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召還された召喚師  作者: 星々導々
第四章 父親の影と夢物語
178/275

178話 領都の異変

 朝食を摂り終えたばかりの、領都の早朝。


「ふむ、では領都の商人達は乗り気なのですね?」


 ランシックが、割り当てられた部屋で訊ねる。レヴィラは頷いた。


「はい。ウォース殿がかなりの収益を上げたこと、そしてそれが領主家から出した公的な仕事の提案であったことなどから、ならば我もと名乗り出てくる商人が増えてきております」


 ランシックは満足げに頷いた。


 例の、川を使った召喚獣速達の件だ。

 ウォースが初物の商品運搬を見事成功させ、北の領で一足先に初物を売りさばいた件は、一気に領内に広まった。割れやすい酒瓶を見事守り切って運んだこと、とんでもない速さで品を運ぶことができたことから、商人達はこぞって速達を取り入れようとしてきている。


 召喚獣は怖い。

 が、この新事業に乗り遅れることの方が、もっと怖い。そういう認識の商人が多いのだ。


「少しずつですが、召喚師の印象も改善されつつありますからね」


 ちらりと、ベッドに放り出された平民服を見やったランシックは、笑顔でそう(ひと)()ちる。

 レヴィラが訝しげに首を傾げた。


「いったい今度は、どういう物語を演じられたのですか」

「さて、それは内緒です!」


 と、ランシックは意味深に笑いながら唇に人差し指を当て、ウインク。

 しかしそこへ――


「――も、申し上げます!」


 緊迫感に満ちた、ダナという側仕えの声。

 直後、扉が開かれる。ランシックは一瞬で顔を引き締め、飛び込んできたダナへ尋ねた。


「何がありました?」

「北東方面より、この領都に向かってモンスターの群れが!」

「何ですって!?」


 思わず音を立てて椅子から立ち上がるランシック。

 直後、ドウッという音が外から響いた。窓から外を見ると、黄色の救難信号が北東の空に上がっている。


「すぐに、領主に取次ぎを!」


 ランシックはすぐさまダナに命じた。



 ◆◆◆



「領主様、領の騎士達は!?」


 入室したランシックは、すぐさま領主のクライグ・フィルティング男爵に尋ねる。


「き、騎士達は全員、カノイの付き添いで不在だ! そなたが預けてくれた騎士達も全員連れて!」


 領主は青い顔でそう答えた。

 領内の別の町を視察するため、側近であるカノイに名代として向かわせたらしい。領の騎士達を全て連れて行ったそうだ。


(各方面に散っているワタシの騎士達も、そうすぐには戻ってこれない!)


 召喚師解放同盟の襲撃に備えるため、領の各地に散らせていたのだ。

 歯噛みするランシック。だが、今さら悔いても意味はない。


「領民達はどの程度戦えます!?」

「わ、私が領民に戦わせたことなどあるはずがなかろう! 領民を守るのは騎士達の務めだ!」


 その騎士達がいないというのに、とランシックは内心、領主を罵る。


「やむをえません、ワタシ達だけでも防衛に出ます! レヴィラ、ダナ、貴女がたもお願いしますよ!」


 ランシックは立ち上がり、手に提げていたコートを羽織った。

 レヴィラも、報告に来たダナもすぐさま立ち上がる。男爵は椅子から音を立てて立ち上がり、正気かと言わんばかりに目を剥いた。


「ラ、ランシック殿! まさか貴公自身が戦場に出ると!?」

「当然です。ワタシとて、最低限の戦い方くらいは心得ています」


 ランシックは平然と答え、出口へと体を向ける。

 慌てて領主が呼び止めた。


「ま、待たれよ! ランシック殿はまがりなりにも他国からの客人なのだ、万一命を落とされでもしたら!」

「この領都が陥落すれば、どの道ワタシの命もありません。であれば、ワタシも出る以外の選択肢は無いではありませんか」


 その返答に、領主は愕然としていた。

 貴族というのは、幼少の頃から政治について英才教育を受ける存在だ。騎士達や村人達と違い、政治のプロフェッショナルとして育てられる貴族は、存在そのものが貴重で死すことは許されない。


