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召還された召喚師  作者: 星々導々
第四章 父親の影と夢物語
179/275

179話 英雄

「も、モンスターは! モンスターはどうなりました!?」

「私達も手伝います! 自分の身は、自分でも守らなきゃ!」


 心配そうな領民たちが十数名、こちらへと駆け寄ってきた。


「! 皆さんの中に、建築士のかたは!?」

「わ、私です!」

「俺も!」


 ランシックが問いかけると、数名がすぐさま手を挙げる。ランシックは力強く頷いた。


「では、皆さんで協力してこの地割れを岩で埋めてください! 建築士以外の方は、這いあがってこようとするスカルガード達を抑え込む役をお願いします!」

「は、はい!」

「よし、やってやるか!」


 ランシックの指示に、建築士の者達が亀裂へと近づき、手をついた。岩で地割れを埋め始める。


 建築士でない者達も、皆で手分けしながらスカルガード達の様子を伺っていた。

 弓術士が登ってきそうなスカルガードを発見し、射貫く。

 黒魔導師が火炎魔法で焼き尽くす。

 剣士もまた、力ずくでそのスカルガード達を突き落としていった。


「あたいも手伝うよ、道化師さん!」


 と、たくましい腕で棍棒のようなものを振るう女性が。

 ランシックが振り返った。


「貴方は、シチューの屋台の!」

「ええ! いいお客になってくれてありがとうね、道化師さん! いえ、騎士さまと言うべきかい?」


 召喚師の集落にも出張したという、雷煮込み(サンダーシチュー)の屋台を出している女将だ。

 ランシックが頼もしそうに微笑んだ。


「なるほど。女将さんは剣士だったのですね」

「ええ! 毎朝仕入れた大量の食材を運ぶのに、この腕力が好都合だったもんでね!」


 と、棍棒でスカルガードの腕を叩き割る女将。

 そこへ……


「――ら、ランシック殿! これは一体!?」


 狼狽えたような声が、背後から駆け寄ってきた。ランシックが振り向く。


「領主様ですか!」


 どうやら襲撃が収まってきたとみて、領主であるクライグ・フィルティング男爵もこの場に駆けつけてきたようだ。

 が、彼は周囲の様子に顔を引きつらせた。ボコボコと、地面のあちこちから骨が這い出てくる場面に慄いてしまっている。


「りょ、領主様!」


 領民たちが、そんな領主の姿に気付いた。


「領主様、ありがとうございます! この方々を派遣してくださって!」

「領主様の采配のおかげで、私達は救われました!」


 スカルガードの処理をしながらも、領都の民は口々に領主へと頭を下げている。

 当の領主は浮かない顔をしていた。


「い、いや、私は……」


 どもりながら、バツが悪そうに目を逸らしてしまう。

 くすりと微笑むランシック。が、すぐに目の前へ集中する。幸い領主が現場に来たことで、領民たちは意気込んでいる。今は、スカルガードらを埋め立ててしまうのが先決だ。


 ほどなくして、地割れは完全に岩で埋まり切った。


「よ、よし! モンスターをしのぎ切ったぞ!」

「わたしたち、助かったのね!」

「騎士さん達が居ない時に襲撃してきて、どうなることかと思ったけど!」


 ようやく実感が湧いたのか、領民たちからも歓声が沸き始める。

 領都の中の者達も、同じだ。徐々に門からこちらへと近寄りつつ、喜びを分かち合っている。領主もほおっとため息を吐いた。

 ……が。


 ――ボコッ


 埋めたばかりの地面が、揺れた。

 岩にヒビが入り、そこから徐々に盛り上がってくる。全員が思わず下がった直後、そこから骨ばった腕が生えてきた。


「くっ、この!」


 アシュリーが剣でその腕を薙ぐ。


「スカルガード、岩の下からもしつこく復活してくるわ!」


 その位置からだけではない。埋め立てたばかりの地面のあちこちから、スカルガードが這い出てくる。岩で抑え込んでも、強引に押し退けてくるようだ。

 倒しても倒しても、瘴気紋から何度でも復活し、どんどん上にあがってくる骸骨たち。悪夢のような光景だ。


