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召還された召喚師  作者: 星々導々
第四章 父親の影と夢物語
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159話 ヒーローショー

 翌朝。


「うわ、こっちの通りはこんなに賑わってるのね」


 アシュリーが周囲を見回しながら感嘆していた。

 テオも頷きながら、視線を巡らせる。


「『芸術通り』って言われてましたけど、この辺りは曲芸をやってる人が多いですね」


 路上で舞踊や演奏を披露している者達が多い。

 一角では、剣士たちが四人一組で人間ジャグリングをしている。またその対面では、黒魔導師が炎、冷気、電撃、闇撃の魔法を器用に操り、空中に人間の似顔絵を描いていた。弓術士が手先の器用さを利用し、楽器を演奏したりもしている。

 それらの前に座っている観客が、時々演者におひねりを投げつけていた。


「ウォースさんからも聞いてたけど、『クラス』の特性を芸術に活かしてるんだ」


 シャラもそう感心しながら、テオとアシュリーの少し後ろで眺めまわしていた。

 頷くテオ。


「さっきの職人街だと、剣士さんが材木店で運搬の仕事をしてたり、白魔導師さんが治療院を開いたりしてたね」


 最初はそちらで聞き込みをしていたのだ。

 だが、こちらの目的が聞き込みとわかると、店の者たちに門前払いされてしまった。それで、今度は別の通りで聞き込みを試してみることにしたのである。


「……でも、もどかしいな」


 と、シャラが顔を曇らせる。

 テオが首を傾げた。


「どうしたの? シャラ」

「その、通りのみんなの服装が」


 と、シャラは遠慮がちに道を歩く者たちを見やる。

 彼らの服装は、妙にカラフルだ。赤、青、緑、白、黄、皆が様々な色の布を繋ぎ合わせたようなもので、デザインも一人一人が全く違うように見える。全く統一性がない。


「いい色の組み合わせを使ってる人もいるけど、そうじゃない人の方が多くて……」


 もやもやした様子のシャラ。テオも苦笑を漏らした。


「あはは。シャラは服作りも得意だもんね」

「ああ、もどかしいってそういう意味なの?」


 と、アシュリーは別の意味で顔を曇らせていた。


「てっきり、こっちはこっちで聞き込みしづらいって意味かと思ったわ」


 そう言って、ちらりと視線を横へ移していた。

 テオも視線を追う。たしかに、周囲は曲芸やそれを観ている者たちばかりだ。聞き込みなどして『邪魔するな』と文句を言われる未来が見える。

 が、シャラが小さく声を上げた。


「あ、もうちょっと奥には、絵画とか彫刻とかを出している店があるみたいですね。こっちなら、落ち着いて話が聞けそうじゃないですか?」


 シャラは、道端の看板のようなものを覗き込んでいる。

 芸術通りの見取り図だ。そこに、それぞれの区域がどの業種の店を出すかの指定が書き込まれている。観光者への案内板代わりにもされているようだ。

 アシュリーもひょいとそれを覗き込んだ。


「うーん。でもそれ、結局は職人街と同じように邪魔者扱いされそうだけど――」


 ――ワァッ


 が、アシュリーの台詞は歓声にかき消された。

 子ども達の声だ。通りの角のあたりで、多くの子供たちが集まって騒いでいる。


「なんだろ?」


 シャラが興味をもって近づいていく。テオとアシュリーも後に続いた。

 どうやら、路上で芸をしている者がいるようだ。


「――くっ、おのれヴィロード、ここまでやるとは! しかし、それもここまでですよ!」


 そこへ、演者の声が。

 三人は思わずお互いに顔を見合わせる。


(ランシック様の声だ!)


