118話 異世界での教訓
コリィの父ダニルに連れられ、彼の自宅へとたどり着いたマナヤ。
「シャラ!?」
急いでテオとシャラに割り当てられている部屋に飛び込む。シャラは寝具に寝かされていた。
「う……テオ……?」
見るからに青い顔を横に向け、虚ろな目でマナヤを見つめ返してくる。
「おいシャラ、どうしたんだ!?」
「あ……マナヤさん、でしたか……すみません」
と、弱々しく自嘲するような笑顔を。
「何があった!? ……ダニルさん、シャラに何があったんです!?」
「わ、わからない! うちで錬金装飾を作ってる最中に、突然椅子から転げ落ちて!」
ダニルも部屋の入口で焦っていた。
マナヤはシャラの額に手を当てるが、特に熱があるようにも感じない。この時期に熱射病ということもあるまいが、何の病だろうか。
「そうだ、白魔導師には!」
「も、もう診せたんだ! 白魔導師さんには『疲れが出たんでしょう』としか言われなかったんだが、シャラさんは寝付くこともできないらしくて!」
言われてみれば、シャラは寝苦しそうにしているように見える。
「食事は!?」
「スープも飲めないようなんだよ! 朝から食欲が無いとは言っていたんだが……!」
どういうことだ。
焦りに頭を抱える。シャラはそんなマナヤを焦点の合わない目で、不思議そうに見つめ返してきていた。
今朝の彼女の様子に、おかしいところはあっただろうか。起床時にも顔を合わせはしたが、召喚師への指導で頭がいっぱいでシャラの様子には全く気が回らなかった。
(……まさか、心の問題か?)
うっかりしていた。
シャラは、義両親の死にずっと苦しんでいたのだ。その上、心の頼りであるテオと話す機会もずっと少なくなってしまっていた。自分が朝から晩まで表に出ていたから。
(くそ、俺にそんな心の機微なんざわからねえよ!)
自分のせいで、シャラが苦しんでいる。
こんな時は、アシュリーの気遣いの良さが羨ましい。せめて彼女かテナイアを呼ぶべきかとも思ったが、二人とも今は陸地への間引きに出ていてしばらくは帰ってこない。
(こうなったら仕方ねぇ!)
マナヤは唇を噛むと、寝具からシャラの手を引っ張り出し、弱々しいその手を右手で握った。
そして、目を閉じる。
(――頼んだぞ、テオ!)
◆◆◆
「――っ! あ、あれ? 夜じゃ、ない」
意識を取り戻したテオ。
窓の外はまだ日が差していて、いつものように暗くなってはいない。
「って、シャラ! どうしたの!?」
しかしすぐ、目の前に寝具に横たわったシャラに気づいた。自分は彼女の、やや震える手を掴んでいる。
「え……もしかして、テオ……?」
シャラがこちらを見上げた。虚ろなその双眸に微かに希望の色が灯ったように見えたのは、思い込みだろうか。
「シャラ、大丈夫!?」
そう訊ねれば、彼女は申し訳なさそうに眉を下げて弱々しく笑った。彼女は今朝よりもさらに顔色が青く、綺麗なピンクだったはずの唇も紫色になっている。そっとこちらへ伸ばしてくる手も緩慢だ。
「ごめん、ね……テオ……私、迷惑、かけちゃって……」
「そんなの気にしないで! それよりシャラ、体がだるい? やっぱり朝から具合が悪かったんじゃない」
そう告げれば、シャラは横になったまま眉を下げてしまった。
「あはは……やっぱり、テオにはわかっちゃうんだ……」
「熱……は、ないみたいだね。シャラ、ぼーっとする?」
「うん……」
この村に来てから、どこかずっと顔色が悪かったシャラ。ずっと休みなく錬金術師の仕事ばかりしていて、疲れもあったのだろう。が、この表情は体だけの問題ではない。
(やっぱり、まだ父さんと母さんを亡くしたことを……あれ)
しかしふと、テオは既視感に囚われた。
体がとても怠く、意識もどこか朦朧とするという症状。不思議と覚えがある。
「……そうか! ちょっと待ってて、すぐ戻るから!」
シャラの手を一瞬キュッと握りしめるテオ。安心させるように微笑めば、シャラも柔らかく微笑み返してくれた。それ見届け、すぐに立ち上がる。
