13話 指導の心構え
※7/21、微改訂
「えっ? マナヤさん、この場で指導を? 危険なのでは」
驚いた様子の白魔導師テナイア。
門のすぐ前とはいえ、ここは防壁の外。いつ野良モンスターが襲い掛かってきたとしてもおかしくない。
「だからそこにミノタウロスを置いとくんですよ。モンスターが攻めてきたら、『待て』状態のミノタウロスが勝手に反応してくれます」
「それはそうかもしれませんが……」
マナヤとしては、もう一つ狙いがあった。
(ここなら万一、スタンピード第二波が来ても俺がすぐに対応できる)
第二波でこの場にいる召喚師たちが皆殺しにされる光景が、どうしても頭から離れない。
困惑した顔をする召喚師達へ、マナヤは取り出した紙束を抱えて近寄った。
「今から一枚ずつこれを配るんで、まずはこの内容を頭に叩き込んでください。……テナイアさんも、よければどうぞ」
召喚師らはおずおずとその紙を受け取る。最後に白魔導師テナイアにも一枚。自分用に書いた一枚だったが、どうせマナヤの頭の中にも入っている。手元になくても問題はない。
「マナヤさん? これって?」
例の緑髪のおかっぱ女性が首を傾げながらそう訊ねてきた。
「ああ、モンスター達のステータス――ええと、まあ、能力を数値化したようなもんだと思ってくれ」
「お、お待ちください」
突然、白魔導師テナイアが声を上げる。少し慌てたように今しがた配った紙へ視線を落としていた。
「どういうことですか? 能力の数値化……いえ、それはまだ良いのですが、上級モンスターや最上級モンスター全ての能力や耐性まで事細かに?」
そう問い詰めてくる白魔導師テナイアは、冷静さをかき消し焦りを表に出している。剣幕に押されかけながらも、マナヤは小さく咳払いし答えた。
「言ったでしょう? 俺は異世界から来たんです。モンスター達の能力は、こういった形で全て数値化されていたんですよ」
「ですが、最上級モンスターなどそう何体も確認されてはいないのですよ。それをここまで詳細に……」
「あー、やっぱこっちじゃレア扱いなんスね」
ぽりぽりと頭を掻くマナヤ。
実際もとの世界では、攻略本や攻略サイトなどでモンスターのステータスを全て閲覧することができていた。マナヤはその全てを丸暗記している。
それに別に最上級モンスターだからといって、ゲームではそこまでレアと言えるほど入手は難しくなかった。対人戦では、最上級モンスター含め全種類のモンスターを揃えていることが大前提になっていたくらいだ。
(となると、こっちで全モンスターを揃えるってのは骨が折れそうだな)
自らの先行きが少し不安になって、マナヤはげんなりとため息を吐く。
そんな中、テナイアが続けて探るように詰め寄ってきた。
「この表が、正しい情報であるという保証は?」
「俺の知る〝遊戯〟と、この世界のモンスターの性能は『同じもの』だと、転生した時に神サマから言質を取ってる。それじゃあ不足ですかね?」
「……」
テナイアはとりあえずは押し黙り、一歩退く。思ったより引き下がるのが早い。神の言葉、との一言が利いたのだろうか。
マナヤは気を取り直し、召喚師達に向き直った。
「よし。じゃあまず、このステータスについて何か質問はあります?」
周囲に向けそう言い放つも、召喚師たちは戸惑ったように顔を見合わせるのみ。
「はい」
が、一人だけ質問をしてくる者が。
ジェシカといったか。先日マナヤの戦いを間近で見た、あの緑髪のおかっぱ女性だ。
「この、HPというのは何ですか?」
「そいつは要するに、モンスターの耐久力……いわば生命力ッスね。どの程度の攻撃を加えたら死ぬか、って感じです」
「じゃあ、この〝攻撃力〟というのが……」
「ええ。一撃の攻撃で、そのHPをどの程度減らせるかっていう指標と思ってください」
「このHPって、私たち召喚師だとどのくらいになるんでしょう?」
「そうだな、この世界でも召喚師に個体差は無いみてぇだから、三百くらいってトコですか」
ちなみに、この世界にも〝英語のアルファベット〟に相当するような文字が存在する。この世界では『古代文字』と呼ばれているようだ。
モンスター名にアルファベットが混在している、例えば猫機FEL-9のようなモンスター名も、この世界ではその古代文字を使って表現されている。それら機械モンスターの体表にも同じ文字が刻まれていた。
「……こうして数値にされると、四つの『系統』ごとの差異もはっきり見てとれますね」
「へ? ああ、まあそうでしょうね」
白魔導師テナイアの納得するようなつぶやきに一瞬驚くも、すぐにマナヤは同意する。
