130話 三方の分断戦 葛藤
採石場。
テオの操る鎚機SLOG-333は、召喚師解放同盟の召喚獣らに苦戦していた。
(しまった、粘獣ウーズキューブが!)
鎚機SLOG-333が真っ先に狙ったのは、緑色のゲルがキューブ状に固まったかのようなモンスター。
三つの鉄槌が宙に浮かび、その粘獣ウーズキューブを同時に打ち据える。
しかし、粘獣ウーズキューブは少し緑色のゲルを散らしただけで、大したダメージは負っていない。散らされたゲル状の体の一部も、すぐに再生していく。
さらに側面から、突如巨大な肉塊が出現。
体表から無数のフジツボのような突起が生えた肉の塊。上級モンスター『スター・ヴァンパイア』だ。頭頂にあたる部分から触手が伸び、その先端の鉤爪が鎚機SLOG-333を裂く。
火花を散らし、金属の体に爪痕が残った。
(物理攻撃に耐性を持つ粘獣ウーズキューブを盾に、スター・ヴァンパイアで側面から攻撃してきてる)
しかも、粘獣ウーズキューブの攻撃は強酸。
鎚機SLOG-333の金属の体を腐食させ、柔らかくなった部分をスター・ヴァンパイアの鉤爪が斬り裂いている。絶妙なコンビネーションだ。
(とにかく、粘獣ウーズキューブを処理しなきゃ)
物理攻撃が通りにくい粘獣ウーズキューブを盾にされていては、打撃攻撃を行う鎚機SLOG-333には勝ち目がない。
テオは手をかざした。
「【秩序獣与】!」
鎚機SLOG-333の鉄槌が、神聖な光を帯びる。
青白く輝く三つの鉄槌が、粘獣ウーズキューブを捉えた。瞬時に三連撃を食らい、ゲル状の体が一気に半壊。
(他の敵は!?)
テオは周囲へと視線を巡らせる。
敵の召喚獣の過半数は、テオの鎚機SLOG-333に群がってきていた。一部、意識を失ったままの間引きメンバーを攻撃しようとしているモンスターらがいるが、それはアシュリーが引き受けている。
「【ラクシャーサ】!」
アシュリーが剣を上に振りかぶり、敵の機械モンスターを一刀両断。
が、テオの視界の端に何かが映った。
巨大な紫色のサソリ、『放卵の毒蠍』だ。尾の先をもたげ、アシュリーへと向けている。
「アシュリーさんっ、横! 危ない!」
すぐさま呼びかけるテオ。
直後、敵スポーン・スコルピオが、尾の先端から毒の棘を発射した。風を切ってアシュリーへと迫っていく。
「――【スワローフラップ】!」
が、アシュリーの剣が翻る。
ガキン、と金属音を立てて毒の棘を弾いていた。間一髪だ。
――ブワァッ
が、そんなアシュリーにレイスが肉薄してきた。
黒いモヤを放ってくるも、アシュリーはなんとかスウェーバックでかわしきる。
「――くうっ!?」
が、苦悶の声を上げるアシュリー。
後退した彼女の位置に突如、極寒の竜巻が発生したのだ。空中に巻き上げられたアシュリーは、その凍てつく旋風によって髪に霜が張り付き始める。
竜巻の中心に、気持ちの悪い巨大寄生虫のような姿が浮かんでいた。
「アシュリーさんっ!」
テオが叫ぶ。
フライング・ポリプが透明化して潜んでいたのだ。攻撃中以外は姿を見ることができないタイプであるため、アシュリーはその位置を確認することができなかった。
しかし、彼女は激痛に顔を歪めながらも剣を光らせる。
「っ、【ライジング・フラップ】」
竜巻に巻き上げられたアシュリーの姿が、消えた。
飛び込み斬りの勢いを利用し一瞬で移動した彼女は、そのまま弓術士のすぐ近くに着地。
「テオ、こっちは気にしないで! あんたはあんたの戦いに集中なさいっ!」
まだ気を失ったままの弓術士を抱えながら、テオへ向かって叫んでいた。
歯噛みしながらも、テオは自分の鎚機SLOG-333へと目を戻す。
――バシュウ
直後、モンスターの消滅音。
鎚機SLOG-333の第二撃で、敵の粘獣ウーズキューブを撃破したのだ。
「ちっ、【グルーン・スラッグ】召喚」
