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召還された召喚師  作者: 星々導々
第一章 転生者の降臨・消滅・そして再臨
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1話 最後の記憶 THEO

※注

本作は、以前に投稿していた作品(現在非公開中)の改稿版となっています。



 僕の村は今、阿鼻叫喚の中にいた。


 悲鳴と怒号が聞こえてくる。

 村の奥からだ。村の周囲をぐるりと囲っていたはずの高い防壁も、あのあたりからはもはや原型をとどめてない。そしてかすかに聞こえてくるのは、逃げまどうような悲鳴、そして懸命に立ち向かおうとする怒号。

 みんな、戦っているんだ。

 入り込んできている怪物たち――モンスターたちと。


 急がなきゃ。

 僕が行かなきゃいけないのは、怒号が聞こえてくる方とは()()()だ。


 この辺りの家屋は、ほとんどが瓦礫になっちゃってる。

 僕の村の南西部。普段なら、丸い屋根の石造りの家屋が立ち並んで、村の人たちが各々の家で憩っているはずだった。けれど今はそんな家々は影も形もなくて、戦うことができない人たちが逃げまどってる。


 ……なにか、出てくる!


 曲がり角から姿を見せたのは、紫色の塊だ。

 姿かたちは、乳牛そっくり。けれど村で飼っているそれとは違って、目の前のこれは全身が紫色の金属で作られていて、重厚な金属音を立てながら四本足を踏み出してきた。角にあたる部分も、銀色の頑健な鋼で作られている。そして全身が、真っ黒いモヤのようなものに覆われていた。


 牛機VID-60(ヴィドシックスティ)

 モンスターの一種だ。黒いモヤを纏いながら近づいてくるそれが……二体。


「どけっ! 召喚、【牛機VID-60(ヴィドシックスティ)】!」


 そう叫んで手をかざす。

 目の前が、光った。僕のすぐ目の前、虚空に金色の紋章が浮かび上がり、壁のように立ちはだかった。


 紋章の中から、何かが出てくる。

 目の前のモンスターと同じ、紫色の牛型の機械獣だ。でもこっちは、相手のように身体から黒いモヤのようなものは漂わせてない。人を襲うモンスターとは違う、僕たち召喚師が()んだ『召喚獣』だって証だ。


 黒いモヤを放つ、野良モンスターの牛機VID-60(ヴィドシックスティ)

 そして、僕が()んだ牛機VID-60。それらが目の前で睨み合い始める。


 落ち着け。

 学園で学んだことを思い出すんだ。

 二年前、十四歳になった日に、王都で〝成人の儀〟を受けた後、学園で教官から戦い方を教わったじゃないか。



『召喚したモンスターには、必ず直ぐに【行け】の命令を下しなさい。戦闘中は、【待て】や【戻れ】の命令は必要ありません』



「【行け】!」


 叫びながら、念を込めて命じる。

 とたんに僕の牛機VID-60(ヴィドシックスティ)が、ズンと脚を踏み出して歩き始めた。敵の、黒いモヤを纏った方の牛機VID-60も間を詰め、至近距離まで近づいていく。


 お互い同時に頭を一瞬屈め、そして相手に向かって角を突き出した。

 重厚な金属音。鋼の角同士がぶつかりあい、それぞれの頭部から火花が散った。


 僕達〝召喚師〟は、これしかできない。

 成人の議で『他の()()()』を得た人たちみたいに、自分自身で戦うことができない。できるのは、こうやって忌まわしいモンスターと同じ姿の召喚獣を操ることだけだ。


「くっ」


 今だ。

 早く駆け抜けないと。

 互いの牛機VID-60(ヴィドシックスティ)が引きつけられている間に、その脇をすりぬけるように、僕は走った。ぶつかる金属音が後方へ消えていく。


 戦いを見届けず、この場を離れる。僕たち〝召喚師〟の役目に反することだ。

 それでも僕は、どうしても確認がしたい。

 両親と……そして、大事な幼馴染の無事を。


 何度か瓦礫の曲がり角を曲がり続け、村の南部、両親の家がある地区へと向かってひたすら走った。

 やがて中央広場に出た。

 ここだ。この畑を突っ切りさえすれば、近道に――


「ピ、ピナの木が!」


 思わず足が止まった。

 木々の畑が、燃えている。等間隔に並んで緑の葉を生い茂らせていたはずの木々が、近寄りがたいほど強烈な熱気を放って赤い炎に包まれていた。近づくだけで肌が焼けてしまいそうで、近寄れない。