 が、今は状況が逼迫している。戦力になれる者が出なければ、どのみち先はない。

 唯一他に助かる方法があるとすれば、ランシックがこの領都から逃げ出すこと。しかし、ランシックにとってそれは選択肢ではない。


「ご心配なく」


 レヴィラも領主へ目を向け、毅然と言い放った。


「我々が、この命に代えてもランシック様をお護りすれば良い。それだけのことです」


 と、弓を掲げる。

 ダナも無言で、覚悟を決めたように唇を引き結んでいた。


「いやいや、命に代えられては困りますよ!」


 が、そこへランシックが、ニカッと華が咲くような笑顔を見せる。


「全員で、生きて帰ること。これは命令です!」


 くすりとダナが笑みを漏らす。レヴィラは相変わらずの仏頂面だが、静かに頷いていた。


 ランシックが部屋を飛び出した。ダナとレヴィラも後に続く。

 取り残された領主は、ただただ眩しそうに三人が出ていった先を凝視していた。



 ◆◆◆



 北東の防壁、その上端部。


「せいッ!」


 現着したランシックは、防壁へと詰め寄ってくるモンスター達を見据えながら、足元に手をつく。

 亜麻色の石でできた壁が、立ち上った。

 防壁よりさらに外側、モンスター達の先頭より少し手前に、横長の岩壁がもう一枚建設された。モンスター達の行先が塞がれ、続々と壁に衝突しながらも回り込む道を探している。


 が、空が無防備だ。

 飛行モンスターが壁の上を跳び越え、ランシックらの立つ主防壁の上へと突っ込んでくる。


「ふっ!」


 そこへ、レヴィラが矢を放った。

 カウンターを決める形で、飛び込んでくる飛行モンスター達を狙撃していく。


「【イフィシェントアタック】」


 そのレヴィラを、白魔導師であるダナが適宜サポート。

 物理攻撃の増幅魔法を合わせているのだ。マナ温存のため、レヴィラの素の攻撃一発では倒せない敵を狙う時、その時だけピンポイントに矢の威力を高めている。


 だが……


「ぐ……こ、この!」


 ランシックが苦悶の声を上げた。地面に手を着いたまま脂汗をかいている。

 直後、ビシビシという不吉な音が響き始めた。

 モンスターの突進を受け続ける岩壁が、とうとう耐えきれなくなったのだ。ヒビが入り、ほどなくして轟音を立てて穴が空いてしまう。


(やはり、ワタシではこの強度が限界……!)


 元々戦いが専門でないランシックは、岩の制御も精密さと操作性が売りである。岩の硬度を高めることは専門外だ。

 だが突破されるわけにもいかない。残りの壁だけでも維持しようと、ランシックは集中しながら踏ん張った。


「ランシック様」


 レヴィラが静かにランシックへ振り返る。


「一瞬だけ、時間を稼ぎます。その間に、壁を『例の形状』に」

「どうにかできそうですか、レヴィラ」

「しのぐくらいであれば。今我々が立っているこの防壁は最終防衛ラインです、到達させるわけにはまいりません」


 と、レヴィラは自分達の足元を踵でコツコツと叩いた。

 村や町の防壁は、建築士が時間をかけて硬度と持続時間を大幅に引き延ばしたもの。しかし、あまりメンテナンスがされていないらしいこの防壁は、元々各所にヒビが入っている。耐久力には期待できない。

 ランシックが、脂汗を浮かべながらニヤリと笑った。


「わかりました。信じますよ、レヴィラ」

「はい。では」


 レヴィラは無表情のまま頷き、ひらりと防壁から飛び降りた。

 柔らかく地面に着地。矢筒から何本もの矢をまとめて引き抜き、それらを一本ずつ指で分けながら弓を構える。


 そんな彼女へと一目散に突進してくる、モンスターの群れ。

 しかし……


「【レヴァレンスシェルター】」


 ダナが防壁の上で、手をかざした。

 光る半球状の結界が二枚、レヴィラの前方に展開される。ランシックの岩壁にあいた穴を埋める形だ。しかし、二つの半球の間に細い隙間が空いている。


 その隙間を縫って、モンスターが一列になってレヴィラへと突き進んできた。

 レヴィラが矢を一本つがえ、弦を引く。


「【ブレイクアロー】」


 黄色く光る矢を発射した。

 隙間を縫ってやってくるモンスターの先頭へと炸裂。大きく後方へと吹き飛ばし、同時に後続のモンスターも巻き添えに後方へと押し込んでいく。


「今です!」

「ぜええいっ!」


 レヴィラの合図の直後、ランシックが裂帛の気合を放つ。


 先ほど同様、迫りくるモンスター達の前に再び岩壁が立った。

 しかし先ほどと違い、中央部分、ランシックらの正面にあたる部分には隙間が空いている。その隙間を抜けた先は、二枚の防壁で挟み込まれたまま何度も曲がりくねっており、遠回りしなければこちらへと侵入できない形だ。