「あ、ダニルさん!」
「え、ええっと、テオ……さん、で、いいんですよね?」
「はい! えっとダニルさんすみません。ちょっと台所をお借りしてもいいですか?」
部屋の入り口に立っていたダニルに、焦り気味にそう訊ねた。
◆◆◆
半刻後。
「シャラ、大丈夫? お待たせ」
「……テオ?」
スープ皿とスプーンを持ち、部屋に入る。
弱々しく返事をして、横たわったまま顔だけこちらに向けてきたシャラ。やはり眠ることすらできないようだ。
寝具の傍まで歩き寄ったテオが問いかける。
「スープ、作ってきたよ。食べれそう?」
「わから、ない……あんまり、食欲が――あ、あれ?」
――くぅ。
シャラが目を見開く。自身のお腹から鳴った音に少し驚いているようで、しかし思わずといった様子で鼻を小さくひくつかせていた。
「いい、匂い? これって……?」
ゆっくりと上体を起こそうとするシャラ。
彼女の背に手を添え助け起こしたテオは、彼女の膝に器をそっと置いた。
「ピナの……香り?」
シャラの目が見開かれる。
薫るのは、懐かしい香ばしさ。この開拓村に来た頃からずっと嗅いでいなかった、懐かしい香り。
「ほら、どうぞ」
と、シャラの目の前でスプーンで掬い、彼女の口元へと持っていく。
スープに入っているのはセメイト村の名産、ピナの葉だ。摘みたての状態で火をつけると良く燃え、一度火をつけてから吹き消すと逆に冷える性質を持つ。燃料としても冷却材としても使われている便利な葉っぱだ。
また油で炒めると、このように香辛料として使うことができる。食欲をそそる素晴らしい香りを放つピナの葉は、セメイト村の料理に欠かせない。
シャラが驚きの目で、ひとすくいのスープを見つめる。ピナの香辛料だけでなく、他の具材として野菜や少量のエタリアも入っていた。
遠慮がちに、スプーンを口に含む。
「……おいしい」
ほおっ、とシャラが小さくため息を吐いた。ふわりと表情が綻んだ……かと思うと、ぽろりと涙が零れはじめる。
「あ、あれ……?」
「シャラ」
テオが彼女の顔を覗き込き、そっと涙を指先で掬い取った。シャラ自身も戸惑った様子だ。
「ご、ごめんテオ、なんだか」
「大丈夫、大丈夫だよ」
落ち着かせるように、そっとシャラの背をさする。わけがわからない様子ながら、彼女は自分でも涙を拭いつつテオに向き直った。
「きゅ、急にごめんね。もう大丈夫」
「よかった。自分で食べれそう?」
「うん」
シャラがスプーンを受け取った。自らスープを掬って飲み始め、そして一口飲むたびに儚い笑顔を見せる。
テオが穏やかに話しかけた。
「シャラ、多分この村に来てから、あんまり食べれてなかったでしょ?」
「え……?」
シャラがまた驚いたような顔を。
すでに幾分か顔色が良くなってきていることがわかり、テオは安堵しつつも気遣うように語り掛けた。
「夕飯もシャラの好きじゃない料理が多かったから。ほら、生魚とか海藻とか、食べてなかったよね」
「……う、うん」
恥ずかしそうに顔を伏せるシャラ。「気にしないで」とテオが促せば、彼女はおずおずとまたスプーンを動かし始める。そのままテオは続けた。
「ちゃんとした食事が摂れないとね、そんな風に体がだるくなっちゃうことがあるんだって。滋養が足りてない、って言えばわかるかな」
「で、でもどうしてわかったの? 白魔導師さんにもわからなかったみたいなのに……」
「異世界で、フミヤさんって人にお世話になったって言ったでしょ? そのフミヤさんに、マナヤが世話をされてる夢を今朝みたんだ」
不思議そうに見つめてくるシャラ。テオは顔を伏せ少し身震いしつつも、安心させるように笑顔を作る。
「献立が全然違うって、大変だよね。僕にも、経験があるんだ」
「テオにも?」
「うん。ほら、僕って異世界に行ったことがあるでしょ? その時、あっちの料理が食べられなくて一時期すごく大変だったんだ」
