15話 討論と不穏
指導三日目。
「合格者、三名! 昨日よりはマシだが、まだまだだ! よし、今日の講義は『移動補助魔法』、特に跳躍爆風の有用性についてだ」
指導四日目。
「合格者七名! だいぶ良くなったが、昨日合格してた奴が今日不合格なのはどういうこった? 気ぃ抜いてんじゃねーぞ! よし、今日は周囲の地形を利用する戦術、そしてモンスターを巧く誘導する戦術を叩き込んでやる」
指導五日目。
「合格者十名! 惜しい! 今まで一度も合格してねぇ残り一人は後で正座な! さて、今日は『ドMP』を始めとする、マナを節約しながら戦うための戦法を紹介する。最重要だから忘れずによーく聞け!」
「いやセイザって何ですか!?」
と、マナヤはこのような具合に、毎日指導の最初にステータス表のテストを行い続けていた。
こういうものは毎日のように確認させ、無理やり頭に叩き込み続けた方が良い。かつて地球で兄である史也にもやらされた経験から、マナヤはそれが一番であると確信していた。最終的には、モンスター名からぱっと一瞬でステータスの全てを思い出せるくらいになってもらわなければ困る。
日を追うごとに勢いを増すマナヤの指導とは対照的に、日を追うごとにげっそりしていく召喚師達。指は腱鞘炎でかじかみ、目の下の隈は増え、髪の毛はボサボサになっていく。
しかしそんな中、彼らの目が変わりつつあるのを、マナヤも見て取っていた。
◆◆◆
そして、指導六日目。
「……全員合格!」
回収した答案を一通り見たマナヤは、ついに彼らが待ち望んでいた言葉を。
わぁっ、と喜びに沸き立ち涙を流して互いに抱き合う召喚師達。
「だがしかし明日以降もこのテストは続けるからな! 気を緩めんなよ!」
そう厳しく言いつけるも、望むところだと言わんばかりの目を見せる召喚師たち。そんな彼らを見た監視役の騎士が、心なしか引いている。
(……よし、これなら多分いける。ここからだ)
ごくりと、緊張からひそかに喉を鳴らす。
「さて、今日からようやく、俺が待ちに待った『討論』に入らせてもらうぞ!」
必死に笑顔をつくり、マナヤはそう言い放つ。
討論とは、と召喚師たちが顔を見合わせた。
「まずお前ら全員、三人一組に分かれてくれ。……十一人しか居ないんで、監視役の騎士サン、貴方もどこかに加わっていただけますかね?」
マナヤの後ろに腰掛けていた、騎士の召喚師隊を率いている男性が立ち上がる。召喚師長ザック、四日目からずっと監視要員を務めていた人物だ。
一方、村の召喚師達は困惑するも、仕草で促されおずおずと組に分かれ始めた。
マナヤは背後のボードに、大きめな一枚の紙を画鋲に似たもので貼り付ける。紙に書かれているのは、上面図のようなもの。
「これは、二つの高台がある地形の上面図だと思え。お前たちはこれから、こういう地形の場所で戦うことを想定する」
召喚師達は静まり返り、きょとんとしている。が、淡々とつづくマナヤの説明。
「この二つの高台の上。それぞれに二体ずつ、敵モンスターの『コボルド』が立っている。さらにその高台の下から『ガルウルフ』が二体向かってくる」
そう言いながら、上面図の高台に相当する部分に犬の顔のような印を、高台の下に相当する場所に横から見た狼の顔のような簡素な絵を二つ描く。
コボルドは、弓矢を持って遠距離攻撃する下級モンスター。ガルウルフは機動力が高い近接攻撃型の下級モンスターだ。
「そしてお前らは今、一人で高台の下、ココに立っているものとしよう。ここから最小のマナで、どうこいつらを撃退するか……お前らの組のメンバー同士で、お互いに相談しながら考えてみろ」
召喚師らはますます困惑し、顔を見合わせている。
(ダメか? ……いや、まだだ。もう一押し)
が、マナヤは気づかれぬよう静かに深呼吸。
そして、なんとかニヤリと笑みを作った。
「今までの常識を俺に一刀両断にされて、お前らもムカついてたろ? 良かったな、解放されたぞ。今度は俺は極力、なにも言わねえ。今まで俺が教えてきた知識を使って、お前らが自分自身で考えてみる番だ」