「やはり、召喚師がいなければ……!」


 レヴィラがそう言って、矢を撃ち込み続けながら歯噛みしていた。

 民衆にも不安が伝播していく。這い上がってくるスカルガードを排除しつつも、怯えの表情がどんどん強まっているようだ。

 ランシックが吠えた。


「皆さん! 今のうちに地面を掘りなおし、またそこを岩で埋め立ててスカルガードを封じ込めましょう!」


 建築士の者たちが、戸惑いつつも地面に手を当てる。岩のヒビをあえて押し広げ、そこになんとかスカルガードを押し込んでいった。

 が、岩の操作がおぼつかない。スカルガードは岩を避け、どんどん地面から足を掘り起こしはじめる。


(いけない。戦いで岩を操作する方法に、あまり精通しておられないようですね)


 ランシック自身と同じだ。

 岩から解放されるスカルガードが増え始めた。アシュリーやレヴィラをはじめとした者たちが、懸命にスカルガードの排除にあたっていく。

 が、スカルガードのペースの方が速い。


(このままでは!)


 焦りが募る。

 領民たちにもどんどん狼狽えが広がり、後方の何名かは、逃げ出すかのように後退しはじめていた。領主も蒼い顔で尻餅をついている。


 その時。



「――【封印(コンファインメント)】!」



 女性の声が響き渡った。

 とたんに、倒れたスカルガードの瘴気紋が一つ、ふわりと宙に浮かび上がった。金色に変色し、粒子と化して崩れていく。


 領民たちが、その粒子の行先を目で追った。

 粒子は、領都の門のあたりへと流れていく。そこにいる一人の人影、その手のひらへと吸い込まれ消えていった。その人物は――


「……」


 やや白髪の混じった、やつれ気味の女性。

 スカルガードを一体封印した手をかざしたまま、荒く息をついている。


「あ、あんた……」


 傍らで状況を見守っていた男性が、その女性から数歩後ずさり。

 女性は、悲しげに顔を伏せた。周囲の者たちの視線も、彼女へと集中していく。


「……『召喚師』が、まだ私の領都内に潜んでいたのか」


 そこへ、領主が進み出てきた。

 形容しがたい顔で、その女性を睨みつける。びくりと、召喚師の女性が身をすくませた。


「そなたは、領法に背いている。おわかりか」


 厳しい口調で語り掛ける領主。

 同調するように、領民の何名かが声を上げ始めた。


「そ、そうだ」

「先代領主様が死んだ原因をつくった、召喚師なんだろ」

「なんで出て行ってないんだよ」


 声にさほど力はないが、それでも彼女を非難するような視線を向けている。

 悲しげに目を伏せた女性召喚師。なおも領主が追い詰めようと口を開こうとして――



「――しりょーじゅつしの、ゆうしゃさま?」



 子どもの声に遮られた。


 全員の視線がそちらへと移る。

 六歳ほどの、黒い髪の女の子だ。じっと召喚師の女性を見つめながら、なにかを思い出すように首を傾げている。

 直後、ハッと他の子どもたちも騒ぎ始めた。


「そ、そうだ! 『死霊術師の勇者様』!」

「ほんとだ! 劇でやってたのと同じ勇者さまだよ!」

「勇者さま!」


 とたんに、子ども達はわらわらと女性召喚師の元へと集まっていった。

 キラキラとした瞳で、一様に彼女を見上げている。女性召喚師は、ただただ戸惑いながら満面の笑顔で見上げてくる子供たちの様子に戸惑っていた。


「そ、そっか。思い出したわ」


 と、別の女性がふいに声を上げた。


「『死霊術師の勇者様』……あの人形師さんがやってた、劇の一つよ」

「あ、それ私も観たわ」


 周りの、子ども達の保護者と思しき女性達も同調し始めた。


「確か、〝ぞんび〟とかいう動く死体の群れが、街に襲い掛かってくるっていうやつだったわよね」

「そうそう。倒しても倒しても殺せなくて、街の人たちがどんどん追い詰められて。でも、一人の『勇者』に救われたのよね」

「ええ。〝ぞんび〟を操れる『死霊術師』とかいう珍しい『クラス』の人が、襲ってくる〝ぞんび〟を調伏させちゃったのよね。それで、まだ襲ってくる〝ぞんび〟を、調伏した〝ぞんび〟で戦わせて、街を守ったんだったかしら」