 いやな予感がしつつも、三人はそちらへと駆け寄ってみた。

 子ども達が集まっている箇所、その背後から覗き込む。


「致し方ありません! では、我が第三の技を受けてみなさい!」


 人だかりの中に、二つの人影があった。

 片方は……


「や、やっぱりランシック様!?」


 アシュリーが小声で息を呑んでいた。

 青を基調とした継ぎはぎじみたチュニックに、灰色主体のズボン。この町の一般領民たちが着るような庶民服を身に纏ったランシックが、もう一つの人影相手に格闘のポーズを取っている。と言っても、不格好に両腕を上に上げ、片脚だけ持ち上げているという奇妙なポーズだ。


 もう一つの人影は、人間ではない。

 岩でできた、人の姿かたちをした人形だ。しかし、頭部は縦長の丸い岩がデンと置いてあるだけで、髪どころか顔すらもついていない。手足も、細長い岩の筒を繋げただけのシンプルな造形。


(ああいうの何だろう、『まねきん』って言うんだっけ)


 と、いつぞやフミヤの世界でそういうものがあると聞いたことを思い出す。光る画面の機械を通して、おおまかな形を見たこともあった。

 その『まねきん』じみた岩人形が、ランシックとはちょっと違った格闘の構えを取っている。いかにも本格的で格好いい半身の構えだ。奇怪なランシックの構えとは大違いである。


「いきますよっ!」


 と、そこでランシックが片腕をブンブンと大きく無造作に振り回し始めた。

 そのままドタドタと岩人形に向かって走り出す。


「ちょええええ……必殺! 高速グルグル目にも止まらぬパーンチへぶぅっ!?」


 が、口上が途切れランシックは盛大に悲鳴を上げた。

 岩人形の仕業だ。先ほどの格好いい構えから一転、急にだらけた体勢となり、無造作なビンタを見舞ったのである。


 子ども達の笑い声が弾ける。

 頬にそれが直撃したランシックは、そのまま地面に激突。その瞬間、地面にクレーターができるかのようなエフェクトが発生した。


(あれは……まさか、ランシック様が全部一人で動かしてる?)


 テオもようやく気付いた。

 あの岩人形が動く度、微かに燐光に包まれている。建築士が岩を操作する時と全く同じものだ。

 それだけではない。ランシックが地面に叩きつけられた際のクレーターのようなエフェクト、あれも微かな燐光を放っている。派手に見せるために、ランシックがセルフマッチポンプをしているのだろう。


「け、建築士って、あんなに細かく岩を制御できるものだっけ……?」


 シャラもそれに気づいたらしく、信じられないといった様子で唖然としていた。

 アシュリーも無言のまま、驚いた顔で魅入っている。


「――くっ、おのれヴィロード! やらせはしません、お前にワタシの悪行のジャマはさせませんよぉ!」


 倒れたランシックが、急にガバッと身を起こした。

 一瞬で地面のクレーターが消え去る。岩人形は再度、半身の構えになり対面した。

 子ども達が声援を上げ始める。


「やれー、ヴぃろーど!」

「ラシークなんてわるもの、やっつけちゃえー!」


 どうやら、あの岩人形は『ヴィロード』という正義の味方。ランシックは『ラシーク』という名の悪者という設定のようだ。


(やっぱりこれって、〝ひーろーしょー〟だよね)


