148話 召喚師の捕虜
翌日。
テオは、シャラやアシュリーと共に学園中央塔の一室にいた。
「テナイアさん、話というのは……?」
三人を代表するようにテオが問う。
やや小さめなテーブルに向かって座っているテナイアの隣に、もう一人見知らぬ人物がいた。
滑らかにウェーブのかかった緑の長髪を持つ、白いワンピース姿の女性だ。
歳はシャラと同程度か、少し下くらいだろうか。顔に若干のそばかすが見られるが、海のように青い瞳と透き通るような白い肌を持ち、どこか妖艶な雰囲気を纏わせている。
が、妙におどおどとしており、自信なさげな雰囲気を醸し出してもいた。よく見れば頬がこけており血色も悪い。随分とやつれているようだ。
「こんにちは。まずは、かけてください」
テナイアに仕草で椅子を勧められ、三人は彼女らの正面に置かれた三脚の椅子にそれぞれ座る。
途端に、ビクリと緑髪の女性が身をすくめた。
(……怖がられてる?)
その表情は、『恐怖』一色に染まっている。
この場にいる者の中に、威圧感を放っている者はいないはず。しいて言えばアシュリーだろうが、彼女も困惑の目で緑髪の女性を見つめているだけで、睨んだりしているわけでもない。
「紹介しましょう。パトリシアさんです」
テナイアが、やや眉を下げながら女性を紹介した。
「彼女は、あの開拓村でマナヤさんが壊滅させた、殺人集団に捕らえられていた召喚師です」
「っ!?」
テオは思わず顔を強張らせてしまった。
『先日、マナヤ殿が討伐した〝ブライトン一味〟の件ですが』
『その頭領であるブライトンには、娘がいるそうなのです』
弓術士隊の副隊長、レヴィラが昨日言っていたことを思い出してしまう。
『して、その娘ですが。どうやら、テオ殿の出身村であるセメイト村にいらっしゃるようです』
まさか。
だが、こんな人がセメイト村にいただろうか。テオには見覚えがないが、途中から引っ越した人物なのだろうか。
もし彼女がそうなら、なんと声をかければいいのか。
ばくんばくんと、心臓がうるさいくらいに跳ねる。
「召喚師、ですか?」
テオの様子には気付かず、シャラが問いかけていた。ちらりと気遣うように緑髪の女性へ視線を向けている。
目をきつく閉じるパトリシアは、一言も発しない。
「殺人集団が、どうして召喚師を捕らえていたんです?」
今度はアシュリーが問うた。
テナイアは珍しく、怒りを微かに内包した表情で顔をしかめた。
「あの集団は、女性の召喚師を必ず一人は捕縛して連れていたそうです。倒しても復活する野良の『スカルガード』を処理するための要員であったと」
伝承系のモンスターであるスカルガード。下級モンスターであり倒すのも簡単ではあるが、倒してから三十秒で勝手に復活してしまう。
その復活を封じることができるのが、召喚師の『封印』だ。
(『女性』の召喚師、囚われの身だった、か)
その意味を察してしまった。テオは彼女を怯えさせないよう、わざと彼女から視線を外す。
彼女がブライトンの娘、というわけではなかったらしい。とりあえずは安堵はするものの、複雑な心境になってしまう。
テナイアは、隣のパトリシアへと目を移した。
「王都で保護していたのですが、見ての通りどこにいても落ち着かないらしく……」
それだけでもビクリと怯えてしまうパトリシア。女性の視線ですら落ち着かないのか、テナイアからわずかに顔を背け、身をすくめながら更にきつく目を瞑っている。
目を伏せたテナイアは、テオへと向き直った。
「結局、あの時パトリシアさんを救った、マナヤさんにお会いしたいと」
「マナヤがパトリシアさんを、救った?」
小さく首を傾げるテオ。
あの時、マナヤは彼女を見ていないはずだ。コリィ以外の全員を皆殺しにしていたが、あの中にそもそも女性自体がいなかったはず。
テナイアが悲しげに目を閉じる。
「彼女はあの洞窟の奥に捕らえられていました。後ほど私達騎士隊が検分した際、保護したのです。あの集団がマナヤさんの手で壊滅したため、マナヤさんに感謝していると」
そこで、恐る恐るといった様子でパトリシアが顔を上げる。
まだかすかに震える頭。それでも、テオをまっすぐに見据えてきた。
「……あなたが、マナヤさん、です、か?」
掠れそうな声。テオは思わず困惑し、目を泳がせてしまう。
「え? えっと……」
左右に座っているシャラとアシュリーも動揺しつつ、顔を見合わせた後でテナイアに注目していた。