そう、ここからがマナヤの指導の本番。『サモナーズ・コロセウム』の『脱初心者』最大の一手。
「俺はそのために必要な基礎知識をお前らに叩き込んだだけだ。これまでに俺が教えた知識を使って、自分達ならどう戦うか、応用してみせろ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいマナヤ殿」
だが、そこで後方から慌てたように口を挟んでくる者が。監視の任についていた、騎士隊の召喚師長ザックだ。やはり彼も暗い表情をずっと張り付かせている。騎士隊所属ゆえか、村の召喚師たちより多少マシではあるが。
「わ、我々召喚師は型どおりのことをしていれば良いのです。余計なことをしては、他『クラス』の者達から顰蹙を買います」
「へえ? そりゃまたどうしてです?」
「どうしても、なにも……ただでさえ我々は立場が弱いのですよ」
額から流れる汗を拭きながら、ザック召喚師長はおどおどしたように語った。
「今までやっていた戦い方で、うまくいっていたのです。急に戦術を変えて、それで問題が起きたら全てこちらの責任になってしまう。違いますか?」
「何をいまさら。俺はそもそも新戦術を指導するためにこうやって教えてるんですよ? あなたがた騎士隊の許可までもらって」
「しかし同じ召喚師として見過ごせません。ここまで頑張っている彼らが、また他『クラス』の方々から責められるようなことになるのは」
ふう、とマナヤはため息をついた。
「ザック召喚師長サマ、でしたか。俺はこの村で召喚師たちへの扱いを何度か目にしたんですがね、こいつらが周囲からなんて言われてるか知ってます?」
「そ、それはもちろん、モンスターを操ることが恐ろしいから――」
「『おどおどしすぎ』『見てるこっちの気分まで暗くなる』『言うことに従うだけの人形みたい』ですよ!」
召喚師長は目をぱちくりとさせる。
他の村でどうなのか、マナヤは知らない。だが少なくとも、この村の者達は召喚師を言うほど〝恐れて〟はいないように見えた。問題なのは、召喚師らが纏う雰囲気の方だ。
「召喚師じゃマトモに戦えない。自分の意見を言う権利もない。あんたがた国の連中が、そういう先入観を召喚師達に教え込んだ結果がコレです」
「し、しかし、事実です」
「それをひっくり返した俺だから言ってるんですよ!」
マナヤは怒りに任せ、自身の傍にあったテーブルを殴りつけた。
「スタンピードを抑え込んだ俺の姿を見た村人たちは、ちゃんと見る目を変えてくれてる! 実力をつけて自信を持ちさえすりゃあ、周りからの評価は上がるんスよ!」
「で、ですが、戦いは実践がものを言います! 机上の空論で討論をすることに、何の意味が!?」
「この『討論』ってのは、事前に作戦を立てるのと同じことです。『こんなこともあろうかと』という事態を想定しておき、いざそういう事態に陥ったら、迷わず動けるようにしておく。そのための練習ッスよ」
反論が見つからず、押し黙ったザック召喚師長。
そんな彼から視線を外し、マナヤは召喚師達を叱咤する。
「いいかお前ら! もう今日含めてあと五日しか残ってねえんだ! 時間がある今のうちに可能な限りの想定をして、間違いでも良いから作戦を立ててみろ! 間違ってると思ったならお互いに指摘してやれ! 命が懸かってない今のうちが、召喚師にとっては勝負だぞ!」
「そ、そんな無茶な! 召喚獣とは勝手な動きをしてしまうものなのです、皆とて『想定』などできません! ましてや間違いかどうかの指摘など!」
ザック召喚師長が目を剥く。
が、召喚師らはお互いにグループ仲間へバッと勢いよく顔を向けた。そして……
「やはり装甲を持つゲンブのようなモンスターをまず出して……」
「でも、それだと召喚師の身が危険ですよ? だからむしろ……」
「跳躍爆風を使えば、高台に一気に召喚モンスターを送り込んで……」
「いや、『ドMP』のことも考えればいっそ召喚師が自分で……」
各所でああすれば、いやでもそれでは、だから逆にこうやって、等とチームごとに意見をぶつけ合わせていく。
(よし! うまくいってくれたか!)
