14話 下積みと子どもと
※5/6、微改訂
次の日、召喚師用の集会所にて。
「……合格者、ゼロ。ま、当然だな」
ぽん、と紙束を手のひらに叩きつけるマナヤ。セメイト村所属召喚師達が今朝のテストで書いた、ステータス表答案用紙だ。
「し、しかしだねマナヤ君。あんな馴染みのないものをたった一日でなど――」
「約束だ。お前ら全員、今後は文句を言わず俺の指導に従ってもらうぞ」
抗議しかけた中年召喚師の言葉を遮り、マナヤは無慈悲に言い放つ。
「あと、このステータス試験は毎朝やるからな。全員合格しない限り、指導はどんどん厳しくなっていくと思え」
「ちょ、ちょっと待て、横暴じゃないか! 約束だなんて、そっちが一方的に押し付けてきたんだろう!」
そこでがたりと立ち上がって文句を言ってきたのは、若めの男性召喚師。カルだ。
「仕方ねえだろ。言ったはずだぜ、文句があるならそこの騎士サマに言え」
冷徹に言い切り、くいっと自分の背後を親指で指し示すマナヤ。
今日この指導に監視に当たっていたのは、昨日の白魔導師ではない。ディロンと呼ばれていた、目つきの鋭い黒魔導師だ。無表情ながら、底冷えするような恐ろしい視線でじっと指導の様子を見つめてくる。
(昨日の一件で何か言われるかと思ったけど、何もねえな?)
多少、強引なやり方である自覚はあった。
が、今も騎士隊へ責任を押し付けるようなこちらの発言に、黒魔導師ディロンは特に何も異議を唱えない。ならこのままでいいかと、マナヤは小さく咳払いする。
「ってワケで、さっそく今日の講義を始めるぞ」
「ちょっ!? まだこれ以上詰め込めっていうんですか!?」
今度は目の下に隈を作った、緑おかっぱの女召喚師が悲鳴に近い抗議を上げてくる。ジェシカといったか。
「まだあと九日間もあるんです! せめてもうちょっとゆっくり――」
「逆だ! あと九日間しかねぇんだ、そんなチンタラやってられるか! お前らに言いたいことはまだまだ山ほどあんだぞ!」
その女召喚師に指を付きつけながら宣言するマナヤ。
十日間で目に見える程度には成果を上げねばならない。しかも、スタンピード第二波がいつ来るかもわからない状況なのだ。
「……お前らが聞いてるかは知らねえが、この体の……『テオ』の記憶じゃ、この村は先日のスタンピードで滅びてる」
一同が、息を呑む。
マナヤがちらりと後方を確認。監視にあたっている黒魔導師ディロンが、片眉を吊り上げていた。だが彼がこちらを止める様子がないのを見て、マナヤは正面へ向き直る。
「だから、俺がこっちに来たんだ。俺は元の世界で、”遊戯”を通して、何度も『死ぬ』ような戦いを死なずに繰り返してきてる。俺の知識は、何度も死ぬような体験からくる経験みてーなもんだ。それを、お前らに教えるって言ってんだよ」
「……し、しかしマナヤさん」
村の召喚師のまとめ役をしている中年召喚師が、震えるように声を絞り出す。
「なんだ」
「ス、スタンピードはもう終わったんです。我々がこれから強くなることに、意味はないのでは」
「いや。きっとこれからお前らが強くなることが、必要になる」
「え? それは、どういう――」
「マナヤ」
後方から鋭い声。
ディロンという黒魔導師だ。視線だけで人を殺せそうな、険しい目つきを向けてくる。
(……はいはい、言っちゃダメなんだな)
ふう、とマナヤはため息。
そして若い男性召喚師、カルの方へと視線を向ける。
「あんたは昨日、言ったな。遊戯の知識なんざ信用できねえと。だが俺はその戦術の正しさを、自分の体で証明したぜ。お前さんは、自分の意見の正しさを証明できんのか? 人死にを抑えるために何もしてないお前らが、ちゃんと自分の行動で示せんのか?」
「だ、だが」
しかしカルではなく、先ほどの中年召喚師が口を挟む。
「我々はその、マナヤ君のように『優秀』じゃないので――」
「なら、優秀になれ」
皮肉の篭った彼の言葉を、マナヤは一蹴。リーダー格のその中年召喚師は二の句が継げず、周囲も押し黙るのみ。
「……よし。じゃあ講義を始めるぞ。まずは、補助魔法の重要性についてだ」
召喚師たち全員が、怪訝な表情を浮かべる。