(セメイト村の民が作った防衛機構、同じ構造を使わせていただきますよ!)


 モンスターが、その細い通路へなだれ込んでくる。

 が、細い道ゆえ一体ずつしか通れない。何度も曲がりくねり、無駄に長いその道をゆっくりと進んでいった。他のモンスターたちもノロノロとその後に続くだけで、岩壁を破壊しようともしない。

 抜け道があるならば、壁の破壊より抜け道を通ることを優先する。マナヤから伝えられた、モンスターの習性の一つだ。


「できました! レヴィラ、こちらへ!」


 直後、レヴィラの背後の地面が盛り上がる。

 バキバキと岩の塊が階段状に伸び、ランシックらの待つ防壁上までの登り道ができあがった。


「ありがとうございます」


 すぐさまその階段を駆け上がるレヴィラ。

 ランシックの傍らへと到着すると、ガラガラとその階段は崩れ去る。レヴィラはすぐさま振り返り、真下へと矢を向けた。


「【マッシヴアロー】」


 一撃の威力を高めた矢を、下へと発射。

 細い道を抜けようとしてくるモンスターの一体を、撃ち抜いた。後続がどんどん続いてくるが、無駄に長く曲がりくねった道を通るがゆえに、なかなか抜けてこれない。

 レヴィラは、そんなモンスターたちを先頭から撃ち抜いていく。


「ぐ……」


 再度、ランシックが呻く。


「ランシック様! こちらを」


 ダナが近寄り、彼の手首にブレスレットをはめた。


 ――【魔力(マナ)御守(おまもり)


「……ふう、少し楽になりました。ありがとうございます、ダナ」

「いえ」


 笑顔を見せたランシックに安堵の息を漏らし、すぐにレヴィラの援護に戻っていくダナ。

 貴族であるランシックは、貴重な錬金装飾(れんきんそうしょく)も多く抱えている。そのため、こういったマナ回復用の錬金装飾(れんきんそうしょく)もそこそこストックがあった。


「しかしこれでは、モンスターの瘴気紋が……」


 が、岩壁の通路に視線を戻し歯噛みするランシック。大量の瘴気紋が、通路内に連なっている。

 レヴィラが矢をつがえながら、冷静に口を開いた。


「致し方がありません。後々厄介なことになるやもしれませんが、召喚師がこの場にいない今、押し返すのが先決です」


 野良モンスターが倒れた時、瘴気紋がその場に残る。

 瘴気紋は一定時間経過後に瘴気に戻り、いずれ再び凝固しモンスターとして再発生する。そのため、瘴気紋を放置すると後々モンスターが軍団で復活し、スタンピードに発展する可能性がある。


