃されたのか裏を取り、事実であれば対策を考える。それこそが、領主として正しい初動であったはずです」


 それを、外交官であるランシックの目の前で直ちに行うこと。それこそが、本当に誠実な対応であり為政者としてのパフォーマンスであるはずだった。

 謝罪をしたところで、何かが解決するわけでもない。詫びとして情報提供をしたとて同じだ。少なくとも、この国ではそういう対応が広まっている。


 為政の選択肢は、二つだけではない。

 何を最優先で行うべきなのか総合すれば、カノイがあの時提示した選択肢はどちらも悪手だった。


「カノイ殿。貴方は、まだ年若い領主に助言をするふりをしていた。選択肢を提示しそれを選ばせることで、領主様が自身の判断で決断をしたように錯覚させたのです」

「……」

「どちらの選択肢を選んでも、結局カノイ殿にとって好都合なことになる。貴方は、領主様をそのように誘導していた」


 説明を聞く中、領主は信じられないようにカノイを見上げていた。ふと、ランシックの目が憐憫に変わる。


(まあ実際には、選択肢を出しておきながら『実質一択』というものもあったようですがね)


 召喚獣を使った運搬業を、このクライグに提案した時のことだ。

 迷うクライグに対し、カノイは『条件付きで受け入れるか、きっぱり断るかすべき』という二択を提示した。しかし『条件付き』などと言われても、領主として日が浅い彼には、条件を自ら考えだすことなどその場でできるはずがない。ゆえにクライグは、無意識にその選択肢を避けた。

 実質、断る方を選ぶよう誘導した二択だったのだ。


 再びランシックはクライグを見つめた。


「そも、馬車がモンスターの襲撃を受けた件。領主様は、商人から奏上されたとは『聞いていない』仰っておりましたが……」

「そ、それは私の落ち度だ! カノイの報告をすっかり忘れ――」

「本当に、カノイ殿からその件で報告を受けましたか? 領主様」


 笑顔を消し去り真剣に男爵を見つめる。

 領主は、一瞬言葉を詰まらせた。迷うように目を泳がせたものの、すぐに反論してくる。


「し、しかし、カノイからの報告を聞き逃したことは、恥ずかしながら一度や二度ではなく……」

「貴方が信頼を置くカノイ殿からそう言われ、男爵様もそれを信じたのでしょう。ですが、本当にカノイ殿は報告をしていらっしゃったのでしょうか?」

「……ま、まさか」


 クライグの顔色が青くなる。


(そう。クライグ殿の異常なカノイ殿への依存は、そこから始まっていた)


 あの時、馬車襲撃の件で『そんな報告は受けていない』と語った男爵の態度。


『聞いておれば、領民のためにもこの私が即刻対処している!』


 そう答えたクライグの言葉は、本心にしか聞こえなかった。

 彼は、心から領民のことを案じている。もし本当にあのような報告を受けていたのであれば、忘れるはずがない。


 カノイは最初から、報告などしていなかったのだろう。

 そして後から問題が派生する都度、カノイは『報告はしました』と断言。今までも、幾度となくそれを繰り返してきたのだろう。それにより男爵は、不出来な自分が報告を聞き流したと錯覚し、ますます自信を失くす。

 然して『優秀な』カノイの判断にとことん依存する、傀儡当主の出来上がりだ。


「カノイ殿は領主様を裏切り、あえて領民を危険に晒すよう、領主様を誘導していたのです。そうですね?」


 カノイは無表情のまま黙している。

 が、クライグが慌てて口を挟んだ。


「し、しかし! カノイは、父上がこの領を治めていた頃から我が家に仕えている忠臣だ! この領を危機に陥れるような真似をするはずがない! そうだろう、カノイ!?」

「……その通りでございます。私が、自身が仕えるこの領を滅ぼすような真似をするはずがありません」


 淡々とそう答えたカノイに、クライグはほっと安堵の息を吐く。

 たしかに男爵の側近ともなれば、俸給も相当のもの。自らその機会を失くすような真似をするとは考えにくい。

 普通ならば、だが。


「失礼ながらカノイ殿。実は王城に留まったワタシの護衛騎士を幾人か用い、貴方の過去を調べさせていただきました」

「ら、ランシック殿……?」


 カノイを見据えながら説明を始めるランシックの言葉に、男爵は戸惑いを隠せない。

 だがランシックは淡々と説明を続けた。


「シャタグニー男爵家。フィルティング男爵家に領主権が移る前に、この領地を治めていた貴族家の名です。貴方は()()()()()()()()

「……」

「領民たちから異常な高税を取り立て、かつ王家への収支報告を誤魔化し差分を着服していた貴族家。……カノイ殿、貴方は元々、このシャタグニー男爵家の家臣だったそうですね?」