が、粘獣ウーズキューブの召喚主と思しき敵召喚師が舌打ちし、新たに巨大ナメクジのようなモンスターを召喚した。
冒涜系の中級モンスター『月桂の蛞蝓』。強酸を攻撃手段とするのは同じだが、粘獣ウーズキューブよりも打撃に対する耐性は高い。
鎚機SLOG-333は、今度はそのグルーン・スラッグを標的に定める。
巨大ナメクジを穿つ、三つの鉄槌。打撃こそ無効化されたが、秩序獣与の神聖属性までは防げずナメクジの肉体が灼けはじめた。
「【魔獣治癒】」
が、敵召喚師がすぐさま手をかざした。
爛れたグルーン・スラッグナメクジの皮膚が治癒されていく。秩序獣与は防御魔法では防げないので、治癒魔法で維持し続けるつもりだろう。
テオは焦りながら鎚機SLOG-333を見上げた。
(まずい、このままじゃスター・ヴァンパイアを倒せない)
いまだ鎚機SLOG-333を裂き続けている、醜悪な肉の塊。
敵はグルーン・スラッグを治癒魔法で盾として維持し続けながら、スター・ヴァンパイアの攻撃で鎚機SLOG-333を倒すつもりだ。さらに他の召喚獣も群がってくる。
このままでは、対処しきれなくなる。
(……そうだ!)
ひとつ、思い出した。
鎚機SLOG-333の周囲に群がっているモンスターを、一掃できる手段を。
「【精神獣与】」
テオが手をかざす。
鎚機SLOG-333の鉄槌が、黒いエネルギーを宿した。精神攻撃力を付与したのだ。保有MPの少ないグルーン・スラッグへと、三つの鉄槌が迫る。
「【精神防御】」
が、敵もすぐ防御魔法で対応。
紫の防御膜に覆われたグルーン・スラッグは、鉄槌からの精神攻撃を弾いた。
「【精神防御】」
「【精神防御】」
他の召喚師たちも、自身の召喚獣に精神攻撃を防御する補助魔法をかけていく。
(今だ、視点変更!)
テオは目を閉じた。
直後、ひときわ高い鎚機SLOG-333の視界が瞼の裏に広がる。その状態で、テオは強く念じた。
――【リミットブレイク】!
その瞬間。
鎚機SLOG-333の体が、閃光と共にスパークした。
「ぐお……」
「ぎゃっ」
「く、あッ」
近くにいた敵召喚師たちが、まき散らされた無数の稲妻によって体を焼かれる。鎚機SLOG-333の周囲にむらがるモンスターらも、軒並みその電撃に巻き込まれていた。精神防御がかかっていたため、電撃が弱点属性になってしまっていたのだ。
グルーン・スラッグどころか、スター・ヴァンパイアなどの攻撃要員を巻き込み、群がっていた敵召喚獣が一気に削られる。
それを目の当たりにしたヴァスケスが、瞠目。
「な、電撃の範囲攻撃!? 少年、なにをした! 鎚機SLOG-333に範囲攻撃などできぬはず!」
電撃からくる閃光から目を庇いながら、そう叫んでいた。彼の前髪から覗く瞳は、驚愕に染まっている。
テオは無言のまま、視点を自分自身に戻して目を開いた。
(やっぱり、この人も知らなかったんだ。『リミットブレイク』のことまでは)
テオとしても、今回が初めての試みだ。
モンスターは原則として、たった一つの攻撃手段しか持たない。それは本来、最上級モンスターとて例外ではない。
ただし例外が一つだけある。それが『リミットブレイク』だ。物理攻撃型の最上級モンスター限定だが、攻撃の瞬間にモンスター視点にして念じることで、モンスターの通常攻撃と同時にもう一つの攻撃法を同時に叩き込むことができる。
マナヤの教本に書いてあった裏技だ。
鎚機SLOG-333のリミットブレイクは、先ほど見せた電撃の放散である。鉄鎚での攻撃と同時に、周囲にも電撃の嵐を発生させることができる。
「【応急修理】!」
テオは手をかざし、鎚機SLOG-333の損傷を修復した。機械モンスター専用の治癒魔法だ。
そしてすぐまた目を閉じる。
(もう一発! 【リミットブレイク】!)