この世界のモンスター、そして『サモナーズ・コロセウム』でも同様だったが、モンスターには四種類の『系統』があった。『伝承系』『機甲系』『精霊系』『冒涜系』の四種類だ。
伝承系というのは、ミノタウロスやヴァルキリーのような、地球で言う神話に出てくるようなモンスター。
機甲系は言わずもがな、猫機FEL-9に代表されるロボット系である。ただ一部、人造生命体の類もこちらに分類される。
精霊系は動物の姿を模した精霊モンスター達だ。ガルウルフやコボルドなどが該当する。
冒涜系は、虫やら水生生物、果てにはうぞうぞした気持ちの悪い姿のモンスターが多い。蜘蛛のようなレン・スパイダー、ヒトデのような足を持つエルダー・ワンなどだ。
「伝承系のモンスターは、全体的にHPが高くて攻撃、耐久、移動性能のバランスもとれてる。機甲系は移動面に難アリですが、そのぶん攻撃面も防御面も優秀。精霊系は脆いけど、射程や移動性能で小回りが利くヤツが多い。冒涜系は精神攻撃や状態異常といった搦め手が豊富。そういう傾向がわかるでしょう」
「はい。我々も感覚では把握しておりましたが……」
こちらの解説に、テナイアが感心したように表をじっと見つめていた。
もう一度召喚師達の方を見回し、マナヤは説明を再開。
「みなさんも、まずはこの内容を覚えるところから始めましょうか。俺みたいに巧く戦えるようになる第一歩です」
「こんなのを覚えた程度で強くなれるなら、苦労はしないさ」
表をひらひらと振りながらそう言ったのは、先ほどの若い召喚師。カルといったか。
(……ッ)
この召喚師カルが死ぬ光景が思わず浮かび上がってしまった。
自分が指導に失敗すれば、待ち受ける未来であるかもしれない。マナヤは冷える肝を押し殺し、彼へと問い詰める。
「覚えた程度で、ってのはどういう意味です?」
「だってそうじゃないか。他クラスのみんなは、みんな模擬戦とかを繰り返して強くなっていくんだ。座学なんて今さら役に立つもんか」
「お言葉ですがね、俺だってこれを暗記してから一気に召喚戦の腕が上がったんですよ」
「だいたい、ヘタに今までと違う戦い方をして村のみんなに迷惑はかけたくないんだよ。みんなだってそう思うだろ?」
と、カルが周囲の皆を見回す。
他十名の召喚師たちも、そろって俯いてしまった。先ほどステータスについて質問していた緑髪の女性でさえ、自信なさげに顔を曇らせている。
(いやだから! それでお前らが死んじまったら元も子もねえんだよ!)
そうなってしまう気持ちもわからないではない。が、このままいけば彼らは第二波で殺されてしまうことになるかもしれない。
彼らが死にゆく想像と、テオの最期の記憶で見た村が滅んだ光景。それが交互に浮かび、ズキズキと頭が痛んでくる。
(くそ、いっそ第二波のことを話せれば)
傍らで監視しているテナイアを意識する。
村の者達を、うかつに怯えさせるな。そう厳命され、第二波のことは今は黙っておくよう命じられたのだ。テナイアが監視についているのは、マナヤが口を漏らさないようにするためでもあるのだろう。
酷くなる頭痛を堪えながら、なんとか冷静に言葉を絞り出した。
「俺が皆さんに教えるのは、俺が〝遊戯〟の腕を鍛えたのとほぼ全く同じ訓練法です。俺の兄が教えてくれた方法を最後まで受ければ、きっとみんなも――」
「たかが遊戯じゃないか。そんなもので、何を偉そうに」
「……ほほーう?」
若い男性召喚師カルが呟いた一言に、とうとうマナヤはブチ切れた。
一気に声のトーンが低くなり、威圧感のある笑みを向けて見せる。笑顔の裏に黒いオーラを纏っているようにさえ見えた。
「なるほど、つまりアレか? あんたらは、実際にスタンピードを抑えた俺の戦い方に、価値がないと? たかが遊戯の知識で人死にを抑えてみせた俺の戦いは、無意味だったって言うんだな?」
「は? あ、いや、そういうつもりじゃ……」
うろたえるカルを前に、ダァンと思いきり片脚を踏み鳴らし立ち上がる。
「そこまで言うなら上等だ! 遊戯のやり方が本当に無意味かどうか、お前ら自身で試して証明してもらおうじゃねーか! 俺がスタンピードで実践したのと同じように!」
「へ、あ、あんた何を急に――」
マナヤは口調を荒げ、まくし立てた。カルという男もその剣幕にうろたえている。
「まずは、明日までにこの表の内容を丸暗記してこい! カルとかいったか、あんただってさっき『こんなのを覚えた程度』って言ってただろ。『その程度』なら一晩で暗記することなんてワケねえよな!?」
「い、今そこは関係ないだろ!?」
おろおろとしだすカル。
だがマナヤは一切譲らなかった。
「いいか! さっきも言ったが俺はスタンピードを抑えた! そうしなかったら、どれだけ犠牲者が出てたと思う!?」