それを無視し、さっそく説明を。
「召喚師ってのは、お前らが思ってるような魔物使いじゃねぇ。魔法使いなんだ。適切なモンスターを召喚しつつ、それで対応できないような敵が現れたら、モンスターを追加するよりなるべく補助魔法で対応した方が良い」
「ま、待ってください」
ここで、また中年召喚師が手を挙げてマナヤを遮ってくる。
「補助魔法といえば、三十秒しか効果が保ちません。それなら、恒久的に戦力になる、新たなモンスターを追加で召喚した方が良いことは明らかではありませんか?」
「確かに三十秒しか保たねえな。だが、その三十秒こそが重要なんだ。その間に、モンスター一体分と同等、もしくはそれ以上の戦果を発揮できたとしたら、どうだ?」
召喚師たちが、マナヤを怪訝な顔で見つめた。が、構わずに説明を続ける。
「一番わかりやすい例が、『獣与』系の魔法だ。モンスターの攻撃に属性攻撃力を追加する魔法だな。この魔法は、かけた瞬間のモンスターの攻撃力が二倍になる」
「二倍、ですか? そこまで高いとは聞いておりませんが……それに、かけるたびに効果量が変わっているという話です」
「ああ、そんな風にも見えるかもな。なにしろ獣与系の魔法ってのは、かけた瞬間の威力が最大で、時間経過で徐々に効果が薄れる」
つまり、かけた瞬間の攻撃力は十割増しになっているが、効果時間の半分、つまり十五秒が経過すると五割増し程度まで低下してしまっているということだ。この世界の人間からすれば、たしかに効果量が一貫していないように見えるかもしれない。
「だからこそ、獣与系を使いこなしたいなら、攻撃を当てる直前に魔法をかける、ってのが重要になってくるな。俺は特に『電撃獣与』を多用してる」
「電撃獣与……たしか、モンスターに電撃攻撃力を追加する魔法ですな」
「ああ。こいつはモンスターの火力が上がるだけじゃねえ。『感電』といって、攻撃を命中させた瞬間、敵生物モンスターの動きを一瞬止めることができる」
そこまで言ってから、マナヤは背後のホワイトボードのようなものへ向き直った。
黒い棒状の魔道具を手に取る。じわり、とその魔道具の先端が溶けた。筆記具の魔道具だ。
「たとえば、冒涜系の下級モンスターであるリーパー・マンティスに使う場合を考えてみろ。リーパー・マンティスの『連撃速度』はいくつだ?」
「えっと、確か〇.六秒です。全モンスターの中で最速でしたよね」
「そうだ。あんたは憶えてたか」
問いに答えたのは、緑髪のおかっぱ女性。マナヤは筆記の魔道具を使い、その数字をホワイトボードのようなものに書き記す。
連撃速度、というのは、モンスターが攻撃一発にかかる時間のことだ。つまりリーパー・マンティスというモンスターは、〇.六秒につき一回攻撃できるということになる。これもマナヤが書いたステータス表に載っていた。
「そして電撃獣与の『感電』効果は、攻撃を当てた敵を〇.四秒止めることができるんだ」
「〇.四秒……あ、あれ? それじゃ」
「わかったか? リーパー・マンティスに電撃獣与がつくと……」
マナヤはボードに、〇.六秒と〇.四秒を示す二本の横線を引く。
長さが比較できるよう、その二つを縦に並べていた。下の線は、上の線の約三分の二ほどの長さになる。
「〇.六秒につき一回、敵の動きを〇.四秒止める攻撃を叩き込み続けることができる。つまり」
「敵の反撃も三分の一に減らせる、ってことですか!」
「そういうこった。ま、これは連撃速度が早いリーパー・マンティスならではだがな」
敵は〇.六秒中、実質たった〇.二秒しか動けないということになるのだ。
召喚師全員が驚きに顔を上げていた。したり顔でマナヤは続ける。
「電撃獣与の強みは、かけるだけで攻撃強化と敵の弱体化を両方できることだ。敵を素早く処理するだけじゃなく、こっちの損耗を抑えることもできる」
「『感電』で敵の攻撃も抑えられてるから、こちらの召喚モンスターが削られにくい、ってことですね?」
「それもあるが、単純に火力強化で敵を素早く倒せるからってのもデカいな。敵が早く死ねば、その分こっちが攻撃を食らう数が減る」