テナイアが察したように頷く。
「大丈夫です。異世界からの人格のことは、彼女もご存じです」
テナイアが察したように頷いた。
異世界からの人格のこと『は』、と気付かれにくいよう強調していた。すなわち、マナヤを二重人格の片割れではなく、『異世界人』だと説明しているということだろう。
「……わかりました。今、替わりますね。ごめんシャラ、アシュリーさんと席を代わってくれる?」
「あ、うん」
隣のシャラが立ち上がり、もう一つ隣に座っていたアシュリーと席を交代した。
アシュリーがテオの隣に座る形になる。これで大丈夫だ。
す、と目を閉じて、心の中でマナヤに呼び掛ける。
再びテオが目を開いた時。
――この場ノ連中を、合獣キマエラで抹殺シてしマえ――
(……ッ)
替わったマナヤは、周囲の人間に即『殺しのビジョン』を幻視してしまう。
だが、隣にはアシュリーが。真っすぐ見つめ返してくれる、彼女の青い瞳。殺しのビジョンが見えない『いつも通り』のアシュリーの姿に、すぐ落ち着きを取り戻した。
「……ふう。これで、いいのか? パトリシアさん、だったか」
静かに深呼吸した後、パトリシアを正面から見据える。
殺しのビジョンは、まだ残っていた。が、アシュリーのおかげで、意識しないようにすることはできる。
パトリシアが、おずおずと問いかけて来た。
「マナヤ、さん?」
「ああ、俺がマナヤだ」
その途端。
パトリシアは、ポロポロと大粒の涙を零し始めた。
「へっ? あ、ちょっ、大丈――」
「ありがとう、ございました……っ!」
その場で泣き崩れてしまう。
それでもなお、右手を胸に当て頭を下げてくるパトリシア。落ち着かないマナヤの隣で、シャラとアシュリーも複雑そうな顔をしていた。
パトリシアは、おもむろに立ち上がった。
嗚咽をあげながらも、テーブルを回りこちら側へと回り込んでくる。その動きを目で追うマナヤ達だが、パトリシアはマナヤとアシュリーの間に後方から割って入り、そこで白い石の床に膝をついた。
「わたしは、あなたに救われました。なんとお礼を言っていいか……!」
「ちょっ、おい……!」
彼女は、こちらの腕に縋りついてきた。
涙ぐんだ目でマナヤの顔を覗き込み、何度も何度も礼を言ってくる。随分と積極的だ。先ほどまでの怯えようは何だったのだろうか。
助けを求めるように、周囲を見回すマナヤ。が、アシュリーもシャラも、戸惑いに顔を見合わせるばかり。
「と、とにかく、立ち上がってくれ。俺は大したことはしてねえよ。現にあん時ゃ、あんたにゃ気づかずに立ち去っちまったんだぞ俺は」
「わかって、います。それでも……わたしは、あなたに一番感謝したいんです」
と、マナヤの手を取る。
思わず振り払ってしまいそうになったが、とっさに思いとどまった。
相手の手を自身の両手で包み込むのは、求婚の作法。その際に手を振り払うことは、この世界では『絶交宣言』のようなものであり、大変失礼な行動になるのだ。
(……あれ)
が、彼女は求婚してはこなかった。
マナヤの手を両手で包み込むわけではなく、片手で、マナヤの右手指先を掴むような形だ。
(お、おいテオ。これって、こっちの世界じゃ何かの作法か?)
内心大慌てになって、心の中でテオにそう問いかける。
――う、ううん、これだけなら何も。でもこの人、多分召喚師以外の人が怖いんだと思う。
(召喚師以外が、怖い?)
テオの物良いに、マナヤは促すように問い直した。
――テナイアさんにすらも、怖がってる感じだった。ほら、この人が囚われてたのって、あの殺人鬼集団だったんでしょ?
(! ……そういうこと、か)
召喚師であるからと連れ去られ、慰み者にされた。そのため、女性だろうと召喚師でない者を信用できないのかもしれない。
そんな中、マナヤは同じ召喚師である上に、彼女を救った事実上の救世主でもある。
(けどよ。女からの感謝が、ここまで嬉しくねえのは初めてだな)
――そう、だね。
テオも声が沈んでいた。
そも、あの日はマナヤが『人間でなくなった日』。あまり良い思い出ではない。感謝などされても良い気分になるわけでもないし、むしろ怒りすら覚える。
それに……
「……」
視線を動かす。
アシュリーが、どこか辛そうな顔で戸惑っているのが見えた。
(くそ……)
――マ、マナヤ、落ち着いて。
(わかってるっての!)