 次々と思い出したようにしゃべり始める母親たち。

 ふい、とレヴィラが半眼でランシックを見つめた。


「……ランシック様?」

「はっはっは! マナヤ君から聞いた〝ぞんびもの〟なる物語の設定と『召喚師』という概念が、実にうまく嚙み合いましてね!」


 他人事のように高笑いするランシック。

 戸惑う領主だったが、ようやく我に返った。再び厳しい視線で女性召喚師を睨みつける。


「と、とにかく! 召喚師が我が領内に居座り続けることは許さん。そなたは、速やかにここを出て――」

「やめろっ! ゆうしゃさまに、手をだすな!」


 が、幼子の一人が飛び込んできた。

 女性召喚師を庇うように、両腕を広げて領主の前に立ちはだかる。


「そうだ! 勇者さまをいじめるな!」

「劇の勇者さまといっしょだよ! 町をすくったのに、『しりょーじゅつし』だからって〝ぞんび〟をけしかけたハンニンと間違われて、皆からいじめられて追い出されちゃうの!」

「じぶんを犠牲にしても、街をまもったゆうしゃさまなのに!」


 他の子ども達も、続々と女性召喚師を守るように立ちはだかっていった。

 当の女性召喚師は、戸惑いのまま子供たちを見下ろしている。


「せめて、ぼくたちがゆうしゃさまを守るんだ!」

「そうだよ! 勇者さまには、幸せになってもらいたいもん!」

「そうだそうだ! せめてオレたちのゆうしゃさまには、あんな悲しい思いはさせるもんか!」


 彼女の周囲を、子ども達ががっちりとガードしていた。

 領主は茫然とすることしかできない。先ほどまで召喚師に野次を飛ばしていた大人たちも、気まずそうに互いの顔を見合わせている。


「【ラクシャーサ】」


 が、背後でズンと衝撃波が大地を叩く音。

 アシュリーが剣を叩きつけたのだ。這い出てきたスカルガードの一団が、まとめて瘴気紋へと還る。


「……さ、みんな」


 いったん剣を納めた彼女は、召喚師を取り囲む子供たちへと歩み寄った。


「勇者さまに、ちゃんとお仕事をさせてあげましょ?」


 そう言って、笑顔でウインク。

 パッと子ども達の顔が輝いた。


「そ、そうだった! さ、勇者さま、どうぞ!」

「ゆうしゃさまの力、いまこそみせてください!」

「え、ええ、ありがとう……」


 子ども達がサッと道を開ける。

 女性召喚師は戸惑いながらも、おずおずとスカルガードの埋まっている場所へと歩み寄っていった。アシュリーが、彼女とすれ違い様に笑顔を向ける。

 それを見た子ども達が……


「ありがとう、剣士のゆーしゃさま!」

「剣士の勇者さまと、死霊術師の勇者さま! 二人の勇者さまの並び立ちだよ!」

「え! あ、あたしも勇者なの?」


 何名かが、彼女にも尊敬の笑顔を向けてくる。アシュリーも戸惑いながら自分を人差し指で指さしていた。


「こ、こんな」


 うろたえながら後ずさりする領主。


「こんなことは認められん。私は、領法でしっかりと定めて――」

「領主様」


 そこへ、ランシックがうやうやしく歩み寄った。


「領主様は、領法を定めることも、例外を認めることもできる唯一の立場におられます」

「ラ、ランシック殿?」

「この領は、あの召喚師が守ってくださいました。それでもなお、領主様は彼女を罰しますか?」


 ランシックは、選択を迫る目で領主を見つめた。


「し、しかし……」

「領主様。貴方は、一体なにを守りたくてその領法を定められましたか?」

「な、なにを守りたくて……?」

「どんな価値観のもと、その領法を通しましたか? 領主様が一番優先したい『価値観』とは、いったい何でしょうか?」


 領主は、迷うように押し黙ってしまった。

 そこへ……


「――く、クライグ様!? これは一体!」


 領主の側近である、カノイが声を上げた。

 ぞろぞろと騎士達を連れた一団がこちらへとやってくる。カノイはその先頭の馬に乗っていた。

 頭を上げてそちらを見た男爵の表情が、一気に明るくなる。


「カノイ! 我が騎士達! そなたら、戻ってきてくれたのか!」

「は、はい。救難信号が見えましたので、全速力で駆けさせ戻ってまいりました。しかしこれは何事でしょうか?」


 馬を降りて男爵に一礼したカノイは、報告するなり周囲の状況を見回して戸惑っている。


(ここは、ワタシの出番ですね)


 ランシックが笑顔で進み出た。


「カノイ殿、ご安心を。この領都を襲ったモンスター達は、我々が撃退しました」

「ランシック様……モンスターを撃退したとは?」

「聞いての通りです。突然、この領都をモンスターの群れが襲撃してきました。それを、こちらにおられるアシュリーさんと我々で処理し、そこの召喚師の領民が封印してくださった」

