134話 三方の分断戦 相棒
ディロンとテナイアの世界が広がった。
この森のすべてが『観える』。森の奥に潜み、移動を繰り返しながらモンスターを通してこちらの様子を伺っている召喚師達の位置も。そして、テナイア達を襲っている召喚モンスターや召喚師達の行動も、全て。
「【ロストフォーチュン】、【ゲイルフィールド】」
ディロンは、上空へと手を向け呪文を放った。
敵を脱力させ、攻撃能力を低下させる緑の霧を放つ『ロストフォーチュン』、および敵を鈍化させる紫の旋風を放つ『ゲイルフィールド』。それぞれが、適確に仲間を避けてモンスター達だけに器用にまとわりついていた。
本来の効果範囲、射程距離をはるかに上回る広域に展開されている。
「【ウォールブレイカー】」
さらに、黄色い霧を発生させる『ウォールブレイカー』。敵の体表を腐食させ、耐久能力を低下させる黄色い霧は、召喚獣らの体に纏わりつき溶かしていく。
「【ウェイブスラスター】」
さらにディロンは左右へ腕を広げた。
どこまでも届く衝撃波。スカルガードやフライング・ポリプ、合獣キマエラなどを、一気に全方位へ吹き飛ばしていた。
「【ブリッツバラージ】」
続けさまに天へ手を掲げる。ディロン達を遠巻きに取り囲んでいた召喚師達の真上から稲妻が発生し、追尾するように落雷。テナイアとの共鳴『千里眼』によって、見えない位置の召喚師すら射貫いていった。
黒魔導師どころか、弓術士ですら射程圏外であるはずの位置。しかし今のディロンには関係ない。
〈ぐぁっ……あ、貴方、一体何をしたのです! くっ〉
ダグロンが操る『レイス』から、憎々しげな声が発せられた。
直後、妙におしゃべりだったレイスが急に沈黙。情報を与えないつもりか。
(無駄だ)
ディロンには全てが視えていた。ダグロンの企みも、何を波状的に仕掛けようとしているのかも。
「【スタンクラッシュ】」
敵を吹き飛ばす魔法、これを虚空に向けて撃ち込むディロン。
森の奥で、何かが弾け飛ばされた音が響いた。跳躍爆風で跳ばされてきた合獣キマエラを、逆に召喚主であるダグロンの元へと弾き返したのだ。
次の瞬間、ディロンは側面を見やる。
こちらへやってきたのは、猫機FEL-9だ。バチバチと危険そうな火花を放つそれが、ディロンの足元へとやってくる。自爆指令がかかっているようだ。
(見えているぞ。迎撃を――いや)
一瞬身構えたディロンだが、ふとニッと唇に弧を描いた。
猫機FEL-9へかざした手を、下ろす。
「【ブラストナパーム】」
その手を、別の方角へと向けた。
ディロンの脳裏に浮かび上がる。テナイアを攻撃しようとしていた『シルフ』、そしてその召喚主が、ブラストナパームの爆炎に包まれる様子が。
直後、ディロンの足元が紅く光った。
猫機FEL-9の全身が赤熱し、大爆発。ディロンは為すすべもなく爆炎に包まれ、燃え盛る火球に押し閉じ込められる。
「――【ルナイクリプス】」
が、爆炎の中からディロンの手が伸びた。
その先に、黒い闇撃の塊が発生。攻め込んできていたフライング・ポリプとスカルガードの群れへと、闇撃の上級魔法『ルナイクリプス』が飛び込んでいく。
まずフライング・ポリプに着弾。
同時にその黒い塊は、枝が生えるかのように拡散した。味方である騎士たちを器用に避け、フライング・ポリプとスカルガードらだけを的確に射貫く。
(いいタイミングだ、テナイア)
爆炎が引いた中から、何事もなかったかのようにディロンが姿を現す。
まったくの無傷だ。彼の体を取り巻いていた、強力な白い結界が壊れる。
テナイアが結界魔法を張ってくれた。
猫機FEL-9の爆発から、ディロンを守るために。
ディロンは視線を流す。その先に、透明なはずのフライング・ポリプの姿が浮かんで視えた。
すでに奴は、虫の息。それでもなお、そのフライング・ポリプは騎士隊のただなかに飛び込み竜巻を放とうとしている。
(大丈夫だ)
が、ディロンに焦りはない。
彼の心に呼応するように、騎士隊は白い半球の結界に覆われた。フライング・ポリプが放った竜巻が弾かれる。