テオに諭されるが、正直穏やかではいられない。
流血の純潔を失ってしまったからだろうか、妙に短気になってしまった気もする。
「パトリシアさん。とにかく、こちらの席へ戻って下さい」
そこへ、テナイアが助け舟を。
パトリシアは戸惑いつつ、名残惜しむようにそっとマナヤから手を放した。ビクビクしながらも、ゆっくりと先ほどの席へ戻っていく。
テナイアは、彼女を直視しないようにしながら優しく語り掛けた。
「パトリシアさん。大丈夫そうですか?」
「は、はい。この方なら」
マナヤの方をちらちらと見ながら、そう答えるパトリシア。
ふう、とテナイアがため息を吐いた。
「……マナヤさん。申し訳ありませんが、彼女をしばらくお願いできませんか」
「は?」
思わず声色がきつくなってしまうマナヤ。
パトリシアは一瞬怖がるようにビクリと震えたが、すぐに顔を上げて懇願するように語り掛けてくる。
「マ、マナヤさんのお邪魔はしません! ただ、あなたの近くに居させてもらいたいだけなんです!」
「ちょっと待てよ! 大体、俺は――」
色々と大問題ではないか。
まず第一に、それはある種アシュリーを裏切るような形になる。彼女を不安にさせるような真似は、できればしたくない。
第二に、そもそもこの体はシャラと結婚している。だからマナヤはアシュリーに求婚しなかったのだ。傍目には既にアシュリーと重婚しているような状況下で、さらに女性が一人増えるというのか。
「救出してから、こちらで保護してきたのですが」
テナイアがそう言って、パトリシアを見下ろした。
「パトリシアさんは、誰にも心を開こうとしなかったのです。食事もろくに摂らず、心身ともに回復の兆候もなく、人に怯え続けていました」
疲れたような表情で眉を下げながら、マナヤへと向き直る。
「マナヤさん、貴方が初めてなのです。彼女が、怖れ以外の感情を抱いた相手は」
「……」
「我々王国としても、不当に虐げられた民は保護する義務があります。彼女を無碍にはできません」
神の存在が確認されている、この世界。信仰も広がっており、『人は人らしく生きる資格がある』という教義が浸透していた。だからこそ貧民にも食わせる義務が貴族達や騎士団にはあり、パトリシアのような被害者を救う責務を負っているらしい。
もっとも、人々全員がそれを頑なに信じているわけでもない。主な被害に遭っているのは、『モンスターを操る者は人ではない』と見られることが多い召喚師だ。
(そりゃ、可哀そうとは思うがよ)
彼女の境遇を考えれば、蔑ろにするわけにもいかない。が、自分にどうしろというのか。
「他の召喚師じゃダメだったんです? 女の召喚師の方がよさそうな気がするんスけど」
「わ、わたしは、マナヤさんがいいです!」
再び目をきつく瞑って、強調するように叫んでくるパトリシア。テナイアも補足してきた。
「騎士隊の召喚師も彼女に紹介してはみました。ですが、男女問わず怖れを感じてしまい、安心できない様子だったのです」
「な、なんで?」
「いざという時に、助けてくれないかもしれない。そういう印象が拭えないのだそうです。特に、一般の村に所属している召喚師は内向的ですから」
マナヤは妙に納得してしまい、内心舌打ち。
(こいつ、二重にトラウマを抱えちまってるのか)
一つは、あの殺人集団に嬲られたトラウマ。
もう一つは、『召喚師』ゆえに村で孤立してしまうというトラウマだ。一般人から蔑まれるか怖れられるかが多いゆえに、召喚師を助けようとする村人がそもそも少ない。同じ召喚師同士であったとしても、基本的に『我関せず』がスタンスになっていたと聞く。
召喚師は、召喚師を助けないのだ。
だからこそ『いざという時に助けてくれない』という印象を抱いており、実際に助けてくれたマナヤに依存してきているようだ。
「んなこと言ったってよ……」
と、救いを求めるようにシャラとアシュリーを交互に見やる。二人も複雑そうではあったが……
「仕方ない、かもしれません」
「そう、ね。この人の境遇を思えば、断るわけにもいかないわ」
「うおいッ!?」
思わずマナヤは声が裏返る。シャラはまだしも、仮にも自分と『付き合ってる』アシュリーが認めるというのか。
だがアシュリーは、改めて真剣そうな表情でマナヤを見つめ返してきた。
「召喚師を救うのがあんたの使命だって、言ってたじゃないの。この人だって召喚師よ?」
「う……」
「あたしも同じ女として、酷い目に遭わされた人をほっとけないわ」
と、彼女は同情の目でパトリシアを見やる。
後押しされる形になったパトリシアは、祈るような仕草でマナヤを見つめ続けていた。
(おい、テオ。お前はいいのか?)
