174話 川岸の遭遇戦 暴露
「危ないとこだったわね。ほら、封印しないの?」
アシュリーの問いかけに、マナヤは我に返った。
「ッ、お、おう! 【封印】」
すぐさま、倒れたワイアームの瘴気紋を封印。
空中から落下していく魔紋を捕らえ、金色の粒子と化してマナヤの手のひらへと吸い込まれていった。
「で、でもアシュリーお前、なんでココに!?」
「パトリシアさんから、あんたが召喚師と戦ってるって聞いてね」
アシュリーがくいっと親指で川上を示した。
その方向に目をやる。
二体のゲンブが、縦一列に連なった状態で滑るように川を下ってきていた。
手前のゲンブに乗っているのは、ディロンとテナイア。そして奥のゲンブにシャラとパトリシアが乗っている。パトリシアが跳躍爆風で、手前のゲンブを押す形で同時に移動させているようだ。
(パトリシアが、ここまで連れてきてくれたのか)
そしてアシュリーも、マナヤが危ないと見てライジング・ラクシャーサで一気に飛び込んできてくれたのだ。
「助かったよ、ありがとな」
「ええ。あとで、パトリシアさんにもお礼言っときなさい」
ぐ、と左手でサムズアップするアシュリー。
そうこうする間に、ぐんぐんディロンらを乗せたゲンブが近づいてくる。
「――【スペルアンプ】」
「【ギャラクシーバーニング】!」
射程に入ったか、テナイアがまずディロンに魔法増幅を。
それを受けたディロンが、電撃をも纏った巨大な炎の塊を発射した。
スパークを放つ火球が向かう先は、対岸に屯している鎚機SLOG-333。
「何!? く――」
ヴァスケスが瞠目し、慌てて鎚機SLOG-333に近寄ろうとする。
が、ショゴスに行く手を遮られていた。補助魔法が届く距離でもない。
強烈な爆雷を受け、鎚機SLOG-333はその身を焦がした。
炎と雷、いずれも機械モンスターの弱点である。
ぐらりと、鎚機SLOG-333がその巨体が傾く。
「ちっ、【強制誘引】【行け】!」
ヴァスケスは、生き残っていた牛機VID-60に突撃の命令を下す。モンスターのヘイトを寄せる魔法付きだ。
ショ・ゴスが牛機VID-60に引き寄せられる。
「……今だ!」
それを確認したヴァスケスが、一気に川岸へ。
対岸で川を渡れずにいる鎚機SLOG-333に補助魔法をかけにいくつもりだ。
「野郎、させるかッ――」
「大丈夫よマナヤ」
止めに入ろうとするマナヤだが、アシュリーに小声で制止された。
何事かと彼女へ振り返った、ちょうどその時。
「――【リベレイション】!」
上流から近づいてくるゲンブに乗ったシャラが、錫杖を振りぬいた。
目に見えない衝撃波が発生。ヴァスケスとダグロンを同時に飲み込み、吹き飛ばす
「うおおおっ!」
「くっ――」
牛機VID-60ともろとも、川から少し離れた林の中へと押し込まれていった。川の対岸では、鎚機SLOG-333も後方へ吹き飛んでいく。
――テケリ・リ――
「ぐあッ!?」
しかもヴァスケスとすれ違い様に、ショ・ゴスが鳴いた。
黒いモヤのようなものが発生し、それが吹き飛んでいくヴァスケスを捉える。マナを削る精神攻撃、おまけに一定時間マナが回復どころか減る『魔叫』状態のおまけつきだ。
「マナヤ、無事か!」
「マナヤさん!」
「マナヤさん! アシュリーさん!」
その時ちょうど、ゲンブもマナヤらの元に到着。
