16話 この世界の戦術
(もしあれが、本当にスタンピード第二波だとしたら!)
森の中を駆けながらマナヤは考えを巡らせる。
(やっぱり村の南にゃ、モンスターが溜まってたんだ! 森の中に居なかったってんなら、たぶん開拓村が壊滅して! けど)
だとしたら妙なことがある。
なぜ、開拓村から救難信号が上がらなかったのか。
(村人の四割ぐれえは、救難信号を上げることができるヤツのはずだ! その誰ひとり信号を上げることができねえまま、壊滅したってのか!?)
この世界にある『クラス』は、七種類。
剣士、建築士、弓術士、黒魔導師、白魔導師、召喚師、そしてレアな錬金術師だ。
このうち、救難信号を上げることができるのは『弓術士』と『黒魔導師』の二クラスのみ。
極端に数が少ない錬金術師と召喚師を無視すれば、残り五クラスのうち二クラスが救難信号を撃ち出せることになる。単純計算で、人口の五分の二弱は救難信号を上げられる者であるはずだ。
そのうちの誰も救難信号を上げることができないまま、開拓村が壊滅してしまう。そんなことなど、ありえるのだろうか。
「あそこか!」
緑の光の柱、その根元が見えてきた。
戦っている数名の姿が、その光に照らし出される。森のさらに奥には何体かの異形の影も。
「――くそっ、後退だ! 村の防壁まで後退しろ!」
「ダメだ、脚を怪我して動けない人たちが! 白魔導師、治癒魔法を早く!」
モンスターの群れと相対しつつ、なんとか撤退する隙を伺っているようだ。
マナヤはすぐさまそちらへ手をかざす。
「【ヴァルキリー】召喚、【行け】!」
浮かび上がる金色の召喚紋。
その中から、白銀の甲冑を纏った女騎士が現れる。
地面から数センチ浮かんだ状態で、槍を構え突撃していった。
「うお!?」
「なっ、上級モンスター――いや、召喚獣か!」
自身らの傍らを翔け抜けた影に、一瞬怯える村人たち。
が、居合わせた騎士たちがすぐにその正体を見抜き、こちらへ振り返る。
「きみは、マナヤとやら!? なぜここに、当番ではないはずだろう!」
「援護します! 【時流加速】!」
合流したマナヤは、前方で敵と対峙している戦乙女に魔法を。
ヴァルキリーの背後に、時計盤状の魔法陣が浮かぶ。
その時計盤の針が、進む方向へ加速。
直後、ヴァルキリーの動きが変わった。
敵に槍を突き立て、引き抜く動作が高速化する。
時流加速。三十秒間だけ、指定した召喚モンスターを倍速化する、高位の補助魔法だ。
「は、速い!」
「すごい、あっという間にモンスターを倒していくぞ!」
「こ、これが上級モンスター……」
加速したヴァルキリーによって、瘴気を纏った野良モンスターたちがどんどん倒れていく。村人も騎士も、その様子に怯えつつも歓声を上げていた。
「あ、あんた、マナヤ……」
聞き覚えのある声が混じっていた。ちらりと後方を確認すると、見覚えのある若い緑ローブの男が。
カルだ。
ニッ、とマナヤが唇に弧を描く。
「まだまだこんなもんじゃねえぞ! 【電撃獣与】!」
ヴァルキリーへさらに補助魔法を重ねた。
倍速化した戦乙女、その槍が強烈な稲妻を纏う。
スパークを纏った槍の、さみだれ突き。
あちこちで開いては散る、電撃の華々。
後に残るのは、倒されたモンスターの瘴気紋のみ。強化されたヴァルキリーによる蹂躙だ。
(獣与魔法と時流加速のコンボ、たっぷり味わえ!)