異世界に渡ったあの時は、言葉もわからず妙に狭く感じる部屋での生活に戸惑いっぱなしだった。
その上、出てくる食事もまるで違う。魚だか海藻だかキノコだかの匂いが入り混じった食事や、妙に複数の味が混ざった料理が出てきて、困惑しっぱなしだったのだ。
「全然文化の違う場所に来るのって、苦しいんだよね。全然落ち着かなくなって、心も荒んでいっちゃったりして、食欲も無くなってさ」
「!」
「その時に、一番僕が欲しかったのは……やっぱり、故郷の料理なんだ」
故郷の味の象徴である、ピナの葉。異世界にいる間、これを使った料理が食べたくて食べたくて、泣き出してしまったことすらあった。
だからテオはこんなこともあろうかと、必要以上に大量のピナの葉を故郷から持ってきていたのだ。換金分とは別に、自分達用に。
「ね? ピナのスープ、落ち着くでしょ?」
「……うん」
色艶も良くなってきた唇に、先ほどよりもはっきりと弧を描くシャラ。目にも光が戻ってきた。
「それに、ほら。シャラ、この味覚えてる? 結構よく再現できたと思うんだけど」
「え?」
不思議な表情を浮かべるシャラ。
しかしすぐにはたと気づいたか、もう一度スープを掬って飲む。ゆっくりと味わうように口の中に含み、時間をかけて飲み込んでいた。その直後。
「……テオ、これ……」
シャラの目に、再び涙が滲みはじめる。
「お母さんの、味……」
次々と溢れる涙。シャラはそれを、左右の手で何度も何度も交互に拭おうとする。
テオの母、サマーの料理の味ではない。シャラの実母が作っていたスープの味だ。具材を小さな四角に切って食べやすくしてあり、塩加減から食感にも気を遣い再現してある。シャラが覚えている味と同じはず。
「僕も昔は時々、シャラの家でご飯をご馳走になったことがあったでしょ」
「じゃあ、もしかして……」
「うん。あの時の、シャラのお母さんの味。思い出せる限り再現してみたんだ」
そう告げたとたん、堪えきれないといった様子でシャラの両目から大粒の涙が零れ落ちた。しゃくりあげ、嗚咽を上げはじめる。
「お母さん……お父さん……っ」
「ごめんね、シャラ。シャラの方が、ずっと辛かったんだもんね」
「テオぉ……っ」
「なのに、僕までずっとメソメソしちゃってて……ごめんね」
しかしシャラは、「違うの」と涙をぬぐいながら首を振る。
「私、もっとしっかりしないといけないのに。泣いてばかりじゃなくて、ちゃんと乗り越えないといけないのに」
「……泣いて、いいんだよ」
そうテオが優しく告げると、シャラが涙を残したままこちらを見つめた。慰めるように、なおもテオは語り続ける。
「さっき言ったマナヤの夢の中でね。マナヤのお兄さんみたいな存在の、フミヤさんが出てきたって言ったでしょ?」
「……う、ん」
「マナヤのこと、本当に心配して看護してた。きっとこれ、マナヤにとっても大事な記憶なんだ」
寂しげにほほ笑み、シャラを見つめる。
「だからね。思い出もきっと、故郷の料理と同じなんだよ」
「料理、と?」
「うん。シャラの両親や僕の両親が、シャラを思いやってくれた思い出。それをずっと覚えておけば、環境が変わっても耐えられる。ピナの料理で、僕たちが耐えられるみたいに」
悲しいからと思い出さないようにしていては、苦しいだけだ。思い出を、なにか悪いものか何かと刷り込んでしまう。
ならば、思い出をこそ『変わらない、慣れ親しんだもの』として扱えばいい。
「思い出は、悪いものじゃない。違う環境でも僕たちを支えてくれる、『変わらないもの』なんだよ」
ぼろぼろと、シャラの目から溢れだす涙。
そんな彼女をそっと抱き寄せた。
「だから……独りで、泣かないで。僕がそばにいるから」
寝具に腰掛けたテオの胸元に、泣きつくシャラ。
そんな彼女の背を、やさしく撫で続けた。
「――ごちそうさま、テオ」
しばらくして、スープの器は空になった。テオは器を受け取りシャラの顔を覗き込む。
「よかった、大分顔色が良くなったね」
