「なぁ、ミャンモクリュミレニュって知ってる?」婚約者がそんなことを尋ねてきたところから驚きの展開が待っていました。
「なぁ、ミャンモクリュミレニュって知ってる?」
友人のような関係性の婚約者ルルートがある日そんなことを尋ねてきた。
「何それ?」
「知らないんだね」
「ええ」
「ま、知らないだろうと思ったけどさ」
聞いたことのない単語をいきなり投げつけられても困ってしまう。
「ええと……ミャン、モ?」
「ミャンモクリュミレニュだってば」
当たり前に知っているであろう単語を間違ったかのように言われるのは少々心外である。
「ミャンモクリュ……」
「ミレニュ」
「ああ、ミレニュ、ね! えっと、じゃあ、ミャンボクレ……」
「違う!!」
さすがに間違い過ぎた。
でも仕方がないではないか。
長いうえかなり複雑で難しいのだから。
「ごめん」
反射的に謝罪していた。
「ミャンモクリュミレニュ、だよ」
「難しいわね……」
「いいから言ってみるんだ。練習大事だよ。ほら、もたもたしてないで」
「ミャンボクレ」
「違う!!」
「ええと」
「ミャンモ! クリュ!」
「そ、そうだったわ。ミャンモ、クリュ、えっと……ミレニュ?」
「そう!」
ようやく掴めてきた気がする。
「ミャンモ、クリュ、ミレニュ」
「それを全部繋げて言うんだ」
「ミャンモクリュミ……」
「コラ!! 止まるんじゃない!!」
ルルートは鬼のような形相で叫んだ。
いやいやいや……。
そんなに怒らないでよ……。
「流れるように!!」
「え、ええ。ええと……ミャンモクリュミレニュ」
「そう!」
「今のでいいのね」
「もう一回!」
「ミャンモクリュミレニュ」
「そう! もう一度!」
「えええ……」
「いいからもう一度言うんだ!!」
「ミャンモクリュミレニュ」
「その調子!」
「ミャンモクリュミレニュ」
段々上達してきた。
これなら怒られはしないだろう。
「では何回も続けて言うんだ」
「ええっ?」
「いいから言うんだ!」
というより、いつまで付き合わされるのだろう……。
「わ、分かったわ。連続で。ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ、これでいい?」
やりきった気分でいたら。
「勝手に終わるんじゃない!」
「ごめん」
また怒られてしまった。
「続けるんだ」
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクレ……」
「間違ってる!」
「あ、ご、ごめんなさい。ミャンモクリュ、ミレ、ニュ」
「そう! 続けて!」
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ」
同じ言葉を続けて発していると段々よく分からなくなってきた。
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ」
気を緩めては駄目だ。
うっかり間違ってしまいそうになる。
「そのまま続けて」
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ」
取り敢えず頑張り続けなくてはならない。
そうしなければまた怒られてしまう。
「そう! 継続!」
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ」
いつになったら終わるのかなぁ、これ……。
「いいよ! 続けて!」
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュ……ミレニュ、ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ、ミャンモクリュミレニュ、ミャンモクリュミレニュ」
そもそも、この単語を言い続けることに何の意味があるのだろう? それが良く分からない。何かの呪文? プラス思考になる言葉的な? まずこの単語の意味を教えて欲しかったな。そうすれば少しは状況が理解できたのに。なぜ単語の意味も行動の意味も教えずにこんなことをさせるのだろう? もしかして、何か、やましい理由があるのだろうか?
疑問符ばかりが脳内に湧き上がってきてしまう。
「テンポが遅い!!」
「ごめん」
「謝らなくていいから続けるんだ」
少しでも気に食わないことがあるとやたらと高圧的に言葉を投げられるので溜め息が出そうになってしまう。
「え、ええ……ミャンモクリュミレニュ、ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ、ミャンモクリュ、ミレ、ニュ、ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ」
「まだまだ遅い!!」
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ」
「そうその調子!」
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ」
「もっと早く! もっと滑らかに!」
「ミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュミャンモクリュミレニュ」
そこまで言った時。
「それでいいよ、終わって」
ようやく終了の指示を受けたのだが。
「じゃあ言わせてもらうけど」
「何?」
「婚約、破棄するから」
「え!?」
まさかの展開が待っていて。
「婚約は破棄。じゃあね」
「どういうことよ!?」
「だってさ、君、ミャンモクリュミレニュをスムーズに言えるようになるまでにこんなに時間がかかったし」
「それが理由なの?」
「そうだよ」
「えええ……」
やはり意味が分からない。
もはや彼という人間が欠片ほども理解できない。
「せ、せめて教えて! ミャンモクリュミレニュって何だったの?」
「聞かない方がいいよ」
「ええっ。で、でも、あれだけ連呼したから……気になるわ」
一歩踏み込むように尋ねれば。
「君との婚約を破棄した後、僕が婚約する女性の名前」
彼はそんな風に答えた。
「つまり、僕が一番愛している女性の名だよ」
「そうだったの!?」
「彼女の名はミャンモクリュミレニュ・リア・エリデシバル・デ・ミハリシリシテリカアーネッタ・ミャンモクレン」
思わず「長っ」と言ってしまって睨まれる。
「とにかく、君とはここまで。ばいばい。永遠にさよなら」
◆
数日後、ルルートの訃報が届いた。
ルルートはミャンモクリュミレニュと共に山へ出掛けていたそうなのだが、途中で変なルートに入ってしまい、迷っていたところ獣に襲われてしまいこの世を去ることとなったようだ。
ちなみにミャンモクリュミレニュもルルートと一緒に亡き人となってしまったようである。
◆
あれから何年が経っただろう。
恐らく五十二年くらいか。
長い時が流れ、数えきれない季節が過ぎ去った現在、私の周りには多くの親族がいていつも幸せに暮らすことができている。
もう半世紀連れ添った夫。
五人の娘と七人の息子。
娘たちが生んだ孫がニ十二人いて、息子の奥さんが生んでくれた孫は四十二人いる。
◆終わり◆