――この人が可哀そうだとは思うから、うん、僕もそれがいいと思う。そばにいるだけ、なんでしょ?
(この野郎、他人事だと思いやがって……)
――ひ、他人事とは言わないけど。一応、同じ身体だし。
他人事というより、別人格事と言うべきなのだろうか。
もっとも、マナヤとてこの状況で放置するというのも気が引ける。
(まあ、仕方ねえか。それに……一つ、気になることもあるしな)
――え?
マナヤは、大きくため息を吐いた。
「わかった。けどな、三つほど条件がある」
「じょ、条件、ですか?」
震え声で訊ねてくるパトリシア。
マナヤは、指をまず一本立てた。
「聞いてるとは思うが、俺はこの体の持ち主である『テオ』の意識と同居してる」
「は、はい」
「テオはこっちのシャラと結婚してるから、四十六時中、俺が表に出てくるわけにゃいかねえ。いいな?」
最近、テオとマナヤの交替順を取り決めた。
それぞれの人格が、三日置きに主体となって過ごす。皆で話し合ってそう決めたのだ。テオとシャラ、マナヤとアシュリーが、お互い気兼ねなく時間を過ごすことができるようにという配慮である。
パトリシアは控えめに頷いた。
「わ、わかりました」
「二つ目。……テナイアさん、どの程度の期間を見込めば『改善』されるんでしょう?」
視線を横に移動させ、テナイアへと向いてそう問いかけた。
「統計上ですが、最短で一ヶ月というところでしょう」
「じゃあ、とりあえず俺が付き合うのは一ヶ月間だ。それ以上は、テナイアさんの指示を仰げ」
「……はい」
しゅんとした様子で、パトリシアが小声になった。なおもマナヤは続ける。
「そして、最後の一つ」
この最後の条件が一番肝心だ。
そっと自分の手を、右隣りのアシュリーの手に沿える。
「結婚はできてねえが、俺自身はこっちのアシュリーに、心を捧げてるんだ」
「……っ」
身を強張らせるパトリシア。
「念のためにはっきり言っとくぞ。……俺達の邪魔は、するな。それが最後の条件だ」
「……は、はい」
パトリシアは、しおらしく俯いてしまった。
ここまで釘を刺しておけば、とりあえずは大丈夫だろう。これで何か問題行動を起こしたならば、それを理由に断ればよい。
「それでは、決まりですね」
テナイアが立ち上がった。
「マナヤさん、申し訳ありませんがよろしくお願いします。テオさん達が使っている部屋の向かいが空いていましたね。宿に連絡を取って、準備をさせましょう」
さすがに部屋まで同じにするわけではなかったらしい。マナヤは内心、胸を撫でおろした。
テナイアはシャラとアシュリーにも順に目をやる。
「マナヤさん、それにシャラさんとアシュリーさんも。何かありましたらすぐ、私にご連絡ください」
「は、はい」
「ありがとうございます、テナイアさん」
と、パトリシアを除く全員が立ち上がった。
シャラとアシュリーは、微笑みながらパトリシアへとゆっくり歩み寄る。二人とも、気づかわしげな様子だ。
「……テナイアさん」
その隙にマナヤは、テナイアに寄り小声で声をかける。
「どうされましたか、マナヤさん」
――この女ヲ、放卵の毒蠍デ毒殺してシまエ――
突然、テナイアに『殺しのビジョン』が浮かび上がった。
油断していて、一瞬体が反応しかけてしまう。アシュリーが視界から消えた影響だ。
(く……)
マナヤは軽く頭を振った。
なんとか殺しのビジョンを意識の外へと追いやり、改めてテナイアへと問いかける。
「……彼女が、召喚師解放同盟からのハニートラップ的な何かである、という可能性は?」
「彼女の言葉や感情に、嘘の兆候はありませんでした」
即座に答えが返ってきた。
マナヤが『気になっていた』ことがそれだったのだが、テナイアもその可能性は考慮済みだったらしい。
「彼女の故郷が壊滅した時期と位置を考えても、連れ去られる前に召喚師解放同盟と接触していた可能性は、極めて低いかと」
「ッ……あいつの故郷、滅んでるんスか」
「四年前にあの殺人鬼集団、ブライトン一味と仮称しますが、その者達によって滅ぼされました。彼女が、唯一の生き残りです」
パトリシアの見た目から推測して、四年前ならばおそらく召喚師になりたての頃だろう。その頃から、村が滅ぼされブライトン一味に良いように使われてきたということか。
ますます、突き放しにくくなった。
――ブライト……っ!?
