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召還された召喚師  作者: 星々導々
第三章 流血の純潔と女剣士の願い
129/275

129話 開拓村 黒い水龍

 開拓村。

 沖から迫りくる巨大な黒い水龍を前に、シャラは焦りつつ周囲を見回した。


(マナヤさんどころか、騎士隊の人達すらいないのに!)


 浜辺に残っているのは、村の一般弓術士のみ。

 彼らは一様に、一番海へ突き出ている砂浜の先から矢を放ち続けていた。


「撃て! 撃てぇ!」

「だ、ダメだ、まだ届かない! もうちょっと引き付けないと!」

「で、でもあんなに巨大なの、倒すことなんてできるの!?」


 が、届いている様子がない。まだギリギリ射程外のようで、手前の海に落下しているようだ。


(『ぎりぎり射程外』……ちょっと待って、確かマナヤさんの教本に!)


 テオと一緒に読んだマナヤの教本に書いてあった記述を、思い出す。シャドウサーペントは竜の中でも、()()()()()()()()()()()と。

 慌てて全力で叫んだ。


「皆さん! あの水龍は弓術士の射程と同等のブレスを吐いてきます! 早く逃げて!!」


 ぎょっと振り返った弓術士たち。

 直後、放物線を描いた矢の一本が、水龍の頭部に命中。()()()()だ。


「――た、退避! 退避ー!」


 一瞬の硬直ののち、みな一斉に陸地側に向かって駆けだし始める。

 シャラはすぐさま遠くの水龍へ目を。ヘビのような頭部の口を大きく開き、黒いなにかを溜めこんでいる。


「いけない! 【キャスティング】」


 背後へ手を差し伸べる。

 直後、コリィの家から光の筋が伸びてきた。シャラの手に飛び込んできて、直後長い錫杖へと姿を変える。


 ――【衝撃(しょうげき)錫杖(しゃくじょう)】!


「みなさん、ごめんなさい! 【リベレイション】」

「うわあああっ!?」


 直後、シャラは弓術士たちへと振りぬく。

 発生した衝撃波が、いまだ逃げ遅れている彼らを開拓村の奥へと強引に吹き飛ばしていた。『衝撃の錫杖』に破壊力はほとんどない。大半はほぼ無傷のまま、ばたばたと家屋が立ち並ぶあたりへ飛ばされ倒れこんでいく。


(今度は私が!)


 左足首にはまった『俊足の連環』効果により、シャラ自身も陸地方向へと駆け抜ける。

 直後。


 ――ズオオオオオオオッ


 巨大な黒い渦が、横殴りの竜巻のように襲来。

 シャドウサーペントの闇撃ブレスだ。シャラや弓術士らが先ほどまで立っていた場所を呑み込み、浜に残っていた木製の舟が一瞬にして塵と化し消し飛んだ。


「ひ、ひえええ……」

「わ、私達があのまま逃げ遅れてたら」

「錬金術師さんが、た、助けてくれたのか」


 開拓村の弓術士たちは皆、へたりこんだまま怯え切っている。

 だが、このままではまずい。水龍はまた間合いを詰めてくるだろう。


「みなさん、もっと奥へ逃げて! 防壁の外まで退避してください!」


 シャラが叫べば、彼らは慌てて立ち上がり村の奥へと逃げ出していく。

 しかしシャラはすぐ水龍へ目を戻した。このままでは、どんどん水龍が浜辺の方まで近づいてくるだろう。


(私の鞄を!)


 シャラは一旦、コリィの家へと駆けこんだ。

 いまだ家の前で愕然としているカランやレズリーの脇をすり抜け、宛がわれている自室に置いてあった鞄を手に取った。すぐさま、また外へ飛び出す。


「しゃ、シャラさん!」


 背後から呼び止められた。

 コリィの母親が、顔を真っ青にしてシャラを見つめ返してくる。シャラは冷静さを保つようにしながら話しかけた。


「落ち着いてください、モニカさん。門を抜けて、もっと内陸まで逃げてください」

「わ、わかったよ! でもシャラさんはどうするんだい!?」

「できることをやってみます!」


 と、シャラは浜辺へと駆けていく。『俊足の連環』のおかげで、あっという間に再び海岸が見える位置へとたどり着いた。

 既に近隣の者達が門へと避難しはじめている。この辺りももうじき、シャドウサーペントの射程圏内に入ってしまうだろう。


「――あうっ!」


 人ごみの中から、小さな男の子の悲鳴。

 そちらを振り向くと、八歳ほどの茶髪の少年がつまずいて転んでいた。


(いけない!)


