10話 騎士達の事情
「なぜあの少年の自由を許容したのです? ディロン殿、テナイア殿」
日没後。
騎士隊に割り当てられた宿舎の一室にて、騎士隊長ノーランが問いかけた。
彼の隣に座っているのは、白魔導師テナイア・ヘレンブランド。正面に腰掛けているのは、黒魔導師ディロン・ブラムス。
「私がマナヤと名乗る彼に尋問をしただろう。一応の整合性は取れていた」
黒魔導師ディロンはそこまで語ると、視線で白魔導師テナイアを促す。彼女がそれに頷き、隣に座るノーランへと顔を向けた。
「嘘をついている兆候も見られませんでした。巧妙に隠しているのであれば、その限りではありませんが」
ディロンとテナイアはあの時、罪人などを尋問する際のテクニックを使っていた。
ディロンは相手に考える隙を与えずに矢継ぎ早に質問を繰り返し、テナイアが回答する相手の仕草や表情の動きを見る。整合性を考える暇を与えぬ質問攻めによって、相手が嘘をついていれば矛盾が発生し、ディロンがそれを指摘できる。あるいはテナイアが、落ち着かなくなった相手の目線、仕草、体の動きなどから嘘の兆候を発見することができる。
「村人からの聞き込みの結果も報告を受けています。テオさんが村を離れたのは、間違いなく成人の儀で王都へ向かった時のみであるそうです」
「別世界から転生してきたなど、にわかには信じがたいですがね」
白魔導師テナイアの報告を聞いて、ノーラン騎士隊長はかぶりを振りため息を吐く。だが黒魔導師ディロンが「問題はそこだ」と口を挟んだ。
「もし彼が〝一員〟で何か謀があるならば、ここまで荒唐無稽なことを言い出すとは考えにくい」
「召喚師解放同盟、ですか……」
ノーラン隊長が唸る。
召喚師解放同盟。
二十年ほど前から現れ、騎士達を悩ませている〝ある組織〟の名だ。
「これまでもいくつもの村を滅ぼしてきた、あの連中のことです。荒唐無稽なことを口にすることで、我々を欺こうとしている可能性はありませんかな?」
「無くはない。が、リスクに見合わないと言わざるをえないな。結局、彼はこうして我々に目をつけられてしまっている」
黒魔導師ディロンの言い分に、隊長は眉間にしわを寄せる。
「どういうことです?」
「ノーラン殿も知っての通りだ。召喚師解放同盟はここしばらく、そうと悟られぬ手口ばかりを使っている。今さら、逆にこれほど我々の目につくような策を狙ってくるとは考えにくい」
「なればこそ、そういう裏をつく作戦を講じてきたとも考えられるはず。危険因子は、今のうちに排除すべきであると考えますが」
「ノーラン隊長」
過激なノーラン隊長の発言に、白魔導師テナイアが待ったをかける。
「それでは、罪なき人をも巻き込んでしまいます。現状で人の数を無暗に減らすことは私達の信条に反することなのは、貴方にもおわかりでしょう」
「しかしですなテナイア殿、このまま召喚師解放同盟を野放しにしておけば、それこそ罪なき人々が死にゆきます。召喚師の復権を狙って、彼らが今までどれほど被害を出してきたか」
「だからこそ、村人達が力を付けるチャンスを逃すわけにはいきません。そのためにマナヤさんの指導を許可したのです」
白魔導師テナイアの言葉を疑うように、眉を吊り上げるノーラン隊長。
「リスクを冒してまで許可する意味はありましたかな? この村にいる召喚師らに、彼が誤った知識を教え込むやも」
「彼が召喚師解放同盟に関わっていなければそれで良し。関わっていたとしても、少なくともその手口を知る足掛かりにはなるでしょう。彼の戦い方から、召喚師解放同盟の戦術を分析できるかもしれません」
ぎり、とノーラン隊長は歯ぎしりをする。
「……では、マナヤと名乗る彼をスコット殿とサマー殿の家に預けたことは?」
「あの少年の態度が演技であるならば、テオさんのご両親であれば見抜くこともできましょう。それに期待しているのです」
「しかし彼があの夫婦に危害を加えるようなことがあってはどうするのです。いくら弓術士に遠隔から見張らせるとはいえ、家に護衛を置きもしないとは」