急な結界魔法に戸惑う剣士たち。だがこれを勝機と見たか、彼らはいっせいにフライング・ポリプへと斬りかかった。
その時、ディロンの脳裏にテナイアの声が。
――【スペルアンプ】――
「【インスティル・フリーズ】」
合わせるように、ディロンも剣士隊へと手をかざした。
剣士たちの剣が、冷気を纏う。テナイアが使ってくれた増幅魔法に合わせ、強化された冷気の付与魔法を剣士たちにかけたのだ。
極寒の冷気が取り巻くその剣が全て、フライング・ポリプを捉える。寄生虫のようなその体が凍りつき、砕け散った。残ったのは魔紋のみ。
――防御は、考える必要がない。
語らずとも、きっとテナイアが自分達を守ってくれる。
(信じている、テナイア)
不思議な一体感に身を委ね、ディロンは攻撃に専念した。
◆◆◆
「――今しかありません、脱出しましょう。入り口の壁を取り払って下さい」
テナイアが、ふわりと目を開いた。
洞窟内の者達を見渡し、そして安心させるような笑みを浮かべる。アロマ村長代理や他の騎士達は、虹色の燐光に包まれている彼女の姿に見惚れていた。
「て、テナイア様? その光は、もしや……」
「詳しい説明は後です、行きましょう。大丈夫です、ディロンが敵を排除してくれます」
確信に満ちたテナイアの笑顔に困惑するも、すぐに頷きあう女性騎士たち。そのうちの一人、建築士が入り口をふさいでいた壁を撤去した。
直後、テナイアが叫ぶ。
「【レヴァレンスシェルター】! 行きます!」
騎士隊の者達に、半球状の結界が展開。
まずテナイアが単身突撃した。入り口に待ち構えていた『レイス』が黒いモヤを放つも、それを造作もなく振り払いすり抜ける。
シルフの攻撃は、来ない。既にディロンがそれを始末してくれた所を、テナイアは視ていた。
「さあ、こちらです」
と、レイスを挑発するように振り返る。
テナイアへと振り向いたレイスは、自身の攻撃射程外ギリギリに立っているテナイアに近づくべく前進。しかしテナイアはそれに合わせるように即後退した。つかず離れずの距離をキープする。
レイス自身の移動性能は低い。時流加速でもかけられない限り、テナイアの足でも追いつかれることは無い。
「今です! 脱出を!」
充分に距離が取れたところで、洞窟内へと叫んだ。
入り口から、被害者女性を支えた女性騎士達が飛び出してくるのが見える。半球状の結界『レヴァレンスシェルター』が、彼女らの動きに追従していた。本来は『張った位置から動かす』ことなどできないのだが、『共鳴』の効果を受けている今のテナイアならばこそれも可能。
テナイアはレイスを引きつけつつ、ひっきりなしに呪文を唱えた。
「【ライシャスガード】、【レヴァレンスシェルター】、【ディスタントヒール】、【スペルアンプ】」
脳裏に浮かぶ森の状況を確認。
敵の召喚獣が、脱出してきた女性騎士らを攻撃し結界を破壊するが、即座に張り直される。ディロン側へも結界魔法や遠距離治癒魔法、魔法増幅などを放つのも忘れない。
絶え間なく降り注ぐ雷や炎、氷の槍。
潜んでいる召喚師解放同盟の召喚師や召喚モンスターへ向け、ディロンが攻撃魔法を撃ちこみ続けているのだ。
村の方角へと被害者女性を護送している女性騎士達にも、モンスター達が差し向けられていた。が、それらもディロンの攻撃魔法により粉砕される。
テナイアは、意識を自分の前方へ戻した。
既に目の前のレイスは、紫色の防御膜が消えていた。精神防御をかけなおし損ねたのだろう。そこへ突然、真上から黒いエネルギーの玉が降ってきてレイスに直撃。
ディロンの『エーテルアナイアレーション』だ。レイスはひとたまりもなくマナを削り切られ、消滅した。
(ありがとう、ディロン)
あとは自分たちもディロンの元へ合流しにいくだけだ。
そっと目を閉じるテナイア。自分の斜め後方から、飛行モンスターが飛んでくるのが視えた。鷲機JOV-3だ。
杖を取り出して迎え撃とうとするも、直後愛しい人の意識が向いているのを感じる。テナイアは、そっと杖を降ろした。