鎚機SLOG-333が再び攻撃モーションに入ったのを見計らい、再び視点を変更してリミットブレイクを発動する。
電撃の嵐が巻き起こり、モンスターの群れを嘗め尽くした。何体かは召喚師解放同盟の者達が電撃防御でしのいだようだが、耐久力の無い敵召喚獣がすでに何体か魔紋へと還っている。
だが、テオには封印している余裕はない。
「【応急修理】」
もう一度、鎚機SLOG-333を治癒。
リミットブレイクは、無制限ではない。大抵はモンスター自身のMPを消費して発動させるものだ。
しかし機械モンスターである鎚機SLOG-333には、MPがない。そのため、代替としてHPを消費して発動する形になる。だいたい一撃で15%ほど消費するので、その分を治癒して補ってやらなければならない。
だがこの思わぬ攻撃で、召喚師解放同盟はかなり混乱していた。
「く、バカな! 電撃獣与も使ってないのに電撃を!?」
「そ、そもそもどうして周囲に電撃が放散されるの!? SLOG-333って近接攻撃だけのモンスターだったはずじゃない!」
「ト、トルーマン様とてこんな使い方はしてなかったはず!」
距離を取りながら、どうして良いかわからずまごついている。
その間にも、鎚機SLOG-333が敵陣の蹂躙を始めていた。この二連のリミットブレイクで、盾となっていたグルーン・スラッグは倒れている。神聖属性と精神攻撃力を帯びた鉄槌がスター・ヴァンパイアを殴りつけ、撃滅していた。
敵召喚獣らに対しても猛威を振るい始める。
召喚師解放同盟の者たちは、対処することができずにいた。稲妻を放散しているので電撃防御で己らの召喚獣を守ろうとしているが、それは鎚機SLOG-333にかかった精神獣与によってマナを削られ倒されていく。
かといった精神防御で守った召喚獣は……
(【リミットブレイク】!)
テオの指示によって放った、電撃の範囲攻撃によって倒されていく。電撃と精神攻撃は相反属性、ゆえに防御魔法で両方を防ぐことはできない。
かといって、MPを持たない機械モンスターで対処しようとも無駄だ。機械モンスターは総じて『打撃』に弱い。鎚機SLOG-333の鉄槌そのものによる打撃攻撃が、機械モンスターたちをあっさりと屠っていく。
(よし、いいぞ! これでなんとか押し返せる!)
ぐっと拳を握りしめる。
再度、リミットブレイクを指示すべく目を閉じた。
「もう一発っ――」
「うわあああああっ!」
「えっ!?」
その瞬間、悲鳴が聞こえてハッと目を開けた。
一人の敵召喚師が、尻餅をついている。先ほどのリミットブレイクによる電撃が広範囲だったため、巻き込まれてしまい足をもつれさせてしまったようだ。鎚機SLOG-333がその召喚師をターゲットに選び、突撃していく。
「しまった! も、【戻れ】!」
テオは慌てて鎚機SLOG-333を呼び戻した。
頑丈な召喚師とはいえ、リミットブレイクに巻き込まれた上で鉄鎚の直撃を食らえば、命はない。『人を殺してしまう』。
転んだ敵召喚師は、訝しみながらも青い顔で慌てて立ち上がり、距離を取った。
「……ッははは!」
と、突然の笑い声。
ここまでずっと不気味なほど押し黙っていた、トルーマンのものだ。勝ち誇ったような蔑みの笑みをテオにむけている。
「読めたぞ、そういうことか! ヴァスケス!」
「【ギュスターヴ】召喚!」
呼びかけられたヴァスケスが即座に手をかざし、目の前に召喚紋を展開した。
巨大なワニが、召喚紋の中から出現。
全身が黒に近い緑の鱗に覆われた、尾も含めれば人間の五倍ほどはありそうな巨躯。頭部だけでも人間と同じほどの大きさがあり、なんなら人を一人まるごと呑み込めそうだ。なにより、その下顎から太く巨大な牙が二本、象牙のごとく突き出していた。
精霊系の上級モンスター、ギュスターヴ。
(上級モンスター! でも、鎚機SLOG-333には及ばないはず!)