 周りの大人たちはパニックに陥ってしまっており、その男の子を助け起こそうとしない。

 再度、シャドウサーペントがここを射程圏内に納めた。巨体に比して幾分小さい頭が、こちらへと鎌首をもたげているのが遠目からでも見える。


「【キャスティング】ッ!」


 すぐさま、二つのブレスレットを投げた。

 どちらも同じオレンジ色の宝珠がついたその二つの錬金装飾(れんきんそうしょく)は、一つはつまずいている少年へ、もう一つは反転しシャラ自身へと飛ぶ。

 まず少年の手首に装着。そしてもう一つはシャラの左手首についていた『防刃の帷子』が外れて、代わるように装着されていた。


 ――【吸邪(きゅうじゃ)宝珠(ほうじゅ)】!


 即座にシャラは、男の子の前へと躍り出る。

 シャドウサーペントに背を向ける形で、小さな男の子を庇うように抱きすくめた。


「えっ!?」


 男の子が、戸惑いの声を。

 次の瞬間、シャドウサーペントから放たれた黒いエネルギー……巨大な闇撃のブレスが、シャラと男の子を呑み込んだ。


「くっ――」

「うわあああああああっ!!」


 闇撃の渦が、シャラの背中を直撃。

 男の子は目を瞑り、絶望と恐怖の悲鳴を上げてしまう。が、しかし。


「……えっ、あれ? お、お姉ちゃん……?」


 シャラの腕の中で、無傷の少年。

 一向に痛みが来ないことに気付き目を開いた彼は、シャラを見上げてきた。


「だ、大丈夫……?」


 息も絶え絶えとなったシャラ。それでも、なんとか笑顔を作って男の子を見下ろす。

 ぽかんとする少年だが、シャラはすぐに顔を引き締めた。無事であることを確認すると、苦痛に呻きながらも男の子を抱え陸地へと凄まじいスピードで走り出す。

 すると、進行方向にレズリーとカランの姿があった。


「あ、アル!」

「アル君!?」


 まずレズリーが、続いてカランが涙目になって駆け寄ってくる。

 少年もそちらに気付き、声を張り上げた。


「お、お母さん! 伯母さん!」


 焦りながらも、安堵の声だ。

 シャラはそっとアルと呼ばれた少年を降ろす。彼は泣きながら走ってレズリーの腕の中へと飛び込んだ。


「アル! よかった、よかった……!」

「お母さん、お母さん……っ!」


 息子を抱きすくめ泣き崩れるレズリーに、母にすがりつく少年。

 小さくため息をついたシャラに、今度はカランが話しかけてくる。


「しゃ、シャラさん! その、甥を助けていただいて、その……」


 しどろもどろになりながら、気まずそうに目を泳がせるカラン。が。


「っ! 危ない!!」


 シャラは、錫杖を三人へと叩きつけた。


「わあっ!?」

「きゃっ!?」


 アルと、レズリーとカランも陸地の方へと吹き飛ばされる。その直後。


「きゃああああああっ!」


 シャラは、黒いブレスに飲み込まれる。

 また水龍が射程圏に入ってきていたのだ。カランらが先ほどまで立っていた場所も黒い渦が蹂躙していく。カランが悲痛な叫び声を上げた。


「しゃ、シャラさん!?」

「……くぅっ!」


 けれどもブレスが終わる前に、シャラは地面を転がるように抜け出してきた。

 全身がヒリヒリと酷く痛む。が、それでもなんとか歯を食いしばって立ち上がり、カランら三人の元へと駆けた。


「シャラさん!」

「お姉ちゃん!」


 レズリーと少年が安堵の声を。

 が、シャラは顔に緊迫感を滲ませたまま彼らへと叫ぶ。


「ダメ! もっと奥へ逃げて、早く!」


 そしてすぐさまレズリーとカランの手を取り、三人を引っ張って奥へ奥へと駆け抜けた。

 防壁のすぐ近くまで来たところで脚を止め、呼吸を整える。


「はぁっ、はぁっ、と、とりあえずここまで来れば……」


 シャラは後方を振り返った。一応、この位置がブレスの射程圏に入るにはまだ少し時間があるはず。

 しかし、同じく息を整えているレズリーがたじたじと訊ねてきた。


「しゃ、シャラさん、大丈夫なんですか……?」