 もう、こんなところまでモンスターが攻めてきてるんだ。

 モンスターの中には、火を吹くものもいる。村のあちこちで火の手が上がっているのも、たぶんそいつらの仕業だ。


 この畑を突っ切れれば、両親の家まで早いのに。

 でも、立ち止まってる場合じゃない。なんとか畑の側面を迂回して――


「あっ!」


 小さな子供が倒れてる!


「大丈夫!? しっか――」


 冷たい。

 抱き上げた五、六歳くらいの小さな体は、くたりと四肢も頭も垂れ下げてる。もう、鼓動も全く伝わってこない。


「……ごめん。ごめんね」


 せめて、こんな血みどろの戦場じゃない場所に運んであげたい。

 でもだめだ。

 今は、動かなきゃ。じゃないと、村のみんながどんどん死んでいく。父さんも母さんも、僕の幼馴染も。


「っ!」


 急がなきゃ。僕の家が……僕の両親の家があった場所に。

 さっき、その場所に討ち漏らした野良モンスターの大群が向かっていくのが見えた。どうか、どうか無事でいて。


 やっと畑沿いの道を抜けた。

 瓦礫だらけになってしまっているけれど、去年までは見慣れていた光景。このまま、立ち並ぶ家の間を駆け抜けていけば。

 あそこだ。

 そこへの最後の角を曲がれば、たどりつく!


「なっ……」


 曲がった瞬間、体が凍りついた。

 なにかいる。

 僕の家の上に、人間ほどの大きさがある、オレンジ色の蜘蛛のような化け物が乗っていた。長くてやたら細い八本脚を蠢かせ、崩れかけた屋根の上で器用にバランスを取っている。


 中級モンスター『レンの蜘蛛(レン・スパイダー)』だ。

 屋根の上に、それが二体。どちらも黒い瘴気を纏って、眼下を見下ろしている。家の傍に一本だけ生えていたピナの木がごうごうと燃え盛り、日が落ちて暗がりはじめた中、蜘蛛の側面を赤く照らしあげていた。


 そのレン・スパイダー二体が、家の前を見下ろしている。

 そこに、二人の人物が倒れてた。

 片方は僕と同じ金色の短髪の、もう片方は腰まで伸びた長い茶髪の――僕の、よく知っている二人。


「父さん、母さん! くそ、やめろぉっ!」


 叫んで、飛び出した。

 僕のその声に反応するように、屋根にいる二体のレン・スパイダーがこちらを向く。お尻……というより、ひときわ膨れ上がった腹を大きくもたげ始めた。


 屋根の上にいるあいつらに、攻撃が届く召喚獣といえば……

 あれだ。

 悪あがきでもいい。今の残りのマナを全部使って、父さんと母さんを助ける!


「【コボルド】召喚っ、四体! 【行け】!」


 目の前に、四つの紋章が連続で浮かび上がった。

 中から、人影に似たなにかが姿を現す。人型のモンスターだ。けれども、頭は黒い毛を生やした犬で、腕も同じ黒い剛毛に覆われている。辛うじて赤と白の服らしいものを纏っており、背中には弓と矢筒を背負っていた。


 下級モンスター『コボルド』だ。

 それが、四体。僕の目の前に立ち並び、さっそく背中の弓を手に取っていた。


 同時に、屋根の上のレン・スパイダーも動いた。

 もたげた腹から何かを発射する。白い糸の塊だ。お尻にあたる部分から、それを高速で発射するのがこのモンスターの攻撃方法。あの糸の塊は、ちょっとした投石並の衝撃がある。僕も何度か自分で食らったことがあるからわかる。