内心ほおっと安堵の息をつくマナヤ。
討論に混じっている召喚師長ザックはただ一人、周囲の討論についていけず目を白黒させていた。
◆◆◆
「どういうことですか、マナヤ殿」
その日の指導が終わった後。
集会所を出たところで、慌てた様子で召喚師長ザックがマナヤの背に声をかけてくる。
「どういうことってのは?」
「彼らですよ。皆、なぜあのように様々な戦術を立てたり、それをお互い批評したりできるのです」
マナヤは歩みを止めず、召喚師長ザックも付いてきながら問い詰めてくる。召喚師長ザックからすれば、完全に想定外だったらしい。
「あなたがこの指導の監視にあたったのが、四日目からだったからでしょう。初日から参加してれば、あなたも理解できたはずですよ」
「し、しかしまだたった数日ではありませんか。なぜ彼らはあそこまで想定できるのです、戦術どころか召喚獣の挙動の予測まで」
「あいつらに、召喚獣の挙動をしっかり説明したからに決まってるじゃないッスか」
あの『討論』。あれこそが剣士などの反復練習に相当する、召喚師の訓練だ。
反復練習の目的は、突発事態にも体がスムーズに動くようクセをつけておくこと。想定外の事態が起こった際、行動に迷って頭の中が真っ白になり、無駄に時間を浪費することも多い。しかし既に想定していて対策も考えてある状態なら、焦らず一瞬で行動に移ることができる。それも、事前にある程度考えを固めた合理的な戦術を。
「で、ですが! 本当にそう動くのかもわからないのに、なぜあそこまで様々な意見を出せるのです」
「そりゃ出したくなるでしょう。俺も昔はそうなりましたし」
いったん足を止め、マナヤは体ごと召喚師長へ向き直った。
「新しいことを知ったら、試してみたくなるのが人間ってモンです。きっとこれまでも、俺がいろいろな知識を詰め込んでいくごとにアイツらはうずうずしてたはずですよ」
マナヤ自身、兄の史也に導かれ通った道だ。
どうしても、ゲームで史也に勝てなかった。けれどもガッツリと知識を身に着けた後、マナヤ自身も悶々としたのだ。こういう戦い方はできないものか、あのテクニックを別の形で応用できないか、と。
その上で史也は外出先や食事中などの時、ああいう『討論』を持ちかけてくれた。マナヤも色々と自分で案を考え、それを史也にもぶつけてみたものだ。
「そのために必要な情報は、全部アイツらに叩き込みました。モンスターのステータスだって丸暗記させた。だから俺は確信してましたよ。今のアイツらなら、実戦とそう変わらないシミュレーションができるって」
理屈を理解した上で、自分自身で戦略を考える楽しさ。
そしてその作戦を討論や、実際にゲーム筐体で試す待ち遠しさ。
作戦がうまくいった時の喝采。見落としがあって失敗してしまった時の悔しさと、修正案を考える時のワクワク感。
それらをマナヤは、身をもって知っている。
「……」
茫然と立ちすくんでいる召喚師長。
マナヤは彼をその場において、再び自宅へと歩き始めた。馬舎の前を通り過ぎる。
「ん?」
ふと視界の隅に映ったのは、一頭の立派な馬とそれに跨る騎士。
そちらへ目を向けると、その傍らには赤を基調とした立派な騎士服を纏った男も立っている。マナヤも見覚えがある、騎士隊長ノーランだ。
「では、頼んだぞ」
「ハッ」
騎士隊長が命じると、馬に乗った騎士が胸に手を当て一礼。そして、馬を歩かせ始める。
その騎士は青い騎士服を着て、背中に弓を担いでいた。
「ああ、ようやく目途がたったようですね」
と、マナヤに追いついてそう呟いたのは、召喚師長ザック。
「目途?」
「南の開拓村へ伝令を出すのだそうです。この村がスタンピードに襲われたけれども、ことなきを得た。それを報告するために」
見ればあの騎馬は南門へと向かっている。ぞわりと、マナヤの背に寒気が。
「ちょっと、冗談でしょう! 南にスタンピード第二波が溜まってるかもしれねえってのに、たった一人で!?」
「ですが今のところ、第二波とやらが来る様子はなかったではありませんか。これまでも我々騎士隊を含めた者たちで、『間引き』を兼ねて村の南方をできるかぎり調査したのですよ」
「……ッ」
言葉に詰まるマナヤは、思わず周囲を見回す。
順調に復興している村。テオの最期の記憶とはうって変わって、何ごともなく平和に暮らしている村人たち。
たしかに言われた通り、六日経った今でも全く村が襲撃される気配がない。
(……本当に、来んのか? スタンピードの第二波なんざ)
沈む夕日に照らされたマナヤの瞳が、初めて揺らいだ。
◆◆◆
その日の晩。
テオの両親、そしてシャラと気まずい夕食を摂り自室に戻ったマナヤは、寝具の上で悶々としていた。
(第二波なんざ、実はもう存在しないんじゃねえか?)
自分が動いたことで未来は変わり、とっくに第二波は散ってしまったのではないか。あるいは、第二波など自分の妄想にすぎないのではないか。
(あの斥候が開拓村を確認して、第二波の存在が否定されちまったら、俺はとんだピエロだな)
自嘲するように笑う。
が、悪いことばかりではない。村が無事ですむことに越したことはないのだ。
枕元にあるピナの葉のロウソクもどきを消す。そして、寝具に完全に身を沈めて――
――ドウッ
「な、なんだ!?」
外からの轟くような音。思わず跳ね起きる。
窓に飛びつけば、緑色の細い光の柱が村の防壁あたりに立ち昇っているのが見えた。
(救難信号!)
