穏やかな風が吹く快晴の春の日、婚約者である彼との結婚式へ臨むものと思っていたのですが……?
穏やかな風が吹く、快晴の春の日。
今日私は婚約者であった彼ミードレッドと結婚式を挙げる。
――幸せへと突き進むものと思っていた、のだが。
「アリーナ、お前との婚約は破棄とする」
式の直前、ミードレッドからそんなことを告げられた。
「え」
しかもそれだけでは終わらず。
「そして、妹さんであるエミリーと結婚する」
そんなことまで言われてしまって。
脳が追いつかない。
何がどうなっているのか理解できない。
そんな状態でいたら、扉が開いて。
白いドレスをまとった私のよく知る女性――我が妹エミリーが、勝ち誇ったような笑みをこちらへ向けながら入室してきた。
「ごめんね、お姉さま」
「エミリー!」
「こんなことになってしまって」
「ど、どういうことなの? 結婚って……貴女、本当に、ミードレッドさんと結婚するの?」
すると彼女はふふと笑みをこぼした。
「そうなの。ミードレッドさんに愛されてしまって。奪うみたいになってしまってごめんなさい、でも、わたしが意図して奪ったわけではないのよ。わたしが魅力的だったから彼を魅了してしまっただけで」
エミリーは慎ましそうに振る舞っているけれど、そんなのは嘘だ。
だって普通は姉の婚約者から迫られても相手にしないだろう。それを、真剣に相手にして、さらには結婚まですると言っているのだから。どう考えてもまともではない。たとえ自分から迫ったのではないとしても、それはもう奪ったも同然。盗ったようなものではないか。
「ふふ。急に伝える形になってしまってごめんなさいね、お姉さま」
「そういうことだから。理解してくれよ、俺たちは愛し合っているんだ。分かるな? じゃ、アリーナ、今日はお祝いしてくれよ」
――お祝いしろ、だと?
この状況で?
こんな目に遭わされて?
……馬鹿じゃないだろうか。
こんな滅茶苦茶なやり方をされて。
こんな誠実さの欠片もないやり方をされて。
それでも私はにこにこお祝いできると、本気でそう思っているのか?
……いいえ、どうせ、そんなことは思っていないのでしょうけど。
きっと二人は嫌がらせをしているのだ。私に対して。私が嫌な思いをするように、屈辱的な思いをするように。そういう黒い考えがあってそんなことを提案してきているのだろう。
「式への参加はお断りいたします」
そこまで大人しい私ではない。
私は私の心を守る。
それが最優先事項だ。
「では、失礼しますね」
式場から一人で去らなくてはならない、その状況は惨めだった。
でも、あの二人の結婚式に客として参加して幸せな姿を見るなんて、そんなのはもっと惨めな思いをさせられるだろう。
それならばここで去る方がずっとましだ。
◆
ミードレッドとエミリー、二人の結婚式は惨劇の舞台となった。
もっとも、私は参加しなかったので無事だったのだが。
結婚式開催中に賊が会場へ入り込んできたそうで、賊たちが暴れたために式は台無しに。さらに、皆、襲われ負傷させられたり金目のものを奪われたり高級な衣服を剥ぎ取られたりしたそう。また、下手に抵抗しようとしたために殺されてしまった参加者も出たそうだ。
そしてミードレッドもまた落命した。
彼はエミリーの前でかっこつけようとして「君を、そして、皆を守る」などと言って賊に立ち向かっていったそうなのだが、あっさりと袋叩きにされ、その場で死亡したらしい。
それをすぐそこで目にしたエミリーは生き延びはしたものの心を病んだ。
◆
あの結婚式から二年半ほどが経った。
私は先日とある男性と結ばれた。
彼はミードレッドよりも高貴な家の出の人である。
といっても、高貴な家の出だからといって高貴さを意図的にばらまくような人ではない。
彼は誠実な人だ。そして広い心の持ち主でもある。私が家事で失敗した時も、ギャグかというような不器用さを露呈させてしまった時も、彼は包み込むような優しさを持って接してくれた。時に支え、時に意見をくれ、と。そうやって、常に、共に歩もうとする意思を示してくれていたのである。
私にとって彼は最良のパートナーだ。
ちなみにエミリーはというと、今もミードレッドの死の瞬間を思い出してはパニックを起こし情緒不安定になるといったことを繰り返し続けているようだ。
担当の医師からは「回復すること、元に戻ることは、恐らくもう一生ないでしょう。随時症状に対処していくしかないですね」と言われているらしい。
かつてのエミリーは死んだも同然。
彼女は一生あの惨劇によって苦しむのだ。
今年もまたやって来る。
穏やかな風が吹く、快晴の春の日。
もう私は一人ではない。
だからこそ希望を見据えて前へ進める。
◆終わり◆