「本当に彼が神から遣わされた者なら、必要以上に警戒させるわけにもいきません。それこそ彼を敵に回すことに繋がりかねないのですから」
「なぜ貴女がた王国直属騎士団は、そうも召喚師たちを庇うのです!」
机に勢いよく叩きつけられるノーラン隊長の拳。
それでもテナイアは、あくまで冷静だ。
「召喚師の現状を、改善する必要がある。それは貴方もおわかりのはずです、ノーラン隊長」
「それ自体に異論を挟むつもりはもちろんありません! しかし、テロ行為に走り人死にをも厭わない召喚師解放同盟の関与が疑われるとなれば、話は別のはず!」
「……」
「思えば、王国直属騎士団は三年ほど前からそうだ! 急に召喚師解放同盟への追撃が手ぬるくなり、襲撃後に逃走するあの連中を深追いすることをしなくなった!」
押し黙るテナイア。ノーラン隊長はやや勢いを落とし、探るように訊ねる。
「一体どういうおつもりです。何の狙いがあって、召喚師解放同盟を野放しにされておられるのか」
鋭く睨みつけるノーラン隊長の視線を、白魔導師テナイアは正面からまっすぐ受け止めた。
「召喚師解放同盟の対処に慎重になれというのは、国の上層部からの指示です。我々はその理由を知るところでも、その判断に異を唱える立場でもありません」
「仮にも王国直属騎士団の、それぞれ白魔導師隊と黒魔導師隊の副隊長を務めていらっしゃるお二人であってもですか? テナイア殿、そしてディロン殿」
ノーラン隊長の指摘に否定も肯定もせず、テナイアは黙して目を閉じる。その反応に苛立ち、彼はディロンとテナイアへあてつけるように吐き捨てた。
「召喚師解放同盟の関与が疑われる事件が立て続けに起こっているこの地域に、お二人ほどの立場の方々が出向されてくる。そう聞いた時は、王国もとうとう本腰を上げるつもりになったのかと、私は期待しておったのですがね」
怒りを隠そうともしていないノーラン隊長の言葉。
ノーランを始めとする、駐屯地に詰めている騎士達。彼ら一般騎士は、村人などの中でも優秀な者が選び抜かれ、領主に雇われた者たちだ。地域内で起こった大規模なモンスター襲撃や、人為的事件。そういった危機あらばすぐに向かい、対処に当たるのが彼らの仕事である。
一方『王国直属騎士団』は、いわばそのエリート集団。国そのものに雇用された彼らに決まった担当地域はなく、必要とあらば王国内のあらゆる地域へとその都度派遣される。駐屯している騎士達だけでは手に余るような、より大規模なモンスター襲撃などへの対処が職務。当然、騎士としての戦闘力も高いものが選りすぐられており、一般騎士達にとっても憧れの的だ。
ディロンが、指先で机をトントンと叩いてノーラン隊長を落ち着かせた。
「いずれにせよ、今回の件は上層部にも報告する。スタンピードをたった一人でひっくり返すことができる召喚師の存在……挙句、別世界からやってきたなどと嘯く。現時点では、我々の判断に余る」
「ではマナヤと名乗る彼は、このまま好きにさせると?」
「監視は行う。明確に敵対しない限りは、泳がせる。彼に悪意ありと判明すれば――」
一瞬にして、ディロンの瞳に危険な光が宿った。
「――その時は、私が直々に彼を始末しよう」
「……ほう」
険しい視線で語るディロンの言葉に、ノーラン隊長の疑わしげな表情が薄れる。
ちらりとテナイアを横目で睨みつけつつも、隊長はとりあえず矛を収めた。
「いいでしょう。見張りの弓術士には彼への警戒を徹底させます」
「頼む。……それから、斥候の弓術士を一人、この村の南にある開拓村の方角へと向かわせてもらいたい」
ディロンのその指示に、ノーラン隊長が目を剥く。
「まさか、あのマナヤという少年の言葉を真に受けているのではありますまいな。南方にスタンピード第二波が控えていると」
「警戒はしておくに越したことはない。それに」
「それに?」
「昨晩この村から上がった赤の救難信号は、南の開拓村に住む民にも見えていたはず。彼らを安心させるためにも、結果の詳細を知らせる使者が必要だ」
「……それは、そうですな。『解決』の信号は上げましたが、それでも不安には違いありますまい」