 そのために召喚師の『封印(コンファインメント)』が必要なのだが、肝心の召喚師がこの場にいない。


「――あ、あの! 騎士さま!」


 突如、領都の中から声が届く。

 ランシックが振り向き、下を見下ろした。町の中には、こちらをを心配そうに見上げている領民たちの姿がある。


「わ、私達は、助かるのですか!?」

「領主様も他の騎士様がたもおらずに、モンスターを抑えきれるのでしょうか!?」

「ど、どうか我々をお守りください!」


 領民たちが、祈るような気持ちで訴えかけてくる。

 悲しみに暮れた表情の数々。ランシックは、いつもの衝動を抑えられなくなった。


「……はっはっは! 御心配には及びませんよ皆さん! ワタシがついています!」


 と、大声で高らかに哄笑してみせた。


 戸惑うようにランシックを見上げる領民たち。

 しかし途端に、彼らの前の地面が盛り上がり、ボコボコと人の形を象る。

 岩でできたそれは……


「ワタシの名はランシック・ヴェルノン! 趣味はカオス、特技はモンスター襲撃時であろうと笑いを取りにいくことです!」


 フリフリのドレスで着飾った、ランシックの姿をしていた。

 領民たちは、一瞬にしてフリーズ。


「ランシック様、この非常時に無駄にマナを消耗されませんよう」


 ただただ冷静なレヴィラのツッコミが入り、ようやく時が動き出す。


「はっはっは、この程度余裕です! 皆さんを勇気づけるのも貴族の務めですよ!」

「であれば、せめて勇気づけられそうな勇壮な像を作るべきでは? 笑いを取れるかどうかも怪しい像を建てるのも問題では」

「なるほど! そういう考え方もありますね!」


 はからずも、夫婦漫才が始まった。

 その時……


「あっ! 劇の人!」


 子どもの一人が声を上げた。

 大人たちも幾人か、思い出したように息を呑んでランシックを見上げる。


「そ、そういえば、あれってあの道化師さん?」

「たしか、ラシークさんとか名乗っていたけれど……」

「騎士様、だったの?」


 人形劇を披露した時に一緒にいた、子ども達の母親だ。

 ニヤリとランシックが笑う。


「……ふふふ、その通り。ある時は商人、ある時は道化師、そしてまたある時はマンザイ師! しかして、その正体は――」

「わるもののラシークだー!」

「やっつけろ、勇者ヴィロードさまー!」

「ぶっ!?」


 子ども達の野次が入り、ランシックは盛大に咳き込んでしまう。

 くすくすとダナが笑いを漏らした。レヴィラは呆れたようにため息をつきながら……


「劇で、自分自身を悪人に配役するからです」

「……ふ、ふふふふ。これは、意地でも勝ち抜いて、ワタシのヒーローぶりを見せつけなければならなくなりましたね」


 脂汗を浮かべつつ、さらに気合を入れて岩壁を維持するランシック。

 レヴィラは意味深に彼を見つめた。が、すぐに目を細め、防壁の外を振り返る。モンスターの群れはまだまだ攻め込んできているのだ。


「集中してください、ランシック様。敵の数が多すぎます」


 ランシックもようやく表情を引き締めた。

 モンスター達が、長い通路をとうとう抜けてこようとしている。レヴィラの弓が一体ずつ射貫いているが、手数が足りない。

 いよいよもって焦りの表情で、ランシックは腕に力を込めた。


「いたしかたありません! マナと強度が持たないかもしれませんが、ピンサーゲートを少し延長します!」


 そういう彼の顔色も、蒼い。限界が近いのだ。

 それでも残る力を振り絞り、岩壁を追加しようとしたその時。



「――【ラクシャーサ】!」



 突然、後続モンスターの一団が爆発。

 ランシック達が弾けるように見上げる。爆発が起こったのは、岩壁の向こう側だ。雪混じりの粉塵が立ち上っているその場所から、『何か』がモンスター達を薙ぎ倒していく音が断続的に響いてくる。