鷲機JOV-3の突進。
だが、その進路上に炎の槍が発生した。鷲機JOV-3がテナイアに到達する前に、その炎の槍に貫かれ魔紋へと還る。
(信じています、ディロン)
語らずとも、きっとディロンが敵を処理してくれる。
それを信じて、テナイアは守りに集中した。
◆◆◆
「ちょ、ちょっと、何、コレ……?」
採石場。
アシュリーは油断なく剣を構えながらも、状況が一変した敵陣の様子を茫然と眺めていた。テオも、目の前の光景に狼狽えるばかり。
「ぎゃああっ!?」
「が、はっ……」
「く、このっ、一体どこから……!」
召喚師や召喚モンスター達に次々と魔法の槍が降り注ぐ。
炎、氷、雷、闇と、モンスターに合わせて個別に振り分けられていた。召喚師に対しては、精神攻撃魔法と思しき塊が叩きつけられている。
「こ、このっ、【行け】! ……だ、だめだ、やっぱりまだ!」
一人は、また召喚獣に突撃命令を下している。
が、召喚獣はやはり開拓村の方角へと突撃しようとするばかりだ。まだ竜之咆哮の効果が続いているのだろう。
「ぐ……この威力、ディロンか!?」
一番狼狽えているのは、トルーマン。
「一体どういうことだ、ディロンめは足止めされているはず! ダグロンは何をして――がふッ」
何の前触れもなく、突然目の前に出現する炎の槍に打ち据えられ、トルーマンはもんどりうつ。
傍らにいるヴァスケスが、空中に突然現れた別の炎の槍を見とがめた。
「くっ……そこだ! 【火炎防御】!」
ヴァスケスは巨大なワニ型の上級モンスター『ギュスターヴ』に向け、防御魔法を放っていた。
ギュスターヴへと命中した火炎の槍。しかしそれは反射され、森の奥のあらぬ方向へと飛んでいく。
「あの方向に……いやしかし、この近場にはいない! 黒魔導師の射程ではないはず、なのになぜ攻撃できる!?」
ヴァスケスは歯噛みしていた。
反射された魔法は、攻撃者がいる方向へと跳ね返っていくようになっている。その方角を見て冷静に分析しようとしてはいるが、やはり答えは見つからないらしい。
〈【レメディミスト】〉
どこからともなくテナイアの声が。
すると突然、清浄な霧がテオ達を取り巻いた。アシュリーやテオ、そして倒れている村人の負傷へも集束していき、治癒していく。
「ん……あ、あれ? 私達、どうしてたの?」
「こ、これは一体……?」
「あ、あれ? うわっ、なんだこの敵の数!?」
「ぐ……けほっ……な、なんだこりゃ! どうなってんだよ!?」
間引きメンバー達が意識を取り戻した。
召喚師解放同盟達と、その召喚モンスターが魔法の槍にあたふたとしている様子を見て仰天している。
ふとテオは空を見上げ、叫んでみた。
「ディロンさん、テナイアさん!? お二人の力なんですか!?」
届くかどうかはわからなかった。
が、それに返答するよう二人の声が頭に響いてくる。
〈なんとか無事か、アシュリーにテオ!〉
〈良かった、アシュリーさん……貴女まで、流血の純潔を散らさずに済んで〉
「えっ、ディロンさん!? テナイアさん、ホントに!?」
アシュリーが左のこめかみを押さえ、空を見上げながら問いかけていた。彼女にも聞こえているようだ。
とたんに、驚愕に満ちたディロンの声が。
〈!? アシュリー、私達の声が聞こえるのか!?〉
「は、はい、聞こえてますよディロンさん! なにこれ、どうやって! どこにいるんです!?」
周囲を見回しながら答えるアシュリー。
ディロンの、安堵したような思念が伝わってきた。
〈そうか。君たちが無事で、なによりだ。だがアシュリー!〉
「へ!? あ、はい!」
〈君は何をしようとしていた!? 言ったはずだ、人を殺せば人ではなくなると!〉
「そ、それはわかってますけど、でも!」
このような状況だというのに、口論を始めてしまう二人。
竜之咆哮があるとはいえ、召喚師解放同盟の手前だ。テオは二人を諫めようとするが……
――……アシュ……お前まで……殺しちま……?
