ある年の冬、聖夜とされる日に。~婚約破棄されたら人生が終わるというわけではありませんので、幸せになる道はあります~
ある年の冬、聖夜とされる日に。
「お前みたいなパッとしない女と一生を共にするのは嫌だ。よって、婚約は破棄とする」
婚約者モーグレスはそんなことを宣言してきた。
軽く巻かれているように見える赤毛、マイルドな赤茶色の瞳、どことなく穏やかな暖炉のような雰囲気をまとった容姿のモーグレス。しかしその性格は容姿から想像するものとはほぼ真逆のもので。彼は身勝手な人間である。これまでも急に勝手なことを言い出すといったことは多々あった。
だから急に想定外のことを言われることには慣れている――のだが。
「この聖夜に俺が共に過ごすのは、もっと素晴らしく完璧な女性でなくては」
そこまで言われるとさすがに傷ついた。
完璧な女性? いるものか、そんな存在。あり得ない、考えられない。もしそんな人が存在するのだとすれば、それはきっともう人間ではないだろう。完璧な人間なんて、この世に存在すると本気で思っているのか? 良いところもあれば欠けているところもある、それが人間という生き物だということを彼は知らないのか?
「じゃあな。お前との話はこれで。もういいよな。俺はこれから完璧で素晴らしい女性と聖夜を過ごすから。ま、お前はせいぜい一緒に過ごす相手を今から探すんだな。鼻毛の出たおじさんにでも相手してもらえや」
◆
モーグレスはその日の晩前々から酒場で知り合いになっていた女性ミルミルに声をかけ聖夜を過ごすことにしたようだった。
しかしミルミルがついてきたのはあくまでお金目当てで。
当たり前だがモーグレスのことを好きだからではなかったようで。
モーグレスのお金で思う存分美味しい物を食べると、彼女は「お疲れ様~」とだけ言って先に帰ってしまったそうである。
で、結局、モーグレスは夜遅くまで誰かと一緒にいることはできなかったようだ。
夜は一人きり。
彼は誰とも聖夜を楽しめなかった。
ちなみに私はというと、まだ住んでいる実家にて家族で聖夜を過ごした。
婚約破棄されたのは悲しいことだ。でも家族揃って特別な夜を楽しめるというのはこれ以上ないほどの幸運であった。変に気を遣うこともなく聖夜を楽しめたのだから、どんな聖夜よりも幸せな聖夜だろう。
◆
あれから数年。
婚約破棄され家族で過ごした聖夜から三度目の聖夜である今日、私は、先日夫となった貴族の家の出の青年アリューフレットと二人の家にて共に過ごしている。
「ケーキ、買ってきてくれたやつ、あれ食べて良かったのかしら?」
「うん、もちろんだよ」
「アリュだけが食べる?」
「いやいや。ないない。二人で食べるんだよ、食べよう」
「じゃあ出してくるわね」
「ありがとう! 助かるよ、お願いするね」
「はーい」
モーグレスとの婚約破棄なんてもはやどうでもいいことだ。
なんなら今は感謝しているくらい。
だって彼が私を捨ててくれたからこそアリューフレットに出会えたのだから。
ああ、そうだ、そういえば。
モーグレスはもうこの世にはいないらしい。
というのも結婚相手を探すも理想に叶う人が見つからずある夜急に自ら死を選んだのだそうだ。
きっと彼には彼なりの苦悩があったのだろう。
……でも同情はしない。
だって彼は私を切り捨てたのだ。何か問題があったわけでもないのに。それも、あんなにも非情に。どこまでも心ない瞳と言葉で、私を、この胸を傷つけた。
だから彼がどうなろうとも可哀想だとは思わないし思ってあげる気もない。
私はもう振り向かない。
過去の人のことなど想いはしないのだ。
今この瞬間に目の前にいる、私を大事にしてくれる、そんな人だけを見つめ大切に想って生きてゆく。
◆終わり◆