 収支報告を誤魔化す以上、その手続きを行う家臣たちの手綱も握っておかねばならない。

 つまりは、家臣たちも共謀者として美味しい思いをしたのだ。


「しかし、フィルティング男爵の前当主様……つまりクライグ様、貴方のお父上がそれを摘発された」

「……そ、そう聞いてはいるが」


 クライグが震えながらも頷く。

 ランシックも首肯でそれを返し、再びカノイを問い詰めた。


「どう逃げ延びたかは、ワタシの知るところではありません。しかしカノイ殿、貴方は王室の摘発からひとり、難を逃れた。そして、自身の贅沢な暮らしを潰したフィルティング男爵家に恨みを抱いた」

「……」

「そのために、貴方はあえてフィルティング男爵家に仕えることにしたのです。内部からフィルティング男爵家を潰すために……そしてゆくゆくは、領民から搾取する贅沢な暮らしを取り戻すために」


 前当主がこの領地を治めていた間は、善政を敷くのに全力を尽くしていたフィルティング男爵を欺くことはできなかったのだろう。

 しかし、前当主は急な不審死を遂げる。

 そのため、まだ領主業に疎い嫡子クライグが急遽当主となってしまった。そんな彼を支えるため、という名目で、カノイはここぞとばかりに動き始めたのだ。


「カノイ殿は、この領地を密かに滅ぼすつもりだった。そしてその責を、現領主であるクライグ殿、貴方に押し付けようとしたのです」

「……ばかな」


 あえて現当主のクライグに悪政を敷かせ、それを理由にフィルティング男爵家を取り潰す。

 カノイ自身はその悪政を暴いた者として評価を受け、あわよくば王家から次期領主として爵位を授かることをも目論んだ。かつてシャタグニー男爵家が取り潰され、その悪事を暴いたフィルティング男爵が領地を与えられたように。


「召喚師を強引に排斥するような領法を通させようとしたのも、そのためだったのでしょうね。モンスターを封印する召喚師がいなくなれば、いずれ領地はモンスターによって滅ぼされますから」


 ちょうど、召喚師解放同盟がこの領内で暴れ出した。その影響で一時的に領都近郊のモンスターが激減する。偶然ではあったが、これらも彼にとっては都合が良かった。

 召喚師解放同盟のことはすぐに調べがついていただろう。スレシス村の一件は国外にも参考情報として流されたので、その情報を入手することは難しくなかったはずだ。


 召喚師解放同盟は、村や町を弱体化する。それを理由に召喚師を追い出してしまえば、あとは待っているだけでいい。勝手にスタンピードが発生し領地は滅びることになる。

 すべて、召喚師を排斥してしまった『クライグの責任』として。


「スタンピードが発生し領都が滅んだとあらば、さすがに王室とて王国直属騎士団や周辺領地の騎士団を動かし、対処せざるをえません。かくしてカノイ殿は、さしたる苦労もなくこの地をモンスターから奪還し、しかる後に男爵位を得る、と」

