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召還された召喚師  作者: 星々導々
第四章 父親の影と夢物語
181/275

181話 山奥の集落戦 希望

「く……ダグロン貴様、一般の召喚師を人質に」


 ディロンが、射殺しそうな視線でダグロンを睨みつける。

 が、ダグロンは飄々と返した。


「なにを人聞きの悪い。彼らは、我々召喚師解放同盟に賛同してくださった同志ですよ。この場には、『洗礼』のために来てもらっただけです」


 ――洗礼。

 その言葉に、テオは唇を引き結んだ。


(人殺しをさせることで……『流血の純潔』を失わせることで、召喚師解放同盟の正式な一員をして認めるっていう〝儀式〟)


 以前、ヴァスケスからそう聞いたことがある。

 テオは、ちらりと集落民たちへ目をやった。彼らは状況についていけない様子で、困惑しきっている。


「そういうことです」


 ナキアが、憐れそうにテオらを見つめながら言い放った。感情を抑えたような声だ。


「諦めてください、テオさん、みなさん。あなた方には、私達召喚師のための礎になっていただきます」

「……ナキア、さん」


 その時。

 後方にいたパトリシアが、やや震える声で呟いた。


「じゃあ、やっぱりあなた、だったのね。わたしの教本を盗んだのも」

「え……?」


 思わず彼女を二度見してしまったテオ。

 他の者たちも、一斉にパトリシアへと視線を集中させる。


「どういうことだ、パトリシア」


 ディロンがやや荒々しく問い詰めた。

 一瞬怯えたパトリシア。しかし、すぐに表情を険しくしてナキアをまっすぐ指さす。


「こ、この人、マナヤさんから教本を貰った日の晩、わたしの部屋に忍び込んでたんです!」

「!」

「そのままどこかに出かけていく様子だったから、こっそり追いかけたんです! でも、門から外に出たあと、見失ってしまって……仕方なく部屋に戻ったら、教本がなくなってて」


 そういえば、とテオも思い出した。

 パトリシアは、マナヤ直筆の教本をいきなり失くしていた。大切にしていたようなので、妙だとは思っていたのだが。

 テオはナキアへと向き直る。


「じゃあ、召喚師解放同盟に、マナヤの教本を渡したのも……?」

「ええ。私が、彼女から受け取ったものです」


 ダグロンが嗤いながら、懐から何かを取り出した。

 見覚えのある、本だ。


「マ、マナヤさんからもらった、教本!」


 パトリシアが思わずと言った様子で、一歩近寄りかけた。が、すぐにテナイアに押しとめられる。

 ダグロンは隣のナキアをちらりと見やった。


「くくく……感謝しますよ、ナキア殿。我々が他の町や村を襲った時には、無傷のままこの本を手にすることはできなかったのでね」

「恐縮です」


 目を伏せたまま答えるナキア。


「――ですが」


 が、そこでダグロンの声色が低くなった。

 じっとナキアを見つめ返している。かと思うと、ちらりとテオの後ろ――パトシリアへと視線を送った。


「なぜ、マナヤにくっついていたそこの女に、もっと疑いの目を向けることを怠っていたのです? 私は、そうやってマナヤ達を仲違いさせることも指示していたはずですが」

「!」


 テオ達は、一斉に背後のパトリシアへと振り勝った。当のパトリシアは体を震わせている。


「……」


 一方のナキアは、逆に気まずそうな表情になっていた。

 ダグロンはなおも彼女へ問い詰める。


「妙にマナヤに付き従っている、新参者のその女……本を失った件に加えて、さらに彼女に何らかの形で裏切り者の烙印を押させることができれば、もっとスムーズに計画を実行できたはずなのですがね」

