二面性のある婚約者を義妹が魅了魔法で奪ってゆきました。これは……ある意味ラッキーですね。
私の婚約者マドレス・エリル・ハルハッドは二面性のある男性だ。
彼は外向きには非常に良い青年を装っている。
しかしながら内に向けては驚くくらい感じ悪く高圧的な人物なのである。
婚約者である私は「お前! 何してるんだ、とろすぎる!」とか「お前は本当に無能だよな」などとたびたび言われているし、まずいつもお前呼びばかりで名ですら呼んでもらえないくらいの雑な扱いをされている。
しかし顔は良いので女性からの人気は高い。
そして、私の義妹にあたるミトレーナもまた、彼に惚れていた。
そんな彼女はある時魔法を使った――彼女が得意とする魅了魔法――それを彼女はマドレスに対してかけたのだ。
それからというもの、マドレスはミトレーナを愛するようになった。
「好きなんだ、君のことが。ミトレーナ、俺と生涯を共にしてはくれないかい? 愛し合いたいんだ」
「ええー……でもぉ、貴方はぁ、義姉の婚約者でぇ……」
「そんなことはどうでもいいさ。婚約など破棄すればいい。俺は君と一刻も早く結ばれたいんだよ」
「じゃあ……先に婚約破棄してきてくれるぅ?」
マドレスのミトレーナへの熱は凄まじいもので。
「ああ! そうする! そうすれば一緒になってくれるか!? 俺と!」
「ええ、いいわよぉ」
「よっし! じゃあ告げてくるからな!」
「お願いねぇ」
その時の彼はミトレーナ以外見えてはおらず。
「よっしゃ! よっしゃ! よっしゃしゃよしゃしゃら、よっしゃしゃしゃいしゃい! よっしゃぁ! よっしゃぁ! よっしゃらよっしゃしゃしゃんしゃら! キタァー、キタァー、キタッタタッタタキタッタタ!」
それゆえ。
「お前との婚約は破棄だ、さよなら」
私は一瞬にして婚約破棄されてしまったのだった。
……いや、でも、これは幸運だろう。
彼と共に生きても失礼なことを言われ続けるだけだ。常に見下されて。そういう関係はきっともうずっと変わらないものと思われる。それはつまり、これまでのような関係を死ぬまで続けなくてはならないということ。常に下に見られ、常に高圧的にあれこれ言われ、と。そんなのが一生続くなんて地獄だ。
ならばミトレーナに渡してしまう方が良い。
だって、そうすれば、私は彼から解放されるのだから。
◆
あの後マドレスとミトレーナは結婚した。
しかし魅了魔法が徐々に弱まるにつれマドレスの態度は悪化してゆき、やがて彼はミトレーナに対してもかつて私に対して取っていたような態度を取るようになっていったようで。
それによってミトレーナは心を病んでゆく。
そしてやがて彼女は自らこの世を去る選択をした。
何も死ななくてもやりようはあっただろうに……。
でもそれが彼女の選択なのなら仕方ない。その時の彼女にとってはそれが最良の道だったのだろう。彼女の人生だ、それをどう扱うかは彼女自身が決めればそれでいい。
◆
あれからどのくらい時が経ったのか、もう分からないくらい月日が流れたが、私は今とても穏やかに暮らすことができている。
結婚はした。
親の紹介で知り合った男性と。
彼は紅茶を飲むのが好きな人で、私が結婚後始めた趣味である編み物をしているといつも温かい声をかけてくれる。
そんなどこかまったりした彼のことが私は大好きだ。
◆終わり◆