「俺、好きな人ができたんだ」その一言から始まり、婚約破棄宣言されました。
「俺、好きな人ができたんだ」
婚約者モーツレットは一つにまとめた銀の長い髪を風に揺らしながら淡々とそんなことを告げてくる。
「だから、君とはもうやってはいけない。悪いが、婚約は破棄とさせてもらう」
そして彼はそこまで言いきった。
「それは……あの、本気で?」
「もちろんだ」
「そう、ですか。……けれど、良いのですか? 私との婚約を破棄するとなれば、我が家の権力を使って得たものはすべて失うこととなってしまうのですよ?」
そう、実際彼はこれまで我が家の権力によって多くのものを手に入れてきたのだ。
主に仕事面で。
彼は私との関係によって我が家の力を得て成功を収めてきた。
婚約を破棄するということは、それらをすべて捨てる失うということを意味する。
この婚約を破棄するということはただの婚約破棄とはまったくもって意味合いが異なるのである。
もっとも、ただの婚約破棄でも印象が悪くなったりはあるわけだが。
「それは脅しか?」
「いいえ。後から揉めないように先に言っているだけです」
「脅しだろう!」
「違います、確認です」
「……まぁいい。何にせよ、俺はもう君とは生きない。どれだけ脅されたって絶対に屈したりはしないんだ。俺は愛する人と共に生きる道を選ぶ。たとえそれが険しい道だとしても」
モーツレットは何やらストーリーの世界に入り込んでしまっているようだ。
「婚約者を脅すような悪女には絶対に負けない」
おかしな話だ。だって私は何も脅してなどいないのに。私は念のため確認しているだけ、それ以上のことなんてしていない。後から揉めないために大事なところを確認しただけなのに、それを悪だと言うなんて。正直被害妄想の域だと思う。
それでもいい。
それでも婚約破棄する。
そう答えれば良いだけではないか。
何も、絶対に別れない、なんて言っているわけではないのだし。
「ということなので、婚約は破棄だ。いいな? もうこれは決定していることだ。絶対。じゃ、そういうことで。さよなら」
彼は最後そう言って、私との関係を一方的に終わらせたのだった。
できることなら共に歩みたかった。
でもどうやらそれは無理な願いだったようだ。
ならば別々の道を行こう。
それが彼の強い意志であるのなら……仕方のないことだから。
◆
モーツレットとの婚約が破棄となって一ヶ月ほどが経ったある日のこと、私は、散歩中に路上で倒れている一人の青年を助けた。
青年は実はこの国の第一王子であった。
何でも彼はこっそり城を抜けて出掛けてきていたそうなのだが、その途中生まれ持っている発作が起こり倒れてしまった、ということのようである。
その後彼を保護していることが国に伝わったらしく、国からの遣いが我が家へやって来る。
国の者たちは私が王子を誘拐しようとしたのではないかと疑った。しかし第一王子その人が守ってくれた。誘拐などではない、と。私たちに非はないのだということを強く訴えてくれ、それによって疑いは晴れることとなって。おかげで罪を押し付けられることは避けられた。
以降、私は第一王子と定期的に顔を合わせることとなる。
そしてやがてプロポーズを受け、それを承諾。それによって私たちは婚約者同士へと階段を一段昇ることとなった。
王子との未来なんて想像してはいなかったけれど、でも、彼とならきっと上手くやってゆけるだろうと思えたからこそ彼からの申し出を受け入れたのだ。
彼のことは信頼している。
後になって捨てたりしないだろうとも思えている。
だから私は彼との道を選んだ。
王子との結婚。それはきっと簡単なものではないだろう。辛いことだってきっとあるはず。でも、それでも、彼となら行ける。夫婦で支え合ってゆけるのであれば、きっと、山も谷も越えて未来へと進んでゆけるはずだ。
ちなみにモーツレットはというと、私との婚約を破棄したことで仕事の多くを失うこととなり稼ぎが以前の一割程度にまで落ち込んでしまったそう。で、言っていた好きになった女性からも「稼ぎなさすぎ、無理」と言われ拒否されてしまったそう。それによって心折れたモーツレットは、無気力になってしまい、実家にある自室に引きこもるようになってしまったそうだ。
彼は今、引きこもり状態。
かつて存在した仕事に燃える彼は死んでしまったも同然のようだ。
◆終わり◆