「……か、彼女にまで、苦労をかけさせたくなかったのです」


 ナキアは、視線を泳がせながら弁解を始めた。


「彼女はあくまで、マナヤを慕っているというだけ。マナヤに騙されているだけの、純粋な女性です。本まで失くした彼女を、それ以上悲しませたくありませんでした」

「ほう? そのために、我々の命令に背いたということですか?」


 なぜか、面白そうに目を細めながら問いただすダグロン。

 どこか恐ろしさを感じる笑顔だ。ナキアは気圧され、勢い込むかのようにまくしたてた。


「お、同じ召喚師の同胞として、パトリシアさんも救って差し上げたかっただけです! 召喚師を救うのが、貴方がたの使命なのでしょう!?」

「なるほど。よくわかりました」


 突然ダグロンは、笑顔から恐ろしさを消す。

 底抜けに明るい笑顔へと変わった彼の表情に、ナキアはほおっと安堵の息をついていた。

 ……が。



 ――ドシュウ



「か、は……っ!?」


 そんなナキアの胸から、槍が突き出てきた。

 ヴァルキリーの槍だ。シャラを人質にするように突きつけていたはずの槍が、突然鋭くナキアの背を貫いたのだ。


「ナキアさんっ!」


 シャラの悲痛な声。

 が、すぐにヴァルキリーが槍を無造作に引き抜いた。駆け寄ろうとしたシャラへと再度その槍を突きつけている。

 喀血し、地面に両手をつくナキア。ダグロンが彼女を冷ややかに見下ろした。


「残念です。やはり、所詮は騎士……国の犬でしたか」

「ダ……ダグロン、さま、なぜ」


 ナキアは、血が噴き出る胸元を押さえながら、絶望の表情でダグロンを見上げた。

 が、ダグロンは黒い笑みで見下ろす。


「貴女は我々の命令に背き、勝手な判断を下した。ゆえに罰として死んでいただく。それだけのことです」

「な……そん、な」

「いかなる理由があろうと、事前に下した命令に背くことは許されません。我々に忠実に従っている者たちへの示しがつかない。統率を守るため、命令違反者には見せしめになっていただく。当然のことではありませんか」