この村と違い、南の開拓村は駐屯地から直通の街道が繋がっていない。ゆえにあの開拓村で何かあった時、すぐに駆け付けられるのはセメイト村の者たちだけだ。そういう意味でも、南の開拓村にとってこの村の安否は死活問題であるはず。
「必要ならば、我々王国直属騎士団に所属する弓術士を向かわせよう」
「……いえ、それには及びませんディロン殿。我々駐屯地に所属する弓術士隊からひとり、派遣しましょう。この村の警護にも必要なので、ただちにというわけにはいきませぬが」
「結構。なるべく早く頼みたい」
ディロンはそう頷き、そして掌を翻した。〝解散〟の合図だ。
ノーラン隊長はやや不満げながらも席を立ち、右掌を左胸に当てて一礼、退室していった。
あとに残ったのは四人。ディロンとテナイア、そしてその彼らの部下である王国直属騎士二名だ。
「見張りを」
「ハッ」
鼻でため息を吐いたディロンが、扉近くに立っている方の騎士に指示。青い騎士服を纏ったその弓術士騎士はすぐ、ノーラン隊長で出ていった扉を閉め、その脇に立った。
一気に肩の力を抜くディロン。テナイアも同じく表情を和らげ、いったん立ち上がり席を移す。
「ディロン」
「すまないテナイア。お前を矢面に立たせてしまった」
自身の隣の椅子へ腰掛けるテナイアに、小声で謝罪の言葉を贈るディロン。しかし、テナイアは微笑みかぶりを振る。
「問題ありません。例の件を表沙汰にはできませんから」
「ああ。もしあのマナヤという少年が、我々が探し求めていた人物だとすれば……」
「はい。私達が抱えていた問題が、全て解決できます」
テナイアの声色は明るかった。
が、対照的にディロンは渋い顔になって考え込む。
「ディロン?」
「私は、そこまで楽観視はできない。マナヤがその人物である、と思い込ませるための罠である可能性も考えられる」
ハッとテナイアが息を呑んだ。
「例の情報が洩れているというのですか? そしてテオさんが、私達が求める『その人物』であるという演技をしていると」
「そう。我々が求めている人物を演出し、我々に取り入る。そして内部から我々を崩壊させる。そういうシナリオを何者かが描いていてもおかしくはない」
そう語るディロンの表情が、先ほどのようにどんどん険しくなっていく。目つきに至っては、何者かを視線で射殺しそうなほど、鋭い。
「希望的観測は危険だ。私は、現実を見なければならん」
彼の言葉に、やや悲しげに俯いたテナイア。
だがすぐに顔を上げ、ディロンの肩へそっと手を置いた。
「では私は、あの少年を信じる役目を担います」
「テナイア?」
「両方に備えましょう、ディロン。貴方が彼を警戒する役目を担うなら、私は彼を信じ、彼を味方に引き入れる役目を引き受けます」
「……」
「本当に彼が我々の〝救世主〟となってくれるのであれば、必要なことです。違いますか?」
落ち着いた口調でそう語るテナイア。
彼女を見つめ返すディロンの目から、徐々に険しさが薄れていく。
「……そうか。ならば、そちらは任せる」
「はい。元より、それが私の役目ですから。今までも、そしてこれからも」
見つめ合う二人。
ディロンも、先ほどよりは穏やかな表情になっていた。
「願わくば、本当に彼が救世主であって欲しいものだ」
「そう、ですね。そうすれば私達は……」
「ああ。ようやく我々は、『復讐』を果たすことができる」
二人して、窓からガラス越しに夜の森を見つめた。
ちょうど南の方角、開拓村があるはずの方向を。
◆◆◆
そんな二人の視線のはるか先、セメイト村の南方。
荒道の街道を少し進んだ先にある、件の開拓村。
その村全体を囲っているはずの防壁。それは完全に崩壊していた。『マーカス地区・十九番開拓村 セメイト村は北へ』と書かれた看板が傾き、乾いた音を立てて地面に落ちる。
開拓村の中は蹂躙され、建築物がことごとく破壊され、畑も荒らされ……
息絶えた村人たちや騎士たちの遺体。
それが山積みになった開拓村の中を、大量のモンスターたちが跋扈していた。