「召喚師が、領内にまだ?」


 カノイが目を見開き、ランシックら四人を見回す。

 アシュリーと目が合うと、彼女は慌てて胸に手を当て一礼した。コリンス王国式の礼の癖がまだ抜けないらしい。


「……カ、カノイ」


 そこへ、領主が恐る恐るといった様子でカノイを見上げてくる。


「あの召喚師……私は、彼女を罰したくない」

「……クライグ様」

「どのようにすればよい、カノイ。私は、彼女を例外として認めても、よいのだろうか」


 目を泳がせる領主。

 カノイは無言のまま、じっと封印をしていく女性召喚師を見つめ、ため息をついた。


「認めざるをえないでしょうな」

「そ、そうか! やはりそうだな!」


 パッと領主の顔が明るくなった。

 すぐに、くるりと召喚師へと向き直る。


「そこの、召喚師よ。今回、我が領を守った功績をもって、そなたを領都に住まわせる『例外』として認める」

「やった!」

「よかった! よかったよ、ゆうしゃさま!」


 真っ先に子ども達が喜んでいた。

 領民たちも、半数は戸惑いの顔ながら、残り半数は微笑ましげに召喚師と子ども達を見守っている。


 ――ドウッ


 と、そこへおもむろにレヴィラが天に矢を放った。

 紫色の救難信号となり、暗くなりはじめた空に撃ち上がる。紫は、『解決』の意。先の黄色い救難信号の問題は『既に解決した』と表明したのだ。


「では、ランシック様。交代の時間ですので、私もそちらへ向かいます」


 と、レヴィラはランシックへと一礼する。彼女のシフトが回ってくる時間だ。


「ええ、お願いしますレヴィラ。ああ、あとこれを」


 ランシックに一礼してくる彼女を送り出す前に、ポイッと何かを投げ渡した。

 拳大のそれを、レヴィラは片手で受け止める。

 手の中にあるそれを、じっと見つめたレヴィラ。意味深な表情で頷き、それを懐へしまう。そのままカノイと騎士達に混じって、北東の門へと向かっていった。


 領民たちもその一団を見送った後、また喜びの喧騒が戻る。


「あ、そうだ! 赤毛の剣士さん!」


 そこへ突然、一人の女性が声を張り上げる。

 彼女が駆け寄った先にいたのは、アシュリー。その声に釣られ、他の領民たちも彼女へと注目する。


「女剣士さん、さっきの見てたよ! すごかった!」

「あんな風に、地割れでモンスターを封じ込めるなんて!」

「あれだけの一撃、どうやって放ったんです!?」


 と、今度はアシュリーを称賛する声。

 急に囲まれたアシュリーは、戸惑うように人波の中で領民らの顔を見回している。


「あんたもまた、この街の救世主だよ! 名前は、なんというんです?」

「え? えっと、アシュリーと言いますけど……」


 やや戸惑いつつも、愛想笑いを浮かべて名乗るアシュリー。


「アシュリーさん、ありがとうございました!」

「あなたは、私達の英雄です!」

「騎士というわけでもないのに、あんなモンスターの群れに立ち向かうなんて! 感動しました!」


 再びどんどん沸き立っていく人々。

 そんな称賛を浴びながら、アシュリーは戸惑いの顔で頬を掻いている。


「はっはっは、良かったではありませんかアシュリーさん!」


 そんな彼女を、ランシックは笑い飛ばしてみせた。


「これで貴女も、名実ともに英雄の仲間入りですよ!」

「英雄……か」


 急にアシュリーの表情が曇った。

 目を伏せたまま、ランシックから顔を背ける。


(妙に、歯切れの悪い反応ですね。遠慮がちというか……)


 首を傾げたランシックだったが、そこではたと思い出した。


「そうそう、アシュリーさんはなぜ一人でこちらに? 何か緊急の案件でも?」


 ランシックに報告ならば、ディロンやテナイアがやってくるはずだ。身体能力が高い剣士であるアシュリーが来るという事は、早急に知らせたい事項でもあるのか。

 それにしては、アシュリーは今なお何か報告してくる気配がない。


「……それ、は」


 アシュリーの背が、さらに沈み込んだ。



 ◆◆◆



 日が沈んだ後。


「……そうですか。お父君がブライトンであることを知って……」


 割り当てられた部屋で、自分の机に向かって腰掛けているランシック。

 対面の椅子に座ったアシュリーが、ふと顔を上げた。


「え……ランシック様、もしかしてご存じだった、のですか?」

「ええ。レヴィラから報告を受けておりました」


 テオからは『誰にも言わないで』と言われていたと聞いている。が、ランシックはレヴィラから真っ先に報告を聞いていた張本人だ。

 それを聞いて納得したか、アシュリーはまた顔を伏せてしまった。ランシックはそっと彼女を諭す。


「アシュリーさん、テオ君を責めてあげないでください。彼も、真実を伝えにくかったのでしょう」

「……それは、もういいんです」


 しかし彼女は、俯いたままそう静かに呟いた。

 黙っていたテオやレヴィラに対して怒っているわけではないらしい。


「ただ、どうすればいいのか、わからないんです」


 そう、暗い声色で口を開く。


「マナヤは、やるべきことをやっただけ。それは、わかってるんです。……でも、どうしても割り切れないんです!!」


 途中から声を荒げ、彼女はやり場のない怒りをぶつけるように、宙に拳を叩きつける。


(……なるほど)