 嗤いながらも、冷ややかにナキアを見下ろしているダグロン。


「中途半端な仕事しかできぬ者に、用はありません。【フレアドラゴン】召喚」


 おもむろにダグロンは、ナキアの背後へ向けて手をかざした。

 巨大な召喚紋が展開。中から、真紅の鱗に覆われた竜が現れる。月と星、そして何本かの松明によって、その巨体が照らし出されていた。


 バキ、と背後にある氷の門を押しつぶしながら、ゆっくりとその竜――フレアドラゴンが振り向いた。

 その双眸が睨みつけたのは、ナキア。彼女は絶望的な表情で、その紅い巨体を見上げる。

 シャラが叫んだ。


「ナキアさんっ! いけな――あぐっ」


 が、シャラは小さく悲鳴を上げ、もんどりうって倒れる。

 かすかに鮮血が舞った。ヴァルキリーが槍を一閃し、彼女の肩をかすめたのだ。


「シャラ!」


 テオが駆け寄ろうとするが、途中で脚が止まる。

 ヴァルキリーが、シャラの目と鼻の先に槍を突きつけていたのだ。肩の傷を押さえたシャラも、至近距離にある穂先に顔が強張る。


「妙な真似をするなと言ったはずですよ、錬金術師」


 ダグロンが警告した。


「我々召喚師と違い、貴女はか弱い。フレアドラゴンどころか、ヴァルキリーの槍ですらまともに受ければ、即死です」

「シャラっ!」


 再度、声を張り上がるテオ。

 だがテナイアが肩を掴んで止めてきた。


「テオさん、危険です」

「で、でも、シャラが……っ、ナキアさんも!」


 もどかしい思いで、シャラとナキアを見つめるテオ。

 ダグロンが嗤いながら、ナキアを見下ろした。


「残念です、ナキア殿。命令に素直に従ってくださっていれば、それなりの地位を約束できたというのに」

「あ……」

「さようなら」


 その一言を合図に、フレアドラゴンが口を開いた。

 ナキアの頭上から、真下に口を向けている。苦しそうにナキアが見上げた中、その巨大な口の奥に炎が灯った。


「な――」


 ディロンが絶句した直後。



 ――業火が、ナキアに真上から叩きつけられた。



「く……っ」


 膨大な熱気に、ダグロンを除くその場の全員が腕で顔を覆う。

 逆向きの火柱が、フレアドラゴンの口からナキアを飲み込んだ。真紅の炎が地面を融かし、ドロドロと溶岩のように液状化していく。


「――うわっ! わ、わたしの家が!」


 集落民の一人が、横に飛びのいた。

 炎のブレスが横に漏れていた。近くにあった小屋へと流れ、引火する。


 ほどなくして、炎のブレスが終わる。

 ナキアがいた場所にはもはや、赤熱して融けた穴だけしか残っていなかった。


「……ナキア、さん」

「そんな……」


 茫然と呟く集落民たち。

 ダグロンの背後にいる人質の召喚師たちも、恐怖におののいた顔で後ずさりしていた。


「ご安心を、みなさん」


 が、ダグロンが場違いなほど明るい声で、絶句している集落民を見回す。


「我々は、貴方がたの味方です。ナキア殿のように命令違反でもしない限り、このような目には遭いませんよ。ヴァスケス殿がナキア殿と交わした『契約』もあることですしね」


 脅迫するかのような言葉だ。

 集落民たちは、蒼い顔で押し黙っている。



 ――野郎、ふざけやがって!



 そこへ、テオの頭の中に激昂する声が響いた。


(マ、マナヤ!)


 目が醒めていたのか。

 ぐらりと体が揺れ、テオの意識が()()へと押し込められた。






「――てめえ、ダグロンとか言ったか。ふざけた真似しやがって」

「おや?」


 マナヤが表へと出てきて、殺気の篭った目で目の前の男を睨みつけた。

 面白そうに片眉を上げるダグロン。


「……ああ、なるほど。マナヤが出てきたということですか。二重人格者とは面白いものですね」

「ちょうどいい、ムシャクシャしてたところなんだ。お前で憂さ晴らしさせてもらうぜ」


 マナヤは遠慮なく殺気を解放し、一歩進み出た。

 が、ダグロンは余裕の笑みを崩さない。


「ま、いいでしょう。私と戦いたければ、いくらでも応じますよ」


 ダグロンはマナヤを見下すように目を細めた。


「ですが……貴方に、何かできますかね?」


 その言葉に、マナヤがギリギリと歯ぎしりする。


 ――マナヤ!

(クソッ、わかってるよ!)


 頭の中でテオが焦り、マナヤも冷静を保とうとしながら応じた。


 ダグロンは、召喚モンスターの制御を奪い取る能力を持っている。ヴァルキリーがシャラの眼前に槍を突きつけた状態で待機できているのも、おそらくそのためだ。

 マナヤが出てきたところで、対抗手段が無い。


「それに」


 と、ダグロンは今度は集落民へと視線を送る。


「貴方が余計なことをすれば、死ぬのはそこの錬金術師だけではありませんよ」


 直後、フレアドラゴンが鎌首をもたげた。

 その縦長の瞳孔が、集落民を捉える。彼らは恐れおののき、震えながら後ずさりを始めた。

 歯ぎしりするマナヤ。


「……てめえ」

「くくく……貴方のせいで、集落民たちが死ぬ。そのようなことになっても良いのですか? 『召喚師の救世主』殿」


 唸るフレアドラゴンを背に、ダグロンはあざ笑う。

 その時……


「えいっ!」


 シャラが、錫杖を振るった。


「なに!」


 ダグロンが慌てて振り向く。シャラの一撃はヴァルキリーを槍ごと強引に吹き飛ばし、崩れた門の外へと追い出していた。

 すぐさまシャラは、マナヤ達のもとへと駆け戻る。


「すみません、迷惑をかけて!」

「シャラ!」

「シャラさん!」


 ディロンとテナイアが、すぐに彼女を庇うように進み出る。


 ――シャラ! よかった!