自分に言い聞かせるテオ。
ギュスターヴの能力はもちろん頭に入っている。討論した限りでも、鎚機SLOG-333と戦って勝つことができるようなモンスターではないはず。
「よし、【行け】!」
改めてテオは突撃命令を下した。
巨大なワニへと向かっていく鎚機SLOG-333。テオはすぐにその後ろを追いかけていく。補助魔法の射程から外れるわけにはいかない。
「【精神獣与】!」
そして手をかざし、精神獣与をかけなおし。三つの鉄槌全てに、消えかけた黒いエネルギーが戻る。
対して、ヴァスケスもまたギュスターヴへと手をかざしていた。
「【精神防御】」
巨大なワニ、ギュスターヴに紫色の防御膜が取り巻く。
(それで、いい! リミットブレイクさえ通るなら!)
テオの狙いは、ヴァスケスに『電撃防御』を使わせないことだ。
逆属性である電撃防御と精神防御は、併用できない。そして精神防御がかかった今ならば、ギュスターヴは電撃が弱点となっているはず。
三つの鉄槌が、ヴンと再び宙に浮かんだ。
テオは、リミットブレイクの発動に備えようとする。
「――【猫機FEL-9】召喚」
直後、ヴァスケスが動いた。
おもむろに青い猫型の機械モンスター『猫機FEL-9』を召喚したのだ。
(えっ?)
おかしい。
下級モンスターの猫機FEL-9程度では、さしたる時間稼ぎにもならないはず。鎚機SLOG-333の攻撃一発で瞬殺されるだけだ。
テオがそんなことを考えている間に、鎚機SLOG-333の鉄槌が猫の機械モンスターへと目標変更していた。
慌ててテオも足を止め、視点を変更。
(【リミットブレイク】!)
鉄槌が発射されると同時に、電撃の嵐が発生。
打撃とリミットブレイクが同時に炸裂し、猫機FEL-9を消し炭にしていた。電撃の嵐は、近くにいたギュスターヴの身をも焼く。
――その時。
「――【野生之力】!」
ヴァスケスの叫び声。
呼応するように、ギュスターヴの下顎から生えた牙が、緑色の閃光を宿した。三つの鉄鎚を引き戻している最中の鎚機SLOG-333に、ギュスターヴの牙が突き刺さる。
――爆砕。
ぐしゃり、と金属の塊であるはずの身が腐った木材かのように砕け、そのままバラバラに吹き飛んでいった。
テオ自身も、吹き飛ばされるように強制的に視点が元に戻る。
「あっ――」
「【封印】」
急激な視点変更で反応が遅れた。
ヴァスケスはその隙を逃さず、魔紋を封印してしまう。
(鎚機SLOG-333が奪われちゃった!)
顔面蒼白になるテオ。
魔紋を吸い込んだ手を握ったヴァスケスは、トルーマンへと振り返った。
「トルーマン様!」
「でかしたぞヴァスケス、今はそのまま貴様が持っていろ! 【精神防御】」
トルーマンはレイスに精神防御をかけなおしながら、哄笑。
そしてテオは、自分の現状に気づいた。
(しまった、僕の召喚獣がいない)
自分は、鎚機SLOG-333一体しか出していなかったのだ。それが撃破された今、テオは敵陣の只中に無防備で立っている。
そして目の前には、半透明の体をした幽霊と、牙に緑色の閃光を宿した巨大なワニが。
「やれ、ギュスターヴ!」
ヴァスケスの声。
巨大なワニがテオへと一気に突撃してきた。地面を這い寄っているというのに、異様に速い。
(ここから、抜け出さなきゃ!)