「うん。なんだか随分元気が出てきたよ」
ほおっと息をつきながら笑顔を見せるシャラ。まだ泣き跡が残る彼女の頬が少し痛々しいが、赤みが戻ってきていてテオも安堵する。
だがふと、彼女の顔が曇った。
「でもテオ、ここにいて大丈夫? マナヤさん、私が倒れちゃってここに連れてこられたみたいだったんだけど」
「あ、そうか……でも、やっぱりシャラが心配だよ」
はっとするテオだが、そっとシャラの手を取った。マナヤの仕事は心配だが、だからといってシャラを今の状態で放っておくわけにもいかない。
しかしシャラは顔を横に振る。
「ううん、私は大丈夫だよ。このスープのおかげで、こんなに元気出たんだもん」
「でも……」
「それに、こんな昼間にテオに会えるなんて思ってなかった。私はもう、大丈夫。召喚師のみんなのために、頑張って」
テオを安心させるように、そっと手を握り返してきた。
しばし逡巡していたテオ。だがやがて覚悟を決めるように顔を上げ、こくりと頷く。
「……うん、わかった。でも、シャラも無理しないでね」
「うん、ありがとう」
名残惜しさから少し躊躇しつつも、お互いに繋いだ手をそっと離す二人。
最後に、テオがにこりとシャラに微笑む。その後、そっと目を閉じた。
「……」
再び、瞼を開く。
「あれ? テオ?」
シャラが首を傾げる。
テオの柔らかい顔つきは、全く変わっていなかった。
「……僕の方から、マナヤには替われないんだった」
と、羞恥に顔を赤らめて俯く。
ぽかんと自分の顔を丸い目で見つめてくるシャラだが、すぐに小さく噴き出し笑いだしてしまった。
「ふふっ……ねえ、テオ。私、まだちょっとお腹すいてる。スープ、おかわり貰ってもいいかな?」
「あはは……うん、わかった。持ってくるね」
「あ、テオも一緒に食べよう? お腹、すいてるでしょ?」
「そう、だね。うん。シャラに一人だけで食べさせるのも何だし、一緒に食べよっか」
◆◆◆
共に、ピナのスープを食べた後。
「うわ……そんな作業量じゃ、やっぱりシャラも疲れが溜まってたんじゃないか」
「あはは、そうかもね。でも大丈夫、昔だって錬金術の練習してた時は、これくらいやってたもん」
テオとシャラは、ゆったりとした時間を過ごしながら談笑していた。シャラは寝具から上体を起こしただけの状態だが、その寝具にテオが腰掛けシャラに寄り添っている。
こんなに長いこと、二人で穏やかな時間を過ごしたのは久しぶりだ。
「でもしばらくは無理しないでね。長いこと滋養が足りてなかったんだから」
「うん、わかってるよ。あっそういえば、どうして私が夕食、あんまり食べれてないって知ってたの?」
と、ふと思い出したようにシャラが訊ねてきた。しかしテオはきょとんと目を見開く。
「えっ? だってシャラ、僕の前でもこの村の夕食、あんまり食べてなかったでしょ?」
「……ここでの夕食の時って、いつも『マナヤさん』だったよね?」
「……え? あ、あれ?」
困惑し眉を顰めるテオ。それを見つめるシャラの表情が凍り付いたが、テオは気付かずに考え込む。
「そういえば、そうか……あれ、でも、だったら僕、なんでシャラがここで魚をあんまり食べようとしてなかったこと、記憶にあるんだろう?」
「……」
「……シャラ?」
彼女が黙りこくっていることに気づき、顔を覗き込む。
シャラは再び顔色を青くしていた。何かに怯えるように、自分の腕を抱え込んで小さく震えている。
「シャラ!? どうしたの、また具合が悪くなった!?」
「う……ううん、違うの、テオ。ごめん、大丈夫だよ」
と、顔を上げて弱々しく笑ってくる。
テオはすぐにわかった。これは体の不調ではなく心の問題、シャラはおそらく何かを恐れているのだ。
「シャラ」
声をかければ、ビクッと身をすくませるシャラ。その反応だけで、十分だった。
「……ごめんね、シャラ」
「え……?」
「訊かれたく、ないんでしょう? なら無理には訊かないよ。大丈夫」
そっとシャラの頬を撫ぜた。