 テオも安堵していた。

 が、ダグロンが忌々しそうに舌打ちをする。


「まったく。余計な真似をすればどうなるか、わかっていなかったようですね」


 と、腕を上げた。

 とたんに、フレアドラゴンが動く。大口を開け、喉の奥に膨大な炎を溜めこみ始めた。


(やばい!)


 後ろには、おろおろとしている集落民たちが。

 このままでは、ブレスに巻き込まれてしまう。


「っ、こうなったら!」


 周囲を見回したシャラが、決意を固めたように『衝撃の錫杖』を立てた。

 さらに鞄から、素早く何かを取り出す。赤い宝珠のついたブレスレットだ。


「お願い、成功して! ――【シフトディフェンサー】!」


 祈るような叫びと共に、赤い宝珠の錬金装飾(れんきんそうしょく)を放る。

 それは赤い光と化した。錫杖の先端へと飛びつき、そこについていた金属のリングの一つと置き換わる。


 ――【吸炎(きゅうえん)宝珠(ほうじゅ)】!


 とたんに、錫杖全体が赤い燐光に包まれた。


「……できた!」


 一瞬顔に喜色を浮かべたシャラ。

 だが、すぐに前方へ顔を戻した。フレアドラゴンは、もはやブレスを吐く直前だ。


「【リベレイション】!!」


 すぐさま彼女は、錫杖を思いっきり振りぬく。



 ――赤い波動が、扇状に放たれた。



「くおおおっ!?」


 ダグロンが背後へと吹き飛ばされる。

 フレアドラゴンや、ようやく戻ってきたヴァルキリーも巻き込まれ、一緒に飛ばされていった。

 錬金術師の魔法『リベレイション』、『衝撃の錫杖』に篭められたマナを全解放し、敵だけを選択的に吹き飛ばす術だ。


 赤い波動は、先ほど火が付いた小屋も通り抜けていた。


「あ、わたしの家が……」


 小屋の持ち主であった女性が茫然と呟く。

 吹き飛ばされたのは、炎()()だ。小屋そのものは、多少焼け焦げているが無傷のまま残っている。


 ――『衝撃の錫杖』に他の錬金装飾(れんきんそうしょく)を重ねる、錬金術師の高等技術だ! シャラ、いつの間に?


 マナヤの意識の裏で、テオが驚いていた。


「ずっと練習してたけど、やっと、できた!」


 シャラが、マナを使い果たし縮小した『衝撃の錫杖』を手に、ほおっと息を吐いた。

 だがすぐ、『衝撃の錫杖』は元のサイズを取り戻す。シャラが直接マナを充填しなおしたのだ。その先端には、『吸炎の宝珠』が今なお架かっている。


「――今だ!」


 いち早く我に返ったディロンが、天へと手のひらを伸ばした。


 ――ドウッ


 橙色の救難信号が、集落内から空へと打ち上がった。

 彼はすぐさまテナイアへと声をかける。


「テナイア、行くぞ!」

「はい!」


 テナイアも頷き、吹き飛んでいったダグロンを追って集落の外へと駆け出していく。

 マナヤもすぐに我に返った。


「くそっ、俺も――」

「マナヤさんは下がっててください! あのダグロンという人をなんとかしないと、勝ち目がありません!」


 だが、シャラに止められた。

 ダグロンの持つ、召喚獣の奪取能力。あれをどうにかしないことには、マナヤは役に立たない。


 歯ぎしりマナヤをよそに、シャラもディロン達を追って外へと飛び出していく。ダグロンが連れてきた一般召喚師たちが、怯えた様子で彼女らを見送っていた。

 その時。


「マナヤさん! わたしと一緒に、避難しましょう!」


 ぎゅ、と背後からマナヤは肩を掴まれた。


「パトリシアさん!? あんたまで!」

「召喚獣を操れる相手なんて、わたしたち召喚師じゃ相手取れません! 早く、こっちに逃げましょう!」


 パトリシアが、ぐいぐいと腕を引っ張ってくる。

 どうせなにもできない。そう決めつけているかのような顔だ。


(……マジでなんにもできねえのかよ、俺は! この大事な時に!)


