ある朝、わざわざ家の前にまでやって来た婚約者が告げてきたのは……。~意味不明な怒りを向けられても困ります~
当たり前のように明日は来る。
それはなんてことのないありふれたこと。
そう思っていた。
……その日までは。
「君との婚約だが、破棄とさせてもらう」
なんてことのない平凡な朝。
わざわざ家の前にまでやって来た婚約者ルブールはさらりとそんなことを告げてくる。
銀色の髪が新しい風に揺れている。
「なぜなら、好きな人ができたからだ」
「それが理由ですか……?」
「ああそうだ。それが理由なら何だというのか? 駄目だとでも言いたいのか?」
ルブールはじっとりと睨んでくる。
「いえ……ただ、少し、唐突だったので驚いているだけです」
きちんと返したつもりだったのだが。
「僕を馬鹿にしているのか!!」
彼は急に怒る。
「馬鹿だと、愚かだと、そう言いたいのだろう!!」
「ち、違います」
「ほら! 怪しい! やはりそうなのだろう!? いきなり婚約破棄した僕を馬鹿にして見下しているのだろう? 愚か者、と!!」
なんということだろう。
そんな意味不明なことで怒られる日が来るなんて思わなかった。
「違います……」
「嘘つきめ!」
「待ってください、ルブールさん、落ち着いて」
「君がそんな女だったとはな! 最低女! ああ、良かった、婚約破棄しておいて。こんな酷い女と危うく結婚するところだった」
なぜそんなことを言うの……。
あまりにも酷いわ……。
「ということで、君とはさよならだ」
こうして私は一方的に悪く言われたうえ婚約破棄されたのだった。
◆
数日後、ルブールは落命した。
何でも、皆が自分を悪く言い見下しているという妄想に溺れてしまった彼は、街中で数時間怒鳴り続けたうえ通行人にたびたび絡むということを繰り返していたそうで――その中で危険な男に絡んでしまい、返り討ちにされ、百回以上連続で殴られて死亡してしまったのだそうだ。
見ず知らずの相手を百回以上殴る、というのもなかなかではある。
だがほぼ完全に自業自得である。
相手を選ぶこともせず、迷惑も考えず、皆に迷惑をかけ続けた。だからこそそういう結末が待っていたのだろう。残念ながら、それは仕方のないことだ。
◆
あれから何年か経過した。
私はもう過去には縛られず、気の合う善良な人と結婚して、日々楽しく暮らしている。
ルブールとの苦い記憶は過去という扉の奥にしまってしまおう。
過ぎ去ればすべてただの記憶でしかないのだから。
◆終わり◆