 糸塊が、コボルドの一体に命中した。

 でもそれだけじゃ終わらない。

 命中と同時に、糸塊がほどけて膨れ上がった。蜘蛛の巣みたいにコボルドの全身へと広がっていき、絡み付く。


 直後、それ以外のコボルド三体も矢を放った。

 弧を描き、着弾。三本の矢が、ドスドスと右側にいる方のレン・スパイダーに突き立った。


 でも……やっぱり、だめだ。

 大した傷になってない。怯みすらせず、レン・スパイダーはさらに次撃の用意を始めてる。


「くっ……」


 今のうちだ。

 ()んだコボルドの後ろに、隠れなきゃ。

 ほんとは、こんな召喚獣(モンスター)に近寄りたくない。でも、教官だって言ってたことだ。



『遠距離攻撃モンスターを呼んだら、なるべく召喚師はその傍を離れないように。いざという時に後衛である我々召喚師の盾にもなります』



 僕達は自分自身が戦う力を持ってない。だからこそ、身を守る手段も確保する必要がある。

 落ち着け。

 冷静に対処するんだ。とりあえず、今はこれで様子見を――


 ――バシュウ


 鈍い破裂音のような音が響く。

 モンスターが倒された音だ。敵のレン・スパイダーが消えた音じゃ、ない!

 振り向けば、僕のコボルドが一体、いなくなってた。代わりに、地面に金色の紋様だけが張り付くように残っている。


「【コボルド】二体召喚っ、【行け】!」


 とにかく、数を増やさなきゃ。

 数の暴力。教官にも教わった戦術を大事にして、なんとか僕一人で切り抜けるんだ。



『戦いは質より量です。大軍なら多少の相性は無視して敵を圧倒できますし、仲間や召喚師自身の「盾」が増えて安全を確保できます』



 同じ『モンスター』を操るとはいっても、僕たち召喚師は最大で『八体』までしか同時に操れない。

 でも人を襲うモンスターは、無限に湧いてくる。だからこそ、僕たち召喚師にできることは、可能な限りの数で押し込むことだけだ。


「く、また……」


 また、鈍い破裂音。

 もう一体、やられちゃった。

 六体出したコボルドが二体やられて、こっちの残りは四体。僕自身がなにもできないことが、もどかしい。


 召喚獣に治癒魔法『魔獣治癒(ビーストヒール)』を使った方が、いいんだろうか。

 それとも、召喚獣の攻撃力を高める魔法を……



『召喚師は召喚獣を〝補助魔法〟で援護できますが、手駒が増えるわけではありませんし時間経過が効果が消えるので、あまり意味がありません。マナは魔法よりも召喚に費やしなさい』



 いや。

 教官だってああ言ってたじゃないか。

 魔獣治癒(ビーストヒール)のマナ消費は、下級モンスター一体と同じ量だ。そのマナで下級モンスターを増やした方が、まだいい。

 そのはずだ。



「――ガウッ」

「あっ!」



 突然、建物の陰から灰色の何かが飛び出してきた。

 狼だ。瘴気を纏った、灰色の狼が二体。下級モンスター『ガルウルフ』だ!


 僕が盾にしてるコボルドが、鉤爪で切り裂かれてしまった。

 空中に溶けるように、コボルドが消える。さっきと同じように、地面に金色に光る紋章だけが残った。


 もう、倒されちゃった。

 ぎろりと睨みつけてくる狼の視線。首の後ろがぴりぴりする。


 まずい。

 こっちに残ってるのは、下級モンスターのコボルド二体だけ。

 射撃モンスターであるコボルドは、接近戦には弱い。レン・スパイダー二体も丸々残ってるのに、接近戦をしかけてくるガルウルフ二体までやってきた。

 ここままじゃ、押し切られる!


「しょ、召喚、【スカルガード】!」


 慌てて手をかざした。

 召喚紋の中から、剣と盾を携え、兜をかぶった骸骨戦士が姿を現す。接近戦型の下級モンスター『スカルガード』だ。


 ガルウルフ二体が、さっそく僕のスカルガードに群がった。

 同時に、レン・スパイダーも動く。屋根の上から腹をもたげ、糸の塊を発射した。



 ――バシュウ



 スカルガードが、一瞬で!?


「【スカルガード】召喚! 【ガルウルフ】召喚! 【行け】っ!」


 押し切られちゃだめだ。

 とにかく召喚を繰り返して、なんとか数で上回らないと。


 でも、ダメだ。

 出したそばから倒されていく。数を上回ろうとしても、既に攻撃態勢に入った相手の集中砲火で各個撃破されていっちゃう。召喚ペースが足りない!