 爪が食い込みそうなくらい、拳を握りしめるマナヤ。

 そこへ……


 ――マナヤ、ちょっとだけ替わって欲しいんだ。

(なっ、何のつもりだテオ! お前が出ちまったら!)


 思わずテオを止めようとするマナヤ。

 同じ召喚師であるテオが出てきたところで結果は同じはず。そもそも、もしテオがダグロンを殺してしまい『流血の純潔』を失ってしまえば、本末転倒だ。


 ――大丈夫、考えがあるんだ! もし、僕の予想が合ってたら……!


 しかし、テオは妙に自信のある様子で訴えかけてくる。


 マナヤは、ダグロンが飛んでいった方向を睨みながら逡巡した。

 今の自分が出たところで、役に立たない。

 この場で護衛に徹するべきか。

 それとも、テオの賭けに乗るべきか。


 だが、何もしないよりは。


(……わかった! だが、もし殺しちまいそうになったら、問答無用で替わるからな!)

 ――うん!


 意を決したマナヤは、目を閉じる。

 意識を裏へ回し、テオの背後へと回った。



 ◆◆◆



「――やれやれ、やってくれましたね」


 ディロンたちが外へ飛び出すと、森の奥から苛立ったような声が響いてくる。

 なぎ倒された木々の奥から、大地を揺らしながらフレアドラゴンが姿を現した。ダグロンもその横に並んでいる。彼の全身から、以前見た時と同じ、黒い瘴気が噴き出していた。


 ディロンが手をかざす。


「この場所まで来れば、もう好き勝手はさせん! 【フリーズ――」

「おっと、【時流加速(クロノス・ドライヴ)】」


 ディロンの魔法より早く、ダグロンが後方へ手を向けた。召喚獣の動きを加速する魔法だ。


「な――」


 直後、ディロンが慄いた。

 森の奥から、赤い影が飛び出す。

 ヴァルキリーだ。倍速化された状態で、一瞬にしてディロンの至近距離へと飛び込み、槍を振りかざしてくる。


「【レヴァレンスシェルター】!」


 とっさにテナイアが、半球状の結界で皆を覆った。

 ヴァルキリーの槍が、光のドームに激突。

 ヴァルキリー自身も一瞬動きを止める。が、その一撃で結界もガラスのように砕け散ってしまった。


「無駄です」


 さらにダグロンがほくそ笑むと、傍らのフレアドラゴンが炎の溜まった口を開いた。

 結界を張り直す時間は、ない。

 ディロンら目掛けて、再び業火のブレスが迫る。


「【リベレイション】」


 そこへ、シャラが錫杖を振りぬいた。

 放たれる赤い波動。迫りくるブレスが掻き消え、ヴァルキリーも後方へと吹き飛ばされていく。

 そのままフレアドラゴンとダグロンを飲み込もむべく、迫っていった。


「【包囲安定(スタビライザー)】。もうその手は食いませんよ」


 しかしダグロンが、フレアドラゴンの周囲に黄緑色の光のカーテンを取り巻かせる。

 波動が、フレアドラゴンに着弾。しかし、黄緑色の光によって弾かれた。フレアドラゴンの脚に捕まっていたダグロンも、影響を受けていない。


「――シャラ、温存して! 『リベレイション』を連発したら、マナを消耗しすぎるよ!」

「えっ、テオ!?」


 背後からシャラへ声をかけると、弾かれるようにこちらへ振り向いてきた。

 ディロンとテナイアも目を剥いている。


「テオと交替したのか!? 何をしに来た!」

「テオさん、ここは私達に任せてください!」

「大丈夫です! シャラ、あの包囲安定(スタビライザー)は、吹き飛ばされる効果を無効化できるんだ。あいつを引き離さないと、もう『リベレイション』は効かない!」