(お、おいテオ、どうした)
頭の中で、テオが急に大きな反応を見せていた。
問いかけるが、テオは慌てふためいた様子で声を上ずらせる。
――う、ううん、なんでもない。
(なんだよ。お前、昨日からちょっとおかしいぞ)
なにか、自分に重大な隠し事をされているような雰囲気だ。
――と、とにかく。パトリシアさんのことは、引き受けても大丈夫だと思うよ。
しかしテオは、誤魔化すように思念を伝えてきた。
(……お前もそう思うのか?)
――うん。パトリシアさんに何か別の企みがある、って感じじゃないし。
人間嘘発見器、ここに極まれりというところか。
マナヤは諦め、溜息をついた。
「はぁ。……ま、仕方ないッスね」
「マナヤさんには苦労をかけますが、どうかよろしくお願いします」
テナイアが、意味深に目くばせした。
くれぐれも油断はせぬように。そんな、警告にも似たものを目だけで伝えてきた。
(……万が一、召喚師解放同盟に関わっていそうなら、すぐに対処しろってことか)
怪しいことには違いない。
しかし現状では、災難に巻き込まれた一般人の可能性の方が高い。見捨てるわけにもいかないだろう。
面倒なことになった、とマナヤは頭を抱えた。
◆◆◆
パトリシアがテナイアに連れられ、宿へと移しに行った後。
マナヤは、テオに替わろうとして……
「マナヤ」
「アシュリー?」
アシュリーに呼び止められた。
シャラは、パトリシアのために生活用の錬金装飾を取りに行っており、ここにはマナヤとアシュリーの二人だけだ。
が。
「……アシュリーお前、ホントに良かったのかよ。突っぱねてもよかったんだぞ?」
アシュリーの顔を見て、即座にそう言い放った。
彼女は、不安そうな表情を隠しもしていない。
「そんなわけにも、いかないでしょ。酷い目にあった人なんだから」
そうは言いつつも、アシュリーは気まずそうに視線を逸らしてしまう。
マナヤは小さく苦笑。そして。
「大丈夫だ」
「えっ……ま、マナヤ?」
ふわ、と正面からアシュリーを優しく抱きしめた。
「言ったろ。俺が傍にいて欲しいのは、お前だけだ」
「……ん。信じてる」
少し湿った声で、アシュリーが耳元で囁いた。
「それにね、嬉しかったんだ」
「あ?」
アシュリーが体を離し、満面の笑顔になってマナヤを見つめてくる。
「あたしに、『心を捧げてる』んだっけ?」
「ッ!?」
「キザだけど、なかなか素敵なセリフだったわよ? あんたもそんなセリフが言えるのね」
今更ながら恥ずかしくなり、赤面してしまうマナヤ。くすくすとアシュリーがからかうように笑ってくる。
――え、えと、ごめんマナヤ。さっさと引っ込んでおけばよかった……
(てっ、テオ!?)
気まずそうに、頭の中に響く声。テオの存在をすっかり忘れていた。
「マナヤ?」
様子がおかしいことに気づいたか、こてんと首を傾げてくるアシュリー。
「……テオに、見られてる」
「あー。……ふふっ、いいじゃない。見せつけてやりましょ」
「お、おい!?」
すると、アシュリーはマナヤの頬を両手で包むようにして、目を覗き込んでくる。
「テオ、聞こえてるー? 『心を捧げてる』って言われるの、結構良いわよ? あんたもシャラに言ってあげなさい」
「ちょっ、アシュリー!?」
先ほどまでの、不安そうな表情はどこへやら。
屈託のない笑顔を見せ、いつも通りの調子を取り戻したアシュリーに安心しつつ、マナヤは照れ隠しに頬の手を引きはがした。