方角は……南。
「クソッ!」
慌てて、壁にかけてあった緑ローブを引っ掴む。
(俺としたことが、完全に平和ボケしちまってた!)
思い返せば、指導初日はマナヤも村の南側をずっと気にかけていたはず。が、いつの間にか全く無警戒になってしまっていた。気が緩んでいた証拠だ。
「マ、マナヤくん!?」
「どうしたの、マナヤさん」
玄関を飛び出そうとしたところで、慌てた様子でスコットとサマーが歩み寄ってくる。二人とも、まだ寝間着のまま。
「見りゃわかんだろ! 救難信号が昇った、すぐ駆け付けなきゃいけねーだろが!」
「落ち着け、マナヤくん。君が出る必要はないだろう?」
「そうよマナヤさん。今日はあなたの当番でもないのに……」
「なんでそんな落ち着いてんだよ、あんたらは!」
全く危機感のない二人に、マナヤは思わず憤慨。
「あの救難信号は、南から昇ってんだぞ! 例のスタンピード第二波かもしれねえ!」
「だから落ち着くんだ、マナヤくん。よく見ろ」
なおも冷静極まりないスコットが、肩に手をかけてくる。
「あの救難信号は『緑』。当番の者以外は来る必要はない、という意味だ。もしスタンピードの第二波という規模だとしたなら、赤か橙でなければおかしいだろう?」
「ッ、けどよ!」
どういうことだ。
この世界は、いつ人が死ぬかわからない世界ではなかったか。にもかかわらず目の前の二人、この暢気ぶりはどうだ。
「規模が小さかろうと、人命がかかってんだ! 出れるやつ全員で出るべきじゃねーのか!?」
「……マナヤくん」
鼻だけでため息をついたスコットが、諭すように語り掛けてくる。
「いいかい。救難信号というのは、必要な人数だけを呼ぶためのものなんだ。呼んでいない者まで来てしまったら、〝余計な手を煩わせてしまった〟と相手も気にするだろう」
「どうしてそうなる! 仮にも、人がモンスターに襲われてんだぞ! 万一のことがあったら!」
「万一のことがあったなら、それは間違った救難信号を上げた者の責任というだけだ。当番でない君が駆け付けてしまえばそれは、救難信号を上げた人たちの判断ミスだと貶めることになるんだよ」
「な――」
絶句するマナヤに、今度はサマーが「それにね、マナヤさん」と諭し始めた。
「救難信号を上げるたびに全員が出てしまったら、身体がもたないわ。休める時にはしっかり休んでおくのも、私達の務めよ」
「……ッ」
「だからほら、休みましょう? 大丈夫、騎士さまがたもいるんだから」
サマーを、そしてスコットを交互に睨みつけ、歯ぎしりするマナヤ。
(マジで、どうなってんだよ! この世界の倫理観は!!)
もはや聞いてはいられない。
二人を振り切り、玄関から外へ飛び出した。
「マナヤくん!」
「マナヤさん!?」
二人の声が遠ざかっていく。
マナヤは振り向かず、まっすぐ緑の光目掛けて走る。が、はっきり場所が見えるようになってすぐ気づいた。
(ってちょっと待て、ありゃ防壁の外じゃねえか!)
この夜中に、なぜ防壁の外で戦っている者達がいるのか。
マナヤは舌打ちし、駆ける脚をいっそう速めた。
◆◆◆
「なんだ、なぜ彼らは門の外で戦っているんだ!?」
「とにかく、担当の物は援護へ向かえ!」
南門に辿り着くと、既に騎士を含め数名の者達が救難信号の元へ向かおうとしていた。
マナヤもそれに混じり、門をくぐろうとしたが……
「――止まれ!」
突如、足元に矢が突き刺さる。
「マナヤ。君は今晩の担当ではなかったはずだ。何をしにきた」
門の上から、新たな矢をつがえた弓術士の騎士がこちらへ弓を構えている。やはりというかなんというか、自分は見張られていたようだ。
ギリ、と歯ぎしり。
「スタンピードかもしれねえ、時間がねえんだ! 通らせてくれ!」
「緑の信号なのだ、スタンピードということはあるまい。救難信号を上げた者を愚弄するつもりか?」
「なんとでも言えばいい! 俺は行く! 俺を撃つってんなら、勝手にしやがれ!」
「なっ、待――」
静止の声を無視して、門の外へと駆け出した。