 二人の警告を受け流しつつ、シャラへと説明したテオ。

 シャラは狼狽えながら叫んだ。


「で、でもフレアドラゴンが!」

「大丈夫、任せて!」


 テオは、シャラの肩に手を置いて頷く。一瞬目を見開いたシャラだが、すぐに凛とした表情になって頷き返してきた。

 そのままテオは、ダグロンへと歩を進める。


「……何を企んでいるのです? フレアドラゴン、やりなさい」


 ダグロンがやや眉を潜めつつ、再びフレアドラゴンに指示を出した。

 火竜が、またしても炎を溜めた口を開く。


「【火炎防御(グレネイド・ガード)】!」


 テオは、()()()()()()に向かって手をかざした。


「なにを無駄なことを」


 ダグロン嘲笑した。

 炎を跳ね返す魔法『火炎防御(グレネイド・ガード)』は、召喚獣に対してかけるものだ。召喚獣がいなければ意味がない。

 ダグロンの顔が、紅い光に照らされる。隣のフレアドラゴンが、業火のブレスを吐きだしたのだ。


 ……が。


「なっ!?」


 炎のブレスが突然、()()で反射された。

 驚愕の声を上げるダグロン。跳ね返った業火は、そのままフレアドラゴンとダグロンを飲み込まんとする。


「くっ、【火炎防御(グレネイド・ガード)】!」


 慌ててダグロンは、自身のフレアドラゴンに防御魔法をかける。

 炎が、フレアドラゴンの巨体に反射され返された。


 が、その炎はまたしても虚空で跳ね返る。


「……ま、まさか!」


 ダグロンがハッと顔を上げ、炎が反射された辺りに目を凝らした。

 反射された炎は既に勢いを失い、拡散して消滅していた。が、ダグロンはなおも何もない虚空を睨みつけ続けている。


「【行け】!」


 テオはすぐさま、虚空に突撃命令を下した。

 フレアドラゴンの体から、赤い鮮血が舞う。突如として紅い鱗が斬り裂かれ、火竜はうめき声を上げていた。


「くっ、この――」


 ダグロンはフレアドラゴンが血を吹きだした辺りを睨みつけている。が、何かが起こる気配はない。フレアドラゴンは『見えない何か』に攻撃され、再度鮮血が舞った。

 焦っているダグロン。その様子に、テオは確信を持った。


(やっぱり、そうだ! この人が制御を奪えるのは、『見えるモンスター』だけなんだ!)


 そう、テオが召喚しているのは、透明なモンスター。

 狼機K-9(ケイナイン)を、光学迷彩(オプトカモフラージュ)で透明化して使っているのである。


 気付いたきっかけは、最初にマナヤがダグロンと戦った時。

 アシュリーらと合流した後、ダグロンがマナヤのショ・ゴスを見つめた瞬間、ショ・ゴスは反旗を翻していた。

 問題は、その後だ。

 寝返ったショ・ゴスに、マナヤのスター・ヴァンパイアが斬りかかった。その時、ダグロンはこう呟いていたのだ。


『ほう、()()()()()()。ではそちらも頂きましょう』


 その言葉の後に、スター・ヴァンパイアも奪われたのだ。

 なぜ、あのタイミングだったのか。

 スター・ヴァンパイアは、透明なモンスターである。攻撃する時にしか、その姿を見せない。ショ・ゴスに攻撃しようとするまで、スター・ヴァンパイアはダグロンには見えなかった。



 つまり――それが、ダグロンが制御を奪うことができる条件。

 制御を奪取する瞬間は、()()()()()()()()()()()()()()



(つまり、ダグロンが『見る』ことさえできないのなら!)