ディロン、テナイア、シャラがゲンブから川岸へと降り、二人の元へ駆け寄ってきた。
「ええ、俺はなんとか無事です、ありがとうございます。パトリシアさん、あんたもな」
「え? えっと、はい!」
パトリシアにも忘れず感謝を。
彼女は慌てたように顔を跳ね上げ、頬を染めていた。
「しかし、積もる話はあとのようだな」
ディロンが森の中へと目を向け、身構えていた。
マナヤもそちらを油断なく見据える。
吹き飛ばされたヴァスケスとダグロンが、木々の間からこちらへと戻ってきた。
ヴァスケスは、川岸に近い右手側から。ダグロンは正面に近い方向からこちらへと顔を出す。ディロンの範囲攻撃魔法に巻き込まれない位置取りだ。
ダグロンは、ぼさぼさになったその頭を掻きつつディロンを睨んでくる。
「随分とタイミングの良い登場をされますね。ディロン殿、テナイア殿」
「ダグロン。ようやく、我々の前に直接姿を現す気になったか」
飄々としたダグロンに対し、ディロンは鋭い目つきでそう返した。
テナイアも一歩前に踏み出る。
「パトリシアさん、私達から離れないように」
彼女は、駆け寄ってきたパトリシアを庇うように右腕を横に広げた。
その時、パトリシアは「あっ」と声を上げる。
「あの人……」
「パトリシアさん?」
何かに気付いたような彼女の様子に、隣のシャラが首を傾げる。
そこへ、ヴァスケスが呟いた。
「……引くぞ、ダグロン。こうなっては、我々は不利だ」
油断なくこちらを見据えながら、隣のダグロンへそう命じている。
しかしダグロンは鼻で笑った。
「御冗談を。マナヤのみならず、ディロン殿とテナイア殿も一網打尽にできるチャンスではありませんか」
「冗談はどちらだ! マナヤのみですら、あれだけ手こずったのだぞ!」
口論を始める二人。
「しかも、マナヤにワイアームを奪われた! 貴様のサンダードラゴンだけでは、あれには対抗できるまい!」
「だからといってディロン殿らを見逃せと? 私は彼らに、煮え湯を飲まされているのです。ここで趣返しをしてやらなければ」
焦るヴァスケスとは対照的に、ダグロンはずいぶんと余裕を見せている。
が、そこでディロンがおもむろに手をかざした。
「どのみち、逃がすつもりはない。貴様ら二人を仕留めれば、残った最大の障害が排除される」
右手で炎の槍を、左手で氷の槍を形成。
ヴァスケスもそれに気づき、身構えた。が、向き直ったダグロンは邪悪な愉悦の笑いを漏らしはじめる。
「くっくっくっ……いいでしょう。そこのお二人も来て頂けた今、この力をお披露目するのにちょうど良い」
「ダグロン、貴様なにを企んでいる!?」
ヴァスケスが非難するような視線を向けるが、ダグロンは意に介さず懐に手を入れる。
――取り出したのは、黒い石。
「あれは!」
マナヤが息を呑んだ。
あれはかつてトルーマンが所持していた、『核』と呼ばれていた石だ。
直後、ダグロンの周囲から黒い霧のようなモヤが噴き出す。
黒い何かが炎のようにゆらめきながら、彼の全身を包み込んでいた。先ほど、ワイアームが不思議な動きをした際にも彼が纏っていた気配だ。
アシュリーが、身震いしながら息を呑んだ。
「うそ、あれって……!」
「あれは、まさか!」
ディロンも覚えがあったか、炎と氷の槍を消し去り、両手の間に黒いエネルギーの塊を作り始める。
マナヤの額にも汗が浮かんだ。
(俺が殺された時の……!)