いわゆる『攻撃は最大の防御』だ。極論、攻撃を食らう前に敵を処理することができれば、守りを固めるよりも被害が少なくなる。
「特に中級モンスターや、それ以上のモンスターを使う場合には効果的だ。中級モンスターを召喚するには、並の補助魔法二回分のマナが要る。もし、中級モンスター二体でようやく相討ちにできるような敵を、中級モンスター一体と補助魔法一発だけでうまく相討ちに持ち込めたとしたら、どうだ?」
「……補助魔法一つ分のマナが、浮く?」
「そうだ」
実際のMPでいうと、中級モンスター召喚の消費MPは200、並の補助魔法は消費MP100といったところ。
中級モンスター二体ならば消費MP400。
中級モンスター一体+補助魔法一回なら消費MP300。
どちらの場合でも敵を〝相討ち〟に持ち込めるならば、後者の方が消費MPは少なくて済む。
「火力を高める以上の効果がある獣与系魔法なら、それができる。モンスター同士の戦いだけじゃねーぞ。この世界なら、補助魔法のかかったモンスターを使って、前線で戦ってる仲間への援護も可能だろうよ」
召喚師たちが、戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。そんな彼らの様子を無視し、マナヤはそのまま得意げに説明を続けた。
「いいか? 一時的にでもモンスターを強化する魔法ってのは、ただ直観的だけじゃすまねぇ効果があるんだ。そういう所を、徹底的にお前たちに叩き込んでやる。例えば他の獣与系魔法、精神獣与ってのには『混乱』っつう効果があって――」
◆◆◆
「――よし。んじゃお前ら、明日のステータス試験の準備もしとけよ」
その日の指導が終わり、マナヤは先んじて集会所を出る。
後ろから他の召喚師達もついてきた。一様に目の焦点が合っていない。大量の情報を一気に叩き込まれ頭がパンクしているのだろう。
「あれ、マナヤ?」
「アシュリー? 『間引き』帰りか?」
そこへ声をかけてきたのは、アシュリー。
ジャケットを脱いで片手に引っ提げ、もう片手に汗を拭くためであろうタオルを持っている。赤いサイドテールが煌めく姿が、やけに夕日に映えていた。
「ああそっか、召喚師たちの指導を始めたんだっけ? うまくいきそう?」
「おう。昨日はアレだったが、今日はまあ前進できたんじゃねーかな」
マナヤがそう答え、後ろの召喚師達を見やる。
(って、まだビクビクしてやがるのかこいつら)
剣士であるアシュリーが居るからだろうか、一気に目が澱みどこか怖気づいたように身をすくめている。
当のアシュリーは飄々としており、「んー」と考え込むようにタオルを提げた手を顎に当てた。
「でも、召喚師って訓練なんてできないって聞いたわよ? 何をやってんの?」
「座学だな。モンスターの能力と、あとは補助魔法のことについて解説してきた」
「門外漢のあたしが言うのもなんだけどさ。戦いってのは、下手に勉強するより訓練や実戦あってこそだと思うんだけど」
根っからの剣士らしいアシュリーの物言いだ。
「召喚師にとって座学ってのは、剣士の訓練みてーなもんだよ。訓練で、色んな動きに体を慣らすだろ?」
「ええ」
「それと同じさ。召喚師の勉強ってのは、状況に応じた反復練習や、その予行演習みたいなもんなんだよ」
「ふーん……?」
そんなもんなのかしら、と首を捻りながらつぶやくアシュリー。
(実際、基礎知識が充分ついたら反復練習『っぽい』のをやらせるつもりだしな)
マナヤにとってはそれこそが召喚師指導の本番だ。
「……ん?」
アシュリーと並んで、他クラスの集会所が密集している地点を通る。ちょうどその時、建物の角から集団が現れマナヤたちと鉢合わせた。
「あ……しょ、召喚師……」
「は、離れましょ」
途端に、露骨に目を逸らしたり距離を離そうとしてくる。
(くそ、またこのパターンか)
昨日の指導開始時、皆で南門へ向かった時にも見た光景だ。
「おい、失礼じゃないか。あの子、テオくん……じゃなかった、マナヤさんだっけ? スタンピードを抑えてくれたんだぞ」
「そうですよ、何もそんなに避けなくたって」