 マナヤから聞いた、異世界にあるという演目の一つだ。

 もっとも、配役は真逆。ランシックが『悪役』であり、ヒーローは岩人形の方が演じているようだ。


 おもむろに、ランシックが動き始める。

 高跳びをするかようにその場に屈みこんだ。隣のハープ演奏者も、空気を読んだかのように緊迫感のある音楽を奏で始める。


「これは防げないでしょう、ヴィロードめ! 必殺、ドロップ体当たりあたーっく!」


 勢いよくジャンプ。

 岩人形目掛けて、空中から体当たりをしようとする。が。


「あがっ!?」


 岩人形は、これまた無造作にランシックの首根っこを引っ掴んだ。岩の腕で喉元から支えられたまま、ランシックは不格好にぷらぷらと揺らされる。

 そのまま人形は、高速の往復ビンタ。


「あばばばばばっ!」


 その動きに合わせて顔を右へ左へと向け続けるランシック。

 子ども達が再び爆笑した。

 しばらくビンタが続いたあと、ぽいっと岩人形がランシックの体を放り出した。ランシックは巧く受け身を取りつつ、しかしわざと苦しそうに転がる。


「むぐぐぐ……このままでは、ワタシの『全世界全員女装マニアになってしまえ作戦』がおじゃんに!」


 と、跳ね起きながらランシックは苦渋の顔で唸っていた。


(一体何を見せられているんだろう……)


 テオらは顔を見合わせて苦笑してしまう。

 子ども達も笑っていた。ランシックはしかし真剣な表情を作り、また違うポーズを取り始める。


「ならば、致し方ありません! この手だけは使いたくありませんでしたが……!」


 不格好に前かがみになっていた。

 それにタイミングを合わせ、岩人形の方はクラウンチングスタートのポーズ。突進するつもりだろうか。


「来なさいヴィロード! 最後の技で勝負です!」


 と、不格好ポーズのランシックが吼える。隣のハープ演者も、より一層深刻感のある音楽へと変調した。


 岩人形が、駆け出す。

 ランシックまで一気に間を詰め、子供たちの声援がより大きくなった。


 が、急に直立不動に戻ったランシック。

 そのまま、右手を岩人形に向けた。


「必殺! 強制女装!」


 途端に、バッと岩人形の体が膨れ上がる。

 岩人形はドテッと盛大にスッ転んだ。

 胴体が、豪華なドレス状の形に変化していた。亜麻色一色の岩製ドレスではあったが、足元まで伸びており横にも膨らんでいるスカート状の下半身。そのロングスカートに蹴躓いて転んだという設定なのだろう。


 いかにも悪者そうに高笑いするランシック。


「はーっはっはっは! どうです動けないでしょう! さあこれでもう観念してグホオッ!?」


 が、そこへ岩人形のタックル。

 ご高説を垂れようとしたランシックの言葉が途切れる。人形の頭部がランシックの腹に突き刺さり、彼は苦悶の声を上げていた。


(え、あ、あれ凄い痛そうだけど、大丈夫なの!?)


 遠慮のない一撃にしか見えず、思わずハラハラとしてしまうテオ。

 が、子ども達は爆笑の渦に。ランシックは芝居がかった口調で、異様に苦しそうな演技をしてみせた。


「ぐおおお……おのれ、考えましたねヴィロード! ジャンプするようにタックルすれば、スカード姿でも動けるというわけですか!」

 

