婚約破棄されたので、家の近くの湖に飛び込んでこの世を去ろうとしたのですが……?
婚約破棄され、家の近くの湖に飛び込んだ。
幼い頃からたまに訪れた湖。
いつだって美しかった水面。
死ぬならせめて懐かしい匂いのする場所がいい。
そう思って、死に場所をそこに決めた。
『おぬしはまだ生きねばならぬ……ならぬのだ、生きねば……』
けれども飛び込んだ瞬間そんな低い声が聞こえて。
――気づけば私は湖の畔に立っていた。
「え……何があったの、これ……」
辺りを見回しても誰もいない。ただ静かな湖が佇んでいるだけ。あの声は確かに聞こえた声だった。けれどもその声の主らしき者は視界に入らない。
……まさか空耳だった?
いや、そんなことあるわけがない。
だってはっきりと聞こえたのだ。
あれが勘違いだったはずがない。
もしかして……湖の神様、とか……そんな不思議な存在の声だったのかな?
なんて、非現実的なことを考えたり。
馬鹿みたいな想像かもしれないけれど。
でも真剣に思考してもそのくらいのことしか思いつかなかったのだ。
ただなんにせよ湖に入ったせいで全身濡れて寒いので、取り敢えず一旦家へ帰ることにした。
数ヶ月後。
私はある街に出掛けていた時にふらりと入った喫茶店で知り合った男性と親しくなった。
彼は服飾系の大会社の社長の息子。
しかしながら威張ることはないしくだらないことで怒るようなこともない。
少しでも気に入らないことがあるとすぐに不満げな顔をしたうえぶりぶり文句や嫌みを吐き出してきていた元婚約者とは大違いだ。
私は今、彼との将来を考えている。
そして彼もまた私と行く未来を考えてくれているようだ。
今はまだ分からないことも多い。けれども迷わないし恐れない。未来なんて元より不確かなものなのだから、最初から、第一歩から恐れを抱く必要はないだろう。そう思っているからこそ、私は、愛しい人である彼との未来を信じて歩いている。
ちなみに元婚約者のあの男性はというと、あの後大衆酒場で初対面で意気投合した女性と光の速さで深い仲になってしまったそう。で、本人としてはそのつもりではなかったものの、向こうの親にあれこれ言われたこともあってほぼ強制的に結婚させられることとなってしまったそうだ。
元婚約者の彼は、今、望まない形で始まった結婚生活を嘆いているとか。
だがそれは自業自得だろう。
◆終わり◆