獣与魔法により、ただでさえ強力なヴァルキリーの攻撃力が倍加。
さらに時流加速で連撃速度も倍速となっている。
ヴァルキリー自体の機動力も二倍となっていて、瞬間移動のように次から次へとモンスターのもとへ移動、槍で粉砕していく。
あっという間に目の前の一団を殲滅。
続いてヴァルキリーは、奥に控えているモンスターたちへと高速で突っ込んでいく。
「――お、おい、そこの召喚師!」
「あ?」
「召喚獣に好き勝手させるな! 範囲魔法で奥の群れを殲滅できないだろ!」
振り向けば、黒ローブを纏った男性がこちらへ喚いている。
ニッと笑ったマナヤは、ヴァルキリーへ命令を。
「【戻れ】」
ギャン、という風切り音。
ヴァルキリーが、まさに疾風のような速度ですぐ傍へ戻った。
そのまま戦乙女は、マナヤの周囲を反時計回りに周り始める。ものすごい速度でくるくると周回するヴァルキリー、シュールな光景だ。
「俺のヴァルキリーを巻き込まないよう、気を遣ってくれてんだな。これでいいか?」
「あ、ああ……【ブラストナパーム】!」
鼻白んだ黒魔導師が、改めて奥の敵集団へ手をかざす。
直後、爆炎がモンスターたちの群れを呑み込んだ。
焦げるような匂いが、風に乗って届く。テオの『最期の記憶』で嗅いだ、村が燃えていた時の臭いを思い出した。思わず慌てるマナヤ。
「お、おい山火事になるんじゃねーか!?」
「なにを言ってるんだ? この森がこの程度で火事になんかなるわけないだろう。ピナの木じゃあるまいし」
しかし、黒魔導師は怪訝そうな顔でさらりと答える。
「そ、そういうもんなのか?」
「そりゃそうだろ。昔からこの森に、どれだけ火炎攻撃モンスターが湧いてきたと思ってるんだ」
「……あ、ああそう」
炎に強い木ばかりが残ったということだろうか。
「というかあんたら、なんでこんな場所で戦ってるんスか? 防壁で身を守りながら戦えばよかったんじゃ?」
ついでに、先ほどから気になっていた質問をしてみる。
黒魔導師は苦々しく口を開いた。
「最初はそうしていたさ。でも、なんでかモンスターたちが森の奥へ後退しはじめたんだ」
「後退、だと?」
「ああ、ヘンだろ? だからおかしいと思って追撃することにしたんだけど、その先にいた数が思った以上に多くて、このザマだよ」
そう答える黒魔導師は、なおも油断なく周囲を見回している。
(モンスターは、危なくなったら撤退するなんて知恵は働かねえはずだったよな)
いわば野良モンスターは、常に『行け』命令状態になっているようなものだ。どんなに攻撃を加えられようと、人間を襲いに突撃してくるしか能がないはず。
――では、いったいなぜ『後退』など?
「今がチャンスだ! 奥にまだ潜んでいる、先制攻撃せよ! 弓術士隊!」
「はいッ」
この場を仕切っているらしい騎士、そしてそれに応じる者達の声。マナヤはハッと思考の海から引き戻された。
(さっきの黒魔導師との一件もある。ヘタに動くと邪魔になるかもしれねえな)
まずは、この世界の戦術がどんなものか見てみよう。そう決めて、一歩下がるマナヤ。
さきほどの騎士は、すぐに周囲へ指示を飛ばし始める。
「黒魔導師らは、中距離へ接近してきた敵を一掃せよ!」
「承知しました!」
「建築士は、これ以上の接近を防げ! 突破してくる者達は、我々剣士が処理をする!」
「ハッ!」
指示を受け、皆がてきぱきと動き始める。
森の奥へと飛び込んでいく幾本もの矢。
そのやや手前では、爆炎や稲妻が炸裂。
それでも接近してくる敵、その目の前には岩壁が立ちふさがる。
ズン、とその岩壁が衝撃に揺れた。
「くっ」
横からうめき声が届く。
声の主はマナヤの傍らにいる、茶色いジャケットを纏った男。建築士のようだ。地面に手を着いたまま、苦しそうに顔を歪めていた。
同時に、ガラガラと前方の岩壁が崩れてしまう。
(ん? まさかあの岩の壁、建築士が集中しないと維持できないのか?)