「レズリーさん……うくっ、わ、私はなんとか……」


 シャラは顔をしかめて肩を押さえつつも、気丈に応える。


 闇撃ブレスを受けてこの程度で済んでいるのは、『吸邪の宝珠』のおかげだ。

 本来は精神攻撃を防ぐ錬金装飾(れんきんそうしょく)なのだが、精神攻撃と同系統である『闇撃』のダメージを大幅に軽減できる効果も併せ持つ。先ほども、シャラ自身に加えアルにも装着させておいた。万一アルにブレスが及んだとしても、せめて軽症で済むようにという配慮だ。


(でも、やっぱり無効化とまではいかなかった)


 シャラは、いまだ痛む自分の両腕を見下ろす。

 青と白を基調としたこの開拓村固有の服の下で、肌が露出しているところはすべて赤く焼け爛れていた。おそらく服の下も同じように爛れているだろう。


「シャラ、さん……どうして、私達を庇ったのですか?」


 戸惑いながら訊ねてくるカラン。


「……カランさん」

「私達は、あなたに酷いことを……それなのに、どうして」


 彼女は完全に勢いを失っていた。

 シャラの胸に、静かな怒りがくすぶり始める。しかし表情はなんとか冷静さを保ち、カランを見つめ返した。


「私には、好き好んで人を傷つけようとする人の気持ちはわかりません」

「う……」

「でも」


 キッと鋭い目線でカランを睨みつけた。


「人が人を救うことに、理由が必要なんですか!?」

「あ……」

「どんな相手であっても、人を助けたいという気持ちの、何が悪いんですか!!」


 茫然とするカランとレズリー。

 シャラは肩で息をしながら、そんな二人を見つめ返した。


(もう、誰かがいなくなるのを見るのは嫌だ!)


 脳裏に、目の前で殺された実の両親、そして同じく目の前で命を散らしていった義両親の姿が浮かんでいた。

 いくぶん気まずい思いになりながらも、シャラは静かに口を開く。


「……さあ、お二人とも。早く奥へ逃げて下さい。この場所も完全に射程外ではありません」

「……」

「姉さん、行こう……シャラさん、ありがとうございました」


 押し黙るカランの腕を、レズリーが引っ張る。

 が、カランは震える肩で呟いた。


「……わ、私のせいなんです」

「姉さん?」


 レズリーが訝しみの声を。

 カランは顔を上げ、恐怖と罪悪感に染まった眼でシャラを見上げた。


「この大事な時に、騎士隊のかたがたがいないのは……私の、せいです」

「カランさん? あなたは、何を」


 悪寒。

 シャラがカランに問い詰めると、彼女は肩を縮こませながら話し始める。


「あ、ある人に、依頼されたんです。騎士隊の皆を村から引き離す策がある。そ、そのために……マナヤと親しい人物を、教えて欲しい……って」


 シャラの背筋が凍った。

 なおもカランは、耐えかねたようにまくしたてる。


「騎士隊の人達が、いなくなれば……わ、私が、その隙にコリィの家族を、その……」

「……」


 思わず、彼女を鋭く睨みつけてしまった。

 けれども、今は問い詰めている場合ではない。シャラは一度目線を和らげ、カランとレズリーを見渡す。


「……そのお話は、後で聞きます。三人とも、今はとにかく逃げてください」

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」

「姉さん……」


 泣きじゃくるカラン。

 レズリーが、そんなカランを引っ張るように門へと連れていく。アルもレズリーに連れていかれながら、不思議そうに二人とシャラを交互に見上げていた。

 それを見送ったシャラは、重苦しい自分の胸を押さえる。


(テオが私達に何も言わずに、たった一人でコリィ君を追っていったなんて、おかしいとは思ってた。けど)


 ずっと引っかかってはいたのだ。コリィを攫った者達の居場所を見つけるまでの課程が、テオの説明にはなかったことが。マナヤの件に気を取られてすっかり失念してしまっていたのだが。