敵に囲まれた状態では、危険だ。
テオは背後へ振り向き、手をかざした。
「な、【ナイト・クラブ】召喚! 【跳躍爆風】!」
巨大なカニを召喚。その上に飛び乗り、そのまま跳躍させた。
空を跳び上がり、ナイト・クラブごとアシュリーの傍らに乱暴に落下したテオ。軟着地を考える暇がなく、ドスンと振り落とされ地面を転がってしまった。
アシュリーが駆け寄る。
「大丈夫、テオ!?」
「な、なんとか……でも、SLOG-333が……」
テオはなんとか身を起こし、敵を見据えた。
なおもヴァスケスのギュスターヴはぐんぐんこちらへと近づいてくる。その牙に、緑の閃光を宿したまま。
(今のは、『野生之力』……どうしてあんな威力に)
先ほどヴァスケスが使った魔法、野生之力。
召喚獣の攻撃力を高める魔法だが、面倒な制約がある。使用した召喚師が場に出した生物モンスターの『生命力累計』に比して攻撃力を高める、という効果なのだ。ギュスターヴ単体で使ってもあれほどの威力を出せないはず。
が、その瞬間ヴァスケスが嗤った。
「驚いた顔をするな。マナヤと同じことをしたまでのこと」
と言って、ちらりと後方の森の中を見やる。
「……まさか」
テオが目を見開く。
ヴァスケスは得意顔になり、叫んだ。
「その通り、こうなることを予期して、あらかじめ森の中に生物モンスターを七体配置しておいたのだ!」
一度、マナヤがヴァスケスらに見せた戦法だ。
大量の生物モンスターを場に出しておき、その上で一撃の威力が高いヴァルキリーに『野生之力』をかける。それによって、トルーマンが使っていた鎚機SLOG-333を、一撃で破壊する戦法。
ヴァルキリーの代わりに、ヴァスケスはギュスターヴでその戦法を使ったのだ。鎚機SLOG-333の先制一撃でギュスターヴが先にやられてしまわないよう、一撃分を引き受ける『囮』を用意するところも含めて。
緑の閃光を宿した牙を剥き、ぐんぐんとギュスターヴが迫ってくる。
テオはちらりと右方へ目を。少し離れたその方向にはまだ、気を失ったままの白魔導師が横たわっていた。
(これ以上は逃げられない、アンジェラさんがやられちゃう!)
焦りで頭が真っ白になるテオ。
が、アシュリーがずいっと前に進み出た。
「テオ、こいつを借りるわ! ブーストお願い!」
そう言って彼女は納刀し、テオが乗ってきたナイト・クラブの足を引っ掴む。
すぐに、何を狙っているか気付いた。
「あっ、はい! 【秩序獣与】」
そのナイト・クラブに手をかざし、呪文を。
アシュリーに持ち上げられた巨蟹が、神聖な光に包まれる。彼女の視線の先には、緑の閃光を帯びたまま迫ってくるギュスターヴが。
「【バニッシュブロウ】!」
アシュリーが、ナイト・クラブを振りぬいた。迫りくるその巨大なワニに向かって、ハンマーのように横殴りに叩きつける。青白い光に包まれたナイト・クラブのハサミが、緑の閃光を宿したギュスターヴの牙に激突。
轟音。そして、ナイト・クラブの青銀の甲羅が爆砕。
しかし同時に、ギュスターヴも後方へと思いきり吹き飛ばされる。アシュリーも衝撃に負け、後方へと倒れこんだ。
「く……」
「ふん、先日のようにモンスターを振り回すか」
トルーマンがそう言って、忌まわしいものを見る目でアシュリーを睨む。
アシュリーは素早く跳ね起き、すぐにテオへと振り向いた。
「テオ、次!」
「あ、は、はい! 【ゲンブ】召喚!」
すぐさま次のモンスターを召喚するテオ。
アシュリーはそのリクガメ型モンスターの足も掴み上げた。
(アシュリーさんの狙いがわかった! 召喚獣を投げて、ギュスターヴや他のモンスターを近づけさせない作戦だ!)