マナヤを一度は殺した、ジェルクという男の状態とそっくりだ。
ただ……
(いや……すこし、違う)
あの時のように、黒い触手を生やしてはいない。
瘴気のバリアらしいものも見られない。ただ禍々しいオーラを纏っているだけだ。
「な、なんだそれは! ダグロン貴様、祭壇も使わずに一体何をしている!?」
ヴァスケスも焦りながら喚いている。彼も知らない現象なのか。
ダグロンはただ黒く嗤った。
「ふふふふ……西の町の民から余すところなく魂を吸収させたのが、効いたようです。『核』が、私に新たな力を授けて下さいましてね」
「何だと!?」
ヴァスケスが瞠目。
同時に、マナヤの隣にいるディロンがハッと息を呑んだ。
「……まさか、〝三つ目〟の能力」
「ど、どういうこと、ディロンさん!」
アシュリーが油断なく剣を構えたまま、ディロンへと訊ねる。
だがテナイアが代わりに答えた。
「……私達の上司からの報告です。スレシス村にあった『黒い神殿』の構造を解析した結果、あの『核』という結晶には、合計『四つ』の能力があるらしいとのことで」
「四つ!? じゃあ、あれが三つ目の……!」
一瞬だけ振り返ったアシュリーは、すぐまたダグロンへ目を戻した。彼女のこめかみに汗が伝う。
一方ダグロンは、面白そうに片眉を吊り上げた。
「ほう? やはりそういうことでしたか。トルーマン様も知らなかった力が、まだこの『核』に眠っていたということですね」
愉快そうにそう語るダグロンは、勝ち誇ったような目でディロンを見つめる。
ディロンはさらに殺気を解放した。
「ならばもう、語ることはあるまい。貴様らは絶対に生かして返さん! テナイア!」
「【スペルアンプ】」
ディロンの合図により、テナイアがディロンに魔法増幅をかける。
直後、ディロンの波動が膨れ上がった。彼が手のひらで作り上げた黒いエネルギーが、一気に膨張している。上位の精神攻撃魔法、『エーテルアナイアレーション』だ。
ダグロンがわざとらしく身震いした。
「おお怖い怖い。ではこの力、試させていただきましょう。……やりなさい」
と、ダグロンはマナヤ達の横を見つめる。
刹那。
――テケリ・リ――
「な、ぐぅッ!?」
突如、マナヤの横に控えていたショ・ゴスが鳴いた。
召喚主であるはずの、マナヤに向かって。
「くぅっ!?」
「あぐっ……!」
「きゃあああっ!」
マナヤだけではなかった。
ショ・ゴスの攻撃は、ディロンやテナイア、アシュリーやパトリシアまでも巻き込んでいたのだ。ディロンの集中も途切れ、エーテルアナイアレーションが霧散してしまう。
「ダメ! 【キャスティング】!」
一番奥にいてギリギリ黒いモヤを免れたシャラが、錬金装飾を投擲。
――【吸邪の宝珠】!
全員の左手首に、橙色の宝珠がついたチャームが一つずつ装着された。精神攻撃を無効化する錬金装飾だ。
同時に、『魔叫』の効果もそれで解除される。
「っ、すまないシャラ、助かった」
ディロンが脂汗を浮かべながら伝える。
――テケリ・リ――
ショ・ゴスは繰り返し繰り返し、こちらに黒いモヤを吐き続けている。
マナヤは手をかざした。
「【送還】! 【戻れ】! ……な、なんだよコレ!?」
ショ・ゴスを送還しようとしたが、効かない。
戻す命令も下せない。完全に制御不能だ。
(嘘だろ!?)
混乱状態でもないのに、召喚モンスターが召喚主に手を上げている。
ありえない。
ゲームでもこの世界でも、そのようなことは起こらないはず。
その時、スター・ヴァンパイアが姿を現しショ・ゴスへと鉤爪を振り下ろした。鉤爪から、ショ・ゴスの黒い体液が散る。
ショ・ゴスを『敵』とみなし、標的としたのだ。
そこへ、ダグロンはさらにそのスター・ヴァンパイアへも目を向けた。
「ほう、そこでしたか。ではそちらも頂きましょう」
そう言って、じっと睨みつける。
すると突如、スター・ヴァンパイアまでもがクルリと振り向いた。向かう先は、ディロン。
「危ねえ! 【ヴァルキリー】召喚!」
マナヤは反射的にそちらへ手をかざし、召喚紋を展開した。
金に光る紋が出現。スター・ヴァンパイアの鉤爪から、ディロンを守った。
(スター・ヴァンパイアまで!?)
召喚紋から出現したヴァルキリーが、スター・ヴァンパイアへと槍を振り上げる。
対するスター・ヴァンパイアは……
「な――」
目の前のヴァルキリーに目もくれなかった。
槍を受けるも、意に介さない。ヴァルキリーの脇を回り込み、マナヤへと襲いかかってきた。
「マナヤさん! 【ライシャスガード】!」
テナイアが素早く呪文を。
マナヤの周囲に白い光の結界を張られた。それがスター・ヴァンパイアの鉤爪を受け止め、バリンとガラスのように砕け散る。
飛び退きながら、マナヤは混乱の極みにいた。
(一体何なんだ! 今の動きも、ありえねえ!)