「う……」
「遊戯の知識だからってバカにすんなら、それでもいいさ! だが俺が実際にその知識で人死にを抑えてみせた以上、その戦い方自体にゃ文句は言わせねえぞ!」
いつ来るかもわからない第二波を抑えねばならない。そのためには、彼らになんとしてでも強くなってもらわねばならないのだ。
召喚師たちは言葉に詰まり、冷や汗を浮かべるばかり。
「あの、マナヤさん? そういう無理強いは良くないのでは」
見かねたように、テナイアがマナヤの後ろからそっと声をかけてくる。
が、振り向いたマナヤの勢いは止まらない。
「ことを急いで、何か問題でも? そもそも『十日間でなんとかしろ』って言いだしたのは騎士隊の方じゃないッスか」
「た、確かに言いましたが、こういうやり方は――」
そこでテナイアの言葉を遮るように、マナヤは召喚師達へ向き直る。
「そら、限られた時間でなんとかしろって、騎士隊の人からだって指示が出てるんだ! これに文句があるってんなら、俺じゃなくてここにいる騎士サマに言うんだな!」
「マナヤさん!?」
ギョッとするテナイア。慌てて彼女は召喚師たちを見回すが、みな一瞬怯えたような表情を浮かべた後、がくりと項垂れてしまっていた。
テナイアが口を開きかけるも、その前にマナヤが青筋を立てたまま叫び放つ。
「明日の朝、何も見ずにその表を全部書き取ることができるかテストする! 全員何一つ間違わずにいられたら、お前らの言い分を認めてやるよ! ただしもし一ヵ所だけでも間違えたヤツがいたら、そいつには俺の指導を文句言わず受けてもらう! いいなッ!」
阿鼻叫喚に包まれる南門前。
テナイアは大きなため息をつき、こめかみを押さえていた。
◆◆◆
「だ、大丈夫なのかい? そんな強引なやり方で」
「いいんスよ。あいつら、優しくしたら付け上がりやがる。俺が同じ召喚師だからって」
夕食時。
テオの父、スコットの戸惑い混じりの質問に、マナヤは憮然と答え炎包みステーキを口に入れる。
「あいつらと顔を合わせた時から、ずっと心の片隅にあったんだ。あいつらに必要なのは上品な教師なんかじゃねえ。染みついた奴隷根性を根底から矯正する『鬼教官』だ」
「し、しかしそもそも必要なのかい? そうまでして鍛えることが」
諭すようなスコットに、マナヤはむっと顔をしかめた。
「何言ってんスか。実際にスタンピードが起こって、村が滅びかけたんだ」
「い、いやしかし。スタンピードなんてそう何度も起こるものじゃあないだろう?」
「第二波が来るって話、しただろ。騎士隊の人にゃ『言うな』って釘刺されたけどよ」
あの口止めさえされなければ、もっと話は簡単だったのだ。
「仮に第二波のことがなくたって、今後もどこか別の方角から襲撃が来るかもしれねえ。それに備えることの、何が悪いってんだ」
「し、しかし、スタンピードほどの襲撃じゃなければ別に――」
「なら聞くけどよ」
スコットの言葉を遮り、マナヤは強調するように問いかける。
「なんで、テオは召喚師になったんだ?」
スコットとサマーが顔を見合わせる。
少し間をおいて、マナヤは続けた。
「テオの前任者が、死んじまったからだろ」
この村には、最低でも十二人は召喚師がいなければならない。
テオが召喚師になったということは、一人『欠員』が出たということ。
「数少ない召喚師が死んじまえば、大変なことになる。召喚師を殺させないために全力を尽くして、何が悪い」
「……マナヤくん」
「テオの記憶の中にゃ、スタンピードに滅ぼされたあの悲惨な光景が今も焼きついてんだ」
油断をすれば、この村の召喚師たちとて死んでしまうかもしれない。召喚師になってからというもの『やりがい』というものと無縁になってしまった、あの暗い表情のままで。
スコットもサマーも言葉に詰まってしまう。が、マナヤはそのままの勢いで続けた。
「あの光景を現実のものにしない。そのためなら、俺は何だってやってや――」
「テオなら」
突然、シャラが思いのほか鋭く口を挟んだ。
マナヤのみならず、テオの両親も驚いてシャラを見つめる。
「それでもテオなら、そんな無理強いはしません」
どこか悲しさを湛えた表情で、しかし毅然とマナヤを見据えてくるシャラ。
「召喚師の人たちがみんな、ちゃんと納得できるような方法を、きっと見つけてくれた。テオは、そういう人でした」
そう言ったきり、シャラは目を逸らして自分の皿へ視線を落とす。
スコットとサマーも、どこか陰った表情で押し黙ってしまった。
「……そうかよ」
一言だけ呟き、マナヤは香草の香りがするスープを一口、ごくりと飲む。
パチパチと、ステーキに巻かれたピナの葉が燃える音だけが響いていた。