「召か――う、ま、マナが!」


 とうとうマナが尽きちゃった。

 マナは、時間経過で回復はする。回復するまでの間、なんとか今の戦力で押し切れる?


 残りの召喚獣は……全滅!?

 敵のガルウルフたちは、なんとか倒せてる。でもまだ最初のレン・スパイダー二匹が、屋根の上に!



「かはっ……」



 前方から突然の衝撃。

 息が、できない。

 逆方向からも、どさりと衝撃を感じた。僕の体……地面に、倒れ込んでる?


 なんとか身を起こして、気付いた。

 胸元と左脚に、糸塊が絡み付いてる。さっきの衝撃は、レン・スパイダーの攻撃が僕に命中したんだ。


「あぐっ、くぁ、ぐっ」


 まだ、レン・スパイダーの攻撃が!

 次々と、体に糸が纏わりついてくる。……うごけ、ない。


 どうすれば。

 何をすればいいんだ。

 何も思い浮かばない。糸が絡まって、手を前に差し出すこともできない。



 やっぱり、召喚師なんかじゃ戦力にならないんだ。



 せめて僕が、召喚師以外の『クラス』を得ていれば。

 十四歳になったあの日、王都で『成人の儀』を受けた時に『召喚師になれ』だなんて国から命じられなければ。他のみんなのように、召喚師以外の『クラス』を得て、僕自身が戦えるようになっていれば。

 そうすれば、僕だって村を守れたのに。


 レン・スパイダー二体が腹をもたげる。

 だめだ。

 やられる。



「――はああっ!」



 女の人の、声?

 思わず目を開けた。

 屋根の上に、赤い人影が舞い降りていた。勢いのまま、その人がレン・スパイダーを一刀両断にしている。


 ふわりと、彼女の赤い髪が揺れた。

 長髪を肩あたりでサイドテールに纏めたその女性は、さらに剣を振り切った状態で――


「【スワローフラップ】」


 鋭く叫んだ。

 その声とともに刀身が光り、剣が逆袈裟に翻る。その斬撃はもう一体のレン・スパイダーの体を、無理な体勢からでも正確に斬りつけていた。 衝撃でレン・スパイダーの胴体がブレて、直後発射された糸塊は明後日の方向へと飛んでいく。


 僕も何度か見たことがある。

 あれは、『剣士』のクラスが使える技能(マーシャルクラフト)の一つ。マナを消費することで、武器を強引に翻し連続攻撃できる技だったはず。


「セイッ! ――そこの召喚師、無事!?」


 彼女は、さらにレン・スパイダーにとどめを刺し、こちらを見下ろしてきた。

 そうだ。僕は、この人は知ってる。

 アシュリーさん。五年前に『成人の儀』を受けた三つ年上の女性で、この村でも有数の剣の使い手だ。


「こんなとこで何してるの! 召喚師がたった一人で戦うなんて、無茶に決まってるじゃない!」

「す、みま、せ……」

「うん、なんとか無事そうね。なら『封印』だけお願い」


 封印……

 そ、そうだ、あれが残ってるはず。


 頭を起こし、周囲を見回す。

 あった。

 黒い瘴気でできた紋様が、いくつか地面に残されてる。ガルウルフを倒した跡だ。モンスターが死んだあとには、こうやって瘴気の塊が紋様のようなものを残す。『瘴気紋』と呼ばれているものだ。


 僕の体にまとわりついてるこの糸が、邪魔だ。

 ……よし、なんとか引きちぎれた!


「【封印(コンファインメント)】っ」


 すぐ瘴気紋に手を伸ばし、発声。

 地面に張り付いた瘴気紋がするりと空中に浮かび、一瞬で金色へと変化した。そのまま粒子のように崩れ去り、キラキラと僕の手のひらに吸い込まれていく。


 封印。

 僕たち『召喚師』には、()()しか取り柄がない。


「この人たちは……大丈夫ですか、しっかり!」


 アシュリーさんが、家の前で倒れている二人に声をかけていた。

 そ、そうだ! 父さんと母さん!



 ――突如、南側から轟音が響く。



「えっ!?」


 アシュリーさんも何事かと音の方向へ振り向いてた。

 何の、音?