最寄の敵を攻撃しに向かう、それがモンスターの性質だったはずだ。
だが今のスター・ヴァンパイアの動き。一番近くにいたはずのヴァルキリーを無視して、背後のマナヤをピンポイントに狙ってきた。
そんなことは起こりえない。
起こりえない、はずだ。
「【ウェイブスラスター】!」
ディロンが衝撃の範囲魔法を放った。
スター・ヴァンパイアとショ・ゴスを後方へと吹き飛ばす。
「ほら、もたもたしている暇はありませんよ」
だがそう嗤ったダグロンは、さらに愉快そうな顔で視線を流す。
彼が見つめたのは、マナヤのヴァルキリー。
(まさか!)
悪寒。
直後、そのヴァルキリーがくるりとマナヤの方へ振り向く。
「しまっ――」
「【バニッシュブロウ】!」
だが、即座にアシュリーが横から剣を叩きつけていた。
側面へ吹き飛ばされるヴァルキリー。だがすぐ体勢を立て直し、槍を振り上げたまま構える。
(ヴァルキリーが槍を振り上げるのは、攻撃の直前だけのはず……なのに)
目の前のヴァルキリーは、攻撃できない位置だというのに、槍を振り上げた体勢のまま固まっている。まるでこちらを牽制しているかのようだ。
マナヤは、歯ぎしりしながらダグロンを睨みつけた。
「ダグロン、とか言ったか。まさかお前、モンスターを……」
「ええ、そのまさかです。私はモンスターを完全制御できる。どのような動作も自在にさせられますし、敵の召喚獣のコントロールを奪うこともお手の物です」
くつくつと嗤いながら、ありえないはずのことをいとも容易く口にするダグロン。
その場の全員が戦慄した。
召喚獣の制御を奪い、あまつさえ自由自在に操れる。召喚獣に、本来は『行わないはずの行動』もさせることができるということだ。
全員が青い顔で押し黙る中、ダグロンは相変わらず愉快そうに嗤い続けている。
「くくく……おやおや、なにもそこまで驚かれることもないでしょう、マナヤとやら」
「……」
「西の町で、住人を皆殺しにした時。『核』から、天啓を授かったのですよ。望む力を与える、とね」
押し黙るマナヤへ見せつけるように、ダグロンは『核』をかざした。
望む力を、与える。『核』の三つ目の能力が、そういうものだったということか。
(だとすると、コイツが目醒めた能力はとんでもなく厄介だぞ)
マナヤの頬から、冷や汗が滴り落ちた。
召喚モンスターは制御を奪われ、さらにモンスターが普段はありえない行動をとってくる。召喚獣しか攻撃手段がなく、かつゲームでの戦いに親しんでいるマナヤにとっては、天敵のような能力だ。
ディロンが怒気を込め、口を開く。
「貴様、それでモンスターの完全制御を……」
「御明察です。ですがまあ、貴方たちにとやかく言われる筋合いはありませんよ。ディロン殿にテナイア殿」
と、今度はダグロンは二人を見つめた。
「貴方がたとて、共鳴という有り得ない力を突如賜ったでしょう? 私も、『核』から同じように力を賜った。これでおあいこです。もっとも……」
ディロンとテナイアを交互に見つめたダグロンは、さらに凶悪そうな笑みを深める。
「今の貴方がたは、あの『共鳴』を使うことはできないようですね。まあ、使えていたとすれば、我々の位置はとっくに捕捉されていたのでしょうが」
「……」
ディロンは悔やむように、無言で歯ぎしりした。
それを面白そうに見つめていたダグロン。ふと、マナヤへと視線を戻してくる。
「おやおや、どうしましたマナヤ。随分と顔色が悪そうですね?」
「……この、下衆が。そんなことのために、町の人間を皆殺しにしやがって」
憎々しげに吐き捨てるマナヤ。
以前に、ディロンから『核』の仕組みを聞いたことがある。
召喚獣に人を殺させ、それが吸い込んだ魂を『核』へと吸収させる。そうしてため込んだ魂をエネルギー源として、こういった力を発現させているのだという。
「ほう? お言葉ですが、その台詞をそのままそっくりお返ししますよ」
ダグロンはわざとらしく肩をすくめた。
そして、無造作に言い放つ。
「貴方とて、ブライトン一味を皆殺しにしたではありませんか」
「――えっ!?」
ダグロンの言葉に、アシュリーが奇妙な反応を見せた。
――だ、駄目! アシュリーさん!