 彼女自身の戸惑いが伝わってくる。

 父親のような英雄になりたい。いつか父親と並び立ちたい。それが彼女の夢であったと、そういう話はいつだかに聞いた。


「お話はわかりました。ではアシュリーさんに、一つ伺いたい」


 ランシックはほのかに笑みを浮かべてみせる。

 アシュリーはゆっくり顔を上げ、見えたその笑顔に戸惑うように首を傾げた。だがランシックは構わず、彼女へ問いかける。


「マナヤ君が殺した男は、一体何者だったのでしょうか?」

「……だから、あたしのお父さんです」


 アシュリーが眉をひそめた。

 が、ランシックは突然、ニッと場違いな笑顔を見せる。


「なるほど、そういう考え方もありますね!」

「ッ、こんな時に、ふざけないでください!!」


 思わず激昂するアシュリー。

 が、あくまでもにこやかにランシックは言葉を続けた。


「いえいえ、ワタシは真面目ですよ? 何ごとにも、『違う考え方』というのはあるものです。たとえば、こんな考え方はいかがでしょう?」


 苛立ちの表情が変わらぬアシュリーに、なおも笑顔を絶やさずランシックは諭した。


「アシュリーさん。貴女のお父君は、『英雄ブライトン』。それで良いのです」

「なにを――」

「マナヤ君が殺したのは、貴女とは縁もゆかりもないただの悪党です」

「そっ、そんな綺麗ごとを……!」


 アシュリーがどもりつつも、怒りの表情をこちらへ真っすぐぶつけてくる。

 けれども……


「貴女の夢は、英雄のお父君に追いつくことだった。ならば、貴女をそう育てた()()は殺人鬼ブライトンではなく、『英雄ブライトン』です。違いますか?」

「……」


 彼女の怒りの表情が、(しぼ)んでいく。迷うように視線を彷徨わせていた。

 ランシックはそこで急に無表情に変わり、じっと彼女を正面から見つめた。


「それでもなお、マナヤ君がお父君を殺したと信ずるならば……」


 声のトーンも、あえて落とす。


「アシュリーさん。貴女に、そんな『夢』はもう必要ありません」

「な――」


 絶望を浮かべ、アシュリーが顔を上げる。

 その瞬間、ランシックは……


「なにしろ、貴女は――」


 ふわ、と柔らかい笑顔に戻る。


「貴女はこれまでも、目覚ましい活躍でコリンス王国を度々救ってくださった。今日とて、この領都を救った英雄となりました」

「え……?」



「貴女は、現実のブライトンなどとは比べ物にならないほどの英雄に、()()()()()()()のですから」



 ランシックを茫然と見つめるアシュリー。

 だが、数瞬ののち……


「……そんな簡単に、自分をごまかせませんッ!」


 突然くるりと身を翻し、部屋の扉へと駆けていく。

 乱暴にノブを掴んだ。