「そ、そうは言っても。あいつら、辛気臭いし……」
「こ、こっちの気まで滅入ってきちゃいそうだもの」
一団の中には、こちらを擁護してくれる者もいる。が、やはり否定派の方がずっと多い。
後方の召喚師達をちらりと確認するマナヤ。思った通り彼らは、悲しそうに、しかし諦めたように顔を伏せていた。
「……感じ悪いわね」
ぽつりと、隣からアシュリーのそんな呟きが。反射的にマナヤは振り向く。
「おい、そう言ってやるな。こいつらだってこんな扱い受けてりゃ――」
「召喚師さんたちのことじゃないわよ。あいつらの話」
彼女がくいっと顎で指し示したのは、距離を取るように大回りしながらすれ違う一団。あちらにも聞こえたのか、一瞬目が合うと彼らは気まずそうに目を逸らしていた。
アシュリーが眉間にしわを寄せる。
「自分の方に向けられてるのを見て、初めてわかったわ。ああいう目で見られることが、どれだけ人を不快にさせるのか」
「アシュリー?」
「あたしも、反省しないとね。ちょっと前までは、あたしだって召喚師さんたちを同じ目で見てたんだから」
表情を曇らせた彼女は、目を閉じて一つ深呼吸。
そして、こちらを避けようとする前方の一団を鋭く睨みつけると……
「ちょっと、あんたたち――」
「あっ、おにいちゃん!」
アシュリーが彼らへ怒鳴りかけたその時。一団の中から、小さな少年が飛び出してきた。
「ちょ、ちょっとウィル、だめだって!」
真っすぐにマナヤの元へと駆け寄ってくる少年。直後、一人の少女も慌てて追うように駆け寄ってきた。背はずっと高いが少年と面立ちが似ているということは、姉だろうか。
足元まで駆け寄ってきた少年の顔は、マナヤにも見覚えがあった。
「あんたは……」
「おにいちゃん、おとといは助けてくれてありがとう!」
スタンピードの晩、ミノタウロスに襲われかかっていたのをマナヤが身を挺した救った、あの少年だ。屈託のない笑顔でこちらを見上げてくる。
「ウィル、だめでしょ! 召喚師に迂闊に近寄ったりしちゃ!」
「え、どうして?」
「ど、どうしてって……」
慌てて駆け寄ってきたのは、マナヤ……正確にはテオと同じくらいの歳らしき少女。姉だろうか。
ウィルと呼ばれたその少年は、キョトンと不思議そうに姉を見つめ返していた。
「ひとに助けられたら、ちゃんとお礼をいうのがふつうじゃないの?」
曇りの無い瞳で、姉をまっすぐ見つめ返しながらそう言い放つ少年。
姉は息を呑み、二の句が継げずにいる。背後の一団も困りきって顔を見合わせていた。
「……ッはは」
逆に思わず破顔してしまったマナヤ。
すっとしゃがみ、少年と目線を合わせる。
「あんた、ウィルっていうんだな」
「あ、うん」
「そうか。えらいぞ、ウィル。お前もちょっとした英雄だな」
わしわしと、少し乱暴に少年の頭を撫でた。
「わぷ……えいゆう? ぼくが?」
「だって、そうだろ」
ちらりと、少年の後ろにいる一団を見やりながらマナヤは続ける。
「周りの意見に流されず、自分が正しいと思うことをしっかりやれたんだからな。大したもんだよ」
目をぱちくりとさせた少年。
屈んだままマナヤは、そんなウィルの頭ほどの高さに手のひらを上げた。
「……? えっと、ばいばい?」
「はは、そうじゃねえよ。こうするんだ」
不思議そうな顔で手を振ろうとする少年に苦笑し、マナヤが手のひらを突き出す。
ぱしっと小気味よい音が響いた。
「?」
少年は首を傾げて、今しがた打ち鳴らされた自分の手をまじまじと見つめている。
そこで隣にいるアシュリーが屈み、抑えめの声でマナヤに訊ねてきた。
「ちょっとマナヤ、今のなに?」
「は? なにって……ああそうか、こっちの世界にゃ無えのかコレ」
慌ててテオの記憶をざっと漁り、把握。少年に向き直り、改めて説明する。
「〝ハイタッチ〟っつってな。俺の世界の風習で、お互いに『良くやった』って称え合う時にやるんだ」
へえ、と隣のアシュリーが感心するような声を。
不思議そうな顔をしていた少年だったが、徐々に彼の表情が嬉しそうなものへと変わっていく。
「おたがい、よくやった……うん、うん! あの、もういっかい!」
「おう」