だが、同じく建築士が造ったはずの村の家屋や防壁は、そのようなことはなかったはず。
(いや……村の防壁は、修復にもえらい時間がかかってたっぽかったな。時間をかける造り方と、即席の造り方とで違うのか)
今、モンスターの侵攻を止めるために造り上げられている岩壁は、小ぶりとはいえ一瞬で立ち昇っていた。
そういう即席で建てる岩壁は、建築士がマナで維持し続けなければならないのだろう。
「――ミノタウロス!」
赤い防具をまとった、剣士らしき女性が叫んだ。
さきほど壊れた岩壁の奥。そこから、大斧を持った牛頭の巨人が踏み入ってくる。
「白魔導師さん、頼みました!」
「はい! 【イフィシェントアタック】」
女剣士の指示に応え、白ローブを纏った者がそちらへ手をかざす。
真っ白い光が、女剣士の剣を包み込んだ。
光る剣を真上に構え、一瞬の間。
「【ラクシャーサ】!」
溜めののち、振り下ろす女剣士。
岩壁を突破してきたミノタウロスが、一刀両断された。
ミノタウロスが消し飛ばされ、瘴気紋が残る。
――そこへ飛び込んでくる、灰色の影。
側面から突撃してきたその影は、女剣士へ肉薄。
下級モンスター『ガルウルフ』だ。
「【スワローフラップ】」
しかし、女剣士の剣が翻る。
飛び込んできた灰色の狼は、あえなく縦に両断された。
その間にも、壊れた前方の岩壁から侵入してくる新たな影。
銀色の金属でできた、人型のロボットだ。全身が瘴気に覆われ、足先にあたる部分はまるで頑健なハンマー。中級モンスター『蹴機POLE-8』だ。
隙を晒した女剣士へ迫りくる蹴機POLE-8。
金槌のごとき足で、女剣士を蹴り上げようとする。
「【ライシャスガード】」
瞬間、叫ぶ後方の白魔導師。
女剣士の全身が、白い光に覆われた。
その光膜は銀色の人型が放った蹴りを受け止め、ぱりんと砕ける。女剣士は無傷だ。
「ありがとう! やぁっ」
後方へ礼を言った女剣士が、その蹴機POLE-8へ剣を突き刺した。
「危ない!」
「っ、助かりました」
別の方向で鋭い声、続いて衝突音。
マナヤが振り返って見れば、白魔導師のすぐ前に岩壁が。
建築士が瞬間的に張った岩壁。それが、白魔導師の方へ飛んできていた砲弾を止めたのだ。
(なるほど、これがこの世界の戦術ってワケか)
おおまかな連携が見えてきた。
(弓術士は、『索敵』と『長射程単体攻撃』)
まず、もっとも射程が長い弓術士が超遠距離から先制攻撃。
(黒魔導師は、『攻撃範囲』)
中距離まで接近してきた敵集団を、黒魔導師がまとめて削る。
(建築士は、『防御』と『進路妨害』)
そして建築士が即席の岩壁を作り、敵の進路をふさぐ。もしくは、敵の遠距離攻撃をブロックする。
(剣士は、『近接単体火力』)
それをも突破し接近してきたモンスターを、身体能力と最大火力が最強の剣士が処理。
(白魔導師が、治癒や瞬間的な強化での『補助』)
白魔導師は、一撃だけ敵の攻撃を防げる結界魔法や、味方の一撃を増幅できる魔法などでサポート。適宜、治癒魔法も使う。
(召喚師なしでも、フォーメーションが完結しちまってるんだな)
と、マナヤが唸ったその時。
「――二時方向から新たな気配! 遠距離攻撃型だ、気をつけろ!」
響く警告の声。
感知能力に優れた弓術士によるものだ。
すぐさま右前方へ目を向けたマナヤ。
視線の先に、人間大の赤黒いカメレオンが数体、のっそりと近寄ってくるの確認した。精霊系モンスター『ヴォルメレオン』、口から溶岩弾を発射して攻撃する中級モンスターだ。
(それなら!)
マナヤは、迷わずその方向へダッシュ。
まだ『戻れ』命令のままだったヴァルキリーもついてくる。
後方で慌てる者達の声が。
「お、おい召喚師、なにを!?」
「あっちの一団は俺に任せてください!」
が、マナヤは止まらずヴォルメレオン達へ突撃。
直後、ヴォルメレオンが口から溶岩弾を放ってくる。
「ぐッ」
マナヤの腹に、溶岩弾が直撃。
一発、そして二発。
歯を食いしばりつつも、構わず突っ込む。
ヴァルキリーも、駆けるマナヤの周りを回りながら追従。
至近距離から、さらに溶岩弾を受けるマナヤ。
が、ヴォルメレオンたちはもう目の前だ。
「づッ……【行け】、【電撃獣与】」
即、ヴァルキリーに指示。
槍を構えた戦乙女は、それをヴォルメレオンへ突き出した。
刺し貫くと同時に、纏わりついた強烈な電撃も追い討ち。
一体、また一体と倒れ伏していく赤黒いカメレオンたち。
「……よし!」
痛む腹に顔を歪めつつも、マナヤは笑みを浮かべる。
召喚獣は、基本的に『最も近い敵』へ攻撃を仕掛けようとする。そのため、奥に控えている敵をピンポイントに狙うということはできない。少なくとも、普通に『行け』命令を出しただけでは不可能。
だがそれを可能とする方法もいくつかある。今マナヤがやったのが、まさにそれだ。
召喚獣に『戻れ』命令を下し、召喚師もろとも敵に突っ込めばいい。ついてきた召喚獣を、狙いたい敵の至近距離で『行け』命令に切り替える。それだけで、攻撃したい敵へピンポイントに攻撃させることが可能だ。
(召喚師自身も危険に晒されるが、好都合だ! マナも溜まるしな!)