 そうこうしている内に、人形はドレス姿のまま四苦八苦するように起き上がっていた。


「ふっ、しかしこれまでです! このワタシに、同じ攻撃は二度と通用しません!」


 と、チッチッと指を振ってニヒルな笑いを浮かべてみせるランシック。子ども達から「えー、ほんとー?」と、ヤジが飛ぶ。

 そこで、ちょいと考え込むような仕草を取った岩人形。

 しばし後、ビシッとランシックへ向け格好よく指をさして見せる。


「……え、何です? こちらこそお前の技は見切った? はっはっは、減らず口を――」


 と、ランシックが余裕の笑みを浮かべてみせようとする。

 そこへ岩人形は、片手で剣を握るようなポーズを取ってみせた。その瞬間、岩人形の岩製ドレスがどんどん動いていく。


「な、なにぃ!? ワタシの技を、完全にお前の制御下に置いているというのですか!? そ、そんな馬鹿な!」


 大げさに驚いてみせるランシック。

 その視線の先で、人形の岩ドレスはどんどん移動し、その右手へと集まっていった。

 ハープ演奏者もその様子を見て、快活で爽快感のある音楽へと自然に変調させていく。ギャラリーがさらに盛り上がった。


 元通りの、スマートな体型へと戻っていく岩人形。

 右手に集まっていった岩は、徐々に扇状の形に収束し……


 ――ハリセンの形を取った。


「……え、えーと。わはははヴィロード、今から降参すれば、世界をお前にやろう! 百分の一くらい! だからお願いそれで手を打ちませんかゲハァッ!?」


 とってつけた台詞を吐いたランシックに、岩人形がハリセンの一撃。頭頂部に突き刺さり、メキィッという派手な音を立てる。

 同時に、地面が陥没した。凹みに合わせて岩のエフェクトも発生し、ランシックは地面に埋まるかのような形でピクピクと痙攣した。


「ら、ラシークが死すとも、必ずや第二第三のラシークが……がくっ」


 わざわざ『がくっ』まで声に出しながら崩れ落ちるランシック。同時に、キリの良いような形でハープ演奏が終わる。

 岩人形はハリセンを手に掲げ、観客の方を向いてそれを剣のごとく店に掲げてみせた。

 途端に、子ども達がわぁっと一際大きな歓声に沸く。


 大人たちも拍手していた。

 その後、口々に子ども達へ声をかけている。彼らの保護者のようだ。


「えー、どうもどうも!」


 岩人形が子ども達へ手を振り続ける中、ランシックもようやく起き上がって応対を始めた。

 いくらか、ランシックへと向かっておひねりが飛んでくる。隣で息を合わせていたハープ演奏者にも同じように結構な金額が飛んできて、ほくほく顔をしていた。


 そこへ、ランシックがそのハープ演奏者の下へと歩み寄る。


「ふう。いやはや、素晴らしい演奏でした。合わせて頂いて感謝します!」

「こちらこそ、よい機会をありがとうございます」


 お互い笑顔で、固い握手を交わす。

 そこへ……


「ありがとうございました、芸人のラシークさん」


 と、子ども達の母親らしき女性達が、ランシックへと歩み寄ってきた。


「うちの子がこんなに大人しくしているなんて、助かりました」

「こんなゆっくり買い物できるなんて、いつぶりかしら」


 彼女らをニコニコと笑顔で迎えたランシック。

 優雅に一礼し、ウインクしてみせた。


「いえいえ、元気なお子さんたちのお世話は大変でしょう。少しでもこの子らの気を引けるお手伝いができたなら何より!」


 そして子供たちをちらりと見やる。

 彼らは、岩人形に夢中だ。ランシックの細かな制御により、岩人形は何名かの子どもの頭をそっと撫でている。


「あの。こちら、お礼です」


 と、保護者の一人が硬貨を差し出してくる。

 しかしランシックは手のひらを向けて止めた。


「いえ、演目のおひねりは先ほど戴きましたよ。これ以上は不要です」

「で、でも。うちの子をこんなに大人しくしておいてもらったのに」

「ならなおさら戴けませんね。ワタシは演者であって、子守ではありません。演目以外で報酬を戴くのは、演者としての沽券にかかわります」


 真剣な表情で応えるランシック。

 保護者たちは、顔を曇らせお互い見つめあう。罪悪感に囚われているようだ。


「……では、こうしましょう」


 ランシックが、名案と言わんばかりに手を叩く。


「報酬の代わりに、皆様がたの近況をお聞かせ願えませんか?」

「え?」

「見ての通り、ワタシも演者として日々新しい演目を考えるのに必死でしてね。皆様のお話は、良い刺激になるのです」


 ぬけぬけとそう言ってのける。

 テオが、ハッと顔を上げた。


(そうか、情報収集!)