マナヤは再度、自分の手のひらを顔の高さへ。今度はウィルの方から手を突き出してきた。ぱしん、と良い音が鳴る。
楽しそうな笑顔を見せる少年に、マナヤもニッと歯を見せて笑ってみせた。
「……」
「ん?」
ふと気づくと、ウィルの姉や奥の一団が驚いたようにマナヤを凝視してきている。
「なんだ?」
「みんな、あんたの笑顔が珍しいのよ」
首を傾げていると、軽く屈んだアシュリーがクスッと笑いながらそう耳打ちしてくる。
「召喚師って、あんまり笑わないから。そんな風に明るい目で笑うあんたの表情に驚いてるんだと思う」
「……あー」
背後の召喚師たちが視界に入る。目が澱み、世の中の全てに絶望しているような表情をしている彼ら。
そこでウィルが急に「あっ」と声をあげた。
「そうだ、畑しごとのおてつだいに行かなきゃいけないんだ! おにいちゃん、またね!」
「おう、またなウィル!」
ウィルが満面の笑顔で手を振りながら駆け出す。
そういえばこちらでも手を振るのはバイバイの合図なのか、と実感しつつマナヤも手を振り返し見送った。残った者達も少し気まずそうにしながらすごすごと立ち去っていく。
「子供は雷、ってね」
ぽつりとアシュリーが呟いた。
「あ?」
「聞いたことない? 希望いっぱい元気いっぱいな子供たちを現す言葉よ」
この世界における『子供は風の子』だろうか。
「……ね、それよりマナヤ」
と、アシュリーがうずうずとした様子で、手のひらを顔の高さに上げてきている。
興味しんしんで、期待するような目線。苦笑し、マナヤも手を上に掲げた。
――とんでもない破裂音。
「痛ってええええ!?」
「あっ、ごっごめん、強すぎた?」
叩かれた手を押さえ、うずくまってしまうマナヤ。
アシュリーはおろおろとしながら自分の手とマナヤを見比べている。これが『クラス』の差なのか、剣士である彼女は細腕でもかなりパワーがあるようだ。
「ち、ちったあ加減しろ!」
「ごめんってば」
いまだジンジンとしている右手を振りながら、マナヤが立ち上がる。
ようやくホッとしたらしいアシュリーは、自分の手を改めてじっと見つめていた。
「ふーん、ハイタッチかあ。確かにコレ、気持ちいいかも! いい風習ね」
「お、おう、加減さえすりゃな。そういや、こっちの世界にゃそれに相当する仕草とかねえの?」
「称え合うんでしょ? あるわよ、こうするの」
「ああ、サムズアップか。それなら俺の世界にもあったぞ。あとお互い拳をコツンとぶつけるのとかはどうだ?」
「あ、それもあるある。そういうとこは同じなんだ? 面白ーい」
談笑しながら歩みを再開する二人。
ふとマナヤが振り返ると、召喚師たちが後ろから羨ましげに見つめてくる。釣られてアシュリーも身体ごと振り返ると、彼女は思い出したように足を止めた。
「召喚師さんたち、今までごめんなさい」
「あ、アシュリー殿?」
急に謝罪するアシュリーに、リーダー格に当たる中年召喚師が戸惑いの声。
「あたしもずっと、あなた達にああいう態度を取り続けてちゃってたのよね。謝って済む問題じゃないけど……ごめんなさい」
「い、いえそんな……」
「あ、謝られることじゃありませんから」
「アシュリーさん、もう気になさらないでください」
一様に慌てる召喚師たち。まさか『クラス』の花形である剣士に、このように謝られるとは思っていなかったのだろう。
(……『辛気臭い』『こっちの気まで滅入ってくる』、か)
そんな中、マナヤは先ほどすれ違った一団の感想を思い出す。
あの意見も一理ある、とは思っていたのだ。指導初日にここの召喚師たちと顔を合わせた時、まさに同じ印象を抱いた。
(だとしたら、やっぱそこからイメージを変えるべきか?)
彼らがこんな表情になる理由。それはもう明らかだ。
まともに活躍することはできない『召喚師』というクラス。自らは戦わず、あまつさえ人殺しのモンスターに代わりに戦わせる立場という、自身の卑下。
(こいつらにゃ、自信ってモンが無えんだ。それをどうにかするためにも、早く本番に辿り着かねえとな)
マナヤの考える、召喚師指導の『本番』。
それが解決の糸口になるはずだ。