頭の中で、テオの焦ったような声も聞こえる。
「な、何だ? どうしたアシュリー?」
「ブライトン、一味……ブライトン、って……」
思わずマナヤが訊ねると、アシュリーはわなわなと身震いしながら引き攣った表情でマナヤを見返してくる。
「……そ、そうだ! 思い出しました!」
と、パトリシアが急に声を上げた。
珍しく怒りの目で、ダグロンをまっすぐに指さす。
「あの男、わたしがブライトンに捕らえられてた時、コソコソ洞窟にやってきてた男です!」
彼女の声を受けて、そちらへと目を向けたダグロン。
パトリシアはビクッと身震いし、思わずといった様子でシャラの背に隠れてしまう。
だが、アシュリーは……
「え、ちょ、ちょっと待って……」
その言葉を聞いてさらに顔色を青くしていた。
交互に、パトリシアとダグロンを見比べている。
「お、おいアシュリー、どうしたんだ急に?」
「だ、だってマナヤ、ブライトンって……」
恐る恐る、マナヤへと振り返るアシュリー。その瞳は、光を失いかけていた。
「あたしの、お父さんの、名前……」
「――は!?」
一瞬、聞き違えたかと思った。
(お父さん!? アシュリーの父親が、ブライトンだってのか!?)
そんなはずがない。
アシュリーの父親は、英雄だった。アシュリー自身、そう言っていたはずだ。
(でも、あの髪色……)
洞窟の中に浮かび上がっていた、燃えるような赤い髪色。
思い起こせば、そっくりだ。マナヤの知るブライトンの髪色と、このアシュリーの髪色は。
――っ、アシュリー、さん……っ!
「……ま、まさか、テオ! お前、知ってやがったのか!?」
思わず、頭の中のテオを怒鳴りつける。
声に出してしまい、聞きとがめたアシュリーの体が震えていた。
さらにディロンも、険しい顔で呟いた。
「ブライトン……確かにあの男は、そういう名だったが……」
「ディロンさん!?」
ディロンへと振り返るアシュリー。
続いてその隣へも視線を向けると、テナイアが申し訳なさそうに顔を伏せていた。アシュリーが絶望的な顔になる。
「嘘、よね……同名の別人に、決まって――」
「……くっ、くくくっ、はーっはっはっはっは!」
突如、アシュリーの言葉を遮るようにダグロンが哄笑しはじめた。
「なるほど、そうでしたか! 貴女が、あのブライトンの! 言われてみればその髪色といい、ずいぶんと面影がある!」
「な――」
弾けるようにダグロンへと振り返ったアシュリーは、カタカタと剣を持つ手が震えていた。
「くくくくっ……これは傑作だ。貴女が、あの殺人鬼ブライトンの娘とは!」
「あ、う……」
アシュリーの瞳から、どんどん光が消えていく。
剣がだらりと手からぶら下がり、先端が力なく地に落ちた。
「あ、アシュリーさん……!」
同じく青い顔をしているシャラが、彼女の肩を揺すった。その時……
「……うそだ」
「え?」
アシュリーの冷たい呟き、シャラが体を震わせた。
「うそだ。そんなの、うそだ」
顔を上げたアシュリーは、うつろな瞳でダグロンを見上げる。
ダグロンは憐れそうな表情を作った。
「みじめですねぇ。いかがです、殺人鬼を親に持った気持ちは?」
「うそだ……」
「しかもそこのマナヤは、あとうことか貴女の父親の仇と来た! 面白い、本当に面白いですよ、ククク……!」
「うそだぁぁぁぁっ!!」
突然、剣を振りかざし飛び込んでいくアシュリー。
「待てアシュリー、早まるな!」
慌ててディロンが制止する。
が、アシュリーは止まらない。半狂乱の雄たけびを上げながらダグロンへと突進していった。
「やりなさい」
と、ダグロンがつぶやく。
途端に、アシュリーのすぐ真横に醜悪な塊が……スター・ヴァンパイアが姿を現した。
とっさにテナイアが手をかざす。
「【ライシャスガード】! アシュリーさん、落ち着いてください!」
スター・ヴァンパイアの鉤爪は、結界に阻まれる。
アシュリーは喚き散らしながら剣を振るった。スター・ヴァンパイアから黒い体液が飛び散り、押し流された。
「あぐっ!?」
だが次の瞬間、アシュリーの背が浅く斬り裂かれた。
ナイト・ゴーントだ。マナヤが先ほど召喚したものを、ダグロンが操ったのだろう。
「邪魔、するなぁぁぁっ!」
だがアシュリーは、頭に血が昇った様子で剣を振るった。
しかし、ナイト・ゴーントは急上昇。あっという間に、剣ではとうてい届かない空高くまで舞い上がっていく。
その時、頭の中でテオが焦り声を。
――い、いけない! マナヤ、K-9が!