 シャラとアシュリーもすぐに気付き、三人して顔を見わせる。


「そうですか、そういうことなら」


 保護者たちが笑顔になった。

 さっそくと言わんばかりに、ランシックは笑顔になって切り出す。


「それで、どうでしょう。最近、この街の顔ぶれが随分と変わったように思えるのですが……」


 母親達の表情が、わずかに曇った。


「あぁ……そうなんですよ。少し前にお触れが出て、召喚師は町から出て行けってことになったらしくて」

「ええ。あたし達はまあ、別に居てもいいかなと思ってもいたので、心苦しかったのですけど」

「実際に嫌ってる人もいて、断りづらくて。年配の人に嫌ってる人が多いんですよ。昔の殺人鬼を思わせるからって」


 口々に彼女らは語り始めた。

 テオらが聞き込みした時とは大違いだ。三人が目を丸くする中、ランシックは頷きながら保護者たちの話に熱心に耳を傾ける。


「ふむ。やはり、召喚師解放同盟とやらでしょうかね?」

「でしょうね。領主様も、そんなみんなの声に逆らえなかったみたいです」


 彼の問いかけに、保護者の一人が困ったように頬に手を当てた。


「うちの人なんかは、喜んでもいたみたいですけどね。召喚師の顔を見なくなってせいせいするって」

「私達は、昔の友達が召喚師になっちゃって、気まずくなったこともあって。だから、召喚師を無理やり追い出すなんてどうかなって思ってたんですけど」

「領主様に命令されちゃったら、ねえ」


 そういって、保護者達は肩を落とした。


(……本当に、悲しんでいる)


 テオは胸を押さえた。

 彼女らの、純粋な悲しみが伝わってくる。ランシックの前だからと、方便を言っているという様子ではない。本当に憂いているようだ。


「ほうほう。その追い出された召喚師のみなさん、どちら方面へと向かっていったかわかりますか?」


 ランシックの、核心をつく質問。

 テオら三人も思わず集中する。保護者たちが顔を見合わせ、気まずそうに答えた。


「わたしたちが見たわけじゃないんだけどね、向かいの奥さんが言ってたのよ。ここから北へ向かう召喚師の一団を見たって」

「あ、それうちの旦那も見たって言ってたわ。川沿いに、川上の方へ向かっていったって」

「……そういえば」


 保護者の一人が、ふと何かを思い出したように顔を上げる。


「川沿いの山の中ってホラ、あれがあるって噂があったんじゃ?」

「〝あれ〟?」

「ほら、あの遺跡。真っ黒な壁が立ち並んでるっていう」

「あー、あの気持ち悪い遺跡ね。母から聞いたことがあるわ、間引きの時に見つけて気味悪がってたみたいよ」


 ぴくりと、ランシックの表情が一瞬だけ強張った。

 テオたちもおもむろに唾を飲み込む。


(きっと、『黒い神殿』だ)


