夫と出会ったのは、それまで婚約していた男性から婚約破棄を告げられて絶望していた夏の夜でした。
夫と出会ったのは、それまで婚約していた男性から婚約破棄を告げられて絶望していた夏の夜だった。
一人、夜の公園に佇んでいたら、通りかかった彼が声をかけてくれて。
そこから関わり合いが始まった。
あの夜、あの時、夫が見ず知らずであるにもかかわらず私に喋りかけてくれたことがすべての始まりだったのだ。
もし夫があの時声をかけてくれなかったら、きっと今の私たちは存在しなかっただろう。
「あーあ、今年の夏も暑いわね」
「そうだねぇ」
「今、暇? 何か飲む?」
「うん。飲もうかな。ちなみに今は休憩中だよ」
「もうすぐ店の方へ行くの?」
「そのうち」
「じゃあささっと飲めそうなものがいいわよね」
「うんまぁそうだねぇ」
婚約者であった男性はある日突然私を切り捨てた。
それも大変身勝手な理由で。
そうしていきなり孤独になってしまった私は、絶望していたのだけれど、今思えばそれはそれで人生の流れだったのかもしれない。
「これでいい?」
「冷たそうだねぇ」
「ええ。ミント風味、冷やした飲み物よ」
「甘い?」
「ええ」
「やった! 嬉しいなぁ」
「はい、どうぞ」
「ありがとう! じゃあいただくね」
ちなみに元婚約者のその男性はというと、後に怪しい会社を営む美女に色仕掛けされそれに乗ってしまったために命を落とすこととなったようだ。
詳しいことは知らない。
だがそんなようなざっくりとした話は私の耳にも届いた。
結局彼には光ある未来はなかったのだ。
「わぁ! 美味しいなぁ!」
「ほんと? 良かった」
「これとっても素敵だね。味わい深いよ。最高だよ、この飲み物」
「もう一杯飲む?」
「ああいやいいよそんな……申し訳ないし」
「すぐ作れるわよ」
「ほうとう鍋!?」
「え?」
「あ。間違ったごめん。本当に!? って言いたかったんだ」
「そう……」
「うん、ごめん急に」
「気にしないで。間違いは誰にでもあるものだものね、大丈夫」
だが元婚約者のことなど今はもうどうでもいい。
私と彼はもう他人だ。
とうに別々の人生を歩き出している。
だから彼がどうなろうが知ったことではない。
「じゃあもう一杯作ってくるわ」
「ありがとう!」
私はもう幸せな今を手に入れた。
ゆえにもう過去を振り返る必要はない。
青く澄んだ空を見上げて。
柔らかな風を肌で感じて。
そうやってありのままで生きてゆくだけでいい。
◆終わり◆