 村の南門にある、防壁だ。

 ガラガラと音を立てて、その防壁が崩れていく。奥から、ここからでもわかるくらいの、大量のモンスターの波が……!


「嘘でしょ、まさかスタンピードの第二波!? どうして南側から!」


 そう叫ぶアシュリーさんも、表情が強張っていた。

 彼女はすぐさま立ち上がった。周囲を見回して、顔をしかめている。


「こっちは無防備だ……あんた、そこの二人の介抱頼んだわよ!」


 そう言い残して、アシュリーさんが跳び上がった。

 ひとっ跳びで、屋根に。そのまま瓦礫の上を跳び移りながら、崩れた南門の方へと駆けていく。自力であれだけ動けるのは、剣士ゆえの彼女の身体能力だ。


 ……そ、そうだ!

 それよりも父さん、母さん!


「うぐ……父さん、母さんっ! しっかり!」


 全身がじくじく痛むけど、関係ない。

 這いずって、倒れている二人のもとにたどり着いた。二人の体にまとわりついている蜘蛛の糸も、邪魔だ。

 がんばって。二人とも、すぐ解放してあげるからね。


 やっと、糸を引きちぎれた。

 慌てて息を確かめる。現れた二人の胴は、かすかに上下していた。

 生きてる!

 そっとだ。そっと、二人の体を起こして……


「……その、声……テオ、か……」

「テオ……久しぶり、ね……」


 二人が、弱々しく声を上げた。

 久々に聞く両親の声。嬉しそうな表情はしてたけど、声は掠れていて力も無い。


「そんな、父さん、母さん……!」


 思わず、胸の底が凍り付いた。

 抱き上げた二人のお腹には、痛々しく深い、獣の爪痕が残っていた。血も、こんなにいっぱい。

 この傷じゃ、もう……


「すまん、な……テオ……私、では……母さん、を、守り……きれなかった……」

「テオ……逃げて……あなた、だけでも……生きて……」


 二人が、僕の顔に手を差し伸べてきた。

 すごく苦しそう。けど、それでも全力を振り絞るように、震える腕を伸ばしてくる。

 父さんは左手を。母さんは、()()()()()()()右手を。


「そんな……二人を置いてなんて……僕は」


 ……父さん、母さん。

 頬に当たる二人の手は、冷たい。


「逃げろ、テオ……生き……ろ……」

「お願い、テオ……シャラ、ちゃんを……おねが……い……」


 もはや、パチパチと鳴り響く炎の音でかき消されそうなくらいの小さな声。

 いやだ。

 そんなの、いやだ。

 でも僕の石とは無関係に、二人の体が重くなっていく。腕で支えきれなくなって、思わず二人の背中を支えそこないそうになった。


「父さん……? 母、さ……」


 ――二人の全身から、力が抜けていった。

 もう、ぴくりとも動かない。伸ばしてきた腕も力が抜けて、ずるりと僕の手から滑り落ちた。


「うっ……うぅ……」


 ……どうして。

 久々に会えたのに、あんまりだ。

 父さんと母さんが何をしたって言うんだ。


 伝えたいことはたくさんあったのに。今まで育ててくれた、親孝行をしたかったのに。

 召喚師なんかになってしまったことを、謝りたかったのに。



「テオ! 危ないっ!!」



 え?

 この、声。



 ――ザシュッ



 なに?

 後ろで何かが、叩き斬られるような音?


 振り返った。

 すぐに目に入ったのは、黒い瘴気を纏った牛頭の化け物『ミノタウロス』。

 さらに、その手に握られた大斧を背に受けている……



 金髪セミロングの、女性。



「――シャラっ!!」


 しばらく会っていなかった、二つ上の僕の幼馴染。……大好きな、僕の幼馴染。

 彼女が背から鮮血を撒き、倒れこんでいく。

 まさか、僕を庇って?


 でも、ミノタウロスはまだ終わらない。

 再度斧を振り上げる。ぐったりと地面に倒れこんでいいるシャラを見下ろし、その斧を――

 だめ!