 あれはマナヤを狙った何者かの策略だったということだ。カランから話を聞き出し、その情報でマナヤを釣りだした何者かの。

 だとすると、カランにも大きな責任がある。


(でも、今は)


 シャラは一旦頭を軽く振った。

 今は、シャドウサーペントの対処が先だ。どの程度までがブレスの範囲かはっきりはわからないのに加え、このままではシャドウサーペントがこの海域に居座り続ける。なんとかしなければ。


「――シャラさんっ!」


 と、背後から少年の声。

 先ほど助けた少年のものではない。この聞きなれた声は、こちらに走り寄ってきたコリィだ。


「コリィ君! どうしてここに!」

「だ、だって! シャラさんだけ置いて逃げたりなんて、できません!」


 なんとかシャラのもとまで駆け寄ってきたコリィは、息を整えながらシャラを見上げる。シャラはちらりと門の方へ目を。


「でも、モニカさんは……!」

「お母さんはもう避難してます! ボクだけ抜け出してきました!」

「ぬ、抜け出して!?」


 慌てるシャラ。

 だがコリィは、震え声ながらも村の中を見渡す。


「それにほら、あれ!」


 そう言ってコリィが指さした先。

 石でできた家々がなぎ倒され、痛々しい爪痕を残している。水龍のブレスによる被害だ。闇撃は、水や金属には影響を与えない反面、岩などは非常に簡単に塵へと変えてしまう。


「みんなの家が……ボクの故郷が、滅茶苦茶にされちゃう! ボクが、それを止めるんだ!」


 強い信念を感じる目で見上げてくるコリィ。

 シャラが息を呑んでいる間にも、彼は勇猛果敢に啖呵を切った。


「これでも食らえ! 【鷲機JOV-3(ジョウヴスリー)】召喚、【強制誘引(コンペルド・ベイト)】! 【行け】!」


 召喚された、機械でできた鳥。

 金色の紋章から飛び出し、一気にシャドウサーペントへと向かって飛翔していく。直後、コリィも同じ方向へ駆けだした。


「コリィくん!」


 慌てて追いかけるシャラ。

 海が見える場所まで来ると、鷲機JOV-3(ジョウヴスリー)の姿を確認したシャドウサーペントが、闇撃のブレスを放っていた。

 機械の鳥を呑み込む黒い渦。しかし、鷲機JOV-3は『機械』モンスターである。闇撃に完全耐性を持つ金属でできているため、そのブレスは全く効いていない。

 コリィがガッツポーズを取った。


「やっぱり! こいつなら――」

「ダメ、危ない!」


 しかしシャラは、すぐさま彼の手を引いた。『俊足の連環』の効果をもって、コリィを引きずるように水龍からみて真横の方向へと駆け抜ける。

 直後、シャドウサーペントのブレス。


「えっ――」


 コリィが、背後を見て戦慄していた。

 先ほどまで立っていた位置を黒いブレスが飲み込んでいたのだ。あのまま留まっていたら、コリィも消し炭になっていただろう。彼の顔が青ざめていく。


「ど、どうして、JOV-3(ジョウヴスリー)を狙ってたはずなのに」

「モンスターは、『全然攻撃が効かない』相手は、すぐに無視するようになるの!」


 シャラが鋭く指摘。

 コリィがハッと顔を上げて手を口元に当てていた。かつて最初に海上戦を生徒達にレクチャーした時、マナヤが教えていたことだ。



 ――モンスターは『自分の攻撃が相手に通じてない』場合、数回攻撃したところで攻撃対象を変更しようとする習性がある――

 ――何度か攻撃して、『自分の攻撃が、こいつにゃ効いてない』と判断した場合、モンスターは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のさ――



 そう、属性耐性を持つ召喚獣の矛盾だ。

 属性攻撃を行う敵モンスターに対し、その属性に完全耐性を持つ召喚獣は、逆に()()()()()()使()()()()のである。シャラも知識としては知っている。

 コリィは焦った顔でシャラを見上げた。


「え、えっと、じゃあどうすれば!?」


 絶望しかけている顔。

 シャラは無言で唇を噛み、自分の背筋が震えそうになるのをなんとか抑え込む。いまだ空高く立ち昇っている橙の救難信号を見上げた。


(ディロンさんはまだ戻ってこない)


 彼ら騎士たちも、この信号は見えているはずだ。

 すぐには戻ってこれないほど遠くへと出ているのか。あるいは、戻ってこれない何らかの事件に巻き込まれてしまっているのだろうか。


 だが、待っている余裕はない。

 今この瞬間にも、シャドウサーペントはどんどん間を詰めてきているはず。


(私だって、テオやマナヤさんと一緒に、今まで戦ってきたんだ!)