申し訳なさそうに肩を落としているシャラだが、唇が白くなっているのがわかった。
(シャラにとっては、きっと大事なことなんだ)
ならば、下手に自分が介入するべきではない。彼女自身の判断を信じるべきだ。
テオは手を離し、立ち上がる。
「っ……ごめん、テオ」
「え?」
「テオにっていうより……マナヤさんに、知られたくない話なの」
「……うん、わかってる。大丈夫だよ」
テオは安心させるように微笑む。
きっと、そんなことだろうとは思っていた。マナヤはテオの記憶を読むことができる。最近はそういうことをしないようにしているらしいが、何の拍子に知られてしまうかわからない。
(僕が、マナヤさんと統合しちゃうかもってことだろうな)
自分が、テオではなくなってしまうかもしれない。それをシャラも恐れているのだろうか。
「大丈夫。僕は、僕だから」
優しくそう告げると、シャラがはっと顔を上げる。
明るく笑ってみせるテオ。そんな彼に、シャラもぎこちなく笑顔を返した。
――と、その時。
「えっ? 何?」
突然外がざわめき始めた。窓の外から村人達の騒ぎ声、それに混じり口論するような声もかすかに聞こえる。
慌てて外を覗くと、少し先に人だかりが見えた。
「……から、召喚師……!」
「……れには、関係……ろ……!」
口論の一部が少し聞き取れた。
(まさか、召喚師のみんなと村人がまた争ってる!? どうしよう、マナヤはまだ戻ってこないのに!)
下唇を噛みながら、逡巡するテオ。
(僕じゃ、村の問題まではどうにもできない。僕はマナヤさんほどうまくやれない)
王都に訪れた時も、学園で生徒らに指導しようとした時もそうだった。自分はまだ、マナヤの領域にはたどり着けない。そんな今の自分だけでは村の問題などどうしようもない。
しかし……
「……テオ、行って」
シャラの声。
はっと気づいてシャラの方を向けば、彼女は真剣そうにテオの方を見つめ返してきていた。
「行ってきて。私は、大丈夫」
「で、でも」
「テオのおかげで、私は心も元気になれたんだよ。だから、テオならきっと解決できる。……行ってきて、テオ」
しかしテオは戸惑いながら目を泳がせた。
「でも僕は、マナヤさんみたいにうまくはやれない。学園の時だって、マナヤさんの真似をしようとしたけど巧くやれなくて」
胸のつかえを吐き出すようにまくしたてる。
それをじっと聞いていたシャラ。しかし彼女は、すぐに勇気づけるような凛とした笑顔を向けてきた。
「――テオ、頑張って」
「が、頑張ってるよ。でも今はまだ、マナヤさんみたいには――」
「ううん、そうじゃないの」
シャラがテオの言葉を遮り、首を横に振る。
「テオ。テオは、マナヤさんとは違うんだよ」
「え……」
「マナヤさんと同じことができるようにならなくっていい。……マナヤさんの役目を、奪っちゃいけない」
思わず息を呑んだ。
(そう、だ。マナヤの役目がなきゃ、マナヤは消えちゃうかもしれない)
そのことを忘れていた。
自分がマナヤと同じことができてしまったら、マナヤの存在価値はどうなる。
「だからね、テオ」
テオを見つめていたシャラの凛とした笑顔が、柔らかいものに変わる。
「頑張って。『本当に頑張りたいことを見失わない』ことを、頑張って」
「見失わない、ことを……?」
ゆっくりとシャラが頷く。
「テオが、一番最初に頑張りたいと思ってたことはね。きっと、間違ってないんだよ」
「!」
驚きに目を見開く。
そっとシャラが手を伸ばし、テオの手を優しく握ってきた。
テオは唇と引き結び、覚悟を決めて大きく頷く。
「シャラ、ありがとう!」
シャラの手を一度きゅっと強く握ったあと、テオは家の出口へ向かって駆けだした。
◆◆◆
「……大丈夫」
テオが立ち去っていった後。
シャラは寝具の上で、自身の両手を握りしめながら俯く。肩が震えている。
「大丈夫。……テオは、大丈夫」
何度も何度も、自分に言い聞かせるように呟き続けた。