ギュスターヴは、見た目通り近接攻撃型のモンスター。近寄られなければ攻撃されることもない。
召喚獣をハンマー代わりに投げつけ続け、距離を取ったまま戦えばよいのだ。
「拓けたここなら、跳ばなくても当てられるわ! もういっちょ、食らいなさい!」
ゲンブを振りかぶるアシュリー。
テオも手をかざし、獣与魔法を使う準備をする。
しかしその時。
「――【行け】」
トルーマンの後方に下がっていた召喚師が、呟く。
直後、アシュリーはゲンブを投げ放った。が。
――突如、発生する竜巻。
「えっ……!」
茫然と見上げるアシュリー。
投げたゲンブは、突然のその竜巻に吸い込まれ巻き上げられてしまったのだ。くるくると空中を舞いながら、どすんと何もない地面に落下していた。
それを横目で見やりながら、トルーマンがせせら笑う。
「モンスターを投げるその戦い方、以前見せてもらったからな。対策を取っておくのは当然のことだ」
ヴァスケスと並んで、彼は得意げにアシュリーを指さす。
(そうか、フライング・ポリプ!)
また、あのモンスターの存在を忘れていた。
トルーマンらは、透明なフライング・ポリプをやや後方に待機させていたのだ。タイミングよく『行け』命令を下すことで、アシュリーが投げたゲンブを吸い込み、無効化できるように。
「だったら!」
アシュリーは下唇を噛み、改めて抜剣する。
「ま、待ってアシュリーさん! フライング・ポリプにレイスまでいるのに、接近戦なんて無茶だよ!」
「だったらどうしろっていうの!」
止めるテオだが、アシュリーも焦れるように剣を構えるのみ。
トルーマンが「ふん」と鼻を鳴らし、一歩踏み出してきた。
「どうやら、ここまでのようだな」
少し離れた位置にレイスを従えながら、睨みつけてくる。
まさに死神を味方につけたようなその絵面に、テオもアシュリーも一瞬気圧されてしまった。トルーマンは、やや距離をおいたままテオの目をじっと見つめて来る。
「さあ出てこいマナヤ。……それともテオとやら、貴様が殺してみるか? 我々召喚師を」
「な……」
絶句するテオ。
トルーマンは挑発するような、厭らしい笑みを浮かべたまま続けた。
「先ほど貴様は、躊躇ったな? SLOG-333で我が同胞を殺すことを」
「う……」
「貴様は、人を殺めることの意味を知っているようだな。マナヤが我々と同類になったことが、ほぼ確定したということだ」
その瞬間、アシュリーがトルーマンを気丈に睨み返した。
「ふざけんじゃないわよ! マナヤがあんた達の同類になんてなるもんですか!」
「なるともさ。私とて初めて人を殺めた時、世界が変わった」
あっさりと言い切るトルーマン。
「私の家族を殺した騎士どもを、それを傍観していた村人どもを、自らの召喚獣で殺した。直前は罪悪感こそ抱いたが、殺した瞬間に私は悟ったのだ。『敵』を殺すことに、なにも厭う必要など無い、とな」
「何を……!」
「そうすることが、自然の摂理なのだ。この世は弱肉強食、奪われる側になりたくなくば、奪う側に回るしかない。国の騎士どもとて、そうやって人々を殺しているのだからな」
恍惚とした表情になり、浮かされたようにアシュリーを改めて見つめる。
「マナヤに……召喚師に限った話ではない。貴様もだ、アシュリーとやら」
「!」
「貴様も先ほどから、我々ではなく召喚獣を相手にしてばかり。人を殺せばどうなるか、わかっているのだろう?」
その言葉に、テオは背筋が凍り付く感覚を覚えた。