頭の中から突然、もう一人の自分の声が。
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げてしまうテオ。
すると、テナイアの優しげな声が脳裏に響いてきた。
〈テオさん、どうされました〉
「そ、それが! 今、マナヤの反応がありました! 今までずっと閉じこもってて何も感じなかったのに!」
テナイア、そしてディロンの驚きの思念が伝わってくる。アシュリーも思わずテオへと振り向いていた。
〈……そういうことか〉
静かなディロンの声が届く。
〈おそらくこの共鳴、私とテナイアが望むあらゆる場所、あらゆる相手を『視』て、声を届けることができる。つまり――〉
〈今なら、テオさんの中に閉じこもってしまったマナヤさんにも、私達の声が届く!〉
光明を見出したかのようなテナイアの声。
しかし、その直後。
「――【行け】」
ヴァスケスの声。
今までこちらへ攻撃してこなかったギュスターヴが、テオらへと向き直った。
「トルーマン様、いけます! 竜之咆哮の効果が終了したのでしょう!」
「ッ、ならば突撃だ! 【精神防御】、【行け】!」
ヴァスケスの助言を受け、トルーマンが吠える。
精神防御によって延命されたレイスが動き出した。ヴァスケスのギュスターヴも動き出す。
〈させん。テナイア〉
が、それを察したディロンたちが動く。
〈【スペルアンプ】〉
〈【エーテルアナイアレーション】〉
テオらの頭上に、巨大な黒い塊が生み出された。
精神攻撃の上級魔法が、トルーマンの頭上へと迫っていく。
が。
「――【精神防御】【跳躍爆風】」
ギュスターヴがジャンプし、庇う。
ヴァスケスがとっさに補助魔法で跳ばしたのだ。
〈なに〉
ディロンの驚きの声。
トルーマンの頭上から迫ったエーテルアナイアレーションに、空中で割り込むギュスターヴ。黒い塊が炸裂するも、紫色の防御膜によって弾かれた。
「――なめるな、ディロン。どこから攻撃しているのか知らんが」
ヴァスケスが虚空へと吐き捨てた。
地鳴りと共に着地するギュスターヴを背景に、青い前髪が怒りにゆらめいている。
「我々はこれまで、いつどこから来るかもわからん野良モンスターの襲撃に、この身一つで耐え抜いてきたのだ。建築士の防壁や、弓術士の索敵能力に甘えていた貴様らとは、格が違う」
彼の言葉通り、召喚師解放同盟の者たちは対応していた。
ディロンの魔法の発生位置を、見抜く。その攻撃方向を即座に見極め、召喚獣を盾にして凌ぎ始めていた。防御魔法などもうまく使っている。
トルーマンが目を血走らせていた。
「その通り、貴様らごときに後れを取る我々ではない! ディロン、テナイア、貴様らが姿を見せないならば、この小僧と女剣士の命を貰うまでだ!」
「【行け】」
トルーマンの怒号に合わせて、周りの召喚師たちも動き出す。
各々の召喚獣をテオらにけしかけ、そのまま彼ら自身も突撃してきた。巨大なワニ『ギュスターヴ』を先頭に、大量の召喚獣が迫る。
〈【ウェイブスラスター】〉
「甘い、【次元固化】」
ディロンの衝撃魔法に、ヴァスケスが反応した。
ギュスターヴの動きが、固まる。召喚獣を行動不能にする代わり、無敵化させるという補助魔法『次元固化』だ。
即座にその背後に隠れる召喚師たち。周囲一帯の敵を吹き飛ばす『ウェイブスラスター』は、ギュスターヴを包んだ三角錐のバリアによって弾かれてしまう。
「く、テオ下がってっ!」
舌打ちしたアシュリーが、飛び出した。
無敵化したギュスターヴを足蹴にし、跳び上がる。トルーマンが操るレイスの近くへと着地した。
レイスが、モヤを放つ。それをかいくぐり、アシュリーはレイスを他の召喚師たちの元へと誘導。先ほどのように誤爆を狙うつもりだ。
が、しかし。
〈いかん、だめだアシュリー!〉
焦るディロンの声。
直後、竜巻が立ち上った。透明化し潜んでいたフライング・ポリプの攻撃だ。突然発生したその竜巻に巻き込まれ、アシュリーの目が驚愕に見開かれる。
「く――」
〈【ライシャスガード】〉
テナイアが結界魔法を放った。
アシュリーの身体が白い防御膜に覆われ、かろうじて竜巻を弾く。