 元々透明化能力を持つスター・ヴァンパイアらは、攻撃時には透明化が一時的に解除される。

 が、光学迷彩(オプティカルクローク)で透明化させた場合は、攻撃中も透明化状態が持続するのだ。光学迷彩(オプティカルクローク)を維持しておけば、ダグロンに制御を奪われることもない。

 召喚師であるテオとマナヤも、戦うことができる。


「ちっ、この!」


 ダグロンの舌打ち。

 先ほど吹き飛ばされたヴァルキリーがちょうど戻ってくる。彼はそれに、手で指示を下した。

 ヴァルキリーは、フレアドラゴンの炎が反射されたあたりを執拗に槍で突く。が、そこには何もなく、地面にむなしく穴を開けるのみ。


(ヴァルキリーが、透明化したK-9(ケイナイン)の位置がわからない……? そうか!)


 テオにとっては、嬉しい誤算だった。

 モンスターは、野良であれ召喚獣であれ、透明化した敵を第六感のようなもので察知できる。ゆえにモンスターは、透明化している敵を攻撃するのにも支障はない。

 が、ダグロンは今、モンスターを直接操作している。ヴァルキリーが自力で動いているわけではないので、透明化したモンスターの位置を把握できていない。


 テオは後方へ叫んだ。


「ディロンさん、目くらましはできますか!」

「【ブラストナパーム】!」


 ディロンはすぐさま反応し、地面に向かって爆発魔法を放つ。

 土煙と雪を巻き上がった。ダグロンの視界が遮られ、呻く。


「くッ……」

「今だ! 【光学迷彩(オプティカルクローク)】【電撃獣与(ブリッツ・ブースト)】!」


 テオはすぐさま手をかざした。

 ちょうど光学迷彩(オプティカルクローク)が解け、姿を見せた狼機K-9(ケイナイン)を即座に透明化させなおす。さらにその鉤爪が電撃を纏った。


「シャラ、八番!」

「うん! 【キャスティング】」


 テオの合図に、シャラはすぐさま銅鏡のようなチャームがついたブレスレットを投擲してきた。


 ――【幻視(げんし)陽鏡(ようきょう)】!


 それが首元に装着されるや、テオの狼機K-9(ケイナイン)が姿を見せた。

 錬金装飾(れんきんそうしょく)、『幻視の陽鏡』。装着者は、透明化している存在を視認することができる。狼機K-9の姿が見えているのは、テオだけだ。


 ようやく土煙が晴れ、ダグロンが舌打ちした。


「ちっ、ならば!」


 ダグロンがフレアドラゴンに目をやる。


(ブレスを吐かせる気だ!)


 テオは、ダグロンの表情と目線からそれを先読みした。

 直後、赤い竜が口を開く。


「【戻れ】!」


 すぐさま狼機K-9(ケイナイン)をこちらへ引き寄せ、フレアドラゴンの視線上へ配置。『幻視の陽鏡』のおかげで、テオは狼機K-9の位置が見えている。

 フレアドラゴンが、業火のブレスを吐いた。

 が、狼機K-9に当たり反射される。跳ね返った炎は近くにいたヴァルキリーも巻き込み、グズグズとその全身甲冑を融かしていた。


「ちっ、この! 【火炎防御(グレネイド・ガード)】!」


 慌ててダグロンは、今さらヴァルキリーにも火炎を防ぐ魔法をかける。

 が、ディロンも同時に動いた。


「【フリーズミスト】」


 氷結の範囲攻撃魔法が放たれる。

 ダグロンやヴァルキリー、フレアドラゴンを纏めてビシビシと氷で覆った。火炎防御(グレネイド・ガード)の影響で冷気が弱点となっていたヴァルキリーに至っては、粉々に砕け散ってしまう。


「がッ、ぐ、小癪な! ――来なさい!」


 全身に氷が纏わりつく感触に呻きつつ、ダグロンは後方へと合図した。


「テオ! みなさん! 奥にいた人達が来ます!」


 シャラが叫ぶ。おそらく『森林の守手』の効果で把握したのだろう。

 皆がハッと顔を上げると、ぞろぞろと奥から大量のモンスターが現れた。


 戦乙女のヴァルキリー。黒い肉塊が蠢くショ・ゴス。岩の巨人である岩機GOL-72(ゴルセヴンティツー)。下顎から巨大な牙が二本突き出ているワニのようなギュスターヴ。山羊と蜥蜴の頭が目の位置から生えている巨大な獅子の合獣キマエラ。