 やはり、ここにあったのか。

 となれば、召喚師解放同盟の拠点もそこにある可能性が高い。


 この村の召喚師たちは、召喚師解放同盟の懐へと飛び込んでいってしまったのだ。


「ふむ。なるほど、参考になります。それで、その遺跡ですが――」


 すぐに冷静さを取り戻したランシック。

 うんうんと保護者らの話に適度に頷き、どんどん話を引き出していっていた。



 ◆◆◆



「おにーさん!」


 しばらくして、聞き込みがほぼ終わった後。

 ランシックは、先ほどまでの演目を見ていた少年に服を引っ張られていた。六歳ほどだろうか。


「もう、劇はおしまいなの?」

「うん? ええ、今日はおしまいですよ。すみませんね」


 彼に目線を合わせるようにしゃがみ、困ったような笑顔を向けるランシック。

 少年は残念そうに肩を落としてしまった。


「そんなぁ……」

「ほら、フロッツ。もう帰る時間でしょ」

「ええー、でもおかあさん」


 少年の母親が腕を引っ張るも、子どもは口を尖らせながら見上げるのみ。

 くす、とランシックが笑いを漏らした。


「では、こうしましょう。フロッツくんでしたね」

「え?」

「キミがお母さんの言うことをちゃんと聞いたら、ワタシも明日、この場所でまた劇をしましょう。それでどうです?」


 と、ポンポンと優しく頭を撫でた。

 ぱっと少年の笑顔が咲く。


「ほんと!?」

「ええ。ですから、今やるべきことが何か、わかりますね?」

「うん! おにーさん、またね! 約束だよ!」


 少年はランシックに手を振り、大人しく母親のあとをついていく。


「おかあさん! ぼく、ヴィロードみたいな勇者になりたい!」

「まあ。それじゃ、〝成人の議〟で頑張らないとね」

「うん!」


 母と手を繋ぎながら帰っていく子ども。

 ぺこ、と母親が頭だけで小さく一礼してきた。ランシックも同じ礼を返し、手を振って見送る。


「あの、ランシック様……」


 落ち着いたとみて、テオが声をかけた。

 ランシックが振り向く。


「おや、皆さんお揃いで! いやははは、お恥ずかしい所をお見せしましたね」


 にこやかなランシックが、頭を掻きながら笑った。

 テオは顔を曇らせながら問いかける。


「あの、ランシック様。聞き込みをするために、わざわざ一般人を装って芸を……?」

「ええ。この国では、見ず知らずの一見相手に世間話をするような風習はありませんからね」


 そう、事も無げに答えたランシック。

 テオは改めて彼のことを見直した。


(やっぱり、そういうことだったんだ)


 この国では、店員が世間話をするのは失礼にあたる。

 テオたちの聞き込みがうまくいかなかったのは、その点もあるのだろう。だから、露天などでの聞き込みはうまくいかなかった。


 ランシックはそれを逆手にとったのだ。

 仕事には、報酬を払わねばならない。だがランシックは保護者たちから『仕事外だから』と金銭を断り、代わりに情報を求めることで証言を引き出したのだろう。


「あの、ランシック様。あれ、痛くは無かったのですか?」


 シャラが訊ねる。先ほどの芸で、何度も岩人形に叩きつけられたりしたことだ。

 だがランシックは笑顔で答えた。


「ああ、問題ありませんよ。あれは命中の瞬間、石を軟化させていますから」

「そんなこと、できるんですか?」


 シャラは思わず身を乗り出す。

 どうやらランシックは、細かい岩の操作にも相当慣れているようだ。考えてみれば、岩の人形をあそこまでリアルに動かしたり、岩人形に精巧なドレスを着せるように動かすなど、並大抵の腕前ではない。


「マナヤ君のお話も役に立ちましたよ。〝ひーろーしょー〟、やはり夢見る少年少女たちにはかなり刺さるようですね!」


 ランシックがテオを見つめ、高笑いした。

 アシュリーも、先ほどの母子が消えた先を見つめる。


「さっきの子も、張り切ってましたね。将来、騎士でも目指すんでしょうか」

「そうかもしれませんね。良いことです、やはり子どもは『夢』をもって生きていかねば!」


 びし、と天を指さしながら答えたランシック。

 テオたち三人も、どこかほっこりした感覚になってほほ笑んだ。



「――『夢』を持たせることが、必ずしも良い結果を招くとは限りません」



 が、そこへやや重苦しい声が。

 三人して、振り返る。そこにいたのは、服装だけが違う見慣れた顔だ。


「ディロン、さん?」


 この街の人々と同じく、色とりどりな布でできた服を纏ったディロンが、難しい顔で立っていた。


「下手に夢を持てば、現実とのギャップに苦しまされる。我々は、現実を見なければならないのです」

「ほほう?」


 冷たいディロンの言葉に、ランシックが真っ先に反応した。

 とことことディロンの前へと歩み寄り、至近距離で見上げる。挑戦的な瞳だ。


「つまり、あれですか。ディロン殿は、人々が『夢』を持つことは悪いことだと?」

「はい」


 即答したディロン。

 アシュリーが息を呑みながら、そのやりとりをハラハラした様子で見つめていた。



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