なんとか着地したアシュリー。
咳き込む彼女の背面から、風切り音が迫ってきた。スポーン・スコルピオが放った毒の棘が、まっすぐアシュリーへと飛んでいく。
〈早まるな、アシュリー! 【アイススリング】〉
ディロンが氷の礫を放つ。
アシュリー目掛けて飛んできた毒の棘を、弾いた。礫はそのまま突き進み、スポーン・スコルピオの甲殻を叩き割る。
〈我々がなんとかする、君たちは防衛に専念しろ!〉
「で、でも! ――くうっ!?」
ディロンへ反論しかけるアシュリーの言葉が、止まる。
側面から突撃してきたガルウルフだ。とっさにアシュリーは剣を突き出し、カウンター気味に狼を串刺しにする。
〈……マナヤさん、よく聞いてください!〉
その時。
テナイアが、切実そうな思念で語り掛けてきた。
〈貴方は決して、消えるべき人殺しなどではありません!違う価値観――変わってしまった世界の中でも生きていけるだけの、強い意志を持っておられるはずです!〉
〈待てテナイア、何を言うつもりだ!〉
ディロンの慌てた声が続く。
しかしテナイアは覚悟を決めたかのような声色で、なおも強い思念を伝えてきた。
〈貴方は、モール教官を攻撃しようとしたあの後、後悔しておられましたね。自分は何をしようとしたのか、と……マナヤさん、貴方に人間らしい心が残っている証拠です〉
――どくん
突然、テオのあずかり知らぬ所で心臓が冷たく鳴った。
(マナヤに、届いてるんだ。テナイアさんの言葉が)
頭の中の、岩戸。
その向こうに存在するマナヤの雰囲気を、テオも感じ取った。
〈そんな貴方だからこそ、できることがあります。死すべき犯罪者を断罪し、テオさんやアシュリーさんらの『流血の純潔』を守る、という使命が!〉
〈よせ、テナイア!〉
ディロンが、怒りと恐怖に呑まれた声で止めていた。だがテナイアは止まらない。
〈すでに『流血の純潔』を失った貴方だからこそ、友や仲間の命を守るために、敵を殺す役割を引き受けられるのです! ディロンが、そうしているように!〉
〈やめろと言っている、テナイア! そのような地獄の生き方を!〉
テナイアを止めようとするディロン。
すると今度は、テナイアも彼へと反論し始める。
〈もはやこうするしかありません! マナヤさんに声が届いている今、彼に――がやっている使――を――〉
〈いい加減にしろ、テ――ア! それがどれほど苦――か、わかってい――〉
しかし突然、二人の声は不自然に途切れ始めた。
(な、なに?)
力が弱まっているのだろうか。
それまではっきりの頭の中に響いていた二人の声が、遠ざかっていくように感じた。それは、召喚師解放同盟との戦いにも影響する。
「――魔法攻撃が、鈍った?」
「わからんが、今がチャンスだ。やつらを仕留めろ!」
召喚師解放同盟に降り注いでいた魔法も、急激に数が減っていく。
彼らは立ち直り、こちらを睨みつけた。改めて強い殺気を浴びせかけてきて、テオの背筋が震えてしまう。
「……それなら!」
ぎり、とアシュリーが剣を握り直した。
彼女もまた、険しい表情になる。その意図を察し、テオは慌ててアシュリーの腕にしがみついた。
「ま、待ってアシュリーさん! なにを!」
「ディロンさんたちのあの力、きっと長くは続かないのよ! あたしが召喚師を仕留めるしかないわ!」
「だ、だめ! やめて!」
「離して!」
テオの腕が振りほどかれた。
アシュリーは怒号を上げながら、召喚師解放同盟のただ中へと改めて突撃していく。
「セイヤアアアアッ!」
「く――」
敵召喚師の一人に、頭上から迫った。
大きく振りかぶられる剣。それは、驚愕に目を見開く召喚師の頭へと……
〈――めろ、アシュリー! 【スタンクラッシュ】〉
ギリギリでディロンが間に合った。
アシュリーに斬られる前に、敵召喚師の身体が側方へとはじけ飛んでいく。剣は何もない地面に叩きつけられた。
「止めないで、ディロンさん! あたしが殺さなきゃ、こいつらは抑えられない!」
〈ばかなことを言――我々に任――〉
だが、やはりディロンの声はとぎれとぎれだ。
魔法攻撃の数も、いまだ少ないまま。召喚師解放同盟の者たちは勢いづいていき、遠慮なく召喚獣をアシュリーへとけしかける。
