王子が愛しているのは婚約者ではなく元侍女の女でした。
美しい金の髪を持つ小国の王女ミレーネアは隣国の王子ラッセルと婚約していた。
誰もが、お似合いカップル、二人のことをそう言っていた。
――しかしそれはあくまで外から見た話で。
ラッセルはミレーネアを愛してはいなかった。
というのも彼には他に愛する女がいたのだ。
……そう、彼が愛しているのは、元侍女で現在はラッセルの周りをちょろちょろしているネネという女である。
「ラッセルぅ、今日も来ちゃったぁ」
「ネネ! ありがとう。来てくれて。今日も会えて嬉しいよ」
「んもぉ、そんなぁ……嬉しいなんて言われたらぁ照れちゃう~」
二人はたびたび王城にて会っていた。
そしてそのたびに心を深く繋ぐ。
もちろんただ話をするだけではなく男女ならではの関係にも発展している。
「ネネ、準備はいいね?」
「もちろんよぉ」
「やっぱりネネは可愛いなぁ。ほら、おいで。可愛がってあげよう」
「やったぁ~。うふふ、嬉しぃ~」
ネネはラッセルに婚約者がいることを知っている。だがそれでもラッセルといちゃつくことを自制はしない。自分の方が愛されているのだからこれでいい、そんな風に身勝手な考えを持っているのだ。だからこそ、ラッセルに婚約者がいても自制しないし遠慮だってしない。
二人きりで過ごす時間はどこまでも甘いものであった。
「愛してるよ、ネネ」
「うふふぅ」
「今日も楽しませてくれるね?」
「もちろんぅ」
――だがそんな関係にはある日突然終わりが訪れる。
「ラッセル、お前、婚約者がいる身でありながらネネというあの女と深い仲になっているそうだな」
「父上……」
「ということで、ネネは処刑することとした」
「はぁ!?」
「王子をたぶらかし国を貶める女は要らん。迷惑なだけだ。よって、ネネというあの女はこの世から消し去ることとした」
ラッセルの父、国王は怒っていた。
「な、な、何言ってんだよ! ふざけんな! 処刑!? そんなこと、ふざけたこと、絶対にするなよ!? ネネは可愛いんだ!!」
「馬鹿めが」
「ま、待て! 待ってくれ! 父上、ネネは悪くない! だから、だ、だだ、だからっ……殺さないでくれ! そ、そうだ。悪いのはミレーネアだ。ミレーネアが魅力的でないから俺はネネと仲良くするしかなかったんだ。仕方ないことだったんだ。そう、ネネのせいじゃない」
色々言うラッセルだが、もはや手遅れで。
「愚か者めが!!」
激怒する国王を落ち着かせることはできず。
「くだらん女に騙されおって!! お前は国の恥だ!!」
――そうして数日後ネネは処刑された。
そしてミレーネアとラッセルの婚約も破棄となる。
それはすべてを知ったミレーネアの両親が決めたことであった。
ミレーネアは母国へ帰る。
ネネはもう死んだ。
ラッセルは突然独りになってしまう。
「ネネ、ネネ、頼む帰ってきてくれ……この世に……ああ、ネネ、ただ一人愛した人ネネ……早く帰ってきてくれ……お願いだ、帰ってきてくれ帰ってきてくれ帰ってきてくれ帰ってきてくれよ早く、早く、この心が壊れる前に……ネネ、帰ってきてくれ帰ってきてくれ、帰ってきてくれよ頼むよ帰ってきてくれ、早く早く……俺を愛しているなら戻ってきてくれ、この世界に、天使になってでもいいから……人でなくてもいいから……ああ頼むよ本当に会いたい会いたい会いにきてくれよこの前までみたいに……帰ってきてくれ帰ってきてくれ帰ってきてくれ帰ってきてくれ帰ってきてくれ帰ってきてくれ会いたいよぉ……」
それによってラッセルは心を病んで。
「ネネ、ネネ、ああ、ネネ……ああああああああ……会えないのは嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁ……俺を捨てるのかネネ、愛してくれないのかネネ、いや違う違う違うだろうネネお前は俺を愛してくれているだろう今でも……俺も愛しているのだから……早く愛し合おう、戻ってきてくれ帰ってきてくれ一刻も早く戻ってきてくれ帰ってきてくれ早く俺が壊れる前に、あああああ……ああああ……早く会いにきてくれよ、裏切らないでくれよネネ……」
やがて彼は「ネネに捨てられた」というような妄想の中で生きるようになってゆく。
彼女は死んだ。
その事実を受け入れられないからこそそのようなことになったのだろう。
「ネネ! 嘘つき! ずっと愛し合うと約束したのに! ネネの馬鹿野郎! 嘘をつくなんて嘘をつくなんてこの俺を裏切るなんて嘘をつくなんて嘘をつくなんて嘘をつくなんてこの俺を捨てるなんて、ふざけるなあああああああああああああ! 切り捨てるなど許さんぅぅぅぅぅぅ! ネネ! ネネ! あの言葉たちはすべて嘘だったのかああああああ!? 戻ってこい、戻ってこいよおおぉぉぉぉぉぉぉ! 早くぅぅぅぅぅ! 嘘でなかったのだと、早く証明してくれよおおおおおお! ネネの嘘つき! 裏切りやがって! 許さない許さない絶対にぃぃぃ……許さないからなああああああああ!」
こうしてラッセルは正常な精神を失ったのだった。
一方ミレーネアはというと、後に大国の王子と結婚し幸せに暮らした。
◆終わり◆