「――せいっ!」


 直後、その位置から赤い影と跳び上がってくる。

 岩壁の頂上へと着地し、こちらに背を向け剣を構えていた。


「アシュリー殿!」


 いち早くその正体を見抜いたレヴィラ。

 ランシックも目を凝らす。赤いサイドテールが風に靡き、得物を構えた女剣士がこちらへと振り返った。


「……【ライジング・フラップ】」


 アシュリーもこちらに気づいたか、岩壁頂上からこちらの防壁へと飛び移ってくる。

 たん、とすぐ近くの胸壁の上に、鮮やかに舞い降りた。


「ランシック様でしたか、状況は!?」

「アシュリーさん! 助かりました、今我々三人だけで凌いでおりまして!」


 華が咲いたような笑顔で歓迎するランシック。

 その間も、岩壁の隙間から漏れ出てくるモンスターを処理していたレヴィラ。彼女もあまり表情が動かないながら、僅かに安堵の息をついているのがわかる。


「!」


 ふと後方を見たアシュリーは、こちらを見上げてくる無数の視線に気づいた。

 モンスターの襲撃に不安な表情をしている、防壁裏の領民たちだ。


 アシュリーはニッと笑顔を浮かべ……

 剣を、頭上に掲げてみせた。


「……!」


 領民たちが息を呑んだ。彼らの不安の表情が和らぎ、さらなる希望が蘇ってくるのがわかる。


「アシュリーさん、なんて美味しいところを持っていくんですか! 羨ましい妬ましい!」

「黙ってくださいランシック様」


 騒ぎ出すランシックに、淡々とツッコミを入れるレヴィラ。

 アシュリーもクスリと笑ってしまう。が、すぐに表情を引き締め、敵の方角を見下ろした。


「……ランシック様、レヴィラさん、ダナさん。援護をお願いします」

「アシュリーさん?」


 ランシックが不思議そうに問い返した。

 アシュリーはいたずらっ子のような顔で、ランシックが伸ばしている岩壁を指さす。


「あの防壁の隙間。あそこから、外へ向かって細めの放射状に防壁を変形できますか?」

「放射状?」

「はい。私の技で、そこに集まったモンスターを一網打尽にします」


 そう言うと、アシュリーはその場で剣を後方に構えた。

 その意図を、ランシックはすぐに察する。汗を軽くぬぐうと、顔を引き締めてアシュリーへと叫んだ。


「いいでしょう! どこでストップすれば良いか、教えてください!」


 直後、彼は目を瞑る。

 同時に、ボコボコと岩壁が手前に移動を始めた。正面にある隙間のあたりの壁は、手前に。その隙間から離れた位置にある壁は、ほとんど不動に。


「【マッシヴアロー】」


 隙間から漏れ出てくるモンスター達はレヴィラの矢で処理される。

 その間にも、壁は角度をつけるように動いていく。やがて、隙間を中心としてV字状に岩壁が展開された状態になった。


「もう少し細くできますか!」

「ええ!」


 アシュリーの注文に、ランシックはすぐさま対応。

 V字状に展開された防壁が、さらに縦長に細くなる。漏斗(ろうと)のごとく、敵を手前の細い隙間に集めるかのような形状だ。

 アシュリーが声で制する。


「……それでOKです! 行きますよ!」


 その声を受け、防壁が停止した。

 アシュリーが後方に構えた剣に、力を籠める。オーラが剣を覆い、それがどんどん集中していった。


 ――1st(ライジング・アサルト)――

 ――2nd(スワローフラップ)――

 ――3rd(ラクシャーサ)――


「【イフィシェントアタック】」


 直後、ダナもアシュリーの剣へと手をかざす。

 物理攻撃の増幅魔法だ。ニッと笑顔を深めたアシュリーは、僅かに頭を落として前かがみになった。



「【ライジング・ラクシャーサ】!!」



 風圧と共に、アシュリーの姿が消えた。

 一瞬にして岩壁の隙間へと飛び込んでいく。着地を待たず、剣を下から真上へと振り上げた。


 ――轟音、そして衝撃波。


 集まったモンスター達が、光る衝撃波に飲み込まれる。

 その衝撃波は、放射状広がるV字の岩壁をなぞって、そのさらに奥に控えているモンスター達をも消し飛ばしていった。


「ぐ、ううううっ」


 ランシックが苦悶を表情を浮かべた。

 アシュリーの剣圧に岩壁が負けぬよう、気合を入れて硬化させているのだ。だがそれでも、ビシビシと壁にヒビが広がっていく。


「か、はっ」


 ついに、限界がきた。

 その場で尻餅をついてしまうランシック。途端に、V字状の岩壁ががらがらと崩れていってしまった。


「モンスターは!?」


 と、不安そうに見下ろすダナ。もうもうと上がった土煙が、徐々に晴れていった。岩壁は形も残っておらず、瓦礫の山と化してしまっている。


 が、モンスターの姿も、もう残ってはいなかった。大量の瘴気紋が地面にへばり付いているだけだ。