「やああああっ!」
〈アシュリー、待――! 【プラズマハープーン】〉
〈いけ――焦ってはなりま――【ライシャスガード】!〉
すさまじい剣幕で戦うアシュリー。
ディロンもテナイアも、必死に援護している。しかし敵の攻撃も苛烈で、アシュリーは追い込まれ始めた。
テオも震える体に鞭を撃つ。
「僕、僕も戦わなきゃ――」
〈いけませ――オさん、貴方が今動けば、貴方の召喚獣が彼らを殺――〉
しかし、テナイアの焦った声が。
「で、でも! このままだと、アシュリーさんが!」
〈テオさ――貴方が殺せば、マナヤさんが貴方を守ろうとしている覚悟が――〉
テオの身体が、止まる。
(僕が召喚獣をけしかけたら、僕もあの人たちを、殺――)
恐ろしい形相で召喚師へとびかかるアシュリーの姿に、マナヤがコリィを助けた時の姿が重なった。
血まみれのまま、獣のように戦うマナヤの姿が。
(マナヤは、僕の『流血の純潔』を守るために、消えようとしてる)
自分がここで『流血の純潔』を失くしてしまうことを、マナヤは望んでいない。
ここで自分が殺してしまったら、彼の覚悟はどうなる。
(僕は……僕、は)
アシュリーを助けなければ。
しかしもし、彼らを殺してしまったら?
だがこのままでは、アシュリーも人を殺してしまう。
かといって自分が戦い、殺してしまったら、マナヤの覚悟は……
――〝テオ、頑張って〟
ふと、思い出した。
先日、シャラが自分に言ってくれた言葉を。
テオは、意を決する。
「――マナヤっ! お願い聞いて! このままじゃアシュリーさんが人を殺しちゃう!」
全力で、喉から声を絞り出した。
頭の中にある岩戸が揺らぐのを感じる。
「君がどんな恐怖の中にいるのか、僕には完全には理解できないかもしれない! 君のその痛みを引き受けることはできないし、また君にすごく辛いことを押し付けることになるかもしれない!」
アシュリーが鬼のような形相で戦うのを見つめながら、叫び続ける。
マナヤに届いているのかどうか、わからない。だが、それでも。
「でも、それでも! 僕が君のためにできることが、たった一つだけある!」
ぐ、とテオは拳を握りしめた。
「もし君が、暴走しそうになった時……あの時みたいに、必ず僕が、『止めて』みせる!」
彼がモール教官を攻撃しようとした時、その前に止めることができた。
それが、今の自分の役割だ。
マナヤが、罪のない者を殺してしまうことに怯えずに済むように。自分が、ちゃんと歯止めになれるように。
「――だから、お願い!」
肺から全て絞り出す勢いで、ひときわ大きく叫ぶ。
「アシュリーさんを、助けてっ!!」
その途端。
(……!?)
周囲が、闇に包まれた。
真っ暗な空間。上下左右、どちらを向いても真っ暗な空間に、テオはただ一人立っていた。
だが、一筋の光が差し込む。
背後だ。テオの後ろの暗闇から『岩戸』が開きはじめ、そこから光があふれだしてくる。
振り返ろうにも、テオの体は動かない。
ただ後ろから差し込んでくる光を、背中で受け止めることだけしか。
――ポン
背後から、肩に手を置かれた。
テオより前へと踏み出すように、もう一人の自分が進み出てくる。
(マナヤ)
彼の背に声をかけた。
表情は見えない。ただテオに背を向けたまま、一歩二歩とテオの前へと静かに歩いている。
(ごめん、ね。また、辛い役目を、君に)
背中が妙に寂しげに見えて思わずそう伝えた。
マナヤは振り向かない。だが彼は、右腕をすっと上に上げて……
肩越しに、テオへ親指を立てた。
(……ありがとう。これからも、よろしく)
テオは目を閉じる。
そして、意識までは沈むことなく、そっとマナヤを背後から見守った。
◆◆◆
――ようやく、出てくる気になれた。
声を届けてくれたあの二人の……そして、テオのおかげだ。
「――ありがとな、ディロンさん。テナイアさん。後は任せてくれ」
〈マナヤ!?〉
〈マナヤさん!〉
鋭い目つきとなり、不敵な笑みを浮かべたマナヤ。
脳裏に響く二人の思念に感謝の言葉を告げる。二人の安心したような思念を最後に、召喚師解放同盟を襲っていた攻撃魔法が止んだ。
(こっちは、俺が引き受けた!)