 今この場で最適の判断ができるのは、自分しかいない。

 決意したシャラは、パシンと自分の両頬を手でたたく。気合を入れなおし、シャドウサーペントの方を見据えた。


(さしあたっての問題は、一つ。どうやってシャドウサーペントの気を逸らすか)


 機械の召喚獣を使えば、一方的に攻撃できる。だがそれでは先ほどのようにシャドウサーペントがすぐに召喚獣への攻撃を諦め、自分達を目掛けてブレスを吐いてくるだろう。

 だが、安全に倒す方法はある。


(あえて、闇撃が無効化()()()()召喚獣を使う。それしかない)


 シャラは自身を落ち着かせるように、目を閉じて深呼吸。

 改めて目を開き、コリィに指示を出した。


「コリィ君、次は『ヴォルメレオン』を召喚して!」

「えっ!? でも、ヴォルメレオンじゃシャドウサーペントの攻撃は防げませんよ!」


 精霊系の中級モンスター『ヴォルメレオン』。

 火炎に耐性を持つだけの、射撃型の生物モンスターだ。闇撃への耐性はない。


「わかってる! だからヴォルメレオンに精神防御(グルーミング・ガード)をかけて、跳躍爆風(バーストホッパー)でシャドウサーペントの近くに!」

精神防御(グルーミング・ガード)? ……そ、そうか! 【ヴォルメレオン】召喚!」


 一瞬訝しんだコリィだが、すぐに意図を察したようだ。人間の身長と同じくらいのサイズを持つ、赤いオオサンショウウオのようなモンスターを召喚した。

 それに合わせて、シャラは四つの錬金装飾(れんきんそうしょく)を取り出す。


「【キャスティング】」


 それらを上に軽く放ると、自動的にコリィの四肢へと装着されていった。


 ――【治療(ちりょう)香水(こうすい)】!

 ――【増命(ぞうめい)双月(そうげつ)】!

 ――【増幅(ぞうふく)書物(しょもつ)】!

 ――【伸長(しんちょう)眼鏡(がんきょう)】!


「えっ?」


 突然手首足首にいろいろなものが装着され、戸惑うコリィ。

 だがシャラは彼を急かす。


「コリィ君、早く!」

「は、はい! 【精神防御(グルーミング・ガード)】! 【強制誘引(コンペルド・ベイト)】!」


 慌ててコリィは、ヴォルメレオンに精神攻撃を防御する魔法、そして敵に狙われやすくなる魔法をかけた。

 そして、拳で地面を殴る。


「【行け】! 【跳躍爆風(バーストホッパー)】!」


 直後、ヴォルメレオンが大きく跳んだ。

 一瞬にして先ほどシャラが闇撃ブレスに呑まれた場所まで飛び込んでいき、浜辺に着地する。


 シャドウサーペントは、既に間を詰めてきていた。

 射程圏まで跳んできたヴォルメレオン目掛け、さっそく闇撃のブレスを。しかしヴォルメレオンを取り巻く紫の防御膜により、その威力を殺される。『吸邪の宝珠』と同じ理屈だ。精神防御(グルーミング・ガード)も、精神攻撃と性質が近しい『闇撃』ダメージを大幅に軽減できる。


(大丈夫。これで、シャドウサーペントを引き付け続けられるはず)


 バクバクと鳴る心臓を落ち着かせるシャラ。

 これも、海上戦のレクチャーでマナヤがコリィ達に説明していたことだ。



 ――攻撃を辞めるのは、あくまで『素』の耐性で攻撃が通じてない場合だけだ。防御魔法で防いだ場合、モンスターは自分の攻撃が防がれてることを認識できない。効かない攻撃を延々繰り返し続けるのさ――