(な、なに!?)
弾けるようにヴァスケスの方へと視線を向けるマナヤ。
緑の影がアシュリーに迫っていた。バチバチと、危険そうな火花を纏った狼機K-9だ。
(自爆指令!?)
アシュリーは怒りで我を忘れ、周りが見えていない。
慌ててマナヤは声をかけた。
「お、おいアシュリー! 危な――」
「――うるさいっ!」
が、鋭い視線でマナヤを睨みつけてくるアシュリー。
憎しみすら籠った声だ。思わずマナヤは口をつぐみ、凍り付いてしまう。
「アアアアアアッ!」
アシュリーはダグロンを睨みつけながら飛び込んでいった。
直後、狼機K-9がいよいよ赤く光りはじめる。爆発の兆候だ。
「――【スタンクラッシュ】!」
ディロンがアシュリーへ手をかざした。
衝撃波の魔法が、彼女を捉える。
「く、ぅっ」
側面へ吹き飛ばされ、もんどりうって倒れこむアシュリー。
だが、狼機K-9から距離を離すことはできた。
直後、狼の機械モンスターは大爆発を起こす。かろうじて爆炎と爆風から逃れたアシュリーは、歯噛みしながら立ち上がった。
「ふざけるなぁぁっ!」
彼女は激昂したまま、またしても無警戒に突っ込んでいく。
(だめだ、アシュリーのやつ冷静さを失くしてやがる!)
マナヤは、次なる危機に気付いていた。
コントロールを奪われたショ・ゴスも、アシュリーへとにじり寄っているのだ。
「くっ、テナイア!」
ディロンが顔をしかめ、テナイアへと振り向く。
「【スペルアンプ】」
テナイアの魔法増幅効果を受けたディロン。
すぐさま、アシュリーへと手を向けた。
「【インスティル・フリーズ】」
「【ライジング・ラクシャーサ】ぁぁぁぁ!!」
剣に氷がまとわりつき、直後アシュリーが剣を振りぬいた。
巨大な氷の衝撃波が発生。ショ・ゴスの粘性の体躯を凍らせ、直後粉々に破壊する。
「ちっ、これだから剣士は……」
舌打ちするダグロン。
が、その忌々しげな顔はすぐに萎んでいった。何か思いついたように顎に手を当て、直後ニヤリと下卑た笑みを漏らす。
「ふふふ……いいでしょう。面白いことを聞かせて頂いたお礼に、この場は引いて差し上げますよ」
「ダグロン!?」
信じられぬといった様子で、ヴァスケスが彼の方を振り向く。だがダグロンは悠々と肩をすくめた。
「何か異論でも? 撤退すべきだ、と言っていたのは貴方ではありませんか」
「これだけ有利な状況で、何を悠長なことを! 連中を殺せる時に殺さんでどうする!?」
「では、貴方一人だけで彼らと戦いますか? 私はそれでも構わないのですよ。【サンダードラゴン】召喚」
巨大な召喚紋が出現。
中から、先ほどの紺碧の飛竜が現れ、ダグロンの目の前で身を屈めていた。
飛行モンスターは、原則として着地することはできないはず。ましてや、『乗れ』とばかりに地上で身を屈めるなど、ありえないというのに。
ダグロンはひらりと、サンダードラゴンの背に跨る。
「さあ、如何なさいますかヴァスケス殿?」
ダグロンはそう問いながら、サンダードラゴンの背からヴァスケスを見下ろす。
逡巡していたヴァスケス。だが、すぐに観念したように川岸に一旦走った。
「【送還】」
まだそこでうろついていた鎚機SLOG-333を送還し、その足で今度はサンダードラゴンの元へと駆け寄る。