マナも、充分に回復している。
一歩前へと踏み出し、トルーマンらを睨めつけた。
「マナ、ヤ……?」
潤んだ声で、赤毛の女剣士が自分の名を呼ぶのが聞こえる。
「おう、心配かけたなアシュリー。……もう、大丈夫だ」
振り向かずにそう答えた。
まだ、アシュリーの方を見るのは怖かった。できれば、彼女を殺すビジョンは見たくはない。何しろ今目の前にいる連中には、もう既に見えているのだ。
――フロストドラゴンを召喚しテ、一網打尽にシてしまエ――
(バカ言ってんじゃねぇよ。後ろの村人まで巻き込む気か)
浮かんだ『殺しのビジョン』を、頭の中で一喝。
しかし、攻撃が止んだことを訝しむトルーマンが、高笑いしはじめた。
「……ハハハハハッ! ようやく出てきたか、マナヤ!」
表情が変わり、マナヤが表に出てきたことに気づいたのだろうか。部下たちに手で命じ、モンスターを下がらせている。
「その目だ! 全ての人間を殺したいという衝動! 召喚師はそうでなくてはならん!」
狂気じみた笑顔で、マナヤを見つめるトルーマン。
「どうだ、殺したくなるだろう。我々どころか、村人どもも、あらゆる人間を殺したい衝動に駆られるだろう! 我々と共にくれば、それを気兼ねなく存分に味わえるのだぞ!」
マナヤは思わず舌打ちしてしまった。
が、そんな様子を知ってか知らずか、トルーマンはニヤリと笑みを深め手を差し伸べてくる。
「さあ、私の手を取れマナヤ。貴様に歯向かう者達を、我々と共に殺しつくしてやろう!」
「マナヤ!」
ぐい、と背後から肩を掴まれる。
アシュリーの声だ。思わずそちらを振り返ってしまい、直後背筋が凍る思いで慌てて目を逸らした。
(……あ、あれ?)
が、すぐにもう一度アシュリーへと視線を戻す。
――見えない。
トルーマン達に……一度はシャラにさえ見ていた、殺しのビジョン。
それが、アシュリーにだけは全く見えない。
思わず、口元が緩む。
「――誰がお前らの手なんざ取るかよ、この外道が」
そう、敵へと啖呵を斬った。
肩に置かれたアシュリーの手に、そっと自分の右手を重ねる。暖かい。
トルーマンの表情が凍り付き、彼の背後に控えていたヴァスケスがため息を吐くのが見えた。
ゆっくりとトルーマンの笑みが消え、顔つきが険しくなっていく。
「……貴様。この期に及んで、まだ我々のやり方に文句があるというのか。人間でなくなった今の貴様ならば、実感したはずだ。殺してしまうのが一番手っ取り早いと」
「ああ、そうだな」
肩に置かれたアシュリーの手をそっと外し、小さく答える。
一瞬、不安に体を震わせる彼女が視界の端に映った。
――大丈夫だ、心配するな。
そういう気持ちを込め、彼女に一瞬目くばせ。直後、再度トルーマンらを睨めつけた。
「人間を辞めた今の俺だから、はっきりわかる。確かに殺しちまうのが一番手っ取り早いよ。お前らをな」
マナヤは一歩下がる。
アシュリーと肩を並べる形になり、嘲るような笑みを引っ込める。
「考えてみりゃ、俺は最初っから人間じゃねーんだ。今さら人間を辞めたくらいで、どうこうなるもんか。それに……」
遠慮なく、殺意を目の前の相手に叩きつけた。
「お前らは、俺の両親を死なせた。そんなお前らに、俺が従うもんかよ。この『殺したい』って感情の矛先が向いてるのは、ハナからお前らだけなんだ」
「……ふん。貴様の親を、いつの間にやら我々が殺していたということか」
トルーマンが鼻を鳴らした。
おおかた、セメイト村かスレシス村の襲撃時に召喚師解放同盟の誰かがマナヤの両親を殺した、とでも解釈しているのだろう。
「それで、また我々のやり方に文句をつけるのか? 現実を見る見ないなどと、以前私に説教を垂れていたように」