 そしてそれらの背後に立っているのは、召喚師と思しきものたち。


「召喚師解放同盟の連中か」


 ディロンがその人員を見渡しながら、歯噛みする。

 先ほどのような、戦い慣れぬ新参者ではない。正式な召喚師解放同盟のメンバーたちだ。


 だが、テオにはもっと多くのモンスターが見えている。


「それだけじゃありません! シャラ、みんなにも八番を!」

「【キャスティング】」


 シャラに指示すると、彼女はすぐさま人数分の錬金装飾(れんきんそうしょく)を投擲した。


 ――【幻視(げんし)陽鏡(ようきょう)】!


「……ッ」


 ディロンのみならず、テナイアの顔にも緊張が走る。

 皆の胸元に装着された『幻視の陽鏡』。それによって、二人も目を剥いて周囲を見回していた。


 巨大な寄生虫のようなフライング・ポリプ。ウツボのような突起を全身から生やしたピンクの塊スター・ヴァンパイアもいる。

 各種、上級モンスターがそろい踏みだ。

 ダグロンが余裕の笑みを取り戻した。


「ふふふ……散々コケにしてくれたお礼です。さらなる絶望をあげましょう。【ドゥルガー】召喚!」


 さらにダグロンが、手を目の前に差し出す。

 現れた召喚紋から、凶悪な人影が姿を現した。


 巨大な真っ白い虎に跨っている、無数の腕を背から生やした女性。

 赤黒い全身甲冑を纏ったその雄々しい女性は、各腕にそれぞれ少しずつ形の違う剣を把持していた。曲刀、直剣、ナイフ、レイピア、その種類は数知れず。

 豊かな黒髪をアップに纏めている頭、その後頭部には顔より一回り大きい銅鏡のようなものがついている。


 伝承系の、5体目の最上級モンスター。

 闘いの鬼神『ドゥルガー』である。


「な――」


 全員が戦慄する中、もっとも恐れおののいたのはテオだ。


(こんなところで、『リミットブレイク』を撃たれたら!)


 物理攻撃を行う最上級モンスターは皆、『リミットブレイク』が使える。

 ドゥルガーのリミットブレイクは、攻撃と同時に全方位に広範囲の『暗黒属性』の衝撃波を発生させるのだ。自分達がいる位置も、その射程範囲内。

 慌ててテオは叫んだ。


「みなさん、下がって!」

「終わりです! さあ、せいぜいあがいてみせなさい! 【時流加速(クロノス・ドライヴ)】!」


 テオが警告するも、ダグロンは容赦なく加速魔法をドゥルガーにかけた。

 女性型の闘神を乗せた白虎が、一気に駆ける。一瞬にして間を詰め、テオらの目の前まで迫った。


「しま――」


 テオ目掛けて、ドゥルガーが何本もの剣を振り上げてくる。

 ニヤリとほくそ笑んだダグロンが、口を開いた。


「【リミットブレ――」


 だが、彼のキーワードは……



 ――ズガガガガガガァァァッ



 別方向からの轟音で、かき消された。

 巨大な衝撃波だ。ドゥルガーどころか、迫りつつあった他の上級モンスター達をも巻き込み、そのまま側面へと抜けていく。テオはもちろん、ディロンやテナイア、シャラもその衝撃波を茫然と見送った。


 ――今のって、まさか!


 真っ先に気づいたのは、テオの裏で見ていたマナヤだ。

 綺麗にテオらを避けつつ、敵だけを正確に撃ち抜く衝撃波。そんなことができる攻撃は、テオにも一つしか思い浮かばない。


 森の奥から、赤い人影と飛び出す。

 ダグロンらとテオ達の間に飛び込んできた。



「――おまたせ! マナヤ、テオ、みんな!」



 サイドテールを垂らした赤毛の女剣士が、吹っ切れたような表情でテオの傍らに降り立った。


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