「――アシュリーさん」


 が、ランシックはまた声のトーンを下げる。

 アシュリーの手が止まった。ノブを捻ろうとした体勢で、ランシックへ背を向けたまま硬直する。


「どうしても、殺人鬼ブライトンが貴女の父親であると信じてしまうのであれば」

「……?」

「この領都の民に、訊ねてみてはいかがです? ブライトンのことを」


 疑問を浮かべるように、アシュリーは無言で振り向いた。

 ランシックは、すっと目を閉じる。


「調査の結果、ブライトンはここ、ブライアーウッド王国の出身であることがわかりました」

「!」

「二十年と少し前まで、この辺りでも暴れ回り、被害を出していたそうです。領都の民も、彼の所業が記憶に残っている大人が大勢いらっしゃいます」


 アシュリーの身体が震え出す。

 ゆっくりと目を開いたランシックは、冷ややかな雰囲気を作って言い放った。


「ご自身の耳で、お確かめください。貴女が父親と仰ぐべきなのが、どちらなのか。マナヤ君が殺した相手は、一体何者であったのか」

「……」

「そして、お考え下さい。貴女は、どんな価値観を優先させるのか」


 アシュリーは唇を噛み、顔を伏せる。

 数瞬の沈黙。かすかな風が、窓を叩く音が響く。

 だが彼女は、すぐに勢いよくノブを掴み、扉を開け放って飛び出していった。


「……ふう」


 部屋には、ランシックただ一人が取り残される。


(できれば、この札は切りたくなかったのですが)


 ブライトンの、この領地における評判は既に知っていた。それをアシュリーが直接聞けば、彼女の心を傷つけるであろうことも。

 どうしても彼女が納得しない時のための、切り札のつもりだったのだが。


 ランシックは目を閉じ、背もたれに体を預けた。


(良かれと思ってついた嘘、黙っていた情報。それが民衆には邪推され、反感を呼ぶ。政務ではよくあることです)


 思い出したくないことまで、思い出してしまう。

 一瞬唇を噛んだランシックだったが……


「まあおかげでワタシは、これでも人生を精一杯楽しんでおりますからね! はっはっは」


 突然誰にともなく、そう笑い飛ばしてみる。天井を思いっきり指さすかっこ悪いガッツポーズまでとって。

 しかし、ツッコむ者も居ない孤独な現状に、小さく苦笑を漏らした。


「……さて、そろそろ『もう一つの真実』にも目を向けましょうか」


 が、すぐに顔を引き締める。

 妙に憂うような、しかし使命感を帯びたような目で、自身も出口の扉へと歩を進めた。



(調査権限をいただいたワタシの、最後の大仕事です。成敗するとしましょう。この領を危険に晒した、()()を)


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