「説教? どうでもいいんだよ。今さらお前らに理念なんざを説く気はねえからな」
そんなものはもう、どうでもいい。
憎悪の目をさらに深く染めるマナヤ。
「ただ、お前らが気に入らない。だから潰す。それだけだ」
理屈でなければ、道徳でもない。人殺しに成り下がった自分に、そんなものを語る資格はない。
だがそんな自分だからこそ、できることがある。
「人を殺すことで、どれだけ世界が変わるか俺は知った。『流血の純潔』を失くすことの辛さを知った。そんな俺だから、今こそできることがある」
ざっ、と再びトルーマンへと一歩踏み出す。
「こんな思いを、他の誰にもさせないために。テオやシャラ……そして、アシュリーを! 俺の大事なやつらの『流血の純潔』を守るために、俺は戦う!」
熱いものがこみ上げる。
隣に、そして背中に感じる気配を、強く意識した。
「そのために、俺はテオとは別の人格として生まれたんだ!」
テオが、『流血の純潔』を汚さなくて済むように。
テオを、テオの周りの者達を、殺人狂の連中から守れるように。
テオらに替わって、自分が穢れ仕事を全て引き受けられるように。
――マナヤ――
自分の背中から、もう一人の自分が優しく声をかけてくるのがわかる。
しかし、トルーマンは鼻を鳴らした。
「ふん。だが、それで殺意をコントロールできるか? そこにいる、貴様の仲間らを殺さずに済ませられるか?」
と、マナヤの斜め後方にいる間引きメンバーらを指さした。
彼らがビクリと怯える気配が伝わる。
たしかに、殺してしまうかもしれない。
今の自分は、誰にでも殺意を抱くことができる。乱戦の中、召喚獣が勝手に彼らまでも襲い掛かってしまう可能性は捨てきれない。
だが、たった今条件は変わった。
「――テオ! 約束は守ってもらうぜ!」
もう一人の自分へと、叫ぶ。
ビクリと、意識の中でテオが一瞬震えるのを感じた。
「もし俺が暴走しそうになったら……俺を抑えるのは、テオ! お前の仕事だ!」
おっかなびっくりなテオの感情が伝わってくる。
そんな彼に、マナヤは背中を任せるように叫び伝えた。
「任せたぞ、相棒ッ!」
――うん!
テオの歓喜の感情が伝わってくる。
照れ臭くなり、誤魔化すように鼻を掻くマナヤ。だがすぐ、トルーマンらを鋭く睨みつける。
ヴァスケスが顔をしかめ、嘆息した。
「申し上げたはずです、トルーマン様。この者は、この程度で寝返るような相手ではないと」
「チッ……仕方がない。ならばもはや、容赦はせんぞマナヤ。散々我々の邪魔をしてきた貴様は今、この場でくたばれッ!」
召喚師解放同盟の者達が、身構えた。
「マナヤ!」
隣のアシュリーも一歩進み出て、もう一度肩を並べてくる。
その存在感に安心し、マナヤはもう恐れず彼女の視線を真っ向から受け止めた。
「お前も頼んだぜ、アシュリー! 俺はお前に合わせる! だからお前も、俺に合わせろ!」
「――当然っ!」
頼もしい返事と共に、アシュリーが腰を落とす。いつでも飛び込める準備だ。
大丈夫だ。
きっと自分は、人間らしさを完全には失うことなく戦うことができる。自分の全力を、解放できる。
自分を支えてくれる、仲間たちがいれば。
それを実感したマナヤは、一度深呼吸。
そして目を見開き、高らかに叫ぶ。
実に久しぶりになってしまった台詞。いつしか、ここはゲームではないとはっきり実感してから、不謹慎と思い言わなくなってしまった台詞。
異世界で遊戯を始める時に必ず言っていた、あの言葉を。
「――召喚師マナヤ、勝負開始!!」
瞬間。
マナヤは、ゲームのスイッチを入れた。