(人を殺したマナヤが、ああなっちゃった。もし、僕たちがここでこの人たちを一人でも殺したら)
肩が、指先が震え出す。見れば、隣のアシュリーも顔面蒼白のまま、剣先をカタカタと震えさせていた。
トルーマンが再度鼻を鳴らす。
「大方、ディロンあたりから聞いたか。何人もの我が同胞が、奴に殺された……奴もまた殺しに囚われた一人。貴様もその道を歩んでみるか? 女剣士」
「こ、の……!」
「殺しの覚悟もない未熟者が、のこのこと戦場に出てくるからこうなる。我々と敵対しておきながら結局、貴様は自分の手を汚す覚悟がない。ならば我々には好都合なだけだ」
トルーマンがさっと手を上げる。
途端に周りの召喚師達が、また次々とモンスターを召喚し始めた。
「剣士である貴様の身は、一つしかない。だが我々には、召喚することで無限に補給できる戦力がある。我々召喚師を直接殺す覚悟がない以上、貴様らには決定打が無い」
「トルーマンっ……!」
激怒を目に浮かべ、睨みつけるアシュリー。
しかしトルーマンはテオへと視線を戻した。
「貴様もだ、テオとやら。鎚機SLOG-333を失った今、貴様一人でこの数に対応できまい。フロストドラゴンではそこの白魔導師らも巻き込んでしまうだろうな」
「う……」
「それとも、お前も我々を殺してみるか? 我々の同類になってみるか?」
さらに一歩吹き込んでくるトルーマン。
思わず一歩下がってしまうテオとアシュリーに向かい、なおも追及するようにほくそ笑む。
「あるいは、マナヤに替わってみるか? 奴ならば切り抜けることができるやもしれんが、貴様の仲間はどうなるだろうな。今のマナヤに、敵味方の区別をつけながら戦うことはできるか?」
テオとアシュリーが、同時に息を呑む。
人を殺し、『流血の純潔』を失くした者は、たとえ近しい仲間だろうと簡単に殺意を抱ける。殺意に反応する召喚獣を使えば、意識を失ったままの間引きメンバーまで殺してしまうかもしれない。
トルーマンが下卑た笑みを深めた。
「もしそうなれば、マナヤはいよいよもって村人どもの敵だ。あの小僧も、我々へ寝返ることが正解なのだとようやく気づくだろう」
動きが取れないテオとアシュリーを前に、さらに踏み出してくるトルーマン。
「さあ、始めるとしようか。マナヤが出てくるか、貴様が殺しに手を染めるか、我々に殺されるか……」
「……っ」
「どう転ぼうが、我々の勝ちだ」
勝ち誇り、笑っている。
テオは歯噛みしながら、目をきつく瞑った。
(結局僕は、マナヤがいないと何もできないのか! マナヤを苦しませることしかできないのか!)
異世界に連れていかれた頃から、マナヤにずっと嫌なことを押し付けてしまった。
そしてこの肝心な時に、役に立てない。マナヤが一番苦しんでいるときに、力になってやることすらできない。
「……テオ」
「え?」
突然、妙に淡々としたアシュリーの声。
目を開くと、彼女はテオに背を向ける形で一歩踏み出していた。その後ろ姿が、なぜか儚い。
「もし、あたしが狂ったら……ごめんね」
「……あ、アシュリーさん、まさか!?」
悪寒。
思わず彼女へ手を差し伸べるテオに、アシュリーがくるりと振り向いた。
「……マナヤ」
彼女らしくない、気弱そうな笑み。
深い悲しみと、やるせない怒り、自身への絶望。それが、ありありと伝わってくる。
「あんた一人にだけ、辛い思いはさせないから……!」
そう言い残し、彼女はトルーマンらへと向き直った。