「……」

「か、カノイ……」


 クライグが、カノイを縋るような目で見上げていた。

 が、カノイは急に肩を震わせはじめたる。


「……くくくく。出自まで知られてしまいましたか。どうやらこれまでのようですね」

「カノイ!?」


 クライグの顔が絶望に染まった。

 カノイは豹変し、侮蔑にまみれた視線をクライグへと向ける。


「クライグ様。貴方のお父上の死に顔は、実に無様でございましたよ」

「な――」

「外に重傷を負った者がいると白魔導師達に命じ、追い出した後に毒を盛る……慎重だったあの方らしくない、あっけない最期でございました」

「か、カノイ! 貴様、まさか父上を!」


 思い切り立ち上がり、やや目尻に涙を浮かべながら睨みつけるクライグ。

 ランシックが冷ややかに口を挟んだ。


「やはり、先代の急死も貴方のしわざだったのですね。カノイ殿」

「ええ。長かった、実に長かったのです。あと少しで、私はかつての生活を取り戻せるはずだったというのに」


 カノイは、やや狂気に染まった目で天井を見つめた。

 クライグも一転、憎悪に顔を染めて詰め寄る。精いっぱいの睨み顔だ。


「カノイ! 貴様、生きていられると思うな! 領法で貴様を裁き、父上の仇を取ってくれる!」

「ほう、貴方にできますか? クライグ様」

「騎士達よ! 父上を殺した重罪人を捕らえよ!」


 クライグはやや湿った叫び声で叫んだ。

 すぐにバタバタと廊下から足音が近づき、勢いよく扉が開かれる。現れたのは、この領に所属している騎士達。


「お前たち! カノイがランシック殿の前で罪を自供した! ひっとらえろ!」

「ふふふ、そうはいきませんよクライグ様。……やれ」


 騎士達に命じるクライグに対し、カノイがやや血走った眼で手を振る。

 その瞬間、騎士達はおずおぞと、領主クライグに向かって抜刀した。クライグは顔を青くする。


「な、何のつもりだお前たち!? 剣を向ける先を間違えておろう!」

「……申し訳ありません、領主様。我々は、こうするしかないのです」


 先頭の騎士が切っ先を吐きつけながらも、そう声を絞り出した。他の騎士達も一様に同じ顔をしている。

 カノイが、余裕の笑みを浮かべた。


「男爵様、無駄な抵抗はならさぬよう。騎士達は、最初から私の指揮下にあるのです」

「な……カノイ! 貴様、騎士たちにまで何をした!?」


 怒りと恐怖の入り混じった引き攣った顔で睨みつけるクライグ。

 が、そこでランシックが立ち上がった。


「……人質、ですね?」


 ゆっくりソファから身を起こし、別の騎士に剣を突きつけられつつもカノイを正面から見つめ返す。

 急に口を閉ざす騎士たち。カノイが喉から嗤い声を漏らした。


「くくく、ご名答ですランシック殿。この騎士達にも家族がいる……ですがその者らは、領都内に幽閉しておりましてね」

「ほう、領都内に?」

「ええ。ご安心をランシック殿、騎士達を操るためにも、家族らは生かしております。貴方がたが妙な真似をすればその限りではありませんが」

「カ、カノイ! 貴様、そこまで堕ちたか!」


 泣き叫ぶように声を張り上げるクライグ。

 騎士たちはいまだ剣を彼に就きつけたままだが、カタカタとその剣先が震えている。


「男爵様」


 が、口を開いたのはカノイだった。


「貴方は、ランシック殿に自らの不出来を指摘され、乱心を起こし彼を亡き者にするのです」

「な、何を……!」

「調査権限をお持ちのランシック殿を殺害した罪で、貴方は騎士達に斬られた。それを統括した私は、晴れて貴族の地位を手に入れる……そういう筋書きにしましょうか」


 騎士たちの背後に回りながら、カノイは血走った目をやや治めて腕組みする。

 だがランシックは、ふっと笑みを浮かべた。


「この領都内に、人質を捕らえている……言質はとりましたよ」

「おや? まさかランシック殿、この状況で逃げおおせられるおつもりですか? 今の貴方は、好都合にも護衛騎士がいない。たったひとりでどうにかできるとは思えませんが」


 にやけ顔を見せ、勝ち誇ったように肩をすくめるカノイ。

 が、ランシックは異様なほど明るい笑顔を向けた。


「なあに! 要は時間稼ぎをすれば良いだけです! 何も問題はないではありませんか!」

「……ふふふ、随分と余裕ではありませんか。ここは木造の四階、建築士である貴方もここでは岩を操れませんよ」


 カノイが嘲笑しながらランシックを()めつける。


 貴族家の館は、基本的に土台以外は木造だ。四階のここは地面も離れており、建築士の岩を操る能力は及ばない。

 だがランシックは、高らかに笑った。


「はっはっは、このランシック・ヴェルノンを舐めてもらっては困ります。その程度、想定済みですよ」

「……やれやれ。その憎たらしい笑顔、いつまで保ちますかな」


 ごう、とカノイが掲げた手のひらの上に、炎の槍が形成される。


「【フレイムスピア】」


 そして、差し出した手の動きに従い、炎の槍が一直線にランシックに飛んでいく。

 ……が。


「ふんっ!」


 突然、ランシックの袖元から何かが飛び出した。

 青が混じった真っ白いそれが、炎の槍を受け止める。ぼしゅ、と音を立てて炎の槍は掻き消えた。


「なんですって?」


 カノイも思わず声を漏らした。ランシックが袖から現れたそれを、凝視してしまう。


 白い盾だ。

 バックラーほどの大きさの、白い石でできた盾。だがその中に青い筋のような、不思議な紋様が混じっている。紋様は、城壁とそれに舞い降りんとする猛禽の姿を象っていた。ヴェルノン侯爵家の紋章だ。

 高笑いするランシック。


「はっはっは! こんなこともあろうかと、常日頃から袖元に海曜岩を仕込んでおりましてね! いざとなれば、このように建築士であるワタシならば盾として使えるのです!」


 海曜岩。

 いつぞやマナヤ達も訪れた、海沿いの開拓村から採れる岩だ。軽量かつ頑丈で、ごく小さな塊であってもうまく使えば仕込み武器、仕込み盾としても使える材質。周りに岩がない建築士の護身用にはおあつらえ向きといえよう。