「――ま、待て、逃がさないっ!」
ハッと顔を上げたアシュリーが、すぐさま剣を振りぬこうと構える。
しかしダグロンは、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「おやおや、いいのですか? お父君の仇は、私ではないでしょう?」
「っ!」
飛び込もうとした体勢のまま、アシュリーは固まってしまった。
ニヤリとダグロンが余裕の笑みを向ける。
「【時流加速】」
川の横にある森へと手をかざし、呪文を唱えた。
途端、森の中から凄まじい速度でなにかが飛び出してくる。岩の巨人……岩機GOL-72だ。
「なに!?」
「【レヴァレンスシェルター】!」
狼狽えるディロンと、すぐさま半球状の結界で全員を覆うテナイア。
だがダグロンは、岩の巨人へさらに手をかざし呪文を唱えた。
「【自爆指令】」
岩機GOL-72が、火花を散らし始める。
(……ま、まずい!)
マナヤは心の中で戦慄した。
機械モンスターを自爆させる魔法、自爆指令。その威力は、爆破する機械モンスターのHPに比例する。
上級モンスターである岩機GOL-72ともなれば……
「テナイアさん、結界を強化しろ!」
「! 【スペルアンプ】【レヴァレンスシェルター】」
マナヤの指摘に、テナイアはすぐさま反応。魔法増幅を自分にかけ、その上で半球の結界を重ね掛けした。
直後……
――すさまじい爆炎と衝撃で、岩の巨人が爆発。
「くうっ」
テナイアが呻いた。
一枚目の結界がバリンとあっさり消し飛び、強化された二枚目の結界もビシビシと悲鳴を上げる。
だが、なんとかしのぎ切った。
とんでもない火力の爆発で、周囲の木々が倒れている。マナヤらがいた場所は、結界のあった部分を残し地面にクレーターが出来上がっていた。川の水が、徐々にそのクレーターに流れ込み始める。
「な……あいつらは!?」
煙が晴れたところで、マナヤは周囲と空を見回した。
ダグロンとヴァスケスの姿は、見えない。飛竜で飛び去っていってしまったのだろう。
ディロンがシャラへと振り向く。
「シャラ! 奴らはどちらへ向かった!?」
「……えっ? あ、はい、ちょっと待ってください! っ、ああっ……」
慌てて『森林の守手』を取り出そうとするシャラ。
しかし、うまく鞄から見つけることができずにいる。あまつさえ、動揺しているのか別の錬金装飾を引っ張り出してしまい、取り落としてあたふたしていた。
テナイアが、嘆息とともにマナヤへと顔を向けた。
「……マナヤさん、封印を」
「は、はい。……【封印】」
ゆっくり封印魔法を使うマナヤ。
自爆した岩機GOL-72の魔紋が封印され、手のひらに吸い込まれていく。
その他のモンスターの魔紋は、見当たらない。
マナヤ自身のスター・ヴァンパイアや、ショ・ゴス、ヴァルキリーの魔紋も、まったく残っていなかった。
視線を巡らせると……
「……」
茫然としているアシュリーが、立ち尽くしている。
「その、なんだ、アシュリー……」
恐る恐る声をかける。
ゆっくりと、アシュリーが生気の無い動きでマナヤを見上げた。
(……!)
瞬間、マナヤの背筋が凍る。
顔を歪めたアシュリー。
今まで見たことのない、冷たい視線を向けてきていた。