 闇撃への耐性がないヴォルメレオンに、防御魔法で後付けの闇撃耐性を与える。そうすることで、シャドウサーペントはほとんど攻撃が通じていないヴォルメレオンを延々と攻撃し続けることになるのだ。


 案の定、シャドウサーペントはヴォルメレオンにかかりっきりになっている。

 だが軽減されるとはいえ、あの威力のブレスだ。中級モンスターの体力ではそう長くはもたないだろう。現時点でもすでに、ヴォルメレオンの体は焼け爛れはじめている。

 シャラは油断なく見据えながら、コリィへ指示を出した。


「コリィ君は、ここから精神防御(グルーミング・ガード)強制誘引(コンペルド・ベイト)を切らさないで! あと、ヴォルメレオンが倒れる前に魔獣治癒(ビーストヒール)で治癒!」

「え? で、でもこの場所からじゃ補助魔法は届きませんよ!?」

「大丈夫、届くよ! それがあるから!」


 と、シャラはコリィの左足首を指す。

 そこにはまっているのは、『伸長(しんちょう)眼鏡(がんきょう)』。補助魔法の射程を伸ばす効果を持つ錬金装飾(れんきんそうしょく)だ。

 おそるおそるといった様子で、コリィは遠くのヴォルメレオンへ手をかざした。


「【魔獣治癒(ビーストヒール)】! ……ほ、ホントに届いた!」


 感嘆の声を上げるコリィ。

 ブレスで焼けただれていたヴォルメレオンの皮膚が治癒していく。


「でも、これでも時間稼ぎだけ……」


 冷や汗が頬に流れるのを感じながら、シャラは考えを巡らせた。


 鷲機JOV-3(ジョウヴスリー)の鉤爪と、ヴォルメレオンの溶岩弾がシャドウサーペントを攻撃している。しかし、相手は異常な耐久力を誇る『竜族』の一種だ。これだけで倒すのは、果てしない時間がかかる。

 ヴォルメレオンや他の射撃モンスターの数を揃えようとも、たかが知れている。射撃モンスターは総じて攻撃力が低い。中級の飛行モンスターである鷲機JOV-3(ジョウヴスリー)も同様だ。


(マナヤさんはセメイト村で、下級モンスターだけでフロストドラゴンを倒してたけど)


 あの時彼は、『リーパー・マンティス』というモンスターによるハメ技を使っていた。

 しかし今回は使えない。リーパー・マンティスは泳げないので、海上から攻撃し続けているシャドウサーペントへは攻撃できない。


(たった一つだけ、すぐに倒せる手が無いでもない)


 マナヤの教本を思い出す。

 とあるページに、『竜の倒し方』について箇条書きにまとめてあった箇所があった。あの方法を使えば、()()()でシャドウサーペントを倒すことができるはず。


(でもアレを使うなら、生物モンスターを水龍に隣接させなきゃならない。どうやって?)


 あの作戦は、機械や亜空の召喚獣では実行できない。生物の召喚獣を使うしかないのだ。

 だが生物モンスターは、総じて闇撃によるダメージを大きく食らう。精神防御(グルーミング・ガード)で大分ダメージをカットできるものの、属性ブレスというのは距離が近くなるほど威力が上がるものだ。接近させる間にもブレスを受け続け、近寄れば近寄るほど巨大なダメージを受けるようになる。隣接する前に死んでしまうのがオチだ。


「せめて、『ヴァルキリー』がいれば……」


 シャラがそう呟き、歯噛み。

 生物であり、十分に耐久力もある戦乙女ヴァルキリーならば、この作戦を確実に成功させられる。だが肝心のヴァルキリーを召喚できるテオは、この場にはいない。


「……え? あの、シャラさん」


 が、その時コリィがシャラへ声をかける。


「えっと。ヴァルキリーがいれば、どうにかなるんですか?」

「う、うん。ヴァルキリーなら、シャドウサーペントを倒す作戦も取れるんだけど――」

「あの、シャラさん」


 しかし途中でシャラの言葉を遮るコリィ。

 不思議そうに首を傾げて見つめ返すと、コリィはややビクビクしながら切り出した。



「ボク、騎士隊のカークさんから預かってます。……『ヴァルキリー』」


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