マナヤは、自分のマナが一気に戻ってくるのを感じていた。ダメージを受けることでMPが回復する『ドMP』システムだ。
「――おいアンタ、大丈夫なのか!? 今援護を!」
はるか後方から、味方の声。
「いやこっちは大丈夫ッス、ヴァルキリーが片付けてくれる! あんたがたは正面の敵に専念してください!」
「わ、わかった!」
――〝遊撃〟。
召喚師が周囲の邪魔にならず戦える方法は、おそらくこれだ。
下級や中級モンスターの群れ程度なら、自分一人で片付けられる。マナヤがこちらを対処すれば、他の者たちは正面の敵との戦いで楽ができるはず。
「【封印】」
倒したモンスターたちの瘴気紋を封印していく。
さらにマナヤは、傷ついたヴァルキリーの状態を確認。
そちらへ手をかざした。
「【魔獣治癒】」
戦乙女の全身の傷、そしてひび割れかけた甲冑が直っていく。生物モンスターの傷を治療する補助魔法だ。
強力なモンスター一体に補助魔法を集中し、少数精鋭で戦う。これが、マナヤの知る召喚戦の真骨頂である。
「【封印】【封印】……よし、終わった! 【戻れ】」
その一団を殲滅するのに、そう時間はかからなかった。
ヴァルキリーを従え、また騎士達のもとへと駆け戻るマナヤ。すると、すぐに騎士隊の白魔導師がひとり駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫か? 今、治療する」
「へ? あ、ああ、ども」
「気にするな。たった一人で、よくあの奇襲を対処してくれた」
溶岩弾を受けた胸元へ、白魔導師が手をかざしてくる。
白い光がマナヤを包み、痛みが一気に引いていった。
「……」
横から視線が突き刺さってくる。
その方向をちらりと見れば、少し離れた所に立っているカルと目が合った。驚いたようにこちらを、そして治癒魔法をかけてきてくれている白魔導師を見つめていたようだ。
目が合うと、すぐ気まずそうに視線を逸らされた。
(なんだ? ……ま、いいか)
落ち着いたところで、周囲の状況を改めて確認する。
(だが、やっぱ違うな。こりゃスタンピード第二波なんかじゃねえ)
それなりの規模のモンスター襲撃ではある。
が、スタンピードと呼ぶには程遠い。
(となるとこの襲撃は、たまたまか? それとも……)
第二波は、また別に存在するのだろうか。逡巡するマナヤ。
その時、後方から苦しそうな少女のうめき声が聞こえてくる。
「く……すみま、せん。もう、マナが」
「大丈夫だ黒魔導師! 後方へ下がって回復に努めろ」
黒ローブをまとった少女が、騎士の指示を受けて後ずさり。
が、彼女の足元を見てマナヤは思わず叫んだ。
「バカ、うしろ見ろ! 崖だ!」
「……えっ? あ、わっ」
反射的に脚を止めかけた少女だったが、間に合わない。
ズル、という音と共に足を踏み外し、黒ローブの少女はバランスを崩す。
「きゃああああああっ!」
木霊する悲鳴。
彼女はそのまま、崖に近い急斜面を転がり落ちていってしまった。
「し、しまった! まずいですよ、あの谷を落ちたら、もっと南に迂回しないと這い上がれる場所がない!」
「なんだと!?」
村の者の指摘に、マナヤも舌打ち。
(ここから南へ迂回って、モンスターどもの群れと鉢合わせしちまうじゃねえか!)