 ランシックが大きく息をつく。


「……やりましたね、アシュリーさん!」

「いえ、まだです!」


 が、遥か眼下に着地していたアシュリーは、いまだ油断なく前方を見据えていた。そして……


「ランシック様、この場に召喚師はいますか!?」


 と、こちらを見上げ声を張り上げてくる。

 首を傾げ、レヴィラを見やるランシック。レヴィラもまた、油断なくモンスターが倒されたその地を見据えていた。


「『スカルガード』が相当数、残っているのです。ランシック様」


 レヴィラのその指摘に、ランシックもすぐ気づいた。

 慌てて視線を前方に戻す。数ある瘴気紋の中から、いくつかが不気味に点滅を始めていた。


「そうでした。短時間で復活してしまうのでしたね」


 スカルガードは、伝承系の下級モンスター。攻撃力はともかく耐久力は大したことが無い。倒すだけならば、それほど問題はない相手だ。

 ただしスカルガードは、たった三十秒で瘴気紋から復活してしまう。()()()()()()()()()()()、何度でも。


 だがこの場に召喚師はいない。

 領主が、その全員を追放してしまったためだ。


「く……!」


 なにかないか。

 ランシックは領都の中を見下ろした。ざわざわと、領民たちがどよめき始めている。また不安が広がりつつあるのだ。

 ランシックは、アシュリーへと叫んだ。


「アシュリーさん、テオ君やマナヤ君は!? 一緒ではないのですか!?」

「……すみません、あたし一人です!」


 どこかバツの悪そうな様子で、正面へ剣を構えながらそう叫び返してくる。


 何かあったのだろうか。

 そう直観するが、今はそれどころではない。瘴気紋のいくつかが宙に浮かび上がり、スカルガード達が復活しはじめている。


「……! 【ライジング・アサルト】」


 と、アシュリーが、何か思いついたか、一瞬にしてこちらへと跳び上がってきた。


「――ランシック様! 岩で()()()()()()ことはできますか!?」

「……なるほど! その手がありましたか!」


 ランシックがニッと笑った。

 ダナに目くばせすると、すぐにランシックの手首に『魔力の御守』をはめてくる。笑顔でダナへと頷き、すぐにアシュリーへと振り返った。


「いつでもいいですよ、どうぞ!」

「じゃ、いきます!」


 それだけ言うと、アシュリーは左へと走っていく。

 ランシック達よりもだいぶ左方に位置取った彼女は、防壁の淵に片足をかけ後方に剣を構えた。


 眼下に、わらわらと集まってくる、スカルガードの群れ。

 アシュリーがそれらを鋭く見据える。直後、彼女の姿が霞み、一瞬にして眼下へ飛び込んでいた。


「【ライジング・ラクシャーサ】!!」


 スカルガード達の只中に、巨大な剣圧を放つ。

 閃光。

 頭上から叩きつけた一撃は、スカルガードを再度消し飛ばしたのみならず、地面にも巨大な亀裂を開けていた。


「よし、今のうちですね!」


 ランシックは胸壁に手をつく。

 防壁から亀裂のもとまで、階段を造った。ランシックはすぐさまその階段を下りていき、レヴィラとダナもそれに続く。


「そういうことでしたか! 瘴気紋ごと、スカルガード達を地割れに落としてしまえば……!」


 ダナが、ようやく得心いったという様子で手を叩いていた。

 瘴気紋は、亀裂の奥へと落下している。この状態ならば、スカルガードが復活してきてもすぐには登ってこれない。

 ランシックが、穴の淵に手をかけた。


「ふんっ!」


 穴の底から、液体が溜まるかのように岩がせり上がっていく。

 瘴気紋を飲み込みながら、どんどん地割れが岩で埋まっていった。徐々にスカルガード達も復活してくるが、すぐその体も岩に押しつぶされ、動きを封じられていく。


「! まずい!」


 が、アシュリーが穴の淵に足をかけ、剣を構えた。

 スカルガードが数体、登ってくる。ランシックが穴を埋める速度が追いついていない。


「【ブレイクアロー】」


 レヴィラがすぐさま矢を撃ち込む。

 スカルガードは崩れ落ち、魔紋へと還った。が、別の場所から這い上がってくるスカルガードの姿も、いくつも確認できる。


「ぐ、ワタシ一人の力では、とうてい間に合わない……!」


 ランシックが、体をぐらつかせながら呻いた。

 ダナが彼の体を支える。レヴィラとアシュリーは懸命にスカルガードを迎撃していくが、手が足りない。


「――あ、あの! なにかお手伝いできることは!?」


 そこへ、領民の一人が門から出て、こちらへと駆け寄ってきた。


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