「【ガルウルフ】召喚っ、【行け】!」


 現れた僕のガルウルフが、飛び出していった。

 牛頭の化け物へと躍りかかる。ミノタウロスとガルウルフはもつれあい、そのままシャラのいる位置から後退していった。


 今だ。

 倒れこんだシャラを抱き上げた。彼女の背中に手を当てる。

 ……ぬるりと、温かい血の感触が伝わってきた。


「誰か! 白魔導師さんを! 白魔導師さんはいません、早く!」


 白魔導師の『クラス』を持ってる人なら、治癒魔法で傷を治療できるはず。

 けれど、返事がない。どの方角に叫んでも、帰ってくるのは怒号と悲鳴だけ。


「シャラしっかり、すぐ白魔導師さんが来るから!」

「テオ……やっと、顔、みせて、くれた……」


 ……シャラ。

 声が、細い。口の端から血も……


「シャラ、喋らないで! じっとしてれば、すぐ――」

「ね、聞いて……テオ……」


 シャラが、何か伝えようとしてる。

 震える腕を持ち上げた。ゆっくりと両手をこっちに差し出し、僕の手を取った。


 僕が茫然としている間に……

 シャラは()()()()()()()()()()()()()()()

 ……この、仕草。


「ね、テオ……私、テオ、の、お嫁さん……に、なりたかったん……だよ……」


 小さく唇に弧を描きながら、シャラはそう呟いていた。


「シャ、ラ……」

「ずっと……ずっと……大好き、だった……」

「シャラ……僕は、僕も……!」

「なのに……テオ、会わなく、なっちゃったんだもん……寂しかった、よ……?」


 ……シャラ。

 僕は、シャラの背に回した手を戻した。

 僕の手を包み込んでくるシャラの手を、()()()()()()()

 とたん、苦しそうな彼女の顔が、少しだけほころんだ。


「……えへへ……ありが、とう……うれしい……」

「シャラ、お願い、まだ……!」

「ごめん、ね……テオに、何、も、できなくて……」


 嫌だ。

 まだ、逝かないで。

 せっかく、また会えたのに。


「そんなことない、僕は!」

「テオ……せめ、て……あなただけは……生き……て……」

「シャラっ!」


 ゆっくりと閉ざされていく瞼。

 沈むように力が抜けていく体。

 徐々に無くなっていく、彼女の体温。


 背後からの、ミシミシという音。


「っ、テオ、だめ……っ!」


 ――ドンッ


 え?

 どう、して?

 シャラが、僕を、突き飛ばし……


 ズン、という地響き。

 当時に突然、目の前に大量の火の粉の舞い散った。炎の塊と共に、シャラを呑み込む。


「……!? シャラっ!」


 そばで燃えてたピナの木!

 あれが、こっちに倒れ込んできてたの!?

 シャラは!?


「シャラ、シャラ! あ、つ……っ」


 チリチリと肌に刺さるような熱さに、手が引っ込んでしまった。

 ……だめ、だ。

 シャラが倒れたところは、メラメラと燃えるピナの葉々に、完全に呑み込まれてる。もう近づけない。


「そん、な……」


 シャラは、最後まで僕をかばって。

 彼女の最期すら、僕は看取れないなんて。


「う……あ……」


 どうして。

 守りたかったのに。

 誰よりも、守りたかったのに。


 一緒に村を守っていくって、約束したのに。


「あ……あああ……」


 僕のガルウルフが消滅する音が聞こえる。

 ズン、と斧を持ったミノタウロスが僕の傍まで歩いてくる音が聞こえる。

 周囲からも、モンスター達の足音が響いてくる。


 でも。

 そんなことは、もうどうでもいい。



「っ……うあああああああぁぁぁーーーーーっ!!」



 振り下ろされる、斧の風切り音。

 僕の叫びが、それと重なったその時。






 僕の記憶は、途絶えた。



 ◆◆◆



 ――聞こえるか――



 ――其方には、「異世界」へ行ってもらいたい――



 ――……すまぬ。其方には、苦労をかけることになる――



 ――その代わりと言っては、何だが――




 ――時間を、巻き戻そう――


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― 新着の感想 ―
[良い点] 戻ってきた! 改稿部分としては、主に「文章を軽くした」「家族を助けるって目的を強調した」ってところですかね。 確かに、主人公の目的と現状がしっかりしていた方が、ストーリーは読みやすいで…
2024/05/04 13:46 退会済み
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