ある夏の日、見知らぬ女性がやってきました。私の婚約者に関する話をしてくるのですが……もしかして浮気相手の方ですか?
「アルベルス様は貴女を愛してなどいないのよ」
ある夏の日、平凡な午前中に、自宅へやってきた一人の女性。派手な雰囲気をまとった人だった。
でも私は知らない人、一度も会ったことのない人で。
向こうは私を知っているようだが。
こちらは彼女を少しも知らない。
そんな関係だったから、いきなりの訪問に戸惑った。
ちなみに彼女が口にしているアルベルスというのは私の婚約者である男性の名だ。
「アルベルス様が本当に愛しているのはあたしだけよ」
「え……、あの、何ですか急に」
「貴女がアルベルス様にしがみついているのでしょう? 彼は言っていたわ。婚約破棄を受け入れてもらえない、と」
そんなことを言われても何が何だか分からない。
「婚約破棄、ですか? 私、そのようなことは、一度も言われていないのですけど……」
「はぁ!?」
「今初めて聞きました」
「ちょ、ちょっと! とぼけてんじゃないわよ! アルベルス様が言っていないはずがないでしょう!?」
「なぜですか?」
「だって! 彼はもうずっと言っているのよ! 婚約者が婚約破棄を受け入れてくれないって!」
それは……よくあるやつではないか?
別れるからと言ってもう一人の女も持っておこうとする、という。
「なんにせよ、私は婚約破棄のお話など聞いていません」
「嘘つき!」
「怒らないでください。嘘ではありません。私は本当のことしか申しておりません」
それにしても驚いた。
まさかアルベルスが浮気していたなんて。
裏でこっそり別の女を作っていたなんて知らなかった。
「お帰りください」
「貴女が婚約破棄を受け入れてくれるというのなら帰るわ! それまでは絶対に帰らないから」
「……それは、ご安心を」
「何よ?」
「浮気を知りましたので、私、アルベルスさんとの婚約は破棄しますよ。浮気するような人と一緒に生きていくつもりはありません」
もちろん、償いの金は二人に請求するけれど……ね。
「そ。じゃあいいわ。帰るわ、さよなら」
「はい」
「でも!」
「何でしょう」
「ぜーったいに! 別れなさいよ! 嘘ついたら許さないんだから!」
「それは……もちろん、絶対ですよ」
その後私は一連の話をアルベルスに伝えた。
そして改めて色々確認したところ、彼は、観念して女性と浮気していたという事実があることを認めた。
「アルベルスさん、この関係はもう続けてはいけません」
「待ってくれ! 頼むよ、あんなのは遊びだったんだよ!」
「けれども私が婚約破棄を受け入れないなどと嘘をついていたのですよね? 嘘をついて私を悪者にしていた、それはアルベルスさんの罪ではないですか」
「ごめん! ほんとごめん! でも、でも、そんな発言は……本気じゃないんだ!」
涙目になるアルベルス。
でももう遅い。
今さら何を言われても私は彼を許すことなどできない。
「だとしても不愉快です」
「ごめん……」
「ですので、貴方との婚約は破棄します」
はっきりそう言えば。
「頼むよ! それだけはやめてくれ!」
彼は懇願してくる。
でも。
「いいえ、この決定は絶対です」
私は絶対に心を変えはしない。
もう終わったのだ、彼との関係は。
「さようなら、アルベルスさん」
だからここまでにする。
何もかもすべてをここでおしまいに。
ちなみに。
償いの金はアルベルスとあの女性の双方から取った。
◆
あれから少しして、アルベルスはあの女性と喧嘩になりその最中に女性を殴ってしまったらしく暴行罪で逮捕された。
喧嘩の原因は私関連の件だったようだ。
ま、揉めもするだろう。
女性の勝手な行動が原因となってアルベルスは捨てられてしまったのだから――もっともそれも暴力をふるったことの免罪符にはならないのだが。
アルベルスは犯罪者の仲間入り。
きっともう普通には生きていけない。
彼は普通の人という肩書きすら失った。
これから先、彼は、きっと恋も結婚もまともな相手とはできないことだろう。
つまり彼の人生は終わったも同然。
……いや、死ぬ方がまだましかもしれない。
また、あの女性は、アルベルスにふるわれた暴力によって自力で歩く能力を失ってしまったそうだ。
彼女は身体的な意味での自由を失い絶望しているらしい。
今では毎日のように「消えてなくなりたい」と言っているのだとか。
でも自業自得だ。
彼女が私の前に現れなければこんなことにはならなかったのに。
悲しい結果を招いてしまったのは彼女自身の行動のせいである。
そんな風に幸せにはなれなかった二人とは違い、私は良き相手に巡り会うことができ結婚もできた。
そして今はとても幸せに暮らしている。
二人に心を踏みにじられはしたけれど、その先に幸福は確かにあった。
だから大丈夫、私は前を向いて生きてゆける。
◆終わり◆