南方にはまだ、野良モンスターの群れが残っているのだ。
しかもあの黒魔導師の少女は、もうマナが残っていないという。
「――た、大変です! あの少女が落ちた谷の下へ、モンスターどもの一部が流れていっています!」
「なに!?」
索敵していた弓術士の報告。場を仕切っている騎士が焦りを募らせていた。
モンスターというのは基本的に、一番近い相手を攻撃しにいくものである。だが距離がほとんど変わらない場合、もっとも倒しやすい相手……すなわち、脆い相手を優先的に狙うようになるのだ。
純粋な身体能力に乏しい黒魔導師は、格好の標的になってしまう。
「すぐに彼女を救出しにゆけ!」
「し、しかしこの急斜面を行き来するとなると、身体能力の高い剣士でしか!」
「遠隔攻撃での援護は!」
「木々が邪魔です! 矢や魔法の射線が通りません!」
「く……前線で戦っている剣士! すぐこちらへ!」
慌てる周囲。
マナヤもすぐ事態を把握し、ヴァルキリーへ手をかざす。
「【強制誘引】、【行け】!」
ヴァルキリーが、何かを放散するようなオーラを纏う。
槍を構え、前方に溜まっているモンスターたちへと突っ込んでいった。
「どうッスか! ちったあモンスターの流れは変わったか!?」
弓術士へ向かって、マナヤが叫ぶ。
ハッとなったその弓術士は、改めて気配を探るように目を閉じた。
「……ほ、本当だ、モンスターがいくらかこちらへ流れてきている。召喚師、何をしたんだ?」
「ヴァルキリーに強制誘引をかけた! 周囲のモンスターどもはヴァルキリーを集中的に狙ってくるはずだ!」
強制誘引。
指定した召喚獣に三十秒間、猫機FEL-9と同じ〝敵モンスターの標的になりやすくなる〟能力を与える魔法だ。
しかし……
「だ、ダメだ! まだ数体、少女の方へ向かっているモンスターがいる!」
「クソッ」
索敵していた弓術士の報告に、マナヤは舌打ち。
あくまでも標的に『なりやすい』だけだ。位置関係によっては、敵が寄ってこないこともある。
(どうする、あいつを助けに行くか!? だが……!)
思わず後方の村を振り返る。
この崖の下に降りていったら、奥へ迂回しなければ上がってこれないという。
――もしその間に、本当の第二波がやってきて村を襲ってしまったら?
(でも今行かなきゃ、落ちてった奴の命が!)
迷ったのは、ほんの刹那。
前方で戦っているヴァルキリーへ手をかざす。
「【電撃獣与】【時流加速】!」
雷光を帯び、加速したヴァルキリー。
それを確認したあと、くるりとマナヤは身を翻した。
「ヴァルキリーはここに置いときます! もし第二波が来ちまったら、こいつをうまく時間稼ぎに使ってくれ!」
「お、おいアンタ、なんのつもりだ!?」
「あいつを助けに行く!」
マナヤは意を決し、地を蹴る。
崖に近い斜面の下へ、飛び込んだ。
「ま、待て、一人でなんて無茶だアンタ――」
止めようとする村人の声が、頭上へ消えていく。
「【ヘルハウンド】召喚!」
空中でマナヤは真下へ手をかざした。
金色の召喚紋が現れ、いったんそこを足場に着地。
紋の中から、茶色い大型犬のようなモンスターが出現した。
直後、フッと乗っていた召喚紋が消え、足場を失うマナヤ。
が、彼は紋から現れたヘルハウンドにそのまま空中で跨った。
「【待て】【反重力床】」
マナヤの魔法を受け、ヘルハウンドの足元に光る床が形成。
その光がクッションとなる。マナヤを乗せたヘルハウンドは、斜面に軟らかく着地した。その四本足は地面から数cmほど離れ、浮かびあがっている。
(よし、思ったとおりだ! 反重力床を使えば、着地の衝撃をやわらげられる)
反重力床。指定した歩行型召喚獣を三十秒間、地面から少しだけ浮く『浮遊』状態にできる。マナをほとんど消費しないタイプの補助魔法だ。
(視点変更)
跨ったまま、マナヤは視点をそのヘルハウンドへと移す。
(『待て』の待機位置を、この斜面の下へ)
召喚獣は『待て』命令状態の時に限り、視点変更を通して『待機する位置』を指定できる。これによって、召喚獣を好きな場所へ移動させることが可能だ。
(敵モンスターの射程圏内に入っちまってたら、この方法で召喚獣は操作できねえ。だが、この位置なら射程外なはずだ!)
たとえ『待て』命令でも、敵モンスターの射程圏に入り込んだ状態では、召喚獣は敵への突撃を最優先してしまう。
だが、地面から少し浮いた状態のまま駆けはじめるヘルハウンド。マナヤを背に乗せたまま、崖に近い急斜面を一気に降りていく。どうやらうまくいったようだ。
(右前方! ……今度は、ちょい左!)
目を閉じたまま、マナヤは待機位置を細かく指定しなおす。
眼前に迫った木々をするすると避けながら、マナヤを乗せ駆け降りていくヘルハウンド。
「待ってろ、今助けに行く!」
操作を続けながら、マナヤは吼えた。