 領主クライグも、あんぐりと口をマヌケに開いて茫然としている。


「さあ領主様、ワタシの背後へ」

「ッ、あ、ああ……ッ」


 そんな彼を、ランシックは自身の背後へと促した。

 そこでカノイがようやく気を取り直す。


「……そのような小さな盾一つで、数の暴力をどこまで持ちこたえられますかね? さあ騎士達、やりなさい」


 少し苛立った目で、騎士達へと命じた。ぎゅっと目をきつく瞑った騎士達だったが、やがて覚悟を決めた目で剣の柄を握りしめた。

 じりじりと、ランシックへと迫る。背後の騎士達も弓を取り、矢をつがえている。


(カノイ殿は、黒魔導師。範囲攻撃魔法ならこの盾を貫通できるでしょうが……)


 今ここは、閉鎖空間だ。範囲攻撃魔法を撃ち込めば、カノイ自身にも被害が及ぶ。ゆえにその点はとりあえず安心だ。

 だが騎士達はいかんともしがたい。


「しかたがありません、もう一つの切り札を切りますか!」


 と、なおも明るく宣言したランシックは、懐から亜麻色をした拳大の石ころを取り出す。それを、無造作に床に放り投げると……


「さあ出でよ! 我が勇者、ヴィロード!」


 芝居がかった声で叫ぶや、その石がにょきにょきと一気に等身大の人型へと変形。

 長細い楕円状の岩が連なっただけのシンプルな四肢に、やや平べったい筒のような胴体。卵型の頭部には、一切の顔がついていない〝のっぺらぼう〟だ。


 その人形が、なぜかビシリとサムズアップした。

 騎士たちは奇妙に顔を見合わせ、後ずさる。表情に困惑と怯えが入り混じっていた。


「な、何を――」

「さあ行け、ヴィロード! そちらの騎士殿らを、傷つけずに対処なさい!」


 びしっと騎士達へ指を向けたランシックの指示と共に、格闘の構えを取った岩人形が進み出た。カノイが小さく舌打ちをする。


「しょせんは、拳大の石ころを無理やり拡大したもの! さしたる強度はありません、破壊してしまいなさい!」


 そう命じられると、騎士たちは狼狽えつつも覚悟を決めたようだ。

 ややへっぴり腰ながらも、岩人形へ斬りかかっていく。


「甘い!」


 が、ランシックの鋭い声と同時に、岩人形は小さく横にステップして剣筋を華麗にかわす。

 驚きに目を見開く騎士。

 岩人形が彼に向き直り、伸びきった籠手を両手で包むように掴んで、そのまま返した。


 バランスを崩す先頭の騎士。

 さらに岩人形は、バランスを崩したその騎士を盾にして、後続の騎士達へと押しやる。突っ込もうとしていた後続の騎士達に衝突し、そろって倒れこんでしまった。

 敵の体を、盾として用いる。多数の敵と戦う時の基本だ。


「な、何をしている!? 【アイスジャベリン】」


 カノイも狼狽えながら叱責。

 さらに自身も手のひらに氷の槍を形成し、ランシックへ向けて発射した。


「なんのっ!」


 が、海曜岩の盾でそれを後方へと受け流すランシック。


(彼の言う通り、あの岩人形に耐久力はない! 技術をもって、直撃を受けず相手の力を利用して戦うしか……!)


 拳大の岩を、中身スカスカな状態へと拡大したのだ。まともに剣撃を食らえば一発で崩れ去る。

 ランシックお得意の精密操作で、柔よく剛を制す戦いをするしかない。幸い、矢の攻撃はほぼ無抵抗に岩人形をスカッと貫通するだけだろうから、注意すべきは剣士達だけだ。


 問題は、マナ残量。

 もとよりモンスター襲撃の後で、ランシックにはまともにマナが残っていない。体を斜に構え、冷や汗を誤魔化した。


「ちっ、手間をかけさせて――」


 カノイが歯ぎしりしながら、今度は雷の槍を作り上げようとした、その時。



 ――ドウッ



「な、なに!?」


 突然、窓の外で光の柱が立ち昇った。カノイが狼狽える。

 暗い空に、真っ白の光が満ちる。一瞬だけ昼間のように平民の家々を照らし出していた。


「……おやおや、随分と早かったですね。やはり人質の居場所は『避難所』でしたか」


 ランシックが不敵な笑みを浮かべる。

 白色の救難信号、それは何らかの合図として用いられるもの。レヴィラからの任務完了の合図だ。

 弾けるようにカノイが振り返った。


「ま、まさか……!」

「ええ、そのまさかです。失礼ですが、うちのレヴィラが避難所を強行突破し、人質は救出させていただきましたよ」


 ランシックは両腰に手を当て、ふんぞり